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「行動したこと、感じたり考えたりしたこと」今日は、躊躇っていた転出届を市役所に出しに来た。私は病的に心配性で神経質だ。臆病で度胸も器量もない。転出届を一度出すとマイナンバーカードに記録されるため、コンビニなどで簡単に書類が取れなくなる。それに、転出する、と宣言することは先に進むことでとても恐怖を感じていた。でも届けを出さないと先に進まない。部屋の掃除も、梱包も手につかない。実際に弊害がある。この実際に弊害がある、という事実が森田療法では動く動機と捉えられて来たように感じている。例えば、太った困った、は特にアドバイスは無い。でも、太って履けるパンツが1本になってしまった。は、実際の弊害があるから、動く動機となる。毎回TOPにかく「行動したこと、感じたり考えたりしたこと」は、外来日記療法を始める際に、こういうことを念頭に書くように。と、今では森田療法の教授になっている臨床心理士から言われたことだ。なぜ、自分だけ読む日記にしないのか?これは私自身の感覚で、自分だけ読むものだと、文章に的がなくなってしまうからだ。「日記が愚痴ばかりになってしまうのは良くない」とその心理士から言われた。ブログであろうと誰かが読んでいるかもしれない、という緊張感が、愚痴を防いでくれるように感じている。それにしても、市役所の手続きが遅くて待っているところだが、どんだけ待たせんだ…とこの後模様があるから、不安を感じている。
October 31, 2022
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「行動したこと、感じたり考えたりしたこと」久しぶりに日記を書く。ここ三ヶ月ほどは、 自分の中で、集中して決断しなければならないことのあまりに多かった。でも、それはこれからも続いていくだろうし、一生続くだろうと感じている。埼玉県から北海道への移住が本格的に決まった。そして 引っ越し日は11月4日。もう今日から4日ほどしか今の場所にはいない。家族には何年後には帰ってくるつもりだと説明してあるが、それは全くの嘘だ。嘘自体は自分のモチベーションを落としているので辛いが、トラウマを与えた人間たちなので仕方がない。仕方がないことは諦めるのが必要なのだと感じている。これも森田療法の教えなのだ。体調や予測不能のことがない限り帰ってくるつもりはないし、本当は北海道の移住先に骨を埋用と考えている。私の人生は常に居場所探しだった。移住先は その街と決めていたわけではないが、自然の豊かなところであればどこでもよかった。それは20歳の頃からの夢だった。実家に居場所はなかったし、政治に指定都市になって大病患っても、実家の家族から追い出されたし、 それは決して忘れるつもりはない。それに耐えて生きてきたのが私の生き様なのだ。これもまた森田療法のアドバイスだ。ちょうど1年前かな。本格的に移住活動を始め、北海道で就職先が見つかってからは、ジェットコースターのように手続きに追われ、その度に決断しなければならなかった。決断とは「決めて断りを入れること」大切な人にも友人、知人、家族、に別れを告げると言う事、一方的に。辛い。辛いけれども、自分自身が そうあるべきと言っている。家族には何年後には帰ってくると言ってあるな、それは嘘だ。帰ってくるつもりはない。根を張り、骨を埋め、今回の移住先よりももっと奥深い森へと居住地を移すつもりだ。私が健康だったら フィンランドのフィヨルドの森に行くことが最大の夢だったが、手の届く範囲で努力をする、と言う観点からは、諦めも必要だ。諦めなければ、手の届くものも手に入らない。「諦めていいのか?」私たちの年代は幼い頃かなそういう大人があまりに多かった。そのことでどれだけ人生を狂わされただろうか?今の若い世代はと言うより、昔から普通は諦めるということをできる人が多かったように思う。それが健康的な心身へとつながったのだろう。今日は 1日パソコンに向かい話だった。amazonのタイムセールだったからだ。引っ越しに向けだいぶ日用品を減らしたので、消耗品は向こうの住所に送るように購入した。ここ数日どうも力が抜けて移住の準備を進めていない。そして有給消化に入ったこの1ヵ月、働いていないために 5から6キロ太った。面接の時から比べてそれだけ太ったわけで、入社日までになんとかの体重に戻したい。1ヶ月半前に 北海道ぜ面接をしてから、入社まで2ヶ月以上待ってくれている。そんな会社にデブデブになった 自分で行きたくはない。とにかくここ数日、家族に会って、いろんな家族の態度に、また私のトラウマが狼狽していた。自分を取り戻せなくなっていた。悔しい。今は少し森田療法日記の力を借りて、着実に移住と引っ越しを済ませたい。そして ときには−20度になる環境下での生活、仕事、そして何より、体調、精神、これをしのぎきらなければならないと感じている。今一度踏ん張らねばならない。そして新しい生活へ。新しい生活からまた何に踏ん張らねばならないか 見えてくると感じている。もしこの日記を暇つぶし信じ、読んでくれている人がいて、その人も精神的に悩みを感じているとしたら、私が恵まれている人間だと感じるかもしれない。結果的にはそうだと思う。でもその結果に至るには、 確かに蜘蛛か運や導きが大きかった。ただそこから自分で森田療法へと手を伸ばし、「 話したって分かってくれない」と言わずに、精神科医も臨床心理士も人間。解ってくれるように、何ヶ月も話してきたことで、プロのその人たちが導き始めてくれた。それが、今の私があるのは森田療法、21年間、導いてくださった1人の精神科医と、その診察と並行して見てくださった。2人の森田療法の臨床心理士のプロフェッショナルのおかげだと感じている。その教えは、決してこれからも手元からは話してはならないと感じている。こうして森田療法日記と題して、ブログに書き、自分だけの日記ではなく誰かが読む。私の恥ずかしい内面も、誰かの目に晒されること、そのことにもまたあえてブログで日記を書く理由があると感じている。そして、録音した診察のアドバイスを聞き、 これからの生活の中で不安に直面したら、あえて体験し、自分がどう感じるのか、そこから決断をしていくのだ。今はそう考えている。
October 30, 2022
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