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2013.02.09
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カテゴリ: 読書案内
【小川糸/食堂かたつむり】
20130209

◆癒しを求めて何となく手に取る小説

現代人は皆疲れていると、つくづく感じる。それは肉体的にも精神的にもだ。
たとえばロフトに出向けば、ツボ押し・マッサージ器具が目白押しだし、アロマコーナーには所狭しと女子たちがウロウロしている。波の音や、鳥のさえずりなどのCDまで置いてある。アルファー波が出て安らぐそうな。
人よりちょっとだけ本を読むのが好きだという方なら、同じ癒しグッズを選ぶにしても、癒されそうな一冊を手に取るに違いない。そう、それが『食堂かたつむり』だ。
カテゴリとしては、青春小説とも恋愛小説とも異なり、ファンタジー系だろう。なのに妖精やお化けの類は登場しないので、断定は出来ない。
新たに平成癒し小説というジャンルを設けたらどうか?
きっと書評家の記事には、「透明感に溢れた繊細な文体」とか紹介されそうだ。

『食堂かたつむり』の物語はこうだ。
主人公・倫子は、トルコ料理店でアルバイトをしている。恋人はインド人だが、ある日アパートに帰ってみると、部屋は家財道具からタンス貯金までもぬけの殻。全て身包み剥がされてしまったのだ。
あまりのショックから倫子は失語症になってしまう。仕方がないので所持金をはたいて深夜バスで故郷に帰ることにした。

母親とは折り合いが悪く、ただで借金などさせてくれる間柄ではなかったため、母親の飼い豚・エルメスの世話係を引き受けることで、どうにか開店資金を貸し付けてもらうことに成功したのだ。
こうして倫子は、トルコ料理店で培った調理の腕前を発揮し、一日一組限定のお客様をお迎えするという「食堂かたつむり」を開店するのだった。

この小説は、母と娘の物語だ。同性ゆえになかなか素直になれなかったり、相手に自分と同じDNAを見て幻滅したり、微妙な距離間を感じさせる。
だが最後の最後のところで、切っても切れない母娘の絆を見せつけてくれるのだ。
さらに、私が感じ入ったのは、ペットとして飼っていた豚を、最終的に解体し、調理し、口にするくだりだ。
目玉と蹄を残し、あとは全て調理してしまう。苦痛に泣き叫ぶ豚の頚動脈を、主人公の倫子がナイフで突き刺す。血しぶきが飛び、血がバケツ一杯に貯まって来る。血抜きをした後、頭と胴とに切り分け、腹を割いて中の内臓を傷つけないように取り出していく。
途中のプロセスは、小説を読み進めてあれこれ思索していただきたい。きっと、こうすることが道理なのだと納得がいく。
本当の料理人なら、生きものを手にかけるところから体験しなければ、本物の美食など生まれないのかもしれない。
我々はこうして殺生を繰り返し、その肉を食んでいる。それが紛れもない事実なのだ。

この作品は読む人によって、注目する場面が様々だと思われる。だがそれでいい。癒しを求めて、人は必死で得体の知れない何かにすがりつくのだから。

『食堂かたつむり』小川糸・著

20130124aisatsu




~読書案内~   その他

■No. 1 取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ
■No. 2 複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!
雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!
■No. 4 完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する
■No. 5 青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ
■No. 6 しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる
■No. 7 白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す
■No. 8 ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている
■No. 9 女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説
■No.10 或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル
■No.11 東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず
■No.12 お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人
■No.13 レディ・ジョーカー/高村薫 この社会に、本当の平等は存在するのか?
■No.14 山の音/川端康成 戦後日本の中流家庭を描く
■No.15 佐藤春夫/この三つのもの 細君譲渡事件の真相が語られる
■No.16 角田光代/幸福な遊戯 男二人と女一人の奇妙な同居生活を描く
■No.17 室生犀星/杏っ子 愛娘に対する限りない情愛
■No.18 織田作之助/夫婦善哉 大阪を舞台にした男と女の人情話
■No.19 谷崎潤一郎/痴人の愛 この人物の右に出る者なし。日本の誇る最高の文士。
■No.20 車谷長吉/赤目四十八瀧心中未遂 生への執着は、性への執着でもあるのか
■No.21 松尾スズキ/クワイエットルームにようこそ 平成に新しい文学が登場
■No.22 川上弘美/神様 現代における女性版カフカ?!
■No.23 丸谷才一/鈍感な青年 男女の営みは滑稽なもの
■No.24 宮本輝/流転の海 第一部 戦後の混乱期を生きる日本人の底力を見よ!
■No.25 岩井志麻子/ぼっけぇ、きょうてぇ 女郎が寝物語に話す、身の上話
■No.26 柳美里/水辺のゆりかご 包み隠さず書くのは勇気なのか、それとも・・・?
■No.27 宮尾登美子/櫂 妻は黙って亭主に傅くのみ。殴られても蹴られても耐えるべし
■No.28 向田邦子/阿修羅のごとく いくつもの顔を持ち合わせているのが女なのだ
■No.29 樋口一葉/にごりえ 明治の娼妓のコイバナ、そして人情沙汰
■No.30 南木佳士/阿弥陀堂だより 信州の自然美に触れて生き返る
■No.31 東川篤哉/謎解きはディナーのあとで エンターテインメント性重視、ポップでライトなミステリー小説
■No.32 辻仁成/ピアニシモ 25歳ぐらいまでに読んでおきたい青春小説
■No.33 田口ランディ/コンセント 引きこもりをテーマにした社会派小説をねらうも、結果オカルト小説
■No.34 沢木耕太郎/無名 最愛の父を看取るまでを淡々と語る
■No.35 浅田次郎/月のしずく エンターテインメント性バツグン! ドラマチックなラブ・ストーリー
■No.36 有吉佐和子/香華 花柳界に生きた母娘の愛憎劇
■No.37 田山花袋/蒲団 男の嫉妬、男の哀しさを赤裸々に描く
■No.38 連城三紀彦/恋文 嘆きとせつなさは、恋愛小説の醍醐味
■No.39 重松清/エイジ もしもクラスメイトが通り魔だったら・・・?
■No.40 大崎善生/パイロットフィッシュ おしゃれで、どこか老成した主人公「僕」の語り口調

◆番外篇.1 新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る!
◆番外篇.2 菊池寛、選挙に出る! 読書階級の人は菊池寛氏を選べ
◆番外篇.3 芥川龍之介と菊池寛 唯ぼんやりとした不安、ハナはこちらなり。





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最終更新日  2013.02.09 06:17:37
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