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【連城三紀彦/恋文】◆嘆きとせつなさは、恋愛小説の醍醐味この小説を初めて読んだのは、すでに20年以上も前なので、今はどういう形で売られているのだろうか?ちなみに私が持っているのは、表題作を含めた短編が5編収められているものだ。そしてこの短編集で直木賞を受賞している。著者である連城三紀彦は、世間がバブルで沸いている時、その余りな華やかさ賑やかさとは対極のところで静かな恋愛小説を書いていたのだ。現代の若者にも通じる草食系男子の滲むような優しさ、顔は笑っていても心で泣く強がりな女子。その組み合わせは今の世の中にも充分受け入れられるドラマだと思う。いつのころからだろうか。頼りないぐらいの男子の方が、意外に女子の母性を刺激するのだという迷信が現実のものとなったのは?連城三紀彦は、すでにこの男女の構図を20年以上も前に表現し得ていたのだ。こうして完成したのが『恋文』である。『恋文』は、どこまでも人の良い夫を、しっかり者の妻がどこまでも支えていく人情話(?)だ。20歳になるかならないかぐらいの時に読んだ私は、正直言って、無責任な優しさを振りかざす将一(主人公の夫)に、たまらなく違和感を覚えた。だが40歳を過ぎた今読み直してみると、こういう男もいなければ、世の中おもしろくないだろうという不思議な気持ちに変化した。ストーリーはこうだ。出版社に勤めている郷子の夫は、学校の先生をしている。結婚して10年が経ち、二人には小学生の息子もいるが、急に夫の方から別れて欲しいと言われる。よくよく理由を聞いてみると、将一が郷子と結婚する前に一年ほど交際していた女と、よりが戻ってしまったようだ。ところがその女・江津子は白血病で、余命幾ばくもなく、将一だけを頼りにしているような、身寄りのない女だったのだ。じっとしていられなくなった郷子は、ウソか本当かを突き止めるためにも、入院中の病院まで押しかけて行く。その際、夫から「僕の従姉ということにしてくれないか」と頼まれ、人の良い郷子は妻ということを伏せ、面会するのだった。内容はとてもドラマチックでありながら、華美でなく、むしろ淡々としている。それはもうしっとりと、滲むような優しさに包まれている。もちろんそこにはせつなさも伴う。誰もが願うようなハッピー・エンドばかりなら、恋愛小説は単なる三文小説の域を出ないものになってしまう。本当の恋には、「嘆き」とか「せつなさ」が必要なのではなかろうか?優しさを貫いて誰かを傷つけてしまう男がいて、人知れず涙を流す女がいる。こういう人情話は連城三紀彦の十八番ではなかろうか?この著者の作品は、どれも男女の心のヒダを描くのが上手い。その繊細さに、胸がいっぱいになるのだ。『恋文』連城三紀彦・著☆次回(読書案内No.39)は重松清の『エイジ』を予定しています。~読書案内~ その他■No. 1取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ■No. 2複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!■No. 3雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!■No. 4完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する■No. 5青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ■No. 6しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる■No. 7白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す■No. 8ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている■No. 9女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説■No.10或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル■No.11東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず■No.12お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人■No.13レディ・ジョーカー/高村薫 この社会に、本当の平等は存在するのか?■No.14山の音/川端康成 戦後日本の中流家庭を描く■No.15佐藤春夫/この三つのもの細君譲渡事件の真相が語られる■No.16角田光代/幸福な遊戯 男二人と女一人の奇妙な同居生活を描く■No.17室生犀星/杏っ子 愛娘に対する限りない情愛■No.18織田作之助/夫婦善哉 大阪を舞台にした男と女の人情話■No.19谷崎潤一郎/痴人の愛 この人物の右に出る者なし。日本の誇る最高の文士。■No.20車谷長吉/赤目四十八瀧心中未遂 生への執着は、性への執着でもあるのか■No.21松尾スズキ/クワイエットルームにようこそ 平成に新しい文学が登場■No.22川上弘美/神様 現代における女性版カフカ?!■No.23丸谷才一/鈍感な青年 男女の営みは滑稽なもの■No.24宮本輝/流転の海 第一部 戦後の混乱期を生きる日本人の底力を見よ!■No.25岩井志麻子/ぼっけぇ、きょうてぇ 女郎が寝物語に話す、身の上話■No.26柳美里/水辺のゆりかご 包み隠さず書くのは勇気なのか、それとも・・・?■No.27宮尾登美子/櫂 妻は黙って亭主に傅くのみ。殴られても蹴られても耐えるべし■No.28向田邦子/阿修羅のごとく いくつもの顔を持ち合わせているのが女なのだ■No.29樋口一葉/にごりえ 明治の娼妓のコイバナ、そして人情沙汰■No.30南木佳士/阿弥陀堂だより 信州の自然美に触れて生き返る■No.31東川篤哉/謎解きはディナーのあとで エンターテインメント性重視、ポップでライトなミステリー小説■No.32辻仁成/ピアニシモ 25歳ぐらいまでに読んでおきたい青春小説■No.33田口ランディ/コンセント 引きこもりをテーマにした社会派小説をねらうも、結果オカルト小説■No.34沢木耕太郎/無名 最愛の父を看取るまでを淡々と語る■No.35浅田次郎/月のしずく エンターテインメント性バツグン! ドラマチックなラブ・ストーリー■No.36有吉佐和子/香華 花柳界に生きた母娘の愛憎劇■No.37田山花袋/蒲団 男の嫉妬、男の哀しさを赤裸々に描く◆番外篇.1新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る! ◆番外篇.2菊池寛、選挙に出る! 読書階級の人は菊池寛氏を選べ ◆番外篇.3芥川龍之介と菊池寛 唯ぼんやりとした不安、ハナはこちらなり。
2013.01.30
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竜馬、かく語りき。竜馬、絶対真理を喝破せり。それは竜馬の無量なる懐の深さの所以でしょう。そしてまた竜馬、見事なまでに謙虚である、そう思うのです。人の諸々の愚の第一は、他人に完全を求めるというところだ。 「竜馬がゆく」司馬遼太郎 自戒をこめ、常に心に念じていたい金言だと思うのでありました。 関連して、先日の北國新聞のコラム「時鐘」を掲載します。こちらも、謙虚で誠によろしい!新聞を読んで清々しい気分に浸れたのは久しぶりです(^^) 昨年秋から今年にかけて80歳代の元上司(じょうし)二人を亡(な)くした。時期は違ったが、ともに「時鐘」を長く担当した先輩(せんぱい)だった。古い「時鐘」を読み返し、戦前生まれの力にあらためて感じ入った。身内(みうち)をほめるのではない。どの業界にもある世代間の壁(かべ)ではないかと思う。戦争体験者には筋(すじ)の通ったものがある。戦後生まれには真似(まね)られない時代の力だ。辛(つら)さを受け入れる力とも言える。元上司と同年配の映画監督(かんとく)・大島渚(おおしまなぎさ)さん(80)が先日亡くなった。人々が見たい映画を作るのではなく、見たくないものを作り続けた映画人だと評(ひょう)された。社会には見たくない現実や真理がいくらもある。それを残すのも表現者(ひょうげんしゃ)の責任だというのである。新聞にも似た責務(せきむ)がある。戦後の主力部隊(しゅりょくぶたい)・昭和一ケタ生まれの先輩は「コラムの打率(だりつ)は3割なら上出来(じょうでき)」と生前語った。7割以上は空振(からぶ)りか凡打(ぼんだ)。言葉足らずで忸怩(じくじ)たる思いが残ることも再三(さいさん)だ。年に1本か2本会心(かいしん)のヒットがあれば喜べと言うのだった。読者にはお叱(しか)りを受けそうな低打率だが、当欄(とうらん)の世代を繋(つな)ぐ一人として、素振(すぶり)りを重ね稽古(けいこ)するしかない。願わくは、自信と驕慢を勘違いされているような大手新聞のご担当にもお読みいただきたい、そう思った次第です。~竜馬の教え~◆竜馬、かく語りき。其之弐「道はつねに幾通りもある。」 コチラ◆竜馬、かく語りき。其之壱「人の運命は九割は自分の不明による罪である。」 コチラ
2013.01.29
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【ハート・ロッカー】「その動物のぬいぐるみが好きか? パパもママも、その着ているパジャマも大好きなんだよな。だが知ってるか? 年を取ると、好きだったものもそれほど特別じゃなくなる。このオモチャも・・・ただのブリキとぬいぐるみだと気づく。そして大好きだったものを忘れていく。パパの年になると、残るのは一つか二つ・・・パパは一つだけだ」「アバター」を観た時、これほどの作品がなぜアカデミー賞を取らなかったのか不思議でならなかった。だが、本作「ハート・ロッカー」を観ることで、その謎が解けた。「アバター」を抑えて、この「ハート・ロッカー」がアカデミー賞作品賞、監督賞、その他を総なめにした理由が、ここに燦然と輝いているのだ。監督はキャスリン・ビグローで、周知の通り、元夫はかのジェームズ・キャメロンである。あれだけ世間を騒がせた「アバター」のキャメロン監督も、この元妻には敵わなかったというわけだ。キャスリン・ビグロー監督は、コロンビア大学卒の才媛で、本作において女性監督初のアカデミー賞を受賞という快挙である。作品の傾向としては、社会風刺的であり、重厚なテーマを扱ったものが多いようだ。「ハート・ロッカー」では、孤独なヒロイズムを見事に表現したことで脚光を浴びたのではなかろうか。2004年の夏、イラク・バグダッド郊外。米軍爆弾処理班に、新しくジェームズ二等軍曹が就任した。補佐は、サンボーン軍曹であったが、前任者とまるでタイプの違うジェームズとは度々衝突する。同班のエルドリッジ技術兵も、戦場での並々ならぬ緊張感と恐怖感から、命知らずなジェームズに一抹の不安を覚える。そんな中、現場では理不尽な戦闘が繰り返され、爆弾処理班が出動要請に応えて行くのだった。「ハート・ロッカー」の臨場感は、3Dによるそれとはまるで異なるリアリティに溢れている。決してドラマ性に捉われることなく、映像による視覚的なものから伝わる深遠な響きは、戦場に舞う砂塵さえ見逃せない演出となっていた。誰のために、何のために戦っているかという反戦的テーマより、むしろ兵士たちの孤独なヒロイズムにスポットを当てた、これまでにない戦争映画であった。興味深いのは、作中、わずかに女性の出演するシーンがあるのだが、“母(女)は強し”を彷彿とさせるカットになっている。ジェームズが、少年ベッカムの住処だと思って侵入した屋敷で、そこの年輩の女性に思わぬ反撃を受けてタジタジとなるシーンや、本土に帰還後、買い物ではすっかり妻の尻に敷かれているシーンなどがそうである。スーパーの棚にシリアルが所狭しと並べられているのを前に、一体どのメーカーのどの種類を選べば良いのか途方に暮れるシーンがある。この時のジェームズ役のジェレミー・レナーの一瞬の表情を見逃してはならない。平和な日常に満たされない兵士の、屈折した横顔を垣間見ることが出来る。2009年(米)、2010年(日)公開【監督】キャスリン・ビグロー【出演】ジェレミー・レナー、アンソニー・マッキー
2013.01.28
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【田山花袋/蒲団】◆男の嫉妬、男の哀しさを赤裸々に描く忘れもしない、私が高校2年のころ。現代文を教えてくれた先生が大絶賛したのが、この『蒲団』だった。先生が言うには、「男というものはプライドで生きてるようなものなので、自分の恥になるようなことは決して口外しないし、無論、悟られまいと躍起になるのが普通だ。だが田山花袋はどうだ。小説という形を借りて、自らをさらけ出してしまったんだ。これは文学を語る上で、画期的なことなのだよ。『蒲団』は自然主義文学の代表格だ」と。もう20年以上も前のことなので、おおよその記憶でしかないけれど、とにかく田山花袋のことを褒めちぎっていたような気がする。私もその後、『蒲団』を読んでみたが、なんだか主人公・時雄の女々しさが際立っていて、それほど感銘を受けるものではなかった。だがいつの頃だろう。たぶん最近のことだが、たくさんの読書を積み重ねていくうちに、リアリティというものがいかに重要性を帯びるものかが分かった時、「そうか、これのことか!」と、目からウロコが落ちたのだ。『蒲団』はあまりにも赤裸々で、こちらがうろたえてしまうほどに核心をついていると言えよう。つまり、現実的で文学的繊細さに溢れているのだ。『蒲団』の内容はこうだ。竹中時雄という中年の作家がいて、その男には妻と3人の子どももいる。夫婦生活はマンネリ化していて、毎日がちっとも面白くない。そんな時、神戸女学院に通う女学生・芳子から時雄宛にファンレターが届く。芳子は、時雄の美文に惹かれて門下に入りたいとのこと。考えた末に、時雄は芳子を上京させ、自宅に下宿させることにする。ところが時雄の細君が面白くない。仕方がないので細君の姉(未亡人)のところで芳子を下宿させるようにする。するとまもなく、芳子に恋人ができる。その男は、同志社の学生で秀才。時雄は、明るく美しい芳子に秘かに想いを寄せていたから、尋常ではいられなかった。 一言で言ってしまうと、男の身勝手さが前面に押し出されている。だがそれだけに人間臭さとか、意気地のない人の弱さとか、未練がましさが圧倒的なリアリティで読者を魅了する。下手な恋愛小説につきものなのは、不確かな人格の神聖化と、言葉の美化、ありそうもないキャラクター設定だ。SFやファンタジーというカテゴリに支えられている物語ならともかく、かりそめにも文学という看板を背負った小説に求められるのは、やはり最終的にはリアリティであろう。田山花袋の表現する男の哀しさを描いた世界観は、プライドを超越した、作家の魂の叫びを聞かされたような気がしてならない。『蒲団』田山花袋・著☆次回(読書案内No.38)は連城三紀彦の『恋文』を予定しています。~読書案内~ その他■No. 1取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ■No. 2複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!■No. 3雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!■No. 4完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する■No. 5青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ■No. 6しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる■No. 7白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す■No. 8ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている■No. 9女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説■No.10或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル■No.11東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず■No.12お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人■No.13レディ・ジョーカー/高村薫 この社会に、本当の平等は存在するのか?■No.14山の音/川端康成 戦後日本の中流家庭を描く■No.15佐藤春夫/この三つのもの細君譲渡事件の真相が語られる■No.16角田光代/幸福な遊戯 男二人と女一人の奇妙な同居生活を描く■No.17室生犀星/杏っ子 愛娘に対する限りない情愛■No.18織田作之助/夫婦善哉 大阪を舞台にした男と女の人情話■No.19谷崎潤一郎/痴人の愛 この人物の右に出る者なし。日本の誇る最高の文士。■No.20車谷長吉/赤目四十八瀧心中未遂 生への執着は、性への執着でもあるのか■No.21松尾スズキ/クワイエットルームにようこそ 平成に新しい文学が登場■No.22川上弘美/神様 現代における女性版カフカ?!■No.23丸谷才一/鈍感な青年 男女の営みは滑稽なもの■No.24宮本輝/流転の海 第一部 戦後の混乱期を生きる日本人の底力を見よ!■No.25岩井志麻子/ぼっけぇ、きょうてぇ 女郎が寝物語に話す、身の上話■No.26柳美里/水辺のゆりかご 包み隠さず書くのは勇気なのか、それとも・・・?■No.27宮尾登美子/櫂 妻は黙って亭主に傅くのみ。殴られても蹴られても耐えるべし■No.28向田邦子/阿修羅のごとく いくつもの顔を持ち合わせているのが女なのだ■No.29樋口一葉/にごりえ 明治の娼妓のコイバナ、そして人情沙汰■No.30南木佳士/阿弥陀堂だより 信州の自然美に触れて生き返る■No.31東川篤哉/謎解きはディナーのあとで エンターテインメント性重視、ポップでライトなミステリー小説■No.32辻仁成/ピアニシモ 25歳ぐらいまでに読んでおきたい青春小説■No.33田口ランディ/コンセント 引きこもりをテーマにした社会派小説をねらうも、結果オカルト小説■No.34沢木耕太郎/無名 最愛の父を看取るまでを淡々と語る■No.35浅田次郎/月のしずく エンターテインメント性バツグン! ドラマチックなラブ・ストーリー■No.36有吉佐和子/香華 花柳界に生きた母娘の愛憎劇◆番外篇.1新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る! ◆番外篇.2菊池寛、選挙に出る! 読書階級の人は菊池寛氏を選べ ◆番外篇.3芥川龍之介と菊池寛 唯ぼんやりとした不安、ハナはこちらなり。
2013.01.26
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【鉄道員(ぽっぽや)】「乙さんよ、もう夢でしか会えんなぁ。ハハハ・・・俺とおめぇとでこのポンコツに引導わたしてやるべ。・・・出発進行!」浅田次郎原作の「鉄道員」は、直木賞受賞作であり、日本中の鉄道ファンを湧かせた大ベストセラー小説でもある。それにしてもこのストーリーの巧みな展開と言ったらどうだ!人の心の琴線に触れるようなデリケートな風合い。言葉では到底表現できない、行間から滲むような感情の流出。不器用な人間を包み込むような冬の北海道の大自然。この見事な調和が、物語をさらに重厚な作品へと押し上げていると言っても過言ではない。吟遊映人は日頃、職人になりたいと思っている。亡くなった父がそうであったように、自分もまた人生をかけてこの道を歩んで行きたいと望んでいる。本作「鉄道員」の佐藤乙松の口癖でもあるが、「おら、ポッポやだから・・・」と言う一言が胸に染みる。この言葉は決して自分を卑下するものではなく、むしろそこに魂を込めた誇りさえ感じるのだ。 主人公の佐藤乙松は、北海道内のローカル線幌舞駅の駅長である。蒸気機関車の見習いを経て、鉄道員一筋に生きて来た。歴史ある幌舞線も、合理化によって廃止が決められ、乙松の今後の身の振り方も迫られていた。乙松は、たった一人の愛娘を赤ん坊の時に亡くしており、その後妻も病気で亡くし、孤独な定年を迎えようとしていた。この作品に余計な解説など不要だと思った。四の五の言わずにぜひとも観ていただきたい。そして、できれば寒い冬の夜にじっくりと堪能してもらいたい。「おら、ポッポやだから身内のことで泣くわけにはいかんでしょ」乙松が歯を食い縛って、それでも心で号泣する哀しい姿に、思わず目頭が熱くなる。しんしんと降り続く雪の白さと、「プォーッ」と言う白銀に響く警笛がたまらなく郷愁を誘う。こんな世知辛い世の中だからこそ「鉄道員」を観て、主人公・佐藤乙松の骨のある生き様に学んでいきたいと思った。※浅田次郎原作『壬生義士伝』はコチラ(^^)v1999年公開【監督】降旗康男【撮影】木村大作【出演】高倉健、大竹しのぶ、小林稔侍
2013.01.24
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【有吉佐和子/香華】◆花柳界に生きた母娘の愛憎劇子を持つたいていの母親は、母性によって子を慈しむ。腹を痛めて産んだ我が子は、しょせん他人である夫とは違い、ほとんど分身に近い存在だからだ。だがたまにその母性が欠如している母親がいる。それは母というより女だ。子育てを放棄し、我が身を着飾ることにどこまでも執着する。傍で我が子が泣いて乳を求めようとも、女は鏡に向かって化粧を施し、口紅を注す。ひとたび外に出れば、子持ちとは思えない美貌に世の男たちの目がくらむのだ。こういう女は、子に手をあげるわけでもないし、何か身体に危害を加えるわけでもない。面倒くさいのか愛情が足りないのか、とにかく育児を放棄してしまうのだ。だから昨今騒がれている幼児虐待というものとは、若干異なる。『香華』では、明治末の和歌山の旧家における“つな”“郁代”そして“朋子”の、母娘三代に渡る愛憎劇がくり広げられる。ストーリーはこうだ。主人公・朋子は、恋に奔放な母・郁代からは全く相手にされず、ほとんど祖母・つなと共に幼少期を過ごす。郁代は夫(朋子の父)と死に別れた後、すぐに大地主の息子から言い寄られ、朋子を実家に置いたまま再婚してしまう。郁代は、他を寄せ付けないほどの美貌に恵まれ、淫らなほどの色気を振り撒いていた。 そのせいで、郁代に思いを寄せる男は数知れず。郁代の母・つなは、郁代がわがままな娘なので、すぐに嫁ぎ先から逃げ帰って来るに違いないと高をくくっていたが、そこでもすぐに身ごもってしまい、朋子の異父妹が誕生することになる。つなは、娘・郁代のあまりに自分勝手な素行を嘆き、憎しみ、ついには発狂してしまう。 一方、郁代の方は、夫を連れて東京へと家出同然に嫁ぎ先を出てしまうのだった。この作品からは、親孝行とか親不孝という言葉が虚しく頭上を飛び交っているような錯覚に陥る。これほど親子の絆を呪わしく思わせるものはない。たとえ親子といえども、全くの別人格であることを主張し、読者を翻弄させる。時折、「昔は良かった」などと呟くお年寄りがいるが、その実、時代は変わろうとも人間のやることなどそう大して変わるものではない。子育てを放棄し、幾ばくかの金銭の代償として娘を娼妓にする親はいたし、自由を求めて子を捨てる女もいた。駆け落ちもあった。それは明治にも大正にもあったのだ。有吉佐和子の伝統主義に触れた時、我々は改めて女の生き様を顧みることになるだろう。 こういう骨のある作品は、本当に少なくなってしまった。ふわふわしたコイバナも結構だが、本格的な色恋をテーマにした有吉佐和子を超える女流作家なんて、果たして平成にいるのだろうか?戦前の家制度を知りたい人は、これを読めば何となく掴められるはず。『香華』有吉佐和子・著☆次回(読書案内No.37)は田山花袋の『蒲団』を予定しています。~読書案内~ その他■No. 1取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ■No. 2複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!■No. 3雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!■No. 4完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する■No. 5青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ■No. 6しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる■No. 7白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す■No. 8ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている■No. 9女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説■No.10或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル■No.11東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず■No.12お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人■No.13レディ・ジョーカー/高村薫 この社会に、本当の平等は存在するのか?■No.14山の音/川端康成 戦後日本の中流家庭を描く■No.15佐藤春夫/この三つのもの細君譲渡事件の真相が語られる■No.16角田光代/幸福な遊戯 男二人と女一人の奇妙な同居生活を描く■No.17室生犀星/杏っ子 愛娘に対する限りない情愛■No.18織田作之助/夫婦善哉 大阪を舞台にした男と女の人情話■No.19谷崎潤一郎/痴人の愛 この人物の右に出る者なし。日本の誇る最高の文士。■No.20車谷長吉/赤目四十八瀧心中未遂 生への執着は、性への執着でもあるのか■No.21松尾スズキ/クワイエットルームにようこそ 平成に新しい文学が登場■No.22川上弘美/神様 現代における女性版カフカ?!■No.23丸谷才一/鈍感な青年 男女の営みは滑稽なもの■No.24宮本輝/流転の海 第一部 戦後の混乱期を生きる日本人の底力を見よ!■No.25岩井志麻子/ぼっけぇ、きょうてぇ 女郎が寝物語に話す、身の上話■No.26柳美里/水辺のゆりかご 包み隠さず書くのは勇気なのか、それとも・・・?■No.27宮尾登美子/櫂 妻は黙って亭主に傅くのみ。殴られても蹴られても耐えるべし■No.28向田邦子/阿修羅のごとく いくつもの顔を持ち合わせているのが女なのだ■No.29樋口一葉/にごりえ 明治の娼妓のコイバナ、そして人情沙汰■No.30南木佳士/阿弥陀堂だより 信州の自然美に触れて生き返る■No.31東川篤哉/謎解きはディナーのあとで エンターテインメント性重視、ポップでライトなミステリー小説■No.32辻仁成/ピアニシモ 25歳ぐらいまでに読んでおきたい青春小説■No.33田口ランディ/コンセント 引きこもりをテーマにした社会派小説をねらうも、結果オカルト小説■No.34沢木耕太郎/無名 最愛の父を看取るまでを淡々と語る■No.35浅田次郎/月のしずく エンターテインメント性バツグン! ドラマチックなラブ・ストーリー◆番外篇.1新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る! ◆番外篇.2菊池寛、選挙に出る! 読書階級の人は菊池寛氏を選べ ◆番外篇.3芥川龍之介と菊池寛 唯ぼんやりとした不安、ハナはこちらなり。
2013.01.23
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【フレンチ・コネクション】「君は今も銃は足首に所持しているのか? 足首の訳も聞いたよ。女を抱く時、刑事と分からないからだって・・・そんなのウソだろう。それはだまし撃ちにいいからだ」「おい、もうよせ」70年代のハリウッド映画は、“ニュー・ハリウッド”と呼ばれ、映画を再構築する多様な試みが成された時代である。日本では1972年に公開された『フレンチ・コネクション』は、そんなニュー・ハリウッドの時代を象徴し、代表する作品なのだ。この作品の主人公ポパイ役に扮したのがジーン・ハックマンで、この映画に出演したことにより一躍大スターの座にのし上がった。というのも、『フレンチ・コネクション』はアカデミー賞を5部門において受賞した、非常に完成度の高い作品なのだ。こうしてオスカー俳優となったジーン・ハックマンは、ハリウッドのドル箱となり、次々と話題作の常連となる。彼のもう一つの代表作である『ポセイドン・アドベンチャー』の宣伝に来日した際、かの映画評論家である淀川長治が取材している。淀川長治の著書によると、「ジーン・ハックマンの映画出演の作品のかずかずと私の好みとがぴったりと合っている」と記述されていることからも高評価。さらには「ハックマンの顔が私のどこか体質とぴったりして好きとか嫌いを通りこした“好き”の本質的な“好き”」とも語っている。べた褒めだ。プロの評論家さえ呻らせるジーン・ハックマンの演技は、それはもうホンモノだ。間違いない。ニューヨークのブルックリンが舞台。ニューヨーク市警の刑事ドイルは通称ポパイと呼ばれ、相棒のラソーとともに強引な手法で麻薬の密売人を検挙していた。二人は、ナイト・クラブで金遣いの荒い男に目をつけた。男は、ブルックリンで妻とともに雑貨店を営んでいるが、捜査を進めるうちに夫婦には前科があり、麻薬ルートとのコネクションを図っていることが分かる。ドイルとラソーは、大掛かりな麻薬密売を暴くため、執拗に尾行を開始するのだった。 この作品は、確かに見ごたえがあり、70年代を代表する映画には違いない。だが女性にはどうだろう?ストーリー性とかドラマチックな展開を期待する女性には、苦痛かもしれない。見どころはやはり、ジーン・ハックマンが車で犯人の乗る列車を追いかけるシーンだろう。クライマックスでは、敵に狙いをつけ、一発の銃弾で仕留めるところなどカッコイイ。 こういうガン・アクションは、バンバン撃ち合うだけがスリリングなわけではない。そこに込められた作品の意思を汲み取るのも、視聴する側としての役割かもしれない。 CGを駆使したデジタル作品に飽きた方には、かえって新鮮ささえ感じるアナログ映画である。ジーン・ハックマンの本物の演技にも注目したい。1971年(米)、1972年(日)公開【監督】ウィリアム・フリードキン【出演】ジーン・ハックマンまた見つかった、何が、映画が、誰かと分かち合う感動が。See you next time !(^^)
2013.01.20
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【浅田次郎/月のしずく】◆エンターテインメント性バツグン! ドラマチックなラブ・ストーリー浅田次郎の作品はどれもしっとりしていて、大地が潤うように瑞々しい。エンターテインメント性に優れ、読者の期待を裏切るような浅はかな結末にしないのも非常に嬉しい。おそらく、終始一貫、計算し尽されており、大衆に受け入れられるテクニックを持っているに違いない。『月のしずく』は、表題作の他に6編の短編小説が収められていて、どれもドラマチックで読み易い。それは言い換えるなら、非現実的で巧みな作り話の世界でもある。正に、小説が小説としての役割を全うした、プロの仕事だ。表題作『月のしずく』のストーリーはこうだ。43歳の佐藤辰夫は、中学を出てからずっとコンビナートの荷役として働いている。稼ぎはだいたい酒代に消える。妻子はいないから自由気ままな一人暮らしだ。とはいえ、寂しさから独り言が増え、想いはいつも「かみさんが欲しい」。辰夫はいつも純愛を信じている。だから、突然現れた美女が、辰夫と一つ屋根の下に寝泊りしようとも、淫らなことはせず、秘かに恋心を寄せるのみ。だが女は身ごもっていて、堕ろしたいがために辰夫を体良く利用しようとする。そんな女の目ろみを知ってか知らずか、辰夫は子どもを産んでくれと言う。辰夫は、その女とささやかな家庭を築きたかったのだ。女性は本能的に、男というものがいかに容姿やスタイルを気にする動物であるかを知っているがゆえに、着飾ったり化粧したり、少しでも見栄えを良くする。でもそういう行為は、なかなかどうして、女性にとっては手間なのだ。(無論、外見にこだわることを生きがいにしている方もいるが)だから、この小説に登場する辰夫のような人物は、女性にしてみれば、正に理想だ。「ブスでもデブでも何でもいいよ。やらしてくんなくたっていいさ。どんなのだって、かみさんになってくれりゃ、大事にするんだがなぁ」という一言を待っている女性は、多いはず。現代は女性も殺伐としたビジネス社会に進出する時代だ。そんな中、男性には純粋な愛情を注いで欲しいと願う女性が圧倒的なのでは? 誰もが安らぎを欲して止まないこのご時世、浅田次郎の作り上げたキャラクターは、王子様というよりキリストだ。わがままで自分勝手な女をも愛し、またその女の腹に宿る子(たとえそれがよその男の種で)さえ慈しむ。なんという慈悲深さ。この小説は、年齢性別問わず、癒しを求める全ての方々におすすめしたい。ひと時の平安が与えられること間違いなしだ。余談だが、作家には“次郎”と名のつく売れっ子が多いのでは? 赤川次郎、大仏次郎、新田次郎・・・浅田次郎。みんな凄い。そうそう、浅田次郎の画像を見ても思ったのだが、こういう人相の方、知り合いにいそうなタイプでは? 私は少なくとも3人は知っている。皆、親切で優しい方々ばかりだ。こういうタイプに悪い人はいない(笑)『月のしずく』浅田次郎・著浅田次郎原作の映画、『鉄道員(ぽっぽや)』はコチラ『壬生義士伝』はコチラまで♪☆次回(読書案内No.36)は有吉佐和子の『香華』を予定しています。~読書案内~ その他■No. 1取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ■No. 2複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!■No. 3雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!■No. 4完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する■No. 5青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ■No. 6しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる■No. 7白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す■No. 8ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている■No. 9女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説■No.10或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル■No.11東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず■No.12お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人■No.13レディ・ジョーカー/高村薫 この社会に、本当の平等は存在するのか?■No.14山の音/川端康成 戦後日本の中流家庭を描く■No.15佐藤春夫/この三つのもの細君譲渡事件の真相が語られる■No.16角田光代/幸福な遊戯 男二人と女一人の奇妙な同居生活を描く■No.17室生犀星/杏っ子 愛娘に対する限りない情愛■No.18織田作之助/夫婦善哉 大阪を舞台にした男と女の人情話■No.19谷崎潤一郎/痴人の愛 この人物の右に出る者なし。日本の誇る最高の文士。■No.20車谷長吉/赤目四十八瀧心中未遂 生への執着は、性への執着でもあるのか■No.21松尾スズキ/クワイエットルームにようこそ 平成に新しい文学が登場■No.22川上弘美/神様 現代における女性版カフカ?!■No.23丸谷才一/鈍感な青年 男女の営みは滑稽なもの■No.24宮本輝/流転の海 第一部 戦後の混乱期を生きる日本人の底力を見よ!■No.25岩井志麻子/ぼっけぇ、きょうてぇ 女郎が寝物語に話す、身の上話■No.26柳美里/水辺のゆりかご 包み隠さず書くのは勇気なのか、それとも・・・?■No.27宮尾登美子/櫂 妻は黙って亭主に傅くのみ。殴られても蹴られても耐えるべし■No.28向田邦子/阿修羅のごとく いくつもの顔を持ち合わせているのが女なのだ■No.29樋口一葉/にごりえ 明治の娼妓のコイバナ、そして人情沙汰■No.30南木佳士/阿弥陀堂だより 信州の自然美に触れて生き返る■No.31東川篤哉/謎解きはディナーのあとで エンターテインメント性重視、ポップでライトなミステリー小説■No.32辻仁成/ピアニシモ 25歳ぐらいまでに読んでおきたい青春小説■No.33田口ランディ/コンセント 引きこもりをテーマにした社会派小説をねらうも、結果オカルト小説■No.34沢木耕太郎/無名 最愛の父を看取るまでを淡々と語る◆番外篇.1新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る! ◆番外篇.2菊池寛、選挙に出る! 読書階級の人は菊池寛氏を選べ ◆番外篇.3芥川龍之介と菊池寛 唯ぼんやりとした不安、ハナはこちらなり。
2013.01.19
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【南極料理人】「エビが何だって?」「いや、でっかい伊勢エビがあるんだってよ」「ああそう。じゃああれだな、エビフライだな」「他にあるんじゃないですかね」「あ?」「ゆでたり、すりつぶしたり」「西村君」「はい」「俺達、気持ちはもう完全にエビフライだからね」久しぶりにおもしろい作品に出会った。なんと表現したら良いだろうか。静かな笑いが込み上げて来るとでも言おうか。内容そのものは淡々としているのだが、登場人物の個性たっぷりのキャラが、そこに存在するだけで愉快なのだ。さらには、発している一言一言がシリアスでさらりと言いのけているだけに、かえっておもしろさが倍増される。主役の西村を演じたのは、最近注目の俳優である堺雅人である。この役者さんの特徴である、いつも笑っているような顔つきは、若干、竹中直人の演技にも通じるものがある。それは例えば、笑いながら泣いたり、笑いながら怒ってみたり、感情表現を複雑に演出してみせるのだ。ある意味、天才肌である。吟遊映人が「あれ?」と目を見張ったのは、忘れもしない「壬生義士伝」の沖田総司役として出演した際の、堺雅人である。とにかくこの役者さんの存在感は、凄いと思った。海上保安庁から南極ドームふじ基地に派遣された西村は、料理担当。同僚たち観測隊員のために、三度の食事を来る日も来る日も作り続ける。限られた食材で、腕によりをかけて調理するのだ。だが、極寒の地、南極は日本から1000キロも離れた場所である。日本に残して来た妻子を想わない日はない。平均気温マイナス54度の地には、ペンギンやアザラシはおろか、ウィルスさえ生存できないという過酷な場所なのであった。この作品を観終わると、不思議にも軽い時差ボケ状態になるのはなぜだろう?まるで自分が南極にいるような感覚に陥ってしまうのだろうか?(笑)これほど楽しく愉快な作品は、四の五の言わずにとにかく観ていただきたい!ほのぼのとした優しさと、明るい気持ちに包まれる作品であった。2009年公開【監督】沖田修一【出演】堺雅人、生瀬勝久、きたろうまた見つかった、何が、映画が、誰かと分かち合う感動が。See you next time !(^^)~追記~msnニュースで南極の話題を報じておりました!タイトルは「南極の難局!」なんてね♪それにしてもご苦労なことです。悪戦苦闘で任務を全うされる関係各位に謹んで敬意を表し、遠地から祈念を申し上げます(^人^)以下、記事(含画像)を記します、ご参考まで。しらせ、また接岸断念 昭和基地沖18キロから進めず 南極観測に影響必至2013.1.11※昭和基地へ向かう南極観測船「しらせ」9日午後、昭和基地沖(南極観測隊同行記者撮影) 第54次南極観測隊の必要物資を運ぶ観測船しらせ(1万2650トン)は厚い氷と雪に阻まれ、昭和基地の北西約18キロの海域で基地への接岸を断念した。文部科学省が11日発表した。前回も基地の約21キロ沖で接岸を断念。2年続けて接岸できないのは初代しらせ(昭和58年~平成20年)を含め初めてで、観測活動への影響は避けられない。昨年と同様、大陸から続く「定着氷」の海域で厚さ最大約6メートルの氷に阻まれた。氷へ乗り上げるように前進し船の重さで氷を割り進む「ラミング」を繰り返したが、1日の前進距離が1キロに満たない海域もあった。観測隊と海上自衛隊が周囲の氷の厚さをドリルで直接調べ、氷が薄いルートを開拓しながら接岸を目指したが、帰還のための燃料と日程を考慮し断念した。
2013.01.18
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【沢木耕太郎/無名】◆最愛の父を看取るまでを淡々と語る自分も含めてのことだが、人というのは身近なところで大切な人を亡くしたりすると、その人との思い出とか記憶をたどってみたくなるものらしい。その証拠に、様々な無名の方々が更新するブログには、亡き母、亡き父、亡き祖母、亡き祖父との思い出などが切々と綴られていたりする。他人からしてみれば、誰かも知らない人の親族との思い出日記を読まされたところで、「ふーん」という感想ぐらいがせいぜいで、一般的には好まれない部類かもしれない。中には似たような境遇の持ち主の方がいて、同情を寄せてくれたりするかもしれないが、それもごく一部だろう。また、文章力があっておもしろいエピソードなんかが添えられていたりすると、意外に支持されるかもしれないが、それでも素人エッセイの域を出ない。ところが書き手が著名人で、しかもその親を看取ったうんぬんの体験談ともなれば、がぜん興味が湧く。『無名』は、ノンフィクション作家として定評のある沢木耕太郎が、自身の父親を看取るまでの体験談となっている。そして、最後の四分の一ぐらいはさり気なく俳句のすばらしさを語っている。一般大衆の心理としては、立派な父親の武勇伝などを聞きたがるのは皆無に等しく、ほとんどが無頼で放蕩の限りを尽くした、出来損ないの父親(母親)の最後であり、いわゆる苦労話とかゴシップを知りたがる傾向にある。だが沢木の父はそんな部類には入らず至って真面目で、「背筋を伸ばし、机に向かって正座をして本を読んでいる」というイメージそのものなのだ。とにかく何でも知っていて、それはつまり単なる物知りとは異なり、純粋に知的なことに限り、子ども時代の沢木が聞いて答えられないことはないほどの知識人だったらしい。もうこの辺りからして、やっぱり作家を生み出す親は違うものだと感心してしまうわけだ。とはいえ、沢木の父親というのは長きに渡り妻(沢木の母親)の頑張りによって、どうにか生活の糧を得ていたようだ。やっとありついた溶接の仕事では、さほどの儲けはなく、「父は生涯自分の家を持ったことがなかった」というのもムリはない。沢木の二人の姉は頭脳明晰にもかかわらず、家計を考えた末に進学はあきらめ、末っ子で長男の耕太郎のみが横浜国大への進学が許されたようだ。つまり、沢木の父親は「本を読み、音楽を聴き、散歩をする」インテリではあるが、馬車馬のように働く人ではなかったのだ。とにかくそんな父親のありのままの姿を、淡々と、克明に書き記すところなど、さすがはノンフィクション作家だと認めないわけにはいかない。『無名』の最後、四分の一は、その父親が五十八歳の時から始めたという俳句についての記述だが、沢木の並々ならぬ熱意は凄い。なんとしてでも父の残した俳句を整理し、句集を作り上げるのだという意気込みたるや、もう父子という関係を超越しているのでは?とさえ感じられる。この辺りになると、完全に沢木自身の日記に近付いた内容になってしまい、読み応えは感じられない。私個人としては、沢木の、父親に少なからず感じていた親子の確執(あるいは距離間)みたいなものを、もっと掘り下げて欲しかったような気がする。亡くなった人を美化するのは簡単だが、そこから生じる様々な人間ドラマを欲している読者の気持ちも、もう少し汲み取ってもらいたかった。沢木耕太郎の著書は初めての方なら、『テロルの決算』から読むと良い。処女小説に『血の味』があるが、それよりは『無名』を読んで沢木父子の不思議な親子関係(当たり前のようでいて、微妙な距離間のある関係)を覗くのもおもしろいだろう。『無名』沢木耕太郎・著☆次回(読書案内No.35)は浅田次郎の『月のしずく』を予定しています。~読書案内~ その他■No. 1取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ■No. 2複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!■No. 3雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!■No. 4完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する■No. 5青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ■No. 6しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる■No. 7白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す■No. 8ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている■No. 9女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説■No.10或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル■No.11東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず■No.12お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人■No.13レディ・ジョーカー/高村薫 この社会に、本当の平等は存在するのか?■No.14山の音/川端康成 戦後日本の中流家庭を描く■No.15佐藤春夫/この三つのもの細君譲渡事件の真相が語られる■No.16角田光代/幸福な遊戯 男二人と女一人の奇妙な同居生活を描く■No.17室生犀星/杏っ子 愛娘に対する限りない情愛■No.18織田作之助/夫婦善哉 大阪を舞台にした男と女の人情話■No.19谷崎潤一郎/痴人の愛 この人物の右に出る者なし。日本の誇る最高の文士。■No.20車谷長吉/赤目四十八瀧心中未遂 生への執着は、性への執着でもあるのか■No.21松尾スズキ/クワイエットルームにようこそ 平成に新しい文学が登場■No.22川上弘美/神様 現代における女性版カフカ?!■No.23丸谷才一/鈍感な青年 男女の営みは滑稽なもの■No.24宮本輝/流転の海 第一部 戦後の混乱期を生きる日本人の底力を見よ!■No.25岩井志麻子/ぼっけぇ、きょうてぇ 女郎が寝物語に話す、身の上話■No.26柳美里/水辺のゆりかご 包み隠さず書くのは勇気なのか、それとも・・・?■No.27宮尾登美子/櫂 妻は黙って亭主に傅くのみ。殴られても蹴られても耐えるべし■No.28向田邦子/阿修羅のごとく いくつもの顔を持ち合わせているのが女なのだ■No.29樋口一葉/にごりえ 明治の娼妓のコイバナ、そして人情沙汰■No.30南木佳士/阿弥陀堂だより 信州の自然美に触れて生き返る■No.31東川篤哉/謎解きはディナーのあとで エンターテインメント性重視、ポップでライトなミステリー小説■No.32辻仁成/ピアニシモ 25歳ぐらいまでに読んでおきたい青春小説■No.33田口ランディ/コンセント 引きこもりをテーマにした社会派小説をねらうも、結果オカルト小説◆番外篇.1新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る! ◆番外篇.2菊池寛、選挙に出る! 読書階級の人は菊池寛氏を選べ ◆番外篇.3芥川龍之介と菊池寛 唯ぼんやりとした不安、ハナはこちらなり。
2013.01.16
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【チャイナ・シンドローム】「電燈をつける時は、10%だけ原子力発電所のことを思い出してくれないか」「なんで?」「我が社の供給電力だからだ」東日本大震災の影響を大きく受けた被災地の現状は、まだまだ十分な復興とは言えないものであろう。特に原発事故の修復は、半年とか1年と言った短期間に決着のつくものではない。私たち素人には見当もつかないような、遺伝子レベルでの危機を感じさせるし、どうしようもない不安に襲われる。そもそも原子力発電とは、自然エネルギーではない。他の火力、水力、風力、太陽光から得る自然エネルギーとは大きく異なり、作り出した人間でさえもろくに理解出来ていない、未知の魔物なのだ。ではなぜ原発に依存しようとするのか?それはもう皆さんご存知のとおり、利益追求に他ならない。“クリーンで安全”なんて建前で、本音は“金(カネ)”だ。昨年1月24日付、信濃毎日新聞の「今日の視角」に興味深い記事が掲載されている。それによれば、福井県敦賀市の「もんじゅ」は、日本人が独自に設計・開発した原子炉とのこと。だが核分裂が制御できないのでずっと停止状態というではないか。もし爆発したら、福島の比じゃない。関西圏は壊滅状態になると。それからもう一つ、「ふげん」という原子炉があるのだが、これなど着工から40年たっても実用化からは程遠く、実質的には廃炉とのこと。これらの開発にどれほどばく大な予算がついたのか、そこまでの記述はされていなかったが、思わず呆然としてしまう。前置きが長くなってしまい恐縮だが、1979年に公開された『チャイナ・シンドローム』は、原発事故の恐ろしさを描いたサスペンス映画だ。この作品は、爆発後の惨状を連想させるシーンなど一切なく、では何が恐ろしいのかと言えば、原発管理者サイドのあくまで利益追求の姿勢を崩さない態度だ。金儲けのためなら手段を選ばず、暴力すら辞さないという悪質さなのだ。ストーリーはこうだ。ロサンゼルスのテレビ局の人気キャスターであるキンバリーは、カメラマンのリチャードと、録音係のヘクターと共に、ベンタナ原子力発電所の取材に出かけた。3人がコントロール・センターで見学していると、何やら地震のような震動が起きる。 一体何が起きたのかは分からないが、コントロール・センター内の職員は皆が大騒ぎしている。カメラマンのリチャードは、コントロール・センターは撮影禁止区域にもかかわらず、こっそり撮影し始めるのだった。コントロール・センター内では、技術者のジャックが計器の異常に気づき、原子炉の緊急停止命令を出した。こうしてジャックの機転により、危ういところで大惨事は免れたのだったが、原発管理者サイドはろくに検査もせず、すぐにも再稼動させようと目論むのだった。この作品から分かるのは、何が怖いかってやはり人間が一番怖いのだ。どんなトラブルに見舞われようと、まずは金儲け。儲けるためには人の命など惜しくはない。なるべくコストを抑えて暴利を貪るという手法だ。内容が極端だという意見もあるかもしれないが、今後の原発問題も踏まえて鑑賞してみてはいかがだろうか? 一見の価値あり。1979年公開【監督】ジェームズ・ブリッジス【出演】ジェーン・フォンダ、ジャック・レモンまた見つかった、何が、映画が、誰かと分かち合う感動が。See you next time !(^^)
2013.01.14
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【96時間】「お前が誰だか知らん。お前の狙いも。身代金が目的ならカネなどない。だが俺には非常に特殊な能力がある。長年の仕事で身につけたお前らを震え上がらせる能力だ。娘を解放するなら見逃そう。お前を捜すことも追跡もしない。だが解放しないなら、お前を捜し、必ず見つけ出す。・・・そしてお前を殺す」「幸運を祈る」まさか本作がフランス映画とは知らなかった。言われてみれば納得出来る節もあるが、それでも若干、グローバリゼーションの流れを感じないではいられない。主役のリーアム・ニーソンは、年を経て、益々枯れて、渋みと深みを感じさせる役者さんになった。「スター・ウォーズ~エピソード1~」では、ジェダイマスターの役で出演したが、その圧倒的な存在感で視聴者を魅了した。少し前の作品になるが、「死にゆく者への祈り」では、ミッキー・ロークと共演。実に見事な演技、演出であった。元CIAのブライアンは、すでに仕事を勇退し、カリフォルニアの自宅で細々と暮らしている。孤独な生活の中で唯一の楽しみは、別れて暮らす愛娘と電話をしたり、会うことであった。ある日、娘のキムから久しぶりにランチの誘いを受け、ブライアンは大喜び。だが、待ち合わせのレストランに現れたのはキムだけでなく、元妻のレノーアもいっしょであった。実は、キムは未成年で、パリ旅行に出かけるため実父の許可するサインが欲しかったのである。本作「96時間」の見どころは、何と言っても、キムがベッドの下に隠れて父ブライアンとケータイのやりとりをする場面であろう。パリに着いたキムとその友人アマンダは、空港からホテルまで見知らぬ男に送ってもらい、結局そのことがきっかけでホテルから拉致されてしまう。先にアマンダが囚われ、その様子をベッドの下から父に逐一報告しながらも、やがてキムも犯人に捕まってしまう。この緊迫した瞬間は、サスペンス映画として大成功である。また、通常ありがちな身代金目的の誘拐などではなく、人身売買目的というのも、アンダーグラウンド的暗さをかもし出していた。本作は、父親の娘を想う深い愛情と勇気を表現する一方で、若さゆえの向こう見ずな行動に注意を促す役割を果たしている。社会派サスペンスとして、実に見事な作品なのだ。2008年(仏)、2009年(日)公開【監督】ピエール・モレル【出演】リーアム・ニーソンまた見つかった、何が、映画が、誰かと分かち合う感動が。See you next time !(^^)~追記~やっぱり私はCIAが好きだ。親がCIA諜報員だったら、もうこの上もない(笑)リーアム・ニーソンが再びブライアン役で登場!主人公に何があっても大丈夫。なんてったってCIAだもんね!(笑)1月11日公開、大絶賛放映中です。
2013.01.13
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【田口ランディ/コンセント】◆引きこもりをテーマにした社会派小説をねらうも、結果オカルト小説私にはものすごい蔵書家の友人が二人ほどいて、ありがたいことに、おもしろそうな本を見繕ってせっせと貸してくれる。一人は小説に限らず、流行の最先端をいくマンガはもとより、テレビ東京で深夜に放送した『ウルトラQ』の録画ビデオまで、私の変わった嗜好を存分に満たしてくれる良質なものばかりをだ。もう一人もスゴイ。貸してくれる本という本の最終ページに蔵書印がちゃっかり押印されていて、一体どちらの資産家のお方だったかとびっくりしてしまう。しかも、ほとんどの本がハードカバーで、帯まで付いて、染み一つなく、まるで昨日買って来たばかりのような状態ではないか。まかり間違って私がお煎餅を持った指でページをめくろうものなら、おそらく訴訟問題になりかねないような按配だ。(←これはいくらか大げさかも)さて『コンセント』。この小説は、後者の方からお借りした。作品が発表された2000年には、各新聞、雑誌の書評欄などでずいぶん取り上げられていた。田口ランディという名前はそれまで訊いたことがなかったが、イヤでも気になる存在となった。もともと田口ランディという人物は、ネット上で自身のコラムをメルマガとして幾多の人々に配信して来た、新しいタイプのライターである。その彼女が、引きこもりの兄をモデルにして書いたらしいのだ。(実際の兄も、すでに亡くなっている)話はこうだ。主人公ユキの、十歳年上の兄が亡くなった。引きこもりで一人暮らしをしていた兄が、アパートの自室で死んでいるのが発見されたのだ。それはもう腐敗が酷く、「おびただしい量のどす黒い血液が、台所のPタイルの上にゼリーのように凝結していた。その、血のゼリーの中を蛆がぴたぴたと這っていた」という状態だった。そのころから、ユキの精神の均衡が崩れてゆく。ユキは、大学時代の心理学研究室の恩師であり、元恋人でもあった国貞にカウンセリングの依頼をする。そんなユキは、激しい性交の中に自分の存在価値を見い出し、さして好きでもないカメラマンの木村と、貪るような性交を繰り返し、一方で無意識のうちに、通りすがりの男と公園の公衆トイレで事に及ぶ。あるいは大学時代の同じ研究室にいた山岸ともラブホに行く。さらには国貞とも再びスイッチが入ったかのように、官能の渦に巻かれていく。正に、ユキの女性器はコンセントだった。とまぁ性を中心とした精神世界のお話のようだが、主人公の兄の幽霊などが出て来るあたりは、やはりオカルトかもしれない。死体清掃会社の社員とか、沖縄のユタを研究している友人とか、脇を固めるキャラクターもなかなかおもしろい。こういう作品は、どうも少女小説とかファンタジー小説の延長に思えるのだが、どうだろう?私の頭の中に、さる漫画家の描く映像が浮かぶのだが、アニメ化しても良いほどの鮮やかな心象描写が印象に残る。『月刊コミック電撃大王』などが連載したらどうだろうか? きっと支持されると思うのだが。『コンセント』田口ランディ・著☆次回(読書案内No.34)は沢木耕太郎の『無名』を予定しています。~読書案内~ その他■No. 1取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ■No. 2複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!■No. 3雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!■No. 4完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する■No. 5青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ■No. 6しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる■No. 7白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す■No. 8ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている■No. 9女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説■No.10或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル■No.11東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず■No.12お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人■No.13レディ・ジョーカー/高村薫 この社会に、本当の平等は存在するのか?■No.14山の音/川端康成 戦後日本の中流家庭を描く■No.15佐藤春夫/この三つのもの細君譲渡事件の真相が語られる■No.16角田光代/幸福な遊戯 男二人と女一人の奇妙な同居生活を描く■No.17室生犀星/杏っ子 愛娘に対する限りない情愛■No.18織田作之助/夫婦善哉 大阪を舞台にした男と女の人情話■No.19谷崎潤一郎/痴人の愛 この人物の右に出る者なし。日本の誇る最高の文士。■No.20車谷長吉/赤目四十八瀧心中未遂 生への執着は、性への執着でもあるのか■No.21松尾スズキ/クワイエットルームにようこそ 平成に新しい文学が登場■No.22川上弘美/神様 現代における女性版カフカ?!■No.23丸谷才一/鈍感な青年 男女の営みは滑稽なもの■No.24宮本輝/流転の海 第一部 戦後の混乱期を生きる日本人の底力を見よ!■No.25岩井志麻子/ぼっけぇ、きょうてぇ 女郎が寝物語に話す、身の上話■No.26柳美里/水辺のゆりかご 包み隠さず書くのは勇気なのか、それとも・・・?■No.27宮尾登美子/櫂 妻は黙って亭主に傅くのみ。殴られても蹴られても耐えるべし■No.28向田邦子/阿修羅のごとく いくつもの顔を持ち合わせているのが女なのだ■No.29樋口一葉/にごりえ 明治の娼妓のコイバナ、そして人情沙汰■No.30南木佳士/阿弥陀堂だより 信州の自然美に触れて生き返る■No.31東川篤哉/謎解きはディナーのあとで エンターテインメント性重視、ポップでライトなミステリー小説■No.32辻仁成/ピアニシモ 25歳ぐらいまでに読んでおきたい青春小説◆番外篇.1新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る! ◆番外篇.2菊池寛、選挙に出る! 読書階級の人は菊池寛氏を選べ ◆番外篇.3芥川龍之介と菊池寛 唯ぼんやりとした不安、ハナはこちらなり。
2013.01.12
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【辻仁成/ピアニシモ】◆25歳ぐらいまでに読んでおきたい青春小説ロック・ミュージシャンの辻仁成が、すばる文学賞を受賞したと知ったのは学生時代のこと。最初はほんの興味本位で読み始めた。半分は冷やかしだ。こういうものは片手間に出来ることじゃないのだと、批判めいた気持ちも持っていたかもしれない。ミュージシャンと作家を両立してやっていくつもりなのかと動向を見守っていたのだが、最近の辻仁成を見ると、どうやら作家一本に的を絞ったようだ。『ピアニシモ』は、2013年の現在再読してみると、1990年に初めて読んだ時とは全く違う感想を持つ、私にとっては珍しい作品だ。当時はまだケータイもパソコンも今ほど普及していないから、秘密の交信の場として花形だったのは、伝言ダイヤルというシステムだ。これはもうほとんどが売春などに関するメッセージばかりで、小さな社会問題となっていた。『ピアニシモ』では、十代の主人公トオルが、伝言ダイヤルで知り合ったサキとの電話のやりとりにすっかりハマってしまうというものだ。匿名性の強い分、単なる電話だけのやりとりだと割り切ってしまえば、あるいはゲーム感覚でそのバーチャルな世界を堪能することが出来たであろう。だが主人公のトオルは、そうではなかった。裕福な家庭に生まれ育ち、小遣いには事欠かないが、氷のように冷え切った親子関係に心の休まることはなく、学校でも凍るような視線を向けられ、友だちが誰一人としていない教室に針のむしろ状態だった。そんな中、トオルの孤独を癒すのはヒカルだけ。だがヒカルという存在は、トオルが自分の中で作り上げた、いわば幻でしかなく、実在しないものなのだ。以前読んだ時は、なんという孤独な小説なのだろう、行き場のない若者をさらに荒廃の闇へと追い討ちをかけるものなのだろうかと、ずいぶん暗い気持ちになった。青春とは、決してバラ色でないことぐらい知っていたはずだが、それでもこれほどまで狂信的な孤独を強要させる小説というものは、耐え難かった。ところがどういうことか、今読むと、全く違う感想だ。これはあくまで少年期における、度の過ぎた反抗期を描いたものなのでは?と思うわけだ。皆少なからず若い時には苛められたり、親子喧嘩したり、友人に騙されたり、それこそありとあらゆる苦い体験をするのだ。そういうものを文学という名を借りた青春小説にまとめると、このような作品に生まれ変わるのだろう。少年から大人に成長する時、誰もが自己否定と自己消失と自己憐憫に戸惑う。どんな形であっても、人は大人になってゆく。気づかなかったことも、気づき始め、やがては孤独にも慣れてゆく。人は一人で生まれ、一人で去ってゆくのだから。『ピアニシモ』は、大人になってから読んでも、さして衝撃は受けない。できれば25歳ぐらいまでのうちに読んでおく方が、“青春とは何ぞや”をリアルに実感できる作品と成り得るものだ。『ピアニシモ』辻仁成・著☆次回(読書案内No.33)は田口ランディの『コンセント』を予定しています。~読書案内~ その他■No. 1取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ■No. 2複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!■No. 3雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!■No. 4完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する■No. 5青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ■No. 6しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる■No. 7白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す■No. 8ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている■No. 9女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説■No.10或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル■No.11東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず■No.12お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人■No.13レディ・ジョーカー/高村薫 この社会に、本当の平等は存在するのか?■No.14山の音/川端康成 戦後日本の中流家庭を描く■No.15佐藤春夫/この三つのもの細君譲渡事件の真相が語られる■No.16角田光代/幸福な遊戯 男二人と女一人の奇妙な同居生活を描く■No.17室生犀星/杏っ子 愛娘に対する限りない情愛■No.18織田作之助/夫婦善哉 大阪を舞台にした男と女の人情話■No.19谷崎潤一郎/痴人の愛 この人物の右に出る者なし。日本の誇る最高の文士。■No.20車谷長吉/赤目四十八瀧心中未遂 生への執着は、性への執着でもあるのか■No.21松尾スズキ/クワイエットルームにようこそ 平成に新しい文学が登場■No.22川上弘美/神様 現代における女性版カフカ?!■No.23丸谷才一/鈍感な青年 男女の営みは滑稽なもの■No.24宮本輝/流転の海 第一部 戦後の混乱期を生きる日本人の底力を見よ!■No.25岩井志麻子/ぼっけぇ、きょうてぇ 女郎が寝物語に話す、身の上話■No.26柳美里/水辺のゆりかご 包み隠さず書くのは勇気なのか、それとも・・・?■No.27宮尾登美子/櫂 妻は黙って亭主に傅くのみ。殴られても蹴られても耐えるべし■No.28向田邦子/阿修羅のごとく いくつもの顔を持ち合わせているのが女なのだ■No.29樋口一葉/にごりえ 明治の娼妓のコイバナ、そして人情沙汰■No.30南木佳士/阿弥陀堂だより 信州の自然美に触れて生き返る■No.31東川篤哉/謎解きはディナーのあとで エンターテインメント性重視、ポップでライトなミステリー小説◆番外篇.1新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る! ◆番外篇.2菊池寛、選挙に出る! 読書階級の人は菊池寛氏を選べ ◆番外篇.3芥川龍之介と菊池寛 唯ぼんやりとした不安、ハナはこちらなり。
2013.01.09
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人生を達観する。それは大いなる目標にして遥かなる彼方です。大晦日に、縁あって志ん生師のリマスター版を手にすることができ、嬉々として「拝聴」する毎日です。以前は原音版を我慢して聞いていたのですが、機械的な雑音もさることながら、省線の走る音や観客の騒ぎまでひろっており、閉口顔で笑っておりました(はぁ?)それにくらべるとリマスター版の快適なことといったらありません(^^)志ん生師の笑いを心ゆくまで楽しんで確信しました。この芸は本物だ、と。そして思いました。この人は達観しているな、と。以前の芸人はよく、芸のために遊ぶ、と言いそれを実践しておられました。それはそれで本物だと思います。ただ、そこまで。しかし志ん生師はその先まで行っている。人生と芸が渾然一体なのです。それが芸人における人生の達観なのでしょうか。「どうです?師匠。」そう尋ねたところで「そういうナニは、まぁナンだねぇ。」くらいにはぐらかされてしまうことでしょうがね。さて、達観といえばこの人もおおいに達観されておりました。むこう(彼岸)で志ん生と会えるのが楽しみ、そう言ってサッサと逝かれてしまった小沢昭一さんです。今頃、彼岸ではあの小沢節をもって、志ん生師をおだてては毎日噺を聞いていることでしょう。うらやましいなぁ~その小沢さんの達観を感じる一句です。遙なる次の巳年や初み空詠まれたのは前回の巳年。ご自身の解説によると、「おそらく次の巳年には永の眠りに入っているだろう。」その通りに、今年の巳年は迎えることはかないませんでした。自分のことをちゃんをわかっておられたのですね。そして、この斜と達観の妙が小沢昭一の小沢昭一たる所以なのでしょう。「どうです?小沢さん。」そう尋ねたところで「そのココロだぁ~!」くらいにはぐらかされてしまうことでしょうがね。ひとつ言えるのは志ん生師も小沢氏も、そこにそよ風が吹く以外にとりたてて何もない、そういうことなのだと思います。ということで、私目もその境地にむかい粛々と邁進してまいりたい、そう決意を新たにした正月七日なのでありました。~追記~ときにリマスター版に関してひと言。デジタルの技術をもって音を再生することに何かと物議があるようです。幸か不幸か、志ん生師の落語を、かろうじて生で聞いたことのある世代として言わせていただければ、こと志ん生師につきましては違和感はありませんでした。先述しましたとおり、私は嬉々として「拝聴」しておりますから(^^)そうはいってもはじめてお聞きになられる方は、リマスター版とはいえ、その音の悪さにびっくりするかもしれません!老婆心より(笑)ですが!!昨今にない、本物の名人芸をご堪能いただけることは請け合いです♪昨日今日の落語とはワケが違いますから!五代目 古今亭志ん生、ぜひ一度お聞きあれ(^^)
2013.01.08
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【東川篤哉/謎解きはディナーのあとで】◆エンターテインメント性重視、ポップでライトなミステリー小説最近までこの本は書店の店頭に山積みされていた。それだけに私は気になって仕方のない小説だった。幸いなことに、学生時代の友人が貸してくれたので、年末を利用して読了した。まずはこの場をお借りして友人にお礼を申し上げたい。ありがとう。『謎解きはディナーのあとで』は、全国の書店から支持され、栄えある本屋大賞第1位を受賞している。テレビでもドラマ化され、ユーモア・ミステリーとして人気を博した。一体この小説の何が受けたのだろう?答えは意外に簡単かもしれない。とにかく読み易いのだ。徹頭徹尾マンガチックにまとめられていて、エンターテインメント性を重視している。だから、真面目に推理小説として向かうと肩透かしを食らう。だがこの世知辛い世の中、どれだけシリアス系の社会派サスペンスが受け入れられるだろうか? 若い人たちの本離れを阻止するためにも、このぐらいユーモア色に包まれていないと、ミステリー小説が生き残るには厳しいのだ。作品は六話から成る、一話ごとの完結型形式を取っていて、正にテレビ放映に持って来いのタイプだ。見出しもお洒落で、“殺人現場では靴をお脱ぎください”とか“殺しのワインはいかがでしょう”とか“綺麗な薔薇には殺意がございます”だの、なかなか練られた文言だと思った。たいていの推理小説というのは、怪しげな登場人物が何人か出て来て殺人事件が起こり、主人公であるベテラン刑事があれやこれやと捜査し、アリバイを崩して最終的に犯人を捕まえるというパターンだ。そしてそれは長編で、なかなか結末が見えない。(途中で犯人が誰なのか分かってしまうものもあるけれど)一方、『謎解きはディナーのあとで』は、殺人事件そのものにはあまりスポットを当てず、主人公であるお嬢様刑事・麗子(警察に勤務しているものの、実は大富豪の令嬢である)とその執事である影山が、ユニークな会話の後、事件の真相に迫っていくそのプロセスに重点を置いているのだ。とてもテレビ的で、汚らしさの欠片もなく、もちろん殺人に付きまとう暗く言いようのない不気味なものは、微塵も感じられない。正直な話、この作品においてリアリティは追求できそうもない。真面目な方なら「ありえない!」と言って、途中で読むのを辞めてしまうかもしれない。だが冷静に考えてみよう。これだけありとあらゆる手法で小説が大量生産される中、常に新しいものを求める現代人には、このぐらい型破りな推理小説の方が受けるに違いない。明るくポップな刑事と、ライトな事件は食い合わせが良く、消化不良に陥ることもない。後味スッキリ、のど越しの良い風味だ。蛇足ながら、社会派ミステリー等本格的な推理小説の好きな方は控えた方が無難。この軽さは読者を選ぶかもしれない。『謎解きはディナーのあとで』東川篤哉・著☆次回(読書案内No.32)は辻仁成の『ピアニシモ』を予定しています。~読書案内~ その他■No. 1取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ■No. 2複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!■No. 3雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!■No. 4完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する■No. 5青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ■No. 6しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる■No. 7白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す■No. 8ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている■No. 9女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説■No.10或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル■No.11東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず■No.12お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人■No.13レディ・ジョーカー/高村薫 この社会に、本当の平等は存在するのか?■No.14山の音/川端康成 戦後日本の中流家庭を描く■No.15佐藤春夫/この三つのもの細君譲渡事件の真相が語られる■No.16角田光代/幸福な遊戯 男二人と女一人の奇妙な同居生活を描く■No.17室生犀星/杏っ子 愛娘に対する限りない情愛■No.18織田作之助/夫婦善哉 大阪を舞台にした男と女の人情話■No.19谷崎潤一郎/痴人の愛 この人物の右に出る者なし。日本の誇る最高の文士。■No.20車谷長吉/赤目四十八瀧心中未遂 生への執着は、性への執着でもあるのか■No.21松尾スズキ/クワイエットルームにようこそ 平成に新しい文学が登場■No.22川上弘美/神様 現代における女性版カフカ?!■No.23丸谷才一/鈍感な青年 男女の営みは滑稽なもの■No.24宮本輝/流転の海 第一部 戦後の混乱期を生きる日本人の底力を見よ!■No.25岩井志麻子/ぼっけぇ、きょうてぇ 女郎が寝物語に話す、身の上話■No.26柳美里/水辺のゆりかご 包み隠さず書くのは勇気なのか、それとも・・・?■No.27宮尾登美子/櫂 妻は黙って亭主に傅くのみ。殴られても蹴られても耐えるべし■No.28向田邦子/阿修羅のごとく いくつもの顔を持ち合わせているのが女なのだ■No.29樋口一葉/にごりえ 明治の娼妓のコイバナ、そして人情沙汰■No.30南木佳士/阿弥陀堂だより 信州の自然美に触れて生き返る◆番外篇.1新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る! ◆番外篇.2菊池寛、選挙に出る! 読書階級の人は菊池寛氏を選べ ◆番外篇.3芥川龍之介と菊池寛 唯ぼんやりとした不安、ハナはこちらなり。
2013.01.05
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【南木佳士/阿弥陀堂だより】◆信州の自然美に触れて生き返る学生時代の友人から、落ち込んでいる時の自分の励まし方を教わったことがある。これは、カラオケなどでうたうことが好きな人に限ることなのだろうが、とにかく暗い気持ちの時は、暗い歌をうたうのだとか。間違っても明るい歌を選んではいけない。気分が滅入っている時に“赤いスイートピー”(松田聖子)などうたってしまったら、よけいに落ち込む。そういう時は、“難破船”(中森明菜)を選曲するといい、と。なるほど、暗い歌をうたってどっぷり悲劇に浸ることで憂さ晴らしするのか。この手法は、読書にも対応できるような気がする。働く日々の中で、心が折れそうな時がある。擦り切れた神経が癒しを求める時がある。そんな時は、下手に自己啓発に関する本や精神世界を説く本など読まない方がいい。むしろ、神経を病んでいる作家の著書を楽しむ(?)方がいいだろう。その点、南木佳士はおすすめだ。この作家の本業は医師なのだが、生真面目すぎる性格が災いしてなのか、神経症を患っている。作品はどれも地味で素朴で、常に死が纏わりついている。代表作に『ダイヤモンドダスト』『阿弥陀堂だより』などがあり、『ダイヤモンドダスト』において芥川賞を受賞している。正に、現代における正統派の純文学作家なのだ。さて、『阿弥陀堂だより』について。舞台は信州の谷中村。風光明媚の山里は、短い夏と長い冬の厳しくも豊かな自然に恵まれている。そこへ、作家の上田孝夫は妻を伴い、帰って来た。妻は内科医で、村の診療所に勤めることになっていた。妻は医師でありながら神経症を患っていて、都会の大学病院での勤務には限界を感じたからだ。一方、村には古びた阿弥陀堂があり、そこに住むおうめ婆さんが上田夫妻を快く出迎えた。九十度に腰の曲がったおうめ婆さんは、96歳。わずかに番茶の味がするぬるま湯を夫妻にもてなし、自身はそれをビールを飲むように美味そうに飲む。これほどまずい茶を、これほど美味そうに飲むおうめ婆さんを、夫妻は半ば感動して眺めるのだった。作品は終始一貫、淡々とすすめられていく。静かで、のんびりとした時間の流れが、誰の心にも優しく語りかける。生き急ぐことはない、誠実に歩み続けることで必ずや救われるのだと。この小説を読了して感じたのは、白隠禅師の教えに通じているなと。「衆生本来仏なり 水と氷のごとくにて水をはなれて氷なく 衆生の外に仏なし衆生近きを知らずして 遠く求むるはかなさよたとえば水の中に居て 渇を叫ぶが如くなり」(訳:すべての衆生は生まれながらにして仏性をそなえている。氷のように固まったこだわりを溶かしてしまえば無我となり、その水のような融通無碍の自己の姿がそのまま仏なのだ。また、無我の境地は遠くにあるのではなく、自分自身のうちにあるのだから、探しに行くことはない。ほかを探すことは、水の中で喉が渇いたと叫ぶようなものだ。)つまり、白隠は自分を内観せよと言っているのだ。南木佳士も、外界に張り巡らしたアンテナを少し減らすことで、自分の内面を素直に受け入れることが出来たのかもしれない。疲労を蓄積し過ぎてしまった方、心の闇をこじらせない前に、『阿弥陀堂だより』の一読をおすすめしたい。『阿弥陀堂だより』南木佳士・著☆次回(読書案内No.31)は東川篤哉の『謎解きはディナーのあとで』を予定しています。~読書案内~ その他■No. 1取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ■No. 2複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!■No. 3雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!■No. 4完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する■No. 5青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ■No. 6しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる■No. 7白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す■No. 8ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている■No. 9女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説■No.10或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル■No.11東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず■No.12お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人■No.13レディ・ジョーカー/高村薫 この社会に、本当の平等は存在するのか?■No.14山の音/川端康成 戦後日本の中流家庭を描く■No.15佐藤春夫/この三つのもの細君譲渡事件の真相が語られる■No.16角田光代/幸福な遊戯 男二人と女一人の奇妙な同居生活を描く■No.17室生犀星/杏っ子 愛娘に対する限りない情愛■No.18織田作之助/夫婦善哉 大阪を舞台にした男と女の人情話■No.19谷崎潤一郎/痴人の愛 この人物の右に出る者なし。日本の誇る最高の文士。■No.20車谷長吉/赤目四十八瀧心中未遂 生への執着は、性への執着でもあるのか■No.21松尾スズキ/クワイエットルームにようこそ 平成に新しい文学が登場■No.22川上弘美/神様 現代における女性版カフカ?!■No.23丸谷才一/鈍感な青年 男女の営みは滑稽なもの■No.24宮本輝/流転の海 第一部 戦後の混乱期を生きる日本人の底力を見よ!■No.25岩井志麻子/ぼっけぇ、きょうてぇ 女郎が寝物語に話す、身の上話■No.26柳美里/水辺のゆりかご 包み隠さず書くのは勇気なのか、それとも・・・?■No.27宮尾登美子/櫂 妻は黙って亭主に傅くのみ。殴られても蹴られても耐えるべし■No.28向田邦子/阿修羅のごとく いくつもの顔を持ち合わせているのが女なのだ■No.29樋口一葉/にごりえ 明治の娼妓のコイバナ、そして人情沙汰◆番外篇.1新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る! ◆番外篇.2菊池寛、選挙に出る! 読書階級の人は菊池寛氏を選べ ◆番外篇.3芥川龍之介と菊池寛 唯ぼんやりとした不安、ハナはこちらなり。
2013.01.03
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新しい年に臨み、ただ漠然とではありますが、私は一陽来復の兆しを感じます。それはまさに初春の寿ぎというに相応しい感覚です\(^o^)/騒々しいことは昨年のうちに限りを尽くし、今年は「何か」とても明るい気配を感じるのです。少なくとも・・・三が日のうちはそういう気を持って暮らしたいと思います(笑)直木賞作家の山本一力さんは「明日は味方」を信念とされているそうです。なるほど、それは作品を読めば一目瞭然です。『明日を敵に回すより、味方にできれば生き方が変わる。どんな状況でも夜が明けることが楽しみになる。』実に明快で何とも気力あふれる一力さんのひと言だと感服します。一力さんの歩みを見聞させていただくに、その人生経験から得られた信念だと推察するに難くはありません。艱難辛苦に接し「明日は味方」そう唱えることで一力さんは生きてこられた、そして広大なる気力を得られたのだと思います。試しに「明日は味方」そう声に出してみました。何だか気力が漲ってまいりましたよぉ!一力さんの信念をお裾分けいただき、氏のように粛々と人生を邁進したい、そう思う次第でありました(^^)vそしてもうひとつ。『行蔵は我に存す。毀誉は他人の主張。』いわずと知れた勝海舟の喝破のひと言で、その解釈(真意)は各々ですが、勝という人物に真の英雄を感じるひと言です。私は新しい年に臨み、こう理解をしてそれを実行したいと思うのです。己の行動は、出るも引くも曲がるも越すも、それみな己の判断による。だから人に誉められようが毀(そし)られようが惑わされない。因果のすべては己の責任にあり、そう心得るべし。少し前は世間を評して「無責任」といいましたが、昨今ではさらに「責任のなすりつけ」へと悪化の一途をたどっていると思います。何はさておき、私はその風潮にだけは棹差して生きていきたい、そう思いかたく心に誓うのです。以上、てんこ盛りの我が正月でありました(^^)はてさて、平成二十五年はいったいどんな年になりますことやらね♪
2013.01.02
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【日の名残り】「電気がつくと、いつもこの騒ぎなの」「なぜです?」「夕暮れが一日で一番いい時間だと言いますわ。皆この時間を楽しみに待つのだとか」 「なるほど」 あけましておめでとうございます。本年もなにとぞよろしくお願い申し上げます。新年一作目は、私の大好きなジェームズ・アイヴォリー監督作品より、『日の名残り』について。この作品は、カズオ・イシグロの書いた同名小説を映画化したものだが、イギリスでは権威ある文学賞、ブッカー賞を受賞した優れた長編小説である。カズオ・イシグロは出生地こそ日本で、両親ともに日本人なのだが、5歳ぐらいで渡英してからはずっとイギリスでの生活を送っていて、日本語もほとんどしゃべることができないそうだ。したがって国籍も成人してからイギリス国籍を取得している。そんなカズオ・イシグロの描くイギリスは、どこか感傷的でストイックさに溢れている。日本では完全に解体された貴族社会も、イギリスではいまだ格式を重んじる内情があるとして、カズオ・イシグロは鋭いメスを入れているのだ。英国の名門ダーリントン卿に仕える執事役にアンソニー・ホプキンス。女中頭にエマ・トンプソンが扮している。この二人のキャスティングは見事なもので、代わりの役者さんなどとうてい考えられないぐらい様になっていた。執事とは、上流階級の家庭において、主人の給仕をするのが職務なのだが、単なる使用人だと思ったら大間違いだ。使用人は使用人でも、上級使用人であり、男性使用人全体のリーダー格なのだ。この重責を担う生真面目でストイックな精神の持ち主、スティーヴンス役を完全に自分のものとして表現し得たアンソニー・ホプキンスは、素晴らしい演技力の持ち主で、非の打ちどころがない。この作品では、彼の紳士然としたスマートな身のこなしを見るだけでも、損にはならない。物語は執事スティーヴンスの視点から進められていく。第二次世界大戦前と後では、同じ屋敷にいても仕える主人が変わるため、過去を回想しながら現在を描いている。1958年、ダーリントン・ホールは、アメリカ人富豪のルイスが所有することになった。執事のスティーヴンスは、前の持ち主ダーリントン卿の時から仕えているが、当時の使用人はほとんど去っていてスタッフが不足していた。そんなある時、かつての女中頭であったミス・ケントンから手紙が届く。彼女はすでに結婚していたが、どうやら現状はあまり上手くいっていないようで、昔を懐かしむ内容が書かれていた。スティーヴンスはさっそく彼女の元を訪ねることにした。スティーヴンスは、ひょっとしたら有能なミス・ケントンを再び迎えることができるかもしれないと思ったのだ。この作品で注目したいのは、スティーヴンスとミス・ケントンとの淡い恋だろう。二人は惹かれ合っていたのに、スティーヴンスはあくまで執事としての立場を全うし、またミス・ケントンも別の男性からの求婚を受け入れてしまう。これを大人の恋だと言ってしまって良いのかどうか迷うところだが、あまりにもストイックでせつなすぎる。また、アメリカ人富豪ルイス役のクリストファー・リーヴの元気な姿がまぶしい。年明けはやはり『日の名残り』のような、上質な映画を堪能して、自己の知識と教養の肥やしにしてはいかがだろうか?1993年(英)、1994年(日)公開【監督】ジェームズ・アイヴォリー【出演】アンソニー・ホプキンス、エマ・トンプソンまた見つかった、何が、映画が、誰かと分かち合う感動が。See you next time !(^^)
2013.01.01
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