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山岳民族とじゃれあうMr.Jean メーホーソンウインターフェスティバルに遊びに来ていた 首長族の人達とテーブルを一緒にする(上)ミャンマーのシュエダゴンバゴダ(下) 首長族の村へのガイドをしてくれたのは、メーホーソンでゲストハウス“ジーンズ・ハウス”を経営するMr.Jean。彼はメーホーソンでも数少ない首長族とコミュニュケーションのできるガイドとして有名です。村を訪問中Mr.Jeanは1軒1軒の家を周り持参したお土産を配っていました。また子供を見つけては“言葉”みたいなものを交わしてはじゃれあっていました。首長族の人達もしきりに何かを口にしながらMr.Jeanとじゃれあっています。あとから聞けば民族の言葉で“アホ”といっていたらしい。もちろんツアーには料金がかかる、Mr.Jeanも商売でやっていることは事実なのだが、一生懸命彼らを保護しているように見えた。他のガイドのツアーを見たわけではないのでなんともいえないのだが、おそらくMr.Jeanほど彼ら方信頼を受けているガイドはいないだろうと思う。ある夜、町の広場で“メーホーソン・ウンターフェスティバル”なるものが行われるからとMr.Jeanが宿泊客を送迎用の車を使って連れて行ってくれた。このお祭りでは食べ物の屋台や中古服をうる屋台、ムエタイの試合などのイベントも行われていた。Mr.Jeanは裏口から僕達をムエタイの会場へ入れてくれた。びっくりしたのは首長族の人達が普通に歩いていたことでした。首長族の人達を見つけるやいなやMr.Jeanはひとつのテーブルに集めビールやジュースなどを配っていた。なんとなく温かい気分になった、もちろんMr.Jeanの人柄を見せ付けられたからである。宿泊客はめったとないこんな機会に喜んでいた。Mr.Jeanには子供がいない。ゲストハウスには女の子が二人と男の子一人が泊り込みで働いている。女の子達はお母さんの手伝いを、男の子はMr.Jeanの手伝いをしている。常連客に聞くところによると彼らはやはりミャンマーからの難民らしい。Mr.Jeanはミャンマー人を引き取って育てていたのでした。ミャンマー人の女の子にそれまで旅してきたミャンマーの写真をみせたところシュエダゴンバゴダ(ミャンマーでは一番ありがたく有名なお寺)を見た途端、二人して写真に手を合わせて涙をながした。なんとも複雑な思いにかられた。
2004.11.19
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観光客にみやげ物を売る首長族の親子腕には手製のブレスレットと腕時計がある(左)カメラを向けると立ち止まり写真に収まる首長族の女の子達(上)メーホーソンの観光の目玉はなんといっても首長族の村の訪問。小学生の頃“水曜スペシャル”の川口浩の世界に気持ちもはやる。ゲストハウスのオーナーMr.Jeanの日帰りツアーに参加しました。舗装されていないでこぼこ道に揺られたどり着いた小さな集落。集落に入るには入場料が250B(当時)かかる。ビデオカメラ持込ならさらに400B(当時)かかる。入場料を払うということになんとも不思議な感じがした。村の中では無邪気(?)に遊んでいる子供達や1件1件を訪ねてまわる。村の中にはお土産物をうる小屋があり、首長族の親子が座る。女の子の腕には腕時計がある。拍子抜けした気がした。そこには川口浩の世界はなかった。ここもボロブドゥールの遺跡と同じか(過去のBLOG参照http://plaza.rakuten.co.jp/easytravel/diary/200409240000/)と思った。ガイドのMr.Jeanから首長族のおかれている状況について説明を受けた。残念ながら英語力の乏しさから全部を理解することはできませんでしたが、おおむねこんな感じだったと覚えている。首長族はもともとミャンマーの少数山岳民族で宗教がらみの闘争でミャンマーから逃げてきた難民であるらしい。難民であるのでタイの国籍はないとのこと。もちろんタイ語は話さない。タイ政府の保護の下に生活をして、自らを見せるということで収入を得ている。そのためか、小さな子供達にカメラを向けると立ち止まりカメラに収まる。でもどこか義務的な様子が表情からみてとれる。その説明を聞いたあとなんとなく重い気持ちになった。Mr.Jeanは付け加える、だからこそ彼ら彼女達のありのままの姿をみてほしいと。それが彼ら彼女達のためなのだからと。(Mr.Jeanの人柄エピソードは後日書きます)
2004.11.16
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先日スカイマークエアラインズがエア・ドゥに合併を申し込んだBLOGを書きましたが、その続編です。エア・ドゥは、ANAとの(結婚を前提とした?)交際がいい感じで続いてるので、スカイマークからの求婚をあっさり断ったようです。あわよくばエア・ドゥと結婚もしくは養子縁組を結び、一緒にANAにもらってもらおうかという(想像)望みはあっさりと消えてしまったのでした。どこの世界にもふられた者につけこむ奴らはいるようです。JALが伊丹=関空に参入を表明しているスカイマークに同路線でのコードチェアをもちかけ、スカイマークもあっさり受け入れてしまいました。JASを無理やり子分にしたものの、出来の悪い子分なため尻拭いばかりをしてまわる日々(最近のJAL機のエンジントラブル等のほとんどは旧JAS機)のJAL。優秀な子分達を手に入れた(中日本エアライン、IEBEX:旧ファアリンク)ANAがうらやましさに気が狂ったのか。同じ時期に格安航空会社として大手をぎゃふんといわす同胞だと思っていたエア・ドゥにふられ、行き先がなくなったスカイマーク、やっぱり大手にくっついて生きていくしかないのか。夜空に輝くシグナスも赤い太陽にはかなわないのか。やばい!、スカイネットアジア航空が狙われるぅ~
2004.11.15
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滑走路脇から離陸機を激写 小型ジェットのB737でも迫力はすごい! なんとも素朴なこの風景 背景の山々がいい味だしてます どこからが空港か・・・ メーホーソン空港 最終便が離陸すると 滑走路はジョギングコースになる 名前の印字さえないボーディングパス シートアサインも手書きです タイの東北部にメーホーソンという町があります。首長族で有名な小さなこの町に滞在したときのエピソードを何回かに分けて書こうかなと思っています。初回は飛行機好きな旅・放題らしく空港と飛行機の話しから。案外知られていないのですが、タイへ向かう国際線はそのほとんどがバンコク着になり、北部の空の玄関口チェンマイ空港発着の国際線は本当に少ないです。そのチェンマイへはミャンマーのヤンゴンからエア・マンダレィで入り、数日過ごしたあとタイ国際航空のB737でメーホーソンに入りました。メーホーソンは本当に小さな町。そんな小さな町にジェット機が毎日4便チェンマイからやってきます。しかもほぼ全便満席にちかいというから驚きです。搭乗客のほとんどが観光客で、そのまたほとんどが欧米人というなんとも不思議なフライトです。料金がびっくりするほど安くわずか40分のフライトですが片道TB345(約920円)。東京=大阪(伊丹)が50分のフライトで一番安い便でも9000円というから、その安さが際立ちます。空港はご覧のとおり、どこからどこまでが空港なのかわからないほどのローカルさです。ボーディングパスには名前も印字されず、シートアサインは手書きです。夕方最終便が離陸するのを滑走路脇から写真をとりました。B737はジェット機の中では一番小さいのですが、でも目の前で見るとど迫力です。最終便が離陸してしまえば滑走路は、格好のジョギングコースになります。一度は歩いていたみたかった滑走路でした。おまけの写真ミャンマーのヤンゴンで出発を待つエア・マンダレィのATRチェンマイ行きじつに搭乗客は私を含めて3名CAはチェンマイで免税品を買いまくる!プロペラ機でもやっぱり国際線朝でも昼でも夜でもたぶんこうゆう軽食
2004.11.12
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さて、さて、ニュースの拾い読みで申し訳ありません。スカイマークエアラインズがエアドウに合併を申し入れていることがわかりました。元ネタリンクhttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20041105-00000625-jij-bus_allよくこちらの友達からには意外といわれるのですが、個人的にあまり新規参入の航空会社は応援してません。偉そうなことはいえないのですが、話題ばかりが先行しすぎて必ずそのことに応えきれなくなる日が来ると思っていたからです。新規参入会社のおかげで国内航空運賃が下がったというメリットがあったものの、会社本体が儲かっていなければ意味がありません。沖縄に作られたレキオス航空は機体まで準備しながら就航を待たずに倒産してしまいました。マラソンの高橋尚子選手のスポンサーになり男性客室乗務員だけのフライト等話題満載だった宮崎のスカイネットアジア航空は今や産業再生機構のもとにあります。エアドウは結局ANAと仲良くなることで生き返りました。(いつかエアドウの塗装が黄色と水色の2色でANAのようなストライプになるような気がして・・・)結局大手2社にはかなわないんでしょうかぁ。それでもがんばれスカイマーク(心からは思ってないけど)。
2004.11.06
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慰安旅行の醍醐味?宴会風景写真UPする必要もないのですが、ご愛嬌で(^^)東京で真面目に会社勤めをしていた頃ど~しても、ど~しても嫌だった行事があります。それはお歳暮商戦決起パーティと慰安旅行でした。社員旅行でなくて慰安旅行なのは、職場がスーパーだったから。パートさんがお店の財産であるスーパーで、新入社員の慰安旅行での役割は、もちろんパートさんのご機嫌とり、いや心からの慰安であります。名所どころではカメラマンになり、観光バスの中では演歌を歌い(島倉さんの“人生いろいろ”をうたいました)、宴会ではお酌お酌です。これも気持ちよく働いていただくためです。そろいの浴衣にエライさんの乾杯のご発声、そんな絵に書いた慰安旅行も1度だけ。2年目からは「大阪に帰省します」といってぶっちしてしましました。慰安旅行も旅のうち?ちなみに最初で最後の慰安旅行の行き先は鴨川シーワールドのあるなんとか温泉でした。
2004.11.04
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朝の恒例行事全員規律で国歌斉唱バンコク・ファランポーン駅駅のマルチヴィジョンでは国旗がたなびくネットニュースで天皇が国歌・国旗について発言されたとかなんとかという記事が出ていました。先日カンボジアで新しい国王が即位されたとか。良い悪いは別として、個人的には国の象徴となるものがあるのはいいのではないかと思います。写真はバンコク・ファランポーン駅の朝の風物詩(といってしまうと失礼なのですが)国歌斉唱であります。毎朝決まった時間になるとテレビからラジオから国家が流れてきます。タイの人達は皆さんご起立され(写真のように)国歌を斉唱されます。バンコクだけかと思いきや首長族の町で有名なタイの東北部メーホーソンに滞在していたときも、朝メシを物色しようと市場に入った途端この時間になり、ひとりアタフタしていたのでした。お札の肖像画にもなるタイの国王の人気はすごいようです。
2004.11.02
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ほぉ~、新札。テレビでは樋口一葉さんドラマ。もう変えるの?と思ってももう前作から20年もたっているらしいです。生きているあいだに2回もお札チェンジに会えるとは。オーストラリアの紙幣がプラスチックで出来ていることはあまりにも有名です。最初に見たときにはおもちゃにように思えました。破ろうとしても切れ目が入らず、折り曲げてもあとが残らず。半永久的プラッチックマネーです。じつはこのプラスチックマネー他の国でも採用されています。それはブルネイ。すべてのお札がプラスチックで肖像画はもちろん金種を問わず国王です。意外なところではタイランド。国王の在位○○周年記念で発行された限定版のようで(うる覚えなので間違っていたら訂正お願いします)、50バーツ紙幣だけプラスチックで作られたようです。肖像画はもちろん国王です。オマケに透明なスカシ(?)が入っていてお札の向こうがわが見ることができます。スキャナーで読み取りたいところでしたが、やばそうなのでオーストラリアやブルネイで体験してみてください。
2004.11.01
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