全49件 (49件中 1-49件目)
1

「辛しれんこん」配達完了! 「これが届くと、お正月が来るんだという気分になるんだよ」 と言ってくれるところが増えた。良し悪しは別にして、待っていてくれるようになったのだ。 ありがたいことだが、いつまでもというわけには行かなくなる日がやがてくるのだ。 「ぼちぼち村」では、先日の屋根の落雪の塊りが無くなっていた。 後で調べたら弘さんが汲み取りに来た時にかいてくれたのだそうだ。感謝! また、周辺では30センチ積もった雪が随分とけた。 洗い場の周辺は特に。 ところが、今日の午後から降り出した雪がまた覆い始めた。 ダムも地肌が見え始めた。
2009.12.31
コメント(5)
昨日のブログは、ミスで書けなくなった。 理由は、ブログを書いていて、ユーザーIDとパスワードの記入欄が現れ、前のブログのを入れてしまって「ぼちぼち村2」に戻れなくなってしまったのだ。 忘年会から帰ってきた長男に訊いたら、簡単に戻ることができて一安心。 昨日から「辛しれんこん」の配達開始。 「舞っていたよ」なんて言われると、ついその気になってしまう。 人との付き合いが楽しくなる瞬間だ。 明日も残りを配達する。年内に終わらせるのだ。
2009.12.30
コメント(2)

朝から「からしれんこん」作り。 昨日詰めた物は揚げ終わって、ラップでくるんで完成。 今夜、あと1キロ分の味噌を詰めると、残り3分の1くらいになる。 ずっと家の中にいると、息が詰まりそうになる。 今日のような天気には「ぼちぼち村」に行きたくなる。 雪が滑り落ちた屋根。 古い錆びたトタンの上は滑らなかった。 干上がっているダム湖は雪原となり、冬の光を反射していた。 水があったら凍り始めていただろう。 明日には終わらせて、あさってから配達だ。
2009.12.27
コメント(3)

今日もぽかぽか。 朝から「辛しれんこん」の辛し味噌詰めと格闘中! 大きすぎても詰めにくいが、小さいのも手が滑って大変だ。一工夫しないといけないな。 1キロの味噌を詰めるのに1時間くらいかかる。肉体労働だ。 今夜中に3分の1終わらせる予定。夜なべ仕事になる。 詰めても直ぐ揚げることはできない。 浸透圧で蓮根から水分が出るので、蓮根は縮むし味噌はふやけるので量端からはみ出してくる。 だから、落ち着くまで数時間たってから揚げないとうまくいかないことになる。 揚げる役は、女房。 彼女は宮城の育ちだからか?なかなか上達しない・・・と言うとフンだな。 いや、大いに助かっている。感謝! これまでに詰めた物は、今夜揚げると言っている。
2009.12.26
コメント(5)
「クリスマス」だなぁ。 銀行を回ってジャスコに寄った。 もうジングルベルの曲は流れていなかった。 今週、「タカ」は戻らず。(29日に戻る予定) 女房と二人だけだと、とりたてて「クリスマス」をやる(祝う?)気にもならず。 ただ、いつもの日がいつものように流れていくだけ。 平穏であればそれでよし。 メリー クリスマス 3万人を超える自死者の冥福を祈ろう。
2009.12.25
コメント(0)

今日はぽかぽか。 だけど筋肉痛午前中お休み。 “れんこん”茹では、毎年「ぼちぼち村」の炉を使う。 最初の一鍋(直径50センチくらい)を沸騰させるのに一時間くらいかかる。 それからはリズムに乗るけれど、煙との戦いもあり休む暇なし。 一鍋で約10キロ。1時間くらいかかる。 去年からSサイズにしたため、上げるのが面倒になって時間がかかるようになったのだ。 そのため中腰の作業が続くので、腰がパンパンになったのだった。 更にもう一つ問題。煮えすぎて皮がはがれやすくなること。 5時半頃やっと終わった。 外は雪明りで、歩くには不自由しないですんだ。 ※なぜSサイズにしたかというと、一度にたくさん食べる物ではないから食べきりサイズがいいと思ったため。値段も少し安い。 この辺に出回る茨城産はMサイズばかり。箱の中には、LLから3Sに芽まで入っている。 極端にひどい物がある。JAに問い合わせてもても連絡先も分からない生産組合もある。 それで熊本のれんこん農家Mさんから仕入れるようにしたのだ。 今夜から詰め始める。
2009.12.25
コメント(0)

「ぼちぼち村」の道路はその後積もっていなかったが、雪の表面がつるつるに凍っていた。 光を反射する畑の表面。 順調に下りていったら、アレッ!?? 「なんだこりゃ?」 「屋根からの落雪」だ!とわかるのにやや時間が・・・ このままでは、れんこんを運べないので、先ずは落雪の除雪から。 厚いところは1メートル2.30センチ。錆びトタンのところは引っかかって滑り落ちず。 ようやく通路完成! ここから、茹で始めなので大変だった。 なんとか終わらせられたけど、腰が痛くなったのでこれから風呂に入る。 続きは、またあした。
2009.12.24
コメント(4)

今朝は晴れ! 霜も降りず、ぽかぽか。 今から、きのう節を切った“れんこん”を茹でに「ぼちぼち村」に上る。 日が暮れる前に茹で終わるといいなぁ。 気合を入れて出発!
2009.12.24
コメント(3)

(5)「口伝を渡す」 小川さんが、西岡常一棟梁から教わった斑鳩(いかるが)大工に伝わる口伝を紹介したもの。 「神仏を崇めずして伽藍舎頭を口にすべからず」 自分たちが建てるのは神や仏の住まい。その神や仏を尊ばずに仕事をするなということ。 人の住む家は、そこに住む人の考えに合わせるが、御堂や神社は仏様や神様の住まい。 神や仏は何も言わないが、人々が頼り、安心する場所。 心のよりどころを造るのだから、心して仕事をせよということ。 「伽藍造営には四神相応の地を選べ」 伽藍(寺の建物など)を建てる場所や方角は、四神相応の地を選べということ。 四神とは、東西南北の神々のこと。 東は青龍(清流)、南は朱雀(建物より少し低い沼や沢)、西は白虎(道)、北は玄武(山や丘を背負った土地)がいいということ。※( )は、土地に当てはめるとこうなる。法隆寺はこんな場所。 「堂塔の建立の用材には木を買わず山を買え」 堂や塔を建てる木は、一本一本買うんではなく、山丸ごと買えということ。 その意味の一つは、「自分で山に行って、生えている木を見て使い道を決めろ」ということ。 製材されてしまった木では、どんな所に生えていたかわからない。「生えていた土壌や環境、風 向きや日の当たる方向、森の端の木か、真ん中の木か、そういうのを知って使え」ということ。 もう一つは、「同じ山の木で建物一つを造れ」ということ。 ※この口伝は、次の二つとセットになって意味をなす。 「木は方位のままに使え」 木は根付いたところで育つ。そこの環境や土壌から制約を受ける。 風当たりが強いと、枝はちゃんとしようとする。それが木の癖になる。 日の当たる方には枝が多くでる。つまり節が多くなる。 「こんな木は、日の当たっていた方をそのまま日の当たる方向に使え」ということ。 「堂塔の木組みは寸法で組まず木の癖で組め」 「木の癖を生かして建物を造れ」ということ。 右捻れの木に左捻れの木を組み合わせれば、より丈夫にがっしり組み合わせられる。 昔は民家でも癖のある木や曲がりの木でも使ったが、今は使えなくなった。嘆かわしい話だ。 資源がない、木を大事にしろと言いながら、やっていることは全く反対だ。 これは、人間にも言える口伝。 木にも人にもそれぞれ癖がある。 その癖を見抜いて生かしやるのが勤め。 木は、山を見れば癖がわかるし、寝せておけば癖が出てくる。 人は、いっしょに飯を食い、暮らし、仕事をしていると癖がわかる。 「癖は才能だから、生かさなければならない。」 「木でも若い木は暴れる。年齢のいった木は暴れが少ない。全く人間と同じだ。」 その癖をなかったことにして、みんな同じ人間にしようとしているのが現代だ。 木は一本一本違う。それを「木」で一括りにして、工場製品のように扱おうとしている。 効率第一主義で考えると、癖は無駄として無視される。 そんな社会では、“子どもの個性を生かす”なんて言葉だけになってしまう。 その戒めの口伝がある。 「木の癖組みは工人の心組み」 大きな建物になれば、大勢の力がいる。大勢集まれば、着せのあるやつが大勢いる。 「棟梁は人の癖を見抜き、木組みをするように働いてもらわねばならない」のだ。 匠長とは棟梁=リーダーのこと。 棟梁が工人たちの心を汲んで一つにせねばならないが、大事なのは“思いやり”。 ここでいう“思いやり”とは、必要なときには厳しく当たることも「叱る」ことも大事な思いやり。 次の二つもセット。 「百工あれば百念あり、これを一つに統(す)ぶる。これ匠長の器量なり。百論一つにとどまる、これ正なり」 「百論一つに止める器量なき者は慎み畏れて匠長の座を去れ」 「百人いれば百人の考えがある。これを一つにまとめて仕事を完成させるのが棟梁。それができなかったら、棟梁が自分から役目を下りろ」と言っている。リーダーへの戒め。 難しいことだが、いっしょに暮らしていれば、考えは一つになっていくもの。 「諸々の技法は一日にしてならず、祖神達の神徳の恵みなり、祖神忘れるべからず」 自分達が身につけた技や工法や智恵は、「みんな先人達の経験から生まれたもの。」 自分は西岡棟梁から育ててもらった。育つ環境を与えられ、今がある。 西岡棟梁は、法隆寺や薬師寺で飛鳥や白鳳の工人の仕事を見て学ぶことが多かったと言っていた。 自分が編み出したものなど一つもない。 新しい機械や電気道具ができたが、「手道具を使えて、木の性質を知って」、初めて100パーセント使いこなせるようになる。 それを力任せに使っている者は、先人達の恩益さえ受けていない可哀想なやつだ。 「先人に学び、感謝することこそ大事」 西岡棟梁から受け継いだ口伝は、このように職人達をまとめる棟梁たちへの戒めだったが、最後に自分の経験から一つ加えておきたい。 「人に任せ、人に譲ることで、伝統の技を生きたものとして伝えていけ」 「古代建築を造り、守ってきた技は文字や数字では残せない。 人から人へ「手や体の記憶」として受け継いできたもの。 人に技を記憶させるのが修業。」 これが「いかるが工舎」を30年率いて、その一端を担ってきたきた者の思い。 棟梁の憂い その時にできる精一杯のことをしてきた。 だから、後の時代の工人たちは自分たちの仕事を読み取り継いでいけると思う。 だが、日本には肝心の「木がない」。 それが一番の心配事。 (長泉寺・御堂正面) これで講演「不揃いの木を組む」のまとめをやっと終わらせることができる。 まるで、自分の思いを書いたような興奮が残っている。 それくらい小川三夫の棟梁魂に引きつけられたのだろう。 <追> 講演会というと、肩書きをきらびやかに光らせて、自分でやってもいないことなどをもっともらしく並び立てる講演者が多いが、自分の仕事から得たものを飾らず話されたことに大きな共感を持つことができた。 125名の参加があり、半分以上が建築関係者だったと主催者は発表。 我々の仲間の講演会で、こんなことは稀なことなのだ。
2009.12.23
コメント(0)

(3)昨日の午後、吉川団十郎さんを訪問。講演のこと、小川さんが建てた角田市の「長泉寺」のことを話した。彼は、すばらしい寺があることを知っていた! それで、急きょ案内してもらって観て来た。 思わずそのたたずまいに引き込まれた。 「任せるというのは」 任せるということは ・“責任”をとらせることであり、“判断”を下させることである。 ・これが人をつぶすことにもなり、伸ばすきっかけにもなる。 ・つぶすのは、責任を負わされる時期が悪かったか、器量として無理だったか。任せる側に大きな 責任がある。 ・立場が人を作る・・・任せることの効用。その裏づけは“責任” ・無理して任せてはいけない・・・自然な形で。 ・任せられる人に気迫と根性がなければ、なかなかできない。 未熟なうちに任せる ・物になるという人には、未熟なときに任せること。そのタイミングを適切に。 ・任せたら、余計なことは聞いてはいけないし、しゃべってもいけない。 しゃべったら、言わないでいいことを言うかもしれない。 黙って、機を見て「できたか」と訊けばいい。任せた以上、それでいい。 任せられない人 ・学校で教わったことしかできない人。 ・他人のせいにして逃げようとするやつ。 ・責任というのは失敗したときにわかる・・・その時の態度が大事。 任せられる人 ・失敗を素直に認めて反省する人。 ・失敗こそが進歩の基礎・・・失敗を踏み固めてこそ確実な基礎ができる。 ・成功や褒められているだけでは足元は危ない。 覚悟をつくる ・相手を追いやること・・・こっちはその倍の覚悟がいる。 ・没頭するしかない・・・みんなで飯を食って、いっしょに生活すると自然とそうなってくる。 言葉は誤魔化す ・一番邪魔なのは言葉・・・いっしょに暮らして仕事をしていると言葉なんていらない。 ・大工問というのは紳士・・・いいわけしてはあかん。うそをついてもあかん。行動で示すこと。 ・言葉を上手に使うと威張るようになる・・・言わなくてもいいことを言い出す・・・腕や仕事を 言葉でかわすようになる・・・誤魔化しが生まれること になる。 「単純馬鹿がいい」 日本を動かすのは単純馬鹿 ・単純馬鹿、これがいちばん! ・行動する前に考えるようでは絶対あかん・・・行動できなくなる。 ・行動しながら修正していく・・・修正のしかたがきちっとした人がいちばん。 まずやってみること ・でき上がりまで構図を描いたら、恐くねってやらない。 ・材料など準備場万端整えると迷わずできるが、自分のためにはならない。・・・小さくなる。 やってみる最初の度胸のあるやつでないとだめ ・複雑にものを考えて準備して、ただきちっとだけしておくことはあんまり力にならない・・・過 去にやってきたことの自身だけだ・・・今まで以上のもの、新しいものはできない。 ・途中で悩んで、次の一歩 ・動き、走りながら次のことを考える・・・考え考えしながらやっていくもの。 だから若い子には掃除をさせる ・掃除、片付けをしてたら、動きながら考えることがわかってくる。 整理整頓は大事 ・やりながら片付ける・・・頭の中も整理整頓することになり、次のことが考えられる ・金も片付いているところに入ってくる 「芯の仕事」 曲がった木には曲がった木のよさがある ・木工機械が技術をだめにした・・・曲がった木は機械にかからない、面(つら)が通らないから 切り捨て 芯を決めて計算すれば使える ・強くなって、その上味のあるものができる。 人間にも社会にもいえる ・面のいいやつだけ、同じ規格品を集める社会は独創力がなくなる。 ・芯を見つけ、芯の通った仕事をすることが大事。 「不揃いがいい」 千三百年以上経っている法隆寺の部材は一つとして同じものがない ・当時は、たて引き鋸や台かんなはなかったので不揃いの部材しか作れなかった。 ・芯を通して組んでいる。 不揃いで総持ちがいい ・癖や曲がりをうまく使えば、丈夫な建物になる。 ・曲がりや癖は才能みたいなもの・・・どう生かすかが大工の仕事。 ・不揃いの仕事は、順序だてて教えられない・・・しかし建物は順序だてて建てるもの。 ・不揃いに学んでも、最後にはみんなその人の身につけばいい。 「質問に答えて」 山を守るには ・国の「建築基準法」がプレハブ化して間違ってしまった。 ねじを締めるだけで、本当のことを学ぶ必要がなくなった。 ・一次産業もだめになった。 建物の場所 ・四神(東西南北の神々)相応の場所。 木の性質 ・木はかたいものではない。文字や数字で扱おうとするとかたいものになる。 ・育った気候風土によって違ってくる。 ・木とは、ヒノキのことをさした・・・材として200年くらい経ってから強くなる・・・法隆寺 では1,300年もっている・・・ケヤキー500年、スギー800年 ・法隆寺は、“安定していて動きがある”といわれている・・・柱は礎石の上にのせてあるだけ。 ・木は生えていた方位のままに使え・・・それを違えると弱くなる これで講演「不揃いの木を組む」の要約を終わる。 明日は、小川三夫著「棟梁」(文芸春秋社刊)より「口伝を渡す」から学ぶ。 (4)「棟梁ー技を伝え、人を育てるー小川三夫」(文芸春秋社刊)から。 最終章「口伝を渡す」には、「不揃いの木を組む」ための心構えが詰まっている。 これをつけ足すのは、広く教師や親や、経営者や働く人たちに自分を振り返ってほしいから。 「口伝を渡す」 「組織は生もの」 組織は腐りやすいもの・・・30年やってきて見つけた結論 ・長くいると、甘くなったり威張ったり、不健康になる ・共同(体)生活で大事なのは、雰囲気(人間関係)・・・同じ目的を持つこと ・上が詰まると組織は腐る・・・下には大きな責任がかかる・・・責任は人を育てる ・順番に上が抜けていく・・・常に試練が生まれる・・・それで腐らないですんでいる 一度は栄えても必ず腐り始める ・育った人間を出すのは痛手 ・腕のいい者ばかりだと、仕事は速い・効率はいい・儲かる・・・しかし、そういうのは要らん 人というのはそういうもの ・上手になれば褒められたい、金も多くもらいたい、休みももらって当然と本人も周りも思う ・下の者は尊敬し、命令されたらよく思われようとし、媚びるようになる 健全な組織であるためにはバランスのいい人間になること ・技だけ秀でてもだめ・・・優しさやを思いやる心も・・・そのためにいっしょに暮らして学ぶ 一番初めに腐るのは、上に乗っているリーダーから ・今度は60歳になる俺の番 満足感は席を譲る合図 ・埼玉の長久時、宮城の長泉寺、千葉の日本寺とほぼ満足のいく建物・・・経験の花が咲いた感じ ・これからは、次の奴らが決めること・・・周りをうろうろして口を出してはならん 「孤にして群れず」 基本的に一人でやってきた ・○○会などというグループと組まなかったし、学者や研究者とも仲良しにならなかった ・そんなのは好きでないし、欲得がないから人を覚えようとしないし話しに行こうともしなかった ・自分自身だけが強くなっていればいいと思う ・入札にも行かない不気味な存在だと思われている・・・“いかるが工舎”はすごいんだってつく っておけば社寺建築全体も悪くならないと思う・・・プレハブの社寺を考える人とは組まない 孤に群れず、羽が道を行く ・時流に乗らず、堅実に、後ろ側から歩いてきた ・下請けもせず、大きな企業にも頼らず、自分達で仕事を取り、自分達で一切合切全部やってきた ・仕事が亡くなることはない・・・うちは強い・・・群れたらあかん ※今夜は冷えるので、施設から帰ってきた「タカ」を風呂に入れるので、「口伝を渡す」は明日に続ける。
2009.12.23
コメント(0)

昨日、「仙台の子どもと教育をともに考える市民の会」主催の教育後援会を聴きに行く。 講師は、宮大工の小川三夫さん。(奈良県:いかるが工舎・前舎主) 演題は「不揃いの木を組む ~技を伝える、ひとを育てる~」 小川さんは、薬師寺をはじめ近畿、四国、関東地方の100を越える名だたる寺社仏閣の建設修理を手がけられた優秀な宮大工だ。 私が彼を知ったのは2・3年前のこと。隣町、角田市の「長泉寺」の工事をされているとき(2006・7年頃)、たまたまラジオのインタビューを聴いて、これは本者がいる!と驚いたことから。 それからさっそく、宮城県教組に「人を育てるー子どもと教師と親を育てるー」講演会を企画するように働きかけたが、この日に至ってしまった。 今回、「市民の会」が企画してくれたので喜んで出かけたのだった。感謝! 多くの方々に知ってもらいたいと思い、以下に紹介する。 「不揃いの木を組む」 1947年栃木県生まれ。 「動機」 宮大工への動機は、高校2年の時の関西への修学旅行で千三百年前に建てられた法隆寺五重塔を見て、漠然と自分も造ってみたいと思ったこと。 「西岡棟梁との出会い」 奈良県庁へ行って相談すると、西岡さんに会うように言われる。 当然断られる。仕事がない、18歳では年がたけすぎている(弟子入りには遅すぎる)と。 仏壇屋に勤め、道具も使えるようになったと思ったが・・・ 卒業してから4年たって棟梁から呼ばれる。 道具箱を見せろと言われて見せると、のみを捨てられる。 そして、「納屋の掃除をせえー」と言われる。弟子入りが許可になった瞬間。 納屋の中には、西岡さんの道具箱が置いてあった。それは、言葉で表せない師匠の教えだった。 「徒弟生活」 それからの1年間は、ただ刃物研ぎだけ。テレビ・新聞・ラジオは一切禁止。 自分の生活ができない。(自分の個性が良く分かる。) 師を見て育つ。 「弟子たちのこと」 いろいろな弟子 ・洗濯がうまくできない・風呂に入らないなど・・・ ・飯作り・・・新人は「まかない」当番。30分で準備をしなければならないから大変。 段取りの具合が分かる。これは仕事のできと比例する。 ・そうじ・・・その子の気持ちが良く分かる。思いやる気持ち。 「弟子育てのこつ」」 ・入舎希望・・・300人くらい。内2・3人の採用。女子が増えてきた。 。器用と不器用・・・器用な子は、頭の中も器用だが「ずばぬけない」 不器用な子は、、一心になると「ずばぬける」 ・中学生と大学生・・・どっぷりと首までつかれるのは中学生。 ・「削りたい削りたい」という欲求が、ぎりぎりまで高まるのを待つ。やる気の違いになる。 ・半人前の時に、たくさんの無駄をさせる。10年までは同じだが、それから先が違う。 先走って教えない。 ・学ぼうとする雰囲気があるところでは、そのままでよい。ないところでは教えてやる。 その雰囲気は弟子たちがつくるもの。 ・ただただ、素直に学ぶことが大事。 学校で中途半端を教えているから、素直になるまで起こらねばならない・・・起こり倒す。 今の人は怒り方がへた。賢く振舞おうとしている。 ・その時、ほめることはしない。あとで思い出してほめてやる。 怒る人は、しっかりしていること。妥協しないこと。 ほめる人は、責任を持つこと。心を磨いておかねばならない。 ・修学旅行では、知識だけを教えている。 見方を教えてしまうから素直でなくなる。 (2) 「生活のようす」 みんな大部屋暮らし・・・自己中心では仕事はできない。 優しさと思いやりがなければ、長い時間いっしょにいることはできない。 言葉はいらなくなる。 失敗するところが分かっているところだけは、言ってやる。 木の育ち・・・傾いた木を正すには“抜き枝”をする ・“抜き枝”をするには、その木を知らないとどれが“抜き枝”か分からない。 ・いっしょに生活していないと、弟子のどこが“抜き枝”か分からない。 ・人も同じ、家庭では母親(親)が一番分かる。 「宮大工について」 宮大工の歴史 ・聖徳太子が百済から呼んだ二人の僧侶から始まる・・・飛鳥寺 ・寺社番匠(ばんしょう)→社番匠→宮大工になったと。 宮大工と家大工の違い ・宮大工は大木を使う ・家大工は施主の注文に気をつかうが、宮大工の主人は神様だから何も言われないので楽? 工具の発達 ・たて引き鋸ができて、建物に装飾が加わるようになった。 ・“手道具”で職人が育った・・・ここから始まらないと上達しない。 ・刃物が切れると、いい加減な仕事はしない。 ・電気道具だけでは80%の仕事しかできない。 「ものづくり」には“執念”がいる ・それは本人が感じ取ること。指導したり教えたりすることではない。 ・日常の生活がつらければ(厳しければ)身についてくる。 ・工作の物作りではない。 喜んでもらえればいい ・いいものは、いつもあとまで残るもの。 ・今は早さが問われる問われる・・・そこでは“いいもの”はできない。 あとに残る“もの”をつくる ・古代から伝わる「手や身体の記憶」を受け継いできた。 ・下手はへたなりに一生懸命、うそ偽りのない“もの”を残す。 ・後世になって、必ずそれを読み解いてくれる人がでてくる。こうして伝統として受け継がれる。 弟子たちのこと ・暇があれば“研ぎ”をしている。 20数年で一度だけの鉋屑(かんなくず) ・弟子入りして1年後、西岡棟梁に透けて見える“棟梁の鉋屑”を見せてもらった。 切れる刃物は、うそをつかない ・せんじて せんじて せんじつめれば、最後は“勘”。 ・ちょっとしたことに気づくこと。 大工の大事な資質 ・木を山から現場まで運べたら、建物はできたも同然 ・運ぶ苦労、工夫があれば、刻んで組み立てることはわけのないこと。 ・自分の技能の枠で考えるだけではだめ。頭が悪いとできない。 ・目に見えない感覚とか勘に優れていないとなれない。 真っ平らには二つある ・錯覚を矯正して真っ平らに見せる。 三角定規の直角は信じない ・水平と垂直があればいい。
2009.12.23
コメント(0)

今朝、“ハス”のHさんから電話。 「こんにゃくを作ったから、もっていくよ。」 8時半、近くのローソンで待ち合わせ。手作りこんにゃくとヤーコンをいただく。 昨日の「ぼちぼち村」は、カラスの声響かず。 畑は雪の中。ブロッコリーだけが雪帽子のポーズを見せる。 村では、味噌樽もでかい帽子をのせていた。 水のないダム湖は雪の原。 「大アリクイ」が眺めている。 れんこんを茹でに行きたいけれど、先ずは節切り。 平地は、晩秋のような小雨。 山は小雪か。
2009.12.23
コメント(7)

昼から、辛しれんこんを洗いに「ぼちぼち村」へ。 山は、すっかり雪をかぶった。 「ぼち村」の入り口は、30センチくらいの積雪。 心配した通り、車では下りられない。 歩いて下りるとすっぽり。 今日は諦めて、釣り堀へ。 話をすると、オーナのTさんが雪はきをしてくれることになった。 たちまち地肌が現れた。 車検が済んで、新品になった冬タイヤで楽々下ることができた。 おかげで、暗くなる前に荒い終えることができた。 感謝!
2009.12.22
コメント(5)
午後、わが町の“母親連絡会”が、隣の選挙区で当選したH衆院議員を呼んで懇談会を開くというので参加させてもらった。 先ず、自己紹介を兼ねて所属する委員会について説明をし、国会の動きについて話してもらった。 その後、こちらから「障害者自立支援法」、「子ども手当て」、「学力テスト」、「後期高齢者法」のそれぞれの廃止を要求し、民主政権の現状を訊いた。 「子ども手当て」については所得制限を設けることになると言ったが、今日の夕方のニュースでは、鳩山首相は制限を設けないと発表。 驚いたことが一つ。 「自立支援法」が作られるとき、障害者の8団体のトップはこぞって賛成し、現場の意見と反対だったという。忘れていたのかもしれないが、みんな驚き!資料を提供してもらうことになった。 政権交代後3ヶ月だからやむを得ないが、柱になるものが決まっていないような感じを受けた。 1時間という制限だったので深めることはできなかったが、このような機会が作られたことは良かったと思う。 その後、宮城県環境税についての第1回説明会が合同庁舎で開かれていたので、30分遅れで出席。 ちょうど説明に入ったところだった。 CO2削減のため森林の造成や木材の活用、自然エネルギーの推進、環境教育の部位神などを進めるために、5年間で100億円いるという。 その100億のうち、80億を県民に負担をしてもらいたいというのがこの趣旨のようだ。 この内訳は、一人月100円、年間1,200円。これを市町村民税に加算して徴収する。他に企業からも。 という提案。 質疑応答では、さっそく主催者が依頼したと思われるNPOの代表と他に2人から賛成意見が出されたが、丸森町からの参加者から、知事はわが身は削らないでいて県民に負担を押し付けるだけ。無駄を削れば捻出できるのではと厳しい意見。角田市の女性も反対を表明した。 今日の参加者は150名とのこと。 白石市からは大型バスで。土建会社や建築関係の社員と思しきネームの入った人たちの姿が目についた。県がよくやる動員だ。がっかりするなぁ・・・ 夕方のNHKローカルニュースでは、厳しい意見が出されたと報道していた。 この説明会は、これから県内を巡回する。 宮城県政は、自動車産業の誘致には税金投入を惜しまないが、県民にはもっともらしい理由をつけては税金を取り立ててくる。今後の動向を見守る。
2009.12.21
コメント(2)

昨日の3時過ぎ、蔵王町宮の白石川の上空をハクチョウの群れが下りていった。 そこは、仙南地方でもっとも餌づけが盛んだった所。 久しぶりに寄ってみた。 いたいた! 川の向こうはJR東北線。この先に堰堤があって、ここは淀みになっている。 また5・6羽戻ってきた。 男の子が餌の袋を持って駆け下りた。男の子は、主人公になっていた。 カモの群れがどんどん寄ってくる。川の中ほどからも。ほとんどがオナガガモ。 ハクチョウは、多くがその場を動かなかった。 中洲の浅瀬で立っている群れ。 左側はコハクチョウ(嘴が黒い)。右側はオオハクチョウ(嘴は黄色い部分が多い)。 灰色っぽいのは若鶏。 去年は鳥インフルエンザで餌やりも騒がれたが、今年は新型インフルエンザで緩和されたのかな・・・野生のもの、つかず離れずがいいと思う。
2009.12.21
コメント(2)

午後、息子のタカが入所している“陽光園”の食堂で「クリスマス音楽会」が開かれるというので早目に連れて行った。 ボランティアでやってきたのは「白石市民吹奏楽団」の人たち。 「ジングルベル」と「赤鼻のトナカイ」のクリスマスソングでオープン。 ところが、誰も乗ってこない。みんな成人だからかな? 指揮者兼司会者はちょっと慌て気味。 次の曲は「なだそうそう」。 この曲になったら、隣に座っていたタカが上半身を揺すりだし手で拍子をとりだした。 のりのりの表情だ。他の園生もそれぞれにのりのりになっている。 次は「世界に一つだけの花」そして「はな」(沖縄の)と「上を向いて歩こう」。 職員たちが踊りだす園生に声をかけて前に誘う。 我が家のタカは一番乗り。もう顔いっぱいのタカスマイル。 みんな手拍子で盛り上がった。 最後は「お正月」を合唱して終わったが、直ぐアンコールの連呼。 それに応えて「世界に一つ・・・」と「上を向いて・・・」をアンコールしてもらった。 心温まる、楽しい音楽会だった。 この園は、園生の音楽活動などの趣味の活動がないのが寂しい。 余裕がないのだろうが、工夫すれば不可能ではない。 先日は、延長に映画「オハイエ!」の話をしてプロモーションDVDを渡しておいた。 折々に働きかけていこう。
2009.12.20
コメント(2)

昨日「辛しれんこん」用のれんこん50キロが、熊本から届いた。 去年から同級生のF君の知り合いのMさんから仕入れている。 さあ、今年も恒例の正月用「辛しれんこん」作りのはじまり はじまり~! 熊本のれんこんは泥つき。 先ず、洗って、節を切って、茹でる作業から。これらは「ぼちぼち村」で行う。 50キロだから大仕事だ。
2009.12.20
コメント(2)

「口伝を渡す」 小川さんが、西岡常一棟梁から教わった斑鳩(いかるが)大工に伝わる口伝を紹介したもの。 「神仏を崇めずして伽藍舎頭を口にすべからず」 自分たちが建てるのは神や仏の住まい。その神や仏を尊ばずに仕事をするなということ。 人の住む家は、そこに住む人の考えに合わせるが、御堂や神社は仏様や神様の住まい。 神や仏は何も言わないが、人々が頼り、安心する場所。 心のよりどころを造るのだから、心して仕事をせよということ。 「伽藍造営には四神相応の地を選べ」 伽藍(寺の建物など)を建てる場所や方角は、四神相応の地を選べということ。 四神とは、東西南北の神々のこと。 東は青龍(清流)、南は朱雀(建物より少し低い沼や沢)、西は白虎(道)、北は玄武(山や丘を背負った土地)がいいということ。※( )は、土地に当てはめるとこうなる。法隆寺はこんな場所。 「堂塔の建立の用材には木を買わず山を買え」 堂や塔を建てる木は、一本一本買うんではなく、山丸ごと買えということ。 その意味の一つは、「自分で山に行って、生えている木を見て使い道を決めろ」ということ。 製材されてしまった木では、どんな所に生えていたかわからない。「生えていた土壌や環境、風 向きや日の当たる方向、森の端の木か、真ん中の木か、そういうのを知って使え」ということ。 もう一つは、「同じ山の木で建物一つを造れ」ということ。 ※この口伝は、次の二つとセットになって意味をなす。 「木は方位のままに使え」 木は根付いたところで育つ。そこの環境や土壌から制約を受ける。 風当たりが強いと、枝はちゃんとしようとする。それが木の癖になる。 日の当たる方には枝が多くでる。つまり節が多くなる。 「こんな木は、日の当たっていた方をそのまま日の当たる方向に使え」ということ。 「堂塔の木組みは寸法で組まず木の癖で組め」 「木の癖を生かして建物を造れ」ということ。 右捻れの木に左捻れの木を組み合わせれば、より丈夫にがっしり組み合わせられる。 昔は民家でも癖のある木や曲がりの木でも使ったが、今は使えなくなった。嘆かわしい話だ。 資源がない、木を大事にしろと言いながら、やっていることは全く反対だ。 これは、人間にも言える口伝。 木にも人にもそれぞれ癖がある。 その癖を見抜いて生かしやるのが勤め。 木は、山を見れば癖がわかるし、寝せておけば癖が出てくる。 人は、いっしょに飯を食い、暮らし、仕事をしていると癖がわかる。 「癖は才能だから、生かさなければならない。」 「木でも若い木は暴れる。年齢のいった木は暴れが少ない。全く人間と同じだ。」 その癖をなかったことにして、みんな同じ人間にしようとしているのが現代だ。 木は一本一本違う。それを「木」で一括りにして、工場製品のように扱おうとしている。 効率第一主義で考えると、癖は無駄として無視される。 そんな社会では、“子どもの個性を生かす”なんて言葉だけになってしまう。 その戒めの口伝がある。 「木の癖組みは工人の心組み」 大きな建物になれば、大勢の力がいる。大勢集まれば、着せのあるやつが大勢いる。 「棟梁は人の癖を見抜き、木組みをするように働いてもらわねばならない」のだ。 匠長とは棟梁=リーダーのこと。 棟梁が工人たちの心を汲んで一つにせねばならないが、大事なのは“思いやり”。 ここでいう“思いやり”とは、必要なときには厳しく当たることも「叱る」ことも大事な思いやり。 次の二つもセット。 「百工あれば百念あり、これを一つに統(す)ぶる。これ匠長の器量なり。百論一つにとどまる、これ正なり」 「百論一つに止める器量なき者は慎み畏れて匠長の座を去れ」 「百人いれば百人の考えがある。これを一つにまとめて仕事を完成させるのが棟梁。それができなかったら、棟梁が自分から役目を下りろ」と言っている。リーダーへの戒め。 難しいことだが、いっしょに暮らしていれば、考えは一つになっていくもの。 「諸々の技法は一日にしてならず、祖神達の神徳の恵みなり、祖神忘れるべからず」 自分達が身につけた技や工法や智恵は、「みんな先人達の経験から生まれたもの。」 自分は西岡棟梁から育ててもらった。育つ環境を与えられ、今がある。 西岡棟梁は、法隆寺や薬師寺で飛鳥や白鳳の工人の仕事を見て学ぶことが多かったと言っていた。 自分が編み出したものなど一つもない。 新しい機械や電気道具ができたが、「手道具を使えて、木の性質を知って」、初めて100パーセント使いこなせるようになる。 それを力任せに使っている者は、先人達の恩益さえ受けていない可哀想なやつだ。 「先人に学び、感謝することこそ大事」 西岡棟梁から受け継いだ口伝は、このように職人達をまとめる棟梁たちへの戒めだったが、最後に自分の経験から一つ加えておきたい。 「人に任せ、人に譲ることで、伝統の技を生きたものとして伝えていけ」 「古代建築を造り、守ってきた技は文字や数字では残せない。 人から人へ「手や体の記憶」として受け継いできたもの。 人に技を記憶させるのが修業。」 これが「いかるが工舎」を30年率いて、その一端を担ってきたきた者の思い。 棟梁の憂い その時にできる精一杯のことをしてきた。 だから、後の時代の工人たちは自分たちの仕事を読み取り継いでいけると思う。 だが、日本には肝心の「木がない」。 それが一番の心配事。 (長泉寺・御堂正面) これで講演「不揃いの木を組む」のまとめをやっと終わらせることができる。 まるで、自分の思いを書いたような興奮が残っている。 それくらい小川三夫の棟梁魂に引きつけられたのだろう。 <追> 講演会というと、肩書きをきらびやかに光らせて、自分でやってもいないことなどをもっともらしく並び立てる講演者が多いが、自分の仕事から得たものを飾らず話されたことに大きな共感を持つことができた。 125名の参加があり、半分以上が建築関係者だったと主催者は発表。 我々の仲間の講演会で、こんなことは稀なことなのだ。
2009.12.19
コメント(0)

今日は晴れて、昨日の雪も大分解けた。 解けないのは、回覧板のバインダー。 アレッ? 町はこの前ようやく“2008年”の新しいバインダー?にしてくれたので褒めてやったのに、ご覧の通りの年代物が回ってきた。 大事に使うということは間違いではないけれど、限度もあろうというもの。 住民が言ったので、一部だけ去年のあまり物をよこしたということか・・・ 他の街場の班では、自分たちで買ってやっていると聞いていたがなんとも情けない話。 こんなささいなサービスができないようでは、「財政難だから、自分たちでやれることは自分たちでやりましょう」なんて言ったって、取り巻き以外からの協力は得られないと思うけどなぁ・・・
2009.12.19
コメント(0)
今日は、雪の中にこもる。 「棟梁ー技を伝え、人を育てるー小川三夫」(文芸春秋社刊)から。 最終章「口伝を渡す」には、「不揃いの木を組む」ための心構えが詰まっている。 これをつけ足すのは、広く教師や親や、経営者や働く人たちに自分を振り返ってほしいから。 「口伝を渡す」 「組織は生もの」 組織は腐りやすいもの・・・30年やってきて見つけた結論 ・長くいると、甘くなったり威張ったり、不健康になる ・共同(体)生活で大事なのは、雰囲気(人間関係)・・・同じ目的を持つこと ・上が詰まると組織は腐る・・・下には大きな責任がかかる・・・責任は人を育てる ・順番に上が抜けていく・・・常に試練が生まれる・・・それで腐らないですんでいる 一度は栄えても必ず腐り始める ・育った人間を出すのは痛手 ・腕のいい者ばかりだと、仕事は速い・効率はいい・儲かる・・・しかし、そういうのは要らん 人というのはそういうもの ・上手になれば褒められたい、金も多くもらいたい、休みももらって当然と本人も周りも思う ・下の者は尊敬し、命令されたらよく思われようとし、媚びるようになる 健全な組織であるためにはバランスのいい人間になること ・技だけ秀でてもだめ・・・優しさやを思いやる心も・・・そのためにいっしょに暮らして学ぶ 一番初めに腐るのは、上に乗っているリーダーから ・今度は60歳になる俺の番 満足感は席を譲る合図 ・埼玉の長久時、宮城の長泉寺、千葉の日本寺とほぼ満足のいく建物・・・経験の花が咲いた感じ ・これからは、次の奴らが決めること・・・周りをうろうろして口を出してはならん 「孤にして群れず」 基本的に一人でやってきた ・○○会などというグループと組まなかったし、学者や研究者とも仲良しにならなかった ・そんなのは好きでないし、欲得がないから人を覚えようとしないし話しに行こうともしなかった ・自分自身だけが強くなっていればいいと思う ・入札にも行かない不気味な存在だと思われている・・・“いかるが工舎”はすごいんだってつく っておけば社寺建築全体も悪くならないと思う・・・プレハブの社寺を考える人とは組まない 孤に群れず、羽が道を行く ・時流に乗らず、堅実に、後ろ側から歩いてきた ・下請けもせず、大きな企業にも頼らず、自分達で仕事を取り、自分達で一切合切全部やってきた ・仕事が亡くなることはない・・・うちは強い・・・群れたらあかん ※今夜は冷えるので、施設から帰ってきた「タカ」を風呂に入れるので、「口伝を渡す」は明日に続ける。
2009.12.18
コメント(4)

今朝は、我が家の周りも銀世界。 空も山も木々も田畑も家々も白に覆われた。 ヒヨドリが干し柿をつつきにきた。 今も細かい雪が降り続いている。 こんな日は、穴の中でじっとこもっていよう。ぎつねのように・・・
2009.12.18
コメント(3)

朝から晴れた。強い冷え込み。我が家の周りは霜で真っ白。 なんとしても大根の冬囲いを終わらせようと「ぼちぼち村」へ。 「ぼち村」は、まだら模様の雪化粧。 ブロッコリーの頭にわたぼうし。 大根を囲う溝には、5センチほどの霜柱。 昼から雪。 だんだん本降り。まだら模様はなくなった。 夕方までかかって、10畝の大根を囲った。 今日の大根は、蒔き時期が遅かったのと間引かなかったので、大きいのは少なかった。 また、林に近い大根は、ネズミにかじられたものも多い。 細いものは、ネズミの越冬食として残した。 雪が積もると雪の下は暖かいので、ネズミの動きが活発になる。 囲った大根も、やられてしまうかもしれない。 それはそれで、けっこう けっこう・・・ 青首が凍みてしまったのもたくさんあった。 春までには腐れるのも多いかも。 それもそれで、けっこう けっこう・・・ やっと終わった。 来年は、ほどほどにしよう。 というわけで、体が冷えてしまったため「不揃いの木を組む」(5)は明日に伸ばします。
2009.12.17
コメント(2)

「不揃いの木を組む」(3)の続き。 昨日の午後、吉川団十郎さんを訪問。講演のこと、小川さんが建てた角田市の「長泉寺」のことを話した。彼は、すばらしい寺があることを知っていた! それで、急きょ案内してもらって観て来た。 思わずそのたたずまいに引き込まれた。 「任せるというのは」 任せるということは ・“責任”をとらせることであり、“判断”を下させることである。 ・これが人をつぶすことにもなり、伸ばすきっかけにもなる。 ・つぶすのは、責任を負わされる時期が悪かったか、器量として無理だったか。任せる側に大きな 責任がある。 ・立場が人を作る・・・任せることの効用。その裏づけは“責任” ・無理して任せてはいけない・・・自然な形で。 ・任せられる人に気迫と根性がなければ、なかなかできない。 未熟なうちに任せる ・物になるという人には、未熟なときに任せること。そのタイミングを適切に。 ・任せたら、余計なことは聞いてはいけないし、しゃべってもいけない。 しゃべったら、言わないでいいことを言うかもしれない。 黙って、機を見て「できたか」と訊けばいい。任せた以上、それでいい。 任せられない人 ・学校で教わったことしかできない人。 ・他人のせいにして逃げようとするやつ。 ・責任というのは失敗したときにわかる・・・その時の態度が大事。 任せられる人 ・失敗を素直に認めて反省する人。 ・失敗こそが進歩の基礎・・・失敗を踏み固めてこそ確実な基礎ができる。 ・成功や褒められているだけでは足元は危ない。 覚悟をつくる ・相手を追いやること・・・こっちはその倍の覚悟がいる。 ・没頭するしかない・・・みんなで飯を食って、いっしょに生活すると自然とそうなってくる。 言葉は誤魔化す ・一番邪魔なのは言葉・・・いっしょに暮らして仕事をしていると言葉なんていらない。 ・大工問というのは紳士・・・いいわけしてはあかん。うそをついてもあかん。行動で示すこと。 ・言葉を上手に使うと威張るようになる・・・言わなくてもいいことを言い出す・・・腕や仕事を 言葉でかわすようになる・・・誤魔化しが生まれること になる。 「単純馬鹿がいい」 日本を動かすのは単純馬鹿 ・単純馬鹿、これがいちばん! ・行動する前に考えるようでは絶対あかん・・・行動できなくなる。 ・行動しながら修正していく・・・修正のしかたがきちっとした人がいちばん。 まずやってみること ・でき上がりまで構図を描いたら、恐くねってやらない。 ・材料など準備場万端整えると迷わずできるが、自分のためにはならない。・・・小さくなる。 やってみる最初の度胸のあるやつでないとだめ ・複雑にものを考えて準備して、ただきちっとだけしておくことはあんまり力にならない・・・過 去にやってきたことの自身だけだ・・・今まで以上のもの、新しいものはできない。 ・途中で悩んで、次の一歩 ・動き、走りながら次のことを考える・・・考え考えしながらやっていくもの。 だから若い子には掃除をさせる ・掃除、片付けをしてたら、動きながら考えることがわかってくる。 整理整頓は大事 ・やりながら片付ける・・・頭の中も整理整頓することになり、次のことが考えられる ・金も片付いているところに入ってくる 「芯の仕事」 曲がった木には曲がった木のよさがある ・木工機械が技術をだめにした・・・曲がった木は機械にかからない、面(つら)が通らないから 切り捨て 芯を決めて計算すれば使える ・強くなって、その上味のあるものができる。 人間にも社会にもいえる ・面のいいやつだけ、同じ規格品を集める社会は独創力がなくなる。 ・芯を見つけ、芯の通った仕事をすることが大事。 「不揃いがいい」 千三百年以上経っている法隆寺の部材は一つとして同じものがない ・当時は、たて引き鋸や台かんなはなかったので不揃いの部材しか作れなかった。 ・芯を通して組んでいる。 不揃いで総持ちがいい ・癖や曲がりをうまく使えば、丈夫な建物になる。 ・曲がりや癖は才能みたいなもの・・・どう生かすかが大工の仕事。 ・不揃いの仕事は、順序だてて教えられない・・・しかし建物は順序だてて建てるもの。 ・不揃いに学んでも、最後にはみんなその人の身につけばいい。 「質問に答えて」 山を守るには ・国の「建築基準法」がプレハブ化して間違ってしまった。 ねじを締めるだけで、本当のことを学ぶ必要がなくなった。 ・一次産業もだめになった。 建物の場所 ・四神(東西南北の神々)相応の場所。 木の性質 ・木はかたいものではない。文字や数字で扱おうとするとかたいものになる。 ・育った気候風土によって違ってくる。 ・木とは、ヒノキのことをさした・・・材として200年くらい経ってから強くなる・・・法隆寺 では1,300年もっている・・・ケヤキー500年、スギー800年 ・法隆寺は、“安定していて動きがある”といわれている・・・柱は礎石の上にのせてあるだけ。 ・木は生えていた方位のままに使え・・・それを違えると弱くなる これで講演「不揃いの木を組む」の要約を終わる。 明日は、小川三夫著「棟梁」(文芸春秋社刊)より「口伝を渡す」から学ぶ。
2009.12.16
コメント(0)

今年もサギが越冬を始めた。 我が家の前の五間堀にいつもいっしょにいる3羽。 チュウサギ、コサギ、アオサギと3羽とも別々の種類。 いつもいっしょ。仲がいい。
2009.12.15
コメント(0)

昨夜、ミスってしまった「不揃いの木を組む」の続き。 昨日のところから。 「生活のようす」 みんな大部屋暮らし・・・自己中心では仕事はできない。 優しさと思いやりがなければ、長い時間いっしょにいることはできない。 言葉はいらなくなる。 失敗するところが分かっているところだけは、言ってやる。 木の育ち・・・傾いた木を正すには“抜き枝”をする ・“抜き枝”をするには、その木を知らないとどれが“抜き枝”か分からない。 ・いっしょに生活していないと、弟子のどこが“抜き枝”か分からない。 ・人も同じ、家庭では母親(親)が一番分かる。 「宮大工について」 宮大工の歴史 ・聖徳太子が百済から呼んだ二人の僧侶から始まる・・・飛鳥寺 ・寺社番匠(ばんしょう)→社番匠→宮大工になったと。 宮大工と家大工の違い ・宮大工は大木を使う ・家大工は施主の注文に気をつかうが、宮大工の主人は神様だから何も言われないので楽? 工具の発達 ・たて引き鋸ができて、建物に装飾が加わるようになった。 ・“手道具”で職人が育った・・・ここから始まらないと上達しない。 ・刃物が切れると、いい加減な仕事はしない。 ・電気道具だけでは80%の仕事しかできない。 「ものづくり」には“執念”がいる ・それは本人が感じ取ること。指導したり教えたりすることではない。 ・日常の生活がつらければ(厳しければ)身についてくる。 ・工作の物作りではない。 喜んでもらえればいい ・いいものは、いつもあとまで残るもの。 ・今は早さが問われる問われる・・・そこでは“いいもの”はできない。 あとに残る“もの”をつくる ・古代から伝わる「手や身体の記憶」を受け継いできた。 ・下手はへたなりに一生懸命、うそ偽りのない“もの”を残す。 ・後世になって、必ずそれを読み解いてくれる人がでてくる。こうして伝統として受け継がれる。 弟子たちのこと ・暇があれば“研ぎ”をしている。 20数年で一度だけの鉋屑(かんなくず) ・弟子入りして1年後、西岡棟梁に透けて見える“棟梁の鉋屑”を見せてもらった。 切れる刃物は、うそをつかない ・せんじて せんじて せんじつめれば、最後は“勘”。 ・ちょっとしたことに気づくこと。 大工の大事な資質 ・木を山から現場まで運べたら、建物はできたも同然 ・運ぶ苦労、工夫があれば、刻んで組み立てることはわけのないこと。 ・自分の技能の枠で考えるだけではだめ。頭が悪いとできない。 ・目に見えない感覚とか勘に優れていないとなれない。 真っ平らには二つある ・錯覚を矯正して真っ平らに見せる。 三角定規の直角は信じない ・水平と垂直があればいい。 ※ 長くなったので(4)に続く。
2009.12.15
コメント(0)

朝は晴れ! 今日も「ぼちぼち村」の大根の冬囲いに行った。 ところが、天気予報が当たってしまって、昼から雪になった。 4畝ぬいたところで、背中が濡れてきたのでストップ。 野菜も周りも白くなってきた。 あと10畝も残っている。
2009.12.14
コメント(4)
「不揃いの木を組む」の続き。 「生活のようす」 みんな大部屋暮らし・・・自己中心では仕事はできない。 優しさと思いやりがなければ、長い時間いっしょにいることはできない。 言葉はいらなくなる。 失敗するところが分かっているところは、言ってやる。 木の育ち・・・傾いた木を正す・・・抜き枝をする 抜き枝をするには、その木を知らないとどれが抜き枝か分からない。 人も同じ、家庭では母親(親)が一番分かる。 これから先を書き込んで、最後に写真を添付したら先が消えてしまった。 どういうことだ? 時間は10時を過ぎた。 やり直すには、疲れてしまった。 消えた所は明日やり直す。ざんねん!
2009.12.14
コメント(0)

昨日、「仙台の子どもと教育をともに考える市民の会」主催の教育後援会を聴きに行く。 講師は、宮大工の小川三夫さん。(奈良県:いかるが工舎・前舎主) 演題は「不揃いの木を組む ~技を伝える、ひとを育てる~」 小川さんは、薬師寺をはじめ近畿、四国、関東地方の100を越える名だたる寺社仏閣の建設修理を手がけられた優秀な宮大工だ。 私が彼を知ったのは2・3年前のこと。隣町、角田市の「長泉寺」の工事をされているとき(2006・7年頃)、たまたまラジオのインタビューを聴いて、これは本者がいる!と驚いたことから。 それからさっそく、宮城県教組に「人を育てるー子どもと教師と親を育てるー」講演会を企画するように働きかけたが、この日に至ってしまった。 今回、「市民の会」が企画してくれたので喜んで出かけたのだった。感謝! 多くの方々に知ってもらいたいと思い、以下に紹介する。 「不揃いの木を組む」 1947年栃木県生まれ。 「動機」 宮大工への動機は、高校2年の時の関西への修学旅行で千三百年前に建てられた法隆寺五重塔を見て、漠然と自分も造ってみたいと思ったこと。 「西岡棟梁との出会い」 奈良県庁へ行って相談すると、西岡さんに会うように言われる。 当然断られる。仕事がない、18歳では年がたけすぎている(弟子入りには遅すぎる)と。 仏壇屋に勤め、道具も使えるようになったと思ったが・・・ 卒業してから4年たって棟梁から呼ばれる。 道具箱を見せろと言われて見せると、のみを捨てられる。 そして、「納屋の掃除をせえー」と言われる。弟子入りが許可になった瞬間。 納屋の中には、西岡さんの道具箱が置いてあった。それは、言葉で表せない師匠の教えだった。 「徒弟生活」 それからの1年間は、ただ刃物研ぎだけ。テレビ・新聞・ラジオは一切禁止。 自分の生活ができない。(自分の個性が良く分かる。) 師を見て育つ。 「弟子たちのこと」 いろいろな弟子 ・洗濯がうまくできない・風呂に入らないなど・・・ ・飯作り・・・新人は「まかない」当番。30分で準備をしなければならないから大変。 段取りの具合が分かる。これは仕事のできと比例する。 ・そうじ・・・その子の気持ちが良く分かる。思いやる気持ち。 「弟子育てのこつ」」 ・入舎希望・・・300人くらい。内2・3人の採用。女子が増えてきた。 。器用と不器用・・・器用な子は、頭の中も器用だが「ずばぬけない」 不器用な子は、、一心になると「ずばぬける」 ・中学生と大学生・・・どっぷりと首までつかれるのは中学生。 ・「削りたい削りたい」という欲求が、ぎりぎりまで高まるのを待つ。やる気の違いになる。 ・半人前の時に、たくさんの無駄をさせる。10年までは同じだが、それから先が違う。 先走って教えない。 ・学ぼうとする雰囲気があるところでは、そのままでよい。ないところでは教えてやる。 その雰囲気は弟子たちがつくるもの。 ・ただただ、素直に学ぶことが大事。 学校で中途半端を教えているから、素直になるまで起こらねばならない・・・起こり倒す。 今の人は怒り方がへた。賢く振舞おうとしている。 ・その時、ほめることはしない。あとで思い出してほめてやる。 怒る人は、しっかりしていること。妥協しないこと。 ほめる人は、責任を持つこと。心を磨いておかねばならない。 ・修学旅行では、知識だけを教えている。 見方を教えてしまうから素直でなくなる。 ※随分長くなったので、続きはまたあしたとしよう。
2009.12.13
コメント(0)

今日は一日どんより。 4時前にはライトをつけて走る車が多数になる。 夜になってしまうまでのこの時期は、何となく不安な宵を感じてしまう。 灯りがあれば心が落ち着く。 人も灯りに集まる。(昨日の「仙台・光のページェント」)
2009.12.13
コメント(0)

今日は、昼前から仙台へ。 一つは、「仙台筋弛緩剤事件」の資料を手に入れるため。 この日は月に一度の該当宣伝の日ということで、仙台一の繁華街・一番町で分けてもらう。 二つ目は、楽しみにしていた講演を聴くため。 これは、明日細かに紹介をするので、ここでは割愛。 とてもいい話を聴いたあと、勾当台公園(仙台市役所の前)までくると、たくさんの出店と人で賑わっている。 きくと、「仙台光のページェント」の点灯式だという。 小生は、この類のイベントは賛同しないのだが、あと一時間で点灯するというので出店を回りながら待つことにした。 中央に人だかり。近づいて見ると、 屋外のミニアイススケート場! 圧倒的に女の子と若い女性が多い。 腹が減ってきたので、神戸からきたという「豚まん」(300円)を食う。座るベンチ満席。 思いのほかうまくなかった。 雨が降り出してきたので、アーケード街に避難。 待つことしばし。見物の人がどんどん増える。待つ時間は長~い! あと15分、10分、5分と長いこと、長いこと。 点灯の瞬間、大歓声!こちらもすご~い。 そして、我慢していた人たちが移動を開始。 小生もまきこまれ身動きがとれなくなった。 なぜそうなったかというと、点灯の瞬間を見た人は5分もすると帰りだす。その群れとこれからという群れとがぶつかりあったのだ。それはすごかった! でも、10分もたつと解消していった。 きれいではあるが、小生にしては疑問が残るイベントである。 帰りは、一番町をぶらつきながら仙台駅に向かった。 街は、大賑わいだった。
2009.12.12
コメント(0)

昼から冷たい霧雨となった。 「ぼちぼち村」の前の「川原子ダム」の水が、いよいよ干上がってきた。 7月にはたっぷりあった水。 9月から少しづつ抜かれていった。 このように、どんどん減っていった。 訪問者は、みんな残念がって帰っていった。 行政の態度は冷たいなぁ~
2009.12.11
コメント(0)

昨日のこと。 落ち葉拾いに釜先温泉近くの里山に出かけた。 2袋拾って下っていくと、もみじマークの“うめんつあん”の車とKさんの軽トラが。 そうだ、“うめんつあん”はこの辺で「ほだ木」を伐ると言っていた。 山に少し入ると、二人の姿。ちょうど一服タイムに入るところ。Kさんはお手伝い。 もう、広場ができるほどに伐られていた。 コナラ中心の雑木の林。 シイタケのほだ木としては、もってこいの太さだ。 笹の伐り株に気をつけて腰を下ろすと、お尻にも陽だまりができる。 コナラの落ち葉の柔らかい温もりが気持ちいい。 冬日の当たる雑木林は、このまま残しておきたい。 でも、この時期に伐られた木は枯れることはない。 来春、伐り株から芽を出し実生よりもずっと早く生長し林を再生させる。 こうして活用した方が、林を健康に保てるのだ。 今日は、今にも泣き出しそうな天気。
2009.12.11
コメント(0)

今朝もおだやか。 蔵王連峰は輝いている。 こんなに飛んでいるのかと思うぐらいに飛行雲の跡がに請っている。 旅客機だけではない。自衛隊機に米軍機も多い。 これは昨日の釜先温泉から望む南蔵王。 右上の“吊るし雲”は、しばら~くの間この位置に留まっていた。
2009.12.10
コメント(4)

今朝は平地でも強い霜が降りる。 それで、「ぼちぼち村」の大根が心配になり、冬囲いに出かける。 案の定、ハスを植えている樽の氷は午後になっても解けて消えることはなかった。 大根の葉っぱも黄色く鳴り出した。 先ず、大きいのを選んで抜いた。30本くらいあったろうか、これまでのと合わせると100本を超えようか。それから早く蒔いた物を収穫。 次に、スコップで溝を掘り、大根を斜めに並べた。 一列ずつ並べると、たくさんの溝を掘らねばならないので、3重に重ねて土をかけた。 大根の囲い方には、いろんな方法があるようだが、やりやすい方法を選んだ。 まだまだ200本くらい残っている。種蒔きの時期を遅らせたので育ちも遅れた。 あと2・3日はかかりそうだ。
2009.12.09
コメント(2)

今朝もおふぁやかな天気。 来年「ムラサキシメジ」を植えるための落ち葉を集めにいった。 この前までたくさん落ちていたのに、先日の強風で飛ばされたか下の方はなくなっていた。 一袋いっぱいにするのに、かなりの量がいったので2袋分かと思ったが、かき集めたら5袋詰めることができた。 軽トラの荷台がいっぱいになった。 袋が大きすぎたかな。“うめんつあん”のより大きかった。 あと5袋集める予定。 ターンするのに上に上がっていったら、青空の中に満開のバラの花が。 四季咲きのバラか、まだまだつぼみがたくさんついていた。 霜が何度か降りているのに、傷みはないのだ。 鼻の先には、飛行機雲。(昨日から今日にかけて、飛行機雲ができやすいようだ。我が家の上にも幾筋も引かれていた。)
2009.12.09
コメント(0)
1941年12月8日。太平洋戦争開戦の日。 あれから68年。大変なたいへんな時代を生き抜いて今日がある。 なのに、あの戦争は今も続いている。 民主党政権は、「平和」を選ぼうとしているのかはっきり見えない。 なぜこうもアメリカの顔色を伺わなければならないのか。前政権と変わらないのか? 政権交代を実現したのだ、我が国がほんとに自立できる千載一遇のチャンスだと喜んだのは淡い夢だったのか。改憲を謳っていたからな・・・ 鳩山首相の顔、岡田外相の顔、北澤防相の顔、硬直した無表情な暗~い顔になってきたように思う。 なにが起きているのだ?彼らの顔の裏で・・・ 我々が分からない弱みを握られて、脅されているのか? オバマはアフガン3万人増派を決定した。 こんな弱腰だと、更に難題を押し付けられるかもしれない。 米軍の基地をこのまま許してはいけない。アジアの平和も守れない。 普天間基地を県内、県外、国外の移転問題ではない。 軍事基地のいらない世界を作ることだ。 前政権の轍を踏まないように、監視を怠らないようにせねばなるまい。
2009.12.08
コメント(2)

今日は気持ちのいい小春日和。 「ミズキ」の梢にスズメ。 ド♪レ♪ミ♪ ちゅんちゅんちゅん の~ん~びり~・・・時が過ぎていく サクラの梢にも。
2009.12.08
コメント(0)

今日は”大雪” 仙台市では平年より半月も遅い“初雪”を観測したと発表。 「ぼちぼち村」でも時々雪。午後からは風が強まり、この冬初めての暴風雪となる。 昨日が暖かかったため、よけい寒さを感じた。 Kさんは震え上がっていた。 そのKさん、ホワイトボードにメモがあると言う。 エッ!と見ると、「キーウイには、りんごを入れて、柔らかくなるのを待って。外の古新聞とビニールをかぶせてあるところに山芋を埋めておきました。手で掘ってください。」 11月22日 Sさん親子 とある。 その日から半月もたっているのに、気がつかないで何とも恥ずかしい。 誰だかわからないでいたなんて、まるで新美南吉作「ごんぎつね」の兵十のようだ。 来客を見送ったあと、覆いをはがし、落ち葉をどかして素手て掘った。 直ぐ現れるかと思ったが、意外と深かった。 出たきたのは「大きな自然薯」が2本。凍みないように深く埋めてあったのだ。 大きなものが2本。苦労して掘られたことだろう。 ありがたい! 活用の仕方を考えよう。 (落ち葉の上の白い物は、雪)
2009.12.07
コメント(0)

昨日夕方からの雨は止み、暖かい朝になった。 南蔵王連峰の雪はかなり解けた。 ところで、我が家の干し柿は、一つもヒヨドリの被害を受けず順調に飴色になってきた。 周りに餌がたくさんあるのだろう。 隣の渋柿の実も甘くなったのか、わずかに残るだけとなった。 我が家の柿の木に餌用に残しておいた実は、すっかりなくなった。 物置の屋根の上に落ちていたでっかい柿の実も、 ベランダの隅に置いていた物もすっかり“へた”だけになっていた。 周りのご馳走が無くなると、我が家の干し柿にやってくることになるかも・・・ 暖かすぎると、カビが生えてくるし・・・ お昼前、風が強くなってきた。 ゴーゴーという風の音。小さい落ち葉が横に飛ぶ。 鳥達も、元気で冬を越せればいいなぁ・・・
2009.12.06
コメント(2)

午後、「仙南(せんなん)派遣村」に「ぼちぼち村大根」を持っていく。 3階の駐車場から一輪車で2階の会場に運ぶ。 エレベーターに乗れるか心配だったけど、ぎりぎり入る。 古着は陳列が終わっていて、その隣に並べる。 みんなからいい大根だと褒められる。 その度に「はい、土ががんばってくれましたので・・・」と応える。事実だから。 夏より出足快調。相談者が続く。 応対するのは、弁護士・司法書士・医療担当者に我が「生活と健康を守る会」の支部長等。 相談を終わって出てくる人に大根を勧める人、古着を持たせる人とスタッフがそれぞれうまく役割りを果たし喜ばれていた。 終わってからの反省会では、相談時間2時間の中で20件ほどの相談があったとの報告。 25名のスタッフ達からは、充実したいい相談会になった。課題は多いが、これからも続けて生きたいという声が大きかった。
2009.12.05
コメント(2)

昨日、先日準備しておいた「サケのくん製」を作る。 先ず、サケの干物を吊るす。 炭をかんかんにおこした手作りコンロをドラム缶の中に入れ、その上に水につけておいた直径7・8cmのサクラの枝の輪切り(チップではない)を乗せる。 そして吊るしたサケをドラム亜の中に慎重に入れる。 煙がもくもく出始めたら蓋をする。 その時、必ず煙抜きの隙間を作っておく。 こうして3~4時間燻す。 その間にあしたの「派遣村」用の大根を40ほど抜き、水洗いをする。 夕方、完成! ちょっと硬めだけど、去年のより香りも塩味もいいようだ。 このままでは食べにくいので、5cm大に切ると縦に裂けやすくなる。 酒のつまみに最適!
2009.12.05
コメント(0)

この前、川崎町の国道286号線沿いの「違法ゴミ捨て場」に、穴の開いた大型のポリバケツを見つけた。 何かに利用できれば、拾っていこうかと考えていた。 そしたら、ひらめいた! 「ぼちぼち村」の薪ストーブや暖炉の焚き付けようのスギッ葉(枯れて落ちたスギの葉)入れにぴったりだ。これでゴミが一つ減った。 先日拾ってきて、さっと荒い、スギッ葉をいっぱい詰め込んだ。 これで、いつ雪が積もっても安心だ。
2009.12.04
コメント(0)

昨日の雨が上がって、あったかい朝になった。 青空が北の方から広がってきた。 蔵王連峰は、この冬4度目の雪に覆われた。 今朝もハローワークに出かけた。 8時10分、並んでいる人なし。車が3台。 どうしたのか?と、やってきた職員に訊くと、「毎日5・600人くらい来ていますよ。朝少ないのは寒いからじゃないですか。今日は昼からが多いです。」と教えてくれた。 な~んだ。そうだったのか。もっと早く訊いておけばよかった。 なんとなく、労働者の味方ではないような気持ちがあったから近寄ろうとはしなかったのが悪かったなぁ・・・ それから、やってくる人たちに対しても、初対面の立ち話で立ち入ったことを訊きにくいと思い込んでいたのもまずかった。 立ち入りにくいことの、入り口の話を聞ければもっと積極的に働きかけられたのだ。 チラシの作り方も、具体性を持たせた方がいいということも分かってきた。 明日は本番。「ぼちぼち村」の大根2・30本をプレゼントすることになった。 午後、大根を抜いて、泥を洗って準備しておこう。
2009.12.04
コメント(2)
経験のない方、さんこうにしてください! 先日、hiryuさんの「ネズミ捕り」問題提起に大賛成でコメントを書いたばかりだったのに、夕暮れのバイパスで覆面パトに捕まった。 雨で時間に溶融ができたので、買い物に行った。 来年、ムラサキシメジを植えるための落ち葉を入れる、大きなポリ袋を買うため。 町内のホームセンター「HM」に行ったがなくて近くの「KM」に向かった。 直ぐそこなのでシートベルトをしないで行った。 山崎パン工場の交差点を過ぎたところで後ろが騒がしい。 パチンコ屋の宣伝カーカと思ったが、おかしい。 バックミラーを見ると白黒のパトカーではないが、シートベルトをしていない。 ああ、おれだなと思って、急いでベルトをして近くの駐車場に入ると後ろをついてくる。 止まって若い巡査がやってきてニコニコしながら至極丁寧に「シートベルトをしたほうがいいですよ」と話しかけてくる。 手前の信号の所に「ネズミ」が隠れていたんだ。 「ああ、そうですね」と車から降りようとドアを開けると、「窓を開けておいてもらえばいいですよ。雨が降っているから降りないで」とドアを閉められる。 その丁寧さから「では、気をつけて・・・」と言うかと思ったが、いつものように「免許証をお持ちですか」と言うから「あるよ」と出すと「罰金はありませんから、1点惹かれますが3ヶ月間事故・違反がなければ元に戻りますから、ちょっとお借りします」と持っていく。 しばらくして書類を持って戻ってくる。 「ここに名前を書いてください」と言うので書いて渡すと、ここに左手の人差し指に黒いインクをつけて名前の右に押してください。インクは、こすれば直ぐ消えますから」と。 そして、「今度の更新もブルー(今もブルーなのだーやはりシートベルト)ですが、5年更新になりますから」と安心してと言わんばかり。 だから「あなたに言ってもしょうがないんだけど、オリンピックじゃあるまいし、メダルの色で差別されるようなのは嫌いだ。おれは色にはこだわらない。」と言ってやった。 それをさえぎるように「家まで気をつけて帰ってくださいね。」を2・3度繰り返した。 運転者の安全を心配しての親切な大対だと捕らえればいいのだろうが、背後ろに見える権力の影が「肥後のもっこす」には受け入れにくいのだ。 彼らにしてみれば、負け犬の遠吠えに聞こえているのかもしれないが、こんなことをしても事故は減らない。国民からすなおな気持ちをなくし、萎縮させるだけだ。 覆面パトを先に出し、200m先のある「KM」までノーベルトで。 「もっこす」の感覚はこんなものなのだ。 「KM」には、探していたポリ袋があった、120リットル入りの大袋、498円なり。 レジの女性は長年の知りあい。「つかまった~」と言うと、「あそこはいつも「ネズミ捕りをしているんですよ!」と笑っていた。 何となく頭の毛がうずくから、警察官がよく油を売りにやってくる友達の車屋に酔った。 工場いっぱいに響くように「つかまった~」と大声を張り上げると、みんな心配して集まってきた。 訳を話してやると社長も「おれもこの前シートベルトで引っかかったんだ。おれはゴールドなんか煎らないんだ。運転さえできればいいんだ」と開き直っていた。 人が人をとり調べる社会は、生きづらいなあ・・・
2009.12.03
コメント(2)
昨夜の月夜はどこにいったのか、今朝は泣き出した。 ハローワークの朝の列は昨日より短く、職員の数の方が多く感じられた。 昨日も今日もバイクでやってきたおばちゃんは、 「毎日きてっけど、仕事ないの。父ちゃんに食(か)せてもらってっけど、たいへんでね。なんとかすてほしいんだ~」としゃがみこんだ。 「求人情報紙」だけを取りにくる人たちもいた。 それをのぞくと、地元の大きい会社でも「パート1名・期間4ヶ月」。 最低の生きる権利すら奪われる社会を作り出したのは、だれ? 自公政権?それとも踊らされてきた無関心な国民? 今さらどっちに責任をなすりつけてもしかたがない。 民主政権には、国民に目を向けた政治を、国民がやらせねばならないのだ!
2009.12.03
コメント(1)

今夜は満月。 「ぼちぼち村」で、サケのくん製を作る準備をする。 先ず、ドラム缶の中を掃除し、サクラの枝をいぶす段取りをする。これがポイント。 次に、軒下に干していた、サケの3枚おろしを撮り込む。 そうこうしているうちに、たちまち薄暗くなってきた。 戸締りをして、外にでたら クリの木の向こうに満月が昇ってきたところだった。 ダム湖に水があれば、月明かりの幻想的な夜景を眺められたのだろうに・・・
2009.12.02
コメント(1)

今朝も冷え込み、霜降りて凍り張る。 昨日の朝より楽。 8時にハローワークに着く。 誰も並んでいない。車の中で待っている人が数人。 15分前から列ができ始め、Tさんとチラシを渡す。 せいぜい30枚ほど。 夏の半分以下。 「どうしてこんな状況になったのだろう?」と話していたら、中年の男性が我々の方に戻ってきた。 彼は「事業をしていたのだが倒産して自己破産の申請中だが、生活費に困っている。どうしたらいいか分からない。」と訴えてこられた。 我々は、是非5日の「派遣村」に来られるように勧めた。 彼は、すぐ帰っていったが、こちらの対応は事務的だったなぁと悔やまれた。 急を要する人だったかもしれないのに、もう少し突っ込んだ話をするべきだったと思った。 まだまだだめだな。反省・・・ ベランダの干し柿に「アブ」が吸い付いていた。 暖かい光の中で、甘いあまい汁を夢中で吸っているようだった。 人間も、“陽だまり”と“ゆっくり流れる時”が必要なのだ。
2009.12.02
コメント(1)

日中は暖かくなった。 「ぼちぼち村」は、クリやカラマツの葉が落ちて、林の中まで日がさすようになった。 キノコのほ場では、「今年はいっぱい楽しませてもらったから。もう休んでいいよ」と声をかけているのだが、まだポツリ ポツリと出てくる。 このナメコは、花を咲かせたみたいだ。 少し離れたところでは、ヒラタケもこんにちは。 12月というのに、気温が高い。
2009.12.01
コメント(0)

今日から師走。今朝は冷えた! この冬初めて、車のフロントガラスに厚めの氷。 がりがり削って、隣町のハローワークに。 周りは濃い朝霧。どの車もライトをつけて急いでいた。 昨日から、12月5日に開く「派遣村」のチラシまきを始めたのだ。 夏、「テント村」をやったときより並んでいる人の数は半分くらい。 状況が改善したからではあるまい。 寒さで出足が悪いのかなぁ?白い太陽がぼんやり照っていた。 帰りに、Tさんと生活保護を受けている男性を訪問。 部屋は、こぎれいに整頓されていた。几帳面な人のようだ。 彼は、就職するための足として中古バイクを求めていた。 福祉事務所に相談しているが、自賠責保険のことで進まないと悩んでいた。 テレビも3ヶ月前に壊れてしまったそうだ。 働きたくても仕事がない。来年まで待てない人も多い。 チラシを手にした男性は、「派遣村で仕事にありつけるといいのに」とため息をついた。 外へでると、紅葉も終わりに近い城址公園の観音像の後ろ姿が輝いていた。
2009.12.01
コメント(4)
全49件 (49件中 1-49件目)
1

![]()