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両隣に息子の家族、娘の家族が住んでいますが・・孫たちが、大学、高校、中学と大きくなるにつれ、学校や部活で、それぞれの時間が違い、数年前から一斉集合が難しくなっていました。でも、同時に時間を合わせるのは難しくても、それぞれに都合のつく時間に、我が家に顔を見せています。昨年、主人の病気が発覚してからは、顔を出したり一緒に過ごす時間を、子供や孫たちは、特に大切にしてくれました。毎日、何人か来て、主人とおしゃべりして帰ったら、別の子たちが来る。主人が自宅にいる時は、孫や子供と会わない日は、一日も無かったです。亡くなるその日まで、孫や子供達からの励ましを、毎日受けられた主人は、本当に幸せ者でした。そして久しぶりに4月15日(金)に、息子家族と娘家族の全員がスケジュールを合わせることができました。アオちゃんの大学入学とマオちゃんの高校入学のお祝いの食事会です。老舗の中華料理やさんの卓を囲み、9人の家族でお祝い。誰よりも喜んで参加したであろう主人が、この場にいない事がとても残念。でも、まるで主人が会話の中心にいるような、いつもと変わらない不思議な感じがしていました。主人は、一緒にいたと思います。お料理がとても美味しく、久しぶりの楽しい会話が弾みました。気が付いたら、私、凄く食べていました💦おなかがパンパンに、はちきれそう、というか、完全にはち切れてました(笑)食事の後は、腹ごなしに?(繁華街から家まで歩いて15分)てくてくと歩いて我が家に戻りました。仏前にお線香をあげ、楽しい会話の続き。やっぱり、主人もその場にいる感じはぬぐえません。葬儀が終わった後も、四十九日も終わった後も、主人のお友達や、私の友達が何人もお参りに来てくれていますが、今日、土曜日にもお参りに来てくれる人もいました。で、仏前はいつも賑やかです。
2022.04.16
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日陰に雪は残りますが、街中の雪がほぼ溶けました。家のそばの駐車場にはフキノトウが顔をのぞかせています。春の味覚ですが、ワンコが通る道のそばなので、採って食べません(笑)ブログの更新ができないまま、日が過ぎていますが、私は元気です。とても元気とは言えないけど、まぁまぁ元気?四十九日も終わり、2回目の月命日も終えました。別室にあった主人の遺影と祭壇は、コンパクトにまとめ、居間に移しました。私の父と母の遺影を飾ってある棚のそばなので、どちらにもすぐお参りが出来ます。毎日のように、子供や孫たちの誰かがきては、お線香をあげてくれます。私は、今、毎日家の中の整理にいそしんでいます。広い家の中はモノが多く、片付けながら不用品の整理。母から受け継いだけれど、もう着る事もない和服などリサイクルショップに出しました。高価な着物もあったのに、めちゃ安い買い取りでしたが、(少し重荷だった)古い桐の和ダンスが片付きました。なんだか終活めいてきたかも。主人の古着は、生協のカンボジア支援に少しずつ回数を分けて寄付。ズボンでも50着くらいありますが、子供や孫の男子にはサイズが合わず、型も古くて。着古したポロシャツも役立つそうで、マシなものを選び、袋に入る分ずつ出してますがまだまだある(苦笑)肩幅が広く首が細く長かった主人は、ワイシャツは自分サイズに仕立てていました。昔、仕立てたワイシャツがどっさりあります。それも半袖を含めるとネームのイニシャル入りが40枚くらいあり、カンボジアに送っていいものかどうか・・。そんなこんな、毎日思い出に浸りながら片付けに頭を悩ましている日々がまだ続いています。子や孫に形見に上げられるようなものが、なかなかありません。ところで、突然ですが、私が結婚したのは昭和42年です。今から55年も前の頃の事ですが・・当時、女性が上げた結婚したい男の3大条件とは(3高・身長学歴収入の前に)「家付き、カー付き、ババ無し」と言われてました。当時、自家用車を持っている人は少なく、クルマがあるとナンパしやすい。と言われる時代で(笑)家があって、車があって、ババ(姑)と同居せずに済む人がいいという事です。(今も変わらないかしら?)主人は私に「オレんちは、家付き、カー無し、ババ2人付きだけど、いいか?」と言いました。変なプロポーズでしたね~~。5人兄弟の主人でしたが、兄たちが東京の大学を出たあと、東京に住んだり大学に残り。姉たちは嫁いでしまい、末っ子の主人だけが、母親と祖母のいる実家に残ってました。こうして、私はババ2人付きの家に嫁いできました。結婚する頃、か弱かった主人の母は体調を崩し入院、元気バリバリの祖母を残したまま亡くなりました。その後、祖母は88歳まで元気で一緒に暮らしました。今回、納戸を整理していて、古い手紙などの入った箱を開けました。この古びた箱は、入院前の主人の母が、自分にきた手紙などしまっていた事は知っていたのですが。主人も私も見ないまま、納戸にありました。もう処分してもいいだろうと、中を一応確認。私信ばかりと思っていましたが、洋服の仕立てをしていた主人の母の仕立て代のメモや、注文の控えなどありました。その中に思いがけない書類を発見。八王子市長発行の主人の父親の「死亡埋葬認可証」でした。埋葬の場所が福島県のお寺になっています。主人も知らなかった事です。八王子で父の死後に空襲にあい、その後、祖母方の北海道に戻った事をきいていたものの、母親に詳しく聞かずにいるうち亡くなり。父親の情報がない事を主人は残念がっていました。私信だからと遠慮せずに、もっと早く開ければ良かったです。現存するお寺なので、メールで問い合わせましたが、その時期、檀家でなくても埋葬できたそうで。丁寧なお返事を頂けましたが、同じ苗字の檀家は2軒しかなく、それも今は他のお寺に移り、残念ながらうちの名字のお墓はないそうでした。片づけをしているうちに、色々な事が分かりました。八王子で焼け出されて、戦後の混乱の中、命からがらで北海道に戻ったのに、よくこの書類が取ってあったものだと、感動しています。そういう事で、家族の歴史に思いを馳せつつ、ぼちぼちと家の中を片付けながら、ほぼ元気で日を過ごしています。雪が融けたので、除雪道具をしまい、自転車や物干しざおを出しました。主人が可愛がっていたシャクナゲの冬囲いもそろそろ外してあげようと思います。割引売り出しの時に、主人と買いだめしていた打ち放題のチケットが、使わなくなってどっさり残ってしまっています。練習も行ってみようかと思いつつ、まだその気になれないでいますが、そのうちに。
2022.04.05
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