全7件 (7件中 1-7件目)
1

11月29日しいちゃんのアトリエ舞踏507独り生きる冬桜独り生きるいよいよ独居世帯が三割になった日本、都会に多いとは言うが地方の雪国などの限界村落の独居世帯は、村の存続も危ういと言う。週末に息子が来るとは言え、私も独居組だからわかる。誰にも何も言われない環境は、勝手に生きていることになる。起床就寝から三食のこと、掃除洗濯、入浴、外出、買い物・・すべてが勝手なのである。いやあ自由でいいよと言えるのは若いか老人でも健康な人たちで、健康に不安を持ったり独居が寂しいと感じた途端に長寿も苦労になる。独居組には独居組の苦労がいっぱいある。ところが健康で、独居組でない人たちも苦労があるとみえる。近頃,新聞の本の広告に生き方指南書が増えてきた。たいがい、あまり他人ごとにまきこまれず一人の時間をもつことで平和な時間を持ち,楽しめと言うことらしい。独居組が一人はさびしいと思うのに対し、雑居組はわずらわしい人間関係から離れ一人の平和な時間を大切にしろと言うのだ。なるほど。一つの環境では満足できないわけか。都会のマンションに住んで週末は山か海の別荘に行く。たまには日本を離れ外国で過ごす・・会社の人間だけでは息づまる。家族だけともつまらない。一人を大事にすることが基本だが,安全地帯がいると言っているのか。学校や相撲業界もいじめの構造は、逃げ場のない環境に問題があるから人間関係も逃場を用意しないといけないのか。それは一つに集中しないことでもあるのか?学校がすべてであっても卒業がある。職場がすべてであっても、定年がくる。家庭がすべてであっても・・よくわからないが、独り生きる覚悟がいるということか。そして自分が誰かの支えになる人間になることかもしれない。冬桜今年の駿府城公園の紅葉が素晴らしいとは書いたが特に黄色い葉の中で冬桜と言われる桜の葉の紅が素晴らしい。戦後から住み続けている老婦人が言うから、今年はまた特別なのだろう。気付けば紅葉と新緑の季節の最中は、あまり旅に出ていない。棲んでいるこの城址で十分に思っているのだろう。俳句は30年やったが、何故か赤い冬桜の句は一句も作らなかった。内堀土手の二本の大銀杏の黄色もあざやかになってきた。この季節に雨や風の後、堀の落葉を拾う櫓漕ぎの小舟は長閑な城址の風物詩だ。さて三年ぶりの俳句です 初冬の城址風景三句。濠落葉すくい櫓漕舟がゆく 赤々と燃えて墜ちゆく冬さくら一夜あけ欅並木のはだかんぼう
2017年11月27日
コメント(0)

11月25日しいちゃんのアトリエ舞踏507ときに哀しみ嘆け 五木寛之カレンダー2019※五木寛之ときに哀しみ嘆け 五木寛之市民大ホール1200席に、平日午後とあって中高年男女客をびっしり入れての地元信用金庫主催の90分の講演だった。さすが84歳の五木寛之、時流を捉え老い始めた者老いた者たちにこれからいかに生きるべきか、語った。まづ静岡の客は元気がいいと、楽屋にいても客席の賑わいが聞こえてくる。これが北陸ではシーンとして通夜のように、あまりに静かで客がはいったかどうか、わからなかったと言う。これには少し驚いた。何の公演でも静岡では開演のベルが鳴るまで客席はホール独特のざわめきが響いているものだ。土地柄だろうか。全国を回る講演先でのエピソードで大いに笑わせる。落語家よりうまいかな。話しは核心に入る。日本は坂を上り詰め、いよいよ国民の老齢化、人口減、世界中を相手の経済戦・・これからはどうしても下り坂に入ると、思いもよらぬいろんなことが起きるだろう。今までのように元気にいこう、明るく笑っていこうといった流れもだんだん変わらざるを得なくなる。泣きたい時は泣いていい。悲しい時は哀しもう。戦時に息子を戦に送り出した母親たちのことを思ったのだろう。認知症治療で過去を思い出すのがいいと言う。昔をいっぱい懐かしく思い出して、悲しい時は泣けばいい。無理せずに自然に生きよと言うことか・・いやあ、実に素晴らしい講演だった。一万円チケットの芝居を観た以上の感激があった。家から歩いて五分の市民ホールでよく顔をあわせる町内の足の悪いおばあさんと今日も出会った。「いやあ さすが一流でしたね」と二人でさかんに感心をした。カレンダー20192019年のカレンダーを買いに本屋に行く。本屋もデパートも年々売場が広がる。毎年景色のカレンダーや花のカレンダーは貰う。デスク脇に三ケ月分分つながった長いカレンダーは長期の予定管理に便利。二黒土星の今年、今月の運勢をみるために高島易断のカレンダー、今夜の月はどうかなと小さな月齢専門カレンダーも買う。高島易断のカレンダーの空欄にゴミ当番とか・・予定を書きこむ。けっこう長い習慣になっていた。貸農園で野菜や花を少し作っている息子が、高島易団の暦の中の農事メモをを見るためだったが、何故か近年書かなくなった。今年は農事メモを丁寧に書き込んだ花写真のカレンダーを見つけた。なんと小さいが月齢の絵までついている。素晴らしい。以前から平成と書くより2017と書いていたから、来年の年号変更は私にはあまり関係ない。生まれた年もずっと1935と西暦で書いている。話題変更。私と一、二歳上の天皇ご夫婦が、これから自由な暮らしを楽しまれるのはとてもいいことだと思う。今年は春に、東京駅の八重口で少数の駅員の先導でプライベートな旅から帰られたらしい軽装のお二人と、目の前ですれ違った。日暮れ近い雑踏の中のお二人は、旅行好きな普通の老夫婦の姿であった。退位のご希望が出た時は、なるほどと思った。多分、お二人はこれからも慈善や福祉に励まれるだろう。十分お国に尽くされた後は、自由な暮らしを楽しんでいただきたい。ほんとうにお疲れさまでした。
2017年11月21日
コメント(0)

11月21日しいちゃんのアトリエ舞踏506駿府公園ランニングステションしつこいスパゲティー駿府公園ランニングステション来年三月オープン予定の駿府城ランニングステーション建設工事が体育館角にはじまる。シャワーブースが5つと更衣室、休憩室が出来ると言う。土日の朝、のんびり公園を抜けて内堀半周の散歩にでるとランナーたちが堀に沿った狭い歩道を左回りで駆けぬけていく。私は車道をはさんだ広い歩道を歩く。スピードのあるランナーとは、車道を隔てて何回も顔をあわせることになる。たまに娘の友達ともすれ違う。「いい女だよ」と声かると「ありがとう。久しぶりだよその言葉」と返事がきた。あいかわらず金髪のホーステールのお姉さんともよく会う。時間をどんなに変えても会うから不思議でならない。向こうがスピードあげてるから、のろのろ歩きの私と何回もすれ違い互いに少し目をそらせる。公園も堀の土手も木々が秋色に染まり今が美しい季節だ。ステーションができたら、自転車や車できて走る市民が増えるだろう。ランナー達はひたすら黙って走るから、堀端がうるさくなることはないだろう。来年の春がなんだか楽しみになってきた。しつこいスパゲティー何年も前から、街のスパゲティー屋さんのスパゲティーをだんだん食べなくなっていた。なにかが違う気がする。そうしつこくない。時々以前食べたスパゲティーを懐かしく想い出していた。先週伊勢丹で一週間イタリア展があった。食べ物や工芸品と、東京青山のイタリアンレストランのイカスストリアも出店していた。空いてる閉店まじかに息子と行ってみた。私はエリンギのスパゲティー息子はウニのスパゲティー。ひさしぶりのしつこいスパゲティーを堪能した。おいしそうな食べ物が沢山売っていた。調理したソーセージを買った。朝のパンにこのしつこさは、しばらく忘れていた味だった。和食中心の家庭料理はどうしても、あっさり系になりがちで今更しつこい系の料理を作る気にならないから、このしつこさは嬉しかった。中華もパンチがなくなった気がする。単に老人の舌の退化だろうが、、ビバ・イタリアン しつこい料理に欲がでてきた。
2017年11月20日
コメント(0)

11月17日しいちゃんのアトリエ舞踏505孤立死アバカス孤立死長く孤独死と呼ばれていた、一人で誰にも知られずに死んでいく死が最近、新聞で孤立死と書かれるようになった。孤立死の意味は深い。孤独死は単に一人死んでいく・・それが孤立死となると、外部との関係を断ち一人死んでいくことになる。この公語は国の福祉の手落ちを隠す意図も感ずるが一人死んでいく人にむかって、孤立と呼ぶことで相談してくださいと言う誘いが見えてもくる。日本では最後に頼るのは一に親族だが、欧米では一が友達だと言う。日頃近くの人や友達とコミニュケーションをはかり、困ったときは互いに助けあえる社会なのだろう。武士社会の名残か、日本人の見栄のようなものが病気やお金の困った事情を誰にも話せず、死んでいくのか・・水道も電気も止まり、民生委員が訪ねた時は餓死による死後一ケ月と、よく新聞に出る。老人独居世帯の増加でこれから、孤立死はもはやュースにもならない時代がくる。ニュース用語の孤立死への変更には国も地方自治体も努力するが、みなさんも考えて下さいと言ったニュアンスが感じられた。デーケアーと目的は同じで、地域老人のコミュニケーション作りに小さな私の町でも月一で老人会が開かれている。お楽しみや講演もあると言う。そうして老人が顔を合わせて助けあうようになれば、福祉予算の何倍も地域の老人福祉になるわけだ。ところが人はそれぞれ、仲良く遊べと言うのは難しい。私の行くデーケアーでは、よくみんなでドリルやケームをやる。まだ呆けていない人はいいが、認知症ではこれでもかこれでもかと言われているようだと、考えることがある。皆で遊ぶ猫の俳句のカルタを今作っている。どんな反響があるか。すごろくも東海道で、例えば駿府の宿場では、丸子のとろろめしをおもちゃのお金五文で、食べるとか・・・おもちゃの江戸時代のお金を配り、サイコロを振って五十三次を進む。上がりはもちろん京都。大きな紙がいる。絵は92歳と86歳の叔母二人、これから気長に集まり作ろうと相談が進んでいる。老人が集まり遊ぶって、なかなか難しいとは日頃思っていたが老人の私だが、とりあえず出来ることをトライしてみようと思う。アバカス西洋ソロバンのこと。おもちゃ屋で閉店セールで買ったことは前に書いた。その時、戦後の街のミュージカルを上演する目的にむかって本気で時間を積み上げよう。その時間をアバカスの珠で記録しようと書いた。いまだ一つも数えられてないです。もう少し小さな目的でないと、数えられないのか。とにかくアバカスはこの机の目の前にあります。主題曲の歌詞くらい書かなくては・・・作曲の先生は癌を患い全快して、再び活躍してられます。なんという怠け者でしょう。ため息が出ます。私の書いた猫小説から脚本を起こしてもらうよう、多伊良先生に頼み私はただ怠けているから、アバカスがケラケラ笑っています。体調も回復し冬本番。さてもさても・・己の時間の残高も知らず、やっぱり私は極楽とんぼじゃ。
2017年11月15日
コメント(0)

11月14日しいちゃんのアトリエ舞踏504北斎がすごいバル北斎がすごい家族ハワイ島旅行に置いてかれた一日、その子さんと半年ぶりに上野で会う。今年の一月に娘と奈良の仏像と500年前の肖像画のクラーナハ展を見てから久しぶりの上野。エキナカもにぎわいだが、パンダの赤ちゃん誕生でお披露目前から屋台が出て朝いちから公園は賑わっていた。明治と昭和と平成が混じりあったこの上野公園がけっこう好きだ。世界遺産にノミネートされた国立西洋美術館には行列ができていた。ポスターにhokusaiが世界に与えた衝撃 北斎とジャポニズム。モネ ドガ セザンヌ みんなhokusaiに学んだとある。大胆な企画だ。北斎の版画は小さく色の劣化を恐れて会場の照明が暗い。並んだゴッホやドガ、セザンヌ、モネらの大きな油彩画がどうしても堂々としている。しかししかしだ。サイズの制限がなく自由に描かれた油彩画は限られた方形の中に広がる版画の奥行に完全に負ける。有名な画面の半分を占める荒波の彼方に波に乗り上げる船、そのはるか先に富士の山この立体の世界は、当時の西洋の画壇には驚きだったのだろう。これからもこの衝撃を越す絵は多分出ないだろう。ゴッホやセザンヌ、モネの絵も展示されている。巴里の画家の大波を被り船上であわてふためく絵も三点ばかりあって客のくすくす笑いを誘っていた。日本人ならまづこの北斎の絵の構図の素晴らしさに脱帽する。そして船が沈まないか、身近にそんなでかい波があるはずはないとか、考えない。なかなか芸術眼がある。北斎の眼は写真レンズのような遠近力があったのか。ならモネは極度の近視ではなかっか、セザンヌは濃いフィルターかけてるなあ・・とかその子さんと冗談が出る。ロートレック展では「美しい赤毛の娘」がその子さんに似ていることに気づいて絵の前でしばらく二人で声たてて笑った記憶がある。見終わって「絵は人間臭くていいなあ」と言うのがいつもの私の感想。娘はけっこう真面目に見るタイプ。北斎の長く裾野をひいた夕焼け富士もあった。わたしは静岡県に住んで、この富士の美しさは他の画家がけしてせまれない北斎だけのものだと、あらためて思った。過激な経済競争、ITの嵐・・世界情勢がめまぐるしい21世紀。人類の何百年何千年の歴史を後に語るのは実は芸術だ。日本の文化を誇りをもって大切にしたい。バルバルはドイツ語で昼でも飲める店だと言うが・・最近街でよくみかける。昼酒は不謹慎だと言うこともなくなった。仕事中に飲むのは良くないが、休みの日の昼にブラリ街に出て一杯景気づけにひっかけるのも悪くない。健康があまりよくなかった40代のこと仕事がこみいると、昼中に馴染のレストランでバカルディーを炭酸で勝手に割り飲んだ。小さな子グラスにはバカルディー大きなグラスに氷と炭酸が一本、マドラー。当時は海外に出たらバカルディー・メイク・マイ・セルフとオーダーするらしかった。飲むと気力がしゃんとして午後の仕事に戻れた。当時は酒飲みの亭主に苦労してたから、そんな酒の効用もあることを知った。その子さんと絵を見て,小腹が空いたから何か食べようとしたが屋台は行列でパス、エキナカも行列、一つだけバルが少し待てば席が開くと言う。二人とも疲れたから、飲もうということになった。昼すぎ。テーブル席二つに、カウンター席、旅の途中か男の一人客が多い。テーブル席に通してもらい、飯前で私はワイン、その子さんはジン・トニックつまみは胡瓜の糠漬け・・美味。飲むほどにメールで交換できない話が出た。きどってレストランでワイン飲むより、食前に安いバルもけっこういいね。黙って飲んでいる男の一人客が多い。仲間になったようでなんだかいいね。仕事でも家でもちっとも開放されない男たちの休憩所?今度一人て゛行ってみようかな。
2017年11月13日
コメント(0)

11月8日しいちゃんのアトリエ舞踏503ワールドカップ静岡大道芸2017ハワイやめたら癌ではなかった※ 大道芸のジャグリングワールドカップ静岡大道芸2017晴天に恵まれた4日間の静岡の大道芸も終わった。百万人の客をむかえた4日間を支えた、延べ千人を越す市民ボランティアたち中でも最終日の市民ホールの舞台に結集した老若男女のピエロ百人は実に自然な個性的メイクと衣装で、日本文化に完全にとけ込んでいた。4日セミファイナルの演技で、印象深かったのはロシヤのペアーのロープの空中ダンス。金髪の美女と美男がロープに絡んで繰り広げる最高の愛のダンスだった。戦後、中学生の頃から貝谷八百子や谷桃子のバレエ「白鳥の湖」を観てから、ずっと今もバレエが大好きなのだが・・観客数が伸びない日本のバレエ団は新作発表が少ない上、男女の愛やセックスを描く作品がほとんどない。4年に一度の世界バレエ・フェスチバルで垣間見るドラマチックな作品にわくわくする。来日の新作をやるバレエ団も東京公演5回くらいで帰ってしまう上、新作チケットはセールアウト。要するに男女の愛やセックスを描くバレエは、日本ではなかなか観れないのだ。およそ世界の舞踊の中で、裸で踊れるバレエがセクシャルな表現に一番むいていると思うのだが残念だ。前振れが長くなったがそのロシヤ組がロープに吊られ踊るダンスが実にセクシャルだった。ホールにすごい拍手が起こった。私は翌日のファイナルで優勝だろうと思った。翌日、切符を手に入れると、4時30分からの演技と優勝決定受賞式を行うホールに行った。結果は中国雑技団の男性の椅子積が優勝。賞金200万円。なんと舞台の天井に着くほど10米ちかくまで、一度も地に降りず下から背のある木の椅子を受け取ると、積み上げた。まだ公園で演技中でホールでは観れなかったが、二位は口で音楽を奏でてジャグリングをする男性コンビが賞金50万円。私のイチオシだった空中ロープのロシヤ舞踊組は三位、30万円だった。どこでもやれるのが大道芸だから、この受賞は妥当だろうと思った。それでも空中で最高の愛の表現をしたペアーには特別賞をやりたかった。折しも満月、ホールではなく大クレーンに吊られロープ一本で愛の世界を描いた二人の演技が観たかった。とにかくその日の千人を越す観衆は熱狂した。三日間で6公演、一公演千人を越す計6千人市民が手拍子を打ち笑い興奮したのはとても驚きだった。みんなこんなにも劇場を楽しんでいる・・娘の住む川崎市はホールを開放し、プロ参加の市民芸術祭を行っている。静岡市も市民発表会だけでなく、プロも参加のプログラムに公共のホールを開放する一ケ月間の長期芸術祭を私は希望する。伊豆は伊豆文学賞、浜松はオペラコンクール、静岡市は劇団スパックをおく演劇というのだが、むずかしい演劇が市民と無関係なのは非常に残念だ。やる人観る人が楽しめる劇場文化が市民に浸透する仕掛けがほしい。二晩大道芸の舞台にあけくれて、市民ホールのある駿府城址の住人である幸福を、しみじみ感謝した。ハワイはやめたら癌ではなかった娘夫婦の銀婚式ハワイ島の旅は、口内炎騒動で私だけキャンセルになった。今朝、市立病院に行った。しばらく待たされて「まあ消えましたね大丈夫ですから検査はいりません。この後10日以上消えない口内炎が出たら来なさい」と若い女医さんが言った。やれやれ。私は常々口が悪い。からと言って口内炎でハワイ島の旅が消えるとは、、そろそろ朝晩冷え込む立冬だ。冬の遅い静岡は昼中はまだ暖かい。街でジャケットを着た女性がまだまだ珍しく新鮮にみえる。冬は幾枚かの古いレインコートと帽子を玄関の脇に置いておく。その日の気にいったものを選び羽織って外出する。三、四十年も続く、おしゃれとは縁遠い、勝手な私のトレードマークみたいなものだ。それは、ちょぅど外界と内界を仕切る扉を、通過するための儀礼のようなものかとふと気づく。そうかそうだっのか。
2017年11月02日
コメント(0)
![]()
11月2日しいちゃんのアトリエ舞踏502大道芸ワールドカップ静岡2017芒野※大道芸ワールドカップ静岡2017で沸く駿府城公園大道芸ワールドカップ静岡2017年々人気が上がる大道芸が今日二日からはじまった。とにかく市民会館のホールのチケットが開催中の3、4、5の三日間昼夜のチケット、ざっと6000枚が初日1時間で完売。電話にしがみついたが一枚も手にはいらなかった。このあいだ中島みゆきのコンサートの抽選に外れたばかりで大道芸の券もどこに消えたのか、運がないと言うべきか市民として不満だ。今日も内堀外堀の橋を二本渡り公園を横切り街に買い物にいってきた。天気は上々、テント村の食べ物屋もせいぞろい。いくつかの演技に観衆が集まっていた。少し遠巻きに見ていると、男女が三人絡んでいろんなパフォーマンス。音楽に乗せて信じられないフォームの連続。普段はどんな暮らしをしている人たちなのかな。まだプロではないような・・街の札は車がとめられ大型のクレーン車が止まって準備の最中。夜に照明をつけて幾人ものダンサーがクレーンに吊られ空を舞うのだろう。一昨年見たが、ちょぅど満月の夜にファンタスティツクだった。今年も土曜日が満月だ。大道芸も街角スポットでやるのから宇宙規模のおおがかりなものまで、すごい時代だ。26年目になる静岡大道芸の運営は、すべて市民のボランティァでやっており毎年とどこおりなく百万人を越す客を迎えるのは素晴らしいことだと思う。 この駿府城公園の一部大樹を伐った時は、市民の賛否がありもめたが普段何もない広場を,こうして催事に生かすのもいいと思う。駿府城公園はちょうど紅葉がはじまったところだ。12月にかけて黄葉の多い公園の本格紅葉がはじまる。夕日を浴びるとそれなりに、なかなかの晩秋風景だ。のんびり大道芸でも見て屋台のラーメンをたべて最後の夜にあがる花火を見ようと思う。※箱根仙石原芒野以前、仙石原の見渡す限り背丈を超える芒野にわけいったことがあった。旅の仲間はバラバラに、芒野の道なき道を進みだした。突然声が途絶えて、吹く風に大きく揺れる芒の掠れるサワーと言う音だけ。芒と夕暮れ近い空とぽつんと自分だけになった。不安になってオーイと声をあげると、少し離れた所からむうも不安だったとみえ、すぐにオーイと返事が戻ってきた。続いてまたオーイと別のあたりから返事がきた。ほっとした。車に戻るとなんとなく,みんな黙っていた。枯れ色の芒野に一人迷い込んで、黄泉の国に行くのはこんな道かと私は思った。もしかしてたった一人で誰もいない背丈を越えた芒の中を、迷い迷い進むのか。時は止まり日没まじかの太陽がむこうの山際に赤くかかったまま。いつからか、箱根に出かけても仙石原には行かなくなった。美術館をまわり、元箱根に降りて海賊船の浮かぶ芦ノ湖の町で、蕎麦を食べたり、箱根細工をみたり・・多分私は人が恋しいタイプなのだろうと思う。
2017年11月01日
コメント(0)
全7件 (7件中 1-7件目)
1