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「深夜特Q」バックパッカーの世界じゃあまりにも有名ですよね。じつのところ個人的にはこの筆者があまり好きではありません。ですがときどき現れる彼の心情が印象深くいつしかその部分だけ切り取って旅の日記に貼り付けるようになりました。原文をそのまま引用するとマズイかも知れないので、助詞などを変えています。深夜特Q語録 その2旅は私に二つのものを与えてくれたような気がする。ひとつは、自分はどのような状況でも生きていけるという自信であり、もうひとつはそれとは裏腹の、危険に対する鈍感さのようなものである。だが、それは結局コインの裏と表のようなものだったのかもしれない。「自信」が「鈍感さ」を生んだのだ。私は自分の命に対して次第に無関心になりつつあるのを感じていた。先の旅でひとつだけやらなかった方がよかったと思うことがあります。それは動きはじめた汽車から飛び降りたことです。インドネシアのスラバヤからジョクジャカルタへ向かっているときでした。その汽車はジャカルタ行きなので、途中下車ということになります。空路ではないのでアナウンスがインドネシア語でしかなかったので、ジョグジャカルタでちゃんと降りる自信がなかったので車内販売のお兄ちゃんにジョクジャカルタについたら教えてほしいとお願いしていたのでした。重ねて向かい側の若いお兄ちゃんにもお願いしていたのでした。とある駅を発車してまもなくその売り子の兄ちゃんがやってきて、「何故降りなかったのか」と聞く。えぇぇ~と聞き返すまでもなく頭によぎったのは飛び降りるってことだけでした。目を合わせた向かい側の兄ちゃんも駅に到着したのに気付かなかったのを悪く思ったのか「荷物は僕が投げてやる」といってくれました。そこで動き始めた汽車から飛び降りたのでした。飛び降りた私は2・3回転げて止まることができました。荷物は向かいのお兄ちゃんが投げてくれました。立ち上がると足にすねに傷をおっていて、血がだらだらと流れ出ていました。今でこそ笑い話にしてしまいますが、ひとつ間違えば大怪我をしていたかもしれません。型にはまらない旅は自由でいいけれども、自分なりの型をつくっておかないととんでもないことになってしまう。自分探しの旅で自分を見失うほど恐いことはない。
2004.10.31
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ちょうど昨年の今頃はじめての韓国・ソウルに行ってきました。変則社員旅行のツアーでした。ツアーの中に“エステ”が組み込まれていました。男性軍にとってこれほど退屈なものはありません。女性がひとときの癒しの時間を過ごしているあいだずっと待っていなければならないのです。ソウルの熱いはなしはとある汗蒸幕エステ店でおこりました。明らかに女性とは設備の劣る男性浴場。それでも汗蒸幕に似た高温のサウナがありました。係りの方からは「大変高熱なのでタオルを敷いて座ってください」と注意をうけていました。私のあとで入ってきた中年のおじさん、ためらうことなく石造りのいすへ座る。と、とたんに「ぎゃぁ~~~、あつい~~」。そうです熱で焼けた石造りのいすに何も敷かずに直座りしてしまったのです。おじさんはあわてて水風呂へかけ込む。しかし時すでに遅し、おじさんの右半分のおしりは皮がめくれ上がり赤くはれ上がっていました。慌てたのは経営者、これは名誉にかかる不祥事、これがもとで日本からのツアーからはずされては大変と救急車を呼んで病院へとおじさんを連れて行きました。待つこと1時間、おじさんは帰ってきました。おしりには痛々しくも厚いガーゼがあてられておりました。「一応、ツアー会社にはご連絡されていたほうが・・・」といいましたが、「自分が悪いので・・・」とばつの悪そうな顔をしていました。こうゆうのって保険がきくのですかねぇ。そして何事もなかったようにツアーに戻っていかれました。ケンチャナヨ~。
2004.10.29
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世界三大がっかりスタチューのひとつシンガポールの引越しをする前のマーライオン写真右手に橋がかけられつつあります。海に向かって立つデカ(大)マーライオンと↑←観光客をがっかりさせた小マーライオン↑こちらはコペンハーゲンの人魚姫の像アンデルセンの「人魚姫」がモチーフになっているとかでも、足がある!←お引越し後のマーライオンそれまで陸からは後姿しか拝めませんでしたが、このような写真もとれるようになりました。「ええぇ~、こんなもん~!」それががっかりスタチューの合言葉であります。ガイドブックの写真などで期待をふくらませ、いざ実物を見てがっかりしてしまう。それを誰が名付けたか「世界三大がっかりスタチュー」というらしいです。ひとつはシンガポールのマーライオン、ひとつはデンマーク・コペンハーゲンの人魚姫の像、最後はベルギーの小便小僧の像です。このうち2箇所は規則正しくがっかりしてきましたので、ご紹介します。シンガポールのマーライオンはかつては海に突き出た小さな公園にありデカ(大)マーライオンと小マーライオンがおいてありました。そのうちデカマーライオンは公園の端に海側に向かってたっているため正面から見ることができず、小マーラインをみて「ええぇ~、こんなもん~!」を叫ぶのでした。今では(写真のように)すぐ近くに橋ができたため、お引越しをされました。おかげでマーライオンの正面をバックにして写真がとれるようになりました。また、セントーサ島というところにはマーライオン塔なるものが出来ていて、もうがっかりすることもなくなったようです。コペンハーゲンの人魚姫の像は、(私としては)なんでがっかりするのかわからないのですが、人魚というのに足がついているからでしょうか。冬にはこの海が凍る?(流氷?)ため、氷の上にひっそりたつ悲しげなそして寒そうな人魚姫の像になるそうです。そして、まだこの目で見たことがないのがベルギーの小便小僧の像。実際に見てきた人によると何度も何度もその前を通り過ぎるぐらい目立たないところにあるようです。いつかがっかりしに行きたいものです。あっ、品川駅にいたような・・・。
2004.10.28
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コミューター専門の空港コウノトリ但馬空港 兵庫県が一機購入した?SAAB新潟の地震や豊岡の台風水害となにやら日本がおかしいですよね。じつは豊岡は父の実家で私も幼少より夏には避暑に出かけておりました。いつのまにかここに空港が出来ていました。“コウノトリ但馬空港”がそれです。兵庫県いえば瀬戸内海側の神戸の方が有名で、それに比べて北部の但馬地方は開発が遅れていました。そこで兵庫県が観光の目玉としてコミューター専門の空港を作ってしまったというわけです。開港当初から採算が問題視されており、なかなか就航便が決まりませんでした。そこで、兵庫県はSAAB(写真参照)を購入しそれを日本エアコミューターに貸与するカタチで大阪便を確保しました。しかも毎年何千万と補助金を出しています。兵庫県としてはそこまでしてもこの空港を育てていきたいようです。現在は大阪=但馬を1日2往復しています。水平飛行わずか10分。機内では「おトイレをご利用のお客様は今ご利用下さい」とアナウンスされます。それでもなぜか憎めない素朴な空港と素朴なプロペラ機です。災害にあわれたに方々にお見舞い申し上げます。
2004.10.27
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旅の初心者の頃はよくツアーで海外に出ていました。ツアーの良し悪しはまた今度ということにしますが、ホテル代を安くするためによく友人を誘ってツアーに参加しました。旅の相手が素人さんだと、ホテル代は安くついても結局しんどい目をしてしまうのは誘ったほうだったりるんですよね。海外2回目をツアーで香港に行きました。誘ったのは当時会社の寮のお隣さんだった本山さん。もちろん海外ははじめて。行く前から何を持っていくとかいかんとか、何を着ていくかいかんとか、雲行きは怪しかったのでした。事件は復路、カイタック空港でおこりました。市内の免税店で買物をしていた本山さん。出国手続きを終えた後で、○時○分にゲートの前でと約束をして一時解散しました(このときすでに少しでも行動を別にしたいくらい私は本山さんに振り回され続けていたのでした)。約束の時間にゲート前に行くと案の定本山さんはいない。どーせまた遅刻でしょうと思っていましたが、ゲートクローズ5分前になっても現れません。あせり始めたのは私です。単純に道に迷っているのか(ありえない!だって出国後の制限区域ですもん)、免税店で言葉が通じなくて困っているのだろうか。一人にしてしまった私が悪かったのか(当時二人とも26歳)。かといって私がこの場を放れてしまうと、二次災害がおきるかもしれない。とりあえず搭乗口のお姉さんに自分のBPを見せて聞いてみた「このBPの席の前後でMOTOYAMAさんって方がいると思うのですが、もう機内にいるかどうか調べてもらえますか」。お姉さんコンピューターを叩いて一言「Already(すでに!)」。私「・・・・・」。機内にて本山さんに「本山さん、何でここにおんの?」「○時○分ってゆーたやん?」本山さん「もう乗っちゃったかと思って・・・」私「思うのは本山さんの勝手でしょう。俺が機内におることはどうやって確認したん?」本山さん「だって、もう乗っちゃったかと思って」私「だから、思うんは・・・・。」二人旅は友人をなくすという噂もありますが、あながち嘘ではないようです。今でもツアーを利用することがあるますが、楽に旅をしたいときは、旅なれた人をパートナーにし、素人さんを誘うときにはホスト役に専念するようにしています。しばらくぶりでした。私(バカ)でも風邪を引くようです、季節の変わり目皆さんもお気をつけ下さい。
2004.10.26
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遺跡の町、ミャンマーバガンのエヤワディー川に沈む夕陽ミャンマーのバガンという遺跡の町に滞在していました。手付かずの遺跡の中にひとつだけピラミッドのような形をしているものがあって、上まで登れるようになっていました。夕暮れ時になるとあちらこちらからぞろぞろと人が集まりだし、エヤワディー川に沈む夕陽を見送り旅の疲れを癒すのでした。その帰り道、タクシーに乗った初老の夫婦が私に声をかけてくれた。「○○まで戻られるのでしたら、乗っていかれませんか」。思いがけないお誘いでした。ミャンマーはまだまだ発展途上の国、ましてバガンまでくると相当な田舎町といわないといけない。土ぼこり舞う道を馬車が通る、そんな町のタクシーだから珍しい。私はそのお誘いになんのためらいもなく二つ返事でお断りをした。歩けば小一時間はかかる道のりだったので、じつのところもったいない気もした。もう、あれから6年も経とうとしているのに今頃になって何で断ったんだろうと考え始めた。思いつくのは私の服が汚かったから申し訳ないとか、歩きながら景色を楽しみたかったとか、表向きの理由はいくつでも思いつく。しかしながら、どうやら根本的なところは私のひがみ根性であったような気がした。ミャンマーの外貨稼ぎの観光の目玉に、エヤワディー川クルーズがある。あのオリエントエキスプレスが運営しているので、超豪華な船に違いない。声をかけられたとき、きっとそこのお客さんだとっさに思ったんだと思う。そして、二人のお誘いを“お恵み”のように思ったのかもしれない。汚ない格好をして、貧乏旅行をしているけれど、私にはその“お恵み”を受ける理由がない。きっと心のどこかでそう思い、精一杯の意地を張りつめて、断ったに違いない。そうかんぐった瞬間自分が恐ろしく思えてきた。それまでアジアを歩き見てきた人々を、じつはそのような目で見ていたのかもしれない。彼らと同じように扱われるのを拒否していたのだと悟った。もちろん初老の夫婦は親切心で言ってくれたに違い。二人は笑顔で「それでは、お気をつけて」と去っていった。どーも感傷的だぁ~、秋のせい?
2004.10.17
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オランダ造りの町もやがて新しいビルに消されていくでも、RASA RASA SAYANG GEHその歌が大好きよ土埃り馬車が行くスラバヤを思い出せる 遠くてもRASA SAYANG GEH2・3日前にテレビ番組で松任谷由美の特集をしていました。若かりし頃は彼女のコンサートへ足しげくかよったものでした。彼女の作る曲が旅のきっかけになったことがあります。もう十数年も前の彼女のアルバムに「水の中のASIAへ」があります。彼女がインドネシアのジャカルタや香港・大連などを訪ねたときの印象をうたっています。その中に「スラバヤ通りの妹へ」という曲があります。アジアの喧騒の中で幼くも懸命に働く「スラバヤ通り」で出会った少女と、松任谷由美自身の少女時代を対比させたような少し寂しげな曲がなんとも印象的で、やっぱりアジア的でぜひともその曲の中で歌われている「スラバヤ通り」を見たくなりました。インドネシアにはスラバヤという町と、スラバヤ通りのあるジャカルタがあり、さてどちらの「スラバヤ通り」なんだろうかと思っておりましが、彼女自身がコンサートで「ジャカルタで・・・」と言っていたので行ってみましたが、骨董品屋さんの並ぶとおりがあるだけでした。そこには歌詞にあるような馬車が行きかうこともなく、オランダ造りの町並みもありませんでした。はて、「スラバヤ通りの妹」とは。でも、なんだが不思議と残念な気持ちはありませんでした。場所違いであっただけかもしれないし、本当に風景が変わってしまっていたのかもしれないし。でも、そんなことはどうでもよくて、なんとなく旅の理由付けにちょっと酔ってみたかっただけかもしれない。皆さんはどんな理由でどんな旅をしましたか?面白いエピソードお待ちしています。あっ、冬のソナタはやめてね。
2004.10.13
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今日は台風台風の一日でした。不謹慎ながら地元を通り過ぎれば関心がなくなってしまうもので、ニュース等で“首都圏直撃”とかいつまでいってるんだと思ってしまいす。いや、不謹慎ですね。飛行機と台風といえば、欠航がつき物ですね。今日もたくさんのフライトがキャンセルされました。改めて思ったのですが日本の航空産業って羽田空港中心にまわっているんだなぁと感じてしまいました。大げさに言えば首都機能と一緒で羽田がやれてしまったら、日本で運行する飛行機が路頭に迷ってしまうってことですよね。国際線の少ない地味な羽田空港ですが、毎年ワールドエアポートランキングでは上位にランクインされます。当たり前ですが、成田よりも、香港よりもアムステルダムのスキポールよりも利用者が多いのです。ときにロスの空港さえ抜いてしまうこともあります。国内線だけでこの成績ですかあっぱれです。その羽田空港に第二ターミナルが12月にオープンします。ANAとAir Doが入居予定です。そのあおりを食って我々は来年4月から羽田空港を利用する際に100円の空港使用料が徴収されることになりました。目新しいところでは、日本の空港では始めて“ライトサイドPBB”(※)が採用されることぐらいでしょうか。関空と伊丹、神戸空港の問題を抱える在大阪空港ファンにはうらやましいかぎりです。※日本初のライトサイドPBB(パッセンジャーボーディングブリッジ)を採用。これまでは左側扉のみで行われていた降機を、左右両方の扉で行うことが可能になりました。(ANAのHPからコピペ)
2004.10.09
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その手のニュースの拾い読みで申しわけありません。ヴァージン・アトランティック航空が英国と米国を結ぶ路線に航空史上初めて、ダブル・ベッドを導入することを明らかにしまた。それによると、2機のB747-400型機(いわゆるジャンボ機)に、4つのダブル・ベッドを、低いついたてで仕切られたスペースに配置するということです。他の乗客を不愉快にしない限り、ダブル・ベッドを利用する乗客らが楽しむことを邪魔しないとしている。ヴァージン航空のブランソン会長はロンドンでの発表で、乗客らがより親密になれるようにしたかったとしている。 元ネタリンクhttp://www.aerospace777.com/はてさていかがなものか。ん~ここまでくれば、彼の贅沢なお遊びとしかいいようがありません。まったく乗客無視でございます。とはいえ、いづれのランキングでも常に上位にランクされるし、エコノミークラスに最初に個人モニターを設置したのも同社ですし、根強いファンはいるようです。「ダブル・ベッドを利用する乗客らが楽しむことを邪魔しないとしている。」ってやることはひとつじゃないですかね。アメニティキッズにヴァージンブランドのコンドームははずせないでしょう。やがて、お出迎えのスッチーに番号札をつけて「○○さん25列のA席のお客様がご指名で~す」なんてことでもやらかすつもりか。仮にロンドンに飛ぶ機会があったとしても、ヴァージンは選ばないでしょうねぇ。だって、赤い飛行機なんやもん。
2004.10.07
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スカンジナビア航空のフライトナンバーをつけたホバークラフト(?)。デンマークのコペンハーゲンとスウェーデンのマルメを結んでいます。小さい港から預けた荷物でも、ホーチミンまで飛んで行きます。デンマークのコペンハーゲンとスウェーデンのマルメ間にはスカンジナビア航空のフライトナンバーをつけたホバークラフト(どうみてもジェットフェリーのようですが、チケットにはホバークラフトと書いてあります)が、走っています。コペンハーゲンのバス搭乗口からバスに乗ること10分、空港からははるか離れた港には、ホバークラフトが待ってくれていました。空路でしか出入国をしたことがないので国際航路は初めてで、どこかそわそわしてしまいました。機材が船でも国際線なので機内(船内)サービスもありました。目的地スウェーデンのマルメの空港ならぬ“港”で入国手続きです。ニューヨークで預けた荷物もここで受け取りです。当たり前のこのですが、何か不思議な気分でした。本当に小さな港でしたが、チェックインのすべての機能は備えているので、復路で預けた荷物はコペンハーゲンからフランクフルト、バンコクを経てホーチミンまでスルーでした。ん~やっぱり不思議な気分でした。お酒の値段がデンマークの方が安いらしくて、週末になるとお酒を買いにいくだけためにデンマークに渡るご家族もいているようでした。これだけ近い国ですが、スウェーデン人の話す英語のほうが、デンマーク人の話す英語よりも聞きやすかったです。素人なのであてになりませんが(笑)
2004.10.06
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インドネシアの ペルニフェリーの様子 じつは船の旅が少し苦手。理由は360度海しか見えないので、沈んだらこわいから。12時間も空を飛ぶのが平気なわりに気が小さかったりします。インドネシア・バリ島の向かいの島:スラワシ島のウジュンバンダンからスラバヤまでペルニフェリーを利用しました。1等に乗船したかったのですが、すでにチケットは売り切れ、しかたなくエコノミークラスで我慢することにしました。スラバヤまで24時間の船旅です。乗船場はまるで徒競走のスタート地点のよう。ゲートが開いたとたん走る走る走る走る。それもこれも寝床を確保するため。それほどエコノミークラスは数限りなくチケットが売られるのでした。走れないお年寄りや子供連れの家族は番号のついたTシャツを着た場所屋さんに代わりに走ってもらいます(写真の1枚を参照)。あっというまにエコノミー部屋はうまってしまいました。このエコノミー部屋は、臭い、暑い、湿気ってる、食べ物のカスで埋もれる床に、船が揺れる度に流れが変わる飲みさしのジュース。まるで、牢獄のようでした。仕方なく甲板で寝ることにしました。こうゆうと航空会社からお借りしているブランケットが役に立ちます(写真参照)。そして極め付けが船内食(?)。大盛りのごはんに、ゆで卵と白菜の煮たものに、ひとかけらの鳥のからあげ。あまりのひどさに隣で陣取っていたご家族が持参のおかずを分けてくれました(うるうる)。驚いたことにこの船のスタッフは船から出たごみをどんどん海に投げ込むではないか、太平洋が汚れてしまう~。明け方スラバヤが見えてくると、子供達が「スラバヤ、スラバヤ」の大合唱。ほっとしたひと時でした。朝になって化粧をし始めたおかずをくれたご家族のお姉さん達。記念写真をリクエストされました。なんだか恥ずかしいやらうれしいやら。二度と乗ることはないでしょうが、終わってみれば楽しかったのかも?アンモニア臭のするシャワー室で水浴びをしたとき、もう何も恐いものはないと思いました。かかってこい!
2004.10.04
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アセアン諸国をまわる旅が終わるとき、2年間のにわか留学生活を終えるとき、自分は何を感じるのだろうと考えていました。感傷的になるのかなとか案外“素”のままなんだろうかなぁとか。“区切り”をつけるということはとても難しい。例えば高校や大学ならあらかじめ期間が決められているから、そのことを理由に区切りはつけられる。自由気ままな旅や留学は自分で区切らないと区切れない。どんなに楽しくても、どんなに苦しくてもいつかは区切りをつけなくてはいけない。いままでつけてきた“区切り”がうまく区切れていたかどうかよくわかりませんが、区切らないと先も見えてこなかったのかも知れない。旅を終えたとき少しほっとしたような気がした。感傷的な気分や充実感ではなく、かといって焦燥感でもなく、ただ確かに時間だけが過ぎていったのを確認しているようだった。皆さんのいろんな“区切りは”うまく区切れていましたか?
2004.10.03
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本日奈良では“鹿のツノ切り”が行われます。これは成長した鹿のツノが観光客を傷つけないように、毎年この時期に切り落とすのだそうです。奈良公園には鹿が放し飼いされており、“鹿せんべい”なるものを手にすれば来るわ来るわあちらこちあらから、これが奈良の鹿です。 オーストラリアのブリスベンの郊外に“ローンパイン・コアラ・保護区”というミニ・テーマパークがあります。ここではひろ~い野原にカンガルーが放し飼いにしてあります。やっぱり“鹿せんべい”ならぬ“カンガルー・ビスケット”を手にしようものなら来るわ来るわカンガルーが。それが奈良の鹿ならどこからともなくのそのそ来るのですが、カンガルーはこっち目掛けてぴょんぴょん跳ねて飛んで来るんです。その臨場感はすごいものがあります。そのすごさに近くにいた少年オージーはビスケットを放り投げてしまう程でした。 コアラを抱いて写真がとれることで観光地としては超有名です。こちらを訪れた方もたくさんおられるのではないでしょうか。日本の動物園ではガラス越しですが、ここではたくさんのコアラが本当に近くで見ることが出来ます。親子連れのコアラは本当にかわいいので一度訪ねてみてください。ただし、午前中は日本からのツアー客でいっぱいになるので、お昼頃から出かけられるとゆっくりご覧になれると思います。
2004.10.02
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