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「まるまると まるめまるめよ わが心 まん丸丸く 丸くまんまる」木喰(もくじき)上人は享保3(1718)年現在の山梨県身延町丸畑(丸畑)に生まれ、22歳で仏門に入りました。45歳のときに常陸の国で木食戒(もくじきかい)を受けました。木食戒というのは五穀と魚、火食(煮たり焼いたりしたもの)と塩を断った修行です。上人は180センチを超える大柄な人だったと言われますが、生涯この戒を守り、廻国修行を行いました。93歳で亡くなるまでに彫った千体を超える仏像は独特の穏やかな笑みをたたえ、「微笑仏」と呼ばれて愛されています。中ノ倉峠からの丸畑:後方 笊ヶ岳、左 布引山、右 偃松尾山(はいまつおやま)、その手前 富士見山丸畑・木喰の里微笑館:背景は天子山地:左から毛無山・武山・五老峰木喰の里微笑館冬季特別公開「丸畑の木喰仏」:2月末日まで開催されています。(電話:0556-36-0753)木喰上人像「まるまると まるめまるめよ わが心 まん丸丸く 丸くまんまる」館内:このコーナーは近くでの撮影が許可されています。木喰上人自身像と全国行脚図行萬大菩薩像館内:沢山の像や資料が展示されています。
2026.01.31
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伊豆半島は大昔(約2000万年前!)硫黄島あたりにあった海底火山群が、フィリピンプレートと共に北に移動し、約100万年前に本州に衝突してくっついた半島です。火山が生んだ特異で美しい景観と温泉は、世界的にも貴重な資源です。演歌「天城越え」でも有名な浄蓮の滝も、約1万7000年前の噴火で流れ出した溶岩流の端の崖を流れ落ちる滝です。滝の清らかさはもちろん、滝の脇の「柱状節理」や、本州では浄蓮の滝でしか見られない「ハイコモチシダ(別名:ジョウレンシダ)」も見どころです。浄蓮の滝:滝の横の「柱状節理」(溶岩が冷えて収縮する際にできる柱状の岩)とあいまって、怜悧で端正なイメージの滝です。伊豆の踊子像:天城峠は川端康成の伊豆の踊子の舞台です。この脇から下っていきます。伊豆の踊子の像付近から見下ろす浄蓮の滝:落差25m、幅7mの美しい滝です。約200段の石段を下っていきます。「君ありて溪間の路を先づ入らば天城の瀧よ落ちずともよし」与謝野晶子浄蓮の滝弁財天浄蓮の滝不動尊ハイコモチシダ(別名:ジョウレンシダ):静岡県指定天然記念物国内では九州南部と浄蓮の滝でしか見られないシダです。わさび田:滝の下からの湧水を利用しています。
2026.01.30
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かつて富士川舟運の船着き場として栄えた身延町和田に、江戸時代後期に建てられた大型の茅葺き民家・旧市川家住宅があります。市川家は代々、大庄屋や交替名主を務めてきた家柄です。ここの船着場から船で対岸(富士川右岸)に渡って、「お万様の寺」として知られる大野山本遠寺に詣で、それから身延山に上るというルートが人気でした。旧市川家住宅 全景:土蔵・母屋・納屋で構成されています。母屋:茅葺きは機能的な屋根ですが、火事に弱いのが弱点です。頂上には祈りを込めて「水」という文字が刻まれています。納屋:農具等が保管されました。母屋 玄関外観:西面の大戸が玄関になり、式台をくぐり中に入ります。母屋大土間の「鼻黒船(はなぐろぶね)」:冬の寒さの中で苦労している船大工を見かねて、市川家は土間を貸し与えました。その際かまどの煤で舳先(へさき)が黒くなったのが、富士川東岸の鼻黒船のルーツと言われています。母屋 内部:コタツの間・玄関の間・前の座敷と3間続きます。母屋 各種農機具:全体の4割にもおよぶ広い土間に、昔の田畑の道具、川の魚取り道具などが多数展示されています。兜造り(かぶとづくり):日本の伝統的な民家に見られる屋根の建築様式の一つで、兜に形が似ていることから名があります。
2026.01.29
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満観峰の山頂(470m)は芝生の広場になっていて、360度の大パノラマが楽しめます。富士山はもちろんのこと、志太平野や焼津市街地をはじめ、南アルプス、日本平、駿河湾、伊豆半島までが一望できます。満観峰山頂から:左から富士山・愛鷹山、手前 浜石岳、静岡市街満観峰山頂からの焼津港 「凪ぐときの巨きな力冬の海」丹間美智子満観峰山頂470m:十枚山・青笹山・真富士山・竜爪山・浜石岳ミカン収穫のケーブル(索道)跡:斜面地での作業のために高度成長期の頃に全国各地で設置された設備です。維持費や修繕費の問題で、現状では殆ど使われていません。尾根からの景観:日本経済の命綱・東名高速道路が真下を貫通しています。静岡市街と奥は日本平、浜石岳・愛鷹山 家康ベンチ:家康が静岡に向かう途中で一服した場所だといわれています。天台宗・高草山法華寺:奈良時代の東海道の一部であった日本坂峠の入り口に位置し、かつては焼津市で唯一の天台宗寺院として栄えました。イヌホオズキ:犬酸漿 ナス科別名バカナス・・・ひ、ひどい。ホオズキやナスに似ているけれども、役に立たないからですって。
2026.01.28
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満観峰(まんかんほう)は、静岡市駿河区と焼津市にまたがり、駿河湾沿いに稜線を延ばす標高470mの里山です。その名の通り素晴らしい眺めが広がり、初めての方でも既視感のある、いかにも静岡らしい景色を堪能できます。満観峰からの富士高草山(たかくさやま・501m)からの満観峰(まんかんほう・470m)ロウバイ:蠟梅 ロウバイ科「生きて会ふ地震一年の臘梅に」五十嵐 櫻 ヤブツバキ:藪椿 ツバキ科 一般に「椿」といえば「藪椿」のことです。ツバキはヤブツバキを元に品種改良された園芸品種を含む総称です。ハナミョウガ:花茗荷 ショウガ科葉や茎がミョウガに似ていて花が目立つことから名があります。鞍掛峠:満観峰や高草山(たかくさやま・501m)など周辺の山々への登山コースの中継地点となっています。見上げ桜ベンチ:春には桜がきれいです。「夏みかん手に海を見る場所探す」細見綾子
2026.01.27
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野水仙の香る爪木崎には、「恋する灯台」に認定された白亜の灯台があります。海岸には海底火山の痕跡が残り、柱状の岩が整然と積み重なった「柱状節理」が一面に広がっています。上から見下ろすと亀甲のように見える場所は地元では「俵磯」と呼ばれて、静岡県の天然記念物に指定されています。凛として美しい爪木崎灯台爪木崎灯台:高さ17mの白亜の灯台です。爪木崎灯台からの神子元島灯台:日本最古の洋風石造り灯台です。俵磯:マグマや溶岩が冷え固まる時に体積が縮んでできたものです。柱状節理:遊歩道で下りることができ、まじかに海底火山の名残を体感できます。タカンバ海岸:地下で起こった熱水の活動により赤みを帯びています。トベラ:扉 トベラ科花はいい香りですが、枝や葉をちぎると嫌な匂いがします。節分に扉にはさんで鬼を追い出したことから「扉の木」と呼ばれ、トベラとなりました。30万本の野水仙が咲き誇る、夢のように美しい岬です。
2026.01.26
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静岡市の約80%をしめる中山間地は奥静岡とも呼ばれ、歴史的に南山梨と親和性のある地域です。真富士山は静岡市葵区平野と清水区河内の境にあり、江戸時代以前から昭和の初めまでは尾根を越えて両地域の交易が行われていました。第一真富士山(標高1,343m)山頂北側の稜線:たおやかな尾根で快適な空間です。 ヲイ平下降点:第一真富士山と第二真富士山のコルに位置します。第二真富士山への痩尾根:両側が切れ落ちていますが、イワカガミの群生が目を引きます。第一から第二への最難関:急な岩壁が現れ、慎重さが要求されます。緊張感が求められる稜線です。第二真富士山山頂(1401m):山頂は狭く、第一真富士山のような展望はありません。第二真富士山の狭い山頂からの富士山:第一より富士山が一際大きく見えます。林道からの第一真富士山
2026.01.25
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真富士山には第一真富士山(1343m)と第二真富士山(1401m)の2つのピークがあり、安倍川を挟んで対岸の見月山(みつきやま)山頂から見ると、第一真富士と第二真富士の間に富士山が見えることが名目の由来だという説もあります。山頂からは、駿河湾や富士山を望むことができ、眼下に深い山々の間を縫って流れる興津川も見所です。真富士神社からの富士山:富士山の真ん中に剣ヶ峰が位置することが名の由来だという説もあります。真富士神社:第1真富士山と第2真富士山に挟まれるように富士山が見える場所に位置しています。第一真富士山山頂から絶景:富士山・愛鷹山群第一真富士山山頂からの絶景:箱根山群・十国峠山群・伊豆半島、駿河湾第一真富士山山頂からの絶景:浜石岳、伊豆半島、駿河湾 清水港第一真富士山山頂からの絶景:南アルプス 聖岳・赤石岳・荒川岳、前衛峰の山々第一真富士山山頂からの絶景:荒川岳、手前 布引山・笊ヶ岳、山伏・八紘嶺・ワサビ沢の頭光る駿河湾と竜爪山(りゅうそうざん)右側
2026.01.24
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真富士山(まふじやま)は、静岡市葵区平野と清水区河内の境に位置し、頂上から富士山を眺めると、剣ヶ峰が中央に見えることからその名がついたと言われています。山道には古くからの石仏が多く遺り、石仏に導かれる山としても親しまれています。真富士山山山頂からの富士山第三登山口石仏 第21番:登山道には石仏と標語が書かれた看板が点在しており、「石仏に導かれる山」として親しまれています。黒部沢上流:枯れ沢を直登し、トラバースします。ヲイ平:第一真富士山と第二真富士山へ向かう分かれ道です。石仏:石仏の起源は仏教発祥の地インドにさかのぼり日本では奈良時代の物が確認されています。真富士神社手前の苔群真富士神社からの第二真富士山
2026.01.23
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韮崎大村記念公園・螢雪寮で、「山田秋津標本コレクション 世界のチョウたち展」が今月25日まで開催されています。モルフォチョウの仲間:北アメリカ南部から南アメリカにかけて80種ほどが生息する大型のチョウの仲間です。翅の表側に金属光沢を持ち、世界で最も美しいチョウの一つです。ミイロタテハ(アグリアス)の仲間:中南米(アマゾン)に生息するタテハチョウの仲間です。熱帯雨林の木の上部に生息し、翅色は変異に富んででいます。トリバネアゲハの仲間:東南アジアからオーストラリアに生息する大型のアゲハチョウの仲間です。アサマシジミ:国外ではロシア極東地域、中央シベリア等、国内では北海道及び中部地方の草原に生息しているシジミチョウの仲間です。キベリタテハ:国外ではユーラシア大陸、北アメリカ等、国内では北海道及び本州の1000m以上の山域に生息しているタテハチョウの仲間です。螢雪寮(国の登録有形文化財)内部:現在はセミナーやワークショップ、地域の集いの場として利用できる施設となっています。
2026.01.22
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韮崎大村記念公園・螢雪寮で、「山田秋津標本コレクション 世界のチョウたち展」が今月25日まで開催されています。山田秋津氏が長年にわたって収集した標本を公開するもので、世界各地の珍しいチョウが一堂に集まり、その繊細な美しさや多様な姿を間近で鑑賞することができる貴重な機会です。山田秋津氏:氏が独自で収集した貴重な標本をご厚意により無料で公開しています。螢雪寮「お蔵」(韮崎市登録有形文化財):「螢雪寮(けいせつりょう)」は、ノーベル生理学・医学賞を受賞した大村智博士が幼少期から山梨大学を卒業するまで過ごした生家です。 世界のチョウたち:蝶は昆虫綱チョウ目に分類される生物の総称で、南極大陸や高山帯を除くほぼ全世界の陸上環境に生息しています。現在、世界には約1万8千種の蝶が知られています。ギフチョウ:1883年(明治16年)に岐阜県で初めて確認され、かつては我らが醍醐山にも生息していました。桜の咲く頃に美しい姿を現し「春の女神」とも呼ばれます。 ヒメギフチョウ:後ろのハネの外側の斑紋が、ギフチョウは橙色、ヒメギフチョウは黄色です。オオムラサキ(国蝶):世界に誇る日本の代表的な、格調高い華麗な蝶です。羽を広げると10センチ以上になる大型のタテハ蝶です。
2026.01.21
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今年は午(うま)年。山梨県西桂町にある「競馬山(けいばやま)」に登ってきました。競馬山は明治時代、山頂を回るコースで競馬が行われたと伝えられ、地元有志の「競馬山桜の会」が遊歩道や山頂の整備を行いました。山頂からは富士山と西桂の街並みが一望でき、気軽に散策が楽しめます。競馬山山頂の「幸せの鐘」登山口から山頂まで徒歩で約15分のルートです。「山頂に二つの祠が祀られている。この内、一つはおしら神さ ん(養蚕の神様)後方の祠は丸子神社の分社が祀られている。 この祠を取り巻くように細長く平坦にされたところがあり、 ここでかつて競馬が行われていたといわれている。競馬山の名 もそこからきているという。 日本競馬会の草分けといわれる槇田吉一郎氏によって作られ 明治末期に盛んに競馬が行われたと伝えられている。」 西桂町歴史散歩より寄りそって咲く「縁結びの恋人桜」山頂からの富士山と西桂の街並み富士山麓電気鉄道富士急行線・三つ峠駅:三ツ峠山への登山口です。三つ峠駅周辺からの三ツ峠山(1785m)西桂町役場新庁舎:国立競技場を設計した世界的な建築家・隈研吾氏の設計です。
2026.01.20
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新春の身延山奥之院は、7時頃厳かに明けてきます。日々小さな出来事に一喜一憂する私達ですが、自然に委ね、おおらかに静かに朝を迎えればいいのだと教えられます。身延山奥之院からの御来光:三石山周辺から上ります。奥之院から:大ガレの頭・毛無山・金山・雪見岳・五宗山奥之院から:940mピーク・思親山・白水山、白鳥山・貫ヶ岳・高ドッキョウ・青笹山・下十枚山・十枚山・大光山、富士川の流れ奥之院から:奥 駿河湾・伊豆半島奥之院から:七面山のモルゲンロート身延山頂より: 布引山・笊ヶ岳・偃松尾山・伝付峠 身延山頂より:別当代山・富士見山身延山頂より:甲府盆地、八ヶ岳・茅ヶ岳・奥秩父山塊
2026.01.19
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身延山久遠寺の朝は、本堂の美々しい内陣に身延山の僧侶が集合して読経する「朝勤」で始まります。1年を通して朝5時半から、参拝者は誰でも無料で参加でき、宿坊に泊まって体験することも可能です。冷たく澄み切った空気の中、僧侶達の朗々たる読経と、体を芯から揺さぶる大太鼓の音は、聖地ならではの特別な体験です。仏殿・納牌堂客殿報恩閣(総受付)大鐘・五重塔本堂斜行エレベーター・西谷:後方 身延山地の稜線篠井山(南部町)から赤く染まっていきます本堂西面
2026.01.18
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爪木崎(つめきざき)は、南伊豆・静岡県下田市の須崎半島にある岬です。入り江になっている海が清らかに澄み切って非常に美しく、白亜の灯台は、「恋する灯台」に認定されています。海岸には約300万本もの野水仙の群生地があり、今が花盛りです。水仙の淡い色にアロエの花の朱、椿の赤、イソギクやツワブキの黄色が色を添え、湾全体が夢のような美しさです。爪木崎の浜辺:野水仙が今花盛りです。キダチアロエの花:アフリカの喜望峰周辺の種が鎌倉時代に渡来したとされます。伊豆半島や房総半島の太平洋側の海岸などで野生化したものが見られます。周辺は俗化せず品よく整備されています。現在「水仙まつり」が開催されており、明日(18日)は下田太鼓の実演や池之段煮味噌鍋(いけんだにみそなべ)サービスなどが行われます。イソギクの原からタカンバ海岸方面を望むツワブキ:石蕗 キク科花言葉は「困難に負けない」「謙遜」椿の道を通って白い灯台へ(灯台は後日ご紹介します)水仙の花は例年1月いっぱい見頃です。
2026.01.17
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身延町(旧下部町)の上岩欠(かみいわかけ)集落では、今年も地元の人々の和によってお山飾りが綺麗に飾られ、新しい年を寿ぎました。竹を切り出してから完成に至るまでの過程をご覧ください。竹切り:真っ直ぐな孟宗竹を4本切り出し、7.5mに切り揃えます。竹割り:切り出した孟宗竹をまず縦に4等分し、更にそれを半分に割ります。柳作り:集落の戸数分・23軒分の竹の節を取り、削り、柳にします。柳飾りつけ:先の方から、緑→黄→赤→白→紫の五色の色紙を3から5巡くらいに貼っていきます。柳取り付け:板の穴に23本の柳を順に取り付けていきます。最上部には竹でかたどった弓をつくります。柳建て方:皆で力を合わせ、幟を慎重に建てます。完成:地域の伝統の力が生んだ素朴で美しい芸術です。下岩欠のお山飾り:後方 醍醐山、身延山「やはり酒出すことにして小正月」能村研三
2026.01.16
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湯之奥金山博物館では、お山飾りに使われる五色について詳しく説明しています。五色とは、古代中国に成立した五行説(ごぎょうせつ)に基づくものです。宇宙間の森羅万象を、五元素である「木・火・土・金・水」の行い(作用)により具象化されたものです。湯之奥金山博物館:華やかな飾りが目を引きます。芦原山口集落:後方 旧下部小中学校(本栖高校)、笊ヶ岳等眺望の良い場所です。水船集落:久那土・古関地区で1ヶ所だけのお山飾りです。毎年、色鮮やかな飾りが目を引きます。下岩欠集落:地元の団結の集大成です。上之平集落:バックの五老峰に鮮やかに映えます。
2026.01.15
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お山飾りは山梨の小正月の伝統行事で、主に道祖神場(どうそじんば)か集落の中央に立てられます。身延町でもかつては各集落で飾られましたが、過疎と高齢化により年々減少し、地域によっては簡略化して継続しているところもあります。今年の上之平集落のお山飾り:後方は五老峰。持続可能な形に生まれ変わりました。かつての上之平集落のお山飾り長塩集落 向川組:長塩では今年も伝統の獅子舞とどんど焼きが行われました。 長塩集落 鍛冶屋組長塩集落 紙屋組長塩集落 大曽里組
2026.01.14
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日蓮聖人は身延山山頂から、故郷である千葉県小湊の両親を偲び、追慕しました。その場所は霊跡の地として思親閣が建てられ、奥之院と呼ばれています。表参道中腹からの富士と毛無山山塊「石段に杉の実落ちて山眠る」村上鬼城法明坊(お水屋):ここには、日蓮聖人のお弟子である日朗上人が水を汲んだと伝えられる井戸があり、「お水屋」と呼ばれます。東照宮:徳川家康の側室のお万の方が、家康公を弔うために建てたお宮です。奥之院の日蓮聖人立像:日蓮聖人が身延山で9年間過ごした際に、しばしば登って両親を追慕した場所と伝えられています。奥之院思親閣 水屋と仁王門:仁王門は、元々は身延山久遠寺の本堂前にあったものが、江戸時代前期に現在の場所に移築されました。奥之院思親閣 鐘楼と常護堂:常護堂は、登詣者を守護する常護菩薩を安置しているお堂です。日蓮聖人が草庵と身延山頂を行き来する際、霊狐が道案内や道中守護をしてくれたとされます。奥之院思親閣 祖師堂:日蓮大聖人の直弟子である六老僧の一人・大国阿闍梨(あじゃり)日朗上人によって開創され、寛文5(1665)年に完成した由緒ある御堂です。
2026.01.13
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身延山は、山そのものが宗祖日蓮聖人の姿だと考えられています。そのため山内にある堂宇は、それぞれの位置に意味があります。日蓮聖人の頭は奥之院思親閣、眼は三光堂(大光坊)、胸のあたりに丈六の釈迦牟尼仏があり、聖人が釈尊の御心を奉帯していることを表しています。大光坊 大黒堂:表参道の中腹に位置し、日蓮聖人自作の大黒尊天を祀っています。大光坊 屋根越しの七面山:大ガレが鮮明に見えます。大光坊 三光堂:三光天子を奉っています。三光天子とは、大日天子=太陽、大月天子=月、大明星天子=金星の総称で、法華経の行者を守護すると言われています。大光坊 釈尊像:霊鷲山において、百日の修行をされている姿です。表参道から:われらが醍醐山の全容が見えます。奥 蛾ヶ岳、手前 富士川と下山にある工業団地表参道から:地元では蝙蝠山と呼ばれます。左から五老峰・大ガレの頭・毛無山・金山・雪見岳、富士山が顔を出します。表参道は大変良く整備されています。
2026.01.12
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身延山久遠寺奥之院の表参道は、久遠寺本堂から身延山の山頂(奥之院思親閣)へと続く、歴史と信仰の道です。片道5Kmの東コースは、久遠寺本堂裏を起点に、鬼子母神堂(十如坊)、丈六堂、大光坊(三光堂)を経て、山頂へと至るコースで、多くの見どころがあります。表参道登山口:久遠寺本堂裏手が登山口になります。本地堂:本堂の裏手に建ち、日蓮聖人の説いた本地上行菩薩を祀っています。本地堂からの景色:手前に本堂・五重塔等、遠くに篠井山・御殿山・十枚山。十如坊(鬼子母神堂)へ十如坊(鬼子母神堂):子育ての神様として知られる鬼子母神と、その眷属である十羅刹女(じゅうらせつにょ)が祀られています。丈六堂周辺の無縁墓丈六堂:お堂の名前は、中に安置されている釈迦像の高さが「一丈六尺(約4.8メートル)」もあることに由来しています。大光坊手前の奇木
2026.01.11
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今年の干支は午(ウマ)。午前午後にも使われる通り、十二支を時間に当てはめた時の正午にあたります。意外と毎日使っている字でしたね。干支の山・陣馬山(じんばさん・855m)に登ってきました。陣馬山は東京都八王子市と神奈川県相模原市との境にあり、眺望のいい人気ハイキングスポットです。山頂からは富士山、丹沢山塊、秩父山系、遠く筑波山や房総半島まで望むことができます。陣馬山山頂:高度成長期に京王電鉄が陣馬山を観光地として売り出そうと建てた白馬の像がシンボルです。藤野観光協会HPより陣馬山山頂:1月4日に雪化粧しました。陣馬山山頂からの富士山与瀬神社:毎年4月13日に行われる例大祭は「与瀬の権現様」の祭りとして親しまれています。「牡丹雪まばらに人の顔の見ゆ」桂信子山肌の茶畑:藤野町は上質な茶の産地として知られていますです。ユズも特産品です。「他人ごとを空に放つて枇杷の花」天野素子
2026.01.10
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身延山久遠寺とその周辺には、歴史と自然が織りなす魅力的なスポットがたくさんあります。法喜堂(登録有形文化財):明治期に再建されましたが旧堂宇は、慶長13年(1608)の豊臣秀吉姉瑞龍院(関白秀次の母)が寄進したものでした。「こぞうくん」:日蓮宗新聞社のマスコットキャラクターです。時鐘:江戸時代初期から時を告げる役割を担っている鐘です。現在の鐘は延命8年(1680年)に鋳造されたものです。甘露門(国登録有形文化財):28世日奠上人の時代に建立された後、明治元年(1868年)に再建されました。朝日之祖師堂:日蓮聖人が身延山に入山した初日に初日の出を迎えたゆかりの地です。杉山の樹木の合間からの醍醐山:奥 茅ヶ岳・曲岳・黒富士・水ヶ森 蝙蝠山:五老峰・大ガレの頭・毛無山の三山の総称です。 杉山入口からの醍醐山:醍醐山(剣ヶ峰・醍醐山・上ノ山・西山)、奥 八ヶ岳、蛾ヶ岳、手前 富士川、身延工業団地・下山小・身延中
2026.01.09
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身延山久遠寺は、日蓮聖人が鎌倉時代に身延山に入山し、西谷に庵室を構えたのが始まりです。聖人は晩年の9年間を過ごして、遺言によりお墓も身延山に建てられました。日蓮宗の総本山として、また枝垂れ桜の名所としても世界中から多くの参詣者が訪れています。大鐘楼:大鐘は、高さ2.4m、重さ約6t。毎日、朝夕5時に撞かれます。開基堂:身延山の開基である南部(波木井)実長の坐像が安置されています。祖廟拝殿(登録有形文化財):切妻造檜皮葺屋根に千鳥破風を飾り、軸部から軒に至るまで丸太を使っています。釈迦殿新納牌堂:信者が納めた分骨や位牌を安置するための施設です。納牌堂と仏殿:入母屋造の仏殿に宝形造の二重屋根の納牌堂が連続した、独創的な外観です。仏殿納牌堂 獅子口瓦:仏殿納牌堂の屋根を飾っていた鬼瓦の一つです。大客殿(登録有形文化財):明治19年(1886年)に建立されました。手水舎:参拝者が心身を清めるための大切な場所です。
2026.01.08
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久遠寺の三門から本堂に上がるには、有名な287段の石段「菩提梯(ぼだいてい)」の他、東西の坂道、そして斜めに上がっていく斜行エレベーターがあります。斜行エレベーター:せいしん駐車場から久遠寺境内がある山の中腹までをつなぐ斜めに動くエレベーターで、2基あります。斜行エレベーターからの身延山:山頂駅まで僅か7分で行け、大人気です。本堂:明治の大火で焼失しましたが、日蓮聖人700遠忌記念事業として1985年(昭和60年)に再建されました。本堂は間口32m、奥行51mと広大で、一度に1,500人の法要を執り行うことができます。菩提梯(ぼだいてい):久遠寺三門から本堂を結ぶ287段の急な石段です。高低差は104mあり、見上げても見下ろしても息をのみます。「悟りに至る階段」という意味が込められています。五重塔:明治の焼失から134年ぶりに落慶し3代目となりました。祖師堂(棲神閣):日蓮聖人の神霊を祀るお堂で、日蓮聖人の像が安置されています。報恩閣(総受付):立教開宗750年の記念事業の一つとして2002年に建設されました。冬桜:主に十月桜や四季桜といった種類で、秋から初冬にかけて可憐な花を咲かせます。
2026.01.07
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御廟所周辺は独特の澄んだ空気が漂っています。周囲には樹齢数百年の老杉が立ち並び、日蓮聖人の直弟子や歴代の先師、加えてお万の方など篤信者のお墓もあり、身延山の中でも神聖な霊域です。御廟所への石段身延川越しに常唱殿:祖廟塔に正対する西側はガラス張りになっています。祖廟拝殿:祖廟を拝礼するための建物で、千鳥破風、御所向拝丸太建築桧皮葺きの造作です。日蓮聖人のお墓:「どこで命が尽きようとも、身延の沢に墓を建ててほしい」という日蓮聖人のご遺言によって建立されました。「うつむいて冬も過けり花椿 」紫貞女法界堂:日蓮聖人が身延山で暮らしていた「御草庵」を模して建てられたお堂で、身延山の中でも特に古い建造物の一つです。身延山教師廟:身延山に納められた日蓮宗教師の納骨を埋納合葬して供養しています。日蓮宗宗門史跡 宝聚山鏡圓坊:日蓮聖人入山の際に、全山を寄進した甲斐源氏の一族である南部実長公の館を寺としたのが始まりとされています。本堂裏の急斜面に立つしだれ桜は県の天然記念物です。
2026.01.06
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身延山の西谷には御廟所(日蓮聖人のお墓)と御草庵跡があります。身延山の中でも特に神聖な場所とされ、厳かで清らかな気が漂っています。御廟所と御草庵跡への入口:参道の入り口の竜潜橋(りゅうせんきょう)からまっすぐ伸びる道が「祖廟参拝の正参道」とされており、正式な参拝はこの道を通って行います。武井坊:西谷に車で行く場合の入り口です。坊名の「武」は武田信玄の名に由来し、信玄公が身延攻めに失敗して日蓮聖人や七面大明神の神力に驚き、建立したと言われています。岸之坊:日蓮聖人のお墓や信行道場に近く、身延山を訪れる参拝者の手助けをしてくれています。「年経たり千年杉の青苔も」山口誓子常唱殿を通って霊山橋へ。心静かに、日蓮聖人の御廟所へのお参りの気持ちを整えて進みます。 常唱殿:日蓮聖人を偲び、お題目(南無妙法蓮華経)修行を行うための場所です。霊山橋:身延川を渡る、趣ある石橋です。水屋:日蓮上人も身延川の水を引き、使用していました。
2026.01.05
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日蓮宗総本山身延山久遠寺は今年も多くの初詣客で賑わっています。交通規制は本日(4日)午後3時まで行われています。臨時駐車場(身延町総合文化会館)から、有料シャトルバスが運行されていますのでご利用ください。総門:身延山第三十六世日潮上人筆の「開会関(かいえかん)」の大額が掲げられています。開会(かいえ)とは一切の衆生の仏性を目覚めさせることで、この門から信仰の境地に入ります。積善坊(しゃくぜんぼう):総門を過ぎるとすぐ右手に赤い幟が目に入ってきます。久遠寺の支院で、現在はすぐそばに立つ石割稲荷社を管理しています。身延山久遠寺の総門から三門からまでの門前町は「門内」と呼ばれ、身延山を正面に、多くの善男善女が行き交います。門内商店街には旅館、飲食店、仏具や身延町特産のゆば、みのぶ饅頭などのお土産品を扱うお店が立ち並んでいます。近年は外国人の姿も多くなりました。三門へ:久遠寺の三門は、京都の南禅寺、東福寺と並んで「日本三大三門」の一つに数えられています。 三門:高さ21m、幅23mの巨大な門で、この門をくぐると世の中の煩悩や執着を取り払われ、悟りの境地(涅槃)に至ります。
2026.01.04
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世界に誇る美しい富士山、旧千円札でおなじみの本栖湖からの初日の出です。元旦には、キャンパーを含む多くの人が湖岸でご来光を拝みました。本栖湖から見る初日の出:元日の朝7時24分、富士山から太陽が顔を出しました。「春ここに 生(あ)るる 朝(あした)の日をうけて 山河草木 みな光あり」佐佐木信綱湖岸は年越しの観光客やキャンパーで大賑わい。美しい初日の出が世界に発信されました。本栖湖東岸から:右側 パノラマ台・烏帽子岳本栖湖北岸からの富士山本栖湖北岸から:竜ヶ岳1485mと雨ヶ岳1772m。この時期、竜ヶ岳はダイヤモンド富士(カバー写真)で大人気です。中之倉展望台からの南アルプス:青薙山・稲又山・布引山・笊ヶ岳・偃松尾山(はいまつおやま)、赤石岳・荒川岳中之倉展望台からの南アルプス:赤石岳・荒川岳。3000m峰は今、過酷な厳冬期です。
2026.01.03
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我らが醍醐山には、登山者の安全を守る御神木があります。山頂と展望台の間にあるモミの木です。今年も新しい注連縄(しめなわ)で新年を迎えました。昨年暮れ、地元の人々が手で綯(な)った注連縄を背負って山頂へ。四阿にも新しい紙垂(しで)を飾りました。醍醐山の神様の依り代となります。醍醐山に登ったら是非お参りしてください。山頂から展望台に向かうと登山道右手にそびえています登山道の清掃、倒木処理やピンクテープのメンテナンスも行いました。会員4名で無事に新しい注連縄を飾り、参拝しました。古い注連縄は土に還り新しい命を育みます。作業を終えて四阿に戻ると登山者の姿が!富士川町からお越しの加瀬さん。なんと30回以上も醍醐山に登っているそうです。ありがとうございます!すぐに仲間になってしまうのが山のいいところ。最後は加瀬さんも一緒にハイ、ポーズ♪
2026.01.02
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あけましておめでとうございます。「汗ありて 心重なる醍醐道(みち) 今年も拓(ひら)く なお開きたり」醍醐山を愛する会顧問:山内惟治昨年も醍醐山を愛する会の活動をご支援いただきありがとうございました。2012年東京スカイツリー開業と共に、スカイツリーと同じ標高の「山のスカイツリー」醍醐山を、荒れた里山から復活させて早13年・・・。醍醐山は下部温泉をはじめとする地元地域と身延町を盛り上げ、常に「進化する山」です。 本年も皆様方のご支援ご協力を、よろしくお願い申し上げます。2026年(令和8年)醍醐山を愛する会役員一同作:醍醐山を愛する会 遠藤美保子
2026.01.01
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