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今日は肝臓の病院に行った。家から2時間はかかるのでけっこう疲れた。ずっと続けてきたが、もうもっと有効にQOLを考える時期かもしれない。精神科はもっと遠く、片道3時間かかる。べつに土田舎に住んでいるわけではなく、自分でその病院がいい、と考えたからだ。3連休を取っていた。病院のない二日間、どっかに行くことができるかな?と感じていたが、外に出るのが怖くて、また身体も休ませたくて、ひたすら寝て喰って寝ていた。
September 13, 2017
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今日は仕事に行ってきた。イラッとすることがあり、自分の店と帰りのスーパーで、爆害してしまった。やけになっているのを感じている。自分の人生に肝硬変と神経症で家庭を持てず、同年代の人のような収入のための就業が出来ず、年老いてきてどんどん年下の人間が、着実に人生のあしば固めをしていっている。どんなに頑張っても、自分は肝硬変の治療ための通院から逃れることは出来ない。どんなに頑張っても、自分の身体を信頼して思いっきり仕事に力を費やすことは出来ない。そして・・・収入が自分ひとりでも、この先消費税が来年10%になり、給料の控除額が、当然のように毎年政治家がアップします、の一言で減る手取り。 それでは自分自身の衣食住さえ大丈夫だろうか?笑顔で老後、知人と外食できる余裕があるだろうか?どんなに頑張っても、自分は肝硬変と肝臓の痛み、そして障害者手帳を持つ精神科から逃げることはできない。その影響が与える自分の人生の犠牲に、悔しくて悔しくて、涙が出てくる。悲しくてたまらない。ここ最近、株や投資に安易に気持ちが惹かれていた。簡単には、「お金があったからって幸せじゃないよ」というようなことは自分には言えない。幸せになるヒントはよく見聞きする。ポジティブになる方法を、チャレンジを、特に外国のスピーカーがプレゼンテーションしている。聞いていると、あ~そのような方法をコツコツと毎日やっていけば、ポジティブな癖を得れるのかな~とも感じる。
September 10, 2017
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最近、雑用が多かったのと疲れていて日記がかけかった。仕事、といっても給料の低い非正規雇用、、、だから時間使って何してんねん!と自分に苛立ちを感じる。 それは、自分がもういい年になってしまったからでもある。自分は結婚はしないだろう。一生できないだろう。親からのプレゼントの神経症と、C型肝炎からのもう中期?の肝硬変。自分では、今毎日を生きていくので精一杯で、誰かの人生と自分の人生を近づけることは、神経症の影響で、「罪悪感」を感じるのだ。知らない人にはわからない、強烈な根強い罪悪感。母親の鬼の形相、自分を縛り付けておこうとする鬼の気持ちの押し付け、が前進に響き渡るのだ。それと同時に、呼吸が出来なくなる。これを知らない、というかそういう環境で育っていない人間を自分は、ついつい一くくりにボンボンだと感じてしまう。自分が自分の人生を生きて当たり前、という自然な感情をを持つことは、当たり前なのだけど、それができることに、そいつはボンボンなのだ。と感じてしまう。それだけ自分は神経症が涙が出るほどつらいのだ。つらい、と感じれることは、少しずつ精神科の心理療法のいい効果が出ているからだとも感じる。元の症状は自分の感情すら分からない。感情を持つことは、ふしだらなこと、と親の意のままの子でないと、見捨てられるような言葉を、物心着く前から枕の横で耳元で恐怖の言葉をささやかれてきた。そうやって子供の成長を親はコントロールしてきた。子供が、天真爛漫に振舞うなど親の気に触る部分があれば、またコントロールされるのだ。なぜ子供は簡単にコントロールされるのか?親は子供にとって、生きていくための傘なのだ。つまり親に見捨てられることは、幼い子にとって、生存の危機そのものなのだ。たいていの場合、もっと小さな頃から親に、「かんたんにあなたのことは見捨てられるのよ」という意味合いを持つ言葉は、頻繁に言い続けられきている。自分の場合は物心着く前から、毎晩のように枕元で持病のあった母は「お母さんはあなたが中学生になる頃には死ぬのよ。」という言葉をずっと言いつづかられて北。そうやって育った子供は、いつでも親に捨てられる、衣食住、心の支え、など生きていくことへの危機感で全身がいっぱいになり、親の要求にノー、といえなくなって育つ。つまり、自分の感情は元々あっても、ノーと言えないことで自分の感情が見なくなって行くのだ。恐ろしいことだ。その人間は40歳になっても、50歳、60歳、はたまた80歳、になっても、そのトラウマとそれが残した自分の感情を感じることが出来ない、自分の気持ちが見えない、その結果、人と合いまみれることが出来ない、自分の人生を生きることが出来ない。生き地獄のまま芯で行くのだ。 時には頻繁に気づくと呼吸を緊張で止めている。頭痛がする。ボンボンには絶対に分からない人生だと感じる。ボンボンとはいっているが、それが普通なのだ。一人の人間の一生をわずか、幼い頃の10年ほどで、地獄の一生へと計背するとても恐ろしいことが多くの神経症者が体験している。悔しいのが親を憎んでも、いくら憎んでも、根本的な治療にはならないことだと感じる。
September 6, 2017
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