「反哲学史」
木田元 2000/4 講談社 文庫 270p
No.948 ★★★☆☆
マ
ルチチュードからスピノザへ降りていこうという私の試みは、いまのところ成功しているとは言えない。ましてやマルチチュードから地球スピリットへ飛翔しようという目論見も今のところまったく見通しがたっていない。マルチチュードという言葉はスピノザの 「国家論」
の中にある、ということをようやく今朝気づいたのだが、本の絞込みを間違ったか。
それにしても、マルキストのアントニオ・ネグリがなぜに、他の「哲学者」たちをさしおいて、繰り返しスピノザへと降りていくのかは、実はいまでも疑問のままだ。そして、また、ネグリ&ハートを震源地とする21世紀の「マルチチュード」たちの情報についても、あまり豊富とは言えない。あっても難解であったり、批判的であったり、否定的であったり、明るい展望のひらけた希望的な見解はほとんどない。
そ
んなふらふらうろうろ散歩の途上で、「哲学」に対峙する形で 「反哲学」
を標榜する 木田元
の一連の著書を眺めてみることは楽しい。ひとつひとつの哲学について玩味することには至っていないが、およそこの2500年間を俯瞰する上で、木田の視点は私には多いに役に立つ。
ソクラテス以前(フォアゾラクティカー)、ソクラテス以後~(哲学)、ニーチェ以後~(反哲学)と区別することは、図式的で分りやすく、哲学や「反」哲学とやらの世界に、より関心を持ちやすくなる。
い
わゆる理性主義的な形而上学は、その末期になると次第に独断論の色お濃くしてゆきました(もっとも、通常は理性主義的形而上学に数え入れられるバロック期の哲学者スピノザやライプニッツをこんなかたちで片づけるわけにはいきません。彼らには、私がいま描いているような近代哲学の枠組に収まりきれないものがあります。
p140
分りやすく描いてくれる木田哲学史の中にあっても、なかなか一筋縄では処理できない位置に属しているのが、スピノザやライプニッツであるようだ。彼にはほかに「現代の哲学」やら「哲学と反哲学」などのたくさんの著書があるので、手当たり次第にあたっていけば、すこしづつ手繰り寄せていくことができるかもしれない。
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