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ドイツの息子から「バリに行くから“地球の歩き方”の本送ってください」とのメール。すぐに本屋さんに行って買ったのはいいけど、夫に話したら・・・「バリにどうやっていくんだ?」「休暇が取れたんでしょう?」「それにしても、ヨーロッパから東南アジアだぞ。時間考えたらそんなの無理じゃないの?」「だってバリって書いてあったもの。」どれどれと言って私のパソコンを覗き、文字を拡大するとそこにはパリの文字。「エー!買っちゃったよ。」「考えなかったのか?おかしいって。」「ちょっとはおかしいって思ったけど、前にもパリには行ってるし、時間が取れたんだなーって思ったんだもの。」「普通はバリとは言わないだろう。バリ島って言わないか?」「だったら、フランスのパリって言うわよ。」「言わない、言わない。パリはパリだよ。」仕方なくまた、今度はパリの本を買ってきました。高い買い物です。月曜日にEMSでドイツに送ります。皆様、くれぐれも、「ぱ」と「ば」、「パ」と「バ」にはご注意を!!
2009年01月31日

タイで使っていた置時計。私のお気に入りです。タイの数字が書いてあります。タイも日本と同じで独特の文字を持っています。これが数字です。アートでしょう?
2009年01月30日
妹の主人が東京転勤になり、妹が急遽名古屋から上京して、家探し。あらかじめインターネットでよさそうなものを選んで置き、不動産屋さんに行って見るのですが、時すでに遅しとか、帯に短し襷に何とかで、条件が折り合わなかったりで、昨日と今日の二日付き合いましたが、これは大変。東京の家賃って本当に高いですね。皆さんよくやっているんですね。最低でも3LDKは欲しいし、駅から10分以内とか、条件をしぼると、あまり高すぎて手が出ないし、会社の規定もあるしとしぼっていくと、不動産屋のパソコンから出てくるものは限られてきて、ほんとうに大変。私たちも転勤の度にやってきましたが、他人事ながら見ているだけで疲れてきます。それでも、何とかと選んで帰って行きましたが、後はだんな様との同意が取れるか・・・不動産屋さんも今が転勤の、もう少し経つと入学後の家探しで大変になってきて、徹夜になるときもあるそうです。(離している間、電話の問い合わせがジャンジャンかかっていますもの)それにしても疲れました。うまく決まるといいのですが・・・
2009年01月29日
お友達からたくさん水仙をいただきました。お庭の水仙だそうです。早速玄関のつぼにいけました。このつぼも、私の郡上八幡の友達の作品です。玄関は水仙の香りで満ちていて、歩くたびに香りが揺らめいています。友達のおかげで、いい気分!!
2009年01月28日

神流川(かんながわ)を渡り、ようやく群馬県です。新町宿の本陣も跡だけ。それでも宿の入り口と出口には芭蕉の句碑がありました。柳茶屋の跡にあるのは “傘におしわけ見たる柳かな”もう一つは字も読めないくらいで、わかりません。新町屑糸紡績所を明治天皇が視察した時に新築した宿泊所が公園になっていて、そこでぞろぞろと歩いている大集団と出会いました。聞けば大阪からやってきたといいます。3年かけて中仙道を西から旅していて、ここまで来たとのこと。お互いエールを送りあい、旅の無事を祈りました。関越自動車道をくぐり、高崎線を渡り、しばらく行くと立派な常夜燈があり、道が二股に分かれています。ここが日光例弊使街道との追分です。写真右が中山道、左が例弊使道です。ここからはもう倉賀野の宿になります。本庄から倉賀野まで約18キロ。26747歩でした。とうとう日本橋から100キロ越えましたよ。
2009年01月27日

中山道の旅、朝9時半、本庄の駅をスタートです。本庄は深谷に比べると、案外古い家並みが残っていました。旧本庄警察署は明治16年に建てられた洋風建築で今は資料館になっています。その前にある門は、かつてこの本庄の田村本陣の門。皇女和宮も御降嫁の際にくぐったとか。それより私の興味を引いたのは警察署の横にあった小屋です。「人民控所」とあり、警察に面会に来た人が待っているところです。ここで呼ばれて、警察の中に入れる仕組み。警察署の立派な建物との対比が、明治国家権力の大きさを見せ付けています。近くにあった小屋にはこんなものもありました。きっと昔の消防署の跡か、または道具用の小屋か・・・お菓子屋さんの建物も、旧本庄商業銀行(明治27)の建物です。町を出ると、まん前に昨日も書いた雪をかぶった榛名山が見えはじめました。陽雲寺は、武田信玄夫人の陽雲院が晩年をすごし、亡くなった場所。立派な墓所が残っています。しばらくいくと、大きな川にぶつかります。ここの西側が神流川(かんながわ)古戦場で、本能寺の変の後、織田方の滝川軍が小田原の北条軍に大敗したところだそうです。ようよう埼玉県を越えました。ここから群馬県高崎市。新町宿に入ります。日本橋からもうじき100キロ。今日中には100キロ地点まで行きそうです。
2009年01月26日

今日、中山道を本庄から歩きました。遠くに見える、まるで富士山のような山。昨日降った雪で、頂上は真っ白です。富士山みたいだけど、こんなところからこんなに大きく富士山が見えるはずはないし、何だろう何だろうといいながら歩いていきました。進行方向に向かって、いつも前にそびえています。しばらくして、「もしや榛名山ではないかしら」と一人が言い出し、「そういえば榛名富士って言うよね」「そうだ、きっと榛名富士だ」と仲間内では納得しながらも、はっきりと知りたくて、出会ったおばさんに聞くとやっぱり榛名富士でした。お天気に恵まれ、暖かく、絶好の中山道日和でした。
2009年01月25日
朝起きると、太陽が出ていました。久しぶりにお日様を拝みました。やっぱり、人間には太陽が必要なんですよね。心が浮き立ってきますもの。ウキウキ!いくら寒さが厳しくても、太陽が照っているかいないかで、私の心はずいぶん違っています。雨の日や曇りの日は、それはそれなりに好きですが・・・心も軽く、身も軽く・・・・です。久しぶりに庭に出てみることにしましょう。
2009年01月24日
「昨日はどうしたの?風邪でも引いた?}という電話。「どうして」と聞くと、「昨日のブログが書いてないので心配したのよ」と言われ、書き込んだ私としてはびっくり!見てみると、“ない!”昨日の日記が出ていない!!どこ行っちゃったの?私の書いたもの・・・・写真もつけて、きちんと「公開する」にしたのにナァ・・・
2009年01月23日
はっきりしない天気です。寒いので、今朝からがんばっておでんの用意。大根、こんにゃく、さつま揚げ、、昆布、ゆで卵、油揚げの巾着にはお餅をつめて、先日見つけた牛スジもあるので、これも加えましょう。それぞれあくを取り、湯でこぼしし、サトイモは別にゆでておきます。煮立ったらとろ火でコトコト、ゆっくりと時間をかけて煮込みます。昨日から煮ていた花豆もふっくら炊き上がっています。今日の晩御飯は決まりました。ゆっくり読書が出来ます。
2009年01月21日
昨日の春のような陽気から一転して、いかにも「大寒」らしい今日の寒さです。空はどんよりと雲って、なんだかユウウツです。こんな日こそ読書日和(?)。ついでに、花豆を炊くことにしました。コトコトと煮ていれば、蒸気や匂いで部屋の温度も変わってくることでしょう。昨夜から水につけておいた花豆をストーブの上に乗せて、早速炊き始めましょう。その間、お炬燵に入って、本を読みましょう。ポットにお茶の用意もできました。コーヒーもあります。読もうと思って買った本がたくさんあります。何から読もうかと思案するのも楽しいです。一日、誰にも邪魔されずに、読書三昧。(その上、夕方には花豆が出来上がっています)なんて贅沢なんでしょう。
2009年01月20日

久々にマンホールのふたで、東海道の岡崎からたどってみます。東海道は岡崎のマンホール、岡崎城です。お城は立派でした。同じく岡崎のマンホール。岡崎城と帆掛け舟。次は、有名な和歌がマンホールのふたに書いてあります。「唐衣着つつなれにしつましあればはるばるきぬる旅をしぞ思ふ」伊勢物語の遺跡がたくさん残っている愛知県知立のマンホールです。その先、愛知県豊明市の名鉄線中央競馬場前駅の辺りは、かつて織田信長を一気に有名にした桶狭間の古戦場跡。マンホールもそれにちなんでいます。この先は普通のマンホールのふたしか見つけられませんでした。
2009年01月19日
どうしようもなくカレーライスが食べたくなりませんか?夫婦二人の生活で、カレーを作ると余ってしまい(かといって、少なく作ってもおいしくないんですよね)お昼にカレーが続いていやになってしまうので、めったに作りません。水曜日、久しぶりにカレーが食べたくなり、朝からじっくりとカレーを煮込んだのでした。そうしたら、夫が歯が痛いといって、おかゆを作ってくれというのです。「えー!!」その日の夕食、片やおかゆ、片やカレーでした。次の朝、二日目のカレーはおいしいよと、スープにしてやったのですが、痛くて食べられないと、歯医者さんに。昼も夜も夫がそんなでは何にも作る気がせず、夫はおかゆかうどん、私は一日カレー漬け。金曜日、まだカレーはタップリ残っています。夫、痛み止めと抗生物質と、化膿止めの薬を飲んでもまだ痛みがとれず、また歯医者。帰ってきてきて、神経はとってあるのだが、かぶせてあるところの底が悪さをしているとのことで、「今開けるともっと悪くなるからもう1日様子を見よう」と、また薬漬け。カレーなんて見るのもいや。でも、残っている量も(私一人で食べているだけですから)多くて、我慢してカレーうどんで食べました。土曜日。もう1度歯医者に行き、ついにかぶせてある金冠を取り、お掃除して帰ってきました。聞けば、麻酔も無しで取ったのだそうです。何てこっちゃ!!「カレーはまだ残っているけど、食べる?」「いらない」ついについに私ももう見たくない、食べたくない。ごめんなさいをして、ごみ行き。夕食は夫のためにおじやを作り、私は久しぶりにまともな食事を作り食べました。カレーはいつもよりご飯をたっぷり食べますし、それが毎食だったので、あっという間に体重が2キロ近く増えていました。もうしばらくカレーの匂いは嗅ぎたくない気分です。
2009年01月18日
毎週土曜日の楽しみはBSの11時からの「俳句王国」。あらぁ・・・今日は無いんだって?つまんないな、さぁどうやって過ごそうかなぁ?庭に出て、俳句になりそうなものを探そうかな?梅の蕾が膨らんでいるぞ。でも桜の蕾は固いですねぇ。沈丁花が膨らんでいます。庭に作ったえさ箱にメジロが来て、バナナを啄ばんでいたらヒヨドリに蹴散らかされています。畑は相変わらず霜柱がすごいナァ。エンドウの丈が伸びてきました。ブロッコリーは今日あたり収穫したほうがいいかな。お向かいの家の日当たりのいいところの白梅が、花を咲かせ出しています。寒い寒いといっても確実に春の足音が近づいているのですね。(写真は法隆寺にある有名な子規の句)
2009年01月17日
昨日は腰痛の講座があって、聞きに行ってきました。私は腰痛持ち、いいアドバイスでもと思っていったのですが、老人に対する腰痛講座で、ほとんどがお年寄り。骨粗しょう症にならないための講座でした。いずれにせよ、カルシウムが大事で、牛乳やチーズ、ヨーグルトなどの乳製品が一番だそうです(コレステロールが高すぎる私としては難しい)。それと同じにするには納豆を毎日1パック+豆腐を毎日半分と言われても、なかなかそれも・・・ね。また、筋力をつけることがとても大事ですと強調されました。歩くにもまず筋力だと、歩くだけでは筋力アップにはならないと改めて言われ、へこんでいます。筋力トレーニングって、嫌いなんだよナァ。
2009年01月16日
陽気もよく、「絶好のウォーキング日和」とか言いながら、深谷で食べ損ねたお腹をだましだまし、「途中でお蕎麦屋さんでもあったら入って休憩しようね」と、歩いていきます。ところが探していると無いもので、食べ物やさんは皆無。コンビ二もありません。もう何でもいい、休憩する場所があれば・・・本当に無いのです。仕方なく、それぞれが持ってきた食料を出し、アンドーナツ、ぶどうパン、干し柿などを分け合って、畑の片隅で立ちながら食事をしました。それでも少しでもお腹に入れば力も沸いてくるというもの。がんばって歩き出すと・・しばらくすると、風が吹き始め、そのうちに空も雲がなんだか普通じゃない。雪雲だー!!それでも、この雲はおかしいとばかり、4人の足は速くなっていきます。風は強い向かい風、帽子を深めにかぶり、手袋をし、風に向かって歩きます。みんな無口。ようやく本庄駅に着き、おうどんやさんに入ろうと探しますが、これもまた見つかりません。駅の反対側ならと線路を越えますが、やっぱり無く、ハンバーガーで遅いお昼(3時です)。精も根も尽きたとばかり、暖かいコーヒーでほっとし、なんだかもうこれ以上は歩けないと意見が一致。電車で帰ってきたのでした。写真は豊見坂の百庚申(万延元年、庚申の年にここに多数の庚申を建てた)
2009年01月15日

深谷駅の前に、明治の実業家渋沢栄一の像があるというので、「お昼も食べたいし、駅まで行こう」と何の気なしに歩いていきました。まずホームが見え、「田舎の駅だね」と言いながら、見えてきた駅舎に「おー!!」唖然!!もうびっくりです。なんなんだこれは!とても田舎の駅とはいえません。聞けば、東京駅や帝国ホテルを造ったときのレンガは、ここ深谷にあるレンガ工場からのものだそうです。その関係で、駅舎を建て替える時、このようなレンガ造りの駅舎に変えたそうです。それにしてもあまりの威容に本当に驚きました。でも、レストランがあるわけでも、他に何にも無いのですね。やっぱり田舎の駅です。駅前にも見るものは銅像しかなく、ちょっとがっかり。そういえば昔、荒船清十郎という運輸大臣が、行列車の停車駅にこの深谷を追加して国会で追及され、大臣を辞任したことがありましたよね。結局お昼は食べ損じ、とぼとぼと又歩き出したのでした。落差が大きすぎ!!
2009年01月14日

中山道歩き、今回は籠原から深谷、本庄へと歩きました。横浜からの新宿湘南ライン、朝のラッシュ時はものすごいぎゅうぎゅう詰めで、気持ち悪くなるメンバーもいて、今回は日曜日にしました。さすがに日曜日の朝は空いていて、気分よく出発です。籠原から深谷、本庄へは高崎線の線路と平行に、国道17号線に沿いながら、時々は一緒になりながら進みます。途中寄り道しながら、約17キロを31041歩で歩きました。さすがに深谷はねぎで有名なだけあって、深谷から本庄まではねぎ畑が多かった。ちょうど収穫時で畑からねぎの匂いがぷんぷん漂ってきました。深谷の本陣などは全部「跡」。「ふるさと並木道」とか言う松屋ケヤキ、イチョウの並木も、冬で葉を落としていることを頭に入れても、口ほどのモノでもなく、拍子抜け。今回どうしても行きたかったところが平忠度のお墓。藤原俊成に和歌を師事した、平家物語でも有名な忠度の話は私の好きな物語。線路を越えて、清心寺を訪ねました。一の谷で命を落とした忠度(ただのり)のお墓が、何でこんな遠く離れた関東の田舎にあるのでしょうか?源平合戦で忠度を討ち取った岡部六弥太が、丁重に菩提を弔ったとかで、自分の領地に墓を建てたという事らしいです。そういえばここらあたりは岡部という地名で、岡部という駅もありました。普済寺には、忠度が亡くなる時につけていた箙(えびら)につけていたという「行き暮れて木の下陰を宿とせば花や今宵の主ならまし」の歌碑が残っています。先日の「熊谷宿」の熊谷直実は、やはり平敦盛を討ち取った関東の武将ですし、平家物語の公達にとっては鬼門?敦盛の話などは、今思い出しても涙が出てくるほどかわいそうで・・(ヤダ!本当に涙が出てきた)。というわけで、今日はここまで。尻切れトンボでした。
2009年01月13日
ファンタジーにはまっています。「狐笛のかなた」一気に読んでしまい、後数ページになったとき、終わるのが惜しかった。人の心が読める耳を持った少女・小夜と、“あわい”に棲む霊狐・野火が、二つの国の争いからのろいを避けるために幽閉されている少年・小春丸のため、捨て身の愛で立ち向かっていく時に、何が起こるか・・・野間児童文学賞を受賞したというと、「何だ子供の本か」と言われそうですが、あなどるなかれ!!感動モノです。泣いてしまいました。上橋菜穂子のファンタジー、女用心棒バルサと王子チャグムが活躍する「精霊の守り人」シリーズはアニメにもなって、多くのファンがいるとか。我が家の息子たちも、お嫁さんも、姪も夢中になって読んだという本です。かく言う私も、寝る間も惜しんで読んだシリーズですが、その上橋菜穂子が、このシリーズより前に書いた本だそうです。本当に、日本のファンタジーも外国物にも引けをとりません。
2009年01月12日

どんど焼きです。お正月飾りの門松や注連縄、破魔矢などを燃やして天に返し、五穀豊穣や家内安全などを祈願します。わが町内会でも、どんど焼きがあり、大勢が参加しました。我が家でもお正月飾りを燃やしてもらいました。その後、餅つきや、甘酒、お汁粉やトン汁などのお振る舞いがあり、皆さん楽しんでいました。子供たちには、ベーゴマ、こままわし、羽根突き、折り紙などの伝統的な遊びを、大人たちと共に楽しむ会がありました。ここも少子高齢化の影響はかなりあり、住民も年寄りが増えてきています(かく言う私も年寄りの部類ですが)。お孫さんを連れたおじいちゃんが多かった。こんなことでもなければ、本当にご町内の方とお目にかかる機会はありません。いいことだと思います。そして、どんな形であれ、伝統行事を残していこうという姿勢は、子供たちのためにも大賛成です。
2009年01月11日
長い間続いている平岩弓枝の「御宿かわせみ」は2007年から新シリーズになり、明治編です。主人公も、東吾やおるい様たちの子供たちに移行し、明治初期のまだ混沌とした時代の東京の様子が描かれていて、興味深いです。子供たちもそれぞれ大きくなって、恋をします。「オール読物」12月号で花世が源太郎に「好き」と言って、源太郎の初恋は実ります。二人の仲が近づき、これはこれはと思っていたところ、今年の新年号「花世の立春」で、いきなり婚礼。「えっー!!」大人たちは温かく見守っていくのですが、乳母日傘で育ったじゃじゃ馬娘の花世が、薄給の源太郎とこれからどうなっていくのでしょうか?ワクワク、楽しみです。
2009年01月10日
昨夜から、“今朝から関東地方は雪”だとのニュース。今朝起きたら、雨!「なぁんだ雪じゃないジャン!」とがっかり。でも、ごみを出しに行ったら、切れるような寒さで、みぞれっぽい。その上ニュースは“昼ごろから雪”とまたおっしゃる。パンもミルクもコーヒー豆も無いので、急いで買い物に行ってきました。野菜も肉も揃っているし、これで万全。いつ雪になっても大丈夫。ここは坂の町(かなり急坂です)なので、大雪になるとバスが山の上まで来ません。雪というと、なんだかワクワクしながら待ち構えるのですが・・・それにしても、今聞こえたのは雷?どうなっているんでしょうね。
2009年01月09日
1999年4月といえば、まだ私たちはアメリカに住んでいた時です。山口県光市で母親と赤ちゃんを殺害した事件があったのは、遠い出来事でした。帰国してからも、その裁判の様子や、被害者の夫の方がテレビで気丈に話していらっしゃるのもまったく興味の対象外で、私にとっては今も繰り返されている、凶悪犯罪の一つでした。年末にお友達から「この本がよかったからぜひ読んでみて」と手渡された時も「なんだか気が重いな」「読みたくないな」と思っていました。「小説ならいいけど、実際にあったことだから、ちょっとね」と言うと、いつもと違って強引なのです。「年を越してもいいからぜひ読んでみて」と言われ、そこまで言うならと預かったはいいけど、1ヶ月近く放って置きました。3が日も過ぎて、読まなきゃ返せないからという理由だけで読み始めたのですが、読み出したらなんだか姿勢を正さなければいけない気がして、机の前に正座して読みました。まず、そうか、こういう事件だったんだと、事件の内容を知りました。と同時に、犯人は当時少年で、少年法の適用で無期懲役、早ければ数年で刑期が終わるそうです。裁判の記録、裁判官や弁護士のいい加減さ、それに立ち向かっていく本村さんの信念と勇気、周りの人たちの支えのすごさ。特に、犯人の人権は認められていても被害者の人権、被害家族の人権は皆無だったということ。被害者の人権が認められだしたのもこの事件で闘っていった後だそうです。生きる意欲をなくし、辞表を提出した本村氏に上司が「社会人として発言すべきだ。労働も納税もしない人間が訴えてもただの負け犬の遠吠えだ」と諭すところなど、考えさせられる場面が多かった。9年かかって少年法の改正と死刑を勝ち取った勇気に頭が下がります。それにしても、弁護士というのは勝つためにはなりふり構わず、まるでアメリカ映画みたい。裁判員制度が始り、それを受けるかどうかとか、仕組みについての議論は多いけれど、それより何より、人間として、人を裁くということ、そこから真実を見つけることの難しさを心してかからなければいけないと思いました。友達に「ありがとう」といいます。
2009年01月08日
今朝は七草粥を食べました。昔は前の日の夜に「七草ナズナ、唐土の鳥が・・・」と歌いながら切っておき、7日の日にそれでおかゆを炊いたらしいですが、我が家ではかご盛りになった七草を買ってきて作ります。「セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロ、これぞ七草」と歌いながら(歌いやすいでしょう?)、まな板にトントンと調子をつけながら切っていきます。細かくなったところで、なべに入れ、塩一つまみで味をつけ、ご飯を入れます。おかゆというより雑炊ですね。ところで、ナズナはぺんぺん草ですし、ゴギョウは母子草、ハコベラはもちろんハコベですから、道端で見つけてきてもいいくらい。雑草づくしです。スズナはカブ、スズシロは大根ですから、これら七草に限らなくても、青い野菜を細かく切って(小松菜でもにらでも)おかゆにして食べればいいのでは・・?ようするに、お正月のご馳走で弱った胃腸の回復のためですもの。
2009年01月07日
残っていたおせちもようやく食べ終わりました。ちょっとホッとしています。おかしいもので、なんだかギラギラ(ギトギト)したものが食べたいのです。トンカツよりステーキかな?それも血が滴るようなレアで・・・野菜や魚、煮物中心の食事も、ずっと続くとさすがの私もイライラしてくるから不思議ですね。きっと、体が欲しているのですよ。というわけで、今夜は決まり!
2009年01月06日

奈良公園から春日大社、東大寺にかけて、鹿がたくさんいます。鹿は神のつかいとして、大事にされているのかと思いきや、野生で、国の天然記念物だそうです。草や木の芽を食べているのでしょうが、鹿せんべいも好物なのでしょうね。せんべいを買ったとたんに後をつけてきて、体を摺り寄せてねだります。私は怖くなって、連れにせんべいを渡しますと、そちらに又向かっていきます。ボスみたいのがすべて横取りしようとするので、連れのアメリカ人が公平に渡そうとしたら、上着を噛まれました。なんてこと!!お母さんと一緒に鹿におせんべいをやっていた小さい女の子は、持っていたせんべいを奪われ、恐怖で泣き出す始末。男の子は逃げ回っていて、まるで鬼ごっこを見ているようでした。一時100頭以下にまでなってしまった鹿も、今や1,200頭ほどいるのだそうです。
2009年01月05日
昨日、夫の両親の墓参りの後、年始の挨拶に夫の実家に行きました。夫の姉夫婦家族がが、自分たち家族の旅行の写真を散々見せてくれました。その後悪いと思ったのか、私たちのニュージーランドの写真が見たいというので、テレビに映し出して見せました。まずピントが甘いから始まり、「人間が写っていない」「写っていても他所の人」「記念写真にならない」「鳥や花ばかりで面白くない」etc・・言いたい放題。それにしても、まぁまぁよく言ってくれますよ!!言われてみれば、二人で一緒にとっているのは何百枚もある中で(2週間の旅)ほんの5-6枚。一人ひとりでもせいぜい5枚もありません。でも、だからといってそこに行った記念にならないわけではありません。それは考え方の違いでしょう?景色の中に自分たちを入れて、そこにいたという証拠を残したい人もいるし、どれにも大きくVサインを入れて撮る人もいるでしょう。私はそんなの好きではありませんが、それぞれ考え方の違いなのだから我慢我慢!!私にとってはきれいな景色や花を見、珍しいものを撮って、そのまま切り取っておくことで、旅の思い出はもっともっと膨らむのですから、これでいいのです。本当にそこまで言われる筋合いのものでもないと思うのですが。
2009年01月04日
昨日長男夫婦が来て泊まっていく筈が、風邪を引いて熱がありこられないとのこと。出来れば来てというので、こちらから出向いて一緒にお正月をしました。というのも、年末にお正月用として牡蠣(殻つき)を頼んでおいたのが、昨日届いたのです。牡蠣とおせちを持って、息子の家に行き、早夕飯にして、帰ってきました。牡蠣はおいしかったですよー!!ホットプレートに殻のついた牡蠣を並べ、少し水を張りふたをして温度を上げます。湯気が出てくれば出来上がり。牡蠣の殻も容易にむけます。殻の中で蒸された牡蠣は、ホッコリとしていてその上ものすごくジューシーで、そこにタバスコやレモン、紅葉おろしにポン酢などをつけて食べると・・・ほっぺたが落ちそうです。生もいいけど、この食べ方は最高です。ほんとうにおいしんだよー!!40個もあった牡蠣が4人でペロリ。牡蠣殻の山が出来ました。これで風邪が治るといいなと思いながら、家路に着きました。今日はこれから主人の両親のお墓参りです。
2009年01月03日
すごーい!!箱根の上り坂での、東洋大の柏原の走り。もうだめかと思ったまもなく、下りの走りの切り替えが出来、一気に早稲田を抜いて往路初優勝。その前の山梨が失速した後だけに、はらはらしながら見てました。今井の持っている記録も抜き、区間新だって。今年の駅伝は昨日(実業団)も含めて面白い!明日もまた朝からテレビの前に釘付けになりそうです。
2009年01月02日
開けましておめでとうございます。暮れから持ち越した風邪で、寝正月を決め込んでいます。ニューイヤー駅伝の最後は燃えました。二人で「行け!行けー行けー!!」と叫んでいました。富士通、21世紀初の優勝。まさかまさかの優勝です。明日は箱根駅伝。お正月の楽しみの一つです。
2009年01月01日
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