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モナベイル見学後バスはクライストチャーチのシンボルである大聖堂(カテドラル)に向かいました。クライストチャーチ大聖堂(Christ Church Cathedral)は聖公会の大聖堂の名前で アイルランド、アメリカ、イギリス、オーストラリア、カナダ、フォークランド島、そしてニュージーランドにあるそうです。1881年に聖別されたこの大聖堂の定礎式が行われたのは、カンタベリー地方に正式に移民が始まってからわずか14年後のことだそうです。英国の建築家ジョージ・ギルバート・スコットのプランを元にしたゴシック様式で、高さ63mの尖塔をもっています。高さ34メートルの展望台までは、134段の階段で登れるそうです。大聖堂の中には入りませんでしが、文字通り街のシンボルです。大聖堂広場でバスを降りると全長2.5kmで1周するトラム(路面電車)が近くの停留所に来ましたのでサクラさんと同行のツアーの女性2人と一緒に乗り込みました。電車内で座席に着くと、小さな子供と乗り合わせました。同行のツアーの女性がその子に声をかけると、その子は笑顔でこたえさらに手をさしのべると物怖じせずに抱かれ、女性は感激していました。また車掌さんが私の傍らに来て、肩組をしてくれましたのでサクラさんが写真を撮ってくれました。トラムが始めて走ったのは1905年で、一度廃止されましたが1995年に復活し、再び観光客の人気を集めているそうです。車窓からは騎馬の警官が巡視しているのを見かけました。 トラムを降りると集合時間まで少し時間がありましたので大聖堂前広場からエイボン川方面を散策しました。広場には露天が軒を並べ、絵画を売っている店もありました。またエイボン川では、日本のどこかでありそうな、船頭が漕ぐパンティングと呼ばれる船遊びの光景を見かけました。 そして17時過ぎに市内のガーデニングで有名という「シャトー・オン・ザ・パーク」に宿泊しました。夕食は同ホテルの季節限定というフラワーディナーをいただきました。フラワーはナスタチューム(金蓮花)かと思ったらここではインパチェンスが使われていました。またステーキは鹿肉だそうで、柔らかくあっさりしてました。こうしてニュージーランド上陸後の長い一日が終了しました。前日が機内泊でしたので、入浴後はワインをいただき、そして手足を十分に伸ばして、就寝しました。 フルスイングDVD、甲子園への遺言(原作本)あの花のように(主題歌)に関心のある方は上の画像をクリックして下さい。 フルスイング感想掲示板 (http://www3.nhk.or.jp/drama/drames/dodra/180/page_001.html)
2009.03.30
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Jさん宅からバスに乗り込み、次にクライストチャーチ市の中心から2km、エイボン川ほとりに佇む邸宅、モナベイルに向かいました。クライスチャーチ市の西側には182ヘクタールにおよぶ広大なハグレー公園があります。そしてこの公園に沿うようにしてエイボン川が大きく蛇行しながら流れています。公園の北側をさらに川に沿って上ると広い庭園に建つ邸宅モナベイルがあります。これは1905年にクライストチャーチ屈指の大富豪アニータウネンド夫人が建設したビクトリア調の豪邸で、クライストチャーチで最も由緒ある建物の一つとして認知されています。そしてここがクライストチャーチのガーデニング発祥の地といわれています。その後この施設は市が買い上げ、現在市がレストランとして営業しています。モナベイルから臨むエイボン川と対岸の住宅や庭の風景はまことに素晴らしいです。川辺まで手入れの行き届いた芝生や庭園がせまり、それにマッチした豪邸が建ち並びます。池には水鳥が群れ、垂れ下がる柳の木も涼やかです。今は秋ですが、春から夏にかけてはさらに素晴らしいことでしょう。ここは西岸海洋性気候の気候区にあって、夏の強烈な熱波や冬の強烈な寒波はうけない一年を通して温暖な気候で夏の気温は17℃から30℃、冬の気温は2℃から12℃程度であるといいます。年間平均降水量は648mmで夏の湿度は低め、冬の湿度は高め、このため川の流れも極めて安定しているものと思われます。クライストチャーチは住むには世界でも最高の環境と思われました。 ツアーデレクターのSさんの話によるとニュージーランドの人々は一生の内で4度家を変えるのが一般的だそうです。生まれてから家族と一緒に住んでいた家を一度外に出て一人暮らしか若者同士で暮らします。やがて結婚して大きい家で家族と暮らしそして最後は老夫婦でこじんまりした家で暮らすそうです。家も平屋の家が多く、庭を大変大切にするそうです。 フルスイングDVD、甲子園への遺言(原作本)あの花のように(主題歌)に関心のある方は上の画像をクリックして下さい。
2009.03.26
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前々回の伊豆旅行で◇さん夫妻の生き方に大変感銘を受け今まで私は外国旅行は敬遠してましたが、サクラさんが身体が動ける内に外国を一緒に旅したいというのを受け入れ、ニュージーランド、台湾、ハワイなら行こうと提案しました。早々サクラさんはインターネットでいろいろ調べクラブツーリズムのニュージーランド7日間の旅が内容がいいということで申し込み、今回の旅行が実現しました。私は折角の旅行ですので、記録をしっかり残すべくカメラはPanasonicのDMC-TZ3(28~280mm相当の光学式ズーム付き)に4GBのSDHCのメモリーと予備電池1つ、それに充電器を持参し撮影は記録枚数を確保すべく画素は一段落とし、5Mとしました。バスの中からの走行中撮影はブレ防止のためISO感度800に設定し、撮影すると時間も記録されるため、まめににシャッターを押し、7日間で1500枚撮影し、撮ったものは吟味し、500枚は削除、こちらで扱う写真はこれをトリミングし、画像を圧縮しました。以下のブログはこの写真に旅行社からいただいた資料、ツアーディレクターさんからのバス車中で聞いたお話、それと帰国後インターネットで調べたものをまとめて「ニュージーランドの旅」の記録といたしました。1日目は16時に成田国際空港第2ターミナルに集合、最小催行人員は20名となっていましたが、今回のツアーは16名(男6名と女10名)で実施されることが判明しました。夕食をとり、搭乗手続きを済ませ、18時30分成田を出発、ニュージーランド航空機内で機内泊、時差を4時間調整し翌日9時20分、北島のオークランド空港に到着しました。そして国内線に乗り換え、11時30分に同空港を出発、13時に南島のクライストチャーチ空港に到着しました。空港に到着すると南島で4日間お世話になるバスに乗り込み最初の見学先の一般家庭Jさん宅に向かいました。クライストチャーチは人口38万人で南島では最大の都市です。1850年代にイギリス人が入植し、ガーデンシティーとも言われイングランド以外で最もイングランドらしい都市だそうで、日本では倉敷市と姉妹都市提携をしているそうです。西岸海洋性気候の地で、今は日本とは逆で秋でした。毎年2月にガーデンフェスティバルが実施され「クライストチャーチ・ガーデン・アウォーズ」は一般家庭の庭造り品評を競うコンテストだそうです。今回訪問したJさん宅はこのコンテストで優勝した家でした。 13時40分にJさん宅に到着、ご夫妻が出迎えてくれました。ご自慢の庭を案内され、写真も撮らせていただきました。バラが咲き、ルピナスと紫色の花が目に止まりました。生け垣が丁寧に剪定され、テニスコートとプールまで備え家の入口や台所の窓先まで、植物が植えられていました。 そして家の中に案内され、まず最初に昼食をご馳走になりました。食堂とダイニングキッチンに分かれ、手作りの料理とデザートが2人の娘さんの給仕で出され、美味しくいただきました。 食後は2階のプライベートゾーン以外はご自由にどうぞということで、ニュージーランドの一般家庭の様子を見せていただき、写真を撮らせていただきました。50分滞在しましたが、調度品や家具も大変洗練されていてご夫妻とご家族の人柄が偲ばれました。 フルスイングDVD、甲子園への遺言(原作本)あの花のように(主題歌)に関心のある方は上の画像をクリックして下さい。
2009.03.25
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今回はクラブツーリズムのバスツアーついに登場! 連泊プランでたっぷり温泉三昧 あの「忘帰洞」ホテル浦島に2連泊と伊勢参り世界遺産の熊野古道・熊野三山めぐり3日間が目にとまり、サクラさんと行ってきました。南紀勝浦温泉の中でも人気が高いという「ホテル浦島」に連泊し熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)をめぐり那智の滝を見て熊野古道を歩き、伊勢参りもできるということで台風や大雨の心配の少ないこの時期に行くことにしました。今回のツアーは最小催行人員が25名となっていましたが直前に止めた方がいたのか、23名で実施されました。7時40分に集合場所を出発すると、若い2名の運転手から長旅ですが、道中安全第一で参りますとの挨拶がありました。そしてツアーディレクターは「日立のコキアの丘」に行った時お世話になった、大きな会社の総務課長さんといったタイプで的確な指示をされる、年配の男性の方でした。厚木から東名高速道路に入り富士川SA、浜名湖SAに寄り豊田JCTから伊勢湾岸自動車道に入り刈谷PAで休憩をとりました。そして四日市JCTからは東名阪自動車道に入り、関JCTから伊勢自動車道を走り、勢和多気JCTで下りて国道42号線を南下、14時に紀州長島の道の駅で休憩しました。こちらには海亀の博物館があり、自由に見ることができました。また大きな伊予柑7つ入りが500円で売っており、これを購入むいて口にすると、みずみずしく甘い果汁が喉を潤しました。17時に勝浦観光桟橋に到着、ここからホテル連絡船に乗りました。10分で「ホテル浦島」に到着、ひとまず一番近い温泉に入浴しました。夕食は大きなホールでいただくバイキング形式のものでした。名物の「サンマの馴れ酢」と「めはり寿司」もいただきました。夕食後しばらくして、このホテル自慢の「忘帰洞」という海水で浸食された大きな洞窟の中にある温泉に入りました。雨が降っていましたが海に隣接し、湯は薄い乳白色でした。 翌朝目が覚めると雨が降ってましたが再度「忘帰洞」に入浴昨夜とは真ん中で仕切られた男湯と女湯が入れ替わり今回は横に多数の小さい洞窟湯があり、いろいろ楽しめました。朝食はバイキングで野菜サラダと果実入りヨーグルトをいただきました。ところが8時にホテルを出る頃にはすっかり雨があがっていました。これはラッキーという気持ちで連絡船に乗り、バスに乗り込みました。8時半に那智の滝前駐車場に到着、10分弱歩いて滝前に到着しました。落差133m銚子口の幅13m滝壺の深さ10mの那智の大滝は昨夜の雨で水量を増し、見事な景観を楽しむことができました。 滝の見学後バスで少し移動し、9時前に熊野那智大社前に到着しました。そこから階段を登り鳥居をくぐり、さらにまたかなり階段を上がると鮮やかな朱塗りの熊野那智大社に到着し参拝しました。神社の横には楠の大木があり、隣に那智山青岸渡寺がありました。西国33ヶ所1番札所のお寺で境内から那智の滝の絶景が見られました。再び熊野那智大社前に戻り今度はそこの横から熊野古道の一部、大門坂の石畳の道を30分程歩いて下りました。雨が上がっていたのは何よりも有難く、良い思い出になりました。 熊野古道の散策を終えるとバスで新宮市まで行き今度は熊野川沿いに上流方向に向かい、途中から支流の山北川方面に入った志古という場所で郷土料理の昼食をとりました。この川の上流には絶壁、奇岩、清流が織りなす瀞峡があります。ここは観光用のジェット船の船着き場でした。出された料理の中に大きな「めはり寿司」が2つありました。大きなおにぎりを高菜の漬け物で包み、目を見張る程大きいからその名前が付いたと言われるそうです。昨夜ホテルでいただいたものの3倍くらいありました。サクラさんは1つ食べ、もう一つはパスしました。一旦支流の分岐点まで戻り、今度は熊野川(十津川)沿いに登り13時頃熊野本宮大社に到着し、40分の時間が与えられ、杉皮葺きの古色蒼然とした社殿を見学しました。再びバスに乗り熊野川河口に近い熊野速玉大社に向かいました。14時半に鮮やかな朱塗りの大社に到着しました。「新宮」の地名の由来ともなった神社だそうで神社前の物産店で三宝柑7つ入りを500円で購入しました。これで見学は全て終わり、15時半には「ホテル浦島」に帰着しました。ホテルは本館、なぎさ館、日昇館、山上館で構成され、計7つの温泉に自由に入れ、この日は山上館の温泉に行きました。途中に全長154mで6分弱かかる長大なエスカレーターがありました。温泉からは沖合に山成島が見えました。夕食は館内の海鮮料理屋さんで金目鯛の煮付けと太刀魚の塩焼きを肴に久しぶりに日本酒をいただきました。 3日目は起きると日昇館の洞窟温泉「玄武洞」に入浴後朝食をとり、ホテルをチェックアウトし、連絡船にのり、バスに乗り込みました。途中海山町の道の駅に寄り12時過ぎに伊勢神宮内宮前に到着しました。内宮に渡る宇治橋は20年ごとに行われる架け替え工事中でした。岩戸屋さんで昼食後、このお店の若い女性が内宮を案内してくれました。酒井和歌子さん似の可愛らしい人で、案内の最後に、はにかみながら岩戸屋で買い物をとのアピールをしていました。五十鈴川のお手洗場から正殿前にかけては人でごったがえしていました。見学後サンマの生干し(11匹付き1000円)を買い名物につられ、串とんを買っていただきました。14時40分再びバスに乗り、21時過ぎ、ほぼ予定通り出発点に帰着しました。
2009.03.07
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