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今日は、常設店としては最後の日です。明日からは、企画展開催時のみの店になります。でも、今よりさらに「暮らし密着型ショップ」になります。なぜなら、これからここで、お客さまと思う存分「どんな暮らしがしたい?」ということを語り合い、打ち合わせすることになるからです。思えば9ヶ月前、私が店を始めたのは、「お客さまと直に接したい」「お客さまの暮らしを心地よくするお役にたとう」そんな想いからでした。そして、ひっそりとたたずむ店をオープン。わざわざ探して訪れてくれたお客さまは、無垢の木のテーブルと、椅子と、お茶とお茶菓子に「ほっ」としてくれたようでした。で、気に入ったものがあれば買ってくださる。私もそれで「よかった」と思っていました。でも。お客さまと話しているうちに気づいたのです。お客さまがほんとうに困っているのは、”自宅でほっとできないこと。”「物があふれてるの」「落ち着かないの」「こういう物(←うちの商品)が似合う家にしたいのに」と嘆いているのを何度も何度も聞いているうちに・・・あー私、”お客さまの暮らしを心地よくする”なんて言ってるけど、実情を分かっていない、今の店のままじゃ、一人よがりだな、っていうことに気づいたのです。それから数ヶ月、考えに考えて、ある決断をしました。店の運営を少し変えつつ、事業展開をしよう、と。それ以後、私の考えはぶれることなく今日まできました。これからは、住まいそのものを快適にすることでお役に立ちます。もともと、心地いい暮らしとは?っていうことをずっとずっと考えて、それを商品にする仕事をしてきた私。だから、本業に少し戻る感じです。愛着のある「モノ」と「安らぎ」を販売する今の仕事も好きだけれど、結局、お客さまの話を聞いて、それを形にして喜んでいただく、それが心底好きなのだと思います。
March 24, 2006
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今日も不思議な出会いがありました。ほんとうに些細なことがきっかけで、うちのお客様が「ある方」に私を紹介してくれたのだそうです。で、その「ある方」がひょっこり店まで来てくださいました。その方、気功を学ばれているそうで、行こう、という勘にしたがって来てくださったのだそうです。私に、なにか「気」を感じたのでしょうか、ねぇ。そうしたら、話は合うし、波長は合うし、私の黒目を見て現在の私の状況をビシバシと感じてくださって。今、「がんばらなくっちゃ」と思いすぎていること、いろんなことを一生懸命考えていること、身体が少し疲れていること(特に膀胱)、そんなことまで分かっちゃうんです。で、身体に電気を通して、疲れをとってくださいました。ほんとに身体がぴりぴりして、冷え性だったのが、ぽかぽかしてきて。これから先の、私の励みになるようなことも助言してくださって。不思議。ほんとに、前にも書きましたけど、不思議な出会いが起きています。で、その方によると、私って素直で、「勘」があるのだそうです。自分でも気づいているはずよ、と。そうかなぁ・・・ん、でも。最近、あの人に会いたい、と思っているとほんとに会うし、こうなったらいいな、と思っているとそうなるし。そんなことってあるんですね。潜在意識が、働いてくれているのか。今日の助言を聞いて、自分の心と身体に耳を傾けて、もっと自然体でいきたいなと思いました。
March 23, 2006
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心・技・体とはよく言ったもので、これらを鍛えると、かくも人は凛凛しい顔になるものなのですね。イチローを、戦国時代の若武者のようだ、と言った記事を以前に読んだことがありますが、WBCの中継で、何度もアップになった彼の顔は、ほんとうに武士道を極めた人のような顔でした。久しぶりに見て、びっくりしました。頬が引き締まり、目は鋭く、無精ひげもすっかりなじんで。彼だけでなく、他の選手もみないい表情をしていました。真剣に、一生懸命に闘う人からは、たとえ画面の向こうからでも感じるものがあります。何かに熱くなることが、なにか滑稽に見られる昨今の日本。でも昨日の優勝は、そんな風潮を吹き飛ばしてくれたと思います。そういえば、先日の大挑戦者祭のスローガン。私はとてもいいなと思いました。『起ち上がれ、ニッポン!』野球だけでなく他のスポーツも、ビジネスも、人々の心も・・・あらゆるところで、今こそ起ち上がっていこう!
March 22, 2006
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むしょうに読書したくなるときがあります。っていうか、毎日、毎時。私のこの症状があらわれる時というのは、不安なとき、と自己分析しています。裏を返せば、成長しようとしてるとき。”現状をこわして、次のステージに行こうとするから不安になる”んですね。思い起こせば、小学生~高校までほんとによく読書しました。とくに中学、高校。思春期特有の、自分探し、みたいなテーマがあって、本を読みあさりました。といっても当時の私は、そんなテーマなど自覚があったわけでもなく、ただただ、それ系の本を読んでいたんですね。逆に社会人になってからは、仕事と家事育児の忙しさにかまけてあまり読書することがありませんでした。現状維持で必死だったような気がします。そして再び、いま・・・サラリーマンを脱して、次のステップへ一歩踏み出したから。だから読書したくなるんですね。
March 20, 2006
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あぁ、あれから早一週間が過ぎようとしている・・・ドリームゲートの大挑戦者祭から。普段、ベンチャーや中小企業の社長さんたちに会う機会なんてほとんど皆無ですから、ドリームゲートの催しで、名だたる社長さんたちにお会いした(というより、遠目で見てきた)のは、ほんとうにうれしかった。「社長」というもののオーラと、人間力みたいなものをナマで感じたかったのです。その中で、私が大ファンになってしまった方がいます。GMOの熊谷社長。クリーム色のスーツを少しラフに着くずして、胸に生花のコサージュ。でも全然イヤミがなくて、社長の端正なお顔立ちにもあっていて、とても素敵でした。でもそれだけじゃなくて・・・ソフトな語り口とか、コンテスト出場者へのエールの送り方とか、企業理念に感動した出場者へ「資金を提供します」とおっしゃるところとか、熊谷社長の温かい人となりが感じられました。しかも42歳には見えません。若々しい。でも、こういう社長さんが活躍している、っていいなと思いました。そして私にとっても、あんな素敵な社長になりたい(男性だけど^^;)っていう目標ができた。ありがとう。ナマで会えた社長さんたち。
March 18, 2006
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私が退職してまもなく一年、今度は私の仕事を引き継いだ後輩も退職しました。二人で延々2時間、職場の話をしました。二人とも、会社がイヤで辞めたわけではないから、自分たちの古巣のいいところも、悪いところも、客観的に話すことができます。職場を離れたとたんに、客観的に見えるものなのです。今、残っている人たちは(相変わらず)モチベーションが低い状態らしい。忙しすぎて身も心もボロボロになりつつある人も多いのです。だからよく、会社の子たちが、私の店に話をしにやってきます。ちょっとした”オアシス”状態です。そして後輩とこんな会話。後輩 「いま、みんなパッション(情熱)がありませんよねー」私 「私も最後はなかった・・・」後輩 「私は、ありましたよ、こう見えても」私 「私はこう見えても、昔はすごい情熱的だったのよ。辞める直前の私は、どんな風に見えた?」後輩 「情熱、というより、”愛情”を感じました。」私 「・・・」そっか。と彼女の一言で気がつきました。私って、職場に対して、もはや希望とか情熱とかを忘れかけていたけど”愛情”をもっていたのだな、と。たしかにそうでした。職場も、同僚や仲間も、好きでした。今でもたぶんそう。だから・・・実は、元上司と後輩と食事をした次の日、会社のことが妙に恋しくなっちゃって、無意識に昔の職場まで車を走らせてしまったのでした。そういう気持ち、って「愛情」だったんだ・・・後輩の一言に、なんか妙に納得して、スッキリして、うれしかったのでした。
March 17, 2006
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前いた会社の、元上司と、後輩と、3人で食事に行きました。元上司、とはいっても、今は大企業の取締役をしてる人。こんなエラくなった人が、なぜだかこんな私と交流を続けてくれる、とてもありがたい存在です。食事をしながら、いろんな話題に花が咲き・・・当然、会社の話も、私の事業の話も出ます。そのとき、あえて私の話に対して苦言を呈してくれる元上司。正直、へこみました。・・・だけど。最近、私の意見に対して、共感こそすれ面と向かって苦言を呈してくれる人がいなかった。鋭いツッコミや、辛口の言葉を言ってくれる人がいませんでした。だから、そのときは落ち込んだけど、後でかみしめてみると、とても貴重な意見だった、ありがたい、と思ったのです。でもその上司、昔からアメとムチの使い方が上手い人でした。今回も、あんだけ私の事業にメスを入れておきながら、「資金は出すから有限会社くらいにしたらどうだ?」と言ってくれました。そういう嘘や冗談は絶対言わない人だから、たぶん本気です。かといって、ほんとにそんなことをしていただく日がくるかどうかはわからないけど、そんな風に言っていただけたことが、涙が出るほどうれしかった。「出資してやる」なんて言われたのは、初めてですから。苦言と支援。両方をしてくれる、貴重な、大切な人です。この方のそばにいるだけで、自分が成長していく気がするんです。オーラをもった人です。
March 16, 2006
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店を、「常設店から企画店へ」転向すると決断したのが約1ヶ月前。そこに至るまで、ほんとにいろいろ熟考したけど、考えても、不安に思っても、結局、やってみなくちゃ分からない。という結論に達したのでした。でも不思議なことに、そう決めてから、次々と新しい事業に向けてのシンクロが起こっているのです。それともう一つ。決断してから、家族がうれしそうにしているんです。今まで常に店番していたのが、これからは拘束される時間が少なくなるから家族で過ごす時間が増える、家族で出かける機会が増える、と夫も子供も喜んでいます。家族が喜ぶ姿を見ると、私もうれしくなります。この決断をしてよかった、と。だからこそ、ますます、新しい決意に身が入ります。今の時点では正しい決断かどうかはわからない。ただ、「正しい決断だった」と後から思えるようにすることはできると思います。えいえいおー!
March 15, 2006
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昨日、ドリームゲートの「大挑戦者祭」に行って来ました。あこがれの(!)、グッドウィルの折口雅博社長の講演を聞いて、そしてその後、ビジネスプランコンテストのファイナルも見てきました。全国412の応募の中から、選考され続けてきた5組の方々の事業プランの発表でした。発表を聞いているうちに、ふと思ったことがあります。”本物の起業家が増えるとこの国は、いい国になるかも。”起業家って、最初の動機はなんであれ、結局、「利益を生み出すこと」と、「社会に、人に、喜ばれる存在になること」が目的になっていくような気がします。昨日の人たちもそうでした。「育児に困っているお母さんたちのために」「骨粗しょう症で腰の曲がったおばあちゃんにおしゃれしてほしい」「若くてお金がないのに、薄毛で困っている人たちへ」「資金はないけど留学したい人へ、しかも安全に」のように、困っている人たちを何とかハッピーにしたい、という思いにあふれているのです。そんな本物の起業家がどんどん誕生するということは、この国を幸せにしようとする人(会社)でいっぱいになる、ということです。それに、ちゃんと稼いで、きちんと税金も納めてくれる。つまり税収も増えるはずです(笑)「本物の起業家」というのは、そういうことを心底思っていて、そして常に人間として正しいことをしてビジネスをしていく人たちのことです。そんな起業家であふれる国になるといいと思います。もちろん私もその仲間に入るつもりでいるのですけれども。折口社長の、熱い言葉がまだ残っています。「正しくないことはするな! 正しいことをせよ! 迷ったら、正しいと思う方へ進め。 正論でいこう!正義は最後に必ず勝のだから。」・・・みなさん、熱心に耳を傾けていました。あの、情熱的な天才起業家の言葉を聞いて、本物の新米起業家がこれからたくさん生まれていくことでしょう^^まだまだ、この国はきっとよくなっていきます。
March 13, 2006
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友人にランチに誘われました。聞けば、今日の午後、半休とっているから。と。偶然です。私もその友人と話がしたいと思っていたところだったんです。しかも、仕事の話も兼ねて。近くのファミレスで落ち合って、(ランチの時間帯って、女の人ばかりでビックリ)おしゃべりしているうちに、で最近どう?みたいな話になって。「実は・・・・ 店の営業時間を限定して、 この春から新しく動こうとしているの。 ついては、○○に営業に行きたいから紹介して」とお願いしたら、「実はそこが、住空間の提案をしてくれる人を探しているのよ」と言う。「で、あなたを紹介しようと思っていたところなの」と。しかもその店に、私の面識のある人が責任者として異動してくるらしいのです。「だから話がしやすいでしょ」とその友人。あまりの偶然に、あ然としました。でも、努めて落ち着いて受け入れています。だって最近多いのです。シンクロが・・・今までじゃあまり考えられないような偶然がぽつぽつと起こっています。今では、感謝してその偶然をありがたく受け止めています。
March 10, 2006
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昨日書いた「行動すれば次の現実」、この言葉、『成功曲線を描こう』という本の中にありました。実はこの「成功曲線」、まさに私が想像していたものと全く同じだったのです。いつか自分の日記で書いた”閾値を超える”のと同じイメージだったのです。ある臨界点を超えるまで、地道な努力を要する。そこまでは、自分が成長しているのかも分からずに、長く、ちょっぴり不安な日々。でも、ある臨界点を超えたとき「加速する」のです。そんな私のイメージどおりの「成功曲線」がその本には書いてありました。それは、今までの体験からなんとなく分かっていました。物事が楽しくなるまで、確かな手ごたえを得られるまで、第三者から評価されるまでには、ある程度時間を要するものだということ。けれど、ひとたびその臨界点を超えると、面白いように事が運ぶということも。子供のころの逆上がりの練習、英語が急に聞き取れるようになった瞬間、君には無理だといわれた大学受験、スイートスポットでテニスボールを打ち返せるようになった感覚、それに、大赤字事業部が、黒字へ転換した後の快進撃・・・今までの体験すべてが、あきらめずに続けた地道な努力に裏づけされて、ある瞬間から急にうまくいくようになりました。だから今日も地道な努力をつづけよう。いつか越える臨界点(閾値)に向かって。。
March 7, 2006
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思えば、今の自分がこうしているのは、6ヶ月前、書店で「あの本」に出会ったのが全ての始まりでした。偶然立ち寄った書店の入り口に、高く積まれていた本。一度気になって手にとったけど、「自分にはあり得ない世界」と元に戻してその場を去りました。そして一週間後、なぜか再び偶然、その本を手にとって、そして今度は買ってみることにしました。思えばそこから、私の日常はみるみる変化し、「なにか」が加速していきました。次から次へと、今思えば「必然」の出会いが起こっていきました。たくさんの本、メールマガジン、楽天日記、起業塾、only1(SNS)、新しい仲間、悩みもがいたこと、セミナー・・・そして、パワーヨガに通ったことさえも、今となっては必然でした(笑)いもづる式につながって、そして今では、また新しい一歩を踏み出そうとしている。「行動すれば次の現実」最近読んだ本の中に書いてあった言葉。この言葉を、今、じっくり実感しています。
March 6, 2006
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自分の長所を、一つだけあげるとすれば。。。といって、いいところは、たくさんあるけど(笑)、でも反省したいところもたくさんあるのです(苦笑)しかしそこを敢えて、一つだけあげるとしたら、『”他力本願じゃない”ところ』です。癖なのです。困ったとき、「誰かがきっと○○してくれる」と思ったりしません。自分で何とかしようと道を探る。あるいは、自分からあの人に相談しにいく、協力を求める、ということをして、「待ち」の体制にはなりません。白馬の王子様を頼らないのです。でも不思議なことに、困っているとき、必ず手を差しのべてくれる人に出会います。必要なときに、私が必要としている人との出会いがあります。他力本願じゃないけど、他の人が力を貸してくださるときはありがたく受け取ります。
March 3, 2006
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私には、克服したいと思っている悪しき習慣があります(笑)それは、時間の使い方。やるときゃ、やる。というタイプなのですが、その分、(意味のない)だらだらする時間も決して少なくありません。イッパシの事業を立ち上げようとしているのなら、無駄にする時間はないのに。そしてその習慣を変えよう、と思っていても、どうもうまくいきません。「ダイエットは明日から・・・」というのと同じような状態なのです。しかし、今読んでいる本にこんなことが書いてありました。習慣のメカニズムはこうです、「意識の深さx反復」。さらに、「習慣を変えるには時間がかかる」といいます。まずそのことを理解しておく必要がある。その上で、「三日坊主は悪くない」とも書いてあります。つまり、習慣を変えるにはある程度の期間、意識して繰り返すことが必要。三日坊主になったな、と思ったら、五日目にまたチャレンジすればいい。大事なのは、たとえ三日坊主でも、「繰り返す」ということです。それを繰り返したら、気づいたら一年のうち、四分の三はチャレンジしていることになる。そしていつか、習慣が変わっていく。・・・ということは。あきらめずにチャレンジ。たとえ三日坊主でも、「習慣を変える」チャレンジを繰り返せ!
March 2, 2006
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「大きな組織って、」と時々考えるのです。「”最大公約数”なところだ」と。つまり、だいたいの人が、同条件下で概ね満足していればよし。というところ。それは、商品にしても、社員の扱いにしてもいえることだと思います。シェアの大きな企業は、不特定多数の人が使う商品を作るから、どうしても市場の80%くらいの人が、80点くらいをくれる商品になってしまう。可もなく、不可もなく、というかね。だから、お客様の個性とか、お客様ひとりひとりの事情にはあまり細かくかまっていられないのです(って言葉は悪いけど。。。)社員の扱いにしてもそう。なるべく平等に、なるべく”世間一般的”に、というから、結局だれのニーズをも満たすことができない。ちなみに私は、子育てしながらも働ける環境がほしかった。「育児短時間勤務」の期間延長や育児をサポートしてくれる人がいない中で働いていることを、もっと、認めてほしかったのだ。しかしそれも、「社会一般から見れば環境が整っている方だ」ということで、”社員の公平性”と”社会一般”を理由に認められなかった。私は、子供がいるからといって、決して会社に甘えていたわけではなく、限られた時間内で、だれよりも密度濃く働いていたと思う。成果もあげていた。しかしそれでも、個人の事情も成果も、大組織の中では無意味だった(のだろうか)大きな組織って、(ごめんなさい、言い方は悪いけど、)長いモノに巻かれていられるときはいいけど、それができない人にとっては、やっぱり、「かなり」居ごこちの悪いところなのだ・・・・・・追伸:でも誤解しないでほしいのは、それでも私は、十数年間私を雇ってくれた会社に感謝している、ということ。
March 1, 2006
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