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4月26日しいちゃんのアトリエ舞踏189退屈は人生の質を低下させる黒いチューリップ退屈は人生の質を低下させるリハビリ病院から高級ケアハウスに移った友人を日曜の夕方母のホームに行った帰りに寄ってみた。部屋の机の前で、不機嫌そうな顔でテレビを見ていた。持参したミニ薔薇を花瓶にさすと部屋がパッとした。不機嫌の理由は、一人の入浴が危険なので2000円払い体を洗ってもらっていたが、時間が午前に変更されたことらしい。それとマンションの床の段差と風呂の手すりやキッチンの改造の補助金を貰うために、見積もりがいるとケアマネがうるさいと言うのだ。私は母がとてもお世話になっているから、ケアマネは有難いと思うだよと言ってもだいたい介護保険を沢山とっておいてと言うから貴方が月々使う金額からみれば、介護保険額は安いよと言っても、いくらとられてるかわからないと言い出す。どうやらやることもなく個室にこもることが、よくないようだ。いたれりつくせり、することのない高級ケアハウスで孤独地獄に堕ちる現実を、こわっと思った。 黒いチューリップ今年は畑に黒と白のチューリップが20本くらいづつ咲いた。 土曜に黒白5本とってきて、絵の入った背高の黒い漆の花瓶にいれて食卓においてみた。まわりが少し異空間になった。「黒いチューリップ」はアレキサンドラ・デュマの小説で主人公は黒いチューリップをめぐる陰謀に巻き込まれ断頭台で死ぬ。映画ではアランドロンが主演した。花言葉は私を忘れてください。解放部が総ガラスのマンションが増えて、花の色もサイズもずいぶん変わってきた。読売新聞が毎週、華道家の作品写真を載せている。自由奔放な生花による時限つき現代アート活け花は世界に誇る日本の芸術だと思う。
2014年04月23日
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4月234月23日しいちやんのアトリエ舞踏188揺れる喉仏春の名句つたや夢の読書室※ 昭和30年代の銀座風景揺れる喉仏シャンソン歌手の菅原洋一の歌の中に別れていく男と女が、アパートの四つの壁に打ち付けた釘の跡や二人暮らした壁の傷を懐かしむ歌詞がある。アンパンと呼ばれる顔で歌う歌は、不実な男と別れる女の歌。それも嫌いで別れるわけじゃない未練たっぷりのせつない女こころに女性客ばかりの会場が・・なんとも不思議な気分になるのだ。いつも最高のピアニストを連れていた。シャンソンはなんてったってピアノ。昭和30年代、土曜の午後の銀座7丁目のビルの地下にあった小さな銀パリ。丸山明彦、今の三輪明宏のシャンソンを聞く女性ファンの行列が、角を曲がってヤマハのビルまで繋がった。うす暗いステージで、鶴のように長い白い彼の首の真ん中にある大きな喉ぼとけが、歌うたび揺れて妙に艶めかしかったこと。いつも絹のサテンの白いブラウスと、黒のサテンのゆるやかなパンツ姿、あの大きな目に見つめられるとドキッとしたこと伴奏は最高のピアニストだった。今や妖怪人間となった三輪明宏をテレビで見るたびに流れていった60年と言う月日を、あまやかに思いだされるのだ。春の名句 富士ひとつうずみ残して若葉かな 蕪村目に青葉山ほととぎす初鰹 素堂万緑の中や吾子の歯生え初むる 草田男 若あゆのふた手となりてのぼりけり 子規 花散るや耳をふる馬おとなしき 鬼城 つたや夢の読書室伊勢丹前に25階建てデラックス・マンションができた。その一階の全フロアーにツタヤとすみやがはいった。世界の旅行の本や料理や写真、絵画の本がぎっしり入った本棚に三方囲まれた呉服町通りに面した明るい窓辺に、座り心地のよさそうな椅子とテーブルが置いてある。喫茶でコーヒーをテイクアウトして、半日のんびり本を読んでいるらしい、おしゃれな客が目につく。どうやら高価な洋書を、買わなくてもいいらしいのだ。しめしめと思ったが、老人は意外と忙しい。無料の読書天国が出来ても、おいそれと行く暇がない。しばらくは楽しみを、おとりおくことにした。都会の文化には、こういった空間が大切だと日頃思っていたからかつて長野県が、セブンイレブンがきたと大喜びしたように私はすごく喜んでいる。
2014年04月20日
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4月19日しいちゃんのアトリエ舞踏187女子会のちょっとやばいお遊び隅田川 一茶不条理の世界 女子会のちょっとやばいお遊び意外と中高年の女性は大食いである。昼時、往年の美女たち四人が町はずれの寿司屋に集合した。何ケ月ぶりのメンバー、つもる話がいろいろある。タイムスリップしたように40年前と何も変わってない寿司屋だ。その間設備投資ゼロ、地震はこわいが、利益率は優良店と言うわけだ。相変わらず昼時と来て客がいっぱい。握り子が4人板場にはいる。立ち食いカウンター前の小座敷に陣取る。早速、注文用紙にねたを書き込む。私はいつも通り、子持ち昆布と小肌と中とろ巻き、沢庵巻き赤貝の紐がないから、みる貝と山芋のポン。メニューに珍しく勝沼のワイン、ルバイヤートの赤360MLがあった。飲み切れなければ持ち帰ろうと、蓋を聞くとコルクだ。飲める口のもと美女に、残りは飲んでもらうことにする。 寿司には白だが、なかなかの赤。さすがルバイヤート。どんどん握るどんどん食べる。話題はいよいよ佳境に入った。女の噂話で、このメンバーなら噂していい共通の人物が一人はいる。流れはごく自然にその人物の噂話。なんとも不思議な解放感。肴にされた人はごめんなさい。一種の女のスポーツみたいなもの。お腹いっぱい食べて、ちかくのコーヒー店に移る。ふたたび噂話パート2。姦しいと言う字は絶対男が作った。オールド女子会のちょっとやばいお遊び。 隅田川 一茶春風や鼠のなめる隅田川船頭よ小便無用の波の月江戸川やあの美女恋せし時もありうつくしや障子の穴のあまの川春風や牛に引かれて善光寺不条理の世界不条理の世界の一番の象徴は戦争だろう。市民の殺戮が今も世界中で起こっている。人殺しの武器は日々生産されている。何故殺されるのか、何も理屈はないのである。生きることは、その程度のことだと神は言うのだろうか。それとも地球人口のリミットを加減する機能として戦争を人間の脳内にしこんであるのか。静岡の古文書研究会の人と会ったことがある。その人の言うには、江戸時代のある百年間の日本人の人口が変わらなかった数字が残っていると言う。その時代も食料生産にあわせた人口コントロールの知恵があったのである。種の保存のために、人間の生き残りを賭けた作戦が脳細胞に組み込まれているとすれば・・・今の先進国の少子化は、きたるべき未来の何かを暗示しているとしたらそれは滅亡ではなく、人類の生存のためのものであると思いたい。不条理とみえることが、実はそうではないかもしれないのだ。デリート機能不良 空欄長いです
2014年04月17日
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4月15日しいちゃんのアトリエ舞踏1862014浜松花博チューリップ五句電話炎上2014浜名湖花博土曜日、久しぶりの大家族で車で日帰りで花博にでかけた。東名で一時間、フラワー会場はいつも泊まる湖のホテルから車で五分。ホテルのチケットつき美味中華ランチを食べる。そう、〆は本年初梅入り冷やしラーメン。車をおいて送迎バスで行く。歩けなくなるほど広い会場いっぱい、チリップチューリップチューリップ。うーんと、他の花は思い出せない。いろんな色のチューリップチューリップ、チューリップ、チューリップ。単に私が花の教養がないだけ。若いカップルが多い。乳母車に赤ちゃんを乗せた家族連れもいる。空が真っ青、疲れて板畳みたい休憩コーナーで、ひっくり返って空を見あげれば白い雲がぽかりと二つ浮かんでいた。紫色の薔薇のアイスクリームを食べる。こんなふうに同じ景色の記憶をいっぱい共有して、家族は家族になる。こんなふうに同じ景色の記憶をいっぱい共有して友達は友達になる。東名は順調、6時前に家に帰る。テイクアウトの鮨を食べて、娘家族は帰っていった。みんな元気でまた会おう。 チューリップ五句チューリップ咲いてしまひし旅帰り 稲畑汀子チューリップ二本うさぎのお香典 黒田さつき今日夫の掃除当番チューリップ 高村梢子どの色も不機嫌雨のチューリップ 清水忠彦三角はしあんのかたちチューリップ 川上昌子 電話線炎上若者はネット炎上、老人は電話線炎上。私は何故か電話線炎上の包囲網によく囲まれる。多分一人で自分の意見を常にはっきり述べるからだろう。老人は絶対個人の意見は述べず、体勢の決着を見極めて動く。そうだ勝てば官軍、負ければ賊軍なのだ。その間、情報収集おこたらず、電話線は大炎上。今わたしは、人を信じて生きてるなんて言うが、それは嘘だ。ある時、気づけば敵に囲まれた人だけが味わう恐怖を何回も味わった。人間には信じていい人間と、信じてはいけない人間がいる。それが分かったのは70過ぎてからだから、馬鹿と言えば大馬鹿だ。それだけ守られて生きてきたと、私は母や家族に感謝すべきだろう。そんな戦も、やがてなくなるだろう。穏やかな日常の訪れに澄んだ小鳥たちの声を聞く暮らしにたちもどろう。
2014年04月15日
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4月12日しいちゃんのアトリエ舞踏185春愁わらしべ長者春愁春はあけぼのではない、春は愁いが多い。気が付けば、老人の私は終わりが見える時を生きている。しかも、私は母より先に死ねない。そして20年間、T氏のもとで文芸活動をしてきたが3月に突然にT氏が病に倒れられた。年老いた母と暮らし、T氏の走る後をずっと走ってきた。うかつにも私は、そうして生きていけばいいと思っていたのだ。はじめて私は、一人で生きていかなければならないことに気づく。やつてくる大きな喪失感と、一人で生きていく明日に今頃気付いた。昨日のことだ、電話で百二歳の母をおいて、老いた娘たちがリスボンへ行くわけにいかないと娘に言うと、多分この旅が私の最後の長旅になるだろうからもし母が亡くなっても、兄と従妹と相談してなんとかして、葬式は後にすればいいから、行って来いと言う。いろんなことが終わっていく。老いるとはそう言うことなのだ。さよならだけが人生ならば・・と言ったのは寺山修司だったか。 わらしべ長者息子は私のことを、わらしべ長者だと言う。わら一本が馬になり、しまいにお金持ちの家のお婿さんになる話。今年の畑のチューリップは少し丈が短く小ぶりだった。畑の近くに住むYさんに自由にとって下さいと電話した。お金持ちのYさんには、欲しいものはこの世の中にあまりない。息子の作る安納芋やチューリップを喜んでくれてご子息のところやお嫁さんの母上に届けると言う。すると次の日、紬の着物、塩瀬の帯、有田の大皿、私が買うことが出来ない高価な物が届く。私は有難くいただく。今年は床に敷いた布団から起きにくくなって、小さなベッドを買った。続き部屋の居間のソファーを仕事部屋に移し、買った小さいベッドを居間において、昼は薄茶の綿のカバーをかけソファーのようにした。Yさんが訪ねてきて、その居間でお茶をした。次の日、畑のチューリップのお礼にと、レースのベッドカバーをプレゼントしてくれた。私はベッドを仕事部屋に移して、貰ったレースのカバーをかけた。赤いカバーをかけたソファーをもとあった居間に戻した。コピー用紙や雑多な物をレースのカバーをかけたベツドの下に入れた。小さな二つの続き部屋が、なんだか春の女らしい部屋になった。金曜に息子が帰ったら、わらしべ長者の報告をしよう。
2014年04月10日
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4月10日しいちゃんのアトリエ舞踏184高級老人ホーム蕎麦屋のしるこ 高級老人ホーム脳出血の後遺症で11月からリハビリ病院にいた友人が県内最高級と言われる静岡市内にある老人ホームに移った。歩くのが困難なのに支援2で、家のバリアフリー工事の間2ケ月間、1ケ月60万円かかるホームに入ることになったのだ。彼女の稽古仲間は俄然、そのホームに興味を持った。さっそくこの週末、ホームの中のレストランでランチを試食することに相談がきまった。もちろん私も先生も一緒で総勢6名。なんでも東京の人が、まわりに知り合いも少なくなってきて家を売ってそのホームに入ったとか・・それぞれに、そこがついの住み家と言うことだろう。それにしても、人間の結びつきが希薄なお金が人を結ぶ高級老人ホームに、私は貧乏で入れないから言うのではないがなんだか少し寒い感じがした。それなら育てた子供たち、ともに過ごした友人町内の人、長く一緒に働いた職場の人たち、店屋の店員・・突然まわりの人と切り離された時間を、どうして過ごすのだろう。体が丈夫なら、世間の煩わしさに文句を言い言い住んでいた家で暮らすのも、私は人間らしいと思う。面倒なことに関わらない考え方は、現代風で賢くみえるがもしかして、大切なものまでなくすのではないか。死後発見される孤独死や、自死のニュースは面倒なことをさける今の風潮もかかわってないか。山の手と下町のどちらがいいかと聞かれれば、山の手の塀の中の秘密めいた暮らしもいいが、下町のあけっぱなしも私は好きだ。老後の準備は、1に健康、2に豊かな人間関係、3に暮らすに必要なお金だと私は思うが、それでは順序が逆だと言われそうだね。 蕎麦屋のしるこ蕎麦屋のしるこは絶対にうまい。静岡インター横の神楽も浅間神社前の河内庵も水落の安田屋も川野辺町のやぶ福も、小豆がとけた御前汁粉だ。時々食べる駅の餅の家は、小豆がそのままの田舎しるこだ。天婦羅そばに汁粉だとヘビイなのが難点。しかたないから、せいろ1枚としるこを食べる。二人で季節の野菜天をシエアーしたりエビ天一本だけ揚げてくれる店もある。城下町静岡には、創業200年300年の蕎麦屋があちこちにあって昼前からご亭主が蕎麦粉をこねている。私は東京の蕎麦が好きで、上京すると昼は蕎麦に決めていた。静岡の蕎麦つゆは、東京に比べると甘いが馴れれば、それなりにうまい。静岡の鮨も酢合わせが甘い。これはお江戸に軍配があがる。 前は葱は細い浅葱だったが、市場の関係か普通の葱の店が多い。 その葱を籠にどんと盛って出してれる店もなくなってきた。勝手に蕎麦汁粉静岡市グランプリを決めるのも、けっこう面白そうだ。 ※ スミマセンがこの後空白が長いです。
2014年04月06日
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4月8日しいちゃんのアトリエ舞踏183きびたき春祭り五句静岡祭りフィナーレきびたき息子が借りてる畑にチューリップが咲いたと言うので、見に行った。いっせいに黄色やピンクのチューリップが50本くらい咲いていた。小さかったり固いつぼみだったりで、10本ばかり花を切っていると息子が耕している畑の横の木に、体の胸のところがオレンジ色の小鳥が一匹飛んで来てとまった。去年もみかけた鳥だ。少し体が大きくなって鮮やかだったオレンジ色は少しぼけている。長いこと、だまって耕した黒い土を眺めていた。土の中からカエルの子供が出てくる頃はすばやく低空飛行してカエルを攫うのだが、今日はカエルはいない。ミミズをほおってやると、口にくわえて飛び立つと、近くの電信柱にとまって、ゆっくりミミズを食べていた。二匹食べて、そのうち何処かに飛んでいった。去年は親子二匹で来ていたから、あれは子どもだろうか。ふと、人間は言葉を使って不自由になったが、小鳥たちは自由に生きているような気がしてきた。春祭り五句※祭りは夏の季語、静岡市の春祭りにちなんで 女房は下町育ち祭り好き 高浜年尾村の灯のなかの一つは葬りの灯 中村苑子白粉を鼻にたちまち祭りの子 深見けん二釣りをれば川の向こうの祭りかな 木山梢平神田川祭りの中を流れけり 久保田万太郎静岡祭りフィナーレ静岡祭りが、季寄せに載っている浅間神社の二十日会祭と別れて、四月のはじめの金土日に行われるようになって10年たつ。新しい催しに夜桜乱舞と名付けて、日暮から駅前の大道路を一キロびっしりと、市中の踊り好きの連が埋め尽くして踊りまくる。踊り手は派手な衣装の女性がほとんど。女は強いかな。それで日曜の夜は場内の演舞場も、百くらい出ていた屋台もいよいよフイナーレ。久能山から来た家康公をおかえしする大護摩を公園の中で焚く。木遣りで現れた若い衆らが一斉に高さ4メートルはある大護摩に火をつけた。柵の外で観ていた客に、灯油をかけた護摩はすごい火勢で燃え上がり火の粉が空に舞う。風下の観客はどっと逃げる。ようやく炎もしずまって、中堀から家に帰る途中の小学校の校庭で、祭りの終了をつげる打ち上げ花火があがった。目の前と言うか頭上に上がる花火は、寒いせいか空気がすんで、きれいだ。ドドンと美しい花火が5分ばかりあがると、すっと校庭は闇に戻った。いつもは祭りの夜出かけることもなかったが用事のついでに公園を通って、なかなかよかったよ。すみません。デリートキイの故障でこの下の空白が長いです。
2014年04月06日
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4月5 日 しいちゃんのアトリエ舞踏182時と正義春の雲五句1938生まれの名作「わが町」未来と正義正義は一人ひとりに星の数ほどある。しかも、真実は氷山のように海上には実態の十分の一ほども見えていない。その氷山の一角を見て、正義を考えるのはよほど想像力がなければ、難しい。しかし、正義を見誤れば、その集団は破滅にむかう。そして新しい集団が興り・・繰り返す歴史。愚かな人間には、正義はなんの意味もないが未来に向かう時空に真剣に生きる人間には、正義は大切な羅針盤となるのではないか。と、わけのわからない話だね。ごめんなさい。 春の雲五句春の雲に触れ観覧車降りて来る 隅田恵子寅さんのようにふらりと春の雲 淵脇護春の雲鐘つく僧のスニーカー 浜和佳子天国はきっとあるはず春の雲 新井佐知子しばらくは春の雲とも同行す 倉持利恵1938生まれの名作「わが町」私は1935年昭和10年生まれ。「わが町」は1938年の初演以来世界各国で上演されるアメリカの名作。その「わが町」の舞台を日本の田舎に置き換えて上演してきた俳優座が、20年来の夢をかなえピアノ伴奏で出演者の少ないお金のかからない芝居と歌の音楽劇を公演した。和製音楽劇でブロードウエイをめざすそうだ。1901、アメリカ・ニューハンプシャー州の小さな町、ギブス医師の息子ジョージと、隣家の地方新聞の編集長ウェブスの娘エミリーは幼馴染。穏やかで誠実な両親や町の人に見守られ成長した二人は恋をし、やがて結婚の日をむかえる。そして9年の月日が流れた・・・原作者のソートン・ワイルダーは「日常生活の小さな出来事にさえ、測りしれない価値があることを理解しようとする試みだ」と言ったが、初演はさんざんの不評であった。たしかに主筋の展開に欠け劇的展開がほとんどない。それと今回、音楽劇と言うが、記憶に残る曲もない。ただ郷愁というか、この世から失われていく何かがせつなく胸にせまってくるのだ。静かな静かなこの音楽劇は75年経て現代に不思議なメッセージを持っているのかもしれない。年間6回公演、3日間開催の会員制観劇会も会員の減少で、その夜はわづか300人程度の入りだった。このままでは継続は困難だと挨拶があった。実は舞台は面白いか面白くないかのどちらかだ。それを世間は人気と言う。お金を払う観客は正直なものでつまらなければ劇場には来ない。それだけのことなのだが。
2014年04月03日
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4月2日しいちゃんのトリエ舞踏181チアー・リーディング・チャンピオンシップさくら満開 チアー・リーディング・チャンピオンシップ金曜日、海浜幕張で2014チアー・リーディング・チャンピオンシップが 開かれた。孫の梨花が通っている高校は、大学部が去年フロリダの 世界チャンピオン大会でダンスの部で優勝しており 高校二年の梨花は部活が楽しそうだ。 7時に10号館前の長い行列につき、やっと8時50分入場9時20分開幕。1000を超す全国の高校倶楽部の競争をくぐりぬけ勝ち抜いた140組のクラブ員が集結。二階の席に色鮮やかなユニホーム姿の部員の派手な応援合戦。意外と早く梨花のチームの出場だ。梨花は笑顔で上に立つ人を支えていた。2分30秒あっと言う間だった。なかなかの演技だった。昼過ぎに前泊したホテルに戻り、海の見える上階のラウンジで・アフタヌーン・ティーを楽しんで、4時すぎ静岡に戻る。汗と仲間と勝負とスポーツはいいね。さくら満開駿府城公園の桜が満開。花見の昼の宴が賑やかだ。椅子、テーブルを運び込む町内会もあり、一人で自転車をとめてのどかに花見をする青年やら、公園が一番華やぐ季節だ。3日からの静岡祭りの全国うまいもの屋台の支度もすすんでいる。ここしばらくは駿府公園が楽しい。
2014年04月01日
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