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ー青春の坂道ー “班活動”によって学級運営は行われるらしい。 クラスを六つの班に分けてそれぞれに“班長”“副班長”を設け意見なり行動なりを集約、反映させてゆく。 今回は初めてなので出席番号順で決めます。と、マエダシノブ先生。 フンッ!なんでもかんでも出席番号出席番号出席番号出席番号出席番号出席番号… たまには、出席番号順にもいいことがある。 一班のボクは、女子出席番号一番のイナダアキコちゃんと同じになった。 そして、 向かい合わせに座ることになった。 なんだか、いい感じっ!! 見ず知らずの思春期突入の男女が向かい合わせに座るとどうなるのか… いよいよ明日から授業が始まります。それと部活動の入部希望と見学を行います。まず、全校クラブ…これは授業の中で行われるクラブです、そして、希望クラブ…これは任意で行われるクラブです。用紙を渡しますから各自、家に帰って記入してくるように。希望クラブは明日から、体験入部となります。 ボクは、全校クラブは“バスケット”と記入した。 希望クラブは、もちろん“野球”だ。 これからの六年間のボクのアドバンテージの礎となることになる。 その夜。 一年二組となったクロダと一年六組となったウエダから電話がかかってきた。 明日からやな うん ドキドキするなぁ うん グローブ持って行くんか? 帽子持って行くんか? 靴はどうするんや? 体操服でええんやなぁ? 未知なるものには不安と期待はつき物だ。いくら考えたって答えなんて出てこない。 頑張ろうな、絶対頑張ろうな… ボクはそれしか言えなかった。 明日から始まる授業になんて不安は感じなかった。 クラスメートや担任にも不安なんて感じなかった。 ただ、野球部には大いに不安だった。得体の知れない不安だった。 ドキドキして眠れなかった。 得体の知れない不安の原因が思い浮かんだ… 野球部をたった3日で辞めた正真正銘の根性無しの、かっちゃんの投げる球に恐怖を感じたボク。三球三振した時の屈辱感。 フンッ! なんとかなるわっ! でも、眠れなかった。 …駆け上がれっ!!
2010.08.30
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…you may go home...… 1977年8月25日 彼女15歳の誕生日、ふたりで映画を見にいこうね、って決めていた。 なのに… ボクは我が町のメインストリートをパレードしていた。 理不尽だっ!! 数時間後、 理性を奪い取られそうなくらい美しい薄紫色の夕暮れの刻、ヤマノサト小学校の運動場の片隅で語り合った。 ブランコぶらぶら しょうがないよ(笑) チクショウッ!(怒) ふたりで夕焼け見ながらブランコなんて素敵っ!! チクショウッ!(怒) 来年の誕生日のお楽しみってことにしよっ!(笑) ら、らいねん? 若くて魅力的なふたりに一年とゆう時間はあまりにも長い。 来年は、来なかった。 フンッ! Happy birthday Kayoko best wishes always... フンッ! ……。 …好きよ、キャプテン!
2010.08.25
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ー青春の坂道ー フンッ! まったくなんなんだ?これは?学校見学なのに逆見学されてる、見せ物じゃねぇーぞーっ!! 動物園行ったら目の前をライオン・トラ・ウサギ・タヌキ・ブタと順番に来てくれるみたいじゃねーかっ!! 良く言えば品評会、要するに“品定め”されてるんだ。興味と悪意と嫉妬、、、こわい…。 シュウは学級委員のクセしてボクより頭ひとつ小さいので前歩いてる意味がない。 フンッ、役立たずめっ!! 一階に降りて三年生の基地に入ると緊張のピークだ。 ひときは鋭い視線。 これが不良グループだな…実にわかりやすい。隊列崩してうんこ座りして、チョーラン着てボタンいーっぱいハズして、、 あっ!? みっちゃんだ!? ニヤリと笑ってる。 かっこつけてボンタンに手を突っ込んでイキってるけど、あれは近所の気のやさしいみっちゃんだ。 みっちゃんは複雑な家庭環境なんだか頭悪くて落ちこぼれたんだか不良に憧れてたんだかなんだか知らないが“保護観察付き”の筋金入りのワルのレッテル貼られてる。 でもボクやウエダにはやさしく、牛乳配達の途中に会ったりすると、ヤクルトミルミルとかジョアとかヨーグルトとかをくれるいい先輩だ。 目がクリクリっとしてて色白で声のトーンが高いので不良としての迫力にかけている。 みっちゃんが隣の不良に声をかけた… すると… 不良が“不良歩き”をしてボクに近づいてきた… こ・ろ・さ・れ・る、、 後で知ることになるのだが、この典型的な不良型少年はフナサカ小学校出身のヤクザの息子の“フクジュ”さんだ。 不良型少年特有の下から舐めまわすように睨み付けてボクの顔の正面で止まった… こ・ろ・さ・れ・る ニコッと笑い、こう言った。 お前がミツの後輩のアキかぁ~ ハ、ハイッ! 困ったことあったらいつでも来いよっ… ハ、ハイッ! 他のヤツらに絡まれたらオレの名前出したらええからなっ! ハ、ハイッ! 足が震えた。 勉強わからなくなったらフクジュさんに聞きにいこう… みっちゃんはずっと笑ってた。 クラスメートの視線がチクチクした。 一通り見学を終えた一年生は体育館に集合した。 また別の緊張感の始まりだ。 学年主任のツカモトが何か話してるんだが、なにを言ってるんだか… 先生のクセにハナシベタだ。 シュウ… ん? なんて言うてんや?アイツ ボクもわからん 安心した。そしてコイツは自分がシュウって呼ばれて、ん?って返事した。 なんとなく嬉しかった。 ボク達の会話を聞いててイナダアキコちゃんもタツタユキコちゃんも ふふふっ、って笑ってる。 ツカモト先生は誰が聞いても聞き取れない話し方をしてるんだ、そんなヤツが学年主任なんだと思ったらなんだか気が楽になった。 フンッ! 真新しい教科書を山ほどもらった。 算数が数学となり図画工作が美術と技術家庭となっていた。 新しい教科書をめくって顔を近づける… 図書室の匂いがした。 神聖か香りがした。 それは、 大きい一年生と小さな二年生の、ホタルブクロの記憶と景色だ。 うんっ、いい感じっ… …駆け上がれっ!!
2010.08.24
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ー青春の坂道ー 清流千種川のほとりに中学校はある。川を挟んで東側にボクの小学校、西側にヤマノサト小学校、川をさかのぼって行くとアカマツ小学校、川を下って行くとタカタ小学校。ボクの小学校を東へ行くとクライ小学校。ヤマノサト小学校を西へ行くとフナサカ小学校。そのまたまた奥、まさに兵庫の西の端の端の端、ど、ど、ど僻地にナシガハラ小学校があった。この七つの小学校の子ども達をひとつに集めて我が町唯一の中学校がある。 鉄筋校舎三階建て最上階が一年生の五クラス、二階が二年生の六クラスと一年生の五組と六組、一階が三年生の住み家だ。北側にテニスコートと自転車置き場とプールがありテニスコートに沿って長く技術家庭教室と美術室がある。教室棟の南側が本校舎だ。職員室とか校長室とか理科実験室とか保健室とか教師達の基地だ。ふたつの棟を二本の廊下が結びつけている。一階廊下には購買部と宿直室があり、二階は“渡り廊下”で結ばれておりそこに小さな広場がある。“踊り場”と呼ばれていた。中庭には天然芝が張られていて西側に“部室”があった。ブロック造り二階建ての一階は男子運動部、二階が女子運動部だ。本校舎南側に抜けると西側に体育館、そして広大な運動場がある。ソフトボールグランドと野球グランド、端に陸上部スペースと体育館横にバスケットコートがあった。 そんな我が中学校。 ボク達一年生がどこかに移動しようと思えば三年生か二年生の基地を通過して行かなければならない。一年生は三階にカンズメ状態だ。入学間もない今は、教室にカンズメ状態となる。みんな見ず知らずの赤の他人みたいなものなのでどこかよそよそしい。 なんとも言えない緊張感が充満している。 入学2日目。 この日は“学級見学”だ。 はいっ!みんなは廊下に出て出席番号順に縦に男女一列に並んで下さい。 また、一番前かよ… 先頭には学級委員の二人が立つように… ラッキ~ 我がクラスの学級委員は既に学校で選出されていた。 ハシモトオサム タツタユキコ どちらもなんでか知らないがタカタ小学校出身者だった。 ラッキ~ ハシモトオサムが馴れ馴れしく話しかけて来た… アキ君これからよろしく! 名前なんて言うん? 橋本修。 ふ~ん、じゃあ今日から“シュウ”って呼ぶわっ!! シュウ? おう、修って修理の修やろ?だから、シュウや。 ………。 少し猫背の背も低めのボウズ頭なのにクセ毛のシュウは教師に選ばれる学級委員そのままの“大人しい”“当たり障りの無い”存在感の薄いヤツだった。でも成績はいいんだろう、だから学級委員なんだろう。 シュウかぁ… フンッ!頼りになりそうもないヤツや、 その時はそう思った。 タツタユキコちゃんは平安美人風のシモブクレの色白のスラッとした大人しい感じの、いかにもっ!!って女の子だ。 まずまずかわいい…。 ボクとシュウの会話を素知らぬふりして、実は聞いている、そんな感じだ。それを見透かしてボクはシュウと話しているのだ。シュウなんてホントはどうでもいいのだ。ターゲットはタツタユキコちゃんなのだ。 この年頃独特の“からかい”で攻めることにした。 なぁ、タツタって立田って書くんやなぁ… 小さく、 うんっ。 イイカンジッ! ちょっと呼びにくいから“タッタさん”でいい? タツタユキコちゃんは少し頬を膨らませてアマニラミしてきた。 シュウが笑った。 なに笑ってんねんっ!! 小声でこう言った。 小学校の時も“タッタ、タッタ、チンポタッタ”って… ふふふっ… ん? 出席番号女子一番の イナダアキコちゃんが笑ったのだ。 イナダアキコちゃんは“メガネ美人”だった。皮膚の皮が薄く透き通るような肌であごのラインが美しく印象的だ。 密やかな笑い声と大きなヒトミにメガネ…きっと彼女も頭いいんだろう。 かわいそうなのでこう言った。 タッタはやめよう。センス無いもん。 ……。アマニラミが少し和らいだ。 イナダアキコちゃんも聞いている、 考えろっ、考えろっ、考えろっ… さぁ、みんな行きますよ~! マエダシノブ先生に救われた。洒落た呼び名が思い浮かばなかった。 シュウの猫背を見ながらの校内見学が始まった。 うんっ、いい感じっ!! イナダアキコちゃんはチラチラとボクを見て笑ってる。 ふふふっ… ボクはなんだか恥ずかしくなって来た… まぁ、いいや。楽しい気分だから… タツタユキコちゃんも意識してるみたいだ。 はやくいい呼び名考えなくちゃ… 三階の階段を降り始めると緊張して来た。 二年生や三年生がたくさん廊下や教室の窓を開けてボク達の“行進”を待ち構えていたからである。 圧倒的威圧感がボクを支配してゆく… フンッ! なんとかなる、はず。 だ。 …駆け上がれっ!!
2010.08.23
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ー青春の坂道ー 主な登場人物 一年一組 担任・ツカモト・理科 一年三組 担任・カタヤマ・社会、野球部監督 サカモトチカミ・学級副委員長 タニイケサチコ・美少女 一年四組 担任・マエダシノブ・英語 クラスメート達 一年五組 ヒサオカメグミ 一年六組 担任・スエマサ・国語 ウエダと仲間達 一年七組 担任・ヨネダ・数学 ナガハマタカトラ 教科担当 ミキカズシ・保健体育 カタヤマ・英語・バスケット部監督 チェックマン・技術家庭 ゲツメン・英語 イワタ・美術 野球部 キャプテンで生徒会長でピアニスト・コタニ クロダヒデユキ先輩・三塁手・盟友クロダの兄 他・部員達 山を見つめる我らの眼 川に聴き入る我らの心 出会いの時よ誓いの時よ渦巻く所、我が〇〇 いざ、いざ、いざ 朝夕描け互いの未来 今、今ある我ら~♪ はぁ?ピアノ弾くのは生徒なのかぁ… それも男子生徒… 真っ黒に日焼けして、銀縁メガネの頭でっかち。 フンッ! どうでもええわっ… ボクの人生で一番緊張した一週間の始まり… 新入学おめでとう! 今日から一年四組の担任として一年間を共にします。マエダシノブと言います。どうぞよろしく! やはりボクは出席番号一番で、やはりウエダとは同じクラスにはならなかった。 では、初めての出席を取りますので、呼ばれたら立ち上がって大きな返事をして下さい。 アキ君… イノウエカズユキクン ウシオカズヒコクン 延々と続く… 続いて女子… イナダアキコサン ハイッ イナダアキコサン ハイッ イナダアキコサン ハイッ マエダシノブ先生はそこそこ若くて、そこそこ美しくて、そこそこボインだった。英語を日本語のカタカナのように発音し英語を身近かに感じさせてくれた。 残念だ。 マエダシノブ先生は授業に集中してくると夢中で話し出し口の周りに泡を吹き出しサワガニのようになった。 まぁ、ええわ。 ディスイズアペン ディスイズアペン ディスイズアペン ウソのようだが当時は、大真面目に連呼していたのだった。 果たして、アメリカ人やイギリス人は ディスイズアペン って話すことは人生で何回くらいあるんだろう… まぁ、カンタンやし、どうでもええわ。 こうしてボクの闘いのステージは決まった。 鉄筋校舎三階東側階段上がって右・一年四組・マエダ学級38名。 見晴らしは上々だ 1975年4月8日だった。 …駆け上がれっ!!
2010.08.22
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ー青春の坂道ー 1975年4月7日、夜。 食卓には… 鯛のお頭付き と ママの蒸し上げた 赤飯 と 脂身たっぷりの とんかつ よしっ、とパパの号令。 こんな時は、ボクとヒロシの態度と返事も変わる。 正座で ハイッ! これだけだ。 明日からアキは中学生になる。 ハイッ! どんな気持ちや? 頑張ろうって気持ちです。 そうか ハイッ! いつも言って来たけどパパは勉強したくても勉強出来んかった ハイッ! 学校行きたくても行けんかった。兄弟やおふくろ食わすためになっ、 パパはホントに6人の弟、妹達を養う為に、小学生の頃から働いていた。14歳の時には年齢を偽って近海マグロ漁船に乗り込み、あまりの過酷さに北海道・釧路で夜逃げしたそうだ。その時一緒に逃げた仲間達と“愚連隊”を結成した。愚連隊になっても兄弟達の為に働き、仕送りをしていた。 ハイッ! アキにはそんな思いはさせたくないから、この町に来て、一生懸命に働いて来た。わかるな? ハイッ! アキも中学生や、色んなこと経験してるやろ? ドキッとした。 思いっきりしたいことをして遊んで友達作って頑張れっ!! ハイッ! ひとつだけ言っておくことがある。 ハイッ! パパはアキが勉強わからなくても、教えてやることは出来んっ、わかるな? ハイッ! キャッチボールでアキの球受けてやれんようになったんと同じや… ハイッ! なんだか、、、、 だから、勉強は学校で教えてもらえっ。わからんかったら先生に聞いてな… なんだか、寂しい気持ちになって来た、、、、 ハイッ! パパは漢字知らんで、計算出来んでどんなに悔しい思いしたか…。アキにはそんな思いさせたくない。 ハイッ! 大人になったら誰も教えてくれんぞっ、教えてもらえるうちが華や思うて頑張れっ!! ハナ? 疑問に思ったが聞かずに暗記した。あとで新しく買ってもらった“国語辞典”で調べればいいのだ。 ハイッ! 言うことはそれだけや。 ハイッ! それから… ん? アキは中学生、ヒロシは小学生。別々になるんやから… んん? 責任も別々にしような? んんん? ヒロシッ、 あ、あ、あ、ハイッ! 不意をつかれたヒロシはうろたえた。 これから悪いことしたらすべてお前の責任やぞっ ……。ハ、ハイッ! お兄ちゃんは、お前の事守ってはくれんぞっ ………。 どうやって言い訳するか、お兄ちゃんは教えてくれんぞっ、 そう言ってパパは笑った。 パパは知っててくれたんだ。ボクがどんなにツラい思いして、理不尽に堪えて、無い知恵巡らしてかばってきたか… でも、2人っきりの兄弟や、ヒロシの事もみてやってくれよ はーーーーーーーいっ! よしっ、赤飯で乾杯やっ!!!! ??? ボクはパパだけは悲しませないようにしよう… パパの分も頑張ろう… そう思えた。 あの時の家族みんなの笑顔と赤飯ととんかつの味は忘れない。 アイドル原辰徳の東海大相模高校が選抜で準優勝し、矢沢永吉のキャロルが解散し、沖縄海洋博覧会が開かれた4月。 ボクの人生で一番多くの出会いと出来事とチヤホヤの絶頂期の始まり、のゴングがなった。 Din♪ Din♪ さぁ、 …駆け上がれっ!!
2010.08.22
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…プロローグ… 尊敬されない男達には快楽が提供されない。 未来は今、もうすでにあなたの手の中にある。 二年後の夏・甲子園球場、、、 1977年8月20日 第59回全国高等学校野球選手権大会・決勝 兵庫県代表・東洋大姫路高等学校 VS 愛知県代表・東邦高校 三塁側アルプススタンド ボクは背番号1のユニホームを着てチームメイトと共にメガホンを振っていた。 “かっ飛ばせーー松本っ!!東邦倒せーーオッ!” ボクに朝日放送のアルプスリポーターのマイクが向けられた。 …こちら、三塁側アルプススタンド・東洋大姫路高等学校の応援席です。 ピース、ピース、 ボクはカメラに向かい笑顔で手を振った。 …彼らは松本正志投手の出身中学校の野球部の後輩のみなさんです。 ピース、ピース、ピース …キャプテンで背番号1番の彼に話を聞いてみましょう どうですか?松本先輩は? ボクはカメラに向かい笑顔で、 満面の笑顔で、 こう言った。 ボクが入部した時には、松本先輩はいませんでした。話したこともありませんからどんな人かなんてわかりませんっ!! ピーーーースッ!! …………。 周りの教師や父兄達、そして、リポーターもずっこけた。 フンッ、ざまぁみろっ!!!! ボクはカメラの向こうのテレビの前に座っているであろう彼女にだけ向かって笑顔を振りまいた。 誰もボクを責めたり出来ない。 ボクは正直に言ったまでだ! 松本正志先輩は延長10回を完投し、キャッチャー・安井選手のライトスタンドへのサヨナラホームランで東洋大姫路高等学校は“全国制覇”した。 フンッ! 甲子園は案外近くにあるもんだ! ボクの今日と云う日を返せっ!! せっかくの、初めての“夏休み”楽しく毎日過ごすはずが、ひと月も前に引退した野球部の公式ユニホームを着せられ“野球バカ”のなんの関わりも無い先輩の応援に甲子園にチャーターバスで通った。 ボクにはしなくちゃいけないことがたくさんあるのに… フンッ! アキさんっ、 ん? テレビに向かってあんなこと言って大丈夫だったの? えっ!? 怒られたり注意されたりしなかったの? うん、大丈夫っ!!ウソなんてついてないから、怒られる理由なんてないからさ… そうだろうけど、ちょっとヒドくない? うん、ヒドくないよ。無理やり応援させる方がヒドくない? もう、アキさんったらぁ… あははははははははは。 5日後の8月25日。 そんなボク達に理不尽なしっぺ返しが待っているとは知らない。 すべてをやさしく包み込む薄紫色の夕暮れだった。 …駆け上がれっ!!
2010.08.20
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誰かの為じゃなく 自分の為にだけ 優しくなれたらいいのに ひとりじゃ孤独を愛せない だから For you♪ ヒッキーが大好きな僕に、わたしはこの歌が一番好きやねん!って言ったよね? そうなん?ボクはやっぱり“eternally”やなぁ…って言ったら、 もう、ホンマ、てんてんったらオトメなんだからぁ…って笑ったよね? 本日、8月17日。 そんな“てんてん”の名付け親の“チーちゃん”の誕生日。 Happy birthday TOSHIE best wishes always... 29歳かぁ… 出会ったのは17歳だったねぇ… 3年連続クリスマスイブの夜 “シャンパンとストロベリー”で“Pretty woman”したよねぇ… ねぇ、てんてん ん? イブの夜に、こんな素敵なbarでシャンパンでお祝いしてくれてありがとう こちらこそ、楽しいイブをありがとう ねぇ、てんてん ん? こんな若くてかわいい女の子、イブに連れまわして、なにもして来ないって、どういうこと? えっ!? それも、今年で3年目。 えっ? ねぇ、どういうこと? …友情かな。 ………。 ホンマ、オトメやわっ! じゃあまたね!
2010.08.17
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ーあの頃の景色ー 子ども達はいつの時代も無防備だ・依存以外の選択肢はない。 1969年・東京大学の入試が中止となり、女子大学生が死亡した 1970年・日本万国博覧会が大阪で開催された 1971年・マクドナルドが日本にやって来て、阪神タイガースの江夏豊がプロ野球オールスター戦で9連続三振奪取 1972年・浅間山荘事件、札幌オリンピック開催・日の丸飛行隊 1973年・ベトナム戦争・アメリカ撤退 1974年・わが巨人軍は“永久”に“不滅”です、と長嶋茂雄引退 日本連合赤軍とゆう名の革命を名乗るテロリスト達が世界で暴れまわってた、そんな時代。 パパは岐阜県岐阜市柳ヶ瀬町の愚連隊の親玉で肩で風切って歩いてた。やがてママと出会いボクが生まれた。就学を控えたボクの為、このままここにいたら“愚連隊の息子”と言われ不憫だろうと縁もゆかりもない、パパのことなんて誰も知らない土地へ引っ越した。 “気候穏やかな兵庫の西の端の鮎の町” ボクは何も知らず、パパとママの子供として生まれ、何も知らず兵庫の西の端の町に引っ越し、何も知らず就学し、与えられた町の小学校に入学し、何も知らず同じ町に住む子ども達と出会った。 ボクは、パパとママの大きな愛に恵まれ、地域社会の大きな思いに恵まれ、何不自由なく育った。美しいママの容姿と強い体のパパの血を受け継いだボクは、小さな田舎町で“蝶よ花よ”とチヤホヤチヤホヤともてはやされた。やんちゃ坊主の弟ヒロシのお陰で大人達とどう接すればいいかを学び、誰とでも仲良く関われる術を身に付け、学習した。 スギモトカズマサ君の悲しみや、イノベサチオ君の怒りや、カジィやミツケツの痛みや、みんな悲しいものがあるんだと、心に記憶した。 ボクが自分の意思で選んだものなんてなにもない。 目の前に与えられた“モノ”に接しただけだ。 “勉強”だって“野球”だって“サッカー”だって、“教師”だって、すべて与えられたモノだ。 なにが与えられるかなんて誰にもわからない。 ボクは“与えられるモノ”に恵まれたのだ。 やはりそれはパパとママの“強い想いと強い愛”…それがすべてを引き寄せたんだ。 この物語は、起こった出来事は、登場する人物は、すべて、この時代、時間に実在したものですが、すべてボクの主観と遠い遠い、遥か遠い昔の記憶ですので時系列には大幅な誤差があるかもしれません。ご了承ください。そして物語を綴るにあたりどうしても思い起こせないものがあった。 “ことば” 小学生のころに思ったことを、あのころのボクの言葉で表現するのは不可能だった。だからなんとなくわかったような俗世間にまみれた表現しか出来なくて“リアル感”がなくて申し訳ありません。ご了承ください。 育った環境がヒトを作り、人格を造る。 そうなんだと思う。 不幸な生い立ち、不憫な境遇が悲しさを作る。 それは確かにあるかもしれない。 でも、 でも、 恵まれた環境、愛情いっぱいに恵まれ育っても、悲しいヒトは形成される。 それが、ボクだ。 その思いと格闘は次の三年間で覚醒するのだが、まぁ、どうでもいい話。 こんな物語につきあっていただいてありがとうございました。 感謝します。 これは、まだ見ぬ天使へのラブレターである。吐いた言葉と天使の選択の意味を知る物語のいわば第一章である。 ねぇ、ねぇ、なに考えてるん? トウソウ。 えっ?お正月の? それは、オトソ エヘヘ! じゃあ、なに? 闘争。 闘争? うん、わが闘争。 ヒットラー? なんやぁ、知ってるんやっ!! 知らな~いっ。 エヘヘ… 僕と天使の物語は、ずっと続きます。えぇ、約束します。 …fin.
2010.08.14
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ー熱中時代ー 卒業式の翌日、ママと町内デートをした。 離れて歩く二人。 “青木洋品店” 学生服と白いカッターシャツ二枚とベルト、そして体操服。 わが町のわが中学校は“男子は学生服、女子はセーラー服なのだ。トレパン・トレシャツに紺色スモッグも“卒業” ママは学生服を試着したボクを見てこう言った。 まぁ、かっこいい~っ!!帰ったら一緒に写真撮ろうね! 撮るかっ!!!! 次は、行きつけの靴屋さんで中学校指定の“上履き”を買った。そして、オマケにasicsの運動靴も買ってもらった。 次は雑貨店で“学生鞄” 本革の“薄手”の高級品を買った。これは東京のおじいちゃんおばあちゃんのお祝いなので遠慮は無用だ。近所の先輩の“みっちゃん”に相談して前もって取り寄せてたヤツだ。 ママはこう言った。 これじゃ、弁当箱入らないんじゃないの?教科書も入らないんじゃないの? そして、 でも、かっこいいカバンねっ!! そして、そして、 学生服着てカバン持って自転車乗った写真撮って、おじいちゃんおばあちゃんに送ってあげようね! そんなもんっ、撮るかーーーーーーーーーっ!!!!! 最後は“秀谷理容店”で“五枚刈り丸ボウズ” わが町のわが中学校は男子は二枚刈り丸ボウズなのだ。 ボクは1日でも早く丸ボウズにして入学式の日にはピカピカハゲ丸クン達の中、ひとり“そこそこ伸びた丸刈り”を目論んだのだ。元々がスポーツ刈りなので違和感も無かった。 そして、この丸刈り校則がボクに更なる“アドバンテージ”を与えてくれるのだった。 なにもしなくていい春の夜、来るべき中学生生活に思いを馳せる… そんな空想満開の時間を引き裂くベル、 リリリリーーーン。 間違いない、 やっぱり、 ウエダだった。 そう、ろくでもない予感がした。 そして、それはハズれたりしない。 おう、アキ。生きてるか? あのなぁ、昨日会うたやろ?1日で死んだりするかっ! あはは。あんまりおもろないで… ……。無駄口叩く時のウエダは、ろくでもない願い事をボクに迫ってくるのが習わし、 はよ、いえっちゅーうねん。 明日、ヒマやろ? おう、おう、ヒマやから早よ言えっ!! あはは。明日、中洲行こうや! “中洲”とは清流千種川の中ほどにある砂地の陸地の孤島だ。畑があってキュウリとかスイカとかつくられてる。 で、何しに行くんや? ろくでもないこととはわかっちゃいる… 明日、ヤマノサト小学校の番長呼び出した… はぁ? ヤスムラに電話してな、呼び出してもろうた… ヤスムラとはわがサッカーチームのイケメントンチンカンGKだ。 何人連れてきてもええから来いって呼び出した… で、お前は? オレはふたりで行く… 誰連れて行くんや? お前や… なにぃぃぃーーーっ!! あのな、ウエダ。オレはなんでお前に連れてかれてヤマノサトの番長に会わなあかんのや?それにもし相手が10人とか20人とか連れてきたらどうするんや?お前、死ぬぞっ!! あはははははは。 仕方ないので笑った。 ウエダの口説き文句は、こうだ。 別に何人連れてきてもええよ、ひとりでボコボコにして土下座させたる。 なら、ひとりで行けよ、子分連れて行けよっ!! アキしかおらんやろ? はぁ? オレとお前ふたりやったら、なんでも出来る思わんか? お・も・わ・ん。 あはは。相変わらずヘンなヤツやなぁ… あはははははは。 どちらにしても断わるとゆう選択肢はないとお互いわかっているので、覚悟して、笑った。 中学生になっても、コイツとはコカ・コーラとポテトチップスなんだな… 明日は中洲で大乱闘かぁ…… 悪くはないな… そう、思った。 小学生でも中学生でもない春休みだった。
2010.08.12
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ー熱中時代ー 緑豊かな谷川の 集まり清い千種川 清い願いを叶えつつ 強いからだを鍛えます よい子の学校 〇〇 ああ〇〇小学校 僕は、この日の為に書いてきたのだ。 1975年3月24日 卒業証書授与式。 校歌うたうのもこれが最後か… 六年間、ずっとお世話になった体育館、カビと汗と埃の匂いも今日でお別れか… 蛍の光だってフルコーラス歌える セレモニー 誰の為の式典なんだろう あのふんぞり返ってるハゲたおじさんは誰? 立ったり座ったり… “ダイドク”ってなに?知ってる六年生いるのかな? ダイドクダイドクダイドク。 誰の為の式典なんだろ? わかんないわかんない! 隣のイワクラカズエちゃんがシクシクし始めた。 身長がボクより高くて、いつも、こらぁ~アキッーーって追い回された。 よ~いっ、ドンッって号令一閃、堰を切ったように、あっちでシクシク、こっちでシクシク キョロキョロし出す男子生徒達。 わかんないわかんない! ねぇ、なんで泣くの? ねぇ、、悲しいの? ねぇ、、、痛いの? と、聞いてはイケナイことだとわかるようになった。 学習した、ボク。 刹那、、、 ヒクッ、ヒクッ、、 笑いがこみ上げてきた。 ダメだよ、ここで笑っちゃ、ダメだよ… 思えば思うほど、 ヒクッ、ヒクッ、 笑っちゃイケナイ時が一番可笑しいんだ、 授業中、トイレに行きたくなるように… 遠足の朝、お腹痛くなるように… 検便の朝、うんこが出ないように… 好きな子には、告白されないように… そんなこと考えてたら無事セレモニーは終わった。 仰げば尊し 我が師の恩 教えの庭にも はや幾年 思えばひととし この年月 今こそ別れ目・・・ いざ、さらば~ 卒業式のあと、教室でイノブ先生が最後のお話をした、、んだろう。みんな神妙にシクシクしながら聞いて、いたんだろう。後ろにはパパやママ達が立ち並び我が子の成長と無事の卒業を思い泣いたり、笑ったりして、、いたんだろう… だが、 ボクは、 何もおぼえていない。 景色の記憶がない。 気がつけば、そんな子供になっていた。 ボクにとって、どうでもいいことは、忘れる。 そんな子供になっていた。 ボクの小学生時代の記憶は、 “大きい一年生と小さな二年生”を読んでくれるナカヤマケイコ先生の姿。 そして、 “あの子は アキ君が思っているようないい子なんかじゃ、無いよ”と言った教師。 ボクは少年時代を卒業した。 1975年だった。
2010.08.11
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ー熱中時代ー 今年も、たくさん、書いた、 “世界の、あきくん…” “世界の、あきくん…” “世界の、あきくん…” なぜだか、五年生がサイン帳を買って持ってくるようになっていた… だから、続きはこう変更した、 “中学校で会いましょう” ーそこそこ、楽しいー おいっ、アキ。モテモテやなぁ… と、ウエダ なんでや? あっ!! しまったっ!! って顔する、ウエダ。 ー逃がすかっ!!ボケッー なんで、サイン書いたらモテるってなるんや? ………。 モテるってなんや? ………。 お前はサイン書きたくて、モテたいって思ってるんか? 楽しいやろう~、アキ。 ???…なに言うとんじゃ、、、 ウエダも成長するんだな… あははははははははは。 いつものように、笑った。 なぁ、ウエダ、 なんや? お前、サイン帳買ったんか?サインしてもらってるんか? 買ってないよ、 そうか… ボクもサイン帳なんて買わなかった。 ウエダだけが同じこと思ってるんだ、 ウエダだけが友達や、 と、あらためて思った。 そろばん教室もやり遂げた、 ボクは二級昇級試験に落ちた。初めて落ちた。 そろばん教室の先生や、美人姉妹のおねぇちゃんは残念がり、中学生になっても続けたら?って言ってくれた。 でも、 そろばんは、卒業だ。 ボクがそろばんを持つことは、その日が最後となった。 ほめてくれて、残念がってくれてありがとうございました。ずっと、忘れません。 いつものようにボク達は社会教育センターとなった元仮住まいの母校のグラウンドで“野球”をしていた。 軟球で、軟式グラブで、そして、そして“金属バット” 東京に住まいを移した、おじいちゃんおばあちゃんが入学祝いに送ってくれたのだ。 ボクは毎晩金属バットと軟式グラブを“抱いて”寝ていた。 おっ、金属バット持ってるんか? 高額自転車に乗ってやって来たのは“かっちゃん”だ。 そう、あの根性無しの、中学一年生の、かっちゃんだ。 中学生になり野球部に入部し、3日で辞めた、正真正銘の根性無しだ。 かっちゃんは一人っ子で甘やかされて、ワガママで、商売人の息子で、お母さんがだいぶ歳とってからの子供で、お父さんは中学・高校の野球部OBで今は“審判員”をしている。ソフトボールの大会でも“主審”をしていた。当時、まだ金属バットは珍しく高額品だった。かっちゃんは金属バットを持っていた。 “役立たずの金属バット” “宝の持ち腐れ” 根性無しは大っ嫌いだ!! アキ、野球部入るんやろ? ボクは皮肉を込めて言ってやった。 かっちゃん、野球部辞めたん? たった、3日で辞めたん? …………。 ふんっ!!ホンマ根性無しや… ーー険悪ーー アキ、野球部入るんやったら練習手伝ったろか? はぁ? ボール投げたるから打ってみる? はぁ? 打ったことないやろ? そう、ボクはアンダーハンドからのボールは打てるがオーバーハンドから投げる球を打ったことなんて無かった。 かっちゃん、投げれるん?軟球、マウンドから“ちゃんと”投げれるんか? まわりのみんなが笑った。 あはははははは… ー険悪の極致ー 投げたるから打ってみるか?って言うてるやろ? じゃあ、投げても、ええよ、 ニヤリと笑う根性無し。 かっちゃんは新品同様の高額グラブを持っていた。 一年前に買ったグラブなのに新品同様なんて、、笑ける。 心の底から軽蔑した。 よしっ!勝負やっ! ヒット打ったらアキの勝ち、三振取ったらオレの勝ちっ!! ーはぁ?三振?ボクは西播大会出場チームの三番バッターやぞっ!!ー ええよ、勝負しよっ!! 一球目・ど真ん中のストレート 大きく空振り… えっ!? 二球目・ど、ど真ん中のストレート 大きく大きく空振り… えっ!?えっ!? 三球目・ど、ど、ど真ん中のストレート 三球三振… えっ!? アキ、野球部入るんやったら、もっと練習せなあかんで!ソフトボールとは違うんやで!あはは… 根性無しのかっちゃんは勝利を噛みしめながら颯爽と帰って行った… ポキンッ! って音が、した。 必死で励まそうとする仲間達の声の向こうで、 ポキンッ!って鼻っ柱の折れる音がした。 コワイッ!! 初めてマウンドから投げ下ろされる軟球に“恐怖”を感じた。きっと根性無しの野球部員でもないかっちゃんが投げる球なんだから“へなちょこボール”だったと思うが、その球に、この、ボクが“恐怖”を感じた。 ポキンッ! クヤシくてクヤシくて、情けなくて情けなくて、この怒りは一体なんなんだ? 眠れなかった。 “敗北感”を初めて知った。 今までだって試合に負けたり、三振したことだっていくらでもある。太子町で見たあの速球。初めてのサッカーでスコア0ー9で負けた時、さわやかだった。上には上がいるんだ、と身を持って知ることが出来た。もっと練習しようって素直に思えた。 なのに… この、敗北感は何なんだ?、情けなさは何なんだ? ボクはパパにお願いして遠方にある“バッティングセンター”に連れてってもらった。 オーバーハンドから投げ下ろされる球を何千円分も打った。手のマメがつぶれても打った。恐怖も感じなかったし、ポンポンヒットも打てた。パパはほめてくれた… でも、気分が晴れることは無かった。 あの、セツナサの訳は、あの時は、わからなかった。 チキショウチキショウチキショウチキショウチキショウチキショウチキショウチキショウチキショウ… ボクは孤独を知る。 明日は卒業式だ。
2010.08.08
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ー熱中時代ー もっと強く抱きしめてよ奪われないように かたくかたく折れるほどに その手で抱きしめて~ 木枯らしのふたり。 透き通るような肌と大きな瞳の伊藤咲子の歌うこの歌が好きだった。そして、一年後、まだ見ぬ仲間達とのテーマ曲となる。 中学生となる時期を控えてボクにふたつの新しい仲間が加わった。 “五段式切り替え自転車・ディスクブレーキ” そして、 “軟式グラブ” 自転車は通学に使用するために買ってもらった。 “49000円” 驚くほどの高額品だ。カタログを取り寄せオーダーメイド。 そんな時代。 誰にも言えなかった事がある。“ウソ”をついていたことがある。当時は中学生になるということは一大イベントのお祝い事だったのだ。大袈裟でもなんでもなくホントにそんな時代だったのだ。量販店とかディスカウントショップなんて無く、値引きなんてゆう概念すら無かった。地元の自転車屋さんでカタログの定価で購入する。自転車屋さんは町内指定、学校指定店での購入が義務付けられていた。 “絶対値” 自転車屋さんは、毎年新中学生の自転車販売で生活が成り立っていた。 親は競って“高額自転車”を購入したのだ。 子供のお祝いとゆうのがほとんどだとおもうが“見栄”とか“世間体”とかもあったんだと思う。だって一目瞭然、乗ってる自転車の価格は共通なのだから… 今年の流行は、 “五段切り替え式・オイルディスクブレーキ・スポーツタイプ”だ。 価格は“57000円” ボクはこの日のことを永遠に忘れない。 ウエダもクロダもタブチもモリデラも同じ東町の同級生は“57000円”をオーダーした。他の同級生たちも多くがそうだったろう。パパもママも“57000円”がカッコイイと言い、当たり前のように購入しようとしてくれた。 ボクの、 こころのどこかの、 ボク自身も知らない、 ボクが、 沸騰した。 ボク、ディスクブレーキの自転車がいい、 47000円のが欲しい。 ボクは、そう言った。 無意識下のボクがいた。 涙があふれてきた。 パパとママは驚いたろう、不憫に思ったのかも知れない。パパは傷ついたかも知れない。それほど“ナイーブ”な問題だった。 ママもなぜだが泣き出した。 パパはこう言った。 みんなと一緒の自転車が欲しくないのか? ーみんなといっしょ、みんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなー ボクは、涙が止まらなくて答えられなかった。 まったく、自分でも理解出来なかった。 アキ、パパが一生懸命働いてるのはな、お前達をしあわせにしてあげたいと思ってるからやぞ、何不自由なく育ててやりたいからやぞっ、親として立派に役目果たしたいからやぞっ… ボクの家は貧しくなんてないのは知っている。今までだって好きなこと、やりたいと思ったことは好きなだけやらせてもらってる、オルガン教室、そろばん教室、習字教室、英語教室、野球、サッカー、毎月のおこずかいだってもらってる。 ボクにもなんでだかわからないのだ。涙が止まらないのだ。 パパはどこまでもどこまでもどこまでも、永遠にやさしい…そしてカシコイ。 こう言って、くれた。 アキ、パパからお願いがあるんや… ………。 ー涙が止まらないー パパとママにな、親としての責任を果たさせてくれんかなぁ… ー涙が止まらないのだー あかんかな?パパは一番カッコイイ自転車、アキにプレゼントしたいんや、買ってあげたいんや… ーどうしても、涙が、止まらないのだー 必死に、 必死になって、 ボクは、こう答えた。 ボク、47000円の自転車が、欲しい。 パパも泣いた。 ボクは知っている。新しい自転車を買ってもらえない子供もいること、兄弟のお下がりの自転車に乗る子供もいること。 でも、そんなことが理由じゃない、と思う。 ボクは見てきた。 パパが汗びっしりになって働いている姿を。朝早く起きて、無言で不味そうにスタミナジュース飲んで仕事に行く後ろ姿を。暗くなるまで働いて働いてクタクタになって帰ってきた時、ボクやヒロシやママが、おかえりーって出迎えると、うれしそうに笑ってくれることを。ママにいつもマッサージしてもらってることを。 でも、それが理由じゃない、と思う。 ボクが一度言い出したら、こうすると言ったら止まらない子だとパパもママも知っている。 ボクは“偏屈な子”という“称号”をママから頂戴しているのだ。 そうか、アキがそこまで言うなら、なにかあるんやろう… ………。 ーそんなの、その時のボクにはホントワカラナカッタノダー わからなかったから、答えられなかった。 だから、 黙ってた。 無言だった。 するとパパは、こう言った。 そうか、パパにも言えないほど大事な理由があるんか… ーそんなの、ナイと思うけどー パパは言ってはイケナイ一言、イヤ、教えてはイケナイヤツに知恵を授けてしまった、のだ。 こう言った。 わかったよ、アキ。パパが間違ってたのかも知れんな。親の勝手押し付けてたのかも知れんな。アキの好きなようにしよう。それでアキが喜んでくれるならパパもママも納得やぞ。 ボクは、 僭越ながら、 無限のアドバンテージを 獲得する術を、 知ってしまった。 “コエナキコエノアツリョク” その代わりと言っちゃなんだが、ボクは、その当時の憧れの軟式グラブを買ってもらった。 通常のグラブの倍の価格だ。 自転車とグラブを足せば、泣いて断わったあの自転車の価格を上回っていた。 カンドウをヒンシュクに… 偏屈な子供の面目躍如! あははははははは… 一年後にボクは担任からも称号を頂戴することになる。 “ズルい子” それを“誉め言葉”と喜ぶようなヤツになるのは先の話。 ボクは、また少し学んだ… 仰げば尊しは近い。
2010.08.07
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ー熱中時代ー あの子はどこの子 こんな夕暮れ しっかり握りしめた赤い風船よ… 恐ろしくかわいい女の子が、恐ろしく音痴だった。 ホームコメディドラマ “寺内貫太郎一家” 忘れられない名言がある ユウキチホ(現・樹木希林)扮するおばあちゃんと西城秀樹扮する孫との絶妙の掛け合い。 食事が遅くいつまでも口の中でモグモグやってる孫におばあちゃんは言う。 “あんまり噛むと、口ん中で、ウンコになっちゃうよ…” “きたねぇなぁ、ばーちゃん” で、ちゃぶ台ひっくり返してドタバタドタバタ。 なんでおぼえてんだろ? 新年1975年を迎えた。 ボクは初放映となる“宇宙船艦ヤマト”は見ていない。ボクが夢中で見ていたのは、 “猿の軍団” であり、8時からは、 “日本沈没” ノストラダムスの大予言と似たような世紀末絵巻。 五木ひろしが歌う主題歌がまたよかった さよならと言わないで 今は微笑みを いつかまた巡り会える光と風のように… なんでおぼえてんだろ? 大切なことは忘れない… 寒い寒いある日、ウエダから呼び出しがあった。 こんにちわ~ めずらしくそこにはクロダも来ていた。 どうしたんや? 実はな、マツモト先生から電話もらったんや なんて? マツモトジョウセイ先生とは四年生の時からの長いつきあいだ。ボク達にサッカーの扉を開いてくれた、旅することの楽しさを教えてくれた恩人だ。 オレらもうすぐ中学生やろ? うん、とクロダ 当たり前じゃ、、とボク オレら野球部入るやろ? うん、とクロダ 当たり前じゃ、とウエダ。 あはははは… 三人で笑った。 中学校にはサッカー部は無いんや、 へぇ、と二人 でな、アキとクロダは、、サッカー好きか? はぁ?? だからなんやねんウエダ。お前らしくないでー。 ウエダはコカ・コーラを飲んで、こう言った。 マツモト先生がな、中学生になってもサッカーやらんか?って… はぁ?? もしも、オレらがやりたいならFCサッカー中学部、作ってくれるって… はぁ?? 話はこうだ。 中学校のクラブ活動は野球部に属し、教育委員会が運営するジュニアサッカーチームを新たに作りそこに参加する。 条件は、 ウエダとクロダとアキが揃って参加すること。 えーーーっ!ようわからんなぁ… つまりや、オレら三人がサッカー続けたいなら、マツモトジョウセイ先生がサッカー部を作ってくれる。三人がやらないならサッカー部は作らない。 そういうことや。 で、家帰って親と相談してくれって! 迷うことなんてなにもなかった。マツモトジョウセイ先生とサッカー続けられるなんて、ボク達の為にチーム作ってくれるなんて… パパは、こう言った。 アキ、お前はしあわせな子供やぞっ。ありがたいことやぞっ。頑張ってやったらええ… ウエダは他のチームメイトにも声をかけた。参加するもの、しないもの、それぞれだ。 サッカーは自由で有機的でセクシーなスポーツなのだ。 マツモトジョウセイ先生はボク達にこう言った。 そうか、サッカーが好きか?一緒にやりたいか? ステキな笑顔だった。 マツモトジョウセイ先生はすでに準備をしていたのだ。こうなるとわかってたかのように… ユニホームは “アルゼンチンモデル” スカイブルーとホワイトの太いストライプ 背番号は黄色に紺色の縁取り ゼッケンは ウエダ・8番 アキ・9番 クロダ・10番 ボク達はドイツサッカーが好きなのになんでアルゼンチンモデルなんですか?とクロダ。 マツモトジョウセイ先生は“待ってましたっ!!”とばかりにこう言った。 君ら三人は好き勝手自由気ままに動きまわるやろ?三人とも自分でシュートしたいやろ?得点したいやろ? “異議なしっ!” と、ボクは言った。 ウエダもクロダもポカ~ンと呆気にとられてる。 あはは。われら青春で先生に向かって生徒達が連呼してたのをパクったのだ。 大切なことはテレビドラマで学んでるのだ! マツモトジョウセイ先生からのステキなステキなバレンタインプレゼントだった。 もうすぐ、小学校卒業なのに、その頃の思い出がまったくないのはなぜなんだろう? 答えは遠い未来のボクが知っている。 もうすぐ、卒業だ。
2010.08.06
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ー熱中時代ー 悲しみに出会うたび あの人を思い出す こんな時そばにいて肩を抱いてほしいと なぐさめも涙もいらないさぬくもりが欲しいだけ 人はみな一人では生きてゆけないものだから… “われら青春”もいよいよクライマックスだ。 大切なことはテレビドラマで学んだ。 友情とか青春とかはテレビの中の物語だった。 そんな9月25日(日) 小学校最後の運動会は、ウエダの独壇場で締めくくられた。 徒競走然り、鼓笛隊パレード・トランペット演奏然り… この日のウエダはボクとふたりでいる時のヤツの姿だった。 “認めてやれば応えることの出来る子供なんです”…未来のテレビドラマのワンシーンが見れた、気、が、し、た、 そして、 10日10日・体育の日。ボク達ソフトボールチームは沢山の応援団を引き連れて“太子町”へやって来た。 井の中の蛙 大海を知らず ボッコボコに打ちまくられ、 クルンクルンとボク達のバットは空を切った、 あんなに打たれるとは… あんな速い球投げるとは… ー永遠に、楽しいー ボクがソフトボールに触れたのは、この日が最後になった。 ウエダのお父さんでありソフトボールチームの監督でありボクの最初の師に言われた言葉をボクは忘れない。 アキ君、よう頑張ってくれたなぁ。 ……。 おっちゃんも楽しかったでぇー。子供会のチームが西播大会に出れるなんて夢みたいやった。 ー対戦相手はリトルリーグの選手達だったのだー アキ君、中学校行ったら野球部入るんやろ? はいっ! うちのマサヒロもやると思うからクロダ君と三人頑張りや。 はいっ! おっちゃんは小声になり囁くように、こう言った。 マサヒロには内緒やけどな… はいっ! 野球の素質はアキ君が一番やっ!! はいっ! 応援してるから頑張ってな… はいっ! それからマサヒロのこともよろしく頼むで… ………。 なんて言ったらいいのか言葉が出て来なかった。 よしっ、みんな、よう頑張ったぞーー。帰りにおっちゃんアイスクリームごちそうするからな わーーーーーーいっ! 2週間後… ボク達六年生は“修学旅行”で“奈良・京都”を訪れた。 奈良・東大寺の大仏殿の柱くぐり、 奈良ドリームランド遊園地 京都・清水寺、金閣寺 そして、 ま・く・ら・な・げ ボク達は希望通りにイノブ先生に見つかり、旅館の廊下に正座させられ、シカラレタ。 ー永遠に楽しいー 日本刀のミニチュア と、 “根性”卓上カレンダー は、 永遠だ。 あの坂の道で二人言ったさよならが 今もそうよ聞こえてくるの また眠れなくてひとり窓に寄り添えば 今日も星がとてもきれいよ あなたのもとへいそいそと 季節の花を抱えては 訪ねたのあれはまるで遠い夢のようね あんなに素晴らしい愛が 今はなぜに届かないの あなたのあの胸に… 天地真理に夢中だった。 それが… キャンデーズ、ランちゃんの登場でボクは、 “こころ変わり” したのだった。 こうして1974年も終わりを迎え、ボクは12歳になった。
2010.08.05
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ー熱中時代ー マリンブルーのタオル地Tシャツに水色の40cmフレアーGパンに厚底サンダル イケてる六年生のトレンド。そんな時代。 ーぶらんこぶらぶらー アキ、宿題やったんか? やるわけないやろっ!! やなぁ あはははははは… 夏休みの宿題なんて始業式の朝、学校でスギモトカズマサ君にみせてもらえば間に合う。 絵日記は横須賀の海とサッカーボールとバットを日替わりで書いておけば出来上がりだ。当然、お天気はすべて、晴れ晴れ晴れ晴れ晴れ晴れ、時々くもり。 スギモトカズマサ君の答案を数カ所間違えておくのが大切なのは言うまでもない。 ウエダはニシヤマカオリと“別れた”のだそうだ。 アイツ、性格悪いわっ! そうなんかぁ、性格悪そうな顔してるもんなぁ… あはははははは… ひとりで笑った。 アキは彼女欲しくないんかぁ? あのさぁ、毎日お前と遊んでて、サッカーやって、野球やって、アユ取りして、ポテトチップとコカ・コーラ飲みながらゴロゴロしてたら彼女なんて出来んやろ? そんなことないやろ?誰か、ええなぁーーって思う子おらんのか? おってもお前には言わんっ!! ………。あっ!! 一年前の苦い思い出がよみがえったのだろう。 あはははははは… ウエダが笑った。 今日はラジオ体操最後の日だ。皆勤賞のボク達は、鉛筆と学習帳と花火セットをもらった。 明日で夏休みも終わりやなぁ うん、おもしろかったな うん、また学校始まる思うたらさみしいわ なんでや? えっ?! なんで夏休み終わって学校始まるのがさみしいんや? なんでって… このまま夏休みが続いたらオレらは、ずーーーーーっと六年生のままやぞっ!! はぁ???? ずっと六年生やってたら、次々とみんなに追い越されて長男が次男になってまうぞっ!! なにぃー????? ずっと六年生の夏休みやってたら、そのうち野球にも飽きてサッカーもイヤになって夏休み終わったらええのにーって思った時にはもう戻れんかったらどうする? なにぃーーーっ!! それに… もうええ、わかったから、許してくれっ!! わかってくれたか? あははははははは… ー永遠に笑ったー アキ… なんや? お前は、ヘンなヤツや ……。 ずっと一緒に遊んで、おんなじこと見てるのに、オレが思わんこと考えてる… ……。 どんなふうにしたら、さっきみたいな事言えるようになるんや? ………。 前から思ってたけど… なんや? お前と遊んでる言うたらオヤジもオカンも何も言わへん。なんでやろ? そんなこと知るかっ! お前んとこのおっちゃんもおばちゃんもオレに優しくしてくれる。なんでや? それは、オレの友達やからや!! ……。 なぁ、ウエダ ん? そんなことどうでもええん違うか? ん? 夏休みがあるから遊ぶ。学校始まったら学校で遊ぶ。六年生終わったら、 中学生になる、やな? あはははははははは… ふたりで笑った。 ボク達の、ぶらんこぶらぶらはこの日で永遠に終わった。 ボク達は子供なのだ。日々成長し、新たな価値観に出会い格闘し、そして新たな価値観に出会う。 去年の夏休みも楽しかった。一年生の二学期も楽しかった… だから、 明日だって、来年だって、楽しいに決まっている。 アキ、お前はヘンなヤツや。だからお前は友達や…。 ウエダ、お前はオレの言うことを理解してくれるヤツや。だからお前は友達や…。 友情は、かわらんよ。 ボク達の二学期が始まる
2010.08.03
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ー熱中時代ー 夏休みの我が家の恒例行事は色々ある。すべてパパの意向とボクとヒロシの希望による。 海水浴は必ず鳥取県へ行く。同じルートで同じ店に立ち寄り同じ時間を過ごす。 朝7時に出発する。家族の一員であるイヌのシロも一緒だ。国道373号線を北上しやがて岡山県境の峠の頂きに到着する頃、シロは車酔いするのだ。そして、そこには喫茶“杏里”がある。 店主のおばちゃんはボク達の事を覚えててくれて今年も変わらぬ再会を喜んでくれる。 ミックスサンドイッチとクリームソーダがボクとヒロシの変わらぬオーダーだ。パパとママはアイスコーヒーモーニングだ。 車酔いなどと言う我が家の家訓を守れぬような奴は喫茶“杏里”の臨時の番犬となるしかない。ようするに“置いてけぼり”だ。 シロのセツナイ遠吠えをBGMにドライブの再開だ。 ー志戸坂峠ー 当時はトンネルなんてなくて峠道をクネクネクネクネクネクネ…危うくシロの二の舞になりそうになるころ頂きを超える。 ー鳥取県ー 川の流れが変わる。それが不思議でならなかった。 峠道が下り終わったところの川沿いにあるのが、喫茶“シルクロード” 決まり事なので仕方がないのだ。 ボクとヒロシはコカ・コーラに特製ハンバーガー、パパとママはアイスコーヒー。 再会のセレモニー。 昨年の記憶を辿りながらの道のりは楽しくて安心出来て幸せな気分にさせてくれる。 2時間余りのドライブの行き着く先には紺碧の日本海。 白兎海岸、浦富海水浴場など数多くの著名な観光スポットが存在するが、ボク達家族は迷わず一直線!! “鳥取砂丘” 混み合う前に目的地に到着すべしっ!!が、家訓。 よしっ、リフトに乗って行くぞっ!! わーーーーいっ! ジリジリと灼ける砂浜。裸足で駆け抜ける子供がふたり。 微笑ましく見つめる両親。 絵に描いたよう、とは、まさに、この光景を言うのだろう… 日本海の荒々しい波と遥か向こう、対岸は異国だと言う高揚感が人々を開放的にするのだ。 胸元あらわな眩しすぎるビキニ姿のおねえちゃんと目線が会う。 ドキドキドキドキ じっと硬直し堂々と舐めまわすように見つめるヒロシ。 パパが一番嬉しそうなのは言うまでもない。 ーずっと、楽しいー いつかボクも大きくなったらビキニの彼女を連れてここに来よう… ねぇ、ねぇ、 遠い未来からの声が聞こえたような、気 、が、し、た。 夕暮れ時にはまだまだ早い時間、我が家は海岸を後にする。 灼熱の砂丘を舞い戻る途中に“ラクダと記念撮影” これも我が家の決まり事なのだ。 砂丘だからラクダと言う安直すぎるシチュエーションも、変わらず、楽しい。 駐車場前にあるドライブインでソフトクリームを食べ、おみあげを買い、食事をする。 “とんかつ定食” 帰り道、クタクタになるまで遊んだヒロシと日傘なんて気休めにもならなかったママはクーラーと共に夢の中… アキ、おもしろかったか? うんっ! また、来ようなっ うんっ! 疲れたやろ?アキも寝てていいぞっ 大丈夫っ!!ドライブ好きやから起きてるっ!! そうか… うんっ! ー永遠に楽しいー 夕暮れ間近かな時間に無事喫茶“杏里”に到着。 シロは、これ以上振れません、という程ジッポ全開。 コイツは果たして何しにきたのだろう? 楽しかったのか? コーラフロートを飲みながら、思う。 いつか大きくなったら彼女を連れて喫茶“杏里”を訪ねよう… 遠い未来からのささやき ねぇ、ねぇ、 ささやかな家族の団欒。 この日を、変わらず迎える為にパパはどれほど頑張ってくれているかなんて思いもしない。 子供は残酷だ。 海水浴の一日の最後は、寿司屋“喜楽”で“かっぱ巻き”と決まってた。 パパとボクとヒロシ、三人で入るお風呂。 真っ赤に焼けた背中の痛みは、永遠だ。 ねぇ、ねぇ、 もうすぐ夏休みも終わる。 少年時代最後の夏だった。
2010.08.02
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ー熱中時代ー “夢中”とは今、この時のボクのことを云うのだろう… 誰に指図されるでなく、ハッキリとした目的があるでなく、ひとりでただひたすら“的”に向かいボールを投げ、ただひたすらバットを振り回し続けた日々。夏の全国高校野球選手権大会の“HOTOKU”のエンブレムに憧れ、興奮し、試合の合間にボールを投げ続けた… プロ野球の読売巨人軍のテレビ中継に見入り、ルールを覚えた。 気がつけばボクは誰よりも遠くに、誰よりも速い球を投げ、誰よりも遠くにボールを飛ばせるようになっていた。 毎週、土日はソフトボールの練習があった。監督はウエダのお父さんだ。好きでやるスポーツほど楽しいことはない。ほめられ、励まされやるスポーツほど楽しいものはない。 そんな子供が三人いた。 一番・サード・クロダ君 三番・ピッチャー・アキ君 四番・ショート・ウエダ君 ー永遠に楽しいー ボク達のチームは校区内大会で優勝し、町内大会で優勝し、秋の体育の日に開催される“西播大会”への出場権を獲得した。 町内初の快挙!! パパとママも夢中になった。かわいいかわいい息子がエースでクリーンアップでサウスポーなのだ。 末は、江夏か、貞治か… みんな“夢の中” そんなボク達チームにささやかな子供会からの贈り物が与えられた。 “駄菓子券50円” 練習に参加するたびに参加者全員に町内駄菓子屋さんで使えるチケットが配られる。ジュースは駄菓子券とは別に一本もらえた。“チェリオグレープ”をのみながら“ヨーグルト菓子”とか“ニッキ飴”とか“チロルチョコレート”とか“ベビースターラーメン”とか“黒糖菓子”とかをみんなで食べた。 “熱射病”とか“熱中症”になる子供なんていなかった。顔や腕に塩がふいて汗も出なくなって寒気がするようになっても、倒れたり、休んだりする子供なんていなかった。 だって楽しいんだもん、休憩時間には飲みたいだけジュースが飲めるんだもん、、そしてパパやママや周りの大人達が笑顔でほめてくれるんだもん… すっかり有頂天なクロダとウエダとアキだった。 クタクタに疲れた駄菓子屋でキャプテン・ウエダが言うのだ。 昼からみんなでプール行こうやっ!! さんせーーーーい!!! 夏休みは永遠に楽しい。
2010.08.01
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