全7件 (7件中 1-7件目)
1

5月5日しいちゃんのアトリエ舞踏470➡多伊良一公短編倶楽部 scorpiohttp://scorpionb.webcrow.jp/ NEW 多伊良一公 薄荷のドロップ 秋元陽子 袋を持っていた女是非読んでください桃源郷をゆくドナとデカプリオ※軽井沢の教会桃源郷をゆく新緑の五月GW、娘家族と合流、中央道の大渋滞に巻き込まれる。軽井沢のホテルが二泊とれず次の朝、渋滞の軽井沢を離れ、甲府までの山間の小さな村の続く道を車で下る。緑の山々に囲まれた畑は、植え付け前の艶のある黒土。雪の残る八ヶ岳連峰と黒土の畑が描く雄大なアート。村々を彩る桜のピンク、レンギョウの黄、桃の赤・・まさに百花繚乱。今回、寄り道はせずひたすら桃源卿を下る。娘家族と別れる甲府駅近くで恒例のほうとうを食べた。大きな鉄なべで出される一人前のホウトウは料金は上げたが、分量は同じく多い。分量と内容を工夫するか代金をあげるか、甲州人らしい選択なのだろう。山梨ならホウトウだ。勝沼だって山中湖だってホウトウだ。 いろんな旅があった。何年ぶりか五月の軽井沢から桃源卿を下り甲府に出て熱いほうとうを食べるコースは春の女神と遊んでいるような錯覚を起こさせてくれた。ドナとデカプリオ娘の家の雌猫ドナのことを家族は美猫だと言う。来たばかりの時のビビリ猫の性格がまだ残っている。というか虎ガラの雄猫ドナルドの体が大きくなり堂々としているからドナルドの後をついて歩く姿が女っぽい美猫に見えるのだろう。全体の白毛にところどころ、ふぁーっとグレイの毛がかかっており少し斜視の目の上の三本のグレイの筋が、少し不機嫌な表情にも見えるのがはかない美女を思わせるらしく、家族に愛されている。猫にしろ人間にしろ、他の人間や猫に惹かれる原因は何だろう。見た目もそうだが、それが解明できればなんでも成功しそうに思うがわからないから、苦労するのかとも思う。夜中にはげしいクシャミに目が覚め、遅れていたブログを書く。海を越え中国から飛んできた黄砂が日本の上空に降ったと言う。
2017年04月30日
コメント(0)

4月30日しいちゃんのアトリエ舞踏469冷しラーメンはじめました四半世紀の感謝冷やしラーメンはじめました家の近くの長谷通りに、年中冷やしラーメンをやっている一富士があった。静岡高校へ行く小路の曲がり角で、部活帰りの生徒らがよくラーメンを食べていた。老齢の姉妹が病気とか、昨年閉店してしまった。実は私は年中冷やしラーメン党だったので、とても残念だった。今日街に用事の帰り道、日赤の一階のレストラン・マーガレットに冷やしラーメンの幟を見つけて、ふらふらと店に入った。私はここのヤキソバと冷やしラーメンは静岡一だと推薦する。具の多い事。トマト、キュウリ、くらげ、焼き豚、しいたけ、卵焼き特にくらげをたっぷり乗せてくれる。思わず帰りがけにこれからも、くらげをいっぱい乗せてくれるかと聞いたほど。それで980円。汁のやや甘めなところもよい。辛子もたっぷりつけてくれる。毎年のことながら、私はその年の第一回目の冷やしラーメンに感激する。これからの冷房の季節に、熱いお茶を出してくれるのも嬉しい。旨いものがなくなったと、よく老人仲間の話に出てくる。まだまだ、うまい物があるって健康で幸福なのだろう。今年も冷やしラーメンを食べました。うれしかったです。※ 駿府公園の桜の夜景四半世紀の感謝雨の日や夜間のスマホ操作が、だんだん目に負担になってきた。このままでは眼性疲労がひどく、大変なことになりそうだった。ソフトバンクで大きな画面のパッドを買ってきた。月額1800円の支払い増。二つしかない目がこれでしばらく守れるだろう。早速使ってみる。なるほど画面は五倍。文字は二倍、明るさ二倍。パソコンでできることなら何でもできるらしい。ドトールで隣席の若い娘が、キイパッドで何か打ち込んでいた。キイパッドがあればパソコンより軽くて、持ち運びに便利そうだ。ぼつぼつ届いたメールを読んで、パッドで返事を打ってみる。私は日本語打ちだが、アイウエオ順にはとまどう。キイパッドが便利そうだ。今は膝に乗せたりデスクで打つが、外出時の運び方の研究をしよう。パッドの入る薄型の軽い小型ショルダーバックはあるにはあったが、革製で値段が高い。しばらくは持ち歩かないことにする。25年前、娘が送ってくれたばかでかい中古のワープロ機械を思い出す。当時のテレビ二個分ぐらいの大きさで田舎住まいだったが置き場もなく玄関に置いた。冬も暖房はなく田舎は寒かった。ぼつぼつ夏目漱石の「こころ」を原文通り打つ練習をした。父も母も寝てしまい、あたりは物音ひとつせず猫のミルミルだけが膝の上で喉をごろごろさせていた。「こころ」全篇打ちこまないちに、いつのまにか田舎暮らしを語り始めると誰かに読んでほしくなり、勝手に友人や叔母たち15人相手にハガキ通信をはじめた。小さなハガキ両面の空間が、私の心をはじめての読者に運んでくれた。有難かった。読者にささやかな盆の届け物をした記憶がある。後に、印刷屋さんがこのハガキの束を、二冊の紺色の布表紙のきれいな本にしてくれた。一冊の厚みが5㎝はある。その本は今も無名のエッセイストの私の誇りだ。二代目は大型の重箱四個ぶんくらいの箱型ワープロだった。わけあって半年ばかり家を離れた時、私はそのワープロを持っていくと小説や推理小説を書き始めた。一人だけの時間に少しも退屈はしなかった。80歳を越えた。気が付けばあの時ワープロに最初の文字を打ち込んでから、すでに四半世紀が過ぎていた。ブログ歴も7年目にはいり、1433回書きアクセス数が183639回になった。その間、まとまったことが記録されたわけでもない。ただ一人の私と言う人間が、実は二人いてもう一人の私は観客席に読者の皆さんと一緒に座って自分の書いたものに拍手したり泣いたり笑ったり不思議な状況劇場にいたことにふと気づいた。四半世紀すぎても、「しいちゃんの勝手なロードショー」は死の最後の一言まで、ずっとロングランでいきたい。紙文化の地方文学では、県や市の年一回のコンクールに賭け推薦により百人ほどの会に所属し、60万円はかかる本を生涯何冊か出版することが地方文芸人たる条件であり、生涯に一冊か二冊、発行部数は100冊か200冊の出版に賭けている。中央の会に属す人はいるが、ステータスではあっても活躍の場ではなさそうだ。同人誌も老齢化のあおりで、メンバーは変わらずマンネリ化いていく。本の衰退は文芸の衰退てもあるのか。ネットは救世主とはなり得ないのか?ここ10年,会員の平均年齢は70歳か。若者の参加はない。地方作家の本は一冊も売れなくて当たり前。孤立した地方文学は、いさぎよく青春のしっぽを切り落し浮ついた人気を追わず、深い死生観に貫かれた新しい老人文学をめざすべきではないのかと、、なんて、屁理屈はしいちゃんの悪い癖ですごめんなさい。私も長く亡き師匠のもとで四つの文芸団体に所属したが二つは解散、今は二つの会に所属している。もともと私は自分のブログ歴を一切言わないできた。私の四半世紀書き続けた短いエッセー、このブログは地方文芸界の中ではよそ者だ。それどころか、馬鹿にされている事実に、最近驚いたばかりだ。長いつきあいだった人に、一言ブログは面白いと言っただけで軽蔑の目で「そのこと言えばいいじゃん」と軽く一蹴された。それで、改めて私が生きているネットの世界の読者の皆様に心から感謝を申しあげたくなったのです。25年の長きにわたり、本当に本当に有難うございます。これからもどうぞよろしくお願い申し上げます。
2017年04月30日
コメント(0)

4月26日しいちゃんのアトリエ舞踏468スマイルの値段THE BEEスマイルの値段スマイルの値段について考える。例えばクラブでホステスさんのスマイルは一杯の酒をアッと言う間に百倍にも千倍にも化けさせる。いやあれはスマイルの進化した、期待値なのか。私は40年も旅と言えば、ある倶楽部のいくつかのホテルに家族や仲間と飽きずに泊まっていました。同じ所に同じメンバーで何回も行くのは観光旅行とも少し違う。観光は少し、長いおしゃべりと温泉と馳走を食べる旅でした。レストランの料金は料理代と、ウェイター、ウェイトレスの微笑代ですか。御殿場アウトレットによって行く山中湖のホテルのイタリアンレストランは,陽気なイタリア人の料理長がにこにことコース最後のデサートを運んで来る。個室なのでお忍びで安倍首相も来ると言う。客がお金を払うのは実は掃除スタッフまでホテルマン全員のホスピタリティーなのですか。故郷に帰ったように迎えてくれる彼らの爽やかなスマイル、それなくして、誰が高いお金を払うでしょう。すごい料理を個室に作られた回転すしのベルトコンベアーで運んできたとする。この場合、設備にお金をかけて、省くのはウェイターのスマイルです。高いお金を払いますか? 若者たちに今新しい現象が起きています。すでにフードコートと言ってジャンルの異なる厨房が結集し客は自由に安く食べることが出来るレストランが流行ってます。NYではバイキングとは違う一流シェフが結集したレストランが出現したそうです。客は飲みたい酒を飲み,食べたいものを食べ仲間との歓談を楽しむわけです。これはおしきせの食べ物を高く売りつける高級レストランの強敵です。食べ物よりも客が主役のレストランの大革命です。いや、すぐに老舗もはじめますよ。テーブルさえ予約すれば高級料理をその場で作ってくれるわけです。サービスや スマイル値は低くても酒と食べ物とスィートと・・彼らには仲間との歓談が目的です。思い出しましたね。戦後古い帝国ホテルの二階にはプルニエと言いましたか魚専門のレストランがありました。今は魚、肉と料理がでますが、かつては別れていました。高いですから行ったことはありませんでした。料理がゼッタィの高級レストランに、客と言う人間のゼッタィが現れたのです。 そんなわけで、あらためてスマイルにお金を払っていたことに気づきました。実篤の天に星地に花人にスマイルですか老人は寂しいですから、それもいいですが私は日本にも高級フードコート・レストランができたら行ってみたいです。このレストラン革命には、胸がわくわくしてきました。 ※左 宮沢りえTHE BEE古い芝居のパンフレットが本にはさまっていた。2012年野田秀樹のTHE BEEだ。会場は静岡市のグランシップ。主役は今より若く今より美しい宮沢りえ。ストーリーはハチャメチャ。リエは寝るとスカートをめくり白い腿を見せ男と抱き会えば長いキスをする。実にみだらなりえだった。そこがなんとも魅力で、東京からのパスじたての客がかなりいた。 野田秀樹はりえを脱がして、女にしたかったのだろうか。りえは喜々として卑猥な役に打ち込んだ。終わってアンコール。キスはしなかったが二人は抱き合ったまま舞台を去った。二人は完全にできていた。りえはみごと女に変身した。今年4月野田とリエの芝居が渋谷のコックーンであった。年々このコンビのチケットはとれない。コックーンの会員にならねば無理だ。ネットの闇チケットは何万円とべらぼうの高値。何年か前、赤坂で蜷川の最後の芝居に出たりえを見た。蜷川はりえを聖母マリアにした。りえは寡黙なマリアを演じた。海外公演もしたが私にはつまらない芝居だった。旬の女優りえが、光陰矢の如きこの世に後世語られる芝居を残せるか?見れるものなら野田秀樹と生身のりえを見たいと、思うのだった。後千回の飯と言う随筆を書いて死んだ赤瀬川と言う作家がいたが後何回好きな芝居がみれるのだろう。お金と距離と健康と・・この連休中、グランシップの芸術座を拠点に活動する宮城聡率いる劇団スパックが連休中、駿府公園内のテント劇場で「アンティゴネ」を上演する。折よくフランスのアビニヨン演劇祭のオープニングに招待されたニュースが入った。宮城聡は読売新聞の取材に、舞台で日本人の死生観を表現したいと言っている。演劇は時にむずかしいこともあるが、人間を描き続けていつか世界がひとつになる芸術なのだろうか。公園には肉フェスタの屋台村も出現して賑わいをみせるだろう。
2017年04月26日
コメント(0)

4月19日しいちゃんのアトリエ舞踏467➡多伊良一公短編倶楽部 scorpiohttp://scorpionb.webcrow.jp/ NEW 多伊良一公 薄荷のドロップ 秋元陽子 袋を持っていた女是非読んでください小鳥の鳴き声に目ざめれば国を捨てる小鳥の鳴き声に目覚めれば朝は小鳥の声に目が覚める。公園の中に住んでいるからだと思っていたが。なんだデスクの上のスマホにセットしたことを忘れていた。公園には小鳥も沢山やってくるが、都合よく目覚ましタイムに鳴くはずはなかった。実にいい声で、しばらく聴いているまに再び眠りそうになる。週末の朝は帰っている息子と、公園の鳩に餌をやりにいく。鳩の集団は戦時のB29の空襲を思い起こさせてずっと好きではなかった。それが鳩に餌をやるようになって変わった。高い木の上の見張りが羽音を鳴らしてやってくると、続いて遠くの樹々からいっせいに、パタパタと三十羽くらい集まってくる。ひたすら固い豆を食べる。不思議な胃袋をしている。土日の犬の散歩の人が歩いている静かな公園の朝は季節の移り変わりが実に鮮やだ。遅かった桜も散り葉桜となり、今、木々の若葉がいっせいに萌えはじめた。公園は一年で一番美しい新緑の五月になる。もうすぐ土手のつつじもいっせいに咲くだろう。この朝の公園の散歩で腰につけた万歩メーターは5000歩になる。ところが、このあいだの長雨で発見したのだか掃除洗濯料理と家事を頑張っても万歩メーターは、ノーカウント。そんな馬鹿なと思ったが一日1000歩をでない。たしかに歩いてはいない。この話を若い男性にしたら「ヘェー 万歩メーターは男社会型なんでね」ときた。おいおい男社会だなんて簡単に言うなよ。たしかに家事をカウントしない機械に苦情は出てないようだが。だからこの国の出生率は上がらないんだよ。保育園の数の話じゃない。国の試算で女の家事育児を人に頼むと30万円はくだらないと出た。日本の殿方よ、女の家事をタダだと思っている間は出生率はあがりません。女も働く時代です。保育園の数より男たちの家事育児への協力です。やっと気づいた国が早く男ども家に帰ろうよと音頭とったようですがね。まだまだ日本は江戸の尻尾をつけていますね。ということで、今日は家事ノーカウントの万歩メーターに噛みつきました。国を捨てる韓国の朴さんは計画的にカナダにいくと私は思う。何年か前に韓国でカナダ留学の生徒を募ったら希望者が集まりすぎて試験で振り落とした記事があった。その時は教育熱心な国だと思ったのだが。韓国の金持ちの親は、子供を危険な国から脱出させようとしたのだろう。その時はまだニュースでは北の核爆弾はおもちゃ扱いだった。今北は簡単に韓国を壊滅させられる核爆弾を持つからいくら日米が頑張っても、日本も危ない事態だから逃げるが勝ちというわけだろう。法律で出国を禁じても金でどうにもなる国だから、相方の仲間とふたりで計算の上だろう。突然の収賄の発覚は、国を手玉にとった、したたかな女二人の業だと感心する。二人とも痩せもせず国を喰ったつら魂で、カナダにいくのだろうか。最近私は若い人は国を捨てて安全な国に移ってもいいかなとひそかに考えはじめています。もし爆弾がこの町にも落されるようなら、後わずかな人生でも私もそうしようかなと思っています。だって人が殺し合う戦争は地獄ですから。
2017年04月16日
コメント(0)

4月15日しいちゃんのアトリエ舞踏466➡多伊良一公短編倶楽部 scorpiohttp://scorpionb.webcrow.jp/ NEW ◇秋元陽子 袋を持っていた女 ◇多伊良一公 薄荷のドロップ是非読んでください十日遅れの花見 やさいをたべる ※ 浮月楼の庭園十日遅れの花見 10日もおくれて桜が開花。子供の新学期もはじまったせいか火曜に長雨が上がってから待っていたように駿府城公園には大勢の市民が朝から花見に訪れている。新しい穭申櫓のある区画の公園の桜も育ち公園全体が淡いピンクの風に吹かれている。毎日通り抜けると、平日のことで酒を飲む人は少なく若い女友だちや子供連れのママ友、中年の二人連れがぶらぶら散策したり、木の下で花見弁当を食べている。意外と花の遅れも、思いがけなくゆったりしていいものだ。雨上がりの火曜日、師匠の娘さんと墓参りをしてから女流俳人のKさんを誘い徳川慶喜公元屋敷跡の浮月楼に花見にでかけた。天皇陛下がみえたばかりで、庭の手入れが見事に行き届いていた。せせらぎは音をたてて流れ、樹齢何年の大木が空高くそびえている。若い頃町内の呉服屋の和服のモデルをして写真を撮った池の木橋も、昔のままにすっかり白く洗われていた。その日は広告用のパンフレット作りか、花嫁花婿が庭で写真を撮っていた。風もないのどかな春の日、重たげに枝を垂れまさに触れなば落ちん風情の桜を見たのは、昔、京都の哲学の路で見た時とこれで二度目か、一生に幾度もない最高の花見日和になった。元気だった頃の師匠の話が出て、きっと近くにいるよねと三人、いっせいに庭を見た。透明人間になった師匠は,白髪のあご髭を伸ばしてこっちをむいて笑っているに違いないと私は思った。やさいをたべる先週土曜に帰ってきた息子が、畑からのびると若葱を採ってきた。チューリップも満開で、仏さんにいっぱい供えた。野びるはさっと茹でて塩コンブであえた。母の好物だった。若葱は昨日一人の朝ごはんに酢味噌で和えたら、おいしかった。どんどん和食が懐かしい年になってきた。たらこは弱火で焼いて食べる。辛子めんたいではない。糠味噌の味が落ちると京の漬物を買う。しばらく刻んだスグキの古漬けが好きだったが、春は少し硬い。今は白瓜や茄子の丸漬けが美味だ。みぶなもそろそろおいしくなるだろう。鮭はやや乾いた少し塩の強いのが好きだが、値段が張るのでいつも行く魚屋で三切れ買って値切る。庶民の食材だったあさりしじみは、高くてしょっちゅう食べられない。昔は前浜で朝とった貝を♪あさりいしじみい♪と引き売りが売り歩いた。それを子供が♪あっさりしんじまえ♪とふざけて真似た。今はもうそんなことは言えない。老人もそんなにあっさりなんか死なない。駄菓子屋で売っていたながらみは今や高級品。このあいだ駅のマートでかなりの量のながらみを500円で売っていた。久しぶりのながらみに感激して、しばらくながらみを食べたことが自慢だった。大根は厚く切って豚肉と煮る。蓮根や牛蒡のきんぴらもよく作る。パン食が少ないせいか、レタスやきゅうりのサラダは意外と食べない。ジャガイモのサラダは朝二度分を作る。男爵イモのほうがあう。人参も好き。肉の日はフランス料理についてくるようにくし型に切り甘く煮る。食べ残りを楽しむ。近所の店の焼き芋をよくおやつにする。ねちねちした紅はるかが好きで、春は冷蔵庫で冷やして食べる。フルーツはナイフで皮をむくリンゴや柿、梨の類からみかんも厚い皮のものは苦手になってきた・・街のカットフルーツ屋さんはメロンとか高級なものばかり。だれか皮を剥いてくれないかなあと本気で思うのです。里芋は好きだが皮むきが面倒だ。と、ここまで書くと私の料理が女として実は不努力で下手くそ・・だとバレてしまう。本人は素材主義なぞとうそぶいて、今日も食べたいものを食べている。こんなふうにして、いつまでも生きていられたらいいなあ。
2017年04月13日
コメント(0)

4月11日しいちゃんのアトリエ舞踏465吉本を越えた橋本五郎の政治漫談さまざまなこと思い出すさくらかな 芭蕉※ 雪に埋もれた東北の山村吉本を越えた橋本五郎の政治漫談 MANZAIはあるが漫談は消えた。雨のそぼ降る月曜日の午後その懐かしい漫談を静岡駅前のセンチュリーホテルでたっぷり二時間聞いた。演者はテレビ雑誌新聞で人気の現読売新聞特別解説委員橋本五郎。しょっぱな緊迫しているトランプや北朝鮮問題にふれたが新聞報道の域をでるものではなく、サラッとおさらい。なにしろ講演のタイトルが読売新聞特別解説委員橋本五郎の「日本の政治はいずこへ」だったから、五階の大ホールを埋めた中高年の客たちは、身を乗り出して聞いていたが語りは話題沸騰の都政問題に移り、水戸黄門よろしく小池知事が悪徳商人どもに「桔梗屋お主も悪よのう」とバッタバッタとなぎ倒す場面。だいたい都議連の古狸は、まさにテレビの悪役ぴったりの顔をしていたから、うけるうける。場内からやんやの拍手が起こった。しかしもう決めなくてはいけないとグサリ一言。ちょうど政令都市静岡市が70万人の人口割れ報道があった日で話は水戸黄門から、いっきに過疎地帯の老人問題に移る。五人兄弟の末っ子として山深い秋田の村に生まれた。父は小学校の校長の薄給で子供五人を大学に出した。母は五時に起き弁当を七つ作り、七時には自分も働きに出た。そして子供たちの仕事は全員東京となり、父親の死後、雪深い秋田の寒村に一人残された。万が一の時は、救急車を町の病院につけてくれと頼んでいたそうだ。最後に子供たちが来るのに遠いと面倒をかけるからと。しかし倒れて少し時がたってから発見され、結局田舎の病院で亡くなった。臨終に子供は誰一人も間に合わなかった。六年前閉鎖された村の小学校に私費の図書館を作り、今年は老人のために民家を移築した。小泉新次郎や桜井よし子が図書館の創立記念日には訪れる。しかし、それが日本の消えゆく集落の老人たちに何の助けになろうか。もっと国と国民が、へき地の老人の幸福を考えなくてはいけないと小柄な毛の薄い老人の威勢のいい声が、すっかりしぼんで場内はしーんと静まり返った。生涯を報道に賭けた橋本五郎の、これからが終わりなき報道の行脚であろう。降りしきる雨の中を家に帰る。わけもなく涙が出た。さまざまなこと思い出す桜かな 芭蕉駿府公園の中に暮らすようになって、気がつけば花見に出なくなりました。いつもつっきていく駿府公園は、今遅れた桜がまっさかり。晴れれば市民が花の下に茣蓙を敷いて、のどかにお花見をしています。前のように町内会や、会社とか大きな団体が少なくなり小さな仲間連れで静かに花を楽しんでいるようです。それにしても花は10日も遅れ、雨の多い年ですこと。静かでそれなりなのですが、少し寂しいですね。明日の水曜は天皇夫妻とスペイン国王夫妻が寄られた、最後の大名徳川慶喜公のお住まいだった浮月楼に、庭園の桜をみに行く予定です。私にはずいぶん久しぶりの花見らしい花見です。今月の5日に12日と決めてから、花は落ちてしまうのではないかと思いましたが、寒さのせいかなんとかなりそうです。さまざまなこと思い出すさくらかな という芭蕉の俳句がありました。桜を見ていろんなことを思い出す・・ただそれだけの句ですがまだ若かった頃、公園内の茶室で自作の朗読会をひらいた後暮れやらぬ春の夕暮れにお客とくりだして、公園の桜の下で花見をしたことがありました。家からドイツワインの白を6本運んで、伊勢丹で寿司を買ってきておおいに座は盛り上がりました。私はそのワインは一本760円だと思っていました。さあどうぞどうぞと大盤振る舞い。そのワインは寿司とよくあい、ほんとうにおいしかったのです。後で知ったのですが、納品書の読み違えで一本が760ミリリットルで価格は3500円もするワインでした。この話はあまりにおかしくて、以前も書きましたが年月を重ねて師匠や文芸の集まりもなくなり、まさに さまざまこと思い出す花見かな です。
2017年04月08日
コメント(0)

4月8日しいちゃんのアトリエ舞踏464➡多伊良一公短編倶楽部 scorpioscorpioで出ますhttp://scorpionb.webcrow.jp/ NEW 豆本短編倶楽部 三篇是非読んでください楽しいデーケアー人を信じて生きる楽しいデーケアー昨年の10月からデーケアーに通いだして、最近感じたことがある。だいたい30人くらいの男女の老人たちが来ているのだが。デーサービスと違い、認知症の人はごく少なく軽度だ。一日、朝10時から4時まで昼ごはんも食べる人や、半日だけの人その間に入浴、理学療法士や作業療法士からマッサージを受けたり運動機械で体を動かす。退屈しないように、ゲームや歌を歌ったり、ドリルもこなす。私は午後二時から四時の間、30分理学療法士のマッサージと運動の指導を受け、おやつをいただく。空いた時間はドリルやゲームに参加する。国語数学社会のドリルは、なかなか高度な内容で面白くて思わず熱中する。自分で言うのも変だが、みんなより短い時間でまあまあの実績だ。カラオケタイムもある。演歌好きが多い。そのうちシャンソンでも歌うか。慣れてくると、みんなの顔がわかるようになる。たいがい屈託もないのどかな顔をしている。目があうと少し笑う。世話をする女性介護士さんたちも、なかなかまめだ。私もそうだが家に帰れば一人住まいの人が多い。にぎやかなデーケアーが楽しいのだろう。この間デーケアーで、私もリラックスしていることに気づいた。外に出れば小さな集まりにも、きまって面倒な問題が起こる。この間はそのトラブルに、頭を悩ませ暗い思いで家をでたのだが、歩いて近くのデーケアーが見えて来たら、不意に心が軽くなった。老人たちは爽やか顔で、スタッフも元気な笑顔で迎えてくれた。なんなんだろう。この流れている和気は・・不思議な気がしたのだが・・一つには一人住まいの老人が多いから、みんな人間が好きなのだろう。若いスタッフも老人たちを、労わってくれます。ふと、平和はこうして広がっていくのだろうかと・・一人から二人、二人から三人と、ゆっくり広がっていくのだろうかと・・人を信じて生きる喧嘩は一人対一人で戦いなさい。加勢した人たちは無責任に権力についただけで、何も考えてなんかいません。ですから、喧嘩が終われば、皆そんなことを忘れた顔をするでしょう。しかし、多勢にしかけられ一人負けた側には誰も信ずることが出来ない心の闇と、相手への遺恨が残ります。喧嘩に一対多数でしかけて勝つやりかたはやはり卑怯です。私はずっとそんな事件は、自分には起らないと思ってました。三年前、それが私に起こったのです。どんな理由があるにせよ一人の人間をとっちめるために、五十人もの集団がある日、突然いっせいに同じ行動をとったのです。人間の言葉は一体なんのためにあるのでしょう。暗い雨の降る夜はふいにあの日のことを思い出します。私に起きたその事件は80年の私の人生のワースト事件となりました。今は人生で一度だけでよかったと思うようになりました。ふたたび人を信じて生きています。
2017年04月06日
コメント(0)
全7件 (7件中 1-7件目)
1
![]()

![]()