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あれっ! 我が家の辺りから煙がもくもくだ。 隣の家の裏山の境界。 裏山のてっぺんに住むKさん夫婦は、ちょいちょい家庭ごみを燃やす。 隣の土地でも平気。ところが、小生が我が家の土地で燃やしても目の色変えて文句を言ってくる。 ご主人は大企業の3役で定年退職。この辺では雲の上の人。 地区の人ととの付き合いはほとんぢない。挨拶を交わせる人は、片手もいない。 ごみを燃やされた隣のご主人は、最近あいさつを返してもらえるようになったから我慢すると言う始末。 親しいと思われている我が家から言うと、また角が立ってこじれるとうまくない。 そこで、町の環境課にいる仲間に相談したら任せてくださいというので頼む。 しばらく止まっていたのだったが、どんより曇って見通しが悪い日に(ねらって?)。 町では、家庭でのごみ燃やしは禁止になっている。種類によってごみ出しの日が決まっているのに。ごみを車に積んで運ぶのが嫌なのかなあ?お手伝いの人も来ているようなのだがなあ・・・。 農作業のトラクターが通った後、自分たちが通る道に田んぼの泥が落ちていると、役場に電話を入れて片付けさせたりしていると聞くご夫婦。自分たちのことにはお気づきないようだ。 難しいものだ。 煙は風になびく。 上がった煙は冷やされて重くなり下をはったりする。 ダイオキシンなどを含んだ煙は、上に昇りっぱなし出はない。周りを漂っているわけでもない。少し離れた所に下りる。 (公害問題で騒いでいた30年位前、東電扇島火発のSO2を調べていたが、濃度が濃かったのは、工場周辺より数キロ離れている所で被害が多かったことを思い出す。) この煙の下りる所に我が家の畑がある。 せっかく無農薬有機栽培で育てているのに、困っちゃうな 周りが気をもまねばならないとは、情けない。
2009.10.31
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今朝は霧雨。肌寒い。 昨日の秋晴れは、日中汗をかくような暖かさだったのに 一変。 その秋晴れの中、知り合いと福島・桑折町の山間の農家に「くず米」を買いに行った。 我が家では、この知り合いの紹介で、「くず米」を食べ始めて5・6年になる。 最初は「まずくない」と言われても半信半疑だったけれど、食べだしたらその通り。 粒が小さく緑の米が少々入っているが、炊き立ては勿論、冷めてからチンして温めると噛むほどに旨みがしみ出てくる。黙って食べさせると、みんなうまいと言う。 価格は普通の半値。 国道から一歩入ると色づいた柿の実が目立つ。 刈田の向こうは柿の畑。 のどか・・・ 道路はだんだん細くなり、林道に。 更に細いわき道を少し行って到着。 米の乾燥機が音をたてている。 知り合いは、高台にある母屋の厚地に声をかけている。 見上げると玄関脇に立派なゆずの木。 色づいた実が緑の葉に映える。 主が大急ぎで稲刈り田から帰って来る。 今年はくず米が少ないのだと言う。では、いい出来だったかと訊くと、早く植えたところはうまくなくて、彼の所はそれに入ると言う。それでも30袋そろえたそうだ。 このように、農産物はちょっとした気候の変化に左右される。 主は質も悪いからと、1袋(30キログラム)4,000円のところを300円まけて3,700円にしてくれる。 小生は1年分の飯米として10袋(5俵=300キログラム)を購入。(このうち2袋は“生活と健康を守る会”などで使ってもらう分にする予定) 代金を支払い、軽トラにずっしり積んで帰ってきた。 世の中通称グルメというう人たちも覆い。 その人たちは、○○産の△△というネームに弱い。名前で味を判断するのではなく、自分の舌で判断したいものである。
2009.10.31
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サケが「ぼちぼち村」の上の“孵化場”に届いた。 採卵した後のサケは、袋に入れられて処分される。 それを毎年いただいて、“ちゃんちゃん焼き・塩引き・燻製”などにして楽しんでいる。 今回は120・30匹の中から、オス14匹、メス3匹計17匹を選んだ。 大物ばかりだ。 これを3枚に下ろすのだ。 最初、小生が2本下ろす。 それを見ていたKさんは、おぼつかない手さばきを見てチェンジ。 どんどんさばいていく。たちまち5本も! これでは、小生の腕が上がらないので交代してさばく。 さばいていると、クロバエと土すがり(土の中に巣を作る小型のハチで肉食。)がいっぱいやってくる。どうしてわかるのか?すごい感覚だ! Kさんと小生はそれぞれ2匹分を生で持ち帰ることにして、後の切り身は、塩水につける。 また、頭と中オチはギョショウ作りに朝鮮。去年のはうまくいった。 残りの臓物は、動物のえさ。 片づけが終わったのは13夜の月明かりの中。
2009.10.30
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朝もやが晴れて柔らかな秋の日差し。 「ぼちぼち村」の対岸から。 紅葉が下りる不忘山(ふぼうさん)。 林の中に「ぼち村」の青い屋根が見える。 ダムの水は半分くらいまで抜かれた。 オーバーフローの排水路はからから。 排水溝は別にあるので、ここには抜かれている水は見えない。
2009.10.29
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「ぼちぼち村」の前のダム湖で。 アレッ? これはなんだ!?・・・ 渡ってきたカモの仲間だ。 餌を食っているんだ。ワカサギの稚魚か? ほら・・・ びっくりさせないように近づいても、もう気づかれちゃった。 人影のない入り江のほうへ飛んでいった。
2009.10.28
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「ぼちぼち村」は“もみじ”に囲まれだした。 木々がほほ笑んでいる。 (コハウチワカエデの紅葉)
2009.10.28
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自分で作れば問題はないのだけど、女房に頼むと 「喰ったことがない。作ったことがない。気持ちが悪い・・・」などと屁理屈ばかり。 ほんとは、15・6年前に喰っているくせに。たくさんもらってきたことがあったのだ。 作り方はいたって簡単。つぶを煮て、味噌またはしょうゆを入れて一煮たちすれば完成だ。 知らん振りをして、泥出しに時々水を交換してやっていたら、やっと作った。 うまいだしが出て、実にグー。 「うまーい!」と褒めてやっても、女房は自分の分はよそわない。へそ曲がりである。 “実”はつまようじでほじくり出して食べる。これまたうまい! タニシはこの時期になると、体内(殻の中)に赤ちゃんタニシをたくさん持っている。 これが口の中に入るとごろごろ感があり、かむとじゃりじゃりするから出す ところが「つぶ」をくれた弘さんは、そのまま食べると言う。 「えっ、そんな?」と思いながら試してみると、ほんとだそんなに抵抗なく食べられる。 この関門を通過すると、病み付きになりそうだ。 30数年前は、東京界隈のスーパーの鮮魚売り場には、むき身の“ボイルたにし”のパックが置かれ、よく売れていたものだ。 我が家の前の休耕田に、“つぶ”を放してみようかなぁ~ 以前はいたのだから・・・
2009.10.27
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台風20号による雨は止み、南西から青空が広がってきた。 この雨で、山もたっぷり水を吸った。 お蔭で「ぼちぼち村」のキノコたちが元気を取り戻した。 ハタケシメジ。 草むらなどに出てくる普通のキノコ。これにはすごい成分が含まれているそうだ。 ムラサキシメジもサークルをつくって顔を出し始めた。 傘の表はシロっぽいけれど、 裏は、きれいな“むらさき”。 そして、でたでた! ヒラタケが一面に。 重なって重なって、ずっしりと重いものも。 更に、やっとでたでたムキタケが・・・ 3年目にして、やっとでた!まだ少しだけど たくさんでてくれたけど、一気にでられると処分に困るのだ。 今日の午後か明日にはサケも上ってくるし、たいへんだ! 毎年のことだけど、大仕事だ。
2009.10.27
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早朝から雨。宵の口も降り続く。 昨日、「ぼちぼち村」のある不忘地区の「生活道路脇の木伐り作業」が行われた。 その距離3キロメートルあまりの支障木を、雪が降る前に伐っておこうというわけだ。 それぞれにチェーンソーや鋸やなたを持ち寄り、酪農家は大型のトラクターを出した。 80になる尾畑さんは、バケットの上に乗って張り出した枝を伐る。 若いYさんはバケットからからヤマグワの大木に乗り移って太い幹を切る。 バサッ!ズシーン!と機械の音の中で倒れていく。 色付き始めたコナラやミズナラは根元から。 倒された木は、チェーンソーで枝を払われ、道路脇の空き地に放り投げられる。 径が30センチ前後の幹は重くて人の手では大変なので、トラクターの出番だ。 みんなまとめて藪の中に押し込んでしまう。すごい力だ。 ちなみに、このトラクターの後輪の径は160センチくらい。ドイツ製で1千万円だと。 なんとも乱暴で、もったいないやり方だけど、予算のない行政はやってはくれない。 これで、道の上はスカッとなった。 みんな、抜けるたびに空を見上げていた。 これは、厳しい雪の季節を乗り越えねばならない住民たちの協同の作業なのだ。
2009.10.26
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今日は「宮城県知事選」。 現職の村井氏(無ー自公応援)・遠藤氏(民主・社民・国新推薦)・天下氏(共産 推薦)の3人で争われた。 小生は、「ぼちぼち村」のある白石市“不忘”(ふぼう)地区の道路わきの木伐り作業に参加していたため午後6時過ぎに投票を済ませた。 夕食を済ませてTVを見ていたら、8字を5分も過ぎないうちに静岡補選の当確発表。 では宮城の知事選もと思っていたら、それから5分も経たないうちに、前評判どおり「現職村井氏の当確」が発表された。 宮城の県政に民主の風は吹かなかった。 我が周辺では、選挙活動をほとんど目にしない選挙だった。 2期目の村井県政は、更に大企業よりの政治に偏り、教育・福祉は切り捨てられる心肺がある。
2009.10.25
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なんだ?これは! 3日前まで手前の棒まで水があったのに、こんなに水を抜いている しばらく水位に変化がなかったので、半ば安心していたのに・・・油断だった。 これでは大変だ! せっかくワカサギの稚魚が群れだしたのに、魚がいなくなる。 この前も市長に話しておいたが何にも変化なし。 市長に電話を入れたが出張中という。秘書課から担当課に連絡をとってもらう。 しばらくして連絡あり。 それによると、水を抜く理由は「水質が悪化しているから」だと言う。 確かに上流には酪農家が多い。汚染はされている。 汚れた水は、どこに行くのだ?水を抜いても解決にはならない。発生源を改善しなければどうにもならないではないか! でも、今年環境課で訊いたら、特に問題はないと言った。 水質調査のデータを要求したが応じてくれなかった。以前もそうだった。 県庁の環境課や農林水産課で訊いてもデータは分からず、CODだけが10年分送られてきた。それによっても特に問題はないというコメントだった。 そして、水抜き機関は12月1日までで、ゆっくり抜くと言う。 来週出向いて問いただそうと思う。 やり取りしているうちに1時間がたった。ダムに下りて見る。と、 ゆっくり抜くと言っていたのに、もう5センチくらいも水位が下がっているではないか かなり、でたらめだ! 白石市は、今年も冬の氷上でのワカサギ釣りが危険だと「川原子(かわらご)ダム」の水を抜いてきた。今年で4年連続。 去年の水抜きは特にひどくて、重機まで使って、すっかり抜いた。 魚類(イワナやワカサギ)の多くは、ダムの下に下った。 おまけに、暖冬で3・4年前から年々氷がはらなくなっているのだ。去年は、ほとんど凍らなかったのに。 ここまで水は引いた。湖底のでっぱりが顔を出し始めた。 今年もダム湖の魚は悲鳴を上げることになりそうだ。 遠路やってきたカモたちもがっかりだろう。 自然愛好家のみなさん、釣り愛好家のみなさん、智恵をお貸しください。
2009.10.24
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ようやくサケの遡上が本格的になって南蔵王山麓の孵化場まで上ってくるようになった。 昨日、酪農家の弘さん家に行ったら、サケの塩引きがぶら下がっていた。 大きなオスが10匹。 今年は、水温が高くていつもより遅れていたのだそうだ。 冷たい風が吹き出すとおいしい塩引きができる。 そのうち、「ぼちぼち村」にもまわってくるだろう。 そうなると大忙しだ。 包丁を研いで待っていよう。 今年の「マムシグサ」の実は、例年になく美しい! 赤は緑に映え、緑は赤に映える。 熟れた実は、とろっとしていて甘い。 図鑑では毒となっているが、2・3粒味わう分には何ともない。 今日も穏やかな秋晴れ。
2009.10.23
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“うめんつあん”とKさんと3人で、「ソラマメ」の種を蒔いた。 300粒入りの袋を開けると、 なんと!「空色の種」が出てきてびっくりそして思わず(消毒用の被覆剤の色) “うめんつあん”は、目分量で正確に間隔を取り、穴を掘っていく。 そこに虫除けの薬と元肥をパッパッとふる。 その後に、小生は土をうすくかける役割り。 Kさんが種豆をひとつの穴に2粒づつ、土に押し込む。 その上に、小生がまた土を被せ、如雨露で水をかける役割り。 最後に“うめんつあん”が覆いの土をかけて完了。その手際のいいこと! 3人の連携がうまくいって、たちまち300粒の種蒔きが終わった。 この前は多すぎると100粒を小生に譲った“うめんつあん”。 終わった畑を眺めて、「これでは足りないなぁ。あと一袋植えっぺ・・・今から農協さ行って注文してくる。」と、急いででかけていった。 85才の“うめんつあん”、まだまだ元気!
2009.10.22
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今年は刈田の“くずわら”焼きが多い。 去年までは少なかったが、我が家の周りのあちこちで燃やしている。 特に迷惑なことはない。 秋の風情が一つ戻ってきたような感じ。 「能登の旅」の途中、富山ではわら焼きの煙がもやのように広がっていたことを思い出す。
2009.10.21
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やっぱりダメだった。 胴体切断「イモリ」の腹部。 この前、もしかしたらと淡い期待を持ったのだったが、当然のことながら奇跡は起こらなかった。硬くなって、干からびだしていた。 背部。 管理のしかたも悪かった(分からなかった)からかも?と思ったりするが、やっぱりだめだよなあ・・・・しかたがない。 こちらはスズメ。 今朝、2階の部屋の床に落っこちていた。 数日前、換気扇の蓋の隙間から一羽飛び込んできたので、窓やドアーを開けて逃がしたのだが、また入り込んでいたのだ。 これもしかたがない。 とりあえず、隙間を狭くしておいた。
2009.10.21
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まだ「能登の旅」は終わっていない。 今日は「千枚田」。突端の「狼煙」を折り返しとして、国道249号を輪島方面に向かう。 途中より小雨。この日の泊まりは「道の駅・千枚田ポヶット」。 暗くなって到着。車が2・3台駐車しているだけ。 飯を炊く。蚊がしつこくつきまとう。夜は本格的な雨。 この夜は車内に入りこんだ蚊との格闘となり、睡眠不足。 目が覚めると、雨はやみ曇り空。 ぼんやりまなこで外に出ると、急斜面を千枚田が日本海に落ちる。 稲刈りが済んだ田とまだの田と。 脇には、千枚田のいわれが。 朝飯の前に千枚田の散歩。 国道の法面には、白花の彼岸花が咲く。 国道の上が集落。老婆が一人。 ああー日本海。腫れていたらどんな光景が広がったのだろう。 この田には、75株の切り株が。畦はどこも草刈りが行き届いていた。これも大変な作業。 足下には冬眠前のトノサマガエルがピョン。 田に引く水は、山の水。 あっという間に海に。 どうやって千枚の田に水を引いたのだろう? ご先祖様たちの智恵はすごい! その実りがこのはせ掛けに集約される。 国道の下では畑に変わったのだろうか、多彩が植えられているところも。 生活の中から生まれた先人の努力を、次代に引き継ぐことは大切ですばらしいこと・・・ 指定するだけでは受け継がれない。 それは、また、生活の中から生まれるものでなければ、すたれてしまうことになろう。 次回は、総持寺。
2009.10.20
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不忘の酪農家の弘さんから『2・3日泥抜きをして“つぶ汁”にして』ともらった。 この辺では“タニシ”だけでなく海の“ニシ”(巻貝の仲間)も総称して“つぶ”と呼ぶ。 以前(30年ほど前になろうか)、仙南地方の半分くらいでタニシの生息調査をしたことがあった。 そのころ既に生息できる場所はかなり少なくなっていた。 農薬を多く使う田んぼやそこを流れる用水堀、家庭排水が流れ込む中小の堀からはすっかり姿を消していた。 生息しているのは、里山の麓の沢水が入り込むような所。つまりある程度の水質が保たれているところだった。 弘さんからいただいた“つぶ”は、彼の実家の大河原町の平地の田んぼの産。 稲刈り前になると水を落とすので田んぼの土の中にもぐる。そして寒い冬を越す。 小さな穴が開いているので、そこから掘り出すのだ。 この痴呆には、正月3日に“つぶ”を屋根に投げ上げて、家内安全を願う風習があると訊いたことがある。 昔は稲の借り入れが終わると、子どもたちと”つぶ”堀をして稲わらにくるみ、庭先や畑の隅に埋めておく。(埋めておくと生きている) そして冬に“つぶ汁”を作って食べたのだそうだ。冬の蛋白源の一つだったのかもしれない。 こうして“つぶ”も神様になった? “つぶ汁”は奥方しだい・・・? 懐かしい味と香りが楽しめるのだが・・・ 40年近く前までは、首都圏のスーパーでもタニシをボイルしたむきみをパックに入れて普通に売っていたものだ。
2009.10.19
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女川原発反対訴訟の先頭に立ってきた阿部宗悦さんから新鮮なサンマが送られてきた。 ちょっと体調を崩されていたようだが、反原発についての情熱は衰えていない。 まだまだ宗悦節が聞ける。一安心 午後、「ぼちぼち村」に上ってキノコたちに水をかける。 上天気が続くのはいいけれど、からからだ。 芽を出しても干からびて大きく育たない。 散水機を買って上る。 急いで散水を終わらせ、村田町の「蔵の陶器市」最終日を見物に行く。 着いたのは3時を過ぎ、たくさんの帰り足の車とすれ違う。 指定の駐車場に停め、大急ぎで会場の通りへ。 間もなく終わりなので、人出はもうまばら。 カメラを構えると、直ぐに声をかけられた。 去年、大きな家庭状況を乗り越えて新しい道を歩き出したGさんだ。 前の仕事には戻りたくない。今の仕事が楽しいとにこにこして言った。 元気そうだ。 ここは小生の町(柴田町)の隣。3町合併問題の相棒の一つになったところで、今も昔の蔵がたくさん残っている。 その蔵を活用して陶器市が開かれるようになり、3日間で3万人くらいのお客さんが集まるようになったのだ。 友だちのジョゼさんや団十郎さんも出店していた。 この通りは、昔からの蔵が建ち並んでいる。その中に陶器市の人たちがちりばめられて輝きだしたのだ。 このように自己主張をして輝いている店もあり、 老舗を誇る造り酒屋も“市”の雰囲気を高めている。 この町はすばらしい遺産を持っている。合併など考えないで、自立の街づくりを進めた方が発展する。
2009.10.18
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きのう、芋煮会が終わって静かになると「トラネコ」がやってきた。 俺がいたので、びっくりして逃げた。 付き合いはない。 だから、近くには寄れないし寄ってもこない。 でも、いつもきている。 あいつとの距離50メートル。 この日、興味を示した。 夕日が足早に沈んでいった。
2009.10.18
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今日は「生活と健康を守る会 宮城県大河原支部」の芋煮会。 会場は「ぼちぼち村」。 朝から材料集め。 大根・白菜・人参はうめんつあん、イワナは養魚場、牛乳は弘さん、サトイモは我が家とてんてこ舞い。 それに加えて、時間と場所を確認したばかりのNさんがこない。連絡も取れないという。おまけに、事務局長たちの車が到着しない。と、ばたばたしながらのスタート。 とにかく準備を急ぐ。 小生は、キノコとイワナの担当。手が回らない。 ナメコを洗い、イワナの内臓を割り箸2本でえぐり取っていたところへ、1時間遅れで事務局長一行到着。その中に達人あり。そはすっかりお任せ。 こうして、ちょうど12時頃に出来上がる。 キノコが5種類(マイタケ・ナメコ・ムラサキシメジ・ハタケシメジ・ヒラタケ)が入った「宮城流芋煮」の完成! みんなうまいうまいと言いながら、夢中になって食べ始める。 協力者は招待をしていたのだが、誰も来ないので電話をするが遠慮される。 芋煮を食べ終わる頃イワナの炭火焼きが出来上がる。 腹いっぱいだと言っていた人たちも、イワナは別腹だったようだ。 そこへ、招待者の一人“うめんつあん”が大きなヒラタケをいっぱい持ってきてくれた。 これは、みんなのお土産にさせてもらう。 喜んだ女性獣医のMさんが、お椀いっぱいに芋煮を盛って勧めた。84歳になる“うめんつあん”も女性にはからっきしだめ。腹いっぱいだと言いながら完食。 ニコニコ顔で戻っていった。ありがたい ありがたい。 今日は生活保護受給者の方が3名来られたが、予定していて来られなかったNさんについては帰ってから連絡が取れた。 自転車で家を出たが、近くの踏み切りで子どもにぶつかりそうになったのでよけたら転んで腰を強打。病院に行ったとのこと。 骨折にいたらなくてよかった。 女房に届けるように頼んだ「うまい芋煮」を、改めて届けに行った。 大変恐縮されていたが、これでよし。 結果としては、いい芋煮会になったと思う。よかった
2009.10.17
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今日も快晴!おだやか。 我が家の地蔵様の隣では、「ツワブキ」の花が満開となった。 この「ツワブキ」は、一昨年九州を旅したときに鹿児島と宮崎の県境の林の外から採取した一株。急激な環境変化で適応できるか心配していたが、今年は大きな葉をつけ立派な花を咲かせた。「イチモンジセセリ」が蜜を吸いにきていた。 最近、東北南部では庭に植えるところが増えてきた。温顔化で東北の冬にも順応できるようになったのだろう。 子どものころ、春の山に入って新芽を採って持ち帰ると、母親が皮をむいて煮付けてくれた懐かしい植物だ。 ああ、なんとのどかな秋の日ぞ・・・
2009.10.16
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今日も快晴。 午前中、「ぼちぼち村」の草刈り。 それから17日の芋煮会用に畑の野菜を見て回ったが、まだ小さく用をたさない。 カボチャだけはまずまずだが、芋煮の食材に入らず。 5個収穫。あと4個あるが、何かのときのために残す。 午後、ソラマメを植える畑起こしの手伝い。 20年も耕作を放棄していた所だと言うので、アシとクズの根が地中をクモの巣のように這っている。特に大変なのはクズの根。引っ張っても抜けず、深くて切るのも一苦労。 4時頃、やっと“うめんつあん”が納得できるような畑になる。 そこでオドロキ! 根っこを抜いていたら、赤い物が出てきた。 この赤い物は「イモリのおなか」だ。 この前まで泥沼のような所で生活していたのが、なぜ?冬眠・・・ 小生は、じめじめした落ち葉の下で冬眠するものだと思い込んでいたので、こんな乾いた固い土の中で発見するとは大変な驚きだった。 ところが更なるオドロキが!!! 左の後ろ足の下から先がないのだ。それでいて、呼吸をして手足を動かしている。 尻尾から先だったら、再生するからということはあるけれど内臓がちぎれてないのだ。他の動物だったら即死だ。切り口には泥がくっついて固まっていた。 Kさんの耕運機のロータリーで切り取られたのだ。 その体で、仰向けからうつぶせになり、土の中にもぐっていくのだ。 いやあ 考えられない!できごとだった。 持ち帰って、継続観察をすることにした。 その準備をしていると、子どもたちの声が響いてきた。 道路わきの沢で3人の子どもが「サワガニ」獲りをしていたのだ。 3人は、近くの小学校の2年生。Kさんのお友だち・・・ 3人にも、このイモリを見せた。おどろいて帰っていった。
2009.10.15
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駐車場から立ち上がっている円い山は「大関山」。 ジグザグの登山道をゆっくり登り、「はまぐり山」山頂へ。 ここからは山形市の中心街を展望できる。 ここまでは体長を整えるウォーミングアップコース。 ところが一人、調子を崩した人が出てきた。とりあえず、車に戻って休んでもらうことに。 次に目指すは「とんがり山」。手前の、まさにとがった山。 急な上りが続くが、周りの景色を楽しみながらゆっくりと進む。 ブナの黄葉が盛り。(デジカメの色あわせがうまくないのか、実物より緑が濃くなった) みんなもくもくと熊笹の道を歩く。 岩場には、イワインチンの咲き残りが群れる。 尾根の下は、西も東もブナの林。 焼け土の上にも、少しずつ植物が入り込んできた。 仙人沢の近くの岩。「赤鼻の岩」と命名。 やがて「山形神室」へ。 11時半過ぎ。ここで昼食休憩となる。 えっ!隣が仙台神室だよ?と言うと、あそこの山頂は狭いからとのこと。 そう言われればそうだ。急な上りで両側の木や笹につかまって登り、行き止まり。 ここで、運んできた牛乳を沸かして食後の体を温める。 他の登山者にもおすそ分け。本物の牛乳を楽しんでもらった。 小一時間ほどいて下山。 年をとってくると下りのほうがこたえる。みんな、ついついへっぴり腰になってしまう。 でも、上りと下りでは景色が違う。 見下ろす笹の原は、銀緑に輝く。 左上の岩の壁の下に洞窟が見える。 この近くには、岩が浸食を受けて穴が開き、自然の石の橋=石橋(しゃっきょう)が幾つかできている。 洞窟といえば、「仙台神室」の中腹に遠くからでも見える洞窟がある。 言い伝えによると、昔「有耶無耶(うやむやの関」(関所)があったころ、峠越えの旅人を この洞窟をねぐらにする山賊がいて、盗んできた財宝を隠していたという。 昭和の40年代?に朝日新聞による発掘が行われたが、何も出てこなかったと聞いた。 再発掘してみたいなぁ。財宝はいらない。日本狼の骨でも見つかったらすばらしいのに! などなど思いながら、全員無事下山。 途中リタイヤした仲間は、元気を取り戻し蛤山で出迎えてくれた。 よかったよかった。一安心・・・ まだ、この辺の山は歩けることを確認できた山行となった。 よかった よかった!
2009.10.14
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今日も快晴。 午前中、“うめんつあん”といっしょに植える「ソラマメ」の畑の草刈りをした。 簡単に終わるかと思っていたら、長いこと休耕田になっていたため「クズ」のつるが四方に伸びていて午前中いっぱい罹った。 午後は「ぼちぼち村」へ行って、生活と健康を守る会の芋煮会のための準備。 薪ストーブと炉の薪を準備。 食材にするキノコ類の様子を観る。 今年最後のマイタケを収穫。これはKさんにプレゼント。 ハタケシメジも出てきた。 みんな芽を出したので、思いっきり使うことができる。 ※今日は、「紅葉の北蔵王」を書く予定でしたが、機能の疲れで眠いので明日にします。
2009.10.13
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今日も快晴! 久しぶりに「北蔵王の自然を守る会」の山行に参加。 今回は、宮城と山形の県境の“八丁平から仙台神室(かむろ)”までの往復。 十数年ぶりになろうか。 八丁平は、駐車場がいっぱいになるからと、相乗りして行く。 ここから山形市。 主催者が配慮したとおり、駐車場は満杯で道路にはみ出していた。 我々も道路の端に駐車。 8月の“テント村”で牛乳をプレゼントしてくれた会長のKOさんが、今朝絞ったばかりの牛乳6リットルを持ってきてくれた。 4リッター入りの焼酎のボトルはSさんが背負って、2リットル入りのボトルは小生が分担し、鍋とガスコンロはKOさんが運ぶことになる。 簡単な開会式をやって出発。 “仙台神室”(せんだいかむろ)を目ざす。 入道の頭のような山が“仙台神室” 疲れたので、続きは明日。 きれいな紅葉の山を紹介します。
2009.10.12
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ああ~また「しまった!」です。 “ほてい祭り”の神社は同じ町の「白鳥神社”のものでした。 昨日、村田町で秋祭りが行われたのは熊野神社だけだと思い込んでいたのが、間違いのもとになりました。 正しくは同じ町内の“白鳥神社”の山車でした。 来年、りポートします。ごめんなさい。
2009.10.12
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今日は、隣町“村田”の熊野神社の秋祭りだった。 でっかい"布袋様"の山車をトラックに乗せて目抜き通りを練り歩く。通称「布袋祭り」。 それはそれはでかいので、気分が“ほーい”となる。 しばらく見ていなかったので、今年はと思っていたが、気がついたのは午後3時。 布袋様が練り歩くのは、午前中。 また“しまった!”だ。ザンネン・・・ でも、境内で会えるかもしれないと、神社に出かけた。 この熊野神社の前は良く通るのだけど、一度も入ったことがなかった。 参道は広く、立派な石畳が続く。6・7人の子どもたちが駆け下りて行った。 上っていくとカラオケの声が響いてくる。 カラオケの舞台は能楽堂。気持ちよさそうに歌っている。 脇では、氏子の人たちが出店を出していた。 奥には、子ども神輿が3基並んでいた。 ほとんど役員だけのようだが、時折参拝に来る人もある。 老婆が二人、休み休み腰を曲げて上ってきた。 これから慰労会か。おつかれさま。 吉川の団十郎さんは、この裏にヒガンバナの群落があると言っていたなぁ・・・ これも来年だ。
2009.10.11
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お祭り会場の交流施設「狼煙」から、灯台につながるつま先上がりの遊歩道を進む。 歩道の脇には、狭い畑に大根などが大事に植えられている。 こんな坂が苦手の息子のタカは、母親の肩に手をかけてよいしょよいしょ。 後から来る人たちに追い越されてもマイペース。 それでも、あの子なりの一歩が進む。 前が開け、白い灯台が見えてきた。 タカは、ぱっと走り出した。 両手はぶらぶらで、足を高く上げながら、いつものスタイル。 どんなことを感じているのかなぁ・・・ 能登半島の北端。この旅の折り返し地点。 「日本の灯台50選」に選ばれる灯台。 いろいろな灯台を見てきたが、一味違う趣を持った灯台だ。 灯台の下には、きれいな岩場が広がる。 若者たちの声が近づいてくる。見ると、胸には航空自衛隊のマーク。若い退院たち。 一人は灯台の柵の植えに上って写真を撮っている。 訓練が終わったところかと、声をかけるが理解してくれなかった。 とうだいの横の広場に、実をいっぱいにつけたエノキが4,5本。 葉を触ると、厚くて硬い。 秋だから硬くはなるけど、内地のとは違う硬さ。 多分潮風にさらされているから、身を守るためにそうなったのだろう。 背が低いのも、年数の若さだけではなく、強い潮風の影響だろう。 下りながら、植物の葉を触ってみる。野菜類も草花も木々の葉もどれも厚く硬めだった。 着てよかった! 駐車場に戻る頃には雲のせいもあって、薄暗くなっていた。 次の道の駅「千枚田ポケットパーク」へ急ぐ。
2009.10.11
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小生の愛車「軽トラ号」が、だいぶ目立つようになった。 雨に濡れると全体が緑色に包まれたようになる。 つまり、しばらく洗っていなかったので、コケがうっすら覆ったのだ。 ということは、炭酸同化作用をしながら走るエコカーになったということ。 強い雨が降れば、きれいに洗い流されるだろうと期待していたのだが、先日の台風18号の雨ではダメだった。 小生は「いいかげん・いいあんばい」に「目立たず・さりげなく」生きることをモットーとしているので、なんぼエコカーになっても居心地が悪いのだ。 そこで、しょうがない、ブラシを買ってゴシゴシこすった。 地肌がでて白くはなったが、重みがなくなった。 愛車「軽トラ号」よ。こんなことでよかったのかなぁ・・・
2009.10.10
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昨夜から快晴。 朝から秋の日差しがくまなく広がって気持ちがいい。 「新型インフルエンザ」の女房は、熱も下がって大丈夫なようだ。 「能登の旅」6 “狼煙”(のろし)須須(すず)神社の秋祭り 能登島から海岸線を走る。 途中、運動場の前がすぐ海辺の「みさき」という小さな小学校の前を通る。引き返してみたかったが、雲が厚くなって先を急ぐ気持ちが強くなり通貨。残念。今も引っかかっている。 (後ろの女房の顔もあった。一人だったらなぁ・・・) 薄暗い感じになってきた海っぺりを進むと、標識に「狼煙」の文字。気をつけてみると“NOROSI”とある。へーこんな地名の所もあるんだと驚いていると、Wanderの目の前にWonder!な物が飛び込んできた。 お祭りの山車?うまく読めないけれど、勇ましい言葉? 反対に側には、美人画が! 山車の先には、波消し用のテトラポッドが並んでいる。 道を挟んだ民家の庭先は刈り取った稲のはせ掛け場。稲わらの匂いにむせる。豊作か・・・ 間が駐車場と通路になっている。 少し行くと、賑やかな囃子が聞こえてきた。 そこは“交流施設「狼煙」”。ここの駐車場に2基の山車が並んでいた。 賑わいは、一時で静まった。 女装の若者が主役だったのか? 売店の自販機では、女装の男の子がジュースを買っていた。 ここのお祭りのポイントは、美人画と女装か?・・・漁師の勇ましさと女性の優しさと。 能登半島の突端に生きる人たちの心根(忍従)か。 地元の人に訊いた。 『今年は、シルバーウイークで休みが長く取れたので、若い者が帰ってきたから久々に3基の山車を出せた。若者がいないと祭りはやれない。この山車も、もう作れる人はいない。』と、寂しそうだ。 集会所の中に、神輿が安置してあった。 雲行きが気になったので、突端の灯台へ向かった。 “犬も歩けば棒にあたる”。まさにラッキーだった。
2009.10.10
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古女房、「新型インフルエンザ」に感染。 昨夜遅くからせきがひどくなる。 うるさくて眠れないから、マスクをするように言うが、「熱苦しいからいやだ。」と文句。 放っておいたら「9度4分」と言う。 朝、病院へ。 結果、「新型インフルエンザA型」とのこと。 早速、息子の施設に「週末の帰省は見送る」ことを連絡。 息子のタカには申し訳ないけど、罹って苦しませるよりいい。 タミフルを処方されて飲んだら、随分楽になったと晩飯の準備もやってくれた。 ひとまず安心。
2009.10.09
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先ほどのブログ「ただただお祈りいたします」が、意図しない私の日記に載ってしまいました。 これは、この前までニュースで度々取り上げられていた長崎の漁船「第11大栄丸」沈没事故の関係者の方たちのブログ 「長崎浦上の松尾竹文と佐世保の湊屋潤が全世界・全国に呼びかけます」(竹文9102の日記)さんへトラックバックで送信するものでしたが、方法がよく分からなくて自分の日記にも書き込んでしまったのです。(こんな失敗をしょっちゅうやっています。) 多くの方々に余分な心配をおかけしましたが、みなさんも上記ブログをお読みいただければ幸いです。 失礼いたしました。
2009.10.08
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ほんなこつ辛かですね。 慰めのしようが分かりません。 お一人が不明というニュースを聞いたとき、もしかして・・・と思いました。 みなさんが辛い思いをお持ちの中で、更に辛い思いを抱えなければならなくなった希さんとみなさん。必死に乗り越えようとしておられる様子が伝わってきます。 ただただ、みなさんのご冥福と、ご遺族の方々のご健康をお祈りいたします。 ※このトラックバックの書き込みの仕方が、よく理解できていません。 だから、うまく届くのか自信がないのです。
2009.10.08
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「台風18号」静まる。 昨夕から振り出した雨は、夜になって強まり昼前まで続く。 これまでだと、周りの3本の堀が冠水するのに、余裕があった。 五間堀。上流(西)をのぞむ。 下流(東)。稲刈りを待つ田が一か所残る。 裏の堀では、 9月初めの“江払い”(堀の草刈り)の枯れ草が溜まる。 稲作の人たちも年を取った。 年を取ったといえば、はせ掛けも。 我が家の周りでは、ここだけとなった。 強い北風受けて、はせ棒が倒れる。 時折り、西風が小さな雨粒を吹きつけてくる。 今(午後3時ころ)、「ぼちぼち村」のある白石市辺りを通過中と放送あり。 静か。
2009.10.08
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キノコ屋の“うめんつあん”とソラマメを植えることになってしまった。 彼は200粒。小生は100粒。 二人ともソラマメを栽培するのは初めて。 標高600mの「ぼちぼち村」周辺では、積雪と寒さで難しいと思う。 “うめんつあん”は平地の畑を借りるつもりだ。 種まき時期ははそろそろなので、その畑の草をKさんと刈る。 300粒の種には、4畝(4アール)の広さがいるとのこと。 うまくいけば、高値で売れるそうだが・・・“捕らぬ狸の皮算用”にならぬよう 小生は実験気分だから、うまくいかなくても楽しむことができる。 ○台風18号接近中 夕方から、雨をともなった野分の風が木々を揺すりだした。
2009.10.07
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曇天。 梢を渡る秋風は、あらしの前の静けさか・・・台風18号の接近間近。 「能登の旅」5 能登島にて 氷見を出て能登島へ。 ここでは、「ツールド のとじま」の大会が行われていた。 島を周回するコース。子どもも参加していたので幾つかの距離で競われていたようだ。 そういえば、山形・新潟・富山の海岸線には、たくさんの自転車ツアーを楽しむ人たちを見かけた。スタートはどこだか分からないが、ほとんどの人が北上していた。 道の駅「のとじま」で休憩。 用をたし、高台にある「ガラス美術館」に。 ピカソがデザインした作品があると言うことを後で知った。ざんねん。 ここからの七尾湾の展望。 小さい島なのに、同じ道をぐるぐる走ったりしていた。
2009.10.07
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非常に強い台風18号がやってきそうだというので、心配したKさんから早々に電話。 先日修繕した屋根が、風で煽られないようにするという。 小生は考えもしなかったこと。 慌てて「ぼちぼち村」へ。 10時半到着。もう終わっていて、ユンボの手入れをしていた。 屋根の垂木をあまりものの材を使って、梁につなぎ風で持ち上げられないようにしていたのだのだった。感謝! 帰りに吉川団十郎さんを訪問。 新曲「白河以北 一山百文」のDVDを見せてもらった。 彼の持ち味が滲み出るいい作品に仕上がっていた。 さあー 台風18号、やってくるか?
2009.10.06
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よかったよかった! 2016年夏季オリンピックの開催都市は「ブラジルのリオデジャネイロと決まった。 リオデジャネイロでよかった理由。 ○ 南米で初めて。 きっと計り知れない効果を生むことだろう。 ○ これ以上の税金を無駄に遣わないですんだこと。 ●巨額の税金をつぎ込んだ招致活動 石原慎太郎都知事のトップダウンで強引に進められた。 ・招致活動経費は、当初55億円だったのを150億円に拡大。 ・06年5月五輪招致のためロンドンなどに3573万円をかけ出張。 そのほかスイス、シンガポール、ドイツ、ポーランドなどへ出張をする。 ・区市町村のイベントに上限1000万円の補助金を4月以降139回支出。 9月23日の「応援パレード」などに焼く1億円。 ・IOC総会用に一度しか着ないスーツ一式30万円を50着を作る。 ・商店街振興事業の予算1億円を使っての五輪フラッグを掲げさせ、イベントを行う。 ・東京外郭環状道路などに8~10兆円の巨大開発を計画、4000億円を基金に。 等などムダ使いが目立つ。 これらが暮らし応援や教育に使われていたらと悔やまれる。 これが本番ともなればどうなったことやら・・・ これで、よかったのだ。
2009.10.05
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今日は、不忘地区の運動会。 休校になった不忘(ふぼう)分校の運動場に全員集合。 不忘山(1,705メートル)を仰ぎながらの開会式。 休校になる前までは、オープンセレモニーとして、分校児童の和太鼓演奏が行われていたのだが、今はもういない。 なのに、目の前においてあるのは?と気になっていたが、区長の挨拶の中で分かった。 それによると、“宝くじ”の支援事業に当たったのだ」そうだ。 大太鼓4基、しめ太鼓5基の革の張替えで約200万円かかったのだそうだ。 前は、ボトボト音だったが、今日はトントンと弾む音になっていた。 まあ、オレの宝くじ購入代金も少し含まれているだろうから、よしとするか・・・ 今日の運動会外交は、「ダムの水抜きの件について」 開会式直前に市長と、合間を縫って2人の市会議員と話し合うことができた。 一人の市議とは、後日「ぼち村」訪問を約束。 小生にとっての運動会は、二つの面で成功裏に終わったといえる。 月は東に、日は西に。 十六夜の月。見た目には、まだまん丸だ。 西の空は遅くまで焼けていた。
2009.10.04
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どしゃ降りの雨が止んで、朝から青空。 蔵王連邦もくっきり。 今日は、「ぼちぼち村」のある不忘(ふぼう)地区の草刈り。 明日4日は、旧不忘分校での地区民運動会なのだ。 終わってから「ぼち村」へ。 マムシグサの実が怪しく色付いてきた。 夕方の不忘山。 夕闇に包まれる南蔵王連邦。 そして、中秋の名月! 灯りを消して、しばし月明かりを楽しむ。 穏やかな夜。
2009.10.03
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昼を過ぎる頃から降り出した雨は、たちまちどしゃ降りとなった。 午前中に母屋の軒のしゅうぜんをおわっていたのでよかった。 今日は金曜日。タカを迎えにいく日。 小降りになるのを見はからって車に飛び乗り施設へ。 窯先温泉から細い山道に入って間もなくのこと。 あれっつ!落ち葉?それとも? 踏まないように物体の上を通過。 落ち葉なら動きそうなものだが、動いていない。 確認のため、バックをする。 それでも、変化なし。 降りていって確かめる。 やっぱり「がま君」だ。 至近距離まで近づいても動かない。 目ん玉は開いたまま。生きてはいる。 雨脚が強いので、車の中に入ってカメラをふいて前を見ると、いない! アスファルトにへばりついていたのに・・・
2009.10.02
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途切れ途切れの旅日記。 今日は、新潟から氷見へ。 海岸沿いを走っていくと、沖合いに四角い建造物? 「ハマナスノ丘」という駐車スペースに立ち寄って一息入れていると、ごみ拾いの人がいたので石油を掘っているのかと訊くと『天然ガス』とのこと。夜になると煙突から炎が吹き上がっているのがよく見えると教えてくれた。 遅咲きのハマナスが一輪。 前日から海沿いの一般道を走っていたので、時間の割には距離を稼げない。 早く能登の付け根に着きたいが、まだ富山県がある。 立山の連峰を横目で眺めながら急ぐ。 できるだけ海沿いをのコースを取りたいが、古いナビなので分からなくなることが度々。 間違ってターンしようと入った小道の堀にクサガメが。 ○十年ぶりに見る姿に、しばしうっとり。 また海沿いの道に出てルンルン気分。 今夜は、氷見泊まりと決めて走る。 と、変な形の船が5・6隻浮かんでいる。 カメラの望遠で見ると、釣りをしているようだ。 中ほどの箱がたを出入りしている人もいる。 鏡のように凪いでいる海だからこれでいいのかなぁと思いながら通過。 暗くなってようやく氷見の町に到着。 ここは、初めて車で熊本に帰るときに車中泊をしたところ。当時は道の駅などなかったので町外れの公園の駐車場だった。次女との二人旅だった。 道の駅は、氷見の商店街を通り過ぎた先にあった。1キロ以上続く商店街はここもシャッター通りになっていた。 飯を炊こうとしたらガスがなくなっていて、慌てて八百屋さんに飛び込んだら幸い求めることができて助かった。 駐車場は、キャンピングカーの発電機の音がうるさかった。 それより大変だったのは、“カ”の侵入だった。ずいぶん悩まされて眠れなかった。 明日からようやく能登路を走ることになる。
2009.10.01
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