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2014奄美大島の旅RCの続きです。奄美リゾートばしゃ山村の浜やどり東館に宿泊しました。昨日泊まったホテルニュー奄美が東シナ海に面する名瀬にあるのに対しこちらは奄美空港に近い太平洋に面する用安海岸にあります。2F スーペリアトリプルの部屋からは海がが一望。6:53 日の出直前の海岸に出ました。7:08 1Fのレストラン・AMAネシアでバイキングの朝食。食事中に朝日が昇り美しい浜辺の光景が眼前に広がり食後は海辺で珊瑚礁の欠片を拾い岩場に登りました。小屋で塩を作っている人がいて話を聞いた後サクラさんは出立準備で部屋に戻り私は昨夜行った民俗村方面を散策。寄門の近くにはピンクの可愛い花が咲いていました。民俗村受付の建物近くや奄美リゾートばしゃ山村の建物のあちこちにケンムン(奄美群島に伝わる妖怪)が可愛らしく描かれていました。プールもあり2010年12月に行ったハワイ旅行を思い出しました。BEACH HOTEL 浜やどり本館入口は緑の植樹と植木鉢に囲まれ島おこし市場の入口も南国ムードがたっぷり。ケンムンが住む島のアニメにはハブも可愛らしく描かれていました。泊まった東館の目の前は珊瑚が砕けた白い浜が広がり部屋から海水着で行けます。建物が浜にあまりに近いので台風の時波が来ないか心配です。9:00 の予定時刻よりも早く全員が集合しホテルを出発。9:21 奄美大島最北端にある笠利崎灯台下の駐車場に到着しました。白い角形の灯台は標高67mの高台にありここまで登ると眼下に太平洋が見渡せました。海辺には無数の岩があり、珊瑚や海洋生物の宝庫と思われました。駐車場近くには撫でると夢が叶うというカメの石像がありました。10:01 ソテツの群生地に到着。あやまる岬観光公園を見下ろす丘の上まで散策しました。ソテツは1年間に2鱗片分(2~4cm)しか成長せず時には葉をつけない年もあり幹が1m成長するのに40年以上かかるといわれています。10:35 奄美10景ひとつでもあるにあやまる岬到着。眼下に小高い丘の上の白い展望台とあやまる岬観光公園が見えました。「あやまる岬」の地名の由来は、太平洋につき出した岬がこんもりと丸い地形で綾に織りなす「まり」に似ていることから、その名がついたといわれます。4haの園内には多目的広場、様々な遊具施設、海水浴スペースを整備。しかしこの日は冬の平日のためか子供達の姿は見えませんでした。11:10 けいはんひさ倉に到着。奄美大島の代表的な郷土料理「鶏飯」をいただきました。奄美群島が薩摩藩の支配下であった頃島民が薩摩藩の役人をもてなすために作られた料理だそうです。ご飯の上に具を載せ、熱い汁をかけていただきました。12:13 奄美物産センターに寄り土産物を物色しました。12:48 奄美大島酒造(株)に到着。黒糖焼酎の工場を見学後試飲コーナーでこれらを味わいました。こちらに寄ることはあまり気にしてなかったためホテルで土産に「高倉:アルコール30%」を買いましたがいろいろ試飲した結果さらにハイグレードの「浜千鳥乃詩 原酒:アルコール38%」を購入しました。14:50 奄美空港発のJAL1956便に搭乗。帰りの飛行機は黒糖焼酎の試飲が効いてすっかり寝てしまい気がつくと機内より着陸態勢に入るとのアナウンスがありました。空港到着後はリムジンバスで横浜に出て無事に旅行を終えました。旅行の1週間後と2週間後、羽田空港にもかなりの降雪があり一時離発着が出来なくなり鉄道も混乱。これに巻き込まれず予定通り旅行ができたのは大変ラッキーでした。
2014.02.24
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2014奄美大島の旅RBの続きです。奄美大島南部の瀬戸町古仁屋港から加計呂麻島へは瀬戸内町営フェリー「かけろま」が1日に瀬相港へ4便生間港へ3便運行されています。この他に海上タクシーがあり今回のツアーでは2隻の海上タクシーを利用しました。12:35 海上タクシーは古仁屋港を出港。12:50 加計呂麻島生間港に到着しました。島内は小型の加計呂麻バスで巡りました。運転手さんが観光ガイドをし、島の生活についても沢山話してくれました。加計呂麻島は面積が77.39 km2、人口約1400人ですがハブや猪は人よりも圧倒的に数が多いそうです。ハブは温かくなると道路にもよく出てくるため、島の人は道の真ん中を歩き見つけるとこれを退治するための竹竿がいたるところに立てかけてありました。バス運行中もハブを見かけると停車し、運転手がこれを捕獲。1匹4000円で役場が引き取ってくれるそうです。諸鈍に着くとバスに乗ったままデイゴ並木の下をゆっくり走り映画「男はつらいよ」に使われたリリーさんの家も窓越しに見ました。バックで諸鈍の駐車場まで戻り下車。長浜海岸を散策しました。沖合に請島が見え、手前に岩礁があり、海は波が少なく湖のようでした。諸鈍は壇ノ浦の戦いで敗れ落ち延びた 平 資盛 一族が居城を構えたと伝えられます。諸鈍集落は国指定重要無形民族文化財に指定され「諸鈍シバヤ」という村芝居が伝承されています。映画「男はつらいよ」ロケ地の記念碑がありました。男はつらいよ全作品覚え書ノート 第48作「寅次郎紅の花」- 吉川孝昭を見ると映画のシーンが鮮明に思い出されます。バスに乗りスリ浜に行くと、ここにも記念碑がありました。ブログ「こころゆったり島時間」や「奄美大島 ダイビングライフ」を拝見すると加計呂麻島の生活や奄美の素晴らしい海中の様子を知ることが出来ます。14:18 加計呂麻島東端安脚場戦跡公園に残存する弾薬庫跡と金子手崎防備衛所跡を見学。1941 海軍によって砲台として整備された防備衛所の屋上からは大島海峡を一望することができました。15:25 呑之浦の 島尾敏雄文学碑 前に到着。寒緋桜が咲いていました。島尾敏雄(1917~86)は死の棘を書いた作家。1944年 震洋特攻隊隊長として加計呂麻島に赴任しました。15:35 特攻艇震洋基地跡を見学。瀬相港から海上タクシーで奄美大島の古仁屋港に戻りました。16:17 古仁屋からバスに乗り58号線を北上。18:20 奄美リゾートばしゃ山村に到着しました。宿泊ホテルの部屋に荷物を置いた後、島おこし市場前に集合。民俗村の村長宅に案内されました。直径30cmのお椀に郷土料理を入れたものを食べながら島唄を聞きました。食事が終わると村長から挨拶があり、参加者全員に右手中指にはめる赤い指飾りとソテツの葉で作った髪飾りが贈られました。そして全員これを付け前庭に出て、手踊りを楽しみ、お開きとなりました。私のブログ名は寅さんとTVドラマ「北の国から」に登場する五郎さんから付けました。五郎さんゆかりの地の記録は思い出の北海道旅行Lに投稿しました。今回加計呂麻島が寅さんのロケ地であったことは行って初めて知り投稿記事も寅さん情報をかき集めて書きました。3日とも天候に恵まれたのは何より幸いでした。加計呂麻島は人口が年々減少し、夏は台風が一番勢力が強い時来襲。ハブが多いとのことですが、自然に恵まれたとても素晴らしい所でした。
2014.02.17
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2014奄美大島の旅RAの続きです。宿泊ホテル(ホテルニュー奄美)は名瀬の真ん中に位置し最近リニューアル。ビジネス用が主でシングルの部屋が多く今回は申し込みが遅かったためか泊まる部屋はサクラさんとは別屋(7Fで向かい合わせ)でした。個室も新しく綺麗で付設の浴室も利用しましたが浴槽は深いタイプ。肩までゆったりと浸かれました。6:30 2Fのレストランでバイキングの朝食。ヨーグルトもフルーツを入れたっぷりいただきました。ロビーに集合すると熱帯魚の水槽があり 7:55 ホテルを出発しました。8:10 大浜海浜公園に到着。貝殻ステージ広場や海洋展示館がありました。あいにくの曇天でしたがガイドさんの説明によると大浜ビーチは東シナ海に面し感動的なサンセットで知られる所。青い空、碧い海、白い砂と自然景観に恵まれた海水浴場とのことでした。かやぶき屋根の休憩所や高倉もありました。高倉の柱の楔は台風の時は外して結合を緩める装置で現代流に言うとショックアブソーバーだそうです。奄美の生物の写真は次に行ったマングローブ館で見たものです。9:28 黒潮の森マングローブパークに到着。このパークは島内で最大の役勝川と住用川が合流する河口域にあります。メヒルギ、オヒルギを主とするマングローブが71ha以上にわたり群生しています。マングローブ館のシアター室では奄美の自然と干潟に生きる動植物が紹介されました。オプションで60分のカヌー体験(1,500円)があり全員でカヌー発着所まで行きました。途中道沿いに寒緋桜(奄美では緋寒桜と呼ばれる)が咲いていました。カヌー発着所の近くで見ているとカラフルなカヌーは下流方向に漕ぎ出して行きました。カヌー発着所横からマングローブ展望所へ長い鉄の階段を上がりました。10:04 展望所に到着。眼下にカヌーと役勝川と住用川の合流地点が見えました。集合場所への帰りに寒緋桜をアップで撮影。ソメイヨシノよりずっと赤みを帯びていて花は下向きに咲いていました。マングローブ館の売店でパッションフルーツのアイスキャンディーを購入。清々しい酸味と香りを味わいました。奄美大島を南北に走る国道58号線(沖縄に続いている)を南下。ガイドさんが奄美大島の説明をし、島唄を歌ってくれました。奄美大島の面積(712.00km2)は沖縄島(1204.01km2 )佐渡島(854.07km2)に次ぐ大きさの島で対馬島(696.10km2)や淡路島(592.00km2)より大きい島であることを認識しました。高知山横の地蔵トンネルを抜けると眼下に大島海峡と加計呂麻島が見えました。11:40 瀬戸内町古仁屋港に到着。せとうち海の駅2Fのシーフードレストランで食事をしました。食後は1Fに「男はつらいよ」に関連する寅さんの資料コーナーがあり見学。マドンナは浅丘ルリ子さんです。1995年に公開された『男はつらいよ 寅次郎紅の花』(第48作)は渥美清が肝臓癌で1996年8月4日に死去したためこのシリーズの最終作になりました。男はつらいよ全作品覚え書ノート 第48作「寅次郎紅の花」- 吉川孝昭を見ると映画のシーンが鮮明に思い出されます。海産物即売所では鯛の切り身(500円)や水槽に入れた生きたエビが売られ土産物店ではパッションフルーツを袋詰めしたものを見かけました。
2014.02.12
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久しぶりのツアー旅行にサクラさんと参加しました。「『東洋のガラパゴス』といわれる南の楽園 いも~れ奄美3日間」という企画で保育園に通う孫の健康状態を見ながら締め切り直前に申し込みました。4回に分け投稿いたします。1/26 日曜日のため東海道線は座れ9:10 JR横浜駅に到着。YCAT(横浜シティ・エア・ターミナル)からリムジンバスで羽田空港に向かいました。バスの中から横浜ベイブリッジ、MM21のビル群を眺め鶴見つばさ橋を渡ると巨大な風車が目に付きました。9:45 羽田空港第1ビルに到着。集合時間は10:50 で電光掲示板で出発時間を確認後ビル内を散策。昼食としてラーメンを食べました。11:40 奄美空港へ直行するJAL1955便は出発時には満席でした。暫くすると眼下に湘南海岸が見下ろせましたがその後は雲の上を飛び富士山は見えませんでした。14:10 奄美空港に予定通り到着。思ったよりもしっかり整備された空港でした。この空港は旧奄美空港(1964供用開始:1,240m滑走路)の北方約2km地点の沿岸海域を埋め立てて造成され(2,000m滑走路)1988年から供用を開始。ジェット機の運用が可能になりました。空港からバスに乗車し旧奄美空港跡地に開設された奄美パークに行きました。パーク内の奄美の郷は白い貝殻をモチーフにした外観で建物内の梁などは琉球松の大断面集成材を使用。奄美シアターで奄美の自然等の紹介がありました。その後は自由散策で時間があるため隣接する田中一村記念美術館に入りました。この美術館は奄美の海をイメージした池に3棟の高倉が浮かぶユニークな設計となっていました。田中一村(1908~77)は50才を過ぎて奄美に移住。紬工場で染色工として働きながら絵を描き続けました。奄美の鳥や自然を描いた日本画は驚くべく詳細さで描写。私は室内の照明がもう少し明るい方が見やすいと思いました。館を出て奄美の植物・実・ハイビスカスを見ながらパーク内を散策。15:14展望台に到着しました。エレベーターで上がると飛行場から洋上に並ぶ飛行機の誘導灯や白い貝殻の形をした奄美の郷が眼下に見えました。15:40 集合場所の奄美の郷に戻り時間まで総合展示ホールを見学しました。16:20 大島紬村に到着し伝統工芸の特色や作業課程の説明を聞き工房を見学。帰ってからさらに「よくわかる!大島紬(総集編)」でその作業の大変さを再確認しました。ティーチギ(シャリンバイ)の樹皮の煮出し汁により色を染め鉄分の多い泥土につけて発色させることは初めて知りました。売店では大島紬最高級ブランド「都喜ヱ門」の服、ストール、帽子ハンドバッグ、ネクタイ、小物… を見ましたが大変素晴らしい!。しかし手が込んでいるだけに何れも高価でした。工場内庭園には高床式穀物倉庫の高倉がありました。高倉はかやぶきで通気性がよくネズミの害を防ぐため丸柱に磨きをかけ、釘は一本も使わない建築学、民俗学上貴重な遺構だそうです。工房見学後は1日目の宿泊地ホテルニュー奄美に行き到着後入浴をしました。ホテルは飲食街の中にあるためこの日の夕食は各自でとることになり私たちはオプションの「島郷土料理膳」を申し込みました。18:20 ホテル1Fに集合。徒歩5分の割烹「吟亭」に行きました。店主の松山美枝子さんは1999年に行なわれた「奄美民謡大賞」大会で最高賞の大賞を受賞した島の唄者でこの日は2人の孫娘さんも登場。太鼓を叩き三味線を弾き時に一緒にのびやかな声を聴かせてくれました。「島郷土料理膳」はゴーヤの梅肉和え、トビ貝、活き車海老の塩焼きお造り、烏賊とつきあげの米粒味噌炒めくわり炒め(田芋の茎)、島もずく、黒豚骨と島野菜の炊き合わせ油ソーメン、イカ墨汁とご飯(香の物)でした。島唄をたっぷり聴いた後はお客全員が立って島のブルースに合わせた八月踊り・六調で場は最高潮に達し、お開きとなりました。
2014.02.07
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