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8月1日しいちゃんのアトリエ舞踏213静岡高校22回目の甲子園へ詩人の魂 ファスト・ファッション静岡高校22回目の甲子園へ26日、静岡市にある静岡高校が掛川西に逆転勝ちして22回目の甲子園行きを決め、街中にチラシがまかれた。市民の人気を二分するライバルの静商より、姉の家族と私の息子が静高の出身なので、自然と静高ファンだ。その静岡高校は、私の家から歩いて7分のところにある。日本一になれば、静岡駅から、静高前の長谷通りを選手がパレードする。その長谷通りに、老姉妹が、やっているラーメン、やきそば、みつまめ、夏は冷やしラーメン、かき氷を食べさせる一富士と言う古い店がある。なにしろ安い。麺はすべて400円大盛り500円、ほかもそんなところだ。静高甲子園出場祝いに、ふらり冷やしラーメンを食べに行った。老姉妹は古くからの静高のOBたちが、出世して店に寄るのを楽しみに毎日、店を開けている。今日も、中堅の銀行マンらしい二人連れが、やってきてラーメンの大盛りを頼んで、姉様のほうと昨日の試合の話がはずんでいた。母親の時代からの昔ながらの素朴なラーメンがうまい。私は、1年中やっているシンプルな冷やしラーメンが好きだ。この夏は老姉妹も、客と甲子園の話でおおいに盛り上がることだろう。今年はいい夏になってよかったですね。詩人の魂 詩人たちがいなく なった後もいつまでも その歌は街を流れるよ 人びとは歌い楽しむ 詩人の名は知らずとも その歌は胸に響く 言葉やフシを変えてみたり 時には雰囲気を変えて 歌う ララララララ ラララララ 詩人たちがいなく なった後もいつまでも その歌は街を流れるよ 多分いつか私の前で 誰かが歌う 悲しみを和らげ 幸せをはぐくみ 老いた物乞いも 眠る子どもも 川の流れのどこかに 春の気配を感じる 詩人たちがいなく なった後もいつまでも その歌は街を流れるよ 詩人の歌には魂がこもる 聞く人を勇気付け 悲しませもする 聞き入る人の 誰をも※ シャルル・トレネが1956年にリリースした曲。「ラ・メール」と並んで彼の代表作とされる。多くのミュージシャンによって歌われてきたファストファッション最近ファストファッションと言う言葉を聞く。ハンバーガーなどのファストフーズに対する衣料の呼び方だ。アメリカのエリザベス・エクラインと言う人が出した本によると、服も消費文化の縮図だそうだ.購入数は価格に反比例する。価格が高ければ沢山買わず安ければ沢山買う。この20年間に世界中で買われた服の枚数は、2倍になっている。この10年間で世界中で出されたゴミの量は4割増えたそうだ。現実に手持ちの服で実際着るのは、半分もないとすると家の中に服があふれ、世界中の人が服の始末に苦労している。その安い服は、資源を無駄に遣い、経済後進国の貧困な労働力を吸い上げる。近頃よく聞くのがスローライフ、リサイクル、手作り品・・時間や物を大切に使い、生きていこうと言う考え方。それは人間の住む地球をもっと大切に使おうという考えに繋がるのだろう。私は貧しいから、服は買わない。何十年も前の古い服を着ている。昔、東京の電車の中で、古いものをきちんと着ている老夫人を見て、その人の清々しい生き方を感じたことがある。そんなふうには出来ないが、古い物を大切にこれからの短い人生を生きていくつもりだ。 すみません空白が多いです 。
2014年07月27日
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7月28日しいちゃんのアトリエ舞踏212愛嬌よりIQですか夏祭り五句円谷さんのゴジラは最高だった 愛嬌よりIQですか女は愛嬌の時代は終わったのか。やってきた世界的人手不足時代・・今までだって日本の女性は、責任をもち働いてきたと思うがこれからは、チームの確かな戦力として期待されだした。それに応えるには、女の仕事だった家事育児を国家、市町、企業、家族がみんなで助け合えば。少しつづ女性の働きやすい労働環境が整うのも遠い夢ではないだろう。そんな今の日本女性に「女は愛嬌よりIQですか」と聞けば多分「女はIQと愛嬌ですよ」と答えるだろう。それが実現すれば、大和撫子は世界一の女だと思う。夏祭り五句 げに今日や祭りばんてん祭り足袋 万太郎かんばせの汗うつくしき祭りかな 草城足袋買うや基礎の坂町夏祭 多佳子宵に睡て又目の醒めし祭りかな 草田男万燈を消して侘しき祭りかな 鬼城 円谷さんのゴジラは最高だったヤジウマばあさんは、初日のハリウッド版「GODZILA」を見に、七間町にぽつんと一館だけ残る東宝会館にでかけた。通りは安倍川の花火の人でごったがえしていて今年は十代の浴衣姿がとても多かった。 日本語吹き替えでない、字幕版の館を選ぶ。監督はキャレス・エドワード、渡辺健が準主役の科学者役。なにしろGODGILAの親は日本生まれです。ゴジラの出てこない、なんたらかたらの前半私は鼾をかいて寝てしまったらしい。連れに膝を叩かれてハッと目が覚めると懐かしいゴジラが、いや天才円谷のゴジラより獰猛な顔の正義の味方のゴジラが、空飛ぶ悪役怪獣のムートーとサンフランシスコの街で死闘を繰り広げていた。悪役ムートーは原子力を食べて生きている設定。戦いは延々と続く・・・ゴジラの研究者の渡辺健 米兵の親子の話、妻の死を越えて怪獣と戦う科学者も登場。そのCG画面は、精巧なミニュチュアの街を作りゴジラに人間が入っていた円谷ゴジラとは絶対に違う。ハリウッド作品はカメラアングルが低く固定されているのか、画面いっぱいの怪獣対怪獣。後から考えると黒白映画のような、暗い昼夜不明の画面だった。勝ったゴジラがゆうゆうと海に入って消えるラスト。千人ちかい関係者の名前の膨大なエンドロールが五分以上続いたが誰も席をたたなかった。不思議に思ったら、次回作品の「モスラ」の制作広告が終わりの画面に出ると言う偽情報が、ネットに流れたと言う。思い出すと円谷さんの怪獣たちはみんな少し哀愁を帯びた目をしていた。その目をファンはしっかり記憶しているのだろう。
2014年07月23日
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7月23日しいちゃんのアトリエ舞踏211田舎のねずみ町のねずみハングリー・タイガー 田舎のねずみ町のねずみ田舎のねずみに招かれた町のねずみは畑で麦や大根、とうもろこしを食べて「きみはよくこんな退屈な生活でいられるね僕の所へこないか、それは珍しいものが腹一杯食べられるよ」二匹はつれだって町にやってきました。 その家にはパンやチーズや肉やみたこともない御馳走がテーブルの上にありました。田舎のねずみは礼をのべて、食べようとしたその時ドアーを開けて誰かが入ってきました。二匹は家具の後に逃げました。人がいなくなりねずみが御馳走を食べようとすると、またドアーが空きました。ねずみは隠れます。「こんなに用意してもらって済まないけど危険が多くて楽しめません。僕は田舎で暮らすのが、安全でこわいこともなく性にあってますから」と言うと田舎のねずみは田舎に帰っていきました。御存じイソップ童話です。人の幸福はそれぞれです。しかし都会に人が集中する今の日本、住む所を選ぶことが出来ない現在の状況は国民が幸福とは言えないでしょう。 ハングリー・タイガー7 月の海の日連休は家族旅行の予定だった。ワインの勝沼によって蓼科高原にいくつもりが予約ミスで、娘の家で過ごすことになった。日曜日新宿の伊勢丹の地下でケーキを買い、角筈の花園饅頭の二階で餡みつを食べ、暑い午後を人がごったかえす新宿で過ごした。夜、娘家族と息子と私の六人揃ったところで牛の赤肉100パーセントの220グラムのハンバーグ二枚のダブルハンバーグを食べに横浜のハングリータイガーにでかけた。二枚で440グラム。体育館のような広いフロアーにヤングカップルや若い家族づれがわんさと集り、炭火でばんばん焼きあげたハンバークを食べている光景は、まるでアメリカ映画のワンシーンのようだ。ハンバーガーを注文した私のほかは、家族は全員ダブルハンバーク。ウシの赤肉220グラム二枚。厚いの熱いの・・・ジュージューと音たてて煙をあげている。イヤー オドロイタ。全員みごとに完食。帰りの車の中でみんな満足そうです。ハンバーク440グラム完食してなんだかみんな胃袋自慢らしいのです。家に帰るやシャワーと着替で、肉の匂いをとるのに大変。みんなでやれば、大食いもひとつのレジャーです。
2014年07月19日
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7月19日しいちゃんのアトリエ舞踏210昭和の静岡・うちにピアノがやってきた小学生の俳句コンテストハリーポッターを学ぶ昭和の静岡・うちにピアノがやってきた静岡市は徳川家康公と最後の慶喜公が暮らした典型的城下町で呉服町、紺屋町、大鋸町、大工町と江戸時代の町名が残っている。終戦後、私の両親は繁華街の呉服町商店街で商売をしていた。窓を開けて寝る夏は、通行人の下駄の音がカラコロと夜遅くまで家の中まで聞こてくるのを、子守唄にして眠ったものだ。 わたし14歳、姉17歳、昭和24年の春。突然、バレーボールで日焼けして真っ黒な顔で姉が、バレエをやめて、声楽家になると言い出した。両親が苦労して浜松で探しきた中古のピアノが、国鉄の貨物で運ばれてくる日のこと。その頃、国鉄の貨物は人がリヤカーに積んで運んでいだ。車の走らない呉服町通りは、駅まで見通せてすごく背の高い知り合いのお姉さんは、店の前で別れても、ずっと頭だけ人混みの中で見えていて時々振り返って手を振ってくれた。その日、私がいつピアノが来るかと店の前で待っていると遠くにすごく黒い大きなものをリヤカーで三人の男衆が運んでくるのが見えた。駅から歩いて10分もしない時間が、すごく長く感じられた。ロープをピアノにかけ、3人で店の奥のそこだけ急ぎ板張りにした狭い部屋に運び込んだ。戦後の粗末なバラックの中に、デンとおさまったピアノはヤマハの三桁の製造番号の、漆塗りに細かい象嵌の飾りがあった。学校から帰ってきた姉が、飛び上がって喜び芸大入試のピアノ課題曲のモーツアルトのソナタを弾きだした。実際合格したのは、それから3年後のことだったが その年、毎日聞いたそのソナタは、今でも覚えている。65年も過ぎて何故かその日の光景が、まるで芝居の名場面のように思い出される。 ただ何故か、カラーではない。いや意外と記憶は夢と同じでモノクロなのかもしれない。小学生の俳句コンテスト ふくのまま川にとびこみ夏休 内匠楓香・2年いもうとが花火の音に泣き出した 山田彩紗・2年元気ですママにあいさつはかまいり 村田たつみ・4年 楽しさが走り回るよ夏休み 山内美希・3年母うれしぼくは哀しい新学期 尾下真輝人・6年※平成25年41回「草枕国際俳句大会」小学生の入賞句よりハリーポッターを学ぶNHKの朝ドラは見ない、世界的ベストセラーは読まない・・とか私には変な癖があります。世界のミリオンセラーのハリーポッターも読んでません。もちろん映画も観てません。これ自慢してません。ところが、大阪のユニバーサル・スタジオが五百億円もかけて、ハリーポッターのアトラクションを作ってしまいました。テレビでユニバーサル・スタジオ・ジャパンの特番を見て、さあて困りました。どうしても見にいきたい。娘にUFJに行きたいと言ったら「UFJは私が働くところで、それはUSJだよ」と笑われてもUSJをなかなか覚えられません。とにかく行きたい。そうだ。ハリーポッターの勉強をしよう。娘にハリポタの本全巻とDVDを借りて勉強しよう。そうして秋には絶対にUSJに行くのだ。新しいシンデレラ城のスクリーンは、娘の家から日帰りできるから、これも見よう。さあ、明日から冷房を抜け出して足腰を鍛えよう。暑い夏に、突然やる気が出たしいちゃんでした。
2014年07月18日
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7月15日 しいちゃんのアトリエ舞踏 209胡瓜の馬に乗ってこいめざせ女性役員胡瓜の馬に乗ってこい 母と父は、けして仲のいい夫婦ではなかった。父の浮気から始まり、仕事嫌いの父に代わりひたすら働き通した母にも、秘密があった。父が亡くなってから20年たった今年5月、102歳で母は逝った。母は、父があちらに呼んでくれないのは昔の恋人とよりを戻したからだと思っていたのか絶対父のもとに行きたくなかったのか、もう聞けない。母には青森に逢いたい人がいた。その人には妻子があった。私が東京に住んでいた頃一度だけ、二人によばれて食事をしたことがあった。おだやかな紳士で、美しかった母と似合いの夫婦にみえた。彼の死が知らされてからもともと口数が少ない母は、二度とその人の話をしなくなった。私も余分なことは決して聞かない娘だった。それが二年前、ホームに入ったばかりの母が、珍しく誰もいない食堂で、「おまえねえ、生きて一生、男と女は楽しくやんなきゃあ」それだけ言うと、不思議な笑いを頬に浮かべた。その時、生き抜いた百年の歳月の、輝いた一瞬を思い出していたのだろうか。「うん 頑張るね」私はあいまいな返事をして笑った。母が秘密の箱の蓋を開けてみせたのは、それが最後だった。日も暮れた。新盆の迎え火を焚く。若くなった父は4歳の姉を抱いて胡瓜の馬に乗り、母は、長茄子の牛の背にひとり乗ってやってきた。今宵はきばって鰻丼にしましたが、いかがですか。お姉様、この世の旅は楽しいですか。めざせ女性役員突然めざせ女性役員三割だなんて、毎度のことだけど、なんで急に言うんだよ。ええっ?三割クリアーすれば会社にはお金くれるって。それって、 中国やインドの人手不足で、日本に来る外国人労働者があまり期待出来ないって、わかったからでしょ。女性抜きでは労働力がにっちもさっちもいかないって今頃言ったって、遅いんだよ。いずれ人口減で女性の労働力が必要になると統計上でずいぶん前からからわかってたはず。国をぶっつぶしても男上位社会を、守ろうとする男たちにはあきれて、次にゾッとするよ。男性も女性も力あわせて本気で子供たちのために、平和で豊かな国をめざす政治家の出現を80歳の老婆が、心から願ってますよ。
2014年07月09日
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7月11日しいちゃんのアトリエ舞踏208老人の外出頻度と生存率桃五句江戸の蕎麦屋御三家・砂場65歳からの外出頻度と生存率グラフが転載できないが、65歳以上の人の外出頻度と生存率を追跡した研究結果が、最近、首都大学から発表された。はっきり外出頻度の高いほうが生存率は高かった。人間関係、健康、金銭、三つの条件が揃った人が結果としてよく外出をし、生存率が高くなるのか。ならば、環境の整った階層だけが長生きかと言えば、そうばかりでもなさそうだ。あけっぱなしの下町も、けっこう長生きにむいていそう。私の住んでいる城の中の40軒ばかりの小さな町は、独居老人が多い。小さな家が密集しているから、昔の長屋のように隣家やお向かいの生活が少しばかり伝わってくる。ゴミ出しの朝に道の脇で集まって、井戸端会議をしている。みんな孤独ではない。町内に病気や葬式の話が、今のところない。高い塀の中の山の手暮らしより、悪くないと私は思っている。実は一番大切なことは人間関係で、自由な生きやすい自分のスタイルを選ぶことではないか。それは、一人がいい人は一人で、大勢がいい人は大勢でとにかく毎日を安定した人間関係の中で自由に暮らすことだろう。話変わるが、絆が濫用されたと、俳人の長谷川櫂が書いている。絆の意味は牛や馬を繋ぐ縄からきて、束縛にもつながり夫婦や親子に使うもので、むやみと使うべきではないそうだ。縁という言葉はどうだろう。いつでも切れる人との繋がりも含んで、人間の自由な関係をあらわしてないか。人は人、我は我なり、されど仲よき 実篤桃五句食うて寝て牛にならばや桃の花 与謝蕪村戸を開けてあれど留守なり桃の家 加賀千代女遊びいるうちに日が暮れ桃の花 長谷川櫂煩へば餅をも喰わず桃の花 松尾芭蕉中年や遠くみのれる夜の桃 西東三鬼 大江戸蕎麦屋御三家このあいだ大江戸蕎麦御三家と言われる赤坂の蕎麦屋「砂場」に寄った。蕎麦屋はゆるやかな坂の上にあることが多いから、大江戸蕎麦屋御三家踏破を勝手に今年度の目標とすることにした。駿府蕎麦御三家は江戸時代に発していること、蕎麦はもちろんタレと天婦羅、汁粉がうまいこと、当主の人品いやしからず・・が条件で只今、ひそかに調査中。その赤坂の「砂場」だが、赤坂の一本裏通りにあり30人も入れば一杯の目立たない小さな店だ。値段も並で、もりと焼き鶏と汁粉を頼んでみた。オドロイタ・・感激した・・はずれがないのだ。客層は勤め人風の客にまじり、このあたりの住民らしい上品な親子づれや、OL・・みんな静かに食べている。なんだか蕎麦に感謝しているふうにみえる。一見なんの変わりもない小さなこんな蕎麦屋が実はスゴイ。味で勝負の自信がある。観光客がぞろぞろやってくる蕎麦屋は毎日いちげんの客を相手に、俗化していく。小さな「砂場」の客はみんな倖せそうだ・・ 次の目標、大江戸蕎麦御三家の踏破が楽しくなった。
2014年07月04日
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7月7日しいちゃんのアトリエ舞踏207つたやでお茶を朝顔五句あしなが蜂の逆襲つたやでお茶を札の辻の伊勢丹前の25階建てタワーマンション一階のつたやで五十路にはいったと言う美人のM夫人と久しぶりにお茶して本のタダ読みをすることにしたのだが・・先に着いて高くて買えない3000円の海老蔵の写真集を眺めて(飲み物をとれば好きな椅子で書棚の本は読み放題)サンドイッチをほおばっていると、携帯が鳴った。「伊勢丹の前にいますが、どう行けばいいですか」「そのまま進んで右側の25階のビルの1階です」しかし、待てど暮らせどM夫人は現れない。安倍川まで行ってしまったのか、アイスティーを飲み終える。また携帯が鳴る。「つたやにおりますが、どこにいますか」「一番奥まった写真集のあるコーナーにいます」また時間が過ぎる。まあ大人だからどうと言うこともないかと海老蔵の舞台写真に見惚れていると、ようやくやってきた。「ここだったんですか。ぐるぐるまわって、CDのほうかと一度ここの入口まできたんでよ・・」大人の迷子ってなんて言うのかな、笑いそうなのを堪える。迷いついでに好きな詩人の短編集を買ったとみえる。 ガラス越しに通りを歩く人を眺めながら、M夫人贔屓の歌舞伎の女形七乃助の話になった。先が楽しみな役者も形から入り、心をこめる芸の道は難しくどんどん肉体が年をとってしまう役者が多い。フアンとしては演技など、実はどうでもいいのであって可愛い猫が年とっても嫌いにならないように一緒に年をとり最後までファンでいるものだが。実際は私の場合、とっくに福助はつまらなくなり、玉三郎でさえ、もはやわくわくしなくなった。だいだい歌舞伎は江戸時代から男のやる芝居だから女形が主役の芝居は、極端に少ない。なるべく若い時に先行投資で女形のファンになれば賞味期限が長いというものだろう。おしゃべりしてるとすぐ時間が過ぎる。小雨が降り出したので、M夫人と別れてつたや前バス停から100円の家康号に乗り家に帰ってきた。朝顔五句朝顔や濁りそめたる市の空 杉田久女朝顔の紺の彼方の月日かな 石田波卿 朝顔や一輪深き淵の色 与謝蕪村朝顔やおもひ遂げしごとしぼむ 日野草城朝顔や百たび訪はば母死なむ 永田耕衣あしなが蜂の逆襲二階の物干し台の床裏に、蜂が巣をかけた。じょろの先の形に小さな穴のあいた5センチほどの巣だ。気にしていたら、朝の水まきで茂みの中から足の長い蜂が飛び出してきて、まとわりつき左腕の内側をちくりと刺した。すぐ水で洗って軟膏をつけたが3日赤くはれていた。夜のうちに巣を落とすといいと、おむかえの奥さんが教えてくれたが、虫が怖い私はできない。毎日巣は少しづつ大きくり、2匹の蜂が飛び回る。家に帰っていた息子に巣を落としてくれと言うと蜂は害虫を食べるとかなんとか、どうやら蜂が好きとみえる。これは内緒で始末するほかない。市役所に電話したら「ひょうたん型のすずめ蜂ならすぐに無料でとりますが、それは足長蜂なので業者の電話をお教えします」と言う。電話すると、夕方丸子の養蜂業者が二人でやってきた。梯子をかけてアッというまに巣を取りはらい、蜂は殺さずビニール袋に入れ持ち帰った。7分で4000円とられた。次の週「巣が落ちたから片づけた」と私は息子に告げた。「可哀想に巣のかけ方が下手だったんだなあ」私の腕の蜂に刺された後はやっと消えたがこれってどういうことかと、少し変な気分だ。
2014年07月02日
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