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赤いシリーズを書きながら、そういえばエアインディアも赤かったなぁと思いました。されど、エアインディアに搭乗とするとなるとそれなりの覚悟はできるので、かえってスムーズにいくと面白みにかけるかもしれませんね。もう、ずい分前の話になります。成田でエアインディアがディレイしてかれこれ4時間になると友人から電話が入りました。4泊のバンコクツアーで4万円台だったとのこと。しかもオーバーブッキングのため一人旅の彼はビジネスをとおりこしてファーストにアップグレードされたとのこと。後日談になりますが、エアインディアの機材はB747でファーストは2階に設置されていたらしい。滑走路で離陸に向けて加速し始めたとたん“ばたん”といって何かが倒れたらしい、そのさいスッチーに「押さえてください~」といわれたそうです。その後「エコノミーからのアップでしょう。それぐらい手伝ってね」と笑顔で言われたらしい。これくらいのことがなければ、エアインディアに乗った意味がないと友人は語っておりました。
2004.08.31
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スイス航空から送られてきた詫び状と粗品スイス航空のミスはこの粗品程度だったのぉ~?前回からの続きです。ホーチミンから関西へは純粋ベトナム航空。関西朝イチ到着の便です。自宅には11頃着きました。荷解きをしてまもなく決戦の地梅田へ。バトル1 VS JTBとんじゃおうこっちの言い分 店頭にて これこれこーゆーわけで迷惑こうむりました。JTBの言い分 店頭にて 今のところ何故そうなってしまったかわからない。至急調べて折り返しファックスするとのこと。JTBの言い分 FAXにて 当該区間の発券に際しスイス航空へ問い合わせをし、発券可との回答を得て発券をした。しかし、苦情を受けて再度問い合わせたところこの区間は発券不可と発券前と違う回答を受けこちらとしても困惑している。コンピューターによる予約ではなんの支障もなくOKがとれたので特に不都合はなかった。しかし、発券会社としてもう少し十分な確認をするべきだった。ご迷惑をおかけして申し訳ない。バトル2 VS スイス航空 ファックスを受けてスイス航空へも苦情のファックスを送る。こっちの言い分 JTBはこう言ってるがスイス航空ではどうなのか?スイス航空の言い分 11月頃旅行会社から予約に関する問い合わせがあったさい、予約課の職員が誤った回答をしてしまいました。シンガポール―ホーチミンは航空協定によりチューリッヒからまたチューリッヒへのお客様にしか販売できないことになっています。つきましては1月16日(当該便は1月20日:旅行開始は1月15日)にコンピューターを通じて旅行会社へは連絡し予約を削除した。その際代替便としてベトナム航空のビジネスクラスをご用意した。旅行会社への連絡が出発後になって申し訳ない。バトル3 VS JTB ファックスにてこっちの言い分 スイス航空はこう言ってるが連絡が入っていたのか?入っていたとしたら何故教えてもらえなかったのか?JTBの言い分 FAXにて スイス航空からは何も連絡は受けていない。代替便のことも知らない。再度調査して回答する。再度JTB(経由スイス航空)の言い分 FAXにて じつは同じ頃に同じようにこの区間の予約をとった方がもう一人いており、スイス航空はこの方に関して旅行会社への連絡し代替便を用意されたらしい。スイス航空はそれを処理した段階でもうひとつの予約には気づかなかったので、予約だけが取り消された状態だった。しかしながら1月16日には当社(JTB)のコンピューターには予約取消しのサインがでており、それを見落としていたのは当社のミスです。バトル4 VS スイス航空 ファックスにてこっちの言い分 JTBはこう言ってるがスイス航空ではどうなのか?何故代替便が用意されなったのか?何故11月に入れた予約の間違いに1月になってからしか気づけなかったのか?スイス航空の言い分 エライさんから直接電話で。 何を聞いても平謝り。何度あやまられても仕方ないので終わりにした。 こちらに反省点がなかったわけでもない。リコンファームを甘く見てはいけないと思った。スイス航空のエライさんは最後に「次にご利用の際は・・・・」といわれたが、スイスなんてそう何度も行く用事もない。今(2004年8月30日)となってはスイス航空さえない。恐ろしいのは空白の2ヶ月。それにもまして4日前にして予約を取り消す無頓着さ。後日スイス航空からは機内で販売されているであろうとリストウォッチが送られてきた。こっちが受けた迷惑は金額にして機内販売の時計ぐらいにしかならないようだった。予約取消しのサインを見落としたJTBからは何もなかった。だだをこねればJTBからもスイス航空からも何か引き出せたかもしれなかったけど。いつか回り回ってこのツケが旅で返されることえを願って終わりしました。未だに回ってないようですが。だから、赤い飛行機には気をつけろ!ついでに赤い旅行会社も!
2004.08.30
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シンガポール:チャンギ空港で出発を待つスイス航空のMD11JTBとんじゃおうで発券されたチケット上から5行目が問題のスイス航空のフライト赤い飛行機に気をつけろ!第三弾はスイス航空です。あっ、倒産する前の(笑)。やはり意外と思われる方もいらっしゃるのじゃないかと思います。先日発売されたエービーロードのエアラインランキングでもスイス航空をひきついだスイス国際航空(元スイス航空の子会社のクロスエアから社名変更)も無難に各分野でトップ10入りされていました。航空会社の印象は何も実際のフライトだけで決まるもんではありません。せっかくのスイス航空やったのにぃ。前振りが少々長くなります。少し前にHISについて書いたときに少し話題にしたのですが、ベトナムの旧正月を現地友達家族(ベトナム人)と一緒にお祝いをするためにベトナム行きの計画を立てていました。旅・放題的には直行便で飛んでも面白みがないので、IATAペックス運賃を利用しました。この運賃だと目的地までの直行マイルの1.2倍(間違ってたらごめんなさい)まで飛ぶことができ、回数に限りがあるもののストップオーバーもでき、航空会社も自由に選べます。自由になるぶん値段も高くて、格安航空券の約1.5倍くらいになりました。このチケットで関西発、シンガポールを最終目的地として往路香港・バンコクでST、復路ホーチミンシティでSTとすることにしました。イタナリーは以下のように組みました。 関西~香港( 台北経由 機内食対策 ) キャセイ航空 香港~バンコク ガルフエア バンコク~シンガポール フィンランド航空 シンガポール~ホーチミンシティ スイス航空 ホーチミンシティ~関西 ベトナム航空ヨーロッパの航空会社に乗る機会は限られてしまうので、フライトを探しまくって決めました。ベトナム航空以外すべて初搭乗でした。HISは役には立たなかったので、梅田のJTB格安航空部門“とんじゃおう”(当時)で発券してもらいました。(が・・)事件はチャンギ空港でおきました。シンガポール航空の客室乗務員をしている友人と空港へ、そしてチェックイン。航空券を手渡し搭乗券の発券を待っていました。ですが、コンピューターのリストからなかなか名前が出てきません。カウンターのお姉さんは「いつも遅いの」と余裕の笑顔。でも、出てきません。もう5分もたっています。航空券にはしっかりとスイス航空のフライトと名前が入っています、しかもOKサインもきっちり。やがてお姉さんが「シンガポールの前はどこから来ました?」との質問、「バンコクです」。お姉さん「・・・・・・」。マレー系だったお姉さんは、これまたマレー系の友人に英語ではない言葉であーだこーだ説明していました。友人いわく「シンガポール、ホーチミン間はチケットは売れないことになっている。この区間はチューリッヒから利用する方だけが飛べます。リストに載っていないので乗せることができません。」ということらしい。「えっ、でもここに航空券が・・・」と説明してもまったくだめ。この姉ちゃんじゃだめと思ってエライさんを呼び出して交渉、が、しかし返ってきた返事は「どこで発券してもらったのか?信用できるところか?発券したところに問題があるのでこちら( 航空会社側 )ではどうすることもできない。」ってあんたここに名前が・・・・じゃあこの航空券はウソ?。この時期のベトナムはテトのため帰国される方が多く他の便も満席で空席もなし。頭の中が真っ白になりました。とにかく現地JTBに電話で事情を説明。そしたらなんていわれたと思います?「大阪で発券されたものでしたら、こちらではどうすることも・・・今日は日曜日ですし・・・」「は?」。大阪までこちらから連絡をとれというのか。せめて代替案ぐらいだしてほしかった。いろんなこと考えた。チャンギのプールで泳げなくなるなぁとか、JTB現地係員を呼びつけてやろうとか、次の日に大阪行きのファーストクラスのチケットをカードで買ってJTBに請求してやろうとか。人間窮地に立たされると何故か笑うしかない。妙な笑いが込み上げてきておかしかった。しまいには、いままであった旅のハプニング集を思い出しながら「旅にハプニングはつきもの、いい経験。旅はこうでなくっちゃ!」とか「赤い飛行機を選んだ自分が悪かった。そういえばJTBも赤かったよなぁ。恐るべし赤い飛行機の呪縛!」などと訳のわからんことを思い始めていたりもした。1時間ほどあーだこーだしているとエライさんがやってきた「空きがでたので乗せてやる( 乗っていただくやろ! )」とのこと。出発30分前にして出国、ゲートへ急ぐともう最後の一人でした。客室乗務員はこっちの事情を知ってか知らずかヨーロピアンスマイル。これがかえって皮肉に思えてしかたがなかった。せっかくのスイス航空やったのにぃ、気持ちが殺気だっていてフライトを楽しむどころではなかった。アタマの中は帰国してから、JTBに何をしてもらうかしか考えてなかった。JTB、スイス航空との戦いは明日のプログへとつづく
2004.08.28
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今日参考書(この年になって必死に勉強しています)を買いにいったとき1冊の本が目にとまりました。れいの北海道の若者が書いた「私がイラクへ行った理由」。「自己責任」の言い訳と帰国後の圧力で赤い発疹が出ている皮膚の写真等が掲載されていました。言葉が行き過ぎたらすいません、やってることが“いいこと”であったとしても単なる道楽にしかみえません。頼まれたわけでもなく、他人に迷惑をかけてまで自分のおもいを貫くのですから。頻繁にテレビに露出された彼らの家はどれも大きくピアノなどのある立派なものでした。今月の家賃をどうしようと必死になっている(私?)者には真似のできることではありません。ふと考えたのですが、じつは長い旅にでるっていうのも道楽なんですよね。残念ながら私の道楽では本まで出版してお金を儲けることはできません。彼らの方がレベルの高い道楽をやっていたのでしょうか。非難ゴウゴウ覚悟しております(笑)。
2004.08.27
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ユナイテッド航空が電話でマイレージ・サービスを使用する便の予約を行う場合、15ドルの手数料をとるこにしたらしい。まだ、HPのプレスリリースではUPされていないので日本でも徴収するかわからないのですが、おそらくそうなることでしょう。元ネタリンクhttp://www.aerospace777.com/今日は先日発売されたエービーロードの特集エアラインランキングについてコメントと書こうと思っていました。びっくりのタイムリーニュースでした。ランニングを見た印象というよりは、そのページの薄さと、粗雑さに驚きました。少し前は投票者からのコメントももっと多かったように思いましたが、単なる羅列で終わってしまっているのが残念でした。順位は相変わらずシンガポール航空やヴァージンアトランティック航空の常連ばかりでした。マイレージの加入率順位がトップ項目でした。当たり前のようにJALが1位でANAが2位でした。両社とも数はかせいでも使い勝手が悪くて、エービーロードに投票する人のような観光目的の人には意味がないように思いました。国内線で特典航空券までマイルを貯めるにはひと苦労しそうな感じです。面白かったのは3人の対談記事で、JALの客室乗務員に荷物を棚に上げてくれと頼んで「自分でしろ」と断られ、チーフパーサーに抗議したらビジネスクラスにUPしてもらったという話。話は面白かったけどこの偉そうな3人は何者?と思いました。目に見えて紙のメディアが衰退してくのがわかります。今どきエービーロードをあさるより、ネットの方がリアルタイムで情報がとれますからね。しかも重いし。UAも人件費のかかる電話予約だけ有料にするかんじですね。おそるべしインターネット。この手数料の徴収そのうち他のエアラインでもはやりますよぉ~。
2004.08.26
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楽天でよくおじゃまするHPでlibra929がいらっしゃいます(ご本人の了解を得ないご紹介ですいませんhttp://plaza.rakuten.co.jp/libra929/)。長く海外駐在されておられた方で、そのときのご体験をUPされておられます。じつはlibra929さんのインドシリーズが面白くて、先日はBLOGのリクエストをさせていただき、翌回にはすぐにUPしていただきした(ありがとうございました)。それ以来インドにはまっています。にわかパッカーで旅したのはアセアン諸国だけでしたので、インドへは行ったことがありません。ミャンマーでひどい下痢にあってからは、この先西にはいけないと思ったもんでした。はまるといっても実際には行けないので、ガイドブックを読んだり、旅行記を読んだり。はては仏教史やガンディーの伝記にまではしる始末です。どのガイドブックや旅行記を読んでも、「汚い、臭い、恐い、騙される、ぼられる、暑い、・・・人生が変わる」といった形容詞で埋め尽くされています。そこで実際にインドに行かれた方はどうなんだろうと興味が湧いてきました。皆さんさんのインド観はどうですか?実際に行けるかどうかは別にして、旅のプランを練るのは面白いものです。インドに飛ぶとしたら・・・やっぱりエア・インディア。まてよ、助走をつけるためにバンコク経由のタイ国際航空?シンガポール乗り継ぎのシンガポール航空って手もある。意表をついてパキスタン航空やネパール航空も面白そう。あーだこーだといって航空会社のHPをながめています。いつもたいていこの段階で旅の半分は終わってますけどね。
2004.08.24
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先週の土曜日無事「冬のソナタ」が終了しました。何の興味もないドラマでした。ふいにチャンネルを合わすとソウルのインチョン空港が写っていて、ぼぉ~とながめていたらそれが「冬ソナ」だったわけです。何やら別れのシーンだったようで、相変わらす空港での別れは味気ないもんだと思いました。そんとき、明石家さんまの出ていた「男女7人夏物語」の最終回を思い出しました。大竹しのぶが下りのエスカレーターに乗って、前をむいたまま(後ろ向きのまま)さんまに手を振るのが印象的で、あの下にには何があるのだろうと思っていました。最後の挨拶かぁ、寂しすぎると思ったものです。社会人になって初めて成田を利用したとき、何のことはない下には出国審査場があるだけ、しかも出国ブースを通り抜ければ、お見送り客とまた話せるではありませんか。「冬ソナ」にもどって、男の人が女の人に手渡したニューヨーク行きのチケットに「BI00・・・」と航空会社が書いてあったのですが、どうもおかしい。韓国ならKE(大韓航空)かOZ(アシアナ航空)、アメリカ系ならUA(ユナイテッド航空)ってところのはず。BIを調べてみるとロイヤルブルネイ航空。そんなわけないやろ!
2004.08.23
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お盆が終わるとなんとなく夏が終わってしまうような気がして少し寂しい気分になります(なりませんんか?)よく近くの公立図書館へ行きます。そこには本屋さん顔負け、「地球の歩き方」がそろっています。7月頃から常駐組みが減り始め、お盆期間中はそのほとんどが貸出し中でした。今日久しぶりにほとんど書棚に戻っていました。夏の旅行シーズンも終わりかぁと、すこし日焼けしている黄色い背表紙(インド編ですが)をながめていました。「地歩き」にはずいぶんお世話になりました。本当にずぶの素人の頃は黄色い表紙が日本人の目印になると、トイレで隠れてチェックしていました。かわいいもんです。役立つガイドブックでしたが、難点もありました。地歩きをもってる日本人は(自分を含めて)ガイドブックどおりに行動してしまう傾向があって、同じ食堂、同じ安宿へ向かってしまうのです。日本人密度が濃くなるとちょっと拒否反応をしめしてしまう、されどガイドブックには頼らざるを得ず、難しいところです。昨日「日本人には交じれない」というタイトルのエッセイの前編をUPしました。もう何年も前から書いたいと思っていたことなのに、いざ書き始めるとどうもうまくいかず、前編だけで3日かかりました。ある程度の賛否両論は覚悟してますので、よろしかったらご一読下さい。
2004.08.21
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「それでは皆さんお元気で、バンコクでまた会いましょう!」と二人組みのパッカーがヤンゴンの安宿を朝早く出ていく。このとき日本人に対する違和感は頂点に達した。彼らが彼らの旅で求めていたのもはなんだったんだろう。旅の途中たくさんの日本人に出会いました。楽しく時間を過ごせた人もいたけど、(私を含めて)変わりものも多かった。安宿に居つき主のように振舞う人、何を考えているのか羽織袴に日の丸の扇子をもって旅する人。旅の間は努めて日本人とつるむことを避けてきた。日本人同士かたまってしまうことで損してしまうことの方が多いかもしれないと思ったからだ。人と人との出会いとても大切で、それは相手が日本人であろうと他の国の人であろうと同じこと。日本人とは日本でたくさん出会えるから、他の国人と触れ合えるのはこの旅の間だけというのが私の言い分。“日本人とは交じれない”には複線がある。私は名ばかりのオーストラリア留学をしていた。名ばかりというのは語学学校ならお金さえ積めば誰でも簡単に入学でき、簡単に留学ビザがおりる。その門戸の広さとオーストラリアのなんともいえない甘ったるい空気が留学生を堕落させてしまう。ワーホリ組みはその開放感から、語学学校さえも落ちこぼれてしまう者はその焦燥感から、日本人と一緒に暮らし、英語を使うことなく、ゲームセンターへ入り浸り、カジノへ入り浸り、クスリに手を染めていってしまう。私は仕事を辞めてまで渡豪している以上、そんな留学生にはなれない。彼らとはつるめない。無理からネイティブと暮らし、日本人の少ないクラスを選んで勉強していた。いつしか自分の中にそこらへんの留学生と一緒にしてもらいたくないという気持ちが生まれてしまい、そうすることによって自分を奮い立たせた。そのことを引きずっているせいか、旅の途中で日本人パッカーに出会っても、彼らとは一緒にしてもらいたくないということが頭から離れなかった。というゆりははなさなかった。そうすることによって、本来なら社会人として働いているであろう年代の自分のどこかにあるうしろめたさを薄めようとしていたのかもしれない。
2004.08.20
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[写真]長野五輪の到着を伝えるインドネシアタイムス:当時の総理大臣橋本さんオリンピックはリアルタイムで見ると本当に興奮しますね。柔道は調子がいいのに団体ゲームは不調で、選手の顔を見るのがつらいです。98年(ですよね?)に行われた長野五輪はオーストラリアにいました。当たり前ですが冬のオリンピックにあまり縁のないオーストラリアではほとんど無関心でした。そのため、日本人選手の活躍はおろか開会式の中継もなく、1日遅れで放送されるNHKニュースが頼りでした。帰国して長野五輪の記録映像を見るたびに、寂しい思いになりました。それより前アトランタ五輪の際は、オーストラリア原住民のアボリジニの血を引く陸上選手が出場するとかで、英語の授業中にも関らず先生は教材用のテレビを持ち出して応援していました。しらけていたのはアジア人であった我々生徒でした。外国でオリンピック等をみているとなぜか愛国心ばりばり燃やしてしまいます。シドニー五輪のさい、住んでいたブリスベンのクリケット場で日本戦があったのですが、オーストラリアの友人からあんなにたくさんの日本人をみたのはじめてだとメールしてきました。それと、1泊もしないで帰国する日本人を不思議にも思うと付け加えられていました。
2004.08.16
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[写真]クイーンズランド大学で行われたタイのローイカトーン 今日はお盆の最後の日でした。近くの川沿いを歩いていると、灯篭流しをしているのを見かけました。夏の風物詩というかなんかほっとする光景でした。 ふと、何か似たようなことをしたのを思い出しました。タイのローイカトーンです。スタイルは似ているようですが、正確には夏でもないし仏教行事でもないようです。写真はタイで写したものではなく、留学先ブリスベンにあるクイーンズランド大学の校内です。オーストラリアは移民の国なのでタイの方々もたくさん住んでおられます。毎年たくさんの在ブリスベンのタイの方々が集まって、タイ舞踊やムエタイの披露や、タイ料理の屋台などがたくさんでました。プチタイ旅行気分でした。 帰り道なんで日本の盆踊り大会なんかはなんだろうかと思いました。よく考えてみれば日本人が無理してオーストラリアに移住する理由もなく、在豪の日本人ビジネスマンは多くても、移民は少ないからだろうと思いました。楽しいお祭りの夜に、少しだけ他のアジアの方々の苦労の歴史を見たような気がしました。
2004.08.15
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ついついアテネオリンピックの開会式をリアルタイムで見てしまいました。そんなこんなでアテネに行っていないのに時差ぼけです。 ギリシャのナショナルキャリアはオリンピック航空です。かつては成田にも乗り入れていましたが、残念ながら日本線から撤退してずいぶんたってしまいました。 じつはオリンピック航空の尾翼には五輪ならぬ六輪が描かれている。 5大陸の他に何かを象徴するものが加えれているとか、五輪マークの商標登録がどうのこうのといううわさも聞きますが定かではありません。ご存知の方教えてください。[写真]オリンピック航空の尾翼
2004.08.14
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高校のクラブ活動から帰ってくると、TVでは飛行機が墜落したらしいというニュースで埋め尽くされていました。それまで飛行機には乗ったことはありませんでしたし、そもそも飛行機なんてお金持ちの乗るものだと信じていたので、この先乗ることもないだろうと思っていました。この事故報道以来飛行機なんて絶対乗らないと決心していました。 前会社の同期寮生が、じつは墜落するJAL123便の直前のフライト千歳~羽田に搭乗していたという体験談を聞きました。あまりのリアルさにぞぉとしてしまいました。 飛行機に頻繁に乗るようになった今でも離陸前には緊張してしまいます。心の中でそっと無事を祈りながら搭乗します。 JAL123便羽田発伊丹行きは1985年8月12日の御巣鷹山に墜落しました。以下のページでは日航機墜落までの軌跡が記録されています。ボイスレコーダーの再編集されており、機長や副操縦士の必死なまでのやりとりが記録されています。(夜一人で開けると暗い気分になるので気をつけてください)http://mito.cool.ne.jp/detestation/ja123.html
2004.08.12
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まぁ、情にもろいというか、涙もろいというか、ほんの些細なことで涙が出てきてしまいます。 旅と涙といえばたいては別れでありまして、あちらこちらで泣いてまいりました。他に怪我して痛くて泣いたりとか、面白いところでは、機内のパーソナルモニターで見ていた映画やNHKのプロジェクトX(あのときは確か、日本海を救えの回であったような)でも泣いておりました。 どうしても忘れられない涙があります。テロの2週間後にニューヨークに行ったときでした(またこんなときにというご非難は別の回で言い訳します)。自分の中でも事故現場に行くべきかどうか迷いました。迷ったあげく「歴史の目撃者」としてしっかり目に焼き付けておこうと思いました。現場は2週間後というのにまだまだほこりっぽく、立ち入りでない建物の中まで砂埃が入り込み、窓ガラスがわれたままでした。現場を歩いていくうちに涙が流れてきました。最初はうるうるぐらいでしたが、そのうち号泣してしまいました。自分でもなぜ涙が流れたのかよくわかっていません。おそらく恐怖心や、亡くなられた方々やそのご家族への同情、またテロをおこした者への憎しみ、テロを防げなかったのだろうかという口惜しさ、いろんな感情が一気に突き上げられたのだろうと思います。 別れの涙は悲しいけれど、泣いた後はすがすがしい。ニューヨークで流した涙は二度と流したくないです。
2004.08.11
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耳慣れない飛行機会社だと思います。「エアーネクスト」はこんどANAが設立する新しい航空会社です。福岡を拠点として単一機材(B737)で運行される、低コスト航空会社です。 マニアックな世界ですが、NYのテロ事件以来世界の航空会社は経営が苦しくなっています。その打開策として低コスト航空会社が雨後のたけのこのように設立されています。マニアックですが、ユナイテッド航空のテッドやシンガポール航空のタイガーエアウェズ等です。 ANAに新しい航空会社必要かと思われますが、ANAだからこそってところもあります。新しい会社にしてしまえば、最初から安い賃金で労働力を集めることができます。現ANAの給料水準を下げるのには限界があります。あるものをなくするのは大変なのです。どうしてもANAで運行しないといけない路線を限定してしまい、残りを安い労働力の低コスト会社に運行させればANAのブランド名も保たれます。 低コスト会社なら航空券も安くなると思いがちですが、あまりそうともいえないようです。JALが設立したJALエクスプレスは大阪伊丹空港を拠点として発足しましたが、運行路線の運賃が下がったようには思えません。JALエクスプレスは毎月のように投入路線が変わるので、結局JALと変わらないのです。利用者のとってはJALでもJALエクスプレスでもたいして変わりはないのです。違っているのはJALの従業員よりはるかに安い賃金でJALエクスプレスの方が働かされていることです。 これが国際線となると違ってきます。ANAにはエアージャパンという国際線のみの低コスト航空会社があります。何をおもったかこの会社関西~ソウルの機内食サービスをなくしてしまいました。利用者にとって何のメリットもありません。イカロス出版「月刊エアライン」では「路線維持が究極のサービス」とコメントされています。一理あるかもしれません。機内食廃止してまで低コストにしてもなお韓国のエアラインに価格面で対抗できていないことを露呈しているようです。 わき道にそれますが、JALの国際線低コスト航空会社JALウェイズは許せません。この会社はJAL路線のうちハワイ線等のリゾート路線を受託運行しています。会社名にJALとついているのでどうしても“あのJAL”を想像してしまいます。しかし、搭乗してみると飛行機はJALのお下がりの古い機体。客室乗務員はタイ人が。誤解を招かないように、タイ人客室乗務員が悪いと言っているのではありません、好き嫌いもありますがタイ国際航空は人気があります。ツアーなどでハワイに行かれる方はやっぱり“あのJAL”を期待するでしょう。でも、いつまでたってもエコノミークラスのシートにテレビのついた機材はやってきません。JALではないのですから。 こんな裏事情を知っているので、JALウェイズやエアージャパンを使うことはありませんが、国内線でANA以外の航空会社が増えてしまうと、UAでマイルを貯めている私は困ってしまいます。
2004.08.10
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食いしん坊のわりに胃腸が弱くて旅に出ると必ず下すか、つまるかしてしまいます。それでもなるべく現地食に慣れるように努力をしています。 いわずとしれたタイです。屋台のうどんのようなもの。じつのところ名前を知りません(誰か教えてください)。知っていたところでいつも指差し注文なのでさして支障はないのですが。パッカー経験者でなくても一度は食べられたことはあると思います。そのまま食べるとあっさりしたスープで胃にもやさしいのですが、テーブルにはなにやら怪しげな調味料が。ご存知の方も多いはず。ナンプラーと多分酢(間違っていたらごめんなさい)で、どちらかに唐辛子のきざんだものが入ってる。そして、砂糖。日本人の感覚からいえば、スープに砂糖が想像つかない。私も友人のすすめにのって騙されたつもりで、全部入れてみた。これが案外いけるのである。もちろん、唐辛子が入っているので汗が垂れてくる。でも、この汗が癖になってやめられなくなる。この砂糖入りのうどん、そして青いパパイヤの辛いサラダ“ソムタム”をおかずに蒸した餅米食べ、氷入りのシンハビールを飲み干したとき、タイ料理2級を取得したと自負している。 最近は日本でも各アジア料理が気軽に食べれるようになった。でも、やはり何かが違う。それは食材の問題や味付けを日本人向けにアレンジしていることもあるだろうけど、気候のせいもあると思う。東南アジアの料理は、うだるような暑さの中で食べるのが一番おいしいような気がします。ちなみに、私はタイ料理1級は一生とれそうもありません。どうしてもココナッツミルクを受け付けてくれないのです(生ココナツを食べてひどい下痢に襲われて以来)。皆さんは何料理何級をお持ちですか?
2004.08.09
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飛行機が好きで旅に出るとか、おいしいものを食べに行くとか、買物を楽しむため、遺跡を見るため。いろんな理由を作って旅に出てきました。しかしながら不思議と自分の記憶の中で飛行機が良かったとか遺跡が偉大であったとかそんなことはほとんど印象に残っていない。 留学も含めて長い旅をしていると、つまんないと感じるときがある。そういうときはたいてい誰とも話をしなかった日である。逆に少しでも現地の方と話をしたときは、満足感でゆっくり眠れた。自分の中では飛行機よりもおいしい食事よりも現地の人とふれあう事が何よりも変えがたい旅のコンテンツであったのかもしれない。 先頃渡辺文雄さんって方が亡くなられた報道がなされています。失礼ながら私にとっては「はて?どなた」という程度でしかない方です。流される回想ビデオで「人は何のために旅をするのか?それは出会いであります」と語っておられます。人前で「人との出会いを求めて旅にでます」なんて私には照れくさいので言えませんが、結局のとことこういうことなんだなぁと思いました。
2004.08.08
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自由旅行にしてもツアーにしてもお世話になる旅行会社を選ぶのは難しい。若い頃は値段だけに目がいっていましたが、最近は少々の値段の差なら親切にしてもらえる旅行会社を選んでいます。 2年ほど前ベトナムの友人にテト(旧正月の祝い)に誘われ久しぶりにアジアに出ることにしました。根っから飛行機好きなので直行便でなんて飛びたくないので、シンガポールを最終目的地にしたIATAペックスで行くことに。はじめてのIATAペックスだったので、何軒か旅行会社を回って一番対応のよいところにお願いしようと思っていました。 大阪・なんばのHISへ問い合わせにいったときのこと。まず、カウンターで受付の女性にIATAペックスについて聞きたいと告げる。女性は対応してくれそうな従業員を目で探す。するとどうでしょう、従業員の誰もが彼女と目をあわせないのだ。やっと手すきそうな若い男性社員を名指しして対応を促がした。若い男性社員は貧乏くじを引いたような顔をしてカウンターに座る。この時点で帰ってしまってもよかったけど、冷やかしにしても本気にしても私は一応お客できたので、最後までお客のふりをして帰るのが最低限の礼儀だとも思った。HISの優先順位は高くはなかったけれど、対応がよければここでもいいと思っていた。案の定質問の答えは返ってこなかった。自分のデスクからIATAの運賃表をとりカウンターでページを広げた、私の方に向けて。「こちらに書いてあるとおりです」の言葉に「この程度は知ってます」と答えた。さらに突っ込んで質問すると、自分の名刺の裏にキャセイ航空大阪事務所の電話番号を書いて「こちらでお伺い下さい」といわれたので、「ありがとうございました」といって名刺を受け取らずに帰った。 東京で就職して3年目頃HISの中途採用へ応募したことがあります。新宿本社での面接は悲惨なものでした。面接をしていただいた方は大手企業からヘッドハンティングされた生え抜きの人事畑の方でした。おおよそ1時間にわたる面接は私への説教で終わりました。応募の動機、現職をやめる理由から日常生活にいたるまでことごとく指摘された。バブル期に引く手数多で就職した私には少々耳の痛いことばかりだったが、初対面とはいえここまで苦言を呈していただいとことに感謝した。その話し振りは創業者の旅への想いが伝わるような迫力でした。 HISはかつては自由旅行をする旅人にとってもっともっと近いところにあった。会社が大きくなるにつれてだんだんと遠い存在になりつつあるような気がする。飛行機会社を作ってしまうほど大きな旅行会社になってしまい、もはや航空券も貧乏旅行者が飛びつくような価格では売り出していないようにみえる。それはそれでかまわないが、せっかく素晴らしい人事の方がいらっしゃるのに末端にまで伝わっていなのを残念に思います。これまでのようにゲリラ戦線をはるのか、JTBのようになりたいのかは知らないけれど、少なくともJTBでは誰に聞いてもIATA航空券の説明はしていただけた。IATA運賃を説明できない人でも務まるなら、私を採用したほうがよったかも(←最大級の強がり)
2004.08.05
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小さい頃からサーターアンダーギーを食べていた。小さい頃からおじいやおばあと話をしていた。小さい頃から甲子園へ沖水を応援するバスを見ていた。でも、それが沖縄だとは知らなかった。 大阪市大正区は沖縄出身の方々が多く住んでいることで有名です。最近はガイドブックにもプチ沖縄とかリトル沖縄とか言われて沖縄料理の店やおみやげ物屋さんが紹介されています。小さい頃から沖縄に囲まれていたのに、それを意識することもなかったので、今この街が注目されているのを不思議に思う。 オーストラリア留学中に沖縄出身の友達ができました。ご家族とも仲良くしていただき、沖縄にも何度か行きました。 摩文仁の丘にある平和記念館やひめゆりの塔を訪ねました。沖縄のことを何も知らなかった自分が恥ずかしくなりました。 沖縄を訪ねてから沖縄そして大正区の沖縄を調べました。想像もつかないくらいの出来事がありました。大正区の沖縄の方々が沖縄文化を守り続けるわけがありました。 旅に出るときはなるべく訪ねる国の下調べをするようにしている。その国の歴史や文化の予備知識を入れておくだけで、受ける印象も変わる。すると日本が見えてくる。すると自分が見えてくる。 昨年放送された「さとうきび畑の唄」が4日再放送されます。TBSのまわしものではありませんが、是非みていただきたいと思います。そして皆さんが次に沖縄に行ったとき、青い空を見上げたとき、砂浜を歩いたとき、海に足をつけたとき、ちょっとだけ沖縄を思ってほしい。☆昨年大正区で行われた「第29回エイサー祭り」の様子をUPしておきます。興味がありましたらお訪ね下さい。http://www.easyboki.com/tabi/okinawa02.htm
2004.08.02
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いや、私の兄弟ではないのですが。ウチで働いてくれているパートさんの弟さんが外資系の航空会社の客室乗務員をされています。パートさんは弟さんの勧めで初めてお勤め先の国まで行かれたそうです。 その弟さんですが、小さい頃から客室乗務員に憧れて、高校卒業後はそちらの専門学校へ進み、第二外国語もべらべらになるほど勉強されたそうです。念願かなって見事外資系の航空会社に採用されサーズの影響にも負けず、もう数年働いているそうです。ですが、その仕事量の多さと給料の安さに驚いてしまいました。さしさわりがあるとよくないので直球はさけますが、フライトによって単価が違うそうなので、体力と相談しつつフライトをこなしているらしいです。 我々にとっては航空券は安いにこしたことはないのですが、運行費用等固定費がこれ以上さげられないとなると、狙われるのは人件費なんですよね。人件費の高い日本の航空会社の値段が下がりにくいのもわかりますよね。
2004.08.01
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