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中毒（純愛中毒）
殺人の追憶・拾遺
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小鳥の朝
Jan 27, 2018
テーマ： 韓国！(17897)
カテゴリ： 映画
ソル・ギョング、キム・ナムギル、キム・ソリョン（AOA）、オ・ダルス主演
キム・ヨンハ著「殺人者の記憶法」原作
ウォン・シニョン監督『殺人者の記憶法 살인자의 기억법
MEMOIR OF A MURDERER 』（2017年）
（以下、映画の核心に触れる部分もございます）
アガサ・クリスティ Agatha Christie
「アクロイド殺し The Murder of Roger Ackroyd 」（1926年）の
叙述トリック
（ 信頼できない語り手 Unreliable narrator に相当する叙述トリック）の
話法、フレームではあるが、
その依って立つ地平が
忘却と曖昧な記憶、即ち逆らうことが出来ない時間にじわじわ侵食され
虫食い状態であるところが
観客にとってそして恐らく主人公にとってもトリッキーであるが
朦朧と薄れていく、引き裂かれて行くアイデンティティに生の哀しさを滲ませていた。
舞台から消え行こうとし、忘却に侵食されつつある老連続殺人犯ビョンスと
新連続殺人犯ジュテの対峙はまるでゲーテ「ファウスト」の
ファウストとメフィストーフェレスのよう。
ファウスト＝ビョンスは善でも悪でもなく、善と悪の間に彷徨うだけの人間
（そして魂と肉体の滅びる速度の乖離に惑う人間でもある）。
自分の外部にある善は
自分の血を分けた姉や娘に象徴され
そんなビョンスが救済を求めるかのように精神的に依存もしているのが
彼のために毎日祈ってくれる修道女の姉だが（実はその姉は実在しない）、
あの頃の姉を投影しているような娘ウンヒは善であり、逆にビョンスが庇護し救済すべき存在。
「ファウスト」の中のグレートヒェンのように。
（自分を理解し守ってくれる存在で尚且つ自分が守ってあげたい存在である女性を
娘に制服姿の娘を見る時は、あの頃の姉、姉の幻想を娘に投影して見ている）
原作でビョンスにとってウンヒ（ウニ）は
「……最近俺が気にかけているのは、たった一つ。ウニが殺されないようにしなければ。
俺のすべての記憶が消える前に。
この生の業、そして因縁。」（キム・ヨンハ著 / 吉川凪翻訳「殺人者の記憶法」より）
守るべき存在。
そして生に、理性に、善に繋ぎ止めてくれるような存在。
しかし、ビョンスが彷徨っているのはメフィストーフェレスのようなジュテと
グレートヒェン（あるいは「マリア」を象徴する）のような姉とウンヒの間だけではない。
忘却という時間に侵食されつつある存在、実在。
時間に引き裂かれそうになっている存在、存在意義あるいは実存の中で混沌とさせられてもいる。
映画の中で「悪魔もなければ、地獄もない。肉体よりも魂の方が先に死ぬだろう」とニーチェが引用されているが
手が憶えている殺人、即ち殺人が染み付いている肉体と
先に衰え滅びようとしていく記憶、精神即ち魂の鬩ぎ合いにもビョンスは翻弄され苦しめられている。
自分を失いつつあるのだから。
魂と肉体の滅びる速度の乖離、滅びる順序の逆転により
自己が、アイデンティティが崩壊する砂時計に追い詰められている。
一方で、映画の中では殺人は詩にたとえられ、
育児は散文に譬えられている。
カルチャーセンターの詩の講師は
「詩人は熟練した殺し屋のように言葉をとらえ、
しまいにはそれを殺害する存在なのです」と譬えるが
原作でビョンスは講師には同意せず
殺人は詩よりも散文に近い と表明する。
映画と原作で殺人の捉え方、比喩に若干の差異はあるようだが
そのようにビョンスは詩と散文の間を行き来もしていた。
ビョンスを「ファウスト博士」のように大きな主語で捉えてみると
父親殺しから始まった連続殺人犯ビョンスの「歴史」は、
鏡像のように父親殺しという同じ過去、歴史を持つ新しい連続殺人犯ジュテ共々
国家のあるいは人類の歴史、繰り返される歴史を象徴もし、
戦争や政権交代の大義名分を示唆もする（ビョンスの目に映るジュテは妄想の上での悪魔のような人物としても）。
少し前の、前近代的歴史と現代の新しい歴史、二つの世代の鬩ぎ合いにも見えて興味深い。
ビョンスという肉体の中にとどまる過去と
忘却されようとする歴史の対比。
ニーチェの言葉
（前述の「肉体よりも魂の方が先に死ぬだろう」といった内容の言葉は
ニーチェの著書に何回か登場する）
「魂の不死などというものはない。肉体が滅びれば魂も滅びる。
（それにより人間の生命は無に帰す）」ように
ビョンスの生も
記憶をなくし先に魂が滅びようとしているのに
殺人を記憶している手や体はまだ生きていてビョンスを
（そして愛する娘ウンヒも）苦しめ追い詰めようとしている。
新しい連続殺人犯もビョンスを追い詰めている。
メフィストフェレスのようなジュテは
ビョンスの妄想の中ではもう一人の自分、悪、自分の影でもある。
ジュテを殺すことに憑りつかれているようなビョンスの姿は
グレートヒェン＝ウンヒ＝善を奪われまいとする焦りと一対である。
自分の体の外にある、外部に投影され擬人化されている悪と善、
自分の体の内なる肉体と魂。
その悪を退け善を守ることと
肉体と魂、即ち殺人を憶えている体と忘れつつある精神の間の葛藤、鬩ぎ合いに
疲弊し引き裂かれ絶望もし薄れゆく記憶の中で
『殺人者の記憶法』では自殺を示唆したかたちで終わり、
ディレクターズ・カットの『殺人者の記憶法：新しい記憶』では
「俺がお前になる」と、信頼できない語り手のこれまでの叙述が全てひっくり返り
明らかになる結末。
肉体より先に滅びようとするビョンスの魂・精神、ビョンスの記憶。
その滅亡より先にウンヒを守るためには
殺人を憶えている肉体を殺して滅ぼすか
「新しい記憶」以外に方法はなかった。
自己が記憶が侵食され崩れ去っていく中で守るべき者を
ビョンスの混沌、曲がりくねる譫妄で守っていた、
殺人者の記憶法で守ろうとしていた、という哀しい余韻。
アルツハイマーの連続殺人犯という設定ゆえに
信頼できない語り手の叙述トリックが更に混沌と、
回想も記憶も、パソコンで書いた日記もICレコーダーで録音した記録も
疑念も推測も妄想も全てが混濁しているにも拘わらず
映画の時間軸で描写されているため、真実は曖昧になり
観客は翻弄され惑わされ続けた。
原作に「人間は時間と言う監獄に閉じ込められた囚人だ。
認知症にかかった人間は、壁がだんだん狭くなる監獄に
閉じ込められた囚人だ」という文がある。
ビョンスは、ビョンスの存在・実存は
忘却により壁が狭くなる監獄に、時間の監獄に息が詰まる程追い詰められていた。
観客（読者）も、一直線あるいはせいぜいフラッシュバックで進む
と思っていた時間の概念、映画の時間軸に閉じ込められているため
ビョンスの叙述、殺人者の記憶法という混濁した時間に投げ入れられると
迷子にさせられていた。
高校の制服を着たウンヒが
それほど季節は変わっていないようなのに農協の窓口の制服で社会人として登場し
（いつ卒業したのかしら）と観ながら訝しく思っていたが
ここもビョンスの混濁した記憶、殺人者の記憶法の迷路に
ちょうど入り込んでいたからなのかもしれない。
ただ、映画版のビョンスは幸せだ。
なぜなら原作では守らなければならない娘は存在すらしていなかったのだから。
殺人者の果てしない孤独と疎外感を原作には感じた。
余談ですが
Super Junior主演映画『花美男連続ボム事件 꽃미남 연쇄 테러사건』 も
事件の語り手が犯人だった、
というアガサ・クリスティの「アクロイド殺人事件」式
叙述トリック及び信頼できない語り手だった。
to be continued...!?
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「アクロイド殺し The Murder of Roger Ackroyd 」（1926年）の
叙述トリック
（ 信頼できない語り手 Unreliable narrator に相当する叙述トリック）の
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その依って立つ地平が
忘却と曖昧な記憶、即ち逆らうことが出来ない時間にじわじわ侵食され
虫食い状態であるところが
観客にとってそして恐らく主人公にとってもトリッキーであるが
朦朧と薄れていく、引き裂かれて行くアイデンティティに生の哀しさを滲ませていた。
舞台から消え行こうとし、忘却に侵食されつつある老連続殺人犯ビョンスと
新連続殺人犯ジュテの対峙はまるでゲーテ「ファウスト」の
ファウストとメフィストーフェレスのよう。
ファウスト＝ビョンスは善でも悪でもなく、善と悪の間に彷徨うだけの人間
（そして魂と肉体の滅びる速度の乖離に惑う人間でもある）。
自分の外部にある善は
自分の血を分けた姉や娘に象徴され
そんなビョンスが救済を求めるかのように精神的に依存もしているのが
彼のために毎日祈ってくれる修道女の姉だが（実はその姉は実在しない）、
あの頃の姉を投影しているような娘ウンヒは善であり、逆にビョンスが庇護し救済すべき存在。
「ファウスト」の中のグレートヒェンのように。
（自分を理解し守ってくれる存在で尚且つ自分が守ってあげたい存在である女性を
娘に制服姿の娘を見る時は、あの頃の姉、姉の幻想を娘に投影して見ている）
原作でビョンスにとってウンヒ（ウニ）は
「……最近俺が気にかけているのは、たった一つ。ウニが殺されないようにしなければ。
俺のすべての記憶が消える前に。
この生の業、そして因縁。」（キム・ヨンハ著 / 吉川凪翻訳「殺人者の記憶法」より）
守るべき存在。
そして生に、理性に、善に繋ぎ止めてくれるような存在。
しかし、ビョンスが彷徨っているのはメフィストーフェレスのようなジュテと
グレートヒェン（あるいは「マリア」を象徴する）のような姉とウンヒの間だけではない。
忘却という時間に侵食されつつある存在、実在。
時間に引き裂かれそうになっている存在、存在意義あるいは実存の中で混沌とさせられてもいる。
映画の中で「悪魔もなければ、地獄もない。肉体よりも魂の方が先に死ぬだろう」とニーチェが引用されているが
手が憶えている殺人、即ち殺人が染み付いている肉体と
先に衰え滅びようとしていく記憶、精神即ち魂の鬩ぎ合いにもビョンスは翻弄され苦しめられている。
自分を失いつつあるのだから。
魂と肉体の滅びる速度の乖離、滅びる順序の逆転により
自己が、アイデンティティが崩壊する砂時計に追い詰められている。
一方で、映画の中では殺人は詩にたとえられ、
育児は散文に譬えられている。
カルチャーセンターの詩の講師は
「詩人は熟練した殺し屋のように言葉をとらえ、
しまいにはそれを殺害する存在なのです」と譬えるが
原作でビョンスは講師には同意せず
殺人は詩よりも散文に近い と表明する。
映画と原作で殺人の捉え方、比喩に若干の差異はあるようだが
そのようにビョンスは詩と散文の間を行き来もしていた。
ビョンスを「ファウスト博士」のように大きな主語で捉えてみると
父親殺しから始まった連続殺人犯ビョンスの「歴史」は、
鏡像のように父親殺しという同じ過去、歴史を持つ新しい連続殺人犯ジュテ共々
国家のあるいは人類の歴史、繰り返される歴史を象徴もし、
戦争や政権交代の大義名分を示唆もする（ビョンスの目に映るジュテは妄想の上での悪魔のような人物としても）。
少し前の、前近代的歴史と現代の新しい歴史、二つの世代の鬩ぎ合いにも見えて興味深い。
ビョンスという肉体の中にとどまる過去と
忘却されようとする歴史の対比。
ニーチェの言葉
（前述の「肉体よりも魂の方が先に死ぬだろう」といった内容の言葉は
ニーチェの著書に何回か登場する）
「魂の不死などというものはない。肉体が滅びれば魂も滅びる。
（それにより人間の生命は無に帰す）」ように
ビョンスの生も
記憶をなくし先に魂が滅びようとしているのに
殺人を記憶している手や体はまだ生きていてビョンスを
（そして愛する娘ウンヒも）苦しめ追い詰めようとしている。
新しい連続殺人犯もビョンスを追い詰めている。
メフィストフェレスのようなジュテは
ビョンスの妄想の中ではもう一人の自分、悪、自分の影でもある。
ジュテを殺すことに憑りつかれているようなビョンスの姿は
グレートヒェン＝ウンヒ＝善を奪われまいとする焦りと一対である。
自分の体の外にある、外部に投影され擬人化されている悪と善、
自分の体の内なる肉体と魂。
その悪を退け善を守ることと
肉体と魂、即ち殺人を憶えている体と忘れつつある精神の間の葛藤、鬩ぎ合いに
疲弊し引き裂かれ絶望もし薄れゆく記憶の中で
『殺人者の記憶法』では自殺を示唆したかたちで終わり、
ディレクターズ・カットの『殺人者の記憶法：新しい記憶』では
「俺がお前になる」と、信頼できない語り手のこれまでの叙述が全てひっくり返り
明らかになる結末。
肉体より先に滅びようとするビョンスの魂・精神、ビョンスの記憶。
その滅亡より先にウンヒを守るためには
殺人を憶えている肉体を殺して滅ぼすか
「新しい記憶」以外に方法はなかった。
自己が記憶が侵食され崩れ去っていく中で守るべき者を
ビョンスの混沌、曲がりくねる譫妄で守っていた、
殺人者の記憶法で守ろうとしていた、という哀しい余韻。
アルツハイマーの連続殺人犯という設定ゆえに
信頼できない語り手の叙述トリックが更に混沌と、
回想も記憶も、パソコンで書いた日記もICレコーダーで録音した記録も
疑念も推測も妄想も全てが混濁しているにも拘わらず
映画の時間軸で描写されているため、真実は曖昧になり
観客は翻弄され惑わされ続けた。
原作に「人間は時間と言う監獄に閉じ込められた囚人だ。
認知症にかかった人間は、壁がだんだん狭くなる監獄に
閉じ込められた囚人だ」という文がある。
ビョンスは、ビョンスの存在・実存は
忘却により壁が狭くなる監獄に、時間の監獄に息が詰まる程追い詰められていた。
観客（読者）も、一直線あるいはせいぜいフラッシュバックで進む
と思っていた時間の概念、映画の時間軸に閉じ込められているため
ビョンスの叙述、殺人者の記憶法という混濁した時間に投げ入れられると
迷子にさせられていた。
高校の制服を着たウンヒが
それほど季節は変わっていないようなのに農協の窓口の制服で社会人として登場し
（いつ卒業したのかしら）と観ながら訝しく思っていたが
ここもビョンスの混濁した記憶、殺人者の記憶法の迷路に
ちょうど入り込んでいたからなのかもしれない。
ただ、映画版のビョンスは幸せだ。
なぜなら原作では守らなければならない娘は存在すらしていなかったのだから。
殺人者の果てしない孤独と疎外感を原作には感じた。
余談ですが
Super Junior主演映画『花美男連続ボム事件 꽃미남 연쇄 테러사건』 も
事件の語り手が犯人だった、
というアガサ・クリスティの「アクロイド殺人事件」式
叙述トリック及び信頼できない語り手だった。
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