地球人スピリット・ジャーナル 2.0
につづく
「ラストサムライ」
★★☆☆☆
★★★★☆
★★☆☆☆
コンテナとしてのインターネット上のブログに、図書館から借りてきた図書を中心としたコンテンツに対するコメントを中心とした読書ブログとしてスタートした、当ブログではあるが、あらためて、コンシャスネスとしての第3の柱を求めて、 <2.0> をスタートさせたところである。
ところが、ブログとしての機能も十分活用できていないし、図書館利用もまだまだ試行錯誤の連続ではある。とくに図書館にはAV資料がたくさんあり、活用の仕方によってはそうとう面白いはずなのだが、うまくできないでいる。
そんな忸怩たる思いで、たまにAVを借りてくるのだが、ブログ上でどのようなコメントを加えて、どのように表現して、メモとして残しておくのかが、いまいち分からない。
「ラストサムライ」もタイトルで借りてはきたものの、正直言って、高い評価を加えることはできなかった。あまりにも殺伐とした殺し合いのシーンや戦闘のストーリーが長すぎて、好みじゃない。まるで西部劇のような、サムライたちの疾走は、ネイティブ・アメリカンに配慮してか近年は作られなくなった、旧来のハリウッド西部劇映画を彷彿させるような、気持ち悪さを感じた。
大体において、自分のイメージしている侍はあんなものではない。いくら現代アメリカ人の目を通して描かれたサムライだったとしても、あまりに戯画化されすぎているのではないか。すくなくとも日本人の目から見た場合、すんなりとこれが侍だ、侍の有終の美だ、などと納得できる人は少ないだろう。
とか思いつつ、では、他のハリウッド映画なり、他の文化の映画や表現物のことを考えてみる。インド映画を理解できるか、中国や、欧米の映画にしたところで、本当にその真贋を見分けることができるか、となると、これは私にとっては、かなり困難なことである。
つまり、日本文化が十分理解されていない、ということについてはイーブンなのである。日本以外の、例えばお隣の韓国や中国、台湾やタイやインドネシアや、インド、スリランカなどの文化にしたところで、私はとてもてもわかっているなんてことは一言も言えない。
地球人スピリットとは、アース・コンシャスを持つこと。地球全体のグローバルな意識を持とうという試みではあるが、その思いとはうらはらに、その理想形の実現には、はるかな隔たりを感じるのみである。
それでもやっぱり、歩みを止めるわけにはいかない。個人的な、極私的なこころみであったとしても、いや、であればこそ、行けるところまで、行こうではないかという姿勢は、以前とはなんの変わりはない。
ということで、<2.0>として消化するには、すこし時間がかかるメモであるので、一時的に(あるいは固定的に?)、このメモは<1.0>に残しておくことにする。
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