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見たいと思っている絵に出会うことはなかなか難しい。思い立ったが吉日。今、イタリアに行っても見られないものを見ておかなければと、東京都庭園美術館へ向かう。混んでいて落ち着いて見られる雰囲気ではなかったが、「果物かごを持つ少年」「執筆する聖ヒエロニムス」など、間近に見ることができた。言葉は練れていないが、一言で言うなら、「塗り立ての鮮やかさ」である。追随した多くの作家と比べると、彼の作品だけ、光輝いている。リアリティというなら、ここまで克明に描くことはヤンファンアイクのように不自然にすらなるが、彼の絵には、血の通った温かみがあるのだ。 来年には、横浜に、「白テンを抱く貴婦人」もうひとつのモナリザといれる レオナルド・ダ・ビンチの絵が来る。楽しみだ。
2001年11月22日
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音楽会が終った。S先生に教わってきたいろいろなことが今頭の中を駆け巡っている。ビデオにとってもらった自分の指揮のいろいろな欠点ばかりが気になる。子どもたちは持てる力を発揮したと思う。主役を演じたFくんは、迫真の演技だったし、他の楽器を演奏した子や台詞を言った子は、今までで最高の笑顔と表現力を発揮した。しかし、歌はどうだったか。歌になると一人ひとりの表現が薄まってしまう。合唱では、言葉とともに声の質を整える作業が必要になる。その上に音の強弱がからんでくる。講評で「フォルテ(ピアノ)するとき、フォルテの意味を考えて」ということが書かれてあった。なるほど、まさにその通りだったと思う。言葉の意味や曲の流れに沿った自然な音の強弱だったろうか。ビデオで見なおしてみると、まだまだ表現が平板だ。自分の普段歌い方もそうなのだろう。指導するならなおさら難しいことだと思う。子どもたちの力を発揮するかどうか、指導者の力にかかっていることを改めてきもに銘じることになった。
2001年11月14日
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土日に、とある日本語教育の研究会に参加した。土曜日は、なんと司会まで任され緊張の連続だった。土曜日は、レポート数が多かったので、レポーターに発表時間10分なんて事前にファックスを流した。お陰でレポーターの意図を十分くみ取れず、当然意見も余り出ない。各サークルの長期の研究が、たった10分で消化されてしまう。辛かった。ひとつ救われたのは、所属するサークルからのレポートが高く評価されたこと。レポートしてくださったG先生の実践がよかったことは言うまでもないが、その先生が私的な用事をキャンセルして来てくださっていたので、「きてよかったです」と言ってくださったときは嬉しかった。中国からきた中学生の女の子がG先生と日本語を教わる中で、中国人としての自分の誇りと将来日本と中国の架け橋となると決意するまでの地道な実践。研究会の重鎮であるT先生は、声を詰まらせて誉めてくださった。私も目頭が熱くなった。言葉を獲得していくということは、自分の考えを深め、人間を誇り高くするものだと思った。もし、今日、日本語教育の課題をまとめるとしたら、自分の考えを持ち、自分の考えを正しく伝えることができるように子どもたちを育てることなのだと思う。「むかつく」で自分の気持ちをひとくくりにすることなく、心のひだを細かく言葉に置きかえられれば、簡単に「キレ」たりすることがなくなるのではないか。また、人と人のつながりもより深い物になるのではないか。そうしたひとつひとつの積み重ねでしか人と人はつながれないと思う。言葉で客観的に自分をとらえる過程なしには、互いを理解することは無理なのだと思う。それは、テロを戦争と置き換え、自分の国と宗教だけを是とする指導者のために、平和が訪れないのとにている。乱暴な論理だが、今なんとなくそんなことを考えてしまう。
2001年11月12日
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子どもたちが発表する機会に恵まれ、まだ通してやったことがない、組曲を合唱した。「とべないホタル」という文学作品をもとに作られたナレーションと歌で構成されたものだ。42名の子どもたちのために、二部合唱にS先生が編曲してくださった。 指導に来てくださっているS先生は、長年の指導の経験だけでなく、人間的にもすばらしい方で、子どもたちの前で指揮すると、歌が突然生き生き輝き出す。朝も心配して応援に来てくださった。そのときは、大丈夫だと思ったのだが、本番は、子どもたちの緊張やなれない私の指揮のために実力を出しきれなかった。 発表が終わって、指揮の仕方や歌の作り方、指揮者のあり方などいろいろお話をしてくださった。学んだことがたくさんあった。その1、大人相手の指揮と違い、子どもには大げさに自分の意思を伝えなければつたわらない。その2、1拍目が大事。それをはずすと、息が浅くなり、音楽が小さく、テンポ感がなくなってしまう。(私の指揮は、一拍目が、体の中心からはずれていて、分かりにくい)その3、右手は、テンポをきちんと刻むこと。ピアノの伴奏などに気を取られるな。 指揮法など学んだことなく、今まで何となく見よう見まねで、子どもたちの合唱や合奏など指導していたことが恥ずかしくなる。しかし、何より大事なのは、音楽に魂をこめること。言うは易くだが、これがとてつもなく奥が深い。歌の詩やメロディーにこめられた魂を自分の体を通じてよみがえらせる作業。それは、音楽に自分をささげているS先生のような方の直接の指導を見ることによって、少しずつ見えてきたような気がする。 いずれにしても、子どもたちから今エネルギーをもらって、歌に打ち込める自分は、幸せだと思う。本番は、水曜日。(日曜日は、自分の歌もあるが、)そこに自分の持てる力を出しきりたいと思う。
2001年11月09日
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久しぶりにピアノを弾いた。合唱の指導時にさわり程度の伴奏することはあっても、自分の楽しみのために弾くのは、どれぐらいぶりか。男声コーラスの練習が、たまたまピアノの先生のお稽古場ということもあり、譜面が豊富にあることが私を刺激した。 練習後、雨が降っていたこともあり、ショパンの前奏曲「雨だれ」を弾く。6、7年前、子どもに混じってここのピアノの先生の発表会で弾かせてもらった思い出の曲。他に「ジュ・トゥ・ブ」や「インベンションの8番」なども弾いたが、どれも途中でぼろぼろになったことを思い出す。 ショパンが、ジョルジュ・サンドとコルシカ島に行ったとき、雨だれの音から連想して作ったという曲。グランドピアノならではの連打音の弾き易さ。中間部の幻想的な所が自分で弾きながら酔ってしまう。ついでに、4番と7番も弾く。7番は、大田胃酸のCMで有名な短い曲。でもこれを完璧に弾くのは難しい。この曲は、大田胃酸のイメージ作りにおおいに貢献したと思う。もし、ショパンが生きていれば、パテント料で一生、楽ができただろう。4番は、有名な葬送行進曲を連想させる暗い曲。でも、私は、この曲が好きだ。技術的に私が弾ける程度のやさしさであることもあるが、消え入りそうな悲しげなメロディーは、弾くたびに心を癒してくれる。 練習後にみんながお喋りに花を咲かせているのに、ピアノに夢中で、もう一曲。練習曲25番の1「牧童」。初めて弾いたのは、高校生のときだったか、ポリーニの完璧な演奏に脳天をたたきつけられるような衝撃を受けた練習曲集。私がショパンの中でもっともよく聴いた曲が多く入っている。難しすぎて弾ける曲は、ない。でもさわりだけ楽しめる曲は結構入っている。別れの曲やチョウチョ、黒鍵など、曲名が付いているものは、どれもさわりだけでも、楽しめる。その中にあって、牧童は、楽譜を見ただけでは、曲が想像できないようなみずみずしい曲だ。右手の小指でメロディーを追っていくところは、かの月光の第1楽章と同じだが、さわやかな草原を思わせる左右の手のアルペジオがベートーベンの時代とは明らかに違う。 ショパンが、ピアノという楽器でなければできなかった曲をたくさん作ったこと、そして、私にも弾ける曲をたくさん残してくれたことに感謝したい。今度パリに行くことがあったら、お墓参りを是非したいものだ。
2001年11月04日
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