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私は何を隠そう、大学生の時に教職課程をとっておりました。教科は、、、言わない方がよいでしょう。高校の教員免許がとれる単位を取得しました。もちろん教育実習にも行きました。懐かしの母校、です。もちろん、懐かしい先生もいれば全く知らない先生もいましたが、概ね、先生も生徒も校舎も温かく迎えてくださったので非常に楽しい2週間でした。。。にも関わらず。私は何をドジッたか、教員免許の申請を忘れてしまったのです。正確には気づいたのは申請締切の次の日だったのです。私、昔もこれやったことあります。大学受験の時、推薦を受けれたのに、そのことに気づいたのは推薦入試の出願期間最終日。わざわざ手間のかかる道を歩んでしまっているのです。でも不思議なもので、しっかり学んだことは生きており、そうすると必要性を感じないもので、いまさら申請、とか思っておりましたが、みなさまから『申請すればもらえるんならもらっておけ』との大合唱をいただきました。そのためには面倒な書類をいっぱいかかなきゃならないんですって。それをおしえてくれた方いわく『おまえは面倒くさがりだから無理だろう』だそうです。まぁきっとそろそろ年齢がやばいのではないかと思うので、次の誕生日までに何とか。。とおもっています。何にでも、期限があるというのはある意味、てんでばらばらな感性をもった人たちにひとつの場所で社会をつくらせるためなのかもしれないですね。。。だから期限を決められていないことはなかなか実現しないのでしょう。
2004年09月30日
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10月の天職ナビでは説明会をやることになっている。私が副理事長を務めているNPO法人の中の1分科会だ。その中でミニセミナーを担当することになった。30分バージョンのセミナーである。30分バージョンのセミナーといえばいろいろやってきたが思い出深いのはとある大学で行った講演会だ。調子にのってパワポの資料を20枚近くもつくってしまい、途中から超特急のスピーチになってしまった。。。私は普段非常に早口だ。だから講演をするときにはとてもとっても注意する。なのにあのときは。。。とにかく一緒に講演した方に負けたくなくて内容をブラッシュアップしていたら枚数が増えてしまう、という事態に発展してしまった。なんといっても負けず嫌いな私。でもみんな聞きづらかったろうって反省した。さて、今回のセミナーだが。1人で話しつづけるのではなくて若干参加型にしようと思っている。質問に答えていって『はい』の数が多いとやばい、みたいな系のやつをつくってみようと思っている。本当は怖い家庭の医学的なやつ?まぁこんな話しをしてほしい、という方は書き込みをしてみてください。興味のある人は10月13日(水)19:30~ BIZ新宿まで遊びにいらしてください。
2004年09月29日
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タイトルでいくと『組織論』みたいである。かなり難しい理論の話しか?と思いきや、違う。正しいこと、は人によって違います。自分にとっていいことは正しいこと。自分にとっていやなことは悪いこと。だから人によって正しいことは違います。真理というやつがあります。市場という中でみたときにこの真実をしっかりおさえている人は勝利します。ところが、この真理はときにとても窮屈なものです。なぜなら人の気持ちとかそういったいいかげんなものに左右されないものだからです。わかっちゃいるんだけど身動きがとれなくって、逆にめげてしまったりする。また理屈抜きの一言ってやつもある。どうしようもなく心の内側からわきあがってきて出てしまう一言。これは正しいとか正しくないとかいう次元の話しをこえている。でも、そんな、ときには理屈に合わないような一言が人を動かしてしまうことはよくある。だんだんごちゃごちゃになってきたが、人間いつも真理を追究して自分に厳しくやるばっかりじゃダメになってしまうんだと思う。だから人間にはなんてことない一言に一喜一憂するという機能がついてるんではないだろうか。大切なのはそうやってバランスをとっているんだ、って本人が知っていること。知っていてときにはくだらない一言に感動して泣いてみたりどうしようもなく悲しくなってみたり、それができるのが人間のすごいところなのではないかな。
2004年09月28日
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10年ぶりに妹とふたりで高校生のころを思い出して『お昼ごはん』を食べに行った。私の実家からは車で40分くらいかかるその町まで無理矢理生まれたてのヒナをつれて向かった。そのお店は『ランチ』という言葉は似つかわしくない、多分サラリーマンとかが普通は行くお店。もちろん当時は妹となど行ったことは全くない。『まだお店あるかな~?』などといいながら10年ぶりにその場所へ向かった。お店はなんと広くなっていた。そしてメニューをみると。。。当時大好きだったメニューがなくなっている!チャーハンがない、カツカレーがない!!!妹と二人でごちゃごちゃいっているとかわらないご主人が出てきてくれた。『メニューになくてもきいてください』『あの。。。カツ丼は?』『はい、わかりました』私はこのお店のカウンターでカツ丼を頼み、おじさんがカツをあげるのをみておいしいカツがつくれるようになったのだ。10年ぶりに食べたその味は全くかわらず、しかも値段もそのままだった。私たちと入れ違いに、やっぱり昔の私たちと同じようにうちの高校の学生がカップルで入っていった。『何もかわっとらんね♪』そういう私と妹のはしゃぎっぷりをみて生まれたてのヒナは『もっと私に注目しろ!』とぐずったのである。。。10年たってもかわらない味とかわらない値段とかわらない場所で淡々とやっているご主人をみて全然こだわりなんてないようにみえてたけど、実はものすごいこだわりをもってやっていらっしゃってたんだな、と思った。何もかわっていないのに、ちゃんと事業は拡大していた。変な色気をださずに、基本に忠実にお客様を大切に、クオリティを落とさずに。あたりまえのことに思えるけれどもできていない人がきっと多いのだろう。すぐにゆらいでしまう人は一度あのカツ丼をたべに行くといい。
2004年09月27日
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私の本籍は富山である。宇奈月温泉の町だ。実家は能登だが、本籍は父の実家にある。つまりそこには私の祖母と叔父といとこといとこの子どもの4世代が同居しているのだ。私は3年ぶりにおばあちゃんの家に行った。おばあちゃんはもう米寿を過ぎている。久しぶりに行った私のことをよく分からなかったらしい。それもそのはず。おばあちゃんにはひ孫が7人いる。私たち、孫は10人いる。今回は私の妹ののところの生まれたてのヒナが一緒にいった。最新(?!)のひ孫である。ひ孫が7人、というのはどんな気分なのだろう。と、娘もいない私は思うのである。無条件で自分の味方になってくれる、無条件で自分を慕ってくれる無条件でかわいいと思ってしまう、そんな存在がどんどん増えていく。しかも自分と90年も離れて生まれた子が、である。ひ孫に向かう祖母をみて思った。おばあちゃんが生きてきた迫力をこの子は強く感じてる。どんな言葉をいうよりもたくさんの時を生き抜いてきたその実績は迫力となって生まれたての子どもにでさえ伝わる。一生懸命、説明しなきゃ伝わらない迫力は偽物だ。そこにいるだけで何ともいえないオーラを発する本物を、みんなめざしているのだと思う。
2004年09月26日
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今あちこちに「スーパー銭湯」なるものができている。気軽にいけていくつものお風呂が楽しめる、アレである。私の実家の近くにも温泉があるが、最近この手のお風呂が増えたようだ。その中の2つに行った。金額とか内装的なものは東京のそれとよく似ている。しかし根本的なつくりは異なっている。東京のそれはひとつひとつの浴槽は小さいがたくさんの種類が楽しめる。私のいなかのそれは種類は多くないがひとつひとつの浴槽がひろびろとつくられていて開放的な感じになっている。これは地域特性の違いからきている構造の違いなのだろう。。。そういえば東京では駐車場の料金が非常に高い。それだけでビジネスが成り立つくらい。デパートなどでは買い物をしない人は止めてくれるな、といわんばかりの金額設定だ。しかし、私の田舎の方では駐車料金は3時間まで無料。買い物なんかしなくてもよし。3時間無料にしてとめさせてあげるからちょっとでも買い物していってくれるようになるとうれしいな、という感じ。場所が違っても変わらないものと場所が違うと全くちがくなるものがある。マーケティングの考え方は大事ですね。ちなみにこれは私の個人的な見解なので本当のところはわかりません。
2004年09月25日
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今日は私の運命をかえてくれた先生と5年ぶりに再会した。前にお会いしたのは多分私が社会人1年目のある日。出張で東京へ来ていた先生がわざわざ私の職場の近くまでたずねてきてくれたときだった。あのとき仕事のあき時間が1時間しかなくて、たった1時間しかもドトールコーヒーであわただしい中での再会だった。先生は私が高校3年生のときの担任の先生だった。3年ぶりくらいに突然電話した私の声をきいて、見事にわかってくださった。さすが!再会した先生は私の思い出として『40度の熱を出して受験したタフな生徒』の話しをしてくださった。今まさに3年生を担当していらっしゃり、私のその話しをすることがあるそうだ。私は先生の思い出といえば夏休み明けに突然呼ばれて「あなたほんとに女子大を受験するの?」「???」「あなたに女子大は似合わないわよ。筑波大を受けなさい」「!!!」こんな会話をしたことだ。そこから先は先生はお互いの現在と未来について語ってくださった。とても楽しいひとときだった。この先生との出会いも私にとって運命の出会いだった。そう思っている。先生と出会わなければ今、私はここに絶対いなかったのだから。そしてこの再会が運命の再会になったらいい、と思っている。人は誰でも運命の出会いを経験している。それにいかに気がついて、それをきっかけに飛躍していくか。チャンスのカンを磨いていかねばならない。
2004年09月24日
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今朝、目が覚めたとき、口の中、右奥に違和感がありました。虫歯ではない痛み。親不知あたりがはれていたのです。普段はたくさんしゃべって、モノを食べたり、散々つかっているのに全く意識しておらず、たった一箇所、それも多分1平方センチメートルくらいのスペースの痛みが、全体の調子を狂わせました。あって当たり前のものの大切さは、失ってみないとわからないものです。でも失ってから気付いても、以前のそれはもう手に入らない。だからこそ、あって当たり前のものの大切さをおしえてくれる環境をもっている人は『強い』んでしょう。明日からしばらく東京を離れます。(またかよ!)明日は5年ぶりに高校の恩師に会う予定です。素直に、楽しみです。
2004年09月23日
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日記をアップしなかった10日間、いろいろなことをしていたのだが、一番考えたのは『伝えたいことを伝えるにはどうしたらよいか』ということだったと思う。これは自分が、ではなく、自分以外の第3者がこれをできるようになるには、というテーマで考えていた。『伝えたいことは伝わらなくてはならない。』人間は自分が気がついたことを真実だと思うらしい。だから、『これが答えだ!』と明確に提示されると抵抗感をもつらしい。本当に『これが答えだ!』と人が思うのは、自分の中でいわれてる中身が消化でき、『ん~、確かに!』となったとき。この瞬間をつくっていけば伝えたいことが伝わったといえるのであるが。。。この感覚をおしえるのは意外と難しい。なぜなら、そう思わせるためには、相手の環境をコントロールしてあげるしかないからだ。相手の環境をよく分析した上で、相手が消化できるような言葉とテンポを選んで話していかなければならない。これが一対一ならまだいざ知らず、人数が増えるともうお手上げ。どうやって訓練したものやら。この10日間、そればかり考えていろいろやってきた。結論として分かったことは、経験をつんでいけば、だんだん身につく感覚だということ。でもなかなかこれは自分だけで身に付けるのは難しい。なぜかというと相手にちゃんと伝わったかどうかを確かめなくてはならないから。ところが厄介なのは伝わった、と思うとき、人は相手に説得されたのではなく、自分がそれに気がついた、と思っているわけだから、どのあたりで伝わったか、なんてことを上手に説明できない。そうすると伝えられるようになるのは運かもしくはとりあえず当分やり続けることになってしまう。きちんとポイントをコーチしてもらえば、みんなできるようになるのに、と思った。ワークショップのパワー、恐るべし。
2004年09月22日
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最近の私は夜更かしと早起きを繰り返している。身体はどうやら悲鳴をあげている。しかし、この生活がしばらくはやめられなさそうだ。なぜかといえば、『楽しい』からでしょう。ひとりでできる仕事はみんながいない時間に片付ける。人と話すときにはとことん話しをする。今日も何人と話をしただろう。電話、メール、リアル、、、。キュービットの新事務所ののべ来客者数のカウンターは順調に数をきざんでいます。その数だけ、私の中にいろいろなコンテンツが育っています。毎日が楽しいからこそ、忘れずに記録していかなければなりません。夜更かしと早起きが物語るとおり、私は今、時間軸では生きていないのでしょう。空間軸で生きている毎日はなかなか楽しいものです。
2004年09月13日
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人のよいところに目を向け、自分のダメなところを認めよう。私たちはすぐに人のダメな部分を指摘し、自分のよいところを主張して、アイデンティティを保とうとしてしまう。でも、そんなことを繰り返したところで、自分は成長しないし、人とコミュニケーションをとることもできない。人のよいところに目を向け、自分のダメなところを認めることができる人が本当に強い人であって、人を打ち負かすことができる人が強い人ではない。
2004年09月08日
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今から10年前のことです。1994年9月4日は忘れられない日です。9月4日を迎えるたび、私は健康で、くだらないことにも悩める自分を、本当にありがたく思います。それと同時に、毎日の大切さを切実に感じます。9月4日は私の大切な友人の命が突然奪われてしまった日なのです。今でもあのときの悔しさ、むなしさ、寂しさ、そして悲しみを思い出すと涙があふれます。毎日を何となく過ごし、そして何事にも前向きにとらえられない人をみると私は腹が立ちます。あなたはそんなに元気なのに、どうして自分の環境に文句をいうばかりで自分で新しい環境をつくらないのか、と。生きたくても生きれない人もいる。生きて壁にぶつかれるなんて幸せなことかもしれないね。と私にいってくれた人がいます。壁にぶつかってもそれを乗り越えていけるように、私はみんなが頑張れる場をつくっていきたい、と思っています。それが彼女が私に最後にくれた励ましに応えることだとも思っています。何だか少し感傷的になってしまいました。。。今日もたくさんの未来を語れたことに感謝したいと思います。
2004年09月04日
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最近、暗くなると無性に眠くなっていたのだが、今日は眠くない。きっと脳内物質が出すぎているのだろう。今日は私がいつもうなりまくって帰ってくる先生のセミナーに参加してきた。テーマはモチベーションアップ。いつも自分が考えていることだけに、自分が悩んでいた部分がサーっと晴れていくようでとっても楽しかった。そして、自分のモチベーションがあがりまくってしまった。結果としてこんな時間まで眠くない、という事態になってしまった。危ない、危ない。こうやってモチベーションで突っ走ってしまうと、もうそろそろがたつきはじめている(とは思いたくない)私の身体が悲鳴をあげそうだ。。。タイトルの件である。あんまりべらべらしゃべってはいけないのかもしれないが私の脳にズバっと入りこんだフレーズ。魅力とは『手に入りそうだけど簡単に入らないもの』に対して感じるものという意味のこの式。これって私がいつも思っている『「楽」という字を「タノしい」と読んだら「ラク」ではない。』っていうことと似ている。簡単に実現できることは楽しくないものね。でも魅力だけを追い続けると現実逃避になりかねない。つくづく思った。『人間、バランスが大切だ!』とにもかくにも、今日、私はとっても楽しかった。私にとって『1-実現可能性=2分の1=魅力的♪』なことをはっきりと意識したからかもしれない。モチベーションがあがる過ぎて、おかしくなってしまわないように気をつけよう、と思います。
2004年09月02日
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