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歌を聴きながら夢の途中今日のランチは3人前ニラ玉作って、エリンギをソティーさつまいもは甘露煮にして一人前200円頼みの綱 掴む 2022更新訪問アイテムで握力のハンドグリップを5種類揃えた5kgから5k単位で増しでいく企画品を使って無理のないようにトレーニングやリハビリで使っていただく ちまみに5kgは、生まれたばかりの赤ちゃんの握力と例えています子供たちが鉄棒にぶら下がる力として、単純に説明をします福祉介護で人と接し、リハビリ実施から分かったこと「今ある能力(潜在)をフルに使ってこそ機能を発揮し、維持ができる」逆に言うと、せっかく能力が有るのに意識して使わなければ年齢や病気に関係なく確実に衰えていくと言う事自分の福祉理念の基本として、お世話するなど関わる?とは五感で使えるものをすべて使っていただく日常生活が提供できるか?だと思っているその中で、日常生活を支えるのは握力頼みの綱となる握力サルコぺニアの基準は女性で約18kg未満としている自分は基準を別に意識して設け、自分の体重の1/2プラス5kg以上としている握力があれば何とかなる事は非常に多いとっさに自分の体を支えたり、引き寄せるなど危険回避能力になる なので物をつかめなくなると不安や恐怖心となる自分は何もできないと思い込み、否定的な行動や言動となり、周囲にもストレスを与える例えば、突然視力や聴力を失っても、握力を鍛えていくことが、行動的になれる切っ掛けになる何か自信を付ける事は重要であり、その点で握力は実践的で、筋力は高齢の方でも結果がでやすいただし、基本的な栄養摂取ができていること、細胞数が増える事は無いので見合う筋肉量が必要になる握力を意識する動きのある生活は、無意識で腕や肩の動きに連動することが多いのも利点になる軽い素材の茶碗やコップをポロリと落としてしまったり、紙切れ一枚が重いと感じてしまうと連鎖するかのように色んなものが掴めなくなり、持てなくなってしまう諦めムードと伴に筋肉衰えの進行はとても速いなんとか維持から始めてもらい、筋肉の質の向上を目的とする痺れなどの感覚障害があっても、視覚とわずかな感覚を組み合わせ、物を掴んで維持するなど改善できることは多い ロゴポチ 応援お願いします→
2016/05/28
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自分なりに、先生や班メンバー以外のクラスメイトに状況説明はしてきた多分、強い口調で攻撃的だったと想像できます灰汁の強いガキだったことには間違いなかったと自己分析しています結局最後は多数決で罪人となり、担任から村八分と言う罰を与えられたのです「大人が正しい事を見極めて教育すんじゃねーのかよ!」怒りと人間不信の始まりでしたつづきはコチラ ⇒ 人間不信の極め
2016/05/27
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歌を聴きながら甲斐バンド - 裏切りの街角人間不信の極め (概要です)子供の頃の記憶を正確に覚えているとは言えませんが、人生を大きく変えた出来事がありました。小学6年の学級会で裁判が行わた判決は村八分クラスの生徒と口をきいてはいけないクラスの生徒も反省するまで話をしてはいけない!と、言うものでした。被害者は班のメンバー5人、被告人は班長の私。民主主義の判決は班のメンバーに軍配を挙げたのでした。トイレ掃除事件!掃除道具を使って悪ふざけをする小学校でよくある光景思い出話として笑って済むような事のはずが私の人生を変えたのでした今考えると、私の一言が感にさわった様だった班に日本人離れした目鼻立ちの良い女の子がいました誰も取り合わず、意見を求めても泣きそうになるようなお子さんでしたクラスの子と話しているところを見たこともないし、笑っているのも見たことがないその子には過去に大きな失態を犯した事実がありました学年の歌の発表会の練習のときに おもらし をしてしまい泣き崩れてしまったのです彼女の傷は深かったと想像できますそんな彼女が、一人でもくもくとトイレ掃除をしていたわけです班長である私は、当然、班のメンバーに注意をしました 「お前ら真面目に掃除せんか~!」すると、自分たちだけじゃないから、みんなに(クラス全員?)注意しろと言うわけですクラス反省会挙手で班メンバーから苦情が言い渡されました「班長は、依怙ひいきをしないで下さい。」こいつら!何言ってんだろ?「何かおかしい!」クラス皆への不信感が蓄積する一方で、純粋で不器用な少年は正義感を貫く道を選ぶのでした先生は怒りを露わに判決を降すのでした続きはホームページ無料コチラ 人間不信の極め⇒
2016/05/27
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唄を聞きながら愛の終わりに 曲 音つばめ 歌 高田みづえシイタケの出汁しは好みが分かれる今は色んな紫陽花が有るな~最初は日当たりが悪いのかと思ったけど違う様でした正しい姿勢についてTVや雑誌のテーマで、多くの医師や専門家が解説をしていますしかし、肝心な事が伝えられていないまま終わってしまい、とんでもない事が起きてしまいます!例えば、必要以上に一々姿勢を正すことで、同じ場所にストレスをかけ続けることになります血行や体液の循環が不均一になってくるので、体を頻繁に動かす必要が有りますつまり、動物は同じ姿勢を保つことができない医者から「姿勢に気を付けて下さい」と言われた看護師が、何度言っても姿勢を崩す方を怒っている事がありますが、無茶な要求を押し付けている事になります正しい座り方だからと強いる方法は乱暴ですでは、どうすれば良いのか?いくつかの姿勢を意識して取り入れていく必要があります それをポジショニングといいます別に何もせず座っているときは、体を休ませていると考えるのが自然で、脳的にはリラックスしていて、身体的には休息座位であると考えます座り仕事の人や、遊びや趣味でも座って作業をする場合、脳的には緊張して、身体的には活動座位と言われますどちらも長時間続けていると、脳的には緩みっぱなしか使いすぎであったり、身体的には、頻繁に動かす必要が有るので良くない事が起きてしまいます 休息なのか活動なのか?は、骨盤で見ています一般的には、骨盤が後ろに倒れていれば休息前かがみなら活動正しい姿勢とされるフラットな直立状態が、キツイと思われる方は多いはずですヨガや座禅では、この骨盤をしっかり立て、体幹を鍛え内臓の位置を整えますやってみれば分かる体操やストレッチでは、直立姿勢を基準に組み立てられています 武道では骨盤が非常に重要なポイントになっています同じ姿勢を保つのと軽い運動をするストレスが、20~30分位から「さほど変わらないのでは?」と思える瞬間有ると思います 正しい姿勢とは?いつでも、体を自由に効率よく動かす事のできる状態それは健康に繋がる型(形)と言われていることもあります静と動・陰と陽などと表現され一連の流れが有るようです特に鍛える必要は有りませんが、健康的にも体力的にも骨盤を意識した姿勢と動きが人生を左右すると考えています よく見かけるのは背骨の変形や骨折で、致命的なものも多いので意識しておいた方が良いのです ロゴポチ 応援お願いします→
2016/05/19
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歌を聴きながらPersona 3: Burn my Dread (Full Version) 焼き野菜ただ野菜を焼いて食う 家族の話大切な妻という肩書の有るエミさん整体マッサージ師は重労働で、自らが全身コリで夜目を覚ます始末そりゃ1日10人とかは有りえない早朝から嘔吐が始まり、みぞおち、背中、腰に激しい痛みを訴え数回に及ぶマッサージをほどこした付き添いで勉強させてもらってたのでエミさんに指示を受けながら施術するも、介護の現場で毎日人体に触れていたので感覚には自信が有った「おかしいねぇ、原因は別に有ると思うよ」整体マッサージをするとき、圧痛点を探るため指で軽く体を押していくのですが、念のため全身を探る実は、ここ何週間か前から左脇腹に痛みを訴え、日ましに顕著になっていました私は介護の仕事で学んできた知識を総動員して「絶対 おかしい!これは身体の内側じゃない?か」と言い続けていましたやがてみぞおち表面へ広がり小指で押さえただけで苦痛になるようになってしまいました。そして、突然痛みは治まらなくなり一日中嘔吐を繰り返し、病院へ行ったのです。自分が安易だった!妻は糖尿病を持っており薬もインスリンも切れていたのですが、医療費の負担を考え何か月も黙っていたらしい腰の痛みも我慢していたことは、察っしていました「なんて事だ!俺は何してたんだろ!」いや、薄々は気づいていたん大丈夫かな?とも思っていた「まさかね~」と言う心理で都合のいい解釈をしたそれこそ自己判断!いちいち立ち止まってはいられないが、見落としやミスの一番の原因です確認は場合によって事後でも良いわけですから、実行しないと言う事は故意に見過ごしていることに等しく、言い訳にしかなりません仕事では 責任有る者の行動では無い と言う事になります今回の結果は、糖尿の悪化と胆のう炎、血糖値の安定と胆のう摘出の為の入院となりました私たちは、人の様態をみる仕事なので、今後を左右する節目に散々出くわす事になります状況を理解してもらい、より多くの選択肢を提供し、その人にとって最も良いと思われる選択をしてもらう個性があり、生き方の問題にも関わり、社会環境も大きく影響するので、とても難しい仕事です自分や家族の事を保留、若しくは見過ごすと言う事は日常的なことでしたどうも人は、他人にも、身内にも、自分にも、バランスよく関わっていける様な、器用な生き物ではないようです現代の高齢と言われる世代の方は、質素倹約の精神が根付いてる人が多く、我慢強いです努力は報われる? と言う言葉を胸に頑張ってきた世代に後遺症が襲い掛かっています日本人男性は家族を犠牲に社会を生き、女性は家族の為に犠牲になる時代が非常に長かったどちらも自分を顧(かえり)みず、身体がボロボロになっている人が多いのです相変わらず、病院に行けば老化、メディアでも老化と言われ、70~80歳を過ぎるとあきらめムードが高まってしまいます健康長寿は年齢に関係なく遅いことなどないのですが、医者や家族が邪魔をしている事が多い現実があります残されたもの、体力、時間、お金、認知症・・・・・・「もう、良いんじゃない?」「頑張った」宣告死か!!話は外れ回想90歳になる女性は畑仕事を日課にし、収穫があれば知り合いに配っている行動範囲も広く、自分で出掛ける身体は大きさや筋肉量で小学生の中学年程度、背骨は横にも前にも湾曲視界は少し靄があり、体調に左右されるドライアイと同じ症状があり、いつも涙が出る処方されていた目薬を確認すると栄養剤高血圧で、最近200を超える事が有った為、朝と夜に服薬過去に血栓で心筋梗塞を発症現在は小さい脳血栓が見られる薬は目薬、高血圧と血栓の薬血栓の薬は最初だけで飲んでいないと言うので、飲むように説明をする認知症状は短時間の会話では見られない孫夫婦とひ孫と暮らしているが、別棟で自立医者から「もう、年なんだから大人しくじっとしていなさい」と言われ元気をなくしていましたさて、このような方の健康寿命を考えた場合、どうすべきでしょうか?私は今まで通り普通に暮らして下さいと言いましたしてはいけない事や注意点をいくつか説明し、本人もよく質問してくれますこの方の自立した日常生活が程よい筋トレになっており、大腿四頭筋と体幹筋で骨格をしっかり支えると、体も今以上に身軽になり安定してくるはずです握力ももう少し欲しいところです食事を少し意識して血栓や血管の老害をおさえたい経験上、安静を意識し活動を抑えると、廃用症候群が待ち構えたように襲い掛かります一月もあれば歩行に難が出てくる今はない症状が出てくるはず高齢と言う意味では活動代謝を落とさない事が最優先だと思います動物は動く(重力に逆らう)ことを辞めた時点から退化養生と退化は隣り合わせに或るものですから医者はアドバイスする場合はもっと意識すべきですそれがフレイルの概念だと思うのですが??話は戻り、エミさんはオペ後の様子観察が重要通常の倍近くの入院期間を経て退院できました1週間くらいは歩行難でヨタヨタしてました応援ポチお願いします ⇒
2016/05/14
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TV特番「良い睡眠をとるには?」医者や専門家が説明とアドバイスをしていたのですが、間違っていることに驚く専門家の言っていることの一つひとつは最新の情報だったのですが、他分野との関連づけが無く、ただの個人的な解釈と意見を言っているだけだったのですとてもじゃないけど、正解とは言い難い事をアドバイスするなんて、非常に無責任で危険な番組?だった視聴者の質問 寝付くときの理想の姿勢は?。クイズ形式で、パネラーが自分なりの意見を言ったあと、先生方が正解を言う「横向きに寝る」と、キッパリ!あ~っ!やっちゃたよ先生!これは大きな間違い 自分の好きな体勢で良い まずは寝つくのが優先なのですから、ストレスなく本人が楽だと思う姿勢が、より早く眠れるそもそも正しい姿勢など無い悪い姿勢は、身体的に悪影響を及ぼすもので、そう言う姿勢は事情が無ければ自ら取ることはないその一つが寝返りというシステムで、仮に正しかろうが悪るかろうが、30~60分も経過すれば、体が腐らないよう寝返りを打つ人体の仕組みが有るこの医者は、寝ている間の舌根沈下や気道確保による症状や障害を懸念した最もらしい説明をしていました仮に横向きに寝るのを意識しするとして・・・・・・寝返りは一晩で15回~20回打つとされているので、その度に意識すること事態が睡眠障害になってしまいます無意識に行われるのでコントールもできませんしねそんな事より、寝つきの悪さには、もっと重要な問題原因が有ると思います何かの理由で寝返り回数が少ないと、筋肉の緊張が続き循環が悪くなり、睡眠サイクルが崩れてしまうリスクが上がりますコリとか腰痛の原因になり、悪い条件が揃い長年続けば骨格の変形も視野に入ってきそうです入眠については、その方が楽に思っている姿勢で、筋肉を弛緩させ、リラックスする事が優先だと言えそうです室内の色は何が良い?色彩の専門家も言い切ってしまいました「寝室はブルーが良い」これに関しては、根拠が分からない正解は一つとは限らず、これも特定できない まず自律神経を興奮させないようにする工夫が不可欠です正解例、ベースは晴天の日の深緑や藁などのベージュ系。更には、すべての色に薄いグレーを混ぜたような色ちなみに、白は刺激の強い色とされるので、わたしなら病院や公共施設など清潔感を保ちつつ白の混合色を使うようにしますベースの色は、好きな色で良く、白っぽいグレーを混ぜる事で緩い色にする刺激が少なく、安息に向く色彩と言うことらしい好きなモノや大切なものを近くに置く季節によりお気に入りの小物や布を使って、視野に取り込めるようにするなど精神的要素も重要になるこれこそ趣味の問題で、癒し効果が有れば良いのだと思います思ったより色彩による影響は大きく複雑だとされています街中には無数の色彩魔術がほどこされて、効果は絶大だとされています目の不自由な方でも色彩に影響されると言う検証が有ったりと、色は肌でも感じていると言う専門家もいますが、光に置き換えると説明ができるようになります また、色とは物質構造による光の反射の認識なので、紫外線や赤外線を反射するものや吸収するものなどが有る事から、影響は明らかだと言っているのだと思います検証は複数で多義に渡らないといけないので、自己申請の言葉の統計だけでは無意味で、誤解や混乱を招くことになりますYouTubeやアベマTVなどのネット番組では、よりリアルな個人が求められ、専門的な深堀りをニーズとしている事が視聴率で分かります当然、テレビでは内容の質も上がらなくてはいけないし、出し惜しみや隠ぺいは「うんざり」だと思っている人は多いただ、これは先進国の話であって、途上国は一期に携帯メディアを主流に発展していて、そのお陰で世界は繋がっていると実感できますメディアに対する評価は、すでに世界から寄せられるようになっているのですから、特番の内容レベルが低いと国民レベルを疑われるんじゃなかろうか?と心配するのでした ロゴポチ 応援お願いします→
2016/05/11
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保護者や身元引受人として裁判所へ赴く機会が過去に有りました。裁判所からの呼び出しは、まず、検察官による事実の承認です。事実を認めた場合は罪状が申し渡されます。それは法律上で何の罪に値するのか?あらかじめ送検された書類から検証されています。事実と違う場合は振り出しにもどります。が、よほどでない限り行為自体が何らかの違法行為に当てはまる結果になります。違法行為と言っても、すべてに罰則があるわけではなく、反省と自覚を促す処置がとられるのですが、それを下すのが裁判官です。そこで初めて加害者の事情や状態を検証する事になります。現在は科学的根拠と裏付けが必要となり、最後に、人ならではの感情が介入(恩情)する余地があるか?の検討がされるわけです。検証は検察官の仕事で、その立件立証に対して信憑性やあらゆる真実の可能性を追求するのが弁護士です。さて、科学的根拠と裏付け、信憑性やあらゆる真実の可能性に対して一般国民がどれ程の知識や理解力を持っているでしょうか?私自身を含め全く無いと言っていいのでは?専門家やプロだって疑わしいのです。こんな事が有りました。物件内容は省きます。未成年の付き添いで裁判所を伺うと、小さな個室に案内され、時間通り担当の検察官2人が入ってきました。そして、この様な説明をしたのです。「今から、ここで伺う内容は非常に重要です。裁判官に提出する最終的な書類となり、今日の話の内容によって、裁判官が判決を下すことになります。一言で言いますと心理学の分野になります。」成程!真実は人の心の中に潜むと言うのでしょうか?同感です。しばらく話を伺い、加害者が質問に答えていました。こいつ(加害者)はウソだらけだと感じ思わす言ってしまったのです。「ちょっと待て!この際、全部本当の事を言え!話を合わせてるとか、誰かをかばってないか?何を信じているか分からんが誰も本当の事は言ってないぞ!」すると加害者は顔を真っ赤にして黙ってしまった。味方と思っていた身元保証人から突っ込まれたんですから!そして我慢も限界になり、検察官への物言いが始まってしまった。「ちょっと質問しますけど、今、彼が言っている事が事実だと思いますか?子供社会のルールとか、どう思いますか?大人に真実を言うでしょうか?今、この子達の間で何が流行っているかご存知ですか?子供ですから当然バカみたいなな事ですが何にあこがれ、何を手本にしているのかご存知ですか?今の子供社会の仕組みが分かっていますか?」この様な事を一気にまくし立て答えを待ちました。検察官は二人揃って目をパチパチさせ、何も答える事ができなかった。当然、その後はぎこちない場となり、何かよく分からないまま終わってしまった。結果は、主犯が特定され、関連性からそれぞれに判決が下されました。私が付き添った未成年は指導と言う事でした。人権なのでしようが?共犯者たちの情報は一切知る事はできず、報告は当人のみに告知され、この物件がどう解決?されたのか未だに知る事はできません。不透明な事は多く、警察では送検用の書類が作られ、検察に送られる。検察側で型(法基準)に当てはまらないと警察は再び事情徴収を行い、送検をする。誰がどう?満足すればいいのか?真実を探りたいのか?分かりませんが、こう言った流れが繰り返される。事実上は警察と検察と弁護士は敵同士で別機関。争う運命です。これが冤罪を防止する仕組みです。では、裁判の場合、一般国民の乏しい知識と見解で民主的裁判だと言い、判決が行われて良いのだろうか?魔女裁判や奴隷制度(人種差別)の裁判を思い出します。地域民や国民規模で考えられない判決が下されている事実を世界は発信し続けるべきですし、私たちは知るべきです。人類は、そんなに賢くないと思うのですが・・・・・・あ~ 怖い!
2016/05/10
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歌を聴きながら荒井由実 白い靴下は似合わない アグネスバージョンエビニンニクゴロゴロ塩コショウとマヨネーズで焼いてます世間は曖昧な事が多く、良くない事も有る「白黒つけないカフェオーレ~」このCMソングが大好きで、曖昧と言うよりアバウトである事は確かに大切なことだと思いますグレーゾーンはコミュニケーションでの緩和それは日本人に強い感情だそうですそれにしても、TVや雑誌の広告で明らかな間違いが横行してますが、白黒つけるべき事がある例えばコラーゲンとヒアロルンサン女性や年齢を積み重ねてきた方なら飛びつきたくなる話です大きな分子の塊どちらもタンパク質でとても大きな塊なので分解されないと腸で吸収できませんバラバラにされて再利用されるときの振り分けは全く分からないし、基準もハッキリとしないたんぱく質の種類は50,000種といわれ、見方によっては10万種と書いてある本もあるたんぱく質生成に必要な材料や関わるものをコントロールするのは不可能で、肝臓や腎臓で分解されたり、血液中でも代謝は起き悪さをする事もあるミネラルやビタミンは一端結合から解き放ち、使用されると再利用できないものあるまた、必要なものが揃わなくても不完全な代謝は起きるわけで、そこに「待ったは有ない」行き当たりばったり運ばれた物資は、待機というより漂っており、行き当たりばったりの要素が強いしかるべき駅に降ろされ、チャンネルなど特定の通路をパスし、お抱えの運び屋とコンタクト取れなければ役割を果たす事ができない。脚の部分に塩基が足りないからと言って、手から持ってくるような仕組みはない大きな分子ほど膨大な材料を必要とし、その種類も構造も無限なので物質バランスは重要になる可能性は有るが保証はされてませんと明記すべきつまり、サプリやらクリームを常用しても、その他の必要なものが揃っているとは限らず、目的のものが体内で作られるとは限らないでは、全部そろっているなら出来るのかといえば、材料を使い回しする優先順位も分からず証明できるものがないので保証はできない潤いやスベスベは、コーティングなどの成分が入っている事が多く、コラーゲンの成果とは言えない。実証できれば、世界的な革命になるだろうし、医療においても革新的なものになるはずですコラーゲンとヒアロルンサンが重宝されるのは比類ない補水性と粘性を持つことで、皮膜そのものや部位が貧弱では流石に保てない細胞壁に何を使ったか?動きまわる動物にとって、衝撃を吸収し、柔軟であることが求められた動物と植物の大きな違いは細胞膜がコラーゲンかセルロース コラーゲンの場合は、皮膚や内臓、筋肉、骨など用途が違えば質も変わるつまり、全身で使われているので「皮膚に使ってください」」という声は届かないヒアロルンサン十分な量あれば、摩擦抵抗を無くし、パーツの劣化や破損を防ぐことができ動きは滑らかになるこれは事実ですが、関節炎の原因は沢山あるので相乗されなければ効果は見込めそうにないヒアルロン酸が余分にストックされるわけでもなく、体全体の消費と供給、再生と修復自体が常に計算通りに行われていないのだから、そこから考えなくてはならないよく調べると何処かに書いてあるのですが、、健康食品やサプリにしても、病気の薬にしても、効果が出せるのは普通(当たり前)の食生活がおくれている場合だと言う事 では、普通の食生活って何でしょう?わたしが思うに、当たり前の食生活が出来ている人は極めて少ないと思うのです ロゴポチ 応援お願いします→
2016/05/10
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歌を聴きながら「つまさき坂」永井龍雲仕事柄 「痩せた方が良いよね?」と、太目の方から聞かれることがあります少なからず自覚を持たれているわけで、特に問題なければ推奨します20数年前だったろうか?アメリカの企業の入社面接で【太った人は落とす】と言う事が人権問題として問題になった事がある個人的には、私自身も同じことをしてきました理由としては仕事に対する優先順位の問題があるのです時間通りに事は進まない「腹が減っては戦はできぬ」など、通用しない場面は多い行動や言動にマイナス面が出ては困るし、ミスや事故になっても困る食べながら仕事ができる会社なら良いのですが、限の良いところまで頑張れる精神力や、もうひと踏ん張りができる集中力は、是非とも欲しいスキルと考えています「頑張って、終わったら美味しい物を食べよう」と、言う方を求めているわけですここで規則正しさを持ち出す人は論外です食べる事が優先な人は、空腹時に判断を誤る事が統計で分かっており心身ともに弱点となるらしい脳内物質が関与するものでもあるので、意思を持ってコントロールする必要があり、そう言った事を「身に着けている人」を優先するのは当然ですちなみに、空腹が続くと攻撃的になる人もいれば、黙り込んでしまう人もいる空腹時の症状は イライラ、ふらつき、目まい、脱力感、など数えきれない現実問題として、公の場では定時に食事を摂れない事なんて頻繁に起こりますし、会食や宴会など、見ている人は、ちゃんと見ているので、下手を打つことは大いに有りえるのです趣味や好みの世界太ったオーナーが、太った女性ばかりを集めて繁盛してる例も有りますが別物です男女平等と同じようなもので、一般的には口に出さないですが、印象的な物を含めると有利ではないはずですどの程度が太っているかの基準の問題もある自意識過剰はマイナスもともと骨格や筋肉がしっかりして太って見えやすい方もいる疾患や怪我などのリスクが平均的?なら何かと言われる筋合いはないですよね施設では、サルコぺニア肥満が問題となる巨体の中身は、脂肪と水分活動時間の激減により、筋肉量が減り、負荷のない生活は骨や筋肉の質の低下を引き起こす心臓など循環系に影響が出てくる人は多いですし、動ける間は下半身の負担が大きく変形の原因になります皮膚がスライムのようになって掴みどころがなくなると、支援介護は難しくなるわけで、必要人数2人なら費用は倍になります肥満とは人体の質の低下太るとは?脂肪細胞が脂肪で満たされパンパンになっている状態で、肥満とは?細胞でストックしきれず代謝サイクルに追いつけず溢れ出した脂肪が溜まってしまった状態を言うようですそれを取り除くのが脂肪吸引で、何リットルも摂れたと話を聞きます脂肪は代謝で姿を変えますが、血中量が増えるとデメリットが強くなってしまいます溢れて溜まった脂肪が内臓を圧迫し体液の循環に悪影響を及ぼすとも言われます脂肪細胞の役割は、必要であろう脂肪をストックしておく事で、不足すれば自ら何かしらの信号を出すと言われています寿命は10年~程度とされていて、脂肪細胞数には個人差が有り数が多いと太りやすいと言われています脂肪細胞を持たない脂肪委縮症という病気も有りますわたしの経験では、やはり太っているのは良くないと考えます代謝の乱れの原因になったり、骨の可動域に影響が出る事もありますよく有る話なんですが、状況の分からない人が肥満のまま亡くなられた方を見ると、まぁまぁな食事生活を連想するかもしれませんしかし、体内はボロボロで、サルコぺ二アの進行でエネルギー変換を担う場所(筋肉)を失い、活動による脂肪消費をできなかった結果なんですダイエットについてダイエットや病院の養生で一度死滅した細胞が生き返ることはない基礎代謝が落ちる=生命力が落ちる ことなので致命的ダイエットは質の向上が伴なわなければ命を削っている行為肥満は人体の質の低下なので、ダイエットを間違えると更に機能レベルの低下を起こすことになる太っているからと極端に食べる量を減らすと、慢性栄養失調となってしまいます身体機能の維持向上には、食事の質と共に胃腸が健全で有るための食事量も必要です拒食症ダイエットが引き起こす拒食症は最も注意すべき事かもしれません食べたものを吐いてしまうようになって胃腸の働きが落ち、栄養吸収が困難になれば、生命はピリオードを打つことになるのです ロゴポチ 応援お願いします→
2016/05/08
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歌を聴きながらそして僕は、途方に暮れる / 大沢誉志幸豆板醤ベース和風出汁ベース らっきょう「その人らしい生き方」?世界福祉に「その人らしい生き方」と記されているここには非常に大きな問題が隠されているどんな仕事でもアセスメントと言う作業があり、簡単に言うと評価や査定、審査と言う意味です数字の見積もりや定量的な評価、将来想定される事態や影響などの事前評価、改善策を検討するための現状調査・把握などと記されています福祉関連では、対象者の環境を付け加えておきますさて、人が人に対してアセスメントを行う場合、そこに真実は有るでしょうか?私は無いと言い切ります同じ人を対象にする企業の人事やターゲット層などと、福祉で言うアセスメントは異なるものひとり一人の個別の心という厄介な壁があります支援介護でのアセスメントシートは、数枚セットで個人情報が届き、現場でモニタリングによる見直しますそれを基にケアマネージャーによって申請対象となるケアプランが組まれますその後は現場の現状報告を加え、定期的に行うことで管理機能も働くようにしています的確なサービスを提供できている場合に限っての国や市からの補助金受給ですいかなる理由であれ、そこに矛盾があれば不正の対象となりますシステムですから、これで良いのですが、現場で一番大切なのは何でしょうか?求められているのはトータル的なケアですが、やはり一番は心のケアだと思います事実上、人の生涯を管理下に置くわけです疑い、疑問を持つ事から始まるアセスメントシートには個性が反映されなければならないそれを裏付けるものとして個人記録が重要になります職歴、病歴、家族構成、過ごされてきた地域環境、人柄など最初は大雑把なもの例えば、職場や家族の知らない、或いは人には見せなかった本人が存在する存在は複数でユングが提唱したペルソナというもの同じ屋根の下で日常を過ごせば、ご本人が自覚しようとしない人格が見えてくるユングのシャドーなるものその人らしい生き方 をしてもらう事ができるでしょうか?その人らしい生き方を分かっている人は居ないましてや本人が分かっていない事が多い出来る事は、常にその方と向き合うことしかないこの方はどう生きてきたのか?今、何を考えているのか?ここに居て良かったと思ってもらえるだろうか?個人記録は、日常のありのままを記録する唯一のものありのままでなくてはならないそれは、現状報告に反映され、新たなケアプランが組まれ、現場が動きますこの記録の書き方が難しく、何年たっても上手く書けない人もいます無意識の虐待その人らしい生き方を決めつけ、勘違いする事でも起きてしまう例えば、趣味や好み家族や知人の情報とは全く違っていた事は多い※レクエーションで好きな事をしてもらっているのに楽しそうでないし、途中で止めてしまうので何故だろうと思ったスタッフは認知症進行や体力の問題として受け取り、それなりの声掛けをしていた話を聞いても本人は語ろとうせず、嫌な顔をする「もしかして、あまり好きじゃないんですか?」と、聞いてみると「あぁ・・・」と答えた趣味や好みが逃避や代償といった行動だった場合、家族や現実から逃げていたと言う事になる良かれと思い、それを提供していたのだから苦痛にしかならないその方は、認知症の進行どころか、スタッフ(施設)に合わせていてくれたそれも入居から何年も続けていた※真実は不明、とある物を突然拒否する方もいる部屋に飾ってある家族の大切な写真だったはずが、認知症が進んでいく内に、脅えて夜中に叫び出したケースがある最初は何か分からなかったが、最近よく写真立てが倒れているのを見ていたので手に取って「もしかして、コレ?」と聞いてみたその女性は手を払いのけ目を塞ぐので、写真を収納箱に隠した他には、こだわりや執着があるそこには不衛生な事や、危険な事が沢山あるので「なぜ、放置してるの?」と、スタッフに聞く「言う事聞いてくれない」「分かってくれない(納得)」と答え、個人の尊重と尊厳を口にする「何か有ったら、どうするの?」と、聞けば困ってしまい、自己責任でしょ?と、言うこだわりや執着は本人自身にも意図がよく分からないものも多く、質問すると本人にも答えられない結構、どうでも良いことや、本人のなかでのブームがある特に支援介護では、元気な頃の生活のイメージが残ったまま変えられないことも有り、他人から言われる筋合いはないと思っている親子関係や教育現場でよくある誤解でも有り、子供であれ、生徒であれ、従業員であれ、「言う事を聞いてくれない」「分かってくれない(納得)」のは当たり前人は等価価値の法則で行動を変えていきますが、非常に主観的な心理今持たれているこだわりや執着に匹敵する何かが有れば、人の行動は変えられるので、そこを考えることになりますその場に限って言えば、修飾効果で子供みたいに行動を変えることも出来ますその人らしい生き方は今、その人にとっての必要な生活環境があり、その人にとって当たり前の選択肢が有り、その人なりに考えて生きていける事そこを基軸として、明らかに不衛生な事や、危険な事であるのならば、良い方へ導くのも仕事の一つになります行動や言動には何かしら理由があるのですから、まずコチラが理解し、お互いに歩みよる事ができなければ、反感や不快を与える関係になってしまいます互いに【相手の事を思い、折れる・譲る】関係をつくるまでには、とてつもない時間が必要なときも有ります色んなやり取りの中で、その人らしさが見えてくるわけで、相手もコチラを見ている正解か否かは 信頼関係が築けていく実感を目安にしています ロゴポチ 応援お願いします→
2016/05/07
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若い頃は、せっかく褒められても「本当の自分は違う!」と葛藤する「自分の本性を知らないから!」と思い、認められなければ「なんで分かってもらえないんだろう?」と嘆く経験を積み、他者との比較に慣れてくると、そう言った自分をある程度受け入れられるようになってくる社会は、よそ行きの顔、本音と建て前など、暗黙の了解があり、お互いの駆け引きのうえで成り立っているユングは哲学の一環として、心という形のない多面性を論理的に具現化した一人ユングの時代環境と背景を考えるとオカルト的なものも多いそれを真面目に考える人や批判する者たち様々な人たちによって現代へと導かれ、科学的に追及されるようになったユングたちは、舞台で仮面(ペルソナ)を付け替え役を演じる事に例え、人生の様々な変化に対応する人格をペルソナと位置づけした心(人格)の多面性の分類とし環境に合わせ意図された理性的な自分の像をペルソナとしたその根本に存在する、より本能的で潜在的な心をシャドーとしたシャドーは人には見せられない本音の自分よく知られるヨーロッパの仮面舞踏会は、仮想パーティーやコスプレなど形を変え現在に至るペルソナを披露する機会が増え、自己表現として楽しむ環境がある一般的に、人は数個の人格(ペルソナ)を持ち、持ち数が多い程適応能力が高いと考える多重人格の要素が顕著で、場に装具わないと社会には受け入れてもらえなくなるたった二つの人格でも極端な2面性は、相手に警戒心や恐怖心を持たせるだけでなく自分も惑わしてしまい「本当の自分は?」どっちだろうと悩んでしまうネット社会で見せる一面は、どっちでも構わないが、ある程度の一貫性がないと矛盾を突っ込まれ、ネット世界での存在を脅かすことになる奇病のような脳疾患多重人格ペルソナを多重スキルとして使いこなせるうちは器用な人となるが、使い方を誤ると、他の率いる人格に脅かされる事が問題の発端となり、統括する主人格(自分)が精神を患うですが、どれも自分自身で有る事に間違いはなく、結局のところ殆どが自作自演と言われているもともと個体は主観主義でも、多重人格を持てる人の主人格は、他の人格を客観視できなければコントロールできない多重人格が病気なのではなく、それらをコントロールできない事が病気であり、成長の段階で何かが起きていたか?大きなストレスで脳のネットワークに支障をきたしたとも考えられる環境に順応できないと自己肯定と自己否定が始まる自分が不利になる過程で、あらゆる手をつくすが、改善できないと誰かに攻撃を仕掛けたり、責任を転換したりするやがて自分を攻撃したり、投影、逃避、代償行為など繰り返すうち制御できなくなり自分を取り戻す事ができなくなると精神の崩壊が起きる人の変貌と○○デビュー多重人格が、世渡りができない人格(自分)を捨て、別の人格(ペルソナやシャドー)に引き渡すものだとしても、脳の仕組みとしては当然だとも言える何故なら、生まれた時は自我も人格も無く、作り上げていくモノだから!人生には分岐点が有り、自分を書き変える(修正)必要が起きてくる「人が変わった」「他次元デビューした」と、自他共に受け入れられると良いが、失敗してしうとアイデンティティの崩壊が起き自滅してしまう自我はいつ形成される?生まれて数年は、泣き叫ぶことで生存を懸けたアピールする他者の(母親や家族)存在を認識しはじめ、自分に不利益になる事象や存在(世の中)を知る事になるアピールの腕を上げるには、生存競争の中で自分を認識しておく必要がある他者との比較で自分を知ることができ、逆に比較が無ければ自分が分からない重要なのは何ができるか?他者に出来て自分に出来ない事、力の差は圧倒的自我の目覚めは、ある程度の知恵と認識力を備えた3歳くらいだと言われているユングや多くの心理学者は、個の存在には中心となる人格があり、シャドーやペルソナがあると考えてきた中心となる人格はいつ生まれるのか?人格の形成はまとめ役の自分とペルソナとの役割分担が確立し、シャドーの封印に成功したとき社会に放り出されるまでに完成しておく必要があり、日本人は他国に比べ遅いと言われ、20歳から25歳にかけて人格形成が出来上がるとされているび~あらいぶの探求脳の研究が進んだ現代は、非常に客観的科学的見解で、着目点が変わればプロセスも変わってくる例えば、お湯を沸かすのに、ガソリンを使っても良いし、ガスでもマキをくべてもいいわけで、お湯が沸いたと言う事実を受け入れる事が大切になる私の人生はこうだとか、個の経験だとかは全体からみるとあまり意味がないと言う考え方に到達する根本には生命の営み・子孫繁栄が有り、結果が良ければいいと、は言っても全体は個の集まりで、個がブレてしまえば問題が起きる一番の損害は自分達(個から始まり全体)の首を絞める事個から始まる全体意識福祉全体は世界共通の概念で客観的平等の世界では、我を通すことが難しくなる事態が起きてくる主観が強いと理解には限界が訪れる平等と公平を使い分けたとしても、主張ばかりだと対峙する際の摩擦が大きくなりトラブルが増える狭苦しい、小さな世界に閉じ込められてしまうと、そこは虐待の種が芽吹く畑になってしまう多くの人が自分(主観的な個)の小さな世界の中で生きていることが分かるそれは、社会生活において自分を見失わない為に必要な事でもある人は知を持って、主観と客観を切り替える遺伝子には個を優先した書き込みと、全体を優先した結果オーライの書き込みが有るこれを自分自身で書き変える事はできないが、物質代謝が絶対的でないところで書き換えが常に起きていることは、コロナウイルスで見ることができる人はコロナに勝てる主観と客観でコロナ対策が足り立ち、個を大切にすることで全体が救われる結果になる主観と客観を切り替える能力は人のスキルとして備わっているので勝率は高いはず認知症・病気や痛み・体の不自由は人格を変える!?家族や仲間との死別や現役引退など、自分の世界に大きな変化やダメージがあるとアイデンティティの崩壊が起こり、人格の危機が訪れるこれ等を阻止する事はできないその時、個はどう戦うのだろうか?長い人生を統括してきた、まとめ役の自分色んな環境に合わせ何とか人生を渡ってきたペルソナ達日の目を見ずに封印されてきたシャドー認知症でシャドーが表舞台に出てしまうと厄介なことになる自分の脳はどう解決するのだろうか???
2016/05/06
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厚生省の政策を、そのまま引用しました。2025年(平成37年)を目途に、高齢者の尊厳の保持と自立生活の支援の目的のもとで、可能な限り住み慣れた地域で、自分らしい暮らしを人生の最期まで続けることができるよう、地域の包括的な支援・サービス提供体制(地域包括ケアシステム)の構築を推進しています。 団塊の世代が75歳以上となる2025年を目途に、重度な要介護状態となっても住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最後まで続けることができるよう、住まい・医療・介護・予防・生活支援が一体的に提供される地域包括ケアシステムの構築を実現していきます地域包括ケアシステムは、保険者である市町村や都道府県が、地域の自主性や主体性に基づき、地域の特性に応じて作り上げていくことが必要です。 地域包括支援センターは、地域の高齢者の総合相談、権利擁護や地域の支援体制づくり、介護予防の必要な援助などを行い、高齢者の保健医療の向上及び福祉の増進を包括的に支援することを目的とし、地域包括ケア実現に向けた中核的な機関として市町村が設置しています。 現在、全国で約4,300か所が設置されています。(ブランチ(支所)を含めると7,000か所以上)※平成24年4月末現在地域包括ケアシステムを構築するためには、高齢者個人に対する支援の充実と、それを支える社会基盤の整備とを同時にすすめることが重要です。厚生労働省におきましては、これを実現していく手法として「地域ケア会議」を推進しています。 疾病を抱えても、自宅等の住み慣れた生活の場で療養し、自分らしい生活を続けられるためには、地域における医療・介護の関係機関が連携して、包括的かつ継続的な在宅医療・介護の提供を行うことが必要です。 厚生労働省においては、関係機関が連携し、多職種協働により在宅医療・介護を一体的に提供できる体制を構築するための取組を推進しています。うむ・・・実は、厚生省の文献を初めて見たのですが、ずっと以前から私が言っている事で、わざわざ現場を退いて始めた活動、そのものでした。つまり、全く結果が出ていないって事です。大体、包括と言う言葉は、全体とか全部をひっくるめてまとめる事なのでニュアンス事態が漠然としている。ゾウが見えないアリをまとめようとし、鼻息で吹き飛ばしたり、踏みつけて歩いているように見えます。お水(支援)をあげたのに、ありんこは、もがいて流され全く別の場所に行ってしまう様なものです。ゾウが見えないアリは、何の事か分からず、流された場所で生きていく為に色々と考える必要があります。ところがアリには、そこで考える知識も技術もなかった。活動するための概念として包括が言葉として選ばれたわけですが、包括すぎて行きわたらない状態になっているんだと思います。お役所仕事ですから、書類や申請書など山ほど有り、移動も盛んなのでエキスパートが育たないことが見て取れます。人の能力の限界を考えず、欲張るほど見失うなんて、一般企業では考えられない話です。地域の自主性や主体性に基づきなんて無理です。ましてや、先陣を切るべく地方自治体の構成も、志があって包括に回されたわけでもなく、上手くいく程あまくない。教員や経営者、ここで言う包括活動を担う方ならお気づきの事だと思います。そこまでのレベルに私たちが達していたなら問題は大きくならない。正しく最初に取り組むべき課題そのものであり、世界が必死で取り組む 個のレベルを上げる と言う事です。個の自主性や主体性を押し殺す機会の多くなる社会活動=地域の自主性や主体性を持たせる活動を好き好んで実践する人が何人必要で、その地域に何人確保できるでしょうか?そう言う意味でも連休が明けたら、一時中断していた包括センターを回ろうと思います。お前の勝手と言われたらお仕舞ですが、大切な家族を犠牲にしてるので少しでも痕跡を残さないと分裂しちゃう!包括とのやり取りは、ありのままに公開していこうと思います。
2016/05/06
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介護施設の経営は非常に厳しい施設運営だけでは維持さえ難しく、有料老人ホームと訪問介護やデイサービスを便用するか、他業種で利益を産むことも多い例えば、病院や企業が施設経営をするのは株式法人にする必要があり個人が立ち上げるには少し敷居が高い もともと営利目的で立ち上げるものではなく粗利益を出せる仕組みもない 利益の上限が決まっているため、下手すると給与昇給や賞与ができない悪質企業になってしまう都市近郊では土地と物件で数億単位になる設備や雇用も厳しい基準があり、事業計画書に反映できていなければ許可が下りないシュミレーション申請条件である株式会社を設立会社の実績0 最初から利益を生むことができない会社で支出だけが生じる申請書提出までに見積もりや図面が必要で資格者が発行するものでないと通用せず諸費用は大きい県から許可を得るまでに数百万が飛び、許可される保証はない今後の施設設立においては資本金さえあれば何とかなる現在、施設の淘汰が起きている人材は育たず、法令も未熟で国民の意識も、まだまだ低い今後20~30年と良くも悪くも世界は展開していく良くなれば自分の考えが間違ってなかった事になり、悪くなれば苦しい社会お金持ちが立派な施設だからと安心できるものではない悪くなっていく社会で、立派な人材が必要人数育つわけないやはり支援介護は知識と技術が必要で、幅広く学ぶ姿勢がないと人と向き合うビジネスは成り立たないボランティアや家政婦の延長で軽く考えている人は多い2022年になっても福祉や支援介護は生長していない昔も今も、志があり頑張っている限られた人によって支えられてはいるが、それが広がって活かされている事ははない
2016/05/05
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またしても不届きな医者がおりました。被害者は手首の骨折で治療をし、理学療法士にリハビリを受けていたそうです。リハビリで肩に激痛が走るので先生に訴えていたらしいが、頑張ってリハビリを続けるよう言われるだけだったそうです。10日ほど経って、療法士から、こう懇願されたそうです。「肩の腱が切れていると思うんですけど、自分が言ってもダメなので患者さんから先生に言ってもらえませんか?」医者はやっと検査をし、その結果は腱が切れているだけでなく、壊死が始まっており、手術をしなければならなかったそうです。骨折より重症じゃねぇ~か!先生様は、自分には技術がないので、オペできないと申されたそうです。患者さんは激怒して、「名医を探して責任とれ!」と怒鳴り散らしたそうです。遠方の病院を紹介され、手術の為に入院。壊死の部分を切除し、つなぎ合わせたそうです。「腕が上がらなくなるかもしれません」と、告げられ、その通りになってしまい、不自由な思いをしています。訴えるべき事件だと思うのですが・・・・・・もはやミスではない怠慢に弁護の余地ないです。多人数の相手を均一に面倒を見ることは難しい。行動心理学か社会心理学か忘れましたが、管理能力の限界基準を記したものが有りました。グループをまとめるには5人前後まで、集団としては20人程度までが理想で30人が限界とされていました。限界を超えると見落としが増え、問題が絶えなくなると言う事です。リーダーシップと言いますが、能力の優劣については不思議な現象も付け加えられていました。能力の低い(消極的)人を集めたグループにリーダーシップのある者を一人加え課題に取り組んでもらう。予想通り、リーダーシップのある者が中心となり動き始める。ある程度の時間を費やしリーダーを取り上げて適当に人員補充をする。グループに混乱が生じ崩壊すると思われたが、新たなリーダーが生まれ動き始める。何度しても同じ結果になる。しかも、優れたグループより素晴らしい課題結果を残すグループもでてくる。と、言った検証結果でした。想像つくと思いますが、リーダー(優秀)ばかり集めると、まとまらず、良い結果を残せない事も多く、企業の問題でもあります。つまり、人としての能力に限界はあるが、能力の優劣は協力如何では良い結果を出すと言う事です。これは、企業トップやリーダー育成で取り扱われる項目です。医者や介護は、一人が多人数を相手します。現状は能力の限界を上回った仕事量のはずです。見落としやミスが必然な環境であると認識すべきですから、対策は「協力如何で良い結果」と言う事なります。まず、一つ医者にとって患者は不特定多数の一人にすぎない。二つ、患者に過度な感情移入はしない(冷静)事を踏まえて考える必要があります。医者に注目してもらい、気に留めてもらえる関係が望ましいと思います。素人が知ったかぶりで文句や要望ばかりまくし立てても逆効果なので「この患者さんは、治療に前向きに取り組み、それなりに勉強もしている。」と思ってもらうことです。対面して、良い緊張感を保てることは、見落としやミスの防止になります。そう言った、お手伝いをするのも私の仕事です。
2016/05/02
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