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ジャワ島の家でまずやりたかったのは、物の整理だ。家財はほとんどないが、それでも住んでいた頃使っていたものが多少ある。捨てたもの ビデオデッキ(以前日本からわざわざ持ってきたのに壊れて、修理不可能だった) カセットテープ カビのはえた靴・ベルトあげたもの 紙類(叔母さんが火をおこす時に使う) 服(きれいなものはもちろん、黄ばんだブラウスまでも、叔母さんは「捨てるよりもましよ」と欲しがった。申し訳ない気がした。) 未使用の鉛筆(近所の子供達に)日本に持ち帰ったもの 本数冊 1歳半の次女がいるとじゃまされて、なかなか思うように進まない。整理している途中にアルバムに見入ってしまい時間があっという間に過ぎてしまったり。
2006.01.30
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ジャワ島の私たちの家に泊まっていたとき、水浴びをして御飯を食べたあと、長女サンを毎朝旦那の実家へあずけた。理由は2つある。一つはサンが親戚の女の子と遊びたがったため。もう一つはバイクの4人乗りを避けるため。私たち家族の移動手段はバイクだ。銀行・役所・買い物・・・すべてバイク一台で行かなければならない。こちらの人は普通に4人乗りしている。お父さんが運転し、その前に上の子がちょこんと座りメーターのあたりをつかんでいる。後ろにはお母さん。お父さんとお母さんの間に下の子がはさまれて座っている。4人乗りは、私には怖くてできなかった。本当は3人乗りもしたくないが、仕方がない。旦那が運転し、私は次女ワティをスリングで抱っこして後ろに乗った。走行中は片手を旦那の腰に手をまわし、片手はしっかりと次女をホールドしていた。赤ちゃん用のヘルメットなんてないし、もし転んだら次女の頭だけは絶対に守ろうと思っていた。幸い何事もなかったが。サンにはかわいそうだったけれど、こんな風に3人でお出かけしていた。もちろんサンにはナイショ。「家でお掃除してるのよ」と言っていた。次女はまだ小さくて話すことができないからバレずにすんだ。でも、今度行くときには次女もよくしゃべるようになっているだろう。どうしよう。
2006.01.29
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3年半ぶりにインドネシアのジャワ島に帰って、驚いたこと。1、バイクの量が増えた。街はバイクで渋滞。 今まで自転車を使っていたH叔母さんの家も中古バイクを1台購入し、家族3人乗りで使っている。2、車の種類(車種)がふえた。 以前は似たような車しか走っていなかったのに、いろんな種類がある。 車に興味がないので車種は覚えていないが、日本車や韓国車。 3、ケータイが増えた。 街中では若者~中年がケータイをよく使っていて、日本みたい。 田舎では電話回線がきてない地域が多いので、家の電話の代わりに使っている。4、田舎のスーパーにベビーカーが売っていた。 どうやって使うのだろう。 外は砂利道だし、舗装されていても穴ぼこだらけだ。 ベビースウィング代わりに使うのかな。
2006.01.28
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去年の秋にインドネシアのジャワ島に行ったとき、道を走ってるとよく結婚式に遭遇した。イドゥル・フィトゥリのあとは結婚シーズンだ。そういえば私たち夫婦の結婚式もイドゥル・フィトゥリの10日後だった。 竹でできた簡易な建物を家の前に増設する。道にはみ出すのは許容範囲。 バナナ・椰子の実・稲穂が飾られる。 竹の棒につけられた飾り。椰子の葉を切ったり編んだりして作る。バリ島ではお祭りの時に道でよく見かけるやつ。招待状がなくても結婚式に参加することができる。飛び入り参加もOK。旦那も昔、たまたま通りかかった見ず知らずの人の結婚式におじゃまして、飲み食いした事があるらしい。
2006.01.27
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旦那「味噌汁、おいしいね」え、わかるの?本当にわかるの?!今まで生協のお味噌を使っていたのだが、うっかり切らしてしまい、スーパーで適当に(といっても、ちゃんと選んで)買ってきたのだ。合わせ味噌だけどかなり白い。甘くて香りも今までのものとは違う。でもね、まさか旦那がわかるとは思わなかったのでびっくり。
2006.01.26
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フルバツカさんからバトンをいただきました。Q1.パソコンまたは本棚に入っている『インドネシア』 本棚のアルバム。 この間家族でインドネシアに行ったときの写真がいっぱい入っている。 子供たちも時々出してきてはながめている。Q2.今妄想している『インドネシア』 年に一度インドネシアに行けたらいいな。 住むことは考えていない。Q3.最初に出会った『インドネシア』 小さいころ、家のゴミ箱がインドネシア製だった。竹で編んであって大・中・小とそろっていた。Q4.特別な思い入れのある『インドネシア』 旦那と一緒に旅した、バリ島のウブドやロンボク島。 風景、出会った人々、風のざわめき、水の温かさ、レストラン。Q5.最後にバトンを回したい人と、それぞれのお題は? 好きな人が勝手に持っていってね。 『インドネシア』の部分をお好きなものに変えてください。
2006.01.25
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絵本カフェで行われた、"おだいどこ育児@新年会”に長女と一緒に参加した。講師はとよきっしもさん。”おだいどこ育児”とは、台所仕事を通して五感をフルに使う体験を子供にさせるというもの。ほとんど台所仕事をしだことがない長女だ。どうなるのかと心配だった。でも他の子どもたちに触発されて、楽しくお料理をしていた。もやしのひげを取ったり、切干大根をほぐしたり、きんとんを茶巾に絞ったり。ニンジンを切っているとき、最後のしっぽのところは手つきが危なっかしくて思わず「ママがやろうか?」と声をかけてしまった。しかし、サンは首を横に振って、ゆっくりとだが確実に最後まで切った。子供を信じて見守る大切さを実感した瞬間だった。さて、ここに集まった人たちはみんなどこかでつながりがあってびっくりだ。絵本カフェのalphabet*polkaさんは国際結婚つながり。とよきっしもさんはインドネシアつながり。各国料理を作る案もでてきた。次はモロッコ料理?ガーナ料理?
2006.01.22
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朝、窓を開けると一面の銀世界。空からはとめどなく白いものがふってきた。それを見てよろこんだのは子供達だけではない。インドネシア人の旦那も「ふー、すごいね。雪だるま、作るよ」とはしゃいだ。お昼頃子供達と旦那で、雪だるまをつくりにかかった。私は寒いので部屋で待機。雪だるまのはすが、いつの間にかトンネルになった。ちゃんと子供が通れるくらい大きい。そのあと、旦那は「頭が痛い」と言い出した。今朝から風邪気味みたい。なのに雪遊びするんだから。3時間もお昼寝してた。5時頃起きてきた旦那は、一足遅れておやつを食べた。今日のおやつは「雑穀入りクッキー」。本来は米と混ぜて炊く「五穀ごはんの素」(大麦・もちきび・もちあわ・いりゴマ・アマランサス)を入れてクッキーを焼いてみたのだ。私的にはイマイチの味だった(雑穀が硬すぎて歯に当たる)が、旦那は「おいしいね」と言ってくれた。そういわれると幸せ。
2006.01.21
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水が出ない間は、隣のティニ叔母さんの家から水を汲んで使っていた。洗濯しようとティニおばさんの家へ行くと、叔母さんはいなくて、休暇で遊びに来ていたH叔母さんの娘のNちゃんがいた。Nちゃんは中学生。私たちの結婚式の時には小2くらいで、うちわを持って新郎新婦の前を歩く2人の子供のうちの1人をやってくれた。(名前があるのだろうか。知っている人がいたら教えてね。)井戸からつるべで水をくもうとした私に、Nちゃんは「できる?」と聞くので「できるわよ」と答えた。ところがここの井戸はちょっとコツがいって、私は上手く水をくみ上げることができなかった。見かねたNちゃんがつるべを取って、手早く水をくんでくれた。「ありがとう」洗濯も終わり、私が外で子供達と遊んでいるとティニ叔母さんが帰ってきた。叔母さんが家に入り、Nちゃんの話す声が聞こえた。このあたりの人々は日常会話はジャワ語を使う。しかし、私はジャワ語ができないので、私にはインドネシア語で話てくれている。叔母さんとNちゃんの会話はもちろんジャワ語。でも、わかってしまった!!Nちゃんが『ナツミがきて水汲みしようとした。 「できる?」と聞いたら、 「できる」と言った。 でもできなくて、私がくんであげたの』と笑いながら話しているのが。言葉が通じなくても悪口を言っているのはわかると聞いたことがあるが、このことか。と思った。(悪口とは違うけれど、自分が笑われていることがわかった。)その瞬間私の苦労はなんだったの?と言う気持ちになった。以前ここで暮らしていたときは、ここの生活に慣れようと努力していた。でも、はたから見ればそれは滑稽だったのではないいか?「都会育ちの何もできない子が来た」と思われていたのでは?なんて、どっぷり自虐モードに浸かってしまった。
2006.01.20
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だんなの実家では人見知りして大泣きした次女ワティ(1歳半)。こっち(私たちの家)でもそうなるかなと思っていた。私たちの家の隣はティニ叔母さんの家。はす向かいはS叔父さんの家。休暇でH叔母さんと旦那さん、中学生の娘も泊まりにきていた。みんなを見ると私に抱っこされたワティは、ぎゅっと手に力を入れた。ティニ叔母さんが抱っこしようと手を伸ばすと、首を激しく横に振り、「イヤ!」の意思表示。S叔父さんが手を伸ばしても、ブンブン首を横に振り「イヤイヤ」。H叔母さんでもおもいっきり「イヤイヤ」。みんなはその反応を面白がった。そして大げさに手を伸ばして、ワティが嫌がるのを見て笑った。ワティも自分がからかわれているのがわかったようだ。ニコニコしながらぶんぶん首を振るようになった。こっちでは、すぐに馴れてくれてよかった。適応能力が付いたかな。S叔父さんの牛を見てニッコリ。 牛にバナナの葉っぱをあげる。 手まで食べないでね。
2006.01.18
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家族でインドネシアに帰った時のお話です。自分達の家に着いたものの、水が出ないトラブルに見舞われ、隣の家から汲んだ水を溜めて使っていた。トイレや手を洗うときも水をセーブしながら使うのはストレスだった。ところが3~4日後に急に水が出るようになった。何がきっかけで直ったのかはわからない。とにかくうれしくて、きゃーきゃー言いながら家中の蛇口をひねってまわった。次にやるのは、タンクの掃除だ。ポンプにで井戸からくみ上げられた水は、2階の高さほどの塔にあるタンクに溜められる。そこからパイプを通って家の各場所へ流れていく。設置して何年かたつが、タンクを掃除したことがなかった。旦那とS叔父さんがタンクのあるところに上がった。塔の上は人が2人立つことのできるスペースがある。私も上がってみた。たった5mくらいの高さなのに、周りに何も囲いがなく、狭いのでとても怖かった。タンクの底のパイプとの接続部分をはずして、溜めた水を放水しながら布やブラシで内部を洗う。下から見上げていると、黒い水が勢いよく地面めがけて降ってくる。でもね、意外とキレイだった。汚れのほとんどは砂。虫がわいていたらどうしようと、想像していた。これでいつでも好きなだけ水が使える!なんて幸せなんだろうと思った。
2006.01.16
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旦那の好きな日本食 BEST5 1位 天ぷら(特にエビ その他シシトウ・ナス・カボチャ等) 2位 焼き鳥(インドネシアにも同じようなものがある) 3位 うどん(天ぷらうどんなら最高!キツネや力うどんもOK) 4位 インゲンのゴマ和え(インドネシアのピーナッツソース和えに似てる?) 5位 キンピラゴボウ日本に来た当初は味噌汁も飲めなかったが、今は具に制限があるものの、飲むようになった。"日本料理”ではないけれど、日本に来て食べて好きになったものに、焼肉・チキンカツ・イカのリング揚げなどがある。 WORST5は・・・王道をいく 1位 納豆 2位 刺身 3位 魚料理(煮魚・焼き魚) ・ ・ 以下基本的に日本料理は好きではない。イカの塩辛や粕漬けのような得体の知れないものは見向きもしない。カボチャの煮付け・おでん等、汁だくの煮物も嫌い。肉じゃがも汁がなくなるまで煮詰め、インドネシアの辛いチリソースをかければ食べる。漬物・冷奴・おひたし・そば・お好み焼きも食べない。料理下手な私は料理を作るのに苦労しているが、食べる旦那も「また、これ?」と愚痴を言う。そんなときは「日本人と結婚してよかったでしょ。お米を食べない国の人と結婚したと想像してみて。毎日パンやジャガイモよ!」と軽く逆ギレ。
2006.01.13
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本日のメニュー 牛肉の辛~い煮込み(ルンダン・サピ rendang sapi) 蒸したさつまいもを揚げたもの 今日は犠牲祭だ。インドネシアにいれば牛肉か山羊肉を食べる。日本では全然雰囲気がないけれど、とりあえず牛肉料理にした。作り方は 1、カレー用の牛肉をやわらかくなるまでコトコト煮る 2、「ルンダンの素」とキャベツのざく切りを入れ15分ほど煮込むパッケージ裏には「インドネシア版ビーフストガノフ」と入っていた。言われれば、そんな気もする。訳す人もいっしょうけんめい考えたのね。私が使ったメーカーとは違うが、これが「ルンダンの素」
2006.01.10
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男の人はハーブティが苦手だという先入観がある。でも、インドネシア人の旦那はリンデンフラワーのお茶がが好き。リラックスできるといって、寝る前に飲んでいる。リンデンフラワーとは菩提樹のことだ。薄い黄色い葉っぱ。ほんのり甘くて優しい香り。カモミールやブレンドのハーブティも試したが、リンデンフラワーが一番好きだ。今日も「リンデン買って来て」と頼まれて買い物にいった。ついでにマテ茶を買ってみた。「飲むサラダ」と言われミネラル豊富だそうだ。グリーンマテとブラックマテがあったがブラックに。飲んでみる。んー、意外と飲みやすい。濃い紅茶という感じだ。続けてみようかな。その前に、3年前に買ったローズヒップが余ってるのをどうにかしなきゃ。まだ大丈夫かな。←我が家の愛用*「生活の木 オーガニック リンデンフラワー」←飲むサラダ「ブラックマテ茶」 香りもいい 意外と飲みやすい
2006.01.08
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やっとインドネシアの自分達の家に着いた私たち家族。停電のトラブルはあまり深刻ではない。だって家電製品が何もないから。昼間停電しても気づかない。明かり以外で唯一、電気を使うものは井戸から水を汲みあげるポンプだ。でも、停電じゃなくても、なぜか水が出てこないのよね。ポンプのモーターの音はするけれど、蛇口をひねっても水が出ない。これって、生活するうえで最悪の事態じゃない?旦那に人を呼ぶように言っても、イドゥル・フィトゥリの休み中だから来ないという。とりあえず水は隣のティニおばさんの家から運んできてバケツに溜めておくことにした。トイレはその水で流したが、水浴びはティニおばさんの家のバスルームを借りた。飲み水はミネラルウォーターを買っているので困らない。こんな↓ディスペンサーを使っていた。日本だと三万円!インドネシアだと1000円から以前インドネシアに住んでいたときは、周りのみんながするように井戸水を沸かして飲んでいた。でも、今回は買うことに。だって、信用できない。近くには田畑がある。農薬を使っている。下水道はない。汚水は敷地内で処理。絶対、汚染されてそう!ただ、今回は家で料理はせづ、買ったりティニおばさんに作ってもらったりしていたので、お料理の水は井戸水なんだけどね。
2006.01.07
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この間インドネシアに行った時のことです。3日ほど旦那の実家に滞在したあとは、いよいよ私たちの家へ。同じ田舎でも、実家のあたりは家と家の間が狭くこみあっている。でも、私たちの家のあたりはまだまだ木が多い。(2階のテラスからビデオ撮ったら、木で近所の家の屋根がすべて隠れていて、ジャングルの中みたいだった。)着いたのは、夜だった。疲れていた子供達はすぐに寝てしまった。子供達を寝かしつけている間に、ザーっという音とともに雨が降ってきた。しばらくして、部屋の小さな電球がいきなりパチンと消えた。真っ暗。油断してた、雨が降ると停電するんだった。他の部屋も、家の外も明かり一つない。本当に何も見えない。懐中電灯が常備してあったはず!でも、3年半前の電池は切れてるよな。子供がぐっすりと眠っていて、停電に気づかないのが不幸中の幸い。泣かずにすんだ。闇の中どうやったのか、義弟が空き瓶でランプを作ってくれた。やっとほのかな明かりがともって、ほっとする。私たちの家での生活は、こんなアクシデントに見舞われたスタートだった。
2006.01.06
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去年の秋、インドネシアに行ったときのお話です。旦那の実家に泊まっている時。私が子供達と庭で遊んでいると、向こうからふくよかな女性が子供を抱っこしながらやってきた。「いつきたの?」と、私に微笑みかけた。彼女と握手しながら、私は賢明に記憶をたどる。誰だっけ?誰だっけ?近所の人には違いないけど・・・思い出せないわ。しばらく話をしていて、やっと気がついた。Aさんだ!!わからないはずだ。Aさんはスカーフをしていないんだもの。イスラム教徒の女性はスカーフをかぶっているイメージがあるが、ジャワ島にある旦那の実家の村では日常的にスカーフをかぶる人はいない。結婚式や葬式やイドゥル・フィトゥリのときだけスカーフをする。学校がイスラム系の子は学校に行くときはかぶるが、帰ってきて制服を脱げばスカーフもはずす。そんな村でいつもスカーフ姿のAさんは目立っていた。彼女はもともとこの村の生まれではない。彼女の父親はこの村の出身で、若い頃スマトラ島に渡り、コーヒー栽培をはじめた。そして現地の女性と結婚し、生まれたのがAさんを始めとする兄弟達だ。Aさんはこちらの大学に通うためにこのジャワ島に来ていたのだ。私が知っているのはいつもスカーフをかぶった、きちんとした身なりの彼女だ。一度だけ彼女の家に行ったことがあるが、そのときも私の旦那がいっしょだったせいか、少し待つように言われて、ややしてスカーフ姿でドアを開けてくれた。しかし、この日の彼女はアッパッパ(?)↓をきて、子供を抱えている。 全然わからなかったわ。そういえば結婚したって聞いていた。人って変わるものね・・・って他人のことは言えないけれど。
2006.01.05
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今月の目標。「インドネシア滞在記を書き終わる」去年の秋に家族でインドネシアに行った。帰ってきてからずいぶん経つのにまだ数日分しか書いていない。早く書かないと忘れてしまう。すでに、今でも、記憶がかたまっていて、袋の中で固まってしまった塩を、くずしながら出しているような状態だ。ここで目標として明言しておけばプレッシャーで書くだろう。
2006.01.04
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あけましておめでとうございます。今年がみなさんにとってよい一年でありますように!年越しはソバ?ソバが好きじゃないインドネシア人の旦那のために昨日の晩御飯はうどんにしようとした。そしたら、「焼肉がいい」と言うので焼肉になった。大晦日の雰囲気がない(^_^)昨日はちょっとがんばっておせち料理を作った。伊達巻と、栗きんとんと、お煮しめと、エビチリ。ほかのもの(黒豆とか田作りとか)は買った。旦那は食べてくれるかな。朝の8時近いのに、まだ寝てる。昨晩はk-1かプライド見ていたみたいだし。旦那は冬休みに入ってから毎日のようにインドネシアの実家に電話をしている。しかも、30分くらい話して、一度切って、また思い出したように電話して、また長話。よく、そんなにはなすことがあるなぁと感心する。向こうは、今雨季。毎日雨だそうだ。インドネシアでも1月1日は祝日。妹の仕事は休みが日曜日だけだが、今年は1月1日が日曜日なので、実質お正月休みがないそうだ。スラウェシで爆弾テロがあり死者負傷者が出た件については、義弟も義妹もどこか他人事のよう。自分の住む町で起こらない限り実感がわかないんだろうな。
2006.01.01
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