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昨日は裏山を歩いてきました。横浜で一番高い大丸山(おおまるやま)に上ったけど、昨日はかすんで富士山は見えませんでした。それでも、上ったり下りたり、2時間半。まだ紅葉にはちょっと早かったけれど、かすかに色づき始めた木々が池に映り、森林浴を楽しみました。昔、子供達がよく遊んでいたひょうたん池(写真)にも久しぶりに行き、懐かしかったです。高速道路が出来て、しばらく立ち入り禁止でしたが、半分になって、また開放されたようです。この山は子供達の格好の遊び場で、よく「冒険」と言って、暗くなるまで帰ってこずに心配したものです。口の周りを真っ赤にして、「今日はご飯いらない」と言うので、何事かと思えば、桑の実やら何やらを食べてきていたり、今時流行りませんが、いい子供時代をすごしたのではないでしょうか?そんな子供達も巣立ってしまい、老人の町になっていますが、前は海、後ろは山の自然がいっぱいのこんなところこそ、子育てにいい場所だと思うのは私だけでしょうか?
2011年11月26日

雲ひとつない秋空に黄色のイチョウは、本当に絵になりますよね。神宮外苑の銀杏並木のすばらしさは、そこに数々の施設があり、それともあいまって何ともいえない風情をかもし出しているので、私の中ではナンバーワンです。先日、小仏峠に登る時に、西八王子で降りて歩きました。中央線西八王子の駅前から高尾駅にかけての甲州街道はずっとイチョウ並木が続きます。イチョウは八王子市の天然記念物に指定されているとか。でも、街道沿いに古い建物も残り、3キロ以上にわたるイチョウの下を歩くのもいいですよ。時々はしだれイチョウもあり、雌の木の下は銀杏が何ともいえない匂いを出しています。街道沿いの家々は毎日掃除が大変だと言いながらも、きれいにしています。かぶれなければ、銀杏を拾いたかったくらいですが(その数ものすごく、好きな人は歓喜したでしょうね)・・・恐ろしくてとっても・・・・歩道も広く歩きやすかったです。
2011年11月25日
昨日は夕方、傘ももたずに買い物に行き、雨に降られてしまいました。夜の間降っていたのに、今朝は雲ひとつない青空です。しかし、風が強く、洗濯物がぐるぐる回って、今にも吹き飛びそうです。朝早くから夫がいないので、今日はアイロンかけをし、ミシンを出しています。日差しの強い窓辺は暖かいと言うより、暑いくらいです。11月の初めに植えた野菜の種がようやく少しずつ大きくなってきました。豆もようやくツルが出てきています。天気がいいと私だけではなく、植物も生き生きしてますね。来週は最後の中山道行き。今回で京都に到着する予定。この空はしばらく続いてくれると嬉しいのですが。
2011年11月24日
口内炎って、口の中だけだと思っていたら、舌にもあるらしいです。このところずっと舌の先がしびれて、「もしかして舌癌?」なんて心配していたのですが、どうも口内炎らしく、薬で治りました。アホらし!
2011年11月23日
またやってしまいました。デパートに買い物に行ったのですよ。開店間際で、まず電気量販店で買い物をしました。その後、お菓子類をたらふく買い、夕方のすき焼きの材料を、奮発していいお肉も買い、そのほかの材料も揃え、、最後にケーキと夫の好きな大福も買いました。大きな荷物です。帰宅後、食事の仕度や何やで、忙しさにまぎれて、買い物の袋はチェックしませんでした。食事の後、「さてと」、荷物をチェックしたら・・・・最初に買ったお菓子をたくさん入れた大きなデパートの紙袋がありません。良く夫がぎゅうぎゅうにリュックに詰めるので、ひょっとしてリュックの中?ありません。どこを探してもありません。よくよく考えたら、カウンターのところに置いてきてしまったのに気がつきました。デパートの遺失物係に電話しましたが、何時間も過ぎたあと。案の定届いていないとのこと。何千円ものお菓子は跡形もなく消えてしまっていました。今朝は何だかがっくり来てしまって、何もやる気がおきず、食欲もありません。ちなみに、置き忘れたのは夫です。その後は・・・・?ご想像の通り、夫婦喧嘩です。へなへな・・・へなー・・・。
2011年11月22日
またまたカラスの話しです。カラスってすごいですねぇ。1羽ではなく集団になると、トンビもたじたじ。我が家の周りには林がたくさんあって、そこはからすが根城にしているせいか、この時期、柿やみかんなどを狙ってたくさん飛び交っていて、本当にちょっと不気味で恐ろしいくらい。山ですからトンビも毎日空の上を風に乗って舞っています。トンビも強いんですよ。お向かいの干してあった食べ物を持ち去りましたもの。昨日、布団を干していたら、トンビが2羽に対し、カラスが5-6羽で空中戦。何かの食べ物を見つけてお互いに譲らず・・・といったところでしょうか?集団になると強いこと強いこと。結局トンビが蹴散らされ、カラスの鳴き声がひびいていました。
2011年11月21日
ご近所にこの1年ほど空き家になっている御宅があります。家の雨戸はボロボロ、色々なところにガタが来ています。でも、正直なもので、庭の草花は季節になるときれいに花を咲かせています。庭の柿の木は、今年は200個以上もの柿が鈴なりの大豊作です。誰も取る人はいませんから、毎日ご近所で「おいしそうね」「見事ね」「もったいないわね」「きれいだこと」と言って眺めるだけです。そのちょうどいいときを狙って、カラスがうるさいことうるさいこと。一日中ギャーギャー鳴いています。見ていると20匹ぐらいいるでしょうか。柿の実をめぐって、「これは自分のものだ、どけ!」と争っているんですね。怖くて近くには近づけません。あの真黒な姿とくちばしがどうも苦手です。それに比べれば、ムクドリやヒヨドリなんて可愛いものですね。
2011年11月20日
芸術の秋です。美術展に続き、音楽会にも行ってきました。今回は新日響のクラシックです。クラシックの中でも、最もポピュラーなドボルザーク「新世界より」の全曲、チャイコフスキーの3大バレー音楽の「くるみ割り人形」「眠れる森の美女」「白鳥の湖」の中から10曲の組み合わせでした。本当に久しぶりに「新世界」を聴きましたが、全部覚えていましたね。昔良く聞きましたもの。チャイコフスキーのバレー音楽も、これも久しぶりだったのですが、懐かしくて、バレーを見たくなってきました。たまにはこんなポピュラーな演奏会も肩がこらなくていいですね。楽団員も楽しんで演奏しているようでしたよ。来月はバッハと喜歌劇「こうもり」の切符を取りました。お能もあって忙しくなりそうです。映画と同じで、一度観だすと後を引きますね。
2011年11月18日
日比谷の三菱1号館美術館で開かれてる「トゥールーズ=ロートレック展」に行ってきました。平日なのに、大勢の人が見えていました。私のお目当ては、アリスティド・ブリュアンのポスターです。昔パリのモンマルトルで買って来たポスターを表装して、飾ってありますが、本物の大きなポスターには圧倒されます。彼はムーランルージュなどのポスターで有名ですが、油絵の小品もいいですね。特に馬の絵が気に入りました。デッサン力がすごいと思いました。
2011年11月17日
今日のニュースで、凍りつきました。北朝鮮の実験用軽水炉の完成が間近らしいとか。またまた北朝鮮の原発問題が頭を悩ますことになります。核の脅威もさることながら、福島のような事故が起きれば、偏西風に乗って、放射性物質はおろか、放射能そのものも日本を汚染させるわけです。北朝鮮の技術力や、貧しい国のお粗末さから見ても、何だか背中がアワアワ・ゾクゾクしてきます。またこれが、彼らの脅しの材料にならなければいいのですが・・・・今までは核戦争とか、そちら場仮に目がいっていましたが、考えてみれば、日本海を隔てたすぐの、こんな近い場所に、何て恐ろしいものがあったんでしょうね。
2011年11月16日

中山道の街道歩きからはちょっと外れるのですが、長浜も彦根も近江八幡も城下町。いつも時間がないといって、見たい場所も我慢・我慢でした。今回は、街道沿いに宿が見つからず、彦根に2連泊して列車で行ったり来たり。おかげで長浜・彦根・近江八幡の見所をかじることが出来ました。長浜は昔行ったので、駅から見た長浜城でも、十分です。黒壁スクエアを散策し、お土産を買い、おいしいディナーも食べられました。彦根はまだ行ったことのない彦根城に登って大感激。ただし、残念なことに月曜日だったので、井伊直弼の埋木舎(一番行きたかったところ)と時間がなくて天寧寺(五百羅漢)が見られませんでした。いまだに悔しいです。近江八幡も駆け足だったけど、暮れなずむ町とお堀端がよかった。
2011年11月15日
ポリープ摘出手術を受けた夫。医者から「一週間はアルコールは禁止」と言われ、素直に「ハイ」と言ったはよかったのですが・・・気がつけばノンアルコールビールの500ミリ缶を6本、手にして帰宅しました。「これはアルコールではない」と言って、毎夕食1本ずつ開けています。これって、大丈夫なのかしら?禁酒とは言えないような気がするのですが・・・・
2011年11月14日

鳥居本宿から春日神社を過ぎ、芹川を渡るとすぐ右手にあるのが岩清水神社です。ここには扇塚と面塚があって、喜多流の古くなった扇や能面を納めたのだとか。それだけ彦根では能の喜多流が隆盛だったとか。しばらくいくと高宮宿。ここでは多賀大社の大きな常夜燈と一の鳥居がお出迎えしてくれます。多賀大社と言えば、私にとっては「村山たか」。彼女はここの寺坊尊の娘で、彦根藩主であり桜田門外で討たれた井伊直弼の女であり、長野修繕と共に、直弼の手足となって安政の大獄のときにスパイのような役回りをしていた人です。そういえば。鳥居本も高宮も愛知川も武佐も彦根市なんですね。一の鳥居の前にあるちょうちんや。本陣もこのあたりです。愛知川に向かって歩いていくと、右手に大きなコンクリート作りの建物や胸像、石碑、記念館などが並んでいます。紅忠と名乗り、丸紅や伊藤忠を創業した近江商人、伊藤忠兵衛はここの人だそうです。愛知川にかけて大きな屋敷があり、これらはみな近江商人の家らしい。平将門の首塚などを経て愛知川宿に入ります。昔の旅籠の庭園を生かした料亭です。 300年の歴史を持つ梵鐘鋳造所の前には大きな釣鐘が置かれています。近江商人像に別れを告げて、武佐宿に向かいます。名水や老蘇の森などを見ながら畑の中の道を通ります。のんびりとした秋の風景がいっぱい広がっています。武佐宿に入ります。本陣前を通って、駅が今回の終点です。
2011年11月13日
終わってみれば4対0。昨夜のW杯の予選の結果です。これで最終予選にでられます。最初はモタモタどうなるかと思ったけど、我が前田君に代わってから、良くなったね。怪我でここのところいいとこ無かったけど、これで少しはアピールできたんじゃない?それにしても、何なんだあのピッチは。まるで畑の中でやっているようでしたね。でもそんな中でも・・・・日本上手くなっています。
2011年11月12日

「トラックステーション」て、知ってますか?朝早く醒井宿を発ち、8キロほど歩いて鳥居本宿。おなかが「昼だ昼だ」と叫んでいます。おなかがすくとみな機嫌が悪くなります。探せど人に聞こうと「食堂らしきものはない」と言われ、唖然。本陣前で出会った郵便配達の人にどこかないかと訪ねると、「しばらく歩き、田んぼの中を突っ切って国道に出るとトラックステーションがあるからそこなら食べられると思う」とのこと。たどり着きました、トラックステーション。意味がようやくわかりました。ちょうど昼食時時、何十台もの大型トラックがずらーッと並んでいて、片隅に食堂らしきもの。「いいのかナァ」、「部外者お断りって言われないかナァ」と恐る恐る尋ねるといいとのこと。地獄に仏とはこのことです。入っていくとごつい男達。女性客なんていませんからあちらさんも戸惑っているようです。私はカレーをみんなもどんぶり物を頼みましたが、何せ安くてすごい量。いくらおなかがすいていても食べ切れませんでした。このステーションの中には仮眠所や風呂までもあって、至れり尽くせりのようです。誰が経営しているんだろうね。おなかがくちくなって表に出たら、もうトラックの姿は半分以下。「みんながんばっているんだナァ。」と思いながら我々も出発です。
2011年11月11日

醒井(さめがい)を過ぎると次は番場宿です。小さな宿場町で長谷川伸の小説「瞼の母」の主人公番場の忠太郎でおなじみです。数々の舞台や映画にもなっています。近くには鎌倉幕府滅亡時の北条仲時とその家来達432人が自害した場所が残り、蓮華寺にはその墓と共に番場の忠太郎の地蔵があるのがなんともいえません。田んぼ道を緩やかに登っていくと小摺針峠。この下は名神高速道路の米原トンネルです。もう少し坂を上ると摺針峠。険しいと聞いていたのにあっという間に峠道は下り坂。昔はここ方琵琶湖が見えたとか。木々にさえぎられ、眺めは良くなかった。峠を下り、次に現れたのが・・・・「ようこそ彦根へ」鳥居本宿は道中合羽を売る店がたくさん並んでいたとか。今では看板が残るのみ。また道中薬を売る店も多かったとか。なお、鳥居本宿の本陣は明治になって、ウイリアム・ヴォーリズによって洋館に建て替えられています。
2011年11月10日

柏原宿を過ぎて、松や楓、桜並木をしばらく歩くと61番目の醒井(さめがい)宿の入り口です。昔この泉の冷たさで日本武尊が目を覚ましたと言い伝えられているとか。泉の傍に日本武尊の銅像もありました。そこにあったのが「別雷神社」。「わけいかずちじんじゃ」とよみます。雷様がご神体の上賀茂神社の系列です。この醒井宿、なんと言っても清水が湧き出していて、町の中央を流れています。なんとも言えず趣のある町並みです。時間があったらずっといたい町でした。水がきれいでないと咲かないと言われているバイカモ(緑の藻の中に咲いている薄黄色の花)が咲いています。同じく清流にしか生息できないハリヨという魚がすんでいるそうです。
2011年11月09日
中山道を歩いていた途中のある日。「そうだ、私、今日誕生日だ」と友。みんなで「今日は誕生会しよう!!」・・・と、長浜で列車を降り、現地のボランティアガイドの人に聞いて、イタリアンのお店へ。イタリアンのコースメニューを頼み、ワインも頼んで、友達の誕生日を祝いました。食事は前菜もパスタも肉料理もすべておいしく、大満足。ケーキを頼んでみたのですが、あいにく夜も更けており、無理だと言われ、「仕方ないね」と言っていたのですが・・・・友達の分だけがきれいにチョコレートでデコレートされていて、「ハッピーバースデー」を歌えました。赤ワインもおいしく、いい気分の夜でした。
2011年11月08日

関が原からお隣の今須宿までは、まだ関が原町なので、古戦場のあとが残っています。それにしても、関が原っていうのは大昔から戦場だったんですね。壬申の乱(672年)もここ関が原が戦場になっていたなんて知りませんでした。天智天皇が弟の大海人皇子を皇太子にしていたにもかかわらず、我が子大友皇子を跡継ぎにしたことからおこった反乱です。反乱軍が勝利するんですが・・・・(何だかどこかにあったような)。また今須には義経の母常盤御前の墓もあります。そしていよいよ岐阜県(美濃)から滋賀県(近江)へと入り、中仙道の旅も終盤に入ります。美濃の国の外れ、ここには芭蕉の句碑が。そして県境は「寝物語の里」として、古歌にも詠まれた有名なところ。寝ながらにして他国の人と話が出来るとも、義経を追ってきた静御前が県を挟んだ隣の宿の話し声で家来に行き会ったとも言われています。そして・・・・近江の国の最初の宿は柏原。伊吹山のヨモギを使ったもぐさで有名です。昔はもぐさやが何軒もあったらしいですが、今は伊吹堂ただ1軒が残っています。ここが福助人形の元祖。広重も描いたそうです。そして、昔の映画ファンにとってはたまらない話し。吉村公三郎監督の実家がこの町の庄屋さんだったのです。戦前の「安城家の舞踏会」は名画座で見ましたし、「夜の河」や「夜の蝶」「大阪物語」など、いい映画が残っていますよ。昔と今を行ったり来たりしながら歩きます。
2011年11月07日
東洋大、残念!!今日はどこにも行かないで、テレビの前に陣取っていました。夫に「今日は歩かないの?」と言われ、「走ってる人たちを見てるから」「?」柏原、応援してたのにナァ・・・!あと1歩だったよね。本当に残念!!お正月の大学駅伝、4年生として最後の年です。柏原、がんばれ!!福島がんばれ!(福島県の人たち、応援してたと思うよ)
2011年11月06日

江戸から56番目の宿が赤坂です。ここは関が原の戦いの前夜まで東軍が陣を張ったとか。あちこちにそれらしき標識が出だします。また、幕末には和宮降嫁にあわせ54軒が新築し、嫁入普請と呼ばれるその時の家がまだ一部残っています。57番目の宿垂井宿では謡曲「班女」の舞台になった野上の長者屋敷跡を探したのですが、道路工事中でよくわからず、がっかりです。しばらく行くといよいよ関が原。まず家康が初めに陣を張った桃配山が右手に見えてきます。そして戦が始った場所、東西各武将の陣を張った場所や、首塚など見所はいっぱい。石田光成の紋はいいですね。「大一大吉大万」とあります。官僚としてはたいしたものでも、結局大将の器ではなかったのでしょう。どうしてでしょう、ここにいると、西軍に気持ちが傾いてきます。1日いても回りきれないくらいです。私は好きなのですが、あとの3人は余り興味がなさそうで、今度ゆっくり来たいと思いました。
2011年11月05日
アメリカの車事情。昔は日本車が幅を利かせていました。80年代90年代は「ダッツン(DATSAN)」と呼ばれていたダットサンの日産車、トヨタ、マツダなどあちこちで見られたものでしたが、今は少し違うようです。高級車としては、やっぱりレクサスが好まれていましたし、トヨタのプリウスも走っていましたが、ドイツのフォルックスワーゲンも多く見られましたし、何より韓国の車が多いこと多いこと。シカゴからアトランタまでとサンフランシスコの何日間はレンタカーをしましたが、レンタカーは特に韓国車が多く、我々の借りたのも表紙を開けてみれば、韓国車でした。何より安いんですよね。・・・と言うより、日本車が高すぎるんだそうです。かくして、悔しいけれど、韓国の勝ち。
2011年11月04日

3泊4日で、中山道を歩いてきました。3月の地震と津波で休止していましたが、再開です。今回は岐阜県の赤坂宿(大垣市)から始り、いよいよ待望の関が原を通って、滋賀県に入り米原、彦根から近江八幡の武佐宿まで歩きました。4日間で約13万歩。1日3万歩強です。60代後半のおばさんが4人、良くやるよね。さすがに最後の日は、黙々と歩くことになりましたが、全くみんな元気です。
2011年11月03日
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