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久しぶり。次女を出産してからすでに1年8ヶ月。妊娠期間と合わせると約2年半ぶりに生理がきた。 ないとないで楽だった。来てみると、自分の体を見つめるいい機会になっていると実感する。「自分の体を大切にしよう」という気になる。仕事から帰った旦那に伝えると、「エー、今週Hできないじゃん!」って、そうくるか?!男だからしかたないね。「おめでとうは?」と催促すると、ハグをして「オメデトウ」とちょっとわざとらしくいってくれた。
2006.02.25
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前にも書いたけれど、我が家は子供に対しては日本語で話し掛けています。私が何かの拍子にインドネシア語で「1(サトゥ satu)」と言ったら、1歳8ヶ月の次女が「ジュア!」と叫びました。インドネシア語の「2(ドゥア dua)」のように聞こえました。試しに「3(ティガ tiga)」と言ってみると、次女は「ンパ!(empat=4)」と言い、かわるがわる10まで続きました。いつ覚えたんだろう? ちなみに私は幼いころ中国語で10まで数えられたそうです。マージャン好きの父が教えたらしい・・・
2006.02.23
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先週、私とインドネシア人の旦那と子供達と、私の母とで大きな公園に遊びに出かけた。ハトがたくさんいて、私たちがお菓子を食べはじめると寄ってきた。母 「中国ではハトを食べるそうね」旦那「インドネシアでも食べます」母 「あら、そう。どんな味なの?」旦那「うーん、ニワトリと同じ。でも小さいからお腹いっぱいにならない。」私 「エー食べたことあるの?」し、知らなかった、旦那がハトを食べていたなんて。聞くと、市場で普通に売っていると言う。こんどインドネシアに行ったときに食べさせてもらう約束をした。池の方へ歩いていくと、カルガモが10羽ほどすいすい泳いでいた。子供たちは大喜びで水ぎわにかけよった。旦那「これ、インドネシア語でなんていうのかな」私 「へ?イティック(itik)じゃないの?」旦那「ベベ(bebek)かな」私 「ベベはアヒルでしょう。これは野生だからイティック」子供向けの本にマガモの絵がありイティックとかいてあったので、私はカモ=イティックだと思い込んでいた。すると旦那、「インドネシアには野生の(カモ)いないよ」えーそうなの??そういえばカモってロシアにいるくらいだから寒いところの生き物なのかも。なるほどね、だからわからないんだ。ところでカモはインドネシア語でなんていうのだろう?鳥つながりで、もう一つ。イタリアで行われているオリンピック、旦那が言うと『鳥のオリンピック』に聞こえて仕方がない。ここで鳩肉売ってました。美味しそうです生まれて初めてハトは食べるものだと知ったのはこれを見たときだった
2006.02.21
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昨日の続きです。夜になって旦那がやっと帰ってきた。しきりに私の機嫌をとる旦那。私は「早く自分達の家に帰りたい」と言った。すると旦那は「お母さんを私たちの家に連れて行こうか」と提案してきた。一瞬「?」の私。旦那いわく、「ワティ(次女)が泣いてもお母さんに抱っこしてもらえるでしょ」疲れ果てた私を見て、ベビーシッター代わりに義母を私たちの家に連れて行こうと言うのだ。私はことわった。旦那の実家に1日中いて気疲れしていた。家族4人だけでゆっくりしたかった。旦那なりに私を思ってくれたのだが、ちょっとズレてるのよね。それに自分よりも歳をとっている義母にベビーシットを頼むのは悪いような気がする。インドネシアではベビーシッターを雇う家族も多いがたいがい若い女の人だ。義妹をというなら、わかるんだけど。
2006.02.19
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私は時々旦那の言葉を信用しない。インドネシア人である旦那は時間の感覚が日本人とは違う。一言で言うとアバウト。日本で何年か生活しているので、かなり日本的な正確な時間感覚になったと思う。それでも旦那に「×時」と言われれば、私は「×時から一時間くらい後」のつもりでる。昨年秋インドネシアに帰省した。ある日、旦那が朝から友達と出かけることになった。「半日で帰ってくる」半日とは何時?日本なら12時~1時くらいか?でもここはインドネシアだ。私は3時か4時くらいの心づもりでいた。朝6時半に旦那は家を出た。それから私は洗濯などして子供と一緒に旦那の実家に行った。(旦那が私と子供達だけで家においておくのはかわいそうだ、実家に居た方がいいと言うので)そこで遊んで、御飯を食べて、なんとな~くすごしていた。親戚に、旦那はどこへ行ったのか聞かれると、「友達と○○へ出かけて、半日で帰ってくる」と説明していた。1時、2時・・・子供達もかわるがわるお昼寝。わたしも床に寝そべってうとうとした。3時、4時。そろそろ帰ってくるかな。5時。まだ帰らない。旦那の家族はもとより近所の人たちも心配し始めた。「旦那はどこへ行ったの?」と同じことを何人にも聞かれた。携帯電話もつながらない。そんなことをしているうちに日が暮れて暗くなってきた。事故か事件に巻き込まれたのでは、と悪いことが頭をよぎる。6時ころやっとつながった電話で旦那は「今、街にいる。8時に帰る」何で8時なのよ。そこからなら1時間で帰って来られるのに。結局実家で子供達を水浴びさせ、夕御飯もご馳走になった。そして旦那は本当に8時に帰ってきた。「ごめんね、今日だけだから」と謝る旦那。半日って8時なの?とかなり怒った私だった。
2006.02.18
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今回のジャワ島での滞在でつらかったことはなんだろう。○暑い (あたりまえだが赤道直下の国は暑い。昼間はぐで~っとなりやる気が起きない)○夜寒い (行った10月から11月にはまだ雨季が始まっておらず、夜は冷え込んで寝ていて寒かった。毛布が欲しいくらい。)○蚊に刺される (寝ていると蚊がすごい。蚊よけスプレーを塗り蚊取り線香をともしても余り効果がなかった。)人に関して私はいやな思いはしなかったな。お金関係はすべて旦那に任せたので私が料金交渉することもなかったし。バイクで移動中警察につかまることもなかったし。空港でも何も言われずに出入国できたし。(旦那は賄賂を要求されたけど)テロ対策中のショッピングモールでも一度も止められることがなかったし。(旦那は警備員に止められて鞄と身体チェックされた。インドネシア人男性でリュックを背負っているからあやしまれたのか)あれ、旦那はいろいろされてるじゃない。
2006.02.15
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バレンタイン・デーでした。帰ってきた旦那がビニール袋を玄関に置きました。中にはハート型のチョコレートケーキが入っていました。私はてっきり会社でもらたのだと思いました。でも、実は旦那が自分で買ったのでした。旦那「私たちの。みんなで食べよう。」びっくりと同時にとてもうれしかったです。ホールケーキは誕生日の食べ物だと思っている長女サンは「今日ママとパパの誕生日でしょ」と言いました。違うと説明したのですが、食べるときに「ママ、おめでとう。 パパ、おめでとう。」と言ってくれました。ありがとう。
2006.02.14
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インドネシア・ジャワ島に帰省したとき、どうしても行きたいところがあった。それは銀行。街の郵便局の中にあったBank Posという銀行だ。インドネシアに住んでいたとき、定期預金のようなものにお金を預けていた。その額520万ルピア。日本円にすると6万円ほどだが、インドネシアではちょっとした大金だ。1999年9月に預けて、利子が12%。6年後の今は・・・と計算したら800万ルピアにもなっている。ちょっとすごくない?とわくわくしながら街の郵便局へ行った。すると、ない。銀行がないのだ!郵便局は変わらずにあるが、銀行のあったところには売店が入っている。郵便局の人に聞くと、銀行はずいぶん前になくなったという。そんな~私の6万円返してよ!しかも利子つき。旦那がもっと詳しい職員に聞いてくれた。その人にBank PosはなくなったのでBank Danamonに行けと言われる。郵便貯金?をつぶすなんて小泉さんも先を越されたわね、などと思いつつ教えられた銀行へバイクで行く。Bank Danamonで応対してくれたのは感じのよい女性だった。私たちの面倒な問題に嫌な顔をせずに、対処してくれた。ファイルやコンピューターやいろいろ調べた結果、私が預けていたことが確かめられここでお金が戻ることになった。よかった(^。^)でも、一つ問題が。私は証書を持っていった。証書で元金は戻るが、利子は普通口座に入っているので預金通帳がないと引き出せないとう。どこにあるかわからない。日本の家にあるかも。旦那が交渉してくれた。今は外国に住んでいる。いつまたインドネシアに来るかわからないので今お金を受け取りたい。彼女は奥の部屋へいったん消えた。多分えらい人に事情を話してくれたのだろう。口座を閉めることになるがそれでよいなら利子も今わたせるということになった。何枚かの書類にサインして、控えをもらって、一件落着。1時間半も私の問題にかかりっきりになってくれた彼女にお礼を言いサービスカウンターを離れた。今度は窓口に並んで、やっとお金を受け取れた。6年前の520万ルピアが780万ルピアになった。利子ですごく儲かった気がするけれど、インフレ率が利率を上回っているので実際は元本割れ。
2006.02.12
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ネタ系ブログをしていると行き詰まることがありませんか?『書くことがない』(-_-;)私は「インドネシア」というテーマで書いています。旦那がインドネシア人なので、日々の生活を書けばネタ切れはありえません。でも、結婚して何年もたつと旦那との生活に慣れてしまい、書きたいと思うような事件はなかなか起こらないものです。みなさんはどうされているのでしょうか?ほかのテーマで書いてみようかな。例えば ●次女がズボンを自分ではけるようになった ●12と素数についての疑問 ●ふたつけルン!は便利 ・・・とりあえず「インドネシア滞在記」は書かなくちゃね。
2006.02.09
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インドネシア人の旦那が昼寝から起きるなり「テレビ、テレビ」と叫んだ。「テニス」テレビをつける旦那。シャラポワとヒンギスの試合が映し出された。テニスに興味のない私でも、この二人の名前くらいは知っている。ちらりと見るつもりが、画面から目が離せなかった。いいゲーム!二人ともうまい。見ていて気持ちがいい!旦那と二人で「うまいね」「すごいね」「おー」「あー」といいながら見た。長女は何を考えているのか無言でやはり画面を見ていた。次女はおっぱいを飲んだり、歌ったり、していた。旦那と私では好きなテレビ番組が違うので、普段一緒にテレビを見ることは少ない。久しぶりに二人で同じ番組を見て、感想を共有しあえてよかった。
2006.02.04
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携帯電話って本当に便利だと、いまさらだけど思った。昨年秋にインドネシアに行ったときのこと。夕方、家の外でだらだらしていると、同じ村だが少し離れたところに住んでいる旦那のいとこのTちゃんが来た。ややして、Tちゃんの旦那さんが急いでやってきた。携帯電話をTちゃんに差し出す。軍隊に入った別のいとこから電話だった。彼は今、ここから千km離れたスラウェシ島にいる。彼も携帯からかけてきている。「メール(SMS)届いた?」とTちゃん。田舎の青空を見上げながら楽しげに話すTちゃんを見て、私はちょっとしたカルチャーショックだった。このあたりはまだ電話線が来ていない。3年半前は携帯の電波も届くかわからない田舎だった。遠くに行った親戚とは気軽に連絡を取る手段がなく、音信も途絶えがちだった。普通の家と違い移動の多い軍隊ならなおさら連絡をとるのが難しかっただろう。けれども、今は田んぼを見ながら千km離れたところにいる人と話ができるのだ。彼は年明けにはイリアンジャヤに移動するそうだ。きっとそこからもメールをくれるのだろう。
2006.02.04
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長女サン(5歳)はお友達のAちゃんが大好き。Aちゃんはパパがトルコ人だ。サン「Aちゃんのお家ね、トルコにあるんだよ。 Aちゃんの学校ね、トルコにあるんだよ。 Aちゃんはトルコの学校に行くんだって、 サンもトルコの学校行きたいな。」小学生にして海外留学か?!私 「そうなの。 トルコは遠いわよ」サン「大丈夫、バスに乗っていくから」
2006.02.02
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あなたはネバネバ?それともカサカサ?耳あかのタイプは民族によって違いが大きく、アジアでは8~9割がカサカサで、欧州やアフリカでは9割以上がネバネバだ。耳あかとDNAの違いを比較分析すると、ある遺伝子の塩基配列の、とある場所が「A」か「D」かという違いによるらしい。この遺伝子は薬の代謝や排泄と関係していて、将来耳あかのタイプで薬の効果や副作用を予測できるようになるかも知れない!(朝日新聞2006年1月30日)日本人の私の耳あかはカサカサ。インドネシア出身・ジャワ人の旦那はネバネバ。どうりで私のおすすめ風邪薬"カコナール"が旦那に効かないわけだ。あ、でも頭痛薬の"ナロンエース"は効いてるな。ちなみに子供達は2人ともネバネバだ。旦那の遺伝子の方が強かったらしい。
2006.02.01
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