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とうとう先日の茶杓を購入することにしました。今日、美術商のところに行って来ました。画展もされておりお軸をひとつひとつ説明していただきました。中には一千万円以上もするお軸もあり、金額に目が奪われ、お軸の良さが少し理解しきれないで終わってしまったかもしれません。どちらにしろお軸にまで興味を湧かせないでいられて良かったです。さて、茶杓。すぐにはお払いできないからと取り置きして頂くことにして、今日は少し手付けを置いてきました。宗慶の秋の茶杓:秋/秋風になびく浅茅ばことにして(・・・・またしても覚えきれず、せっかく歌をコピーしていただいたけれど忘れてきてしまいました。)こちらが私の生まれた年に作られた茶杓。宗明の春の茶杓:春/岩走る 垂水の上の早蕨の 萌えいづる春に なりにけるかも」 万葉集・志貴皇子の歌遠州流では茶杓筒に歌を定家様でかかれます。それは上記のように歌集からの引用だったり、家元が詠まれた歌だったり。初釜(遠州では点初め式といいますが)では元旦に詠まれた茶杓が使われます。今年だったか昨年だったか、宗慶宗匠はふと同じ情景の歌がふたつ詠めたとおっしゃって、珍しく筒に2首書かれていました。
2005年11月28日
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(10月10日のブログを参照ください。)今日は職場に家元の紹介で、と言って男性からお電話が入りました。てっきり私あてかと思ったらそうでもないらしかったのですが、私がたまたま出たから双方話も早くまとまり良い結果になったのではないかと思います。仕事のことはさて置き、この御仁、あるデパートの古美術商の店主。通常だと敷居がとても高いのでなかなか入れない場所。これは良いチャンスという思いもあり、今日は早番で仕事が終わった後、別の用事があり、時間は余裕であったので、お店に寄らせていただくと伝えました。さて、ぷらぷらしながらたどり着くと、残念ながらその方はいらっしゃらず、店員さんが対応してくださりました。お茶を頂きながらお話をしていると、別の店員さんがたまたま店主から電話があったので私のことをお話してくださったらしく、店主が(うちの流派の)宗匠の茶杓があるから見ていただきなさい、とおっしゃったといって茶杓を持ってこられました。秋風に、で始まる和歌を付けられたその茶杓。情けないことに和歌を覚えられず、確か古今集にあった和歌を茶杓に付けられてました。お値段をお聞きしたところで手の届くものでなし、と思いながらもお聞きすると、思ったよりはしませんでした。いろいろ眺めてみてみると、宗匠がその茶杓を削られたのは、なんと私の生まれ年と分かりました。筒の裏に60年に一度注目される干支が書かれています。そしてその筒、煤竹をストライプ状に削られているのです。なんと細かい細工でしょう。ちなみに全て宗匠や家元ご自身の御手に寄るものです。これは縁ですねぇ。(ちなみにもう一本、とついでに出されたのが宗匠のお父様、今の家元のおじい様のものも出てきました。宗匠のものが秋ならば、早蕨にちなむその茶杓は春。二本を並べて見ると古いはずの早蕨は筒も茶杓も色白でとても綺麗。さすがに春を思わせ、それより新しいけれど秋風にちなむその一本は煤竹を使用していることもあるからでしょう。秋を感じさせる風合いです。)二本見比べていると頂くなら両方ともよね。理由は秋風は自分の生まれとし作。しかも宗匠の御手に寄るものをひとつは欲しいと思っていたこと。二本にしたら春と秋と両方楽しめます。そしていつかは今の家元のものをと楽しみが増えます。それが叶えば三代の茶杓を揃えられます。なかなかないものです。さて、今日のお題は【不二ひとつ 埋み残して若葉かな--与謝蕪村】。やっとこの歌の意味が分かりました。今日、先の美術商でいろいろと説明くださった方に、伺ってみました。その方は分からないけれど、としながらも、若葉のころは葉っぱが茂ってものが隠れて見えなくなるけれど、富士はそれよりも遥かに高いところに聳え立っているもの。そういう人間たれ。何となくそんなことかなぁ、と言う思いもありながら、うまく自分では表現できず、もやもやしておりました。これで理解。そして今の私は埋みにまどろんでいるなあ、と改めて実感。そろそろ自分の軸を立て直して、不二ひとつに目標を持って凛としていきましょう。
2005年11月22日
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昨日は三重支部のお茶会が四日市駅近くのお茶席で行われました。本当は先生がお越しになるはずだったのですが、ご都合が悪くなったということで、たまたま休みだったので代わりに私が参加させていただきました。最近やっと禅語にも興味を湧かせ、本を読んでいます。そして、この四日市でのお茶会のお席にかかっていたお軸は、【一行三昧】。一の字は”弐”(に)の点がひとつだけの字になっており、いち、と読ませておりました。そしてそれは宗慶宗匠の手によるものです。ひとつのことに精神を集中して邁進する。お茶のお点前はまだ精神統一できているかどうか。庭仕事は無心になってするのですけどね。
2005年11月21日
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なんだか風邪気味のようです。頭が痛い。とりあえず写真のアップをします。
2005年11月11日
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連休最後の今日はさて、充実した日をと思っていたのにお昼がとっても眠くて夕方まで寝てしまいました。これもこれで充実?さて、友人かおりちゃんからプレゼントが届きました。それがこれです。かおりちゃんありがとう!!欲しいと思っていた一冊でした。今や家には茶の湯からみの本がたくさんになってきました。文化のシーズンはまだまだ続く。
2005年11月10日
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はっかくのまばんくうりをはしる・・今日の掛物はこの禅語でした。これは宗慶宗匠の書かれた掛物でした。今日は初めて家元のお稽古に連れて行っていただきました。発表会でもご披露でもないので今さらあわてても仕方がなしと思い、通常のようにお点前をしましたが、それでもやはりあがっていたようです。たまにはこういうお稽古も良いかもしれません。いつも以上に身が引き締まりました。そしてまた、たまたま家元が炉開きをしようとおっしゃり、炭点前をしてくださり、かつ、お神酒まで家元の手から頂戴するという光栄を頂いたのです。その後は先生のお宅に行き、初めて台子点前をしましたが、前の流儀の台子と少し意味合いが違うように思うのですが、どうなんでしょうか。勝手な私の理解では、利休さんは台子が好きではなかったし、草庵に合うつましやかな点前を求めた。しかし、遠州さんは江戸が開け平らかな世の中になりつつある中、そのつましいものからまた一歩進めて、利休さん以前にあった書院作りの中にあるお茶も再び取り入れた。それに合うのが台子点前。なので以前の流儀は台子といえば格が高く、お濃茶がメインだったように思うのですが、うちの流儀は薄茶だけでも色々とあるのです。でも、以前の流儀ではあまり台子点前をしてませんし、知識不足ですので大間違いかもしれませんので、どなたかご存知でしたら教えてください。これは京都で購入した帯揚げと帯締め。今日はこれをしてお稽古に行きました。ちなみにこの帯揚げは先日の歌舞伎に行ったときに、お姐さんがされているのを見て、いいなぁと思っていたものでした。(珍しいものでもないのでしょうが、ひとがされているのを見て素敵に思えたのです。)さて、お知らせがひとつ。ご心配頂いていた方もあるのですが、京都に行った際になくしたという定期入れ、JRからお知らせ葉書が来て、どうやら新幹線の中に落としていたようです。(中身が全部あるのかまだ分かりませんが、恐らく大丈夫でしょう。)明日JRに連絡して受け取ろうと思います。お騒がせいたしました。
2005年11月09日
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2日前に京都に行き一旦帰宅したものの、昨日は午後から大阪に入りました。今回の休みはこの大阪行きが元々の目的だったのですが。(ちなみに京都でなくした定期入れは、未だ見つかりません。)さて、大阪ではビアンチェというイタリアンに行き、少し早いBirthdayのお食事会でした。そして今日は朝から奈良に向かいました。奈良には小学校の修学旅行と学生の時に奈良博で行ったくらいでしょうか。(あっ、年齢ばれます?)近鉄奈良駅に着き、そこに行くまでの車中からも平城京の復元や発掘作業を眺めながら、そして徒歩で奈良市内を回ることになりました。興福寺、春日大社、ランチはその近くで奈良とは思えない、南仏風の建物でフレンチを頂き、(Wild Frogという赤ワインはメルローとカベルネソーヴィニオンのミックスで私好みのワインでした。)その後、とっても行きたかった奈良国立博物館の正倉院展に行きました。そう、今日のメインは正倉院展。写真の絵は、平螺鈿背円鏡で2003年11月号の和楽を写したのですが、今年もこの円鏡は出ていました。ポスターはこの円鏡のものもあります。(後で分かったことですが、円鏡と八花鏡とよく似た別の鏡があることが分かりました。今回は八花鏡のようです。円鏡は丸いのですが、八花鏡は八弁のお花のようになっており、まん丸ではありません。)日本のお宝箱、正倉院は知っていましたが、またしても私の無知を暴露することになりますが、正倉院は聖武天皇の崩御に際し、光明皇后が思い出の品々を収めたのが正倉院なんですね。当然小学校の時に授業で習ったのでしょうが、さっぱり覚えはありません。それにしてもたった一人の天皇だけなのになんて、すばらしいお宝がこれほどたくさん保管されていることでしょう。奈良から帰る車中、購入した本をあれこれ読んだのですが、1200年もの間、出土品としてではなく、伝世品として守られてきたことが素晴らしいのだということ、また、このお宝たちは国産のものというよりも、シルクロードを渡って海外からやってきたものがほとんど。そして、超ド級の品々で貴族ですら持てないような、そんなお宝の山です。そして、今となっては手に入らない素材や、途絶えた技法などがあって世界中で正倉院にしかない貴重なものもあるとのこと。この時代、ゲームのひとつが囲碁、その碁局もありましたが、感動したのが碁石である、紅牙撥鏤碁子(コウゲバチルノキシ)、紺牙撥鏤碁子(コンゲバチルノキシ)という白と黒の碁石でなく赤と青のしかも撥鏤(バチル)という技法で花喰鳥の文様の彫ってある碁石。それはそれは美しく、本や図録の写真がなぜこれほど威厳なく、美しくないのかと思うほど、本物のそれは素晴らしいものでした。そしてこの撥鏤という技法が途絶えた技法のようです。毎年秋に正倉院展は開かれるとのこと。来年も是非行きたいと思います。茶の湯も正倉院に影響されているものが多い。それにしても、茶の湯の時代から考えると天平の古えは更に更に昔のこと。それにも関わらず、海外との交易は今に劣らず、中国、朝鮮半島はいうに及ばず、トルコやアフガニスタン、ミャンマーとつながるのです。さて、恐らく12月26日あたりにはまた奈良に行くことでしょう。友人の誕生日のお食事会ですから。今日行かれなった部分の奈良に行ってきたいと思います。
2005年11月08日
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なぜなら、今日午後から京都に行ってちょいちょいとお寺巡って、くづきり食べて夕食食べて(その場所では、舞妓さんやお姐さんたちと一緒になったり、女優の○○まりこさんと偶然一緒になったり、)ちょっとセレブーな気分を味わって、予定より早く食事も終了したので早々に新幹線に乗って、食後のアルコールは名古屋でということになり、新幹線に乗り込みました。そして、たまたまバッグの中身を探っていると、ない。定期入れが。その中には会社のIDカード(新旧両方あり、旧はクレジットカード機能付き)もあり、また車の免許証も。どこで落としたのかさっぱり分かりません。一度だけなんでバッグの口が開いているのか、ふと、気になったときがありましたが、財布がなくなったわけでなかったので、さほど気にせず・・・・。かなりへこんでます。ちなみに今日は有名人にかなり遭遇しました。上に書いた○○まりこさんや、京都駅では○○まなみさんと思しき人、名古屋に帰ってくれば○○きよしさんや○○純一さんなど。大概、有名人は見慣れてますが、こうも会社以外のところで、しかも場所がべつべつのなんの脈略もないところで、お会いというか、遭遇というか、したことはまれです。それにしても何よりもへこんでます。ああああああああ・・・・・・・・・・・・・・・・・。今日もこんなことより書きたいことがあるのに、それどころではないのでこの辺で今日は終了します。 クレジットカード紛失連絡 オオイソさん(これはメモです)
2005年11月06日
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今日はちょっとお茶から離れて、私の大切なものがたくさんある中のひとつ、オーディオについて。このオーディオはデンマーク製。この製品に出会うまでは大して音楽にあまり興味はなかったのですが、この製品に出会ったときは音のきれいさに驚いたのです。それから恋をしてしまったのです。3年間恋をして、たまたまチャンスがあったためにその後、3年間無利子のローンを組んで購入したのでした。ちょっとお値段が張るのですが、一生のうちに必ず購入するんだと心に決めていたので、無利子なら貯金しているつもりで払えばいい。貯金して貯金してやっと貯めたまとまったお金を動かすより、そのほうがいい。しかも少なくても3年も早くからB&Oを楽しめるのですから。というのがその時に思った理由でした。そしてそれもあと数えること、7ヶ月・・・もある。もう少しもう少しがんばりましょう。このオーディオの良さは音が心に響くということ。難しい理論はおいておいて、初めてこの音を聞いたときはたまたま家具などおしゃれなものはないかな、とふらふらしているときに、どこからか気持ちの良い音が心を揺さぶるのです。何これ?と見た時は値段がしっかり目に飛び込んできて、いくつかの製品が並んでいる中で一番お値打ちだったのですが、それ以外にもかっこいいオーディオが並んでいましたが、あまりの値段に見る気をなくしていました。そしてまた別の雑貨屋さんでもまたも同じ経験をして、すっかりB&Oに打ちのめされていました。そこでたまたまB&Oの直営店を見つけたとき、ついふとお店に入ってしまいました。そこでは一切、値段はつけてなく、逆に安心してお店の人にあれこれと質問できました。そこで聞いたことで覚えていることは、デンマークで作られていて、大部分を人の手で作っていること、モデルチェンジはされないこと(日本のようにころころと信じられない速さでのモデルチェンジはしないのです。それほど完成度の高いものを作ろうという精神の表れなのですが。)そして、ニューヨークの近代美術館に展示されているものであること、音が良いだけではなくデザインも良くなければいけない、ということでオーディオのデザイナーではないデザイナーを雇って、世界あちこちに旅させ、デザインをさせてデザインからオーディオを作るのですから、スピーカーは四角くて奥行きが必要などという概念が壊され、この写真のスピーカーなど細長いものになっています。(今は日本のメーカーなど、このスタイルになっているものがありますが、きっとこれに影響されているのではないでしょうか)など。そうして最初に見つけたB&Oよりもこの写真のB&Oのほうが、はるかにお値段はするのですが、すっかり恋をしてしまったわけです。値段をつけていない理由は、値段で判断されてしまうと、それ以上説明を聞いてもらえないから、というものです。まさしくその通りだと思います。今の世の中、金額だけが先行して、ものそのものの価値を判断しにくいのではないかと思います。確かにB&Oは私からするとかなり値の張るものでしたが、(オーディオマニアの方々は、もっともっとお金をかけられるので、これなどは大したことはないようですが)私の中の美意識に新たなものを吹き込んでくれたものの、大きなひとつです。
2005年11月05日
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今日は朝から庭仕事を久々にしました。この続きはまた後で。まずはあさがをの写真をアップ。さて、今日から7連休です。なんとか有意義に過ごしたいと思い、計画を早くから立てているのですが、体調不良。風邪か、花粉症か分かりませんが、この精で治療中の歯もうずき、単純に治療がよくなかったのかと思い、歯医者に出向いても良くならず、そんな中、午前と午後少し、庭仕事をしました。写真のあさがをは11月に入ったというのに、未だに元気良く毎日咲く西洋あさがをです。普通のあさがをとは違うのはお花が咲く部分が、このあさがをだといくつも花芽をつけること。そして次から次から花をつけます。また、茎は華奢なあさがをのイメージをまったく覆すほど、太くそしてどんどんと繁殖するかのように、縦横無尽に伸びていきます。そんなことから今はすっかり小さな、華奢な朝顔に憧れています。そしてたまたま駅に野生化した青とピンクの朝顔を見つけ、種を頂戴してきました。来年は可憐に咲く、華奢な朝顔を咲かせたいです。それでもいつの間にかこの西洋あさがをが、幅を利かせていると思います。とても丈夫な種類のようですから。やっと芝を刈り、枯れた壺などは横にやり、続きは明日へ。おやつの時間は体調を考え、お昼寝の時間にしましたが、夕方からお稽古の用意。今日は結城紬に作り帯。(本当は作り帯は好きでないのですが、色目が良かったので合わせました。)今日は今年初めての炉の日。薄茶の平点前をしました。うちの流儀は男点前なので棗は届かないし、茶杓は届かない。点前のあいだ中、体を動かして行っては物を取らないとなりません。そのたびに着物はぐちゃぐちゃ。そうそう、今日気づいたことがありました。最近、どうしても床の間中心の足運びがうまく行きません。裏千家の時は右で入り、左で出る、というもの。それが床の間中心だと畳ごとに歩幅が合いません。先生と一緒に考察すると、裏千家の時に最初の一歩を小さめにして右入り、左出の調整をしていたことに気づき、それがために今の床の間中心では最後の一歩を大きくするか、もう二歩余分にするかと苦労していたことをやっと理解したのでした。こんなところにもまだ前の流儀のものが残っていたのでした。(今までなぜ気づかずにやっていたのでしょう。)
2005年11月04日
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やっと念願かなって写真のアップが出来ました。今回の写真は私が会社や旅先にもって行く茶道具です。カラフルな袋はアジアンのイベントで見つけたもの。茶碗は黄瀬戸(もしくは黄いぼら)と織部(風の)沓型。袱紗は万博で見つけたシルクで出来たスカーフを袱紗に仕立てました。このお茶碗でどれだけの人、どれだけの幸せな時間を過ごしたきたのでしょう。そしてこれから先、どれだけの・・・・?
2005年11月02日
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今日半日の私の時間はショートトリップ。朝早く起きて、電車に乗り向かうは六古窯のひとつ常滑へ。正直常滑焼は好きではありません。なんだか野暮ったいのですもの。でも本題は箏の音を聴きに行くことでした。常滑の駅で降りたときは時間を作ってどこか常滑焼を見に行こうと思っていました。本場に行ったらきっと私の思っている野暮ったいばかりの常滑焼でないことが証明されると思うからです。さて、なぜに常滑で箏かと言えば、以前うちの会社で私がお茶を立礼で行ったとき、打ち合わせになかったことですがたまたま、立礼のお茶の横で白砂の上に箏奏者のかたがいらして、演奏しながらの茶の湯となったのです。その際に少し声をかけたことがご縁で、この箏奏者の先生としばしお手紙と携帯メールのやり取りをさせていただいており、その先生が今日、常滑と半田の郵便局でボランティアの箏演奏をしていらっしゃるということでしたので、そちらに参ったのでありました。尺八や胡弓との合奏です。常滑で少し拝聴し、その後、半田に移動してまた別の郵便局で演奏。同じことの繰り返しだから、と先生より一回目の演奏が終わった後、二回目の演奏が終わるまでの一時間、自由行動ね、と言われすぐ近くにあるミツカンの工場見学に行くことにしました。以前ここは夜のライトアップが素敵だからと、連れて来て貰ったことがある場所でしたが、当然夜だったので工場見学はしておらず、図らずも今日はそれができました。ここは創業以来の建物をそのままに、そして社長のお名前も代々継承されており、又左ェ門さんとおっしゃります。少しまえ、全国ネットの経済番組に出演されてお話もされてましたが、ご本人は最初やはりこのお名前を継承されるのは本意ではなかったとのこと。でも名刺の英語はかっこいいですよ。Matazaemon Nakano VII (7世)ですからね。仕事の関係で何度かお会いして声をかけるのですが、いつも足早にお出かけされなかなかお話をしていただけないのが残念ですが。http://www.tbs.co.jp/gacchiri/oa20050626-mo3.html
2005年11月01日
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