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「行動したこと、感じたり考えたりしたこと」今日は休みだった。今日は、田舎暮らしの求職活動やハローワークに行けたら行こうと、ここ二日間の仕事も手を抜いて疲れないようにしていたのに、疲れがどっと出て動けなかった。関東では、6月中で3日連続の猛暑日の関係と、休日の前の晩はどうしても夜更かし、どころか、最近は朝8時まで徹夜で起きてしまう。それだけ羽目を外したい願望を感じている。結果的に移住関係のことが何もできなかった。早くしないと引っ越しが北海道の雪の時期になってしまう。それは避けたい。果たして、自分の体力、病気で、引っ越し業社との交渉、病院の転院の手続き、引っ越し準備、引っ越し、北海道への業者のトラックと合わせた車での移動。北海道に生活の拠点を変える、ということは、そういう実際の業務を考えると夢のことのようだ。パートナーがいれば仕事中に行政手続きを済ませてもらえるが、7月中には、どこか十勝の就職先を見つけたい。向こうの手取りの平均が月16万くらいで、健康なら正社員でボーナスを毎月に割り当て手取り18万くらい。かなり関東圏と差があるが、そこを妥協しない限り延々と決まらない。引っ越し以外に、住まい探しに、受けさせてもらえるか面接に一回ずつ合計二〜三回北海道と往復する必要があるだろうか?でもここも妥協する必要がある。なんなら、向こうに行くことが1番の目的で他のことは諦める、くらいでないと進まないし、それを納得いくまでやっていたら体がもたず先に進まない。今でさえ体が保つか心配なのに。エアガンをオークションで立て続けに売っている。キャンプ用品も。でも1個に時間がかかりすぎ、多分全部は無理だ。結局今日は、移住のことは何もできなかった。悔しいし、間に合うか心配で心配で仕方がない。ところで私は、昔から神様に没頭してしまう時期があった。一回目は、体の病気とわかった時、正社員だったがパートで来ていた同じ歳の女性に優しくされ、健康食品のお試しを勧められた。その後、本契約を結ばないか?と言われ断ったら、超怒ってきて、その剣幕に当時の私はあまりにも幼稚で、しかも同じ年に母を亡くした病気と同じ病気だと自分が知った直後だったため、とても精神的衰弱していた。その病気にいいとその女性に勧められ断ったらキレてきたので、弱気だった私は70万で健康食品を買わされてしまった。後から、もう一人、同僚のアルバイトの女の子が同じ目にその女性に断ったらブチギラれ、健康食品を買わされたと聞いた。問題は、その後もまだ精神的に飛んだ病気になった、自然移住などとんでもないことになった、と参りきっていたところに、その病気を治してくれる神様がいると、その同じ女性にまた騙された。金額は大したことなかったが、参りきっていたとはいえ、私の寂しさを見抜いてくる人間などこの世に存在しない、という私の傲慢さと、無知と、人を見下す考え、があることを知った。それはおそらく、リトルリーグという少年野球チームでピッチャーで関東大会に優勝し、新聞に写真と名前が載ったこと、またその市のチームは学校の友人とは違う同年齢の子供達で、小学校で自分は特別な人間なんだ。と自惚れていたことをはっきりと感じている。当時はまだサッカーではなく、少年野球がメインの時代だった。そこから私のプライドだけは高く、転落人生を見窄らしいものだったが、それ故に、世の中に自分の内心を見抜ける優秀な奴などいない、という考え方があった。だから騙された、というのも一つだと感じている。だから今回の、田舎暮らしにしても自分は他の人とは違う人生を歩くべきだ。という感情が、もしかしたら自分の中にあるのではないか?その思いが私を人生の重大な過ちへと導いているのではないか?と危惧しているのを感じる。同時に、もう悩んでいてもしょうがない。行ってみるか!とも感じている。自分の体、心、両方の病気が大丈夫といえる仕事の募集は見つからない。もうそこは、最後は賭けで決めるしかない。賭けですか? と前回主治医に聞いた時に、「そうだね。決断はある意味最後は賭けだよね。」と言っていた。
June 29, 2022
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「1日の中で、行動したこと体験したこと、感じたり考えたりしたこと」今日は仕事だった。私は物事を決められない。捨てられない。そういう癖にずっと苦しんでいる。たしか主治医にその時の考え方を教えてもらったんだけど、明日記録を探そう。田舎暮らしへ心の壁は、肝臓周りが痛いからというのは常にある。もう一つ今日感じたのは、あんな障害者雇用の私が重いものを持てないことを、嫌がらせでわざと荷物を押し付けてくるパート達でも、15年間働いた同僚達と離れるのを、寂しい、と感じているのかもしれない。ということだ。意外に的を射ているような気がする。
June 27, 2022
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「行動したこと、感じたり考えたりしたこと。」今日は休みだった。仕事はたいてい13時から22時まで。休みの前の晩は帰りにスーパー、車の充電、その他開いている場所の用事などで、23時30分頃に帰宅し、シャワー、ニュースウォッチ9を見ながら、制服がその時洗わないと乾かさそうなので洗濯、洗濯物干し普段はパソコンを開いてメール削除、、、で普通に用事を済ませるだけでも明け方4時半ごろの就寝になる。この生活をずっと朝起きて夜早めに寝る生活に変えたいと15年くらい感じながら生活してきた。そうするためには、やはり仕事を変えるしかない。ハローワークの担当者は、少しでも仕事を変えようとする意見をいようものなら怒るように止めてくる。当然、こっちがいい方向にと思っても担当者からは=離職率になってしまう。と言うことなのだろう。そのため、変えるなら自分の意志をはっきりさせて対峙しないとならないと感じた。それ故に、日記は本心を炙り出してくれる手助けをしてくれているかもしれない。と期待を感じている。外来森田療法の日記療法はその日記に、次の診察までにカウンセラーが添削をつけてくれる。ネガティブな考えの修正や、別の視点を注釈してくれる。今日記を書いても、添削はないから暴走しがちだ。でも、誰の目にも触れる機会のない日記を、神経質で心配性な私が書くともっと暴走するだろう。多分「殺す殺す殺す コロスコロスコロス ころす!ころす!殺」と延々に何時間も書いていそうだ。この辺まで書いて、明瞭簡潔にという主治医の言葉に反しているのを感じた。切り上げる。≪ 新色追加!ランキング1位入賞!≫ サマーニット レディース 春 夏 ニット トップス 薄手 プルオーバー リブニット フレンチスリーブ リブ ラウンドネック カジュアル フェミニン ベーシック 無地 着回し xyf9299 SAISON DE PAPILLON価格:2739円(税込、送料別) (2022/6/26時点)楽天で購入
June 25, 2022
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「今日1日の間で行動したこと、体験したこと、感じたり考えたりしたこと」私は私のためにこれを書いている。人がどうであれ、が以来森田療法を慈恵医大第三病院で受けなくなってから日記も書く機会がなくなり、考えの整理が当時より付かなくなったため書いている。後悔する日記は誰かがもしかしたら読んでくれているかもしれない、と感じることで、日記が本心にならざるおえないいい効果があると感じるため、公開している。今日二度目の日記だ。関係ない。もう寂しいのは嫌だ。これは本音だと感じる。今のまま、これまでのように兄に馬鹿にされて生きるのも嫌だ。まさに主治医の言うとおり「何かを得るためには何かを諦めめねばならない。その時期に差し掛かっている。」北海道じゃなければダメなのか?暑いところでなければ、富山だろうが岩手、山形、長野の田舎どこでもいいちゃーいいのだ。でも土地勘がない。じゃぁどうしよっか?と考えている。今の仕事もさほど嫌いじゃない。でも体力が持つかどうか。障害者雇用枠で配慮してもらっているので、薬の接客がメインだけど何度も健康状態に災いを受け、夢を挫折した。一度目はプロ野球の選手。リトルリーグで関東大会を優勝しピッチャーとして新聞にも載った。翌年は全国大会、優勝すればアメリカのリトルリーグ優勝チームとの試合。その全国大会を前に、肩を壊した。3年間東京へ鍼治療に通ったが肩+肘も追加され両方とも治らなかった。二度目は警察官。警視庁に二回受けたが、色弱であったため筆記試験を受けても無駄になる。と二回目のトライ時に教えられ泣きながら中野の警察学校を(警察官が付き添ってくれて)門を出た。3度目は私にはやりたい仕事があった。アウトドアショップの定員。副店長をしていた。趣味を仕事にできて、毎日職場に行くことが楽しくて仕方がなかった。そんなおり、27歳で母が亡くなり、半年後に自分が同じ病気だと知った。C型肝炎。当時の薬は副作用の強いものしかなく、自殺する人も1000人に一人出るというなかなかの高確率の内科的薬だった。そこから今に至る23年間は肝臓病との戦いだった。そこでも、週3回コロナワクチンを打っているようなものの、副作用のためアウトドアショップはやめざる終えなかった。43歳でC型肝炎は完治するも、肝硬変になり、一週間前の検査ではあまりいい数値ではなかった。こんな体で北海道に単身行くのは無理なんじゃいか?そう感じる。それに加えて先日の救急搬送。北海道にこだわる理由は、なんとなく、だ。荒川の上を通勤の満員電車に詰まられて渡っていた時に、脳裏に浮かんだ光景が、27歳で行った北海道二週間一人旅の風景とそっくりだっただけだ。頭では、今の年齢から60歳70歳などはあっという間だろう、と分かっている。でも「寂しいのはもう嫌なんだ。」と言う欲求に本心に気付いたからこそ、今この地元で自分は人との繋がりを変えていけるんじゃないか?むしろそれこそが自分の求めているものなんじゃないか?木と森は好きだ。寂しいほどの荒涼とした人のいない獣道をかき分けた先に広がる風景に冷たい地響きを立てる風に吹かれている時、私は優しさに包まれているのを感じる。それは両親に不安に突き落とされ寂しさを募らせ生きて来た自分の心に自然が寄り添ってくれているように感じた。それが北海道を求める理由だと感じている。本州は狭い。見通しが悪い。美しいところはたくさんあるのだけど、狭くて人が多い。健康、お金=転職、引越し、まずそれに私の体が耐えられるのか?主治医はお試しの連続、というが一旦いけば、お試しでは済まないかもしれない。
June 24, 2022
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「行動したことを感じたり考えたりしたこと」先日、森田療法の受診先として間違って書いてしまったかもしれない。森田療法を受けるには、慈恵医大第3病院と、そこから独立した開業医(見つけ方はよくわからないが町の精神科の紹介に森田療法、と書かれているところもある。)あとこの北海道の移住に関して主治医から勧められたのが「森田療法 生活の発見会」と言うものがある。これは全国の、主要都市にたいていあるそうで、北海道も釧路や帯広、旭川にもあった。これは患者の自助グループで、そこに嘱託医来ているようだが、私はその中身は全くわからない。ググってみればそっちの方がよほど内容が分かりそうだ。今日は仕事だった。最近3連休もきつい。今日も脳のグラグラとめまい、吐き気を感じながらの出勤だ。私は障害者雇用枠で嘱託社員の月給で雇ってもらえたので(そーゆー時期だった)ラッキーだった。今は求人を見ていても障害者雇用は、パートやバイトしかあまり見ない。正社員であっても事務の経験必要、ワードExcelのスキルが必要などスキルを求められるようだ。でも、その中でも何らかの手段は行動を癒体験をしていけば見つけられると言うのは今までの森田療法の結論だ。私は朝何か覚めた瞬間に重要な自分の欲求に気づくことがある今朝感じたのが「もうこれ以上寂しいのは嫌なんだよ!」と言う感情だった。これが全てでは無いかもしれないけれども、事実なのはおそらくそうだと思う。この本心から自分がどう旅は、同時にどう考えどう感じるか何を体験してくれる重要だと感じているただ同時に人生の残り時間も少ない焦りがどうしても出てくる。でもそれは一旦脇臭い直生と考えて。
June 24, 2022
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「行動したこと、感じたり考えたりしたこと」今日は仕事だった。寝ても覚めても仕事中もずっと、北海道移住の勇気が出ない理由を頭の中で探し続けている。同時に12日の救急車搬送の後遺症と付き合いながら仕事をしているとそれが北海道移住のハードルに思えてくる。いや、確かにまずはこの目眩とふらつきと吐き気をまっすぐ歩けるように平行感覚を取り戻すことからだ。ただ、 精神科の主治医からは「まだ決まっていなくても準備だけをしておく。」と言われている。実際、腹を括れていなくても 十勝のいろんな会社の人事部に電話をして条件などを聞くことをしている。ただ、そのこと自体が不毛に思えて仕方がない。いくら調べようが、一応二社は応募して 速攻書類選考で落ちたが本当に行くと考えたとき、私の脳裏には、兄が笑ってこちらに私の名前呼びながら歩いてくる姿が 思い浮かぶ。あには私を神経症にし傍若無人な人間だが、私と同様に両親の被害者でもある。その両親の父親の方も4年前ようやく亡くなり、2人で新しい人生を今歩こうとしている。ただもう時期が遅すぎたと感じる。歳をとりすぎた。もう私も50歳、兄は58歳。でも本当に遅すぎたのか?私は思いとどまることはできないのか?(思いとどまらないといけない、兄と離れてはいけない)と念じていた晩に、先日の脳圧が上がり救急車で運ばれる症状が発生した。北海道へ行ったらもう二度といろんな条件を考えると、今のように気軽に兄に会う事はできないだろう。ようやくこの家系の悪い部分から、離れようと兄としているところだったのに、私の心の中にはやはり家族分裂の欲求が 止めようとしても湧いてきてしまうのだ。森田療法の主治医からは「お兄さんを捨てられるかどうかが鍵。お兄さんに、ほだされないように。未練があっても行く。」と言われている。それはそれも私にもそう感じることだ。ただひたすら心の中で(兄貴ごめん、ごめん) と唱えるしかない。それであってもずっと迷いは残る。「一番 良くないのは何も決めないこと」 と主治医から言われたことがある。要は、どちらを選んだって日ごろの選択の全てに何らかしらの後悔は残るものだから、すべてを手に入れようとするとずっと決められずに時間だけが過ぎていってしまう。それが良くないと言う意味だ。主治医からは「何かを得るためには何かを諦めないといけない。」とここ1年ぐらいずっと言われている。これは私が森田療法で、だいぶ救われてきた証でもある と感じているし、主治医もそのようなことを時折口にしている。北海道は移住推進のキャンペーンをとても華やかにやっているが、それは対象となるのは健康な人間だ。肝硬変で精神の障害者手帳二級があり、月に一回、通院のため希望級が欲しいと言っている人間を、わざわざ雇うメリットが十勝の企業にあるはずがない。ただでも、北海道の企業は経営が貧しい。華やかに宣伝していても実態は違う。休日も少ないし、給料は関東の七割程度だ。手取り15万程度で暮らしている人が非常に多い。それで自分が医療費や、車必須の維持費、冬の暖房費を払いやっていけるのか?3連休を取れるのは年二回程度が普通。という事は関東に気軽に帰って来れるものでもない。どうしたら覚悟が決まるのか、今ももがき、明日ももがくだろう。でも私はそうやって15年間で肝硬変の原因のウイルスを消すことに成功した。また、それが森田療法のやり方でもある。地べたを這うように前へ進め。そんなメッセージを私は森田療法から感じる。【先着50枚限定!1枚1,399円!2枚購入クーポン利用で】リネン ワイドパンツ パンツ レディース リネン スカート フレアスカート 麻 低身長さん向け 大きいサイズ ウエストゴム ブラック 黒 グリーン カラーパンツ リネンパンツ 高発色 ロングスカート 夏 ダークエンジェル価格:2960円(税込、送料無料) (2022/6/24時点)楽天で購入22
June 23, 2022
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「行動したこと、感じたり考えたりしたこと」日々、自分を追い込み焦り肝硬変と精神科と、翌日は北海道の会社説明会へと緊張の続く日々を送っていたら、ついに私は6月12日未明に自分で起き上がれなくなった。前日会社説明会から戻り、よく夜中1時、枕に頭をつけた瞬間に私の体が人生ゲームの回すダイヤルのように高速でグルグルっと回った。もちろん意識の中だけで、同時に後頭部から脳幹部へ突き上げるような圧力と吐き気が襲ってきた。頭を少しでも動かすと吐き気が襲ってきた。あ〜これ吐くパターンだ〜50年生きていると、諦めの境地に達する時がある。一晩中吐いた。おそらく3時間でも寝ればなんとかなるだろう、と肝硬変の方の薬と精神科の薬を飲むも、すぐに吐く。なんとか多分3時間ほど寝た。目が覚め、状況が変わっているかと期待した。しかし、クビを起こすとまたすぐに吐いた。目がかすみ、どうすっか!? 脳梗塞か脳卒中か、日頃血圧が200に近い状態を、肝臓の薬の副作用もあり、それをやめたから元に戻るだろうと放置していたが、ついに来ちまったか???と考えた。しかし、激痛はない。体眉かを這うようには匍匐前進できる。スマホは部屋着のポケットに。トイレで吐きそのまま職場へ「これから救急車を呼ぶから今日は出れない。」と電話した。這えるうちに、死んだ時、人に見られたくないもの、人に見られたくないレンタル品入院になったときの命綱、モバイルWi-Fiと、パソコン、iPad、スマホ、それらの充電器、そして日頃飲んでいる薬を、これから運び込まれるだろう病院へ伝えるため引き出しをそのままゴミ袋へ入れて、這って玄関へ行きなんとか鍵を開け救急車を呼んだ。救命士に玄関でうずくまっている状態から持ち上げられストレッチャーに乗せられおそらく真っ直ぐ救急車へ。その間、頭が揺れ苦しく目は開けられずうめいていた。やたら日差しのきつい6月12日日曜日、たぶん朝9時ごろか。私の部屋は1階でそのまま駐車場に出れる玄関があり、私のその運ばれていく姿はきっと7階建てのマンションの何事???と覗き込んだ住人たちに見られているだろうとどこかで恥ずかしかった けど、そんなのかんけいねー そんなのかんけいねー状態だった。病院へ着き、譫言のように「脳のMRIを〜 脳のMRIを〜」と言い続けた。冷静な看護師に「今日は日曜日だからできるかわかりません。」と一蹴された。でも私は言い続けた。希望通り、先にCT,次にMRIをとり、脳には異常がないことがわかり、看護師が教えてくれて一安心したが、まだ脳を揺らすたびに吐き気が襲ってくる。だめだコリャ。と感じた。美人女医が合計3名いたことは長くなるので省くが、結局ストレスなどからくるメニュエールとは言われなかったが、多分そんなものじゃないだろうか、と右耳が聞こえない状況は今もあまり変わらないがその時はほとんど聞こえずなんという診断名だったか、美人女医2名の前では分かったふりをしてしまった。ということがあり、今、北海道の就職活動ができないでいる。もしできたとしても、頭では行った方がいい。と思いつつ、何か胸に引っかかる。それが唯一残っている肉親、兄への罪悪感、遠慮、行ったらもう二度とこの体では会えない気がする、という、遠慮、怯え、後悔するんじゃない?という迷い。今の仕事は嫌いじゃない。人間関係は障害者だからということでお局さんたちに、虐められているけれど。その兄への遠慮が気持ちの整理がつかない限り、いくら候補の人事部に電話して、説明を受けても無駄なんだと感じている。【6h限定!30%OFFクーポン★22日18:00〜】Tシャツ レディース トップス フレンチスリーブ ドロップショルダー 半袖 丸首 タック フィッシュテール 体型カバー ゆったり 無地 白 グレー 黒 カーキ 新作 JGコレクション J価格:3280円(税込、送料別) (2022/6/23時点)楽天で購入
June 21, 2022
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「行動したこと、感じたり考えたりしたこと」今日は久しぶりの日記になってしまった。私は両親をすでに二人とも亡くしている。兄がいる。8歳年上だ。兄は暴力的で、恫喝をし、何十年も私を馬鹿にし、命令し、蔑み、嫁と二人で「お前は非常識だ、非常識だ。」と怒鳴り続けてきた。3〜4年前、父が亡くなった。可哀想な人だった。兄によると650万円ほどの借金を残したらしいが証明書を見せてくれと言っても、ちらっとしか見せてくれない。まぁ、母が死ぬと同時に兄と嫁が相談し、すぐに実家に入ってすぐに新築に立て替えた。理由は親父が心配だからとのこと。しかし、父親の食事を作ったのは最初の1年ほど?正確にはわからないが、兄と嫁への不満兄への不満は、父親からよく聞かされていたので兄は昔から、実家を自分のの子供たちに残す、と私を恫喝し、脅し勝手に決めつけていた。うちの家庭はいろいろあるから、恵まれた家庭に育ってなんでも自分優先で考えられて人の苦労話を聞くとすぐに拒否反応を過剰に示すやつに出会うと殺したくなる。それはさておき、この日記を書けないしばらくは、北海道移住のための就職活動をしていた。まだ実際に履歴書を送ったのは2社。速攻で書類選考不採用となった。他に一社、会社説明会に行った。私は50歳だ。年齢以外にも移住を焦る理由があるが、移住を焦っている。肝硬変、発癌リスクは通常は年齢が上がれば増えること、募集している企業だって、わざわざこんな病気の人間で、関東から北海道に移住してくると口だけで言っているやつを雇うリスクを犯すはずがない。でもまず問題は、応募できるところが非常に少ない。北海道は移住推進が非常に盛んだ。だから私たちは(きっと歓迎されるだろう)と勘違いしてしまう。推進しているのは自治体であり企業はまた別なのだ。私なぜ決意する勇気が湧かないんだろう、と考えている。良い条件などは無い。行こうか!と決意すると必ず、兄への罪悪感を感じる。非情で私に年齢差を武器に酷い仕打ちをしてきた兄だが、ここ数年は年をお互い取り、兄も少しこちらの気持ちを考えるようになった。わたしはずっと両親の言葉、態度、兄の威圧的態度に怯え育ち、完全に自尊心を打ち消してもう50歳になった。それでも、やはり今、その兄が笑って手を振りこちらへ私の名前を呼びながら歩いてくる光景が目に浮かび、北海道へ行く、という最初の決意、覚悟、腹の括り自体ができない。北海道へ行ったら交通の便が良くなったとはいえおそらく今の私の病状、そして休みの少ない北海道の会社、もう二度と唯一の肉親である兄には会えないだろう。私は兄に甘えている、とも感じるし、兄に怯えているとも感じるし、何より、兄の悲しむ顔は見たく無い。しかし、すでに私が北海道移住を諦めていなく、最初の一社応募したと伝えたときの兄の動揺は相当だった。父の借金が実際本当にどうなのかどれくらいなのか、私はわからないが、私は相続放棄をした。兄は一身にいろいろ背負った。しばらく、諦めたようにLINEが来なかった。おそらく、ショックを自分なりに整理していたんだろう。しばらく後「夢を追いかけてくれ」とLINEがきた。それだけ聞くと「いい兄貴じゃ〜ん」という奴がいるが、そいつも殺す。家庭環境というのは、特に幼児にはさまざまな影響を与える。なぜなら幼子は無防備であり、どんなに酷いことや恐怖を植え付けられても、生きていくためには、自分を殺し耐え凌ぐしかないし、それ以外の行動の知識などは脳が萎縮してしまって発想はわかない。そういう点は日本はまだまだ遅れている。続く・・・
June 20, 2022
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