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昨日のコゴミ、結局食べることになる。 朝食後、妻に声をかけると早速取りかかった。 先ず、天ぷら。 洗ったコゴミに小麦粉をまぶして煮立った油へ。 妻は昨年の事故以来初めての天ぷら。 早めに上げ、ややしんなり。 ではと小生、油温が高かったのか薄いので直ぐシャリシャリとなってしまう。 次に、おひたし。 簡単に出来上がり! こっちの方がうまかった。 花曇なので散歩に誘う。 地区一周約900mのコース。 道の法面にタラの枝が張り出している。 とげの少ない“もちタラ”だ。ちょうど食べころ。5本の内4本いただき。 道端には“からし菜”もたくさん伸びていたので、柔らかいものを摘む。 ポキポキと心地よい。妻も喜んで摘む。 タラの芽は帰ってから直ぐ天ぷらに。 「おいし~」と喜んでいた。 それから「あなご弁当」と花見団子を持って「ぼちぼち村」に出かけた。 これは明日のお楽しみ。
2012.04.30
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我が家の畑の片隅では、今年も“コゴミ”(クサソテツ)が顔を出した。 毎年少しずつ増えてけっこう収穫できるようになった。 しかし、仙北地方(仙台より北)のコゴミが100ベクレルを越して出荷停止になっている。 おひたしもよし、天ぷらもよし・・・悩むなぁ 今日は妻が外泊。 晩飯は初めてのまぜご飯を作りまずまずの出来だった。 今夜一晩、話し合って結論を出そう
2012.04.29
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雨上がり、春の陽射しが広がった。 我が家のシダレザクラも開いた。 もう満開の状態だが、今年は例年の10分の1くらい たぶん、今月初めの防風でつぼみが落ちてしまったのだろう。 隣のヤブツバキは今が盛り クマバチがかすめていった。
2012.04.28
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Kさんから「ぼちぼち村に行っとくから」と電話あり。 小雨が降っているからためらったが、キノコ屋のうめんつあんに用事もあったので上る。 肌寒いので薪ストーブに火を入れる。 しばらく近況報告をしあう。 Kさんにうながされてシイタケのほ場へ。 いやあ。出ている! Kさんに採っていくように勧めると、笑いながら「いらない」だって・・・ ああ~原発事故さえなければ天の恵みに感謝できたのに・・・
2012.04.27
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午前中、大河原生健会の役員会。 終了後、大河原町の「さくらまつり」をのぞく。 10時前はJR船岡~大河原間にはアマチュアカメラマンがこれまでになくたくさん集まっていた。 妻の病院の桜は花吹雪になった。 柴田町の「さくらまつり」会場はまだがんばっている。 この時期は、上の柴田観音までケーブルカーが往復している。 昼から小雨が降り出した。 今年の花見は終盤に入った。
2012.04.26
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♪かすみか くもか・・・♪ 午前中は薄日が差してぽかぽか陽気。 うまい弁当を買いに隣町(大河原町)のさくら祭り会場に。 ここの弁当、「菜の花弁当」や「おこわ」など5種類が並んでいる。 1個ずつ購入。 どこへ行っても渋滞。 次女は弁当を持って東京にもどっていった。
2012.04.25
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午前中、九二一っつあんの工房へ行った。 入り口の窯場跡にはタチツボスミレがいっぱいに咲いていた! 昨年は大震災もあって訪問していないので分からないが、焼けた跡地にこんなに広がるとは・・・ 今日の天気はぽかぽか。 一目千本桜は満開。 今日は次女が帰ってきた。 昨日、外泊しなくてもいいと言っていた妻は娘の顔を見たとたん「外泊する~」と大はしゃぎ。 タカも帰省し、夕食は「かっぱずし」(回転寿司)。 いやはや4人で50皿ぺろり。 今は手っ取り早い晴れの日のおもてなしとなった。 これから2人を風呂に入れるのが大仕事。
2012.04.24
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昼から妻を見舞う。 「午前中に 花見にいったよ。きれいだったぁ~」とにこにこ。 よかったね~と喜んでやると、 「でも もういかない。川に落っこちたり車にぶつかったりすると危ないから・・・」と。 昨日まで外出や外泊を楽しみにしていたのにとなだめても 「眼が見えないから、病院から出たくない。」とがんばる。どうしたんだろう? 明日は次女が久しぶりに帰ってくるけれど、明日はあしたの風が吹くだろうと受け流す。 帰ろうとしたところへ担当医(院長)が通りかかって声をかけてくれる。 「ずいぶんよくなったよ。誰もこんなに回復できるとは思っていなかったよ。」 「じゃ退院できるの?」と妻。 院長は「リハビリの効果が出ているので、あせらないで続けていくと帰れるようになるよ。」と。 こんな会話ができると患者は安心できるのだろう。妻は落ち着いたようだった。 外へ出ると小雨の中、駐車場のさくらの花に鳥の声がにぎやかだ。 枝から枝を渡ってサクラの蜜を吸っているのはヒヨドリ。 周りより少し早く咲き出して、この時期に蜜がたくさん出ているのだろう。 今日、一目千本桜は満開宣言が出た。 午後からの小雨で花見客は少ない。
2012.04.23
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きょうは一日冬の寒さに覆われていた。 今朝は6時からクリーン作戦(ごみ拾い)。 小生の地区はこの4月から農水省の農地水環境を守る「保全隊」に加入したのだ。 期間は5年。けっこう大きな予算が下りてくる。 町の考えは、町の持ち出しを減らして国の銭を使って環境整備をやろうというのだ。 税金なので、せめて一つでいいから良い習慣が残るようにせねばならないと思う。
2012.04.22
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Fさんの葬儀が終わった。 感想としては少し残念なものがあった。 Fさんは、元小学校の教師。 権力になびかず、弱い子どもや親や同僚に寄り添う人だった。 なのに、市長の弔辞。代読副市長・・・ 進め方ではあるが、これではFさんがかわいそうだ。 酒席では、よく歌って踊ってみんなを喜ばせ、合間に教育のあり方や行き方を説いた。 これで助けられた人がたくさんいた。 昨夜の通夜の後の“なおらい”では、お通夜のようなお通夜になったのでついでしゃばった。 Fさんがよく歌っていた「北国の春」を小生がまねて踊った。 女性たちは乗ってくれたが、歳をとった男性たちは白けていた。 Fさんの価値は変わらないが、主人公は誰なのかが分からなくなっては、うまくない。 と、思ったしだいである。 帰ってから、妻を病院に戻して、近くの千本桜を眺めた。 まだ満開とまではいかない。川は白石川(阿武隈川最大の支流)。 小高い丘は「もみの木は残った」で有名になった“船岡城址公園”。 町ではシャトルバスを走らせている。 夕方というのにまだ花見の宴を開いているグループもあった。 ファインダーを覗くと一つは外国の人たち。小さい子どももいる。 背中の方では、別の国の若者の声。振り向くと半袖シャツ。元気だ。
2012.04.21
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「ぼちぼち村」にも春が来た。 畑の雪がすっかりとけ、昨年収穫できなかったジャガイモを少し掘った。 年越しの新ジャガだ! ネズミにかじられたりひどく腐ったものもなくまずまずのでき。 植えるだけは植えておいたのだが、妻の入院で植えっぱなしになっていたのだ。 雪が解けた近くの雑木林の中では、春の花たちがおどりだした。 アズマイチリンソウ(イチゲ)の淡紫色と白の花。 一輪ずつ顔を出していた。 傍らにカタクリがひと株。 つぼみはこれから。 うめんつあん家のミズバショウは道路をくぐりぬけ(種が排水路を流れて)、笹薮の手前で仏炎苞(花)を上げていた。と書くと理屈っぽくなってあのそそとした風情は台無しになるのだが・・・ 清楚な姿でそっと立っていた。 いま、Fさんが亡くなって今日お通夜という知らせが入った。
2012.04.20
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県生健会の理事会と国民健康保険税(国保税)の学習会に支部から3名参加。 初参加のMさんにも発言してもらった。 国保税学習会では、県内の自治体の状況が資料で明らかにされ、その負担の重さに沈黙。 そして怒り 帰ってから、妻の病院に。 病院前のさくらは満開間近。患者さんも看護師に連れられて観賞していた。 白石川土手の「一目千本桜」はやっと開花宣言 桜色に染まりだした。
2012.04.19
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今日は生健会の支部の「お花見」。 場所は大河原町の「一目千本桜」の桜祭り会場の直ぐ近くの集会所。 外はいまいち盛り上がらない 参加者は、生活保護を受けている人や被災して越してきた人、障がい者を含めて13名。 うまいアサリ飯にお花見団子と手作りの野菜料理、飲み物はノンアルコールとお茶。 これで結構話ははずんでいた。妻は初めての参加だったが楽しく過ごせていた。 終わって出るとつぼみが開きだしていた。 開花は明日になりそうだ。
2012.04.18
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『さいた さいた さくらが やっとさいた』 これは妻が入院している病院の駐車場の桜。 北側だけが咲き出した。理由は病棟の壁の輻射熱? 土手の“一目千本桜”の開花はもう少し遅れそうだ。 午前中は春の光がさしているが風は冷たい。 昨日妻とFさんを見舞った。 妹さんが「あんちゃん あんちゃん」と呼んで下さった。耳は聞こえているということだった。 二人で名のると、口は少し動いたが聞き取ることはできなかった。 寝顔には、権力に屈しない野武士のような雰囲気があった。 だから長年付き合ってきたのだった。 今朝、Fさんの容態はあまり良くないと奥さんからの連絡。 できたら、花の下でお別れできるといいなぁ・・・ 明日は生健会のお花見だ。
2012.04.17
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きのうFさん家を出て、妻の希望で彼女の故郷“山元町坂元”に行った。 旧坂元駅に寄る。 駅前の花壇では、菜の花やクロッカスが細々と咲き出していたが生育不良。 トイレの脇のマサキだけは元気。直線はプラットホームの跡。 新しくプランター植えのパンジーが並んで華やいだ 中浜を過ぎて磯浜へ。 福島・相馬港の火力発電所との間では珍しく荒れていた。 防潮堤を超えそうだ。 波頭が疾走してくるのだ。よく来る海岸だが、こんな様子は見たことがなかった。 ここでは数年前、石炭運搬船「ジェーン号」が座礁しているから油断できない場所なのだろう。 港の中は静か。 「春の海 のたりのたりかな・・・」なんて言う。 そこで「磯浜漁港」で海を眺めながらコンビニ弁当を食べることになる。 で、外で食べようと促すと「おいていかれるので降りない!」と言い張る。 最近“おいていかれる”とよく言う。親の墓に参るときもそうだった。 何で不安なのか分からない? こっちは心外だが納得しない。 仕方がない、タカと二人で春の陽を浴びて気持ちよく「いただきます」 以下、にっこりいっぱいのタカ6態。 突堤には釣り人がもどってきた。 そのうち妻も輪を囲めるようになるだろう
2012.04.16
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今日15日は先輩Fさん家に行く日。 妻とタカを連れて訪問。 先月は風邪で寝込んでいるとのことで会えなかった。 今日はいつもの笑顔に会えると思ったのだが・・・ 「高熱が出て入院中、病院からの連絡待ちなの~」と奥さん 確かにここ数年体調は優れなかった。 心の隅に「ひょっとしたら近いうちに・・・」という気持ちはあったけれど、打ち消してきた。 しかし現実のこととして目の前に迫ってきた。 受け入れるしかない。
2012.04.15
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妻の病院は“一目千本桜”の白石川の土手下の脇にある。 これは病院の駐車場にあるサクラ。(昨日の状態) つぼみがほころびだしていたが、今日は肌寒く一休みというところ。 生健会の花見は18日。2・3部咲きか・・・
2012.04.14
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昨日、妻が「川崎町に行ってみたい」と言うので連れて行った。 小生も会いたい(会わせたい)人があったので都合が良かった。 先ずは酪農家のKさん。18日の生健会の花見の確認に。 新しい牛舎を2棟建築中! 彼はトラクターに乗ってやってきた。 まだ畑も耕していないからと大忙し、花見どころではないのだった。 仕事の邪魔をしないように早々に失礼をし、近くの病院に入院しているTばあちゃんに会いに。 Tさんにはいろいろお世話になっていたが、ここ10年近く会っていなかった。 嫁さんは「ぼけちゃって・・・」と言っていたので、心配したが覚えていてくれた 病室はA棟の先のB棟だ。玄関から遠かった。 看護師さんが妻を気遣ってくれたが、妻は歩いていった。 「ああいたいた」と看護師さんが指さす向こうに車椅子にのったTばあちゃんの背中。 少しふっくらとした顔のTさん、しばらくけげんそうにしていたがだんだん思い出した。 「じいちゃん いなくなったのを聞いてきたのか?」と言う。 ぴんとこなかったが、Sじいちゃんが5日前に亡くなったのだった。 妻との面識はあまりなかったが、話しているうちに事情を分かってもらえるようになった。 二人で「お互い、がんばって復帰しようね」と励ましあっていた。 “いがった いがった”握手をしてバイバイ。 次に会わせたいのは、前の主治医だったOさん。 今はここの精神科の嘱託医として週2回の勤務。 妻は舞っている間に「ここに入院させられるといやだ」と言い出した。 しかし、Oさんの顔を見るなりにこにこ・・・。ロビーのベンチでしばらく歓談。 玄関先まで見送られて別れた。 「O先生、玄関先まで見送ってくれた」と妻。 O医師にとっても妻にとっても良かった 麦畑の向こうに雪の蔵王連峰が輝いていた。 (川崎町は北蔵王の山麓に位置する。)
2012.04.13
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今朝9時から、Kさんが九二一っつあんの工房の倒れたスギを伐ってくれた。 道具はチェンソーと脚立しかない。 薪小屋の屋根に倒れているので、他の部分を傷めないで伐るのは難しい。 簡単そうだが一つ狂うと大怪我や最悪“死”につながる。 そこにKさんの知恵と技術と慎重さが生きた。 スギの撤去は午前中で完了。 小生は妻を初めて一人で留守番をさせたので心配したが、問題なく3時間を過ごすことができた。 屋根の修理は日をあらためてやることになる。 今日の夕日。
2012.04.12
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昼から雨。 外泊の妻と晩飯のおかずを買いに行く。 肉を食べたいといったり、刺身をかごに入れたりと定まらない。 結局肉を焼くことになる。 レタスやトマト、ブロッコリーは妻に調理させる。 危なっかしいけれど、なんとかなった。
2012.04.11
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今朝、Sさんから「九二一っつあんの工房の薪小屋にスギが倒れかかっている」という連絡。 急いで行くと、瓦屋さんが3・11の修復作業をしていた。 あれから1年と1ヶ月、やっと修理にきたのだ。 裏にまわってみると、 みごとに屋根を面討ち。 Kさんに相談することになる。 午後「ぼちぼち村」へ。 Kさんが通路の雪をユニックでかいてくれていた。 「ぼち村」でお茶。1年半ぶりだ。 暖かくなったので旧不忘分校に行ってみると池のふちの雪がとけてミズバショウが顔を出していた。 先日雪の上にちょこっと頭を出していたのは、上の細い苞だった。 やっと春が来た。 明日は昼から雨の予報。 この夕日は天気が崩れる前兆。 昨日から黄砂が飛んできている。
2012.04.10
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5日、亘理町に行った。 国道6号線沿いのハウス! ネギを裂く付けしたハウスから片づけが始まっていた。 左奥のハウスではなんともなかったようだから、竜巻のようなものだったかもしれない? 仮設で屋根が飛ばされた所の報道があったので、昨年10月に炊き出しに行った大規模仮設住宅(600世帯入居)を訪問した。 ここでは被害はなく、周辺は舗装され落ち着いている雰囲気だった。 被災地“荒浜・鳥の海”に行く。 流失した建物や船や車は片付いていたが、漁港周辺には住めないという。 大きな瓦礫の山が分別作業に追われていた。 保養施設「鳥の海荘」は改修して復帰するとのこと。 たくさんの犠牲者をだした隣の老人ホームは更地になっていた。 漁港にはだいぶ漁船がもどっていた。 海辺は風が強く、しぶきが飛んでいた。 今日の最高気温は17℃の予報。 今からうめんつあん家の倒木かたづけの手伝いに行く。
2012.04.09
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<昨日の続き> 白石市不忘(ふぼう)地区で釣堀を経営しているTさんを訪問。 不忘は開拓の地。途中、集落の墓地を通りかかると強風で飛ばされたビニールが引っかかっている。 墓地の隣の酪農家だったOさん家の堆肥舎は見るも無残に壊されていた。 背景の山が不忘山(1705m)。 Tさんのところでは、時折横なぐりの雪が吹きつける中重機を使って物置の屋根にかかった倒木を片付けていた。防寒着なしでは手伝うこともできず、挨拶だけ。 次に旧不忘分校にまわる。 子どもたちがいなくなった学校は、窓から子どもたちの声が響いてきそうな感じ・・・ いつもだと、玄関前の池のすみにはミズバショウの白い苞が出てきているころなのに 残雪の中から小さな頭が一つ出ているだけだった。 分校の上から「ぼちぼち村」の前の川原子(かわらご)ダムが光って見えた。
2012.04.08
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Kさんと「ぼちぼち村」へ。 入り口はクリの木が倒れていた。 くぐりぬけ、しまった根雪を踏みしめていくとカラマツが道をふさぐ。 迂回して下りていくとカラマツが4・5本傾いている。 1本は、倒れたら屋根を直撃する。要注意だが、家屋への影響は特になし。 Kさんが「ほれっ」と指さす方を見ると、 離れのログハウスの屋根が風であおられ裏にしりもちをついたように落ちていた。 これを修復するのは無理かもしれない。 雪の解けた足下にはスイセンが伸びだしていた。 これはうめんつあんところのフクジュソウ。 3日から4日にかけては30cmほどの積雪があったそうだが、これはすぐ解けてしまったそうだ。 しかし毎日雪が舞って、いつまでも寒いと口説いていた。
2012.04.07
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今朝、Kさんから電話。 「うめんつあんとこ、この前の風で大変だ!なんでもなく大変だ!」と上ってこれないかと言う。 「うん、分かった。できるだけ早く行く。」 ということで急いで「ぼちぼち村」の上のうめんつあん家に」行く。 待っていたKさんに案内されていくと、 爆弾低気圧の暴風がトドマツの木を数十本も引きちぎり、なぎ倒しているではないか! この林下をシイタケの圃場にし、防風の働きも持たせていたのが・・・植樹して30年だそうだ。 作業用のプレハブの屋根の端までめくれている。 うめんつあんはがっくりしながらも、片付けに取りかかった。 今年で87歳?になる。 来週、Kさんと手伝うことになった。 酪農家のHさんやOさん、釣堀のTさん家も大きな被害がでていた。 時折雪混じりの冷たい強風が頬っぺたをたたいていった。 続く。 今日はタカが帰ってくる日。 明日から手伝おうかとずいぶん迷ったが、タカを優先した。
2012.04.06
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きのうの嵐はすごかった! 我が家では大きな被害はなかったが、庭には枯れ枝や見かけないごみが飛んできていた。 周りでは、ごみ集積場の屋根がどこかに飛ばされたり、倒木が道路をふさいだり、 近くの小学校の広場ではシロヤナギやマキが折れ、ヒノキが傾いていた。
2012.04.05
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風が息をするたびに家が地震のように震える。 昨日からTVの画面はあちこちの被害を映し出す。 予報は強い台風並みの低気圧、と警報を繰り返す。 昨夜、日が変わる前は前線による強い雨。 停電になったら面倒だと早めに風呂に入り、雨音を聞きながら床につく。 2時ころ風が窓をたたく音で眼が覚める。西よりの風。 TVをつけて低気圧の位置を確認しようとしたが、NHKも民放も通常番組で情報つかめず。 建てつけの悪いドアががたがたと、外では物が飛ばされる音が・・・ 近所に迷惑をかけてはいないかと気になる。 風の音は子守唄にならず、明け方やっとうとうと。 朝になったら治まるだろうと思っていたが、ますます荒れ狂う。 周りを見て回ると、隣の物も飛んでいる。お互いさまと一安心。 5・60m放れた方から「キー」という変な音。 眼をこらすと、錆びて折れ曲がったトタンが風の息に乗って走っているのだ。 この風、夕方まで続くという 空は晴れている。 妻は外泊の予定だが・・・
2012.04.04
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昨日、「全国生活と健康を守る会連合会」が支援していた最高裁判決が出された。 結果は“差し戻し” ザンネン (以下“しんぶん赤旗”より) 老齢加算勝訴差し戻し 福岡生存権裁判 最高裁が不当判決 70歳以上の生活保護利用者に支給されていた老齢加算の廃止は憲法違反だとして、北九州市の生活保護利用者35人が同市を相手取って廃止の取り消しを求めている福岡生存権裁判で、最高裁第2小法廷(千葉勝美裁判長)は2日、原告勝訴の福岡高裁判決を破棄して、審理を同高裁に差し戻す不当判決を言い渡しました。 判決の報告集会で、原告の毛利吉彦さん(77)が「高裁でまた勝利するまでがんばる」と力強く決意表明。全国生活と健康を守る会の松岡会長は「老齢加算廃止で、高齢者は社会参加費用を捻出できず孤立させられた。孤立死、貧困死が問題になっているいま、生存権裁判のたたかいは、ますます重要になっている」と強調。全国からかけつけた約140人の支援者らが大きな拍手で応じました。 生存権裁判での最高裁判決は2月の東京訴訟(原告敗訴)に続き2度目。生存権裁判は、今回の差し戻し審を含めて8カ所でたたかわれます。 判決は、老齢加算の廃止にいたる経過について、厚生労働相による裁量権の乱用・逸脱があったとする福岡高裁の判断を覆しました。 その上で、老齢加算廃止による生活保護利用者の生活への影響や、廃止に伴う「激変緩和措置」について統計資料等で合理性があったのか、同高裁で審理するよう指示しています。 判決には、須藤正彦裁判官の意見が付けられました。その中で「激変緩和措置」について「生存権の保障の内容」と認めています。保護基準の改定にあたっては「健康的で文化的な最低限度の生活(憲法第二十五条)」が損なわれないよう「慎重な配慮が望まれる」としています。 国は、生きる希望が持てる社会保障をやってきたのか。光が見えない。 これからも「人が人らしく生きられるために」たたかいを続けなければならない!
2012.04.03
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今日から新年度の始まり! うれしさや緊張感などが入り混じる複雑な日。 しかし、不安に包まれる日でもある。 【4月からの負担増と給付減ラッシュ】 <年 金> 「物価下落」を理由に支給額を0.3%引き下げ <障碍者・被爆者などの手当て> 年金引き下げに連動 〇児童扶養手当 月4万1550円→4万1430円 <医 療> 〇後期高齢者医療制度 75歳以上の保険料値上げー全国45都道府県で全国平均5.9%保険料値上げ ・東京都では、平均月7216円→7871円 〇国民健康保険料(税)の値上げ 東京23区で1人当たり年4000円以上の値上げー全国で 〇協会けんぽの保険料値上げ 全国平均9.5%→10%(労使折半)-月収28万円の人→月700円の増 <介 護> 〇65歳以上の保険料は、全国平均で月4160円→5000円前後に 宮城月4896円→897円の増 〇40歳~64歳では、平均181円増の4697円(労使折半) 〇生活援助の基本時間60分→45分に短縮 <子育て> 〇「子ども手当て」が「児童手当」に ・支給額は子ども1人1万5000円か1万円 ・6月から所得制限以上の世帯は5000円に減額 〇6月から住民税の年少扶養控除の廃止で子ども1人につき月2750円ほど増税 更にこの上『消費税増税』が待ち構えているのだ 『消費税増税法案』は通させてはいけない!
2012.04.02
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今日から4月。 朝日がまぶしく差し込む。気温2℃と低いが寒さはあまり感じない。 ところが昼前から雲が出て冷たい蔵王颪が吹きすさぶ。 夕方、タカを施設に送っていくと麓から雪が舞う。 社会も同じ、気分は明るくなりたいが、暗雲が覆いかぶさってくる。 増税、年金の切り下げ・・・寒気をもよおす雲が次々とやってくる。
2012.04.01
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