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2018.04.01
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カテゴリ: 読書案内
【沢木耕太郎/凍】
人生を山にかけるクライマー山野井泰史・妙子夫妻の生き様

先日は春分の日だというのにあちこちで積雪が観測され、凍えるような一日となってしまった。
我が家の温風ヒーターはあいにく灯油が尽きてしまい、こたつで丸くなって暖を取った。
治りかけのしもやけがぶり返しそうな不安に襲われた。
だが、この程度の寒さでへこたれてなどいられない。

私はこの一週間、偶然にも沢木耕太郎の『凍』を読んでいた。
この作品は山野井泰史という登山家が、2002年に登ったヒマラヤ山脈の中のギャチュンカン峰から奇跡的に生還するまでを綴ったノンフィクション小説である。
山岳小説と言えば新田次郎を思い浮かべるところだが、沢木耕太郎の淡々とした筆致も臨場感に溢れていて、見事なものである。
山野井泰史が凍傷で手足の指を切断する場面など壮絶なもので、私のしもやけなどかすり傷にも匹敵しない。
読み進めるほど「なんでそうまでして登るのか?」という疑問がむくむくと湧いて来る。

その辺りは読者が出来得る限りの想像力で考えるしかない。
納得はできなくても、そういう生き方もあるのかと理解は示せるだろう。

あらすじはこうだ。
山野井泰史は、9つ年上の妙子と奥多摩の自宅で慎ましい生活をしている。
二人とも登山家で、優れた技術とカンを備えていた。
とくに妙子は実務能力も兼ね備えており、英語の書面で入山許可を申請したり、登山に必要な諸経費を計算するなど几帳面に雑務をこなした。
そんな妙子は、ヒマラヤ・マカルーに挑戦した際、重度の凍傷を負ってしまい、手の指を第二関節から十本失い、足の指は二本残して八本すべてを失っていた。
さらには、鼻の頭も失ったのだが、後に移植手術を受け、なんとか一部の復元に成功した。
それでも妙子は登ることを辞めない。
その妙子をパートナーに、山野井泰史はいよいよ夢にまで見たギャチュンカン峰を目指すことになった。
ギャチュンカンに登頂するためには、六千メートル級の無名の山で、高度順化していく必要がある。

今回の妙子の体調はあまりに悪すぎた。
頭痛に吐き気が加わり、体が思うように動かない。
その上、耳鳴りやめまいも出始めた。
妙子はムリをして夫の足手まといになるような素人クライマーではなかった。
だが山野井がソロで登るとなれば、それはそれで全く違う危険が伴うのである。

二人は、固い雪や氷の表面に鋭利な刃を叩き込み、アイゼンをつけた靴を蹴り込み、尺取り虫のように少しずつ登っていくのだった。

登山という行為を、私のような凡人はどう捉えたら良いのか分らない。
趣味と言えばあまりに過酷なものだし、仕事と言うには少し違うような気もするし・・・
惨めなのは過酷な登山の際に催すことだ。
重装備をしているので脱げないまま間に合わず、大便や小便を漏らしてしまうというくだりがある。
体を大便で汚し、小便で濡らしたまま零下30度、40度の山に挑むなんて・・・想像を絶する。
それでも尚、登山を続ける意味とか意義とは??

私は正直言って「スゴイ!」と称賛する気持ちにはなれない。
百歩譲って有事の際、クライマー本人の遭難だけで済むならまだしも、救助に駆け付ける者たちにも危険を強いることになる。
また、親族や関係者たちの絶望的な気持ちを想像すると、いたたまれない思いだ。
「ほぼ日」を読んでいたら、山野井泰史のインタビュー記事が掲載されていた。
そこで彼は次のように語っている。

「頑張らなきゃとか努力してるわけではないですよね、まったく。やっぱりぼくは、ただただ登るという行為がおもしろいから登り続ているんだと思うんです」

なるほど、そうだろう。
そうでなければ大便小便を垂れ流し、手と足の指を凍傷で失っても懲りないという理由に合点がいかない。
さらに『凍』の中に「この絶望的な状況の中でも、二人は神仏に助けを求めることはしなかった」とある。
ここでの「絶望的な状況」というのは、登山中、何回も雪崩が発生して、いつ山野井夫妻を奈落の底に叩き落とすか知れないという危機的状況下のことである。
そんな切羽詰まったときでさえ、神仏に助けを求めたりはしないと言う。
私はこの一文に溜飲を下げた。
人にはそれぞれ生き様というものがある。
どのような生き様を選ぶかは自分しだい。
この春、社会人となるフレッシャーズに、「自分さがし」の一冊として紹介したい著書だと思った。

※『凍』は、第28回講談社ノンフィクション賞を受賞している。


『凍』 沢木耕太郎・著



コチラ から
★吟遊映人『読書案内』 第2弾は コチラ から



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最終更新日  2018.04.01 06:44:10
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