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朝、秋晴れの上天気。 ところが天気予報が的中。昼前から雨が降りだした。 軽トラに摘みっぱなしの材木がぬれる。 湿った材木では作業がしにくいので垂木を20本小屋の中に運び込んだ。 今日の妻が外泊。 先日もらったサケで“はらこ飯”を作る。 「うまい うまい」と妻 初めての作品としては70点くらいかな? 今夜は満月。 月の大きさは見た目では十三夜ころからほとんど変わらない。 妻も外へ連れ出して見せた。 町の灯りや車のライトまで新鮮に見えたようだ。感動していた。
2012.10.31
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初冠雪間近の蔵王連峰。 遅れている。 今年初めて2日連続で「ぼちぼち村」に上る。 お出迎えは なんともめんこい“ガマガエル” 物置の影では 流れかかったオリミキ(ナラタケ)の群生が・・・ 旧不忘(ふぼう)分校に行くと 門のシラカバが黄葉していた。 不忘山は雲に隠れていたが、 紅葉が中腹まで下りてきていた。 分校の裏では ヤマブドウが色づいていた。 秋の陽はつるべ落とし、 妻を見舞って外へ出ると、東の雲が帯状に燃え十四夜の月が昇ってきた。 一日が終わった。 ※写 真 の 訂 正 昨夜も居眠りしながらだったので・分校のシラカバ・夕焼けの写真が間違っていました。
2012.10.30
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昨日のこと。 「うわ~ 来てくれたのね!」 仙台から帰って、午後6時ころ妻に面会。 いっぱいのしわ、それはすばらしい美しい顔だった。 “おうな”の顔になっていた。 <冷え込みで目が覚める> 午前2時、目が覚める。 月は天中を過ぎるころ、外の世界は青の中。夜露が青く輝いている。 朝には初霜が降りそうな気配。 テラスの植物を室内や軒下に避難させる。 背中がすっかり冷えた。 眠気がどっかにすっ飛んだ。
2012.10.29
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今日は“熊本県人 火の国会”の「だご汁会」だ。 場所は仙台市の広瀬川の川原。牛越橋の下。 初めての場所とて、朝からそわそわして出かける。 天気予報は午後から雨。なのにパラパラ 橋の上から見ると“いもに会”のグループがあちこちに。 我がグループが分からない。 と、向こう岸に幟旗? あそこに県人会発見! でも流れを渡れない。仕方がないと橋を渡って行く。 もう鍋は煮立って“だご”(小麦粉を練った物ーすいとん)を入れるだけ。 だしを入れ、味見をしてでき上がり。 20数名で懐かしの「だご汁」に舌鼓を打ちながら、話に花が咲いた。楽しいひと時だった。 解散をする直前から雨脚が音を立て始めた。 ナイスタイミングだった。 役員の方々の陰の準備に感謝! ♪ひろせがわ~ながるるきしべ~・・・・・♪
2012.10.28
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今日はタカの施設がある白石市の「第4回健康福祉まつり」があって妻と参加してきた。 タカの施設は見物だけでステージでの出し物参加はない。 ここの入所者たちには、人に見せられるようなものはできないという考えのようだ。 家族の会はあるけれど、PTAのような経営に意見を出す組織がないのだ。ザンネン! 何とかしたいけれど・・・何とかしなければならないのだ。
2012.10.27
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ああ~・・・腰の痛みはまだとれないが軽くはなってきた。 先日「ぼち村」に行ったとき、酪農家の弘さんに寄った。 そこでは、今年もサケの人工孵化が行われていることを訊く。 用が済んだサケは弘さんのところで、堆肥にされるのだ。 このほとんどがメス。 これから春先の放流まで、地道な飼育が続く。
2012.10.26
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この前に火曜日(昼前から雨になり、寒くなった日)、「ぼちぼち村」にKさんが上るというので出かけた。 目的は、我が家の下屋の雨漏り修理に必要な材木を点検するため。 物置に入れてあったもので、柱や垂木の数は十分間に合うことになった。 終わってから、きのこの圃場を見に行ったら、 ナメコなどのほだ木にオリミキ(ナラタケ)が出ていた。例年より遅く、量は少ない。 小雨の中二人で採取。 2・3軒におすそ分け。
2012.10.25
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日中は暖かかった。 陽の当たるところではツワブキの花が満開となった。 夕方になると寒くなりストーブを焚く。
2012.10.24
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明け方むし暑くなって目が覚める。 昨夜11時ころは12℃だったのに20℃になっている。 眠気眼をこすっていると東の空が輝いてくる。 厚い雲の下からご来光だ。6時。 20分後には雲に閉ざされた。 天気予報はこれから雨。海岸部の平野部(被災地周辺)には暴風警報がだされた。
2012.10.23
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今日は九二一っつあんの工房で生健会の「いもに会」。 気持ちのいい秋晴れ。参加者はおよそ20人。 かまどは薪ストーブ。 食材の準備が終わった女性たちは、庭先の食用菊“もってのほか”を摘みだした。 お昼前に鍋の淵ぎりぎりの量が完成。いい味に仕上がった! さて問題は、残さず食べきれるかということ。案の定三分の一くらいも残る。 腹いっぱい食べた後は、カラオケ大会。 先ず92歳になる九二一っつあんが歌いだした。 最後は知床旅情の全員合唱でお開き。 片付けの難問は残り物。持ち帰りたいという人現れず。 最終的にSさんの車のトランクに。そしてSさんが処理することになる。 みなさん満足の表情で帰路につく。めでたし めでたし。
2012.10.22
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昨日の朝、どういうわけだか分からないが腰が痛くなった。 だんだんひどくなって、午後からは歩くのも息をするのも苦しくなった。 タカを風呂に入れられるか分からなかったが、なんとか入れた。 なんせ、かがむのはものすごく痛みを感じる 今朝は、だいぶ痛みは取れ、腰も伸びてきたものの油断して立ち上がろうものなら大変! ところで、タカの方は起きてから咳をする。 この咳をしだすとなかなか止まらず、やがて吐く。 なぜそうなるかは分からない。 案の定そうなった。 朝飯は食パンと目玉焼き。 しかし、少し食べてまた吐いた。そこで朝食はストップ。 熱もない。顔色も悪くない。 しばらくデカレンジャーを見ていたが、眠くなったようなので二階に連れて行って寝かせる。 それから3時間半ぐっすり眠った。 その間に妻の外出許可をとり家に連れてくる。 ようやく起きだす。元気になっていた。2時を過ぎようとするころ・・・ 今日は隣町の「村田町 蔵の陶器市」の最終日。 妻は、知り合いが出店しているから見に行きたいと言う。 食事をしていないタカには、イオンで“はらこめし”の弁当を買って食べさせる。 ぺろりと平らげたので陶器市へ。 着いたものの、知り合いの場所を探すことはできず時間切れ。 タカはすっかり元気を取り戻したので施設にもどし、妻は病院にもどす。 明日は生健会の「いもに会」、薄暗くなったがバタつかないように大なべなどの材料を運ぶ。 やっと忙しい一日が終わる。
2012.10.21
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10月20日の「たんぽぽ舎」の“テント日誌”に心に響く挨拶があったので紹介します。 それは10月9日に福島県いわき市で開催された、第78回全国麺類飲食業者大会(日本蕎麦屋がメインの組合の大会)で、大会会長が述べた挨拶であった。大会会長は福島県飲食業生活衛生同業組合理事長であり、いわき市で蕎麦屋を営む紺野 昭治さん。 この大会は、兵庫以東20数都道府県から550名以上の同業者が年に一度集うもので、片山さつき・中川雅治国会議員をはじめ、蕎麦業界所管の厚労省や農水省の役人諸氏、県の幹部がひな壇に並ぶ中で始まり、その前で正々堂々と語りかけられた挨拶だったという。 新聞報道などには全く出てこないが、是非とも知っていただきたいと思い、ここに掲載します。 《大会挨拶》 2011年3月11日、東日本大震災、翌12日、原発事故「フクシマ」発生。 そしてその5月、本日の全国大会をここフクシマのいわきで開催を決意。 何の心準備もない突然の開催宣言でした。 常に弱気な気の小さい私を突き動かした途方もない力。今こうして全国の皆様の前に立ってご挨拶申し上げている私は、やはり同じ力を実感しております。 このカに導かれ、北海道・東北のお仲間たちの同意を結集し、私たちの思いは全国の仲間たちに伝わりました。そしてこうして各界のリーダーの皆さんもお祝いに駆けつけて下っております。この途方もない力は私たちを何処へ導こうとしているのでしょうか? 「フクシマ」を福島に戻す。戻さなければ歴史が絶える。 しかし「フクシマ」を福島に戻せば、原発も又戻る。「フクシマ」を福島に単に戻すのではなく、福島を超えて福島を創り上げて行かなければならない。 福島復興ではなく、フクシマ創生!です。 では、誰がフクシマ創生を果たすのでしょうか?福島県民でしょうか?日本国でしょうか?フクシマ創生!、実は誰が果たすという問題ではないのです。世界の意識、人類の思いの問題なのです。福島再生、復興(と言われます)故郷を失った人たちに、故郷に戻りたくとも戻れない人たちに、この言葉は何と虚しく響くことか。 しかし、私たちは生きて行かなければなりません。フクシマ創生!は、人間の生き方の問題なのです。70億全人類の思いをフクシマ創生に向かわせなければ、フクシマ創生は実現しません。 私を突き動かした途方もない力。そして今日この時、フクシマにお集まりの全国の麺類業者の皆さんを動かしている大きな力。 この力は、地球に刻まれた40億年という圧倒的な長い生命史の中で、僅か700万年に満たない 歴史しか持たない人類の、自らの絶滅への強烈な危機感そのものなのではないでしょうか。 文明史の頂点に原子力利用を位置づけることが、人類を絶滅に追い込む。原子力を利用する!とは何と思い上がった意識でしょう。そんな人類の意識を変える力、これが私を突き動かした途方もない力の正体です。そして途方もない力が、私の自然な呼吸を原発全廃!という言葉に変えました。 私は今、無意識に自然に原発全廃を呼吸しています。議論の余地はありません。フクシマに立てばそれが分かります。そして今日、全国からこれだけ大勢の皆さんに、フクシマに立って頂きました。私を突き動かした力のお蔭です。 この大会は、ここに立っている皆さんが、原発全廃を日常的に自然に呼吸する契機になることを私は強く望みます。 ここからフクシマ創生!が始まって来ます。 2012年10月9日 第78回全国麺類飲食業者福島大会大会長・ 福島県飲食業生活衛生同業組合理事長 紺野 昭治 国会議員や官僚たちはどんな思い出聴いたのでしょう?
2012.10.21
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笑っちゃうよ! 19日の参院行政監視委員会でのこと。 復興予算の流用問題問題を自民党議員に追及され枝野経産相は、 『御党も合意されて進めてきた話だ。 反対した共産党が「けしからん」というのなら話は分かるが、一緒に勧めてきて、そういう話をす るのはあまりにもアンフェアーだ』と延べた。・・・ と、“しんぶん赤旗”紙2面。 わっはっは~だ。
2012.10.20
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今日はタカが帰ってくる日。 先ず、妻とタカを施設に迎えに行って、妻を病院にもどして、その足でタカと仙台の「反原発金曜デモ」に参加。 慣れてきたタカは自分で動き回れるようになって、行き過ぎるようになった。 交差点で止まっているデモ隊の先頭に行ったのはよかったが、集団行動に慣れていないものだから勝手に違う方向に進んでしまった。 途中で気が付いてデモ隊の中を探したが見当たらず、交差点で違うほうに渡ったと教えてくれる人あり。慌てて探しにいったら、いたいた次の交差点の手前で立ち止まっていた。 すぐデモ隊の後を追っかけて、なんとか間に合った。 施設では、町中を歩く訓練は行われないので、こういうときに家族が訓練せざるを得ないのだ。 と言うことで遅くなり、スーパーで弁当を買おうと3店舗探したが売り切れてナシ仕方がない、売れ残りのおかずを少し買って帰り、飯を炊いているところ。 もう10時を回った。タカが待っている。ごめん。
2012.10.19
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数日前の“しんぶん赤旗”の「潮流」欄に、小生も毎日読んでいる“たんぽぽ舎”(反原発・反核の活動をしている)のメルマガが紹介されていた。 中身はこうだ『仕事帰りに自分の考えはこうだとほい(本意)とデモに参加する。これが日本を変えるかもしれない』と。 我が地元紙“河北新報”の10月17日の「河北春秋」では、復興予算流用問題を歯切れよく痛烈に批判していた。 『役人を目指す青年に「出世の心得」を説いた珍妙なエッセーがある。法学者の末弘厳太郎が昭和初期に書いた『役人学三則』。官僚主義の本質を突いて、今なお新しい▼「およそ役人たらんとする者は、平素より縄張り根性の涵養(かんよう)に努むることを要す」。国民の利益よりも省益の方を優先する。青雲の志を黒く染めることで、初めて保障される栄達の道 ▼復興予算をめぐる流用問題は、さしずめ省庁の分捕り合戦だ。「シロアリ」「火事場泥棒」。ごうごうたる非難に耐えかねて、野田佳彦首相は「真に必要な事業に絞り込む」と、宣言せざるを得なくなった▼予算書を一読しただけでは、からくりは見えてこない。ところが、理屈に「へ」を付ければ、あら不思議。あらゆる事業が復興関連に化ける「霞が関マジック」の完成だ ▼北海道、埼玉の刑務所での職業訓練拡大なんていうのもある。法務省は「受刑者が出所した時に被災地で働くかもしれない」と釈明したという。「へ」は幾つ必要▼全ての復興予算に疑いの目が向けられては、被災地はたまったものではない。末弘は別の著作で役人に不可欠な素養は、法律ではなく良心と常識と書いた。官僚の頭の中を今のぞけば、ぎっしり詰まっているのは「非常識」に違いない。2012年10月17日水曜日』 こういうのを読むと、ただ胸がすきっとするだけでなく力がわいてくるのだ!
2012.10.18
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今日は昼飯を食う暇ナシ。 午前中は、生活相談者の件で福祉事務所へ。 身体的な問題と精神的な問題を抱えて解決策が見出せないで困っていたのだ。 それから白石市長選に立候補する新人の政策を訊きに事務所を訪問。 外出中で会えず、残念。 選挙のときはチャンスなのだ。 その後「ぼちぼち村」へ“いもに会”用の大なべを取りに上る。 ついでにマイタケの圃場を観に行くと、また出ていた。 もう流れかかっているのもあったが、籠に一つ半の収穫。 ということで、妻を迎えに行くのが2時間遅くなってしまった。 妻は今日から2泊3日の外泊リハビリ。 本日の夕食のおかずに“肉じゃが”を二人で作った。 うまいと喜んで食べていた。 夕方から久しぶりの雨になる。
2012.10.17
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午前中、九二一工房で生健会の会議をやる。 22日にここで「いもに会」をやるので、初めての人たちのために下見を兼ねた。 里山の太平洋と海岸の被災地を望む工房に新鮮さを感じてもらった。 つきに1回の会議、10分間の学習を提案。 生健会の相談活動には、憲法や生活保護法など関連法に医療制度などの知識が必要なのだ。 午後2時から、獣医だったFさんの葬儀。 67歳だった。 彼は震災後、酪農家たちの補償問題の先頭に立って活動していたそうだ。 ご冥福を祈る。 夕暮れ、蔵王連峰の稜線がくっきり。 尾根は紅葉が終わって冬の装いだろう。 里は灯りがともるころ。 風が冷たくなった。
2012.10.16
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今日も秋晴れ! あしたは「大河原生健会」の役員会。 単なる伝達会議ではなく、学習の場にしたいと考え、資料作りなどの準備で忙しかった。 準備中に獣医をしていた仲間の訃報が入る。 そこで明日出席できない人が出てきた。 やむをえない。 22日の「いもに会」を控えているから・・・ 小生も午後2時からの告別式には出席したいと思っている。
2012.10.15
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今日は風もない秋晴れ。 背中に陽を浴びると眠くなる。 クマバチはコスモスの花の蜜を吸い、花粉を集めている。 花から花へ飛び回っているが“のどかさ”の演出者に見えてしまう。 それにしても虫が少ない。 タカに「ごん」の散歩を頼んだが、行きたくないと首を振られた。ざんねん。
2012.10.14
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金曜日、仙台市で行われた「再稼動STOP!女川原発」の集会にタカと5度目の参加。 通りすがりの人たちの反応がよくなった。 タカは慣れたもので、一人で行動できるようになった。 地下鉄の乗り降りもルンルンだ。 来週は勾当台公園集合。
2012.10.13
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昨日は午後から“県生健会”の理事会。妻も同行。 会長の生活保護申請の交渉報告でケースワーカーの態度に憤慨して(本人は興奮して)うなづきながら聴いていた。─こんな反応は前回までなかったことなのだ。 早朝からまぶしい秋晴れ。 妻、おとといからの外泊で1kgも太ったと家の周り(約1km)を散歩。 付き添おうと思ったが、べたべたされるのはよくないので一人歩き。 この前からスキーのストック1本を杖にしている。 所要時間1時間10分。 それでも途中休憩なしだったそうだ。 今日夕方、病院にもどるが、病院ではできないリハビリである。 がんばれ がんばれ。
2012.10.12
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きのう、亘理町浜吉田に行った。 常磐自動車道の西側では、稲刈りが行われていた。 ここら辺は3・11の津波をかぶったところ。 東側と比べると自動車道でかなり弱まったものの、瓦礫もかなり漂着していた。 それが今年、小金の波がゆれる田んぼに復田したのである 被災地の人々とイネは強かった!
2012.10.11
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我が家の“キンモクセイ”は満開を過ぎるころ。 最近は嗅覚が鈍ってきて大好きな香りを楽しみにくくなった。 周りを見ると、年はとりたくないと思うのだが逃れられない 隣のイチジクの実の上では、悟りを開いているのか“アマガエル”。 秋が進んできたこの時期、周りの“アマガエル”はほとんど“灰色ガエル”になっている。
2012.10.10
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数日前、“きのこやのうめんつぁん”から 『「ぼちぼち村」の栗さぁ、クマにすっぱとやられたわ』と電話あり。 で、昨日行ってきた。 入り口を曲がると、ボキボキ折られた栗の枝が落ちていたり ぶら下がっていたり・・・!!! 目も当てられない状態 これまでも台風や冬の強風などで大量に折れて落ちたことはあったが、異様なのだ。 足下には、“イガ”がいがいがと転がり、実は食べ残しがない。 更に、白カビが生えたでっかい糞がざっと20個ちかく・・・ 「ぼちぼち村」には栗の木が50本くらい植えてあり、この時期には栗拾いが大変なのだ。 もちろん、クマさんも拾いに来るが人間ももてあますくらい拾える。 つまり、共存できていたのだ。 母屋の裏も、 横も。 幸い母屋の中に侵入した形跡はなかったが・・・ 少々のことでは驚かないのだが、このありさまには!?息をのんでしまった。 来たついでに“ハナビラタケ”が出る年だと、カーラジオの音量を上げて(クマよけに)確認しに行ったが残念、出ていなかった。 がっかりして横を見ると草むらの中に、 “マイタケ”が出ていた。 まだ流れる(腐る)前、しっかりしている。 よかった。忘れていたのだ ところが、これまで喜んでもらった人たちが、渋るようになったのだ。 放射能汚染! 去年は『だいじょうぶだ。80を超えたんだから』と言っていた叔父までしりごみをしてきた。 しかたがないとあきらめるのは間違いだと思うが、でも、今は、もっともなことだ。 クマさんたちにも放射線被害が及ばなければいいけれど・・・
2012.10.09
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我が家には3種類の色のヒガンバナがある。 郷里の熊本からもってきた白花。 今年は元気ななく、花の数が少ない。 黄花。これは知人からもらったもの。 しかし、ヒガンバナといえば何と言っても赤花。 これも子どものころ過ごした思い出の地から移植したもの。 やはり“まんじゅしゃげ”だ。
2012.10.08
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10時から、タカの施設の“奉仕作業といも煮会”。 9時に妻を病院に迎えに行き、白石市にある施設に。 小生は草刈機で草を刈り、妻はタカの部屋の掃除。 11時から“いもに会”。 タカのをのぞくと“芋煮”なのに肝心の“芋”が入っていないのだ。我々のにはたっぷり入っていたのに・・・ 更に、デザートのぶどうは、皮と種をとって、 おまけに、串に刺した焼き鳥、串からはずし小さく崩してある これはタカにとっては過剰サービスになるのだ。 理由は、コンニャク製品と同じ問題(気道に詰まらせる)を考えてのことらしい。 我が家では、小骨の多い魚も丸ごと食べさせて、一度も喉に引っ掛けることもない。 以前にそう言ってあるのに・・・考慮されていないのだ これは人権に関することになる。 今度は園長に申し入れる。
2012.10.07
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我が家のイチジクの実の上に石のカエルが・・・ 昨日、今日と暖かいのでアマガエルがあちこちに。 アマガエルにはイチジクの色が灰色に見えるのだろうか? まさに石作りとても保護色とはいえないと思うけど
2012.10.06
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タカは今日一時帰省。 妻を病院に戻したあと、タカと仙台で18時10分から行われる「女川原発再稼動反対」の集会に。 途中で腹が減ったので握り飯を食ったりしたので、20分ほど遅れた。 コースは一番町の通りなので合流できると思ったが、えらく静か。 通りの花屋さんに訊くと、もう通過していったと言う。 急いで追っかけたが出くわさず ということは、参加者が少なかったということだ。 ザンネン! ただ、タカは喜んではねて歩いていた。
2012.10.05
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ようやく我が家の“ひがんばな”が咲いた。 周辺を散歩すると、満開になっているところとやっと芽を出したところとかなりばらばら。 台風19号が去り、夜に入って晴れてきた。 これから妻を風呂に入れる。
2012.10.04
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おととい、台風通過の次の日(月)久しぶりに九二一っあんの工房に行った。 途中、道端に、20cmを超える「ウシガエル」がひっくりかえっていた。 原因は分からないが、左後足に傷がついていた。(終戦後は貴重な輸出品だった) 冬眠を前にして・・・ 九二一っつあんは、近くの小学校の焼き物の壊れた作品を修復していた。 薄く作っているために割れるのだそうだ。 陶芸教室の生徒さんが窯に作品を詰めていた。 22日に生健会の“芋煮会”を工房でやりたいというので、了解をもらったのだ。
2012.10.03
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交通事故後の妻の脳の働きを調べる検査が3回に分けて行われ、今日その結果が伝えられた。 担当医は 「IQや言語能力や応用力などを調べました。平均値を100として診ると、中には平均値に近いものもありますがどれも下まわっています。交通事故などの後遺症として見られるパターンです。」 と優しく説明してくれた。 妻は多少ショックを受けていたようだが、「わたし分からないんだよね。」と納得していた。 これで事故の後遺症の診断は終わったが、判定には更に時間がかかるのだそうだ。
2012.10.02
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今日、10月に入って「9月の生健会支部の役員会」をやった。 予定は9月17日だったのをすっかり忘れたのだ。 退職してからは、できるだけ役を引き受けないようにしてきたが若い人が入ってこないので回ってくる適当に忘れないと縛られてしまう。 年をとってからは自由を楽しめなければつまらない。 今の小生は「生健会」だけでいい。 タカと妻の世話をしていくには、これだけで十分 風に吹かれてふ~らふらが一番合っている。“長”のつくものなんてまっぴらだ!
2012.10.01
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台風17号、我が家を震わせていたが、宮城県南平野部では午前0時前にぱたっと静かになった。 まぶしい!午前6時の東の空。 吹き返しの西風が心地よい。 稲刈りの終わった田んぼが一部水をたたえ、切りわらが浮いている。 裏の柿の実には影響がなかったようだ。
2012.10.01
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