全8件 (8件中 1-8件目)
1

3月5日 しいちゃんのアトリエ舞踏 175おんぶが言えない春の雨ガウンを羽織るおんぶが言えないその子さんの赤ちゃんは一歳と三ケ月になりました。時々写真をメールで送ってくれます。とても可愛い女の子です。この間までおんぶが言えなくて、黙ってママの後ろにずっと立っていたそうです。その子さんが、なんだか背中のほうにいるなと気づいて振り向くと赤ちゃんがニコッと笑って立っています。なあんだおんぶしてほしいのねと、おんぶしてあげます。最近やっとオブーと言えるようになったそうです。 毎日少しづつ一生懸命言葉を覚えています。赤ちゃん頑張ってますね。春の雨 さみだれの降りみ降らずみ頭の痛し 長崎圭子秋霖や東京都庁てふ牙城 稲畑廣太郎春雨に灯る床屋のねじりんぼう 片山桃弓子に妻を貸して三日や春しぐれ 高橋銀次止みそうで止まぬ一日春の雨 稲畑汀子ガウンを羽織る欧米の映画で、朝や夜に男はバジャマ、女はネグリジェの上にガウンを着ているシーンがよくあります。お金持ちは柔らかそうなシルク、庶民は綿やウールだったりします。朝食もガウンのまま食べるシーンがあって、すぐにシャワーしたり着替えるより、なんだか暮らしがゆつたりしているようです。私は今年の冬に、はじめて厚い裏起毛の綿パジャマを買いましたが実は,ずっと木綿のネグリジェ派で夏はナイティーでした。ガウンは綿のキルトのハーフ丈と、柔らかな綿のロング丈の二枚を驚くほど長く使っています。朝のうちに入浴し必ず服に着替えていたのですが、部屋の片づけが10日もかかっているうちに、風呂時間が遅れガウンのまま朝ご飯食べて、又片づけをする。気が付くとそのまま昼まで過ごして、なんだかとてもリラックスしていたのです。ガウンを脱ぐまでは、眠ると起きるのあいさの気分でいるのですか,なら夕方風呂に入りガウンを着ればいいはずなのに、絶対にそうしないのは、長い片づけで1体内時計がずれてしまったのですね。きままな年寄りのひとり暮らし、ガウンでのんびりするのもいいか。
2014年02月28日
コメント(0)

2月27日しいちゃんのアトリエ舞踏174二日でゴミ屋敷さるすべり 静しらす禁漁中二日でゴミ屋敷朝起き抜けの体の不調から、ベツドを買ったことは書いた。土曜日、1メートルかける2メートルのベッドを、仏壇とテレビとテーブルと椅子2脚ある六畳間に入れたことで、とんでもない事態が起きた。隣の6畳間にソファーが引越したついでに、そこらに積み上げた本や書類を整理しようとして、足の踏み場もない状態になったのだ。火曜日ゴミの日、ゴミ袋4個につめて不要のものは出した。キッチンにいすわっていたブラウン管テレビも外に出した。キッチンにあった膨大な買い物でもらったビニール袋を片づけようとして手をつけられなくなった。そして月火水と連続外出。もはや立派なゴミ屋敷である。荒海に浮かぶ孤島のようにベッドだけが憩いの場、夜はベッドでテレビを見て眠る。木曜日にはなんとかしよう。明日こそなんとかしよう。さるすべり 静春遅々と死に真似上手なさるすべりてふてふてふ亡き犬と遇う夕まぐれ春夕焼け白鯨の尾の薄れゆき朧夜のこんにゃくぶるる星尖るネーブルの八つ切り地球はバラバラだシラス禁漁中静岡のシラスは1月2月は禁漁中で、冷凍のものを売っている。冷凍ものは少し水っぽい。それにしても最近のシラスは妙に小さい。海底になにか起きたかと、深海魚がよく網にかかる話を聞くと気がかりだ。しらすも前はふっくらしたほどよい大きさだったが、最近の小さいいしらすは茹でてうまみが消えてしまうと言うか、前より味が薄い。それでも近くの用宗の海でとれるしらすの茹でたては、やっぱりうまい。家の近くの鷹匠町に用宗の船元の出店が出来て、昼すぎにその日の朝とったシラスが店先に並ぶようになった。店まで出かけて買ったシラスを、炊き立てのご飯にのせて食べる。実に美味である。今朝の富士山が大きいのも、朝とれのシラスがうまいのも地方に住む幸せだとしみじみと思う。
2014年02月26日
コメント(0)

2月23日 しいちゃんのアトリエ舞踏 173愁いつつ岡にのぼれば花いばら・・蕪村白もつ鍋幸運の配給制? 愁いつつ丘に登れば花いばら171回のブログで蕪村と書くべきを子規と間違えてしまった。一番好きな俳句だったのだが。江戸時代の俳人の、この現代の口語俳句感覚に驚く。しかも愁いつつと、何を愁うのか上五で自分の感情をズバリ言ってすべてを語るこの設定の鮮やかさ。岡に登ると足元に野薔薇が群がり咲いている現実との対比。江戸時代に17音でここまで言い切れたことに、ただただ驚く。だからどうなのだと、そこが甘いと言ってしまえばそれまでだが世界一短い詩として、俳句の持ち合わせるべき深い詩のこころに、感嘆するのだ。今、芭蕉は世界三大詩人の一人と言われている。短い言葉にこめられた芭蕉の詩のこころが、世界に認められ始めたのだ。日本にはいっぱい世界に誇るべき文化があると、しみじみ思う。白もつ鍋このところ冷える夜の鍋に、白もつが楽しい。牡蠣でも牛肉でもない、牛の白もつ鍋。静岡ではあまり食べなかったせいか、歯ごたえがありその独特の食感にはまっている。結構値段は高い。どこでも売っているわけではないからある時に買って冷凍しておく。ついでにもつ鍋のスープも買っておく。鍋は冷蔵庫の野菜の整理に、無駄にせずよい。話変わります。東京でワンカラが流行っているそうだ。一人カラオケ専門店のこと。大勢で受けつけをする人のわきで一人は言いにくいらしい。それを堂々とできるので、いまや大繁盛。練習といいつつ、勤め帰りに週2回も通う人が増えていると言う。空気が読めるのが賢いことだと言われ出してから回りに気を使うのが面倒な人間が、増えてきたのか。実にいいことだ。テレビや新聞がまむこうから、自分で考えようと言うメッセージを出し始めた。マスコミも後で、大衆がマスコミに騙されたと言われたくないのだろう。先の大戦で、今の年寄りはマスコミのインチキをいやと言うほど知っている。そんな、戦争を知っている人間は、もう少ししか残っていない。ワンカラに通う若い人たちに、お願いします。一人に籠らず現実から逃げず自分でよく考えて生きぬいてください。幸運の配給幸運は一家にどれほどの配給なのではないかと勝手に思う。猪瀬さんは都知事になって、オリンピックも開催が決まり運と言う運は手に入れたようだった。顔にも出さなかったが、激戦のさなかに陰で奥様の病死があった。そして、たった50,000,000円のお金とひきかえに、すべてを失った。政治をしらないと言えばそうだが、運に限りがあるとすれば奥様の死であがなうような仕事の運など、はじめからなかったのではないか。私は奥様の死を顔に出さなかった猪瀬さんに、なんだか不信感があった。オリンピック開催が、奥様の死といかほどの違いがあるのか。歌舞伎俳優が親の死に目に会えないのとは、いささか事情が違う。役者は家伝の演目を継ぐ役目があるから、どんな時も頑張る。それでいい。猪瀬さんに、どんな目的があったのか、今は美談でもなんでもなく不思議だ。一家に幸運の配給が決まっていれば、と言う仮説は面白い。最近、母は入れ歯があわなくなり、食事に苦労している。私は朝の血圧でしばらく不調だった。猫のアラもは腎機能低下で入院をしている。そんな大雪の中、孫の賢太は探しまわってやっと手に入れた長靴を履いて大学入試に出かけていた。遅刻を認めない大学で15分前すれすれのこともあった。お店の商品棚の一番上に売れ残っていたその長靴の中には、死んだ蛾の死骸が入っていたそうだ。幸運の蛾かもしれない。賢太よ家族に配給された幸運は全部つかっていい、みんな応援しているよ。
2014年02月23日
コメント(0)

2月20日しいちゃんのアトリエ舞踏172 Spring is just around the corner. 花の街 江間章子 大雪前線・男おいどんとなるの巻 Spring is just around the corner. 暖かな静岡は、晴れると昼はもうコートを脱ぐほど、春陽気です。桜の蕾も、柳の芽も夜のうちに、こっそり膨らんでいます。それでも、近所のおばさんたちとは「お寒いですね」と挨拶します。 実は私は太いせいか、厚いコートと帽子と手袋とマフラーで外出もちっとも寒くなんかないのです。それは、少しつまらないことかもしれません。 だって早く春が来ないかなとか、暖かくなったらなにをしようとか、あまり考えないからです。冬とか夏とか、雨のない安定した天候のほうが体にあう私は低気圧が通過する春は、少し健康が不安なせいかもしれません。 でも日本の四季は素晴らしいですね。 花の街 江間章子七色の谷を越えて 流れていく風のりぼん輪になって 輪になって 駆けていったよ春よ春よと駆けていったよ すみれ色してた窓辺で 泣いていたよ街の角で 輪になって輪になって春の夕ぐれ ひとり寂しく泣いていたよ ※昭和22年、江間章子作詞、団伊久磨作曲で大ヒット。江間章子は、当時大空襲で見渡す限り瓦礫と化した東京に、早く花の咲く街になってほしいと夢を託した。68年たった今も歌い継がれる、私の一番好きな美しい歌です。大雪前線・男おいどんとなるの巻 大雪前線の接近した7日前頃から、起き抜けに血圧がすごく高くなり、めまいで大混乱だったが、前線も去り薬を変えてもらい、やっと昨日から安定した。 その間午前中、6畳間で寝る起きる食べる飲むテレビ・トイレのワンルーム暮らし。とにかく立ちあがって寒い所を歩くのがよくない。テレビ、エアコンのリモコン、電話、携帯、すべて枕元。母の使っていたオマルも、布団の横。降圧剤を飲むための朝胃に入れるバナナとパンと飲み物も夜のうちに準備。体験したら、松本零士の貧乏物語「男おいどん」の暮らしも悪くない。 人間起きて半畳、寝て一畳と言うが、なるほどねえ。 それにしても、もはや70万キロ乗りつぶしたオンボロ車後どれくらい走れるか、観念しといたほうがよさそうだわい。
2014年02月17日
コメント(0)

。 2月16日 しいちゃんのアトリエ舞踏 171雪国のみなさん大変ですね 健康なら人生の成功者 自分は見えない 雪国のみなさん大変ですね 雪の降らない静岡市の山にも、いくつか四角や三角のはだら雪というのですか、白く雪が残っています。遠くに白い南アルプスも見えます。 みなさん春が来るのをどれほど待ってることでしょう。 ご無事を祈ってます。 健康なら人生の成功者 80ちかくなると、みんなどこか悪い所がでてくる。 311で膝を痛め長いことコロコロを押していたが、外れたと思ったら去年は7月に転んで右手を捻挫、まだ完治していない。それでも、そこそこ健康で過ごしているのは有難いと思っていたところ、ここしばらく朝ふらつき感がある。ずっと運動不足で過食をしてきたから、血管に自信がない。CTをとってみたが問題はない。しかし高めの血圧と不快感があった。出された軽い降圧剤を飲んでいたが、土曜の朝起きると体が傾いて血圧は190になっている。少し落ち着いてから息子についてきてもらい近所の病院に行く。CTを撮りすぐに点滴をしてもらう。なんとか血圧は安定した。CTはきれいだ。ふらつきを止める薬を貰う。午後になって気分が落ち着いてきた。今朝もふらつきがあり血圧は勝手に上がる。一過性でなければ検査がいるだろう。 耳鼻科と眼科もいかないといけない。布団を敷いて寝るから、起立性血圧の変化があるかもしれない午前中ニトリにでかけ、狭い部屋に置くので小さなベッドを買う。 土曜に配達してもらうことになった。たしかな明日が来ると思うのは、人間の甘えなのかと思ったことだ。 自分は見えない自分は見えない 当たり前だがよく考えると、自分は見えない。鏡では見えるし、手や足はちゃんと見える。結局自分の姿はなにも見えていない。写真は写真だ。人のことはよく見える。太ってることや顔のシミまでよく見える。 もちろんきれいな人はきれいに見える。これじゃあ自分のことが一番わからないことになる。肉体だけならいいが、精神だってよくわからない。肉体よりもっとわからない。 人の反応をみてそうなのかと考えたりするとしても嘘もあるしお世辞もある。悪口もある。本当はわからない。他人と自分と、なんとも不思議な関系なのだ。自分を信ずることで、前向きに歩くことができるのかもしれない。と、他と我との不思議なしくみに、今頃驚いている。
2014年02月13日
コメント(0)

2月13日 しいちゃんのアトリエ舞踏 17040年前のシャモニーで 薔薇お雛様のように 40年前シャモニーでソチオリンピックで、なんだか日本中が賑やかだ。 17歳のジャンプの女子選手が、メダルに届かなかったが無から日本の女子ジャンプを作ってきた先輩たちに感謝すると、礼儀正しく純真な顔でまづ話したことがさわやかで印象ぶかかった。40年前に行ったフランスのシャモニースキー場を思い出した。 年月を経て、今なお欧米と日本の休暇日数の差は変わらないことに驚く。、日本人は3日間の色のリフトカードを首にぶら下げ、団体で朝からせっせと滑っていたがむこうの人は1週間の色のカードで、実際、昼はほとんど滑ってなかった。みんなホテルの前庭やコーヒー・ラウンジの前の寝椅子に何時間も寝そべって、雪の山を見ながらのんびりおしゃべりしている。 少しの片言英語で話してみると、日照時間の短い北欧やドイツ人が多かった。日本人のツアー客が、なだらかなキンダーコースでレッスンを受けているのが目だっていた。ところが、夜になって驚いたことに、雪景色にとけ込んだしゃれたホテルばかりだと思っていた村に11時になるとディスコやカジノや、劇場が開かれ昼間寝ていた人たちが、ぞろぞろ集まってくる。 わいわい遊んで明け方ホテルに引き上げる。休暇が長くとれると言うことは、こう言うことだと知った。滑れるのは当たり前で、子供の頃から滑っているのだろう。 男も女も十分に昼と夜の休暇を楽しんでいたのだった。 当時も4000メートル級の山エデゥミにケーブルとエレベーターで頂上近くまで登ことが出来た。富士山に30分かそこらで登ると同じで、景色は素晴らしいが高山病症状になった。 その旅でヨーロッパの人たちの休暇の過ごし方を知ってからは朝から晩まで無理な観光のスケジュールの旅はやめて大好きな夕日をゆっくり眺めてから、夕食をとるようになった。 せわしない観光地より、その土地の美しい夕暮れが今も印象に残っている。くいしんぼう家族の旅は夕食時間が早い。それはそれで楽しいが、長いこと夕日のことを忘れていた。 薔薇 薔薇呉れて聖書かしたる女かな 虚子愁いつつ岡にのぼれば花いばら 蕪村己が活けし薔薇へ礼してわが少女 飛旅子 薔薇培り詩をつくりみな若きひとよ 白雨 お雛様のように 鞠子の梅の山を登ってから、田舎家でミニ懐石を御馳走になる機会があった。 一万も二万円もする本格懐石と違うから仕方ないのだが、だいたいお雛様のような料理だ。小さいのである。皿も料理も小さい。品数は揃っているが、とにかく小さい。食べ終わって、満腹感がない。ご飯もついて量が少ないわけではない。要はお雛様になった気分なのだ。挨拶にきた板前さんに言ってみた。「皿数そろえなくても、名物をメインにどんと出すメニューはどうなのか」と・・・「お金がとりにくいかも」「簡単とも違うと思う。今日はあんきもでいきますとかメインに前菜と野菜と吸い物をつける。おいしければお金を払うと思うけど」 と話してから、昼の懐石料理は、当分お雛様料理だろうと 思った。和食が世界遺産になったらしいが真に理解している板前は少ないと思った。
2014年02月10日
コメント(0)

2月9日しいちゃんのアトリエ舞踏169めんちかつさんど 梅五句 開会式よかったあ めんちかつさんど バス停で人と会って東に行く予定がバスが来ないので西に行くことにした。どこでもよかったのかもしれない。たまに通る中町から西に一本目の道を歩いていたらやる気のなさそうな地味な二間間口のサンドイッチ屋をみつけた。椅子は小さいのが五脚だけ、小さな厨房のカウンターのケースに何種類かの手作りのサンドイッチが並んでいる。「地味な店ですね」思わず言ってしまった。「そんなこと言う人はじめてですよ」と50過ぎの女主人。厚いトマトの野菜サンド160円を頼む。コーヒーは紙コップでセルフ80円。コンビニより断然新鮮でうまい。 「農業大学に行っていた息子が今年、東京都庁に就職できて私実家が柴又なので 、母と息子が暮らすことになりました」「それはよかったですね。今の子供に将来何になりたいかって聞くと公務員て答えるそうだから。寅さんの柴又ですか。私は池袋に10年暮らしましたが、下町は住みやすいですね」「ところで何年やつてるんですか」「3年になります」「と言うことは3年食べられたってことですよね」「自分の家だから、5時半にしまい土日と旗日は休みです」「家賃や従業員の給料のために店開けることないですよ」 「めんちかつちさんどテイクアウトいかがですか。柴又の店のおばさんが作るめんちを、おいしいから冷凍便で送って貰ってるんです」 「ひとつ貰っときます。また来ますね」そんな間にも、婦人客がちらほらやってくる。 そのめんちかつさんどは実に美味だった。400円。早春ぶらり旅でした。 梅五句 白梅に昔むかしの月夜かな 澄雄梅咲いてまたひととせの異国かな ジヤック・スタム児をつれて小さい橋のある梅林 放哉勇気こそ地の塩なれや梅真白 草田男 梅一厘一厘ほどの暖かさ 嵐雪 開会式よかったあ とにかく 素晴らしかった。感激した。会場をフルに使い映像と人間の合体したカラフルなバフォーマンス。外では 花火とライトの壮大なショウ。ロシアが西洋文化の国だったことを忘れそうだった。あらためて、このショウの総合プロデューサーは誰なのか。世界中が注目したことだろう。 寒い国は退屈な冬のために、劇場文化が盛んだと思う。 暑い国は働いてばかりで暇がないとみえる。 静岡は晴天率が全国三番に入る県で、まづ民謡がない。茶っきり節は明治に作られた。盆踊りもない。江戸時代からの大きな祭りもない。それが天下の家康公の長く住んだところだ。よほど働くのが好きなのか、お膝元だけにきっちり税をとられたのか。で一年中天気がいいので遊ぶ暇もなかったのか。 と、私はこの静岡の勤勉さを褒めるべきか悩むが年間一人稼ぎが、全国五番内に入っているから、まついいか。話がとんだ。美しい国ロシヤよかったよかった。
2014年02月06日
コメント(0)

4月6日しいちゃんのアトリエ舞踏168ばあちゃんドラマを創る 早春五句 「夢千代日記」観劇ばあちゃんドラマを創る 10月からSBSのシナリオ教室に、月2回通っていることは前に書きました。生徒が 8人の教室です。40代あたりのお主婦様3人定年退職の男性一人、フリーターかな、平日の稽古に書きためて来る30代男性2人、60代の婦人一人、そして最年長の私。ほんとは青山のシナリオセンターの夜間3ケ月連続週一のクラスに入りたかった。勤めながらシナリオライター目指す、未来のプロが一杯集まる刺激的クラスです。日本は今、年間100本を超すいテレビや映画のシナリオが生産され、コンテストは新人の登竜門。静岡教室でもみんなトライしてる。でも右手怪我してたから上京は断念。 私はうまいわけではないけど、この年で目的がありました。戦後の呉服町商店街を愛して、朝から晩まで一生懸命働いたお店のおじさんやおばさん、私の父や母のことを書いて芝居にしたくて通っているのです。 最初は20×10字を5枚で出会いやラブシーン書いていくのが宿題。 たったの1000字で書くなんて無理です。 やっと7枚、8枚になってホッとしていたら今日先生が、枚数が違うよと言う。エツて聞いたら君のは一枚が倍の400字だと。シナリオ原稿は一枚200字でした。指定の用紙じゃなくパソコン使ってたから、それでも枚数がたりなくて、こんな枚数で書けるかって思ってた。 ハハハ 笑ってごまかしといた。書きたいだけ書いてたのね。 一回休んで遅れた分、次は二本書いてこいって・ふにゃあと思ったけど倍書いていたってことは、今度は一本が半分でいいから分量は結局一本分じゃん。少し気が楽になった。 およそねばるのが苦手で、ぎりぎり前日になって書く悪い癖がある。 そのうえ、その日はきまって外出したくなる。 そろそろ、目的のシナリオにとりかかるには、悪い癖はやめようと反省した。 早春五句 お濠端歩いてをれば春浅し 風生きさらぎやうぐいすもちの青黄粉 万太郎しらじらと二月荒波吾喚べる 鷹女蕗の薹の舌を逃げゆくにがさかな 虚子春浅き恋もあるべし籠り堂 放哉 前進座の「夢千代日記」 私の住んでいる城内には市民ホールが二つある。これ自慢だね。市民会館の中ホールの 前進座公演「夢千代日記」の切符をもらった。重い反戦と反原爆の芝居を一週間に二つも見たことになった。 家から歩いて五分、夕ご飯を食べてからでかける。全国組織の市民劇場会員制で三日間で四公演、ほぼ満員。吉永小百合主演の代表的テレビドラマ。雪深い山陰湯ノ里温泉の芸子の置屋はる屋の女将夢千代は、ヒロシマで胎内被爆し原爆症を発症している。芸子や記憶喪失の男、ヒロシマの地下壕で夢千代の誕生を見たと言うやくざ・・はる屋を舞台ににぎやかな人間模様がくりひろげられる。昭和20年8月16日、16歳の原作者の早坂暁は終戦で海軍兵学校を解かれ郷里の松山に向かう途中、ヒロシマ駅に下車。列車がヒロシマに近づくと死臭がただよい、夜には街中に幾千もの死者の光る青い火を見る。早坂暁は言う。私の声が聞こえませんか私は夢千代日記で、世界中の人々の心の扉を叩き続けているのですと。 今、劇団がきそって反戦反原爆の芝居を上演する、そんな日本が怖い。芝居用のメガネを忘れたが、前から5番目の空席で観ることが出来た。夢千代の相手役、記憶喪失の男の役の長身の高橋祐一郎、芝居の中の芝居でチャンバラをやった。崩れた侍のタテもきまっていて、なかなかのいい男だ。自由に前進座の外に出れば、人気が出る。役者の青田買いは自分が老人になってもずっとファンでいられるのでおすすめです。
2014年02月03日
コメント(0)
全8件 (8件中 1-8件目)
1


