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菜の花畠に 入り日薄れ見わたす山の端 霞ふかし春風そよふく 空を見れば夕月かかりて におい淡し(高野辰之「朧月夜」一番)花桃と竹、奥は武山(たけやま・1470m) 民家と菜の花畑グミ:胡頽子 グミ科植物の総称で、果実は食用になります。 グミは大和言葉です。ツクシ:土筆 木賊(とくさ)科「澪標(みおつくし)」(船が港へ入る通路を示した杭)の「つくし」で、突き立った杭のように見えることからです。「振りむけば なくなりさうな追憶の ゆふやみに咲くいちめんの菜の花」河野裕子」フキノトウ:蕗の薹 キク科蕗の花の蕾の事で、春を代表する山菜のひとつとして古くから愛されてきました。ムスカリ:キジカクシ科名は世界中で愛される芳香の1つ「ムスク」に由来します。麝香(じゃこう)のことです。「すずめをどるやたんぽぽちるや 」種田山頭火
2026.03.31
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山梨県立考古博物館の駐車場からも、歩いて風土記の丘に登れます。駐車場からの桜の道:晴れれば甲府盆地越しに南アルプス、八ヶ岳や茅が岳が見渡せます。車道の桜も満開ハコベ:繁縷 ナデシコ科鳥が好む草で、日本の別名はヒヨコ草、英語では「ニワトリの草」と呼ばれます。「セリ(芹)、ナズナ(薺)、ゴギョウ(御形)、ハコベラ(繁縷)、ホトケノザ(仏の座)、スズナ(菘)、スズシロ(蘿蔔)これぞ七草」の、ハコベラ(繁縷)です。アセビ:馬酔木 ツツジ科葉が有毒で馬が食べると酔ったようにふらつくことからこの名があります。道端のカラスノエンドウとオドリコソウとホトケノザの花園
2026.03.30
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甲府盆地を見下ろす曽根丘陵地帯は山梨古代文化発祥の地です。東日本最大級の銚子塚古墳、全国的にも貴重な丸山塚古文などを擁し、一帯は山梨県曽根丘陵公園(風土記の丘)として家族で一日楽しめる場となっています。お花見がてら、県立考古博物館、銚子塚古墳、各種の施設を楽しんではいかがでしょうか?県立考古博物館前庭のナウマンゾウの復元像:約40~2万年前には九州から北海道まで広く生息し、甲府でも化石が発見されています。山梨県立考古博物館復元竪穴住居:甲斐市大下条の「金の尾遺跡」は、山梨県を代表する弥生時代後期の大規模集落と墓域が検出した遺跡です。山梨県立考古博物館東の古代の広場に復元されています。八乙女古墳石棺:笛吹市境川町にあった古墳が保管されています。墳丘上に4基の組み合わせ式石棺があったもののうち3基が位置関係を保ったまま移築されています。敷石住居跡:笛吹市境川の一の沢西遺跡から移築保存されました。縄文時代後期の初め頃の住居跡です。駐車場のコブシ:コブシは花びらが6枚、モクレンは花びら(に見えるもの)が9枚。
2026.03.29
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今日から31日まで、身延山は観桜期交通規制が行われます。枝垂れ桜の盛りは過ぎてしまいましたが身延山をはじめ、周囲は桜の多い山です。ゆったりと南山梨全体をお楽しみください。写真は22日の身延山西谷の風景です。【シャトルバス】(午前9時~午後4時) 行き(最終)午後4時 帰り(最終)午後6時 身延町総合文化会館 ~ 身延山仲町駐車場(所要時間約8分) 大人(往復)600円 大人(片道)300円 ※中学生以上 小人(往復)300円 小人(片道)150円 ※小学生 幼児 無料 ※帰りの総合文化会館行きのバスの最終は午後6時です。 総合文化会館の駐車場は午後6時30分に閉まります。(撮影3月22日)(撮影3月22日)(撮影3月22日)(撮影3月22日)(撮影3月22日)
2026.03.28
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ユキノシタ科に、ネコノメソウ属という属があります。果実が熟して割れる様が猫の目の様だからだそうです。小さな地味な花達が多い中で、茶目っ気のある愛らしい花がハナネコノメ(花猫の目)です。神奈川県厚木市七沢の奥、不動尻渓谷にミツマタとハナネコノメを楽しみに行ってきました。ハナネコノメ:花猫の目 ユキノシタ科ハナネコノメ:山地の渓流沿いの岩場や湿り気のある林のふちに生える小さな小さな多年草です。ハナネコノメ:白い4枚の萼(がく)が花びらのように上を向いて開き、内側から、紅色の8本の雄しべが顔を出しています。不動の滝:谷太郎川の清らかな流れです。セラドナイト(セラドン石):古代の宝石です。他の鉱物に比べて柔らかく、勾玉などに加工されました。ミツマタの群生:不動尻渓谷はミツマタの群生地として知られます。東丹沢七沢温泉郷・広沢寺温泉から林道を約1時間歩きます。ユリワサビ:百合山葵 アブラナ科別名イヌワサビ(犬山葵)ともいい、生で薬味として食べられます。オニシバリ:鬼縛り ジンチョウゲ科鬼をも縛れる程に樹皮が強靭であることからこの名があります。
2026.03.27
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今年、里には早く桜が咲きました。南アルプスの山奥ではスプリングエフェメラルが目覚め、遅い春が始まっています。セツブンソウ:節分草 キンポウゲ科 フクジュソウ:福寿草 キンポウゲ科「福寿草を 縁のひかりに置かしめて わが見つるときに 心は和ぎぬ」斎藤茂吉ミツマタ:三椏 ジンチョウゲ科中国中南部からヒマラヤ地方が原産とされています。タラノキ:楤木 ウコギ科芽は「山菜の王様」として親しまれています。もうすぐ出てきます。ツノハシバミ:角榛 カバノキ科実の形が鳥の嘴の形をしていることから名があります。ダケカンバ:岳樺 カバノキ科高山帯に生息する落葉広葉樹で、特に耐寒性に優れています。
2026.03.26
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南アルプスは、長野、山梨、静岡にまたがる赤石(あかいし)山脈の別名です。北アルプスよりもほんの少し早く、3月から4月にかけて気温の上昇とともに雪解けが急速に進みます。雪を残しつつも花が咲き新緑が芽吹き、山の春が始まります。春山は雪のたびに薄っすら雪化粧しますが、午後には消えてしまい根雪のみ残ります。キブシ:木五倍子 キブシ科別名は、垂れ下がる花穂の姿を藤に見立てて「黄藤」の名があります。ニワトコ:接骨木 ガマズミ科別名「セッコツボク」と呼ばれ、山菜や民間薬として古くから人々の生活に役立ってきました。フサザクラ:総桜 房桜 フサザクラ科桜の仲間ではなくフサザクラ科の一属一種の木です。ビロードモウズイカ:天鵞絨毛蕊花 猫や犬には毒性です。明治初期にニワタバコの名で栽培されたものが野生化しました。アブラチャン:油瀝青、クスノキ科種子や樹皮から油が採れ、枝が燃えやすいことから名付けられたと言われています。
2026.03.25
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城山かたくりの里への直通バスの運行期間は4月5日(日)までです。開園期間(~4月19日)とは異なりますのでご注意ください。片栗の花は「堅香子(かたかご)の花」として万葉集にも登場します。「もののふの八十少女(やそおとめ)らがくみまがふ 寺井の上の堅香子(かたかご)の花」大伴家持カタクリ:片栗 ユリ科春めきザクラヒメコブシ(シデコブシ)ヒメコブシ(シデコブシ)ボケアオイスミレ越後カンアオイハンカチの実
2026.03.24
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カタクリ(片栗)は花を咲かせるまでには長い準備期間が必要ですが、咲いた後も環境さえ良ければ数年花を咲かせるユリ科の多年草です。片栗粉は現在はほとんど馬鈴薯のデンプンですが、元々カタクリの球根から作られていました。城山かたくりの里では、希少なキバナカタクリや⽩いカタクリの花も見られます。カタクリ:片栗 ユリ科ゲンカイツツジ:玄海躑躅 ツツジ科花言葉は「初恋」「自制心」キクザキイチゲ:菊咲一華 キンポウゲ科ウグイスカグラ:鶯神楽 スイカズラ科鶯がとまるのにちょうどいい枝ぶりであることからウグイスノキとも呼ばれます。ブンゴウメ:豊後梅 豊後(大分県)原産の大きく豊かな実を結ぶ梅です。アンズとの交雑種とされます。キクザキイチゲ:菊咲一華 キンポウゲ科赤いミツマタキイロセツブンソウ:黄色節分草 キンポウゲ科日本の節分草よりひとまわり大きい南ヨーロッパ原産の節分草です。
2026.03.23
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枝垂れ桜で有名な身延山久遠寺の桜が見頃を迎えています。交通規制(28日~)前ですので、三連休最終日の今日は渋滞が予想されます。時間の余裕を持ってお出かけください。お手洗いや臨時駐車場などの場所なども事前にチェックし、警備員が出ている時間帯は指示に従ってください。霊山で心静かに桜時(さくらどき)を楽しめますように報恩閣前の妙法(みょうほう)桜:ポスター等に最もよく登場する枝垂れ桜です。仏殿前の瓔珞(ようらく)桜:身延山に数ある枝垂れ桜の中でもっとも名高い桜です。樹齢400年余ですが樹勢盛んです。紅枝垂れ桜の下からの五重塔。この桜の下に日本一美しい電話ボックスが。仏殿と瓔珞(ようらく)桜池に散る妙法(みょうほう)桜ほぼ満開です。斜行エレベーター乗り場からの西谷
2026.03.22
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城山かたくりの里は、個⼈所有の⼭林に自生する約30万株のカタクリの花を、開花期に合わせて一般公開するものです。カタクリだけでなく様々な春の山野草が楽しめます。今年は4月19日まで一般公開されています。ミスミソウ:三角草 キンポウゲ科雪の下でも常緑であることからユキワリソウ(雪割草)とも呼ばれます。バイカオウレン:梅花黄蓮 キンポウゲ科コシノコバイモ:越の小貝母 ユリ科バイモ属の「貝母」は、球根が二枚貝のような形状をしていること由来します。ファーストレディー(桜):米の国立樹木園で育成された品種です。ユキワリイチゲ:雪割一華 キンポウゲ科 キブシ:木倍子・木五倍子 キブシ科サクラゲンカイツツジ:桜玄海ツツジ ツツジ科早咲きのツツジです。陽光桜とメジロ
2026.03.21
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「Mahora稲穂山は、一人の花咲か爺さんによって30年かけて造られた、民営のひと山まるごと使った自然公園です。」(Mahora稲穂山公式HPより)日本百名山・両神山を仰ぐ埼玉県秩父郡皆野町にあり、四季折々の花々や広大な展望、様々な体験を楽しめます。チチブベニ群落:初春に花を咲かせ、夏には地上部が枯れて休眠するスプリングエフェメラルです。 チチブベニ:秩父紅 キンポウゲ科秩父地方に自生する紅色のフクジュソウの総称です。フクジュカイ群落:福寿海 キンポウゲ科 ミチノクフクジュソウとフクジュソウの交雑種です。園芸品種として江戸時代から栽培されています。フクジュソウ原種:原種は日本の広範囲に分布するフクジュソウを含み、4種確認されています。シナマンサク:支那満作 マンサク科「先ず咲く」という言葉が名前の由来であるマンサクの中でも最も早く花を咲かせ、「マンサクの中のマンサク」と言われています。マンサク:万作 マンサク科名前の由来には諸説ありますが、早春に「まず咲く」、「真っ先」に咲くことが語源だという説があります。両神山(1723m・日本百名山):小鹿野町と秩父市の境に位置する山で、三峰山、武甲山と合わせて「秩父三山」と呼ばれます。山岳信仰の霊峰です。
2026.03.20
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花の町として知られる埼玉県の小鹿野町(おがのまち)は、県内で川越に次いで町制がしかれた歴史ある町です。先日ご紹介した両神国民休養地内の四阿屋(あずまや)山麓は花々の名所として有名で、特に堂上(どうじょう)節分草園は約5,000平方メートルもの園地にセツブンソウが自生し、日本有数の群生地となっています。セツブンソウの群落:落葉広葉樹林の北向き斜面など、他の植物が育ちにくい場所に適応しています。節分草 キンポウゲ科アズマイチゲ:東一華 キンポウゲ科節分草と同じく、春に花を咲かせ夏には地上部が枯れる「スプリング・エフェメラル」の一つです。ケヤキの大木:セツブンソウは広葉樹の根本を好みます。セツブンソウ大群落セツブンソウ大群落「ぱつぱつと紅梅老樹花咲けり」飯田蛇笏フキノトウ:蕗の薹 キク科フキの花のつぼみで、特有のほろ苦さが春の体に効く山菜です。
2026.03.19
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先日滝戸山の登山口としてご紹介した藤垈の滝。藤垈の滝を含む約2万5000平方メートルのエリアは自然公園として整備され、藤垈の滝の西側では、春になると約3,000株の水芭蕉が花開きます。今年も少しずつ咲き始めました。ミズバショウ:水芭蕉 サトイモ科水芭蕉の清流ゾーン:姉妹都市の新潟県中条市から寄贈され、現在では3000株の群生地を形成しています。アオイスミレ:葵菫 スミレ科葉の形が葵(フタバアオイ)に似ていることからこの名があります。「みつまたの花の日ざしのいづくより」岡井省二新羅三郎義光の開基と伝えられる芹沢不動尊の御堂と藤垈の滝ニリンソウ:二輪草 キンポウゲ科クレソン:クレソンはフランス語で、日本ではオランダガラシと呼ばれます。ヒメオドリコソウ「どちらから見ても踊子草踊る」後藤比奈夫
2026.03.18
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四阿屋山は花に囲まれた山です。登山口付近の山居には福寿草園があり、秩父紅という珍しい赤系の福寿草などが楽しめます。チチブベニ:秩父紅 キンポウゲ科秩父地方に自生する赤い花のフクジュソウの総称で、朱金色からオレンジ色の花まで個体差があります。ロウバイ:蝋梅中国が原産で、江戸時代初期に日本へ伝わりました。サンシュユとコウバイと遠くに武甲山サンシュユ:山茱萸 ミズキ科秋には赤い実をつける落葉小高木です。中国と朝鮮半島が原産で、江戸時代に薬用として日本に伝わりました。コウバイ:紅梅 バラ科中国が原産です。葉に先立って前年の枝の葉腋に花をつけます。「節分草好みの風でありにけり」橋本榾山 「しら梅に散り込られて心清し」松岡青蘿夜討沢(ようちざわ)双龍の厳(そうりゅうのいわ):室町時代の1476年、上杉家の重臣・長尾景春は、主家に反逆したとして、太田道灌の命で夜討ちが行われ、この沢が戦いの場になりました。
2026.03.17
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四阿屋山からは両神山(りょうかみさん・1723m・日本百名山)がよく見えます。二つの山は古くから山岳崇拝の対象として霊山とされ、両神山の両神神社の奥宮は四阿屋山の山頂手前にあります。麓には埼玉県指定有形文化財の薬師堂があり、下山後は道の駅で両神温泉「薬師の湯」も楽しめます。四阿屋山山頂(772m)山頂からの両神山(りょうかみさん・1723m・日本百名山)遠望:両神とは日本の国土を生んだとされる イザナギノミコトとイザナミノミコトです。山頂からの二子山遠望:群馬との県境近くに位置し、西岳(1,166m)と東岳(1,122m)からなる双耳峰です。山頂の石祠稜線の林中からの武甲山遠望:勇壮で存在感があります。「福寿草に日の当たり居り言ふことなし」中村汀女休憩舎:洒落た休憩舎で、林の中に武甲山が展望できます。紅梅・蝋梅と武甲山
2026.03.16
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四阿と書いて「あずまや」。阿には軒という意味があり、四方に軒を下ろした屋根を持つ建造物をいいます。我らが醍醐山山頂にも四阿があります。「あずまやさん」と呼ばれる山は全国にいくつかありますが、今回ご紹介するのは埼玉県の四阿屋山(あずまやさん・772m)です。スプリングエフェメラルのセツブンソウやフクジュソウ、そしてアカヤシオやハナショウブなど、美しい花々で有名な山です。「地に低く幸せありと福寿草」保坂伸秋四阿屋山は両神山(りょうかみさん・1723m・日本百名山)と共に古くから山岳崇拝の対象として霊山とされ、所々に祠が祀られています。祠裏の大木:1本の樹木から5本に分かれています。尾根からの武甲山:四阿屋山からの眺めの中で圧倒的な存在感です。トサミズキ:土佐水木 マンサク科春先、淡く黄色い小花を枝から吊り下げて咲かせます。両神神社奥社:両神山の両神神社の奥宮です。四阿屋山の山頂手前に位置しています。山頂への岩場:両神神社奥社から山頂にかけては岩場や鎖場が連続し、上級者コースとされています。山頂への岩場:急斜面で緊張が強いられ、初めての方は注意が必要です。
2026.03.15
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春の七草のひとつ、ホトケノザ。葉の形状が仏様が座る蓮座のように見えることからこの名があります。在来種の多年草でどこにでも見られ、特に桃畑で桃の花影のように咲く姿は山梨の春の風物詩です。花期が長く早春から桃の花の時期まで楽しめます。ホトケノザ:仏の座 シソ科笑いかけてくるようなホトケノザの顔ニワトコ:接骨木、庭常 ガマズミ科銀河鉄道の夜」に「にはとこのやぶ」として登場します。フサザクラ:総桜、房桜 フサザクラ科キブシ:木倍子 キブシ科ツノハシバミの雄花と雌花:角榛 カバノキ科カテンソウ:花点草 イラクサ科ヒメオドリコソウ:姫踊り子草 シソ科
2026.03.14
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石尊山は、追分宿登山口から山頂までのピストンが一般的です。信濃追分は、歴史的な宿場町の面影とともに、多くの文学者の足跡から避暑地文化の面影を楽しむことができます。登山道は比較的緩やかで森林浴を楽しみながら、濁川の源流など様々な見どころがあります。おはぐろ池:大変美しい池です。鉄分を多く含む湧水が池底の水草と合わさることで、神秘的な色合いを見せています。湧水:水源の始まりです。石尊山と隣の沢:濁川とは地質が異なる無色透明な普通の沢です。おはぐろ池上部の林堀辰雄文学記念館:「風立ちぬ。いざ生きめやも」堀辰雄は、軽井沢を舞台とした多くの作品を残し、晩年をこの追分で過ごしました。追分浅間神社:有史以前から信仰の対象であった浅間山を御神体としています。軽井沢町内最古の木造建築です。追分浅間神社:古くは浅間山頂上近くに鎮座していましたが、現在は里宮(遥拝所)として現在地にあります。野辺山からの八ヶ岳:左から牛首山・真教寺尾根、権現岳・赤岳・横岳・硫黄岳
2026.03.13
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石尊山の登山道には「血の池」「血の滝」「おはぐろ池」「座禅窟」などたくさんの見どころがあります。石尊大権現は、神奈川県の大山阿夫利神社(おおやま あふりじんじゃ)を源流とする雨乞いや農業守護の神として、古くから地域信仰の石碑や石祠として各地に点在しています。追分宿にも江戸時代には大山へ参詣するための石尊講(せきそんこう)があり、大きな石祠が残っています。石尊大権現: 座禅窟の脇には、文化9年(1812年)に追分宿石尊講が建立した石尊大権現の大きな石祠があります。血の滝:浅間山の噴火で流れ出た溶岩によって形成された、赤褐色の珍しい滝です。濁川:水に鉄分が多く含まれているため、常に赤褐色に濁っています。ホウノキの落ち葉の登山道:大きな葉で食べ物を包んだことから、「包(ホウ)」が名前の由来です。林道からの登山口血の池:かつて水があった頃は、鉄分を多く含む水が空気に触れて茶色に変色し、「血の池」と呼ばれていました。血の川の流れ血の池辨財天神社:現在は第二源泉に祀られています。かつては、この地域の村の田畑を潤した水源で、地元民が敬意を込めて神社を創建しました。
2026.03.12
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「追分(おいわけ)」は道が二つに分かれる場所をさす言葉で、全国各地に地名が残ります。信濃追分は軽井沢町にある地域で、中山道と北国街道の分岐点として栄えた歴史的な宿場町です。多くの文人にゆかりのある地としても知られ、文学館や記念館が点在しています。浅間山(あさまやま・2,568m):石尊山(せきそんさん・1668m)は、浅間山南側中腹のコブのような存在です。「信濃追分文化磁場 油や」:中山道追分宿の脇本陣だった「油屋」をルーツとする歴史ある建物です。明治天皇追分宿行在所(あんざいしょ)跡:明治天皇の北陸・東山道巡幸(明治11年)の際、追分宿の旧脇本陣・対岳館が行在所(として利用されました。追分宿高札場:法度、掟書き等を記し、また、さらし首、重罪人の罪状を記し、高く掲げた板札を高札といいます。石尊山登山道入口:信濃追分を抜け、浅間山の裾野の林からスタートです。浅間山登山警告板:浅間山は爆発的な噴火をする活火山です。現状、噴火レベルは2です。ミヤマウズラ:深山鶉 ラン科9月には綺麗な白い花を咲かせます。ツチグリ:土栗幼菌時は土に少し埋もれ、成長するとヒトデのような形に外皮が開き、成熟すると頂上の中心部分に穴が開いて胞子を放出します。
2026.03.11
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「剣客秋山小兵衛は駕籠で行慶寺へ向かった。行慶寺は、戸越村の鎮守・戸越八幡兼帯の寺で、杉並木の参道の西側にあった。」(池波正太郎「剣客商売」)食べ歩きの街として大人気の戸越銀座。週末になると1万人以上もの買い物客や観光客が訪れます。1.5キロの商店街を散策したら宮前坂を登って、行慶寺と戸越八幡神社にお参りしましょう。戸越八幡神社鳥居:「江戸越えて清水の上の成就庵 ねがひの糸のとけぬ日はなし」「戸越」の地名の原点がここにあります。戸越八幡神社:大永六戌丙年(1526年)京都の石清水男山八幡宮の御分霊を勧請して祀った歴史ある神社です。拝殿:正面から参拝すると本殿の鏡に自分の顔が写ります。神楽殿:雛人形を眺めながらゆったりくつろげます。八幡山成就院行慶寺:小さく美しい浄土宗のお寺です。本尊の阿弥陀如来坐像は品川区指定文化財です。戸越銀座:1.5キロの商店街に、週末には1万人以上もの買い物客や観光客が訪れます。宮前坂の途中の広場:戸越銀座商店街から行慶寺や戸越八幡神社へと登る坂です。
2026.03.10
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滝戸山は夏に多くの人々が涼を求める「藤垈の滝」で有名な藤垈から登ります。登山口には万亀山向昌院があり、その域内に藤垈の滝があります。向昌院の守護神として始まった金刀比羅神社もあり、地元はもちろん、全国から多くの信仰を集めています。リニア送電線工事:東山梨変電所の西側にある御坂付近では、境川変電所、高下変電所 へ供給するための電線路が新設されます。貉山(むじなやま・山頂981m):ムジナとは、主にニホンアナグマを指しますが、地域や時代によってはタヌキやハクビシンを指すこともあり、これらの動物を明確に区別せずにまとめて呼ぶ場合もあります。林道に:貉山(むじなやま)直下でまた林道に出ます。金刀比羅神社裏参道入口金刀比羅神社:万亀山向昌院の守護神として始まり、地元住民のほか、県内外からも多くの信仰を集めています。 金刀比羅神社の旗竿:約20mはある立派な旗竿です。万亀山向昌院:滝戸山登山口(笛吹市境川町藤垈)にある曹洞宗の寺院です。精進湖からの富士山
2026.03.09
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滝戸山の山頂からは、木々の間から、南東に富士山、西方に甲府盆地越しの南アルプスの山々が眺められます。山麓には自然記念物に指定されているアオギリ林とシラカシ林があります。鶯宿峠(おうしゅくとうげ)のリョウメンヒノキ:今は無くなってしまいましたが、樹種不明のため「ナンジャモンジャ」と言われた有名な樹木がありました。昭和3年に牧野富太郎博士がヒノキの変種として「リョウメンヒノキ」と命名しました。林道大窪鶯宿線からの滝戸山登山口:突如、林道が出てきて滝戸山への一番近道になります。残雪の残る滝戸山登山道ナラ枯れ:約5ミリのカシノナガキクイムシ(カシナガ)が持ち込む「ナラ菌」により、コナラやミズナラなどのブナ科樹木が集団で枯死する病気です。滝戸山(1221m・山梨百名山)山頂:小広いなだらかな草地となっています。滝戸山山頂からの眺め:奥の雪山は上河内岳・聖岳・赤石岳・荒川岳、手前は布引山・笊ヶ岳・偃松尾山・伝付峠滝戸山山頂からの眺め:広河内岳・農鳥岳・間ノ岳・北岳滝戸山北の痩せ尾根:下り口がわかりにくく注意が必要です。
2026.03.08
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黒坂峠は、甲府盆地と芦川筋を分ける尾根に位置します。現在は県営林道黒坂里道線として整備されており、笛吹市境川町大黒坂と芦川町中芦川を結んでいます。黒坂峠から名所山(1236m)へ:標高差140mの急な階段です。名所山からの春日山名所山(1236m・山梨百名山):余り展望はききませんが、白根三山が見えます。登山道:全般的に快適な登山道ですが、一部急斜面もあります。御坂山塊の山々笊ヶ岳遠望赤石岳(左側)と荒川岳節刀ヶ岳(左側)と鬼ケ岳(右側)
2026.03.07
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甲府盆地から見る御坂山塊の前衛峰には、多数の山梨百名山・甲斐百山があります。そのうち山梨百名山2座(春日山と滝戸山)と甲斐百山1座(春日沢の頭)をご紹介します。尾根筋の登山道は綺麗に整備されており、快適な早春の陽だまり山行が楽しめます。梅香る不老園からの甲府盆地北東側:左から達沢山、大栃山、鳥坂峠、春日山、滝戸山鳥坂峠の登山口の碑「拓道栄郷」:当時の田辺国男知事の揮毫です。鳥坂峠:新鳥坂トンネルから15分くらいのところにあり、御坂山塊の前衛峰に出ます。鳥坂峠からの大栃山(1415m):大栃山も山梨百名山です。左側のピークは小栃山1086m。春日沢の頭(山頂1235m):甲斐百山名前は沢の源頭の意味ですが、春日沢という沢はありません。地元八代町では崩山と呼び、春日の「カス」は水が少なく崩れやすい沢の頭の意味のようです。「冬木立 入りて出でくるもののなし」加藤秋邨春日山山頂手前の林道:突然、林道が現れます。春日山 山頂1158m:山梨百名山小説「楢山節考」の構想の舞台で、姥捨伝説を彷彿とさせます。黒坂峠:黒坂峠句碑並歌碑があります。「こしかけて入日もしらじ山桜」
2026.03.06
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日本で最もお墓参りをされているお墓では・・・と思えるのが、泉岳寺にある「赤穂義士墓地」です。お墓の入り口で90本のお線香を買い、48のお墓に詣でる・・・そうです、ここには47ではなく、48のお墓があるのです。赤穂四十七士に加えて、本人は討ち入りを熱望したものの周囲の反対に遭って討ち入りの前に切腹した萱野三平の供養墓が明和4年(1767年)に建立されました。また義士達の戒名には、例えば大石内蔵助の「忠誠院【刃】空浄【剱】居士」のように、「刃」と「劔」の二文字が必ず入っていますが、1人だけ「遂道退身信士」という戒名の義士がいます。本懐成就後に関係者に討ち入りを報告して廻り、江戸に戻って自首した寺坂吉右衛門の供養墓です。赦されて天寿を全うし、八十三歳と記されています。赤穂義士墓地入口の瑤池梅:義士の墓守をした堀部妙海法尼が瑤泉院から賜った鉢植えの梅を移植したものです。赤穂義士墓地からの高輪ゲートウェイ血染めの石(左)と血染めの梅:浅野内匠頭が田村右京大夫邸の庭先で切腹した際に、その血がかかったと伝えられています。首洗い井戸:吉良上野介の首級を主君の墓前に供える前にこの井戸水で洗ったと伝えられています。大石内蔵助の墓:4月1日(水)から7日(火)まで「春の義⼠祭」が行われます。大石内蔵助の子・主税の墓。わずか16歳でした。寺坂吉右衛門の供養墓:明治元年に供養のため建てられました。本懐成就後、瑤泉院など関係者に討ち入りを報告して廻り、のちに江戸に戻って自首しましたが赦され、麻布・曹渓寺で83歳の天寿を全うしました。現在も曹渓寺に眠っています。萱野三平の供養墓:48人目の義士です。討ち入りを熱望したものの周囲の反対に遭い、討ち入り前に切腹しました。間新六の供養墓:赤穂義士は元禄16年(1703年)2月4日に切腹した後、直ちにこの地に埋葬されましたが、間新六だけは遺族が遺体を引き取っていきました。
2026.03.05
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赤穂藩主浅野家の菩提寺であり、赤穂義士の墓所として有名な、高輪の泉岳寺。元々は徳川家康が、幼いころに身を寄せた今川義元の菩提を弔うため創建した曹洞宗のお寺です。江戸城に近接する外桜田(現在のホテルオークラのあたり)にありましたが、寛永の大火に遭い、3代将軍家光の命により現在の高輪の地に移転再建されました。泉岳寺山門:二階部分には十六羅漢が安置され、一階部分の天井には「江戸三龍」のひとつ、銅彫大蟠龍がはめ込まれています。泉岳寺中門:三門のうち総門は現存せず、中門と山門が残っています。中門の額:山号の萬松⼭は松平の松より「松萬代に栄ゆる」の意から、寺号泉岳寺は、徳川に因み「源の泉、海岳に溢るる」の意からつけられたと旧梵鐘の銘に記されています。本堂:正面に「獅子吼(ししく)」の額が掲げられています。お釈迦様の説法のことです。泉岳寺からの高輪ゲートウェイ大石内蔵助良雄銅像:内蔵助が元禄羽織を身につけ、連判状を手にして東の空(赤穂から見て江戸)をじっとにらんでいます。梵鐘・鐘楼堂:大正2年に作られた鐘で、朝の坐禅の時と夕方の閉門の時に撞かれます。江戸から明治まで使われていた梵鐘は、ウィーンの国立民族博物館に所蔵されています。外国からの参詣者が興味津々だったお線香の自販機と着火機
2026.03.04
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江戸時代の身延詣では身延山と七面山の参詣がセットで行われ、身延山久遠寺に詣でて、奥の院を経て、赤沢宿に泊まって春木川を渡り、表参道を登って七面山山頂に達しました。赤沢宿は、参拝者の宿泊施設として最盛期には20軒以上の旅館があり、現在も9軒の宿の建物が残っています。家屋は古いもので寛政4年(1792年)や天保4年(1833年)のものがあります。「花ぞ時 元日草や ひらくらん」井原西鶴大黒屋:江戸時代末期から明治時代初期に建築され、1910年(明治43年)に改築された旅館です。(廃業しています)玉屋:明治初期には上村に、恵比須屋、玉屋、両国屋、大黒屋、萬屋、喜久屋、信濃屋などが建ち並びました。えびす屋:身延山から下りてきて最初の宿として賑わいました。 歴史的建造物:身延往還沿いの歴史的景観が評価され、1993年(平成5年)に重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。「地球儀の海青青と福寿草 」浅賀渡洋若山牧水碑:赤沢宿には、若山牧水の歌碑が4箇所に設置されています。若山牧水は大正13年6月に赤沢宿に宿泊し、七面山で31首の短歌を詠みました。芳野屋:かつて蕎麦・饂飩店として栄えました。
2026.03.03
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赤沢宿は江戸時代から昭和初期にかけて七面山への参詣客で賑わいました。七面山に面した急斜面に、それを保つ石畳や石段、そして伝統的な建造物が立ち並び、往時の面影を色濃く残しています。日当たりが悪く、一日の気温差が少ない石灰岩質を好む節分草は赤沢宿を代表する花の一つです。日当たりの良い所を好む福寿草と陰陽を分担したかのように、早春の赤沢宿を彩っています。セツブンソウ:節分草 キンポウゲ科日本固有種の希少な花です。江戸屋:赤沢宿に現在も残る唯一の宿泊施設です。「昨日よりけふの日差しの節分草」中村祐子赤沢宿の石畳の道:最盛期である明治から昭和初期には、1日に1000人もの参詣者が訪れたとされます。木工房 淳司:家具・仏具などの制作の合間に作った小物類の茶器を展示・販売。天然の一枚板のみを使用し、木目を生かした作品を制作しています。喜久屋:無人休憩所として開放されている旧民家です。妙福寺:日蓮宗のお寺で、七面山敬慎院七面大明神房司の鍵を管理しているため、「鍵取り妙福寺」として知られます。
2026.03.02
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赤沢宿は、日蓮宗の総本山・身延山と霊場七面山を結ぶ参道にある、歴史的な宿場町です。江戸時代の情緒を残す町並みは国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。山々の眺めに加えて四季折々の花が美しく、特にセツブンソウとフクジュソウの群生は有名です。フクジュソウ:福寿草 キンポウゲ科古来、福を招き長寿を意味する縁起の良い花とされています。早川町小縄~高住間からの笊ヶ岳:布引山・笊ヶ岳が最も美しく見える場所です。赤沢宿手前からの眺め:奥の雪山は別当代山、左側は大黒山の稜線早春の赤沢宿:江戸時代にタイムスリップできます。コウバイと七面山:中世から身延山と七面山を結ぶ参道の宿場として栄えました。「そば処 武蔵屋」からの赤沢宿:武蔵屋は情緒ある歴史的景観の中で手打ちそばを楽しめるお店です。地元で採れた野菜の天ぷらなど素朴でいて洗練された味が特徴です。清水屋:赤沢宿の散策の途中に立ち寄って休憩するのに最適な場所です。
2026.03.01
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