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東京では上映しなくなっちゃいましたね。 みんな事の顛末位は知っているだろうから、そこは省いて、勝手な意見を言わせて貰いやす。 さて、これって言論弾圧とか表現の自由の侵害とかって言われるが、果たしてそうなのか? 一部政治家(稲田朋美)が文句言ったら即それだと言うのはヒステリックではないか? 映画館の周りを右翼団体が囲って街宣活動されるから中止にするのも情けないのでは? 中止に追い込まれるのではなく、映画館が勝手に中止しただけじゃないの? すぐまあ、言論弾圧とか表現の自由の侵害とか手垢塗れの言葉使うよなあ。 これって結局、「やられた」方の作戦勝ちじゃないかと思えてしまう。 詰まり、「宣伝」が目的だから「被害」が甚大であればこそ同情を寄せる者が増えて来るのだ。 何せ悪名高き右翼に政治家=権力者が弾圧している構図が出来上がっているのだから幾ら取り繕っても無駄だろう。 崔洋一も田原総一朗もちょっと考えてくれればよかったものを…。 まあ、映画人やジャーナリストならば仕方のないこったろうと。 意見は誰だって言える筈。それは万民問わず。 上映するか否かはその当館が決めること。 嘗て日教組が集会開くんでホテル借りようとしたらホテル側が右翼のいちゃもんに折れて中止にしたこともあったなあ。 但し、いわゆる左から見た「右」に関することは頬っ被りにされることが多いが。
2008.03.31
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今日で最終回。 丸々一年三ヶ月使って放映したアニメも一区切り。 アニメの方がネタに困ったような感じがしていたな。 ずっとやり続けていたら、ジャンプアニメのようにダラダラ引き延ばし展開を厭々乍ら観させられてしまうのかも知れなかった。 いつものことなんだが、さも人気が有ったから二期制作の報せを態とらしく流すのは如何なものか。 固定客を狙った商法としか思えん。 顧客とも言うが、寧ろそう言う人達は鴨葱…じゃなかった、リピーターなんだろうと。
2008.03.30
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VPって何のこと? ヴァルキリープロファイルのこと。 しかもプレステ版、前世紀末の奴だ。 良くフリーズして何度もやり直したなあ。 これが総プレイ時間が100時間になる。 凡そ四日間も費やしたんだなあ。 エンディングがショボい、と言っても色んなパターンがあるようだ。 自分はその道のりを歩んだようだが。 良い終り方にするには、もっと歴とした攻略本とか必要になってくんのかなあ? ただ、一つ言える事は、これで一つ肩の荷が下りた。 テレビゲームも一回クリアしただけで飽きられないような工夫がなされており、裏ルートやループやアフターが用意されている。 そう言えば、VPって、プレステだけでなく、プレステ2やDSのまで出ていて、これを買うにゃあ時間も金も要るから少し躊躇う。 難易度としてはノーマルモードとは言え、寄り道をしたから多少は手古摺った。 クリアしてから呆気らかんとしている気持ち。 このゲームだけでなく、粗全てのゲームはクリアした後の虚しさが心を覆い盡す。 虚しさが覆い尽すのは変だ。 虚しさは空っぽだから虫食いの如く心の隙間を展げる、と言い換えた方がベストか? こんな表現はどうでもいいとして。 矢張、麻薬にも近い。 ダラダラとした生産性のない作業を繰り返しているだけ。 少ないゲームで繰り返している分には良かった(良くない)かも知れないが、最近(とは言っても次世代機の登場から)のはグラフィックに容量を費やしているから、ストーリーや難易度に手が回っていない。 自分の人生を振り返ると、ゲームに費やした時間は、寝る時間と等しいのかも知れないなあ。 プレステ3が出ているがこれも一先ず、御預けにしよう。
2008.03.29
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一期二期共に、冗長な感じがしたなあ。 二期の前半が日常を余りにも描かれ過ぎだと言う批判があるが、自分としてはそれは違うなと思った。 寧ろバトルシーンにそれを感じた。 何故だろうか。 やっぱり、ドラゴンボールとか観ていたからなんだろうなあ。 原作に追い付かないような引き延ばした一長一短のバトルシーンの繰り返しで目が肥えてしまっているのだ。 最後の決戦もそうだが、サブラクとの戦闘シーンでも長いなと感じてしまうのだった。 そっぽ向いてても分かってしまう。 まあ、DVD借りて復習宜しく観るがな。 まあ、自転車操業だから三期もあるんだろうが。 一騎当千もゼロの使い魔も最近の量産アニメには有り得ない三期目と言うのが、二期終わった途端に出て来るのだ。 一期で成功したらば、二期をやり、二期のDVDで復習がてらに三期までの準備をするパターンがあるな、こりゃ。 アニメもゴールデンがなくなって、早朝と深夜にセパレイトされてしまっている。 地デジになればこそ、多チャンネル時代でより多くを選べる様にだってなれる。 如何に日本アニメが世界に誇れるっつっても、貧弱な状況じゃあなあ…。 って、シャナの話なのに。 まあ、一区切り付いたから深夜アニメ漬けにはなりゃしないか。
2008.03.28
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黒髪幼なのは…じゃなかった、春原陽平妹の芽衣が出ずっぱりの回であった。 番外編だからあってもなくてもよいのだが、渚が朋也を名前で呼び始める重要な条件だ。 風ちゃんじゃなくて、芽衣ちゃんでした。 クピドの役目を負うのでした。 番外編だということで重要じゃないのに、名前で呼ぶタイミングとしては重要だ。 これはアフターに焦点を当てる積もりならばそれ迄に至る経緯はどうだっていい、てことに他ならない。 結局、第二期なのか? それを作ることが決まったようだな。 いつになるのだろう? DVDシリーズは八月迄出る様だから、その後なんだろう。 京アニはクラナドの後に何を描くんだろう? ハルヒが出るようだが、それもいつになるか決まっていない。 らきすたはなんかずっと推しっ放しだな。 コンプH'sはよもや角川版メガミマガジンの様相を呈している…。 て、こんな心配りは必要ないが。
2008.03.27
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有吉が品川に付けた渾名の事である。 いやー全く的確! 有吉は天才だなあ。 皆が思っていることを代弁しているのだ。 皆分かっているのだ。 品川は裸の王様であることを。 あれ…確かこの話って、自分が秀でていると思ってて、周りの皆はとっくに王様が阿呆であることを論う創作じゃなかったっけ? だけど、雑学や裏話でピーチクパーチクやってて賢らにしてても、矢張抜けているのだ。 罅割れた水瓶だ。 王様は裸と指摘した子供が何も賢いと言う話ではない。 昔なにわ小吉が、人類が服を着るようになった謂われを面白おかしく描いた漫画の中に、最後までずっと裸でいた奴の落ちをつけていたのを思い出した。 服を着なかった人間とは、服を着て羞恥心を克服することに気付かない人間ではなく、始めに服を着ずに裸を見られたいことに快感を覚えた人間のことだと。 なんだか解り難いな。 詰まり、羞恥心の克服が露出癖を生ませたのだ。 物事は相対的なのだ。 品川は世間の評価を気にする。 誰しもそうなのだが、品川は特に過敏である。 王様は服なんて無いことはとうに分かっている。 そんなものを出された時点で人望を得られていないことは分かっているのだ。 子供は今風に言えばKYである。 然し、AKYなる言葉だってあるのだ。それこそ狷介。世間の空気に怯え怖じることなく、勇猛果敢或いは無謀にもその口から発する。 王様の無様な姿を見て指摘することなく陰でせせら笑う国民が正しいのか、面従腹背の閣僚が正しいのか、指摘した子供が正しいのか、恥を忍んで外に出る者が正しいのか、見当が付かない 但し、世の中は相対的に出来てると思える。 品川の席は実は誰でも座れる。 裸の王様と同レベルだ。 周りに拐かされてここまで来た感じがする。
2008.03.26
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この作者って隠れ国粋主義者じゃないか…? 漫画の端々に愛国的な表現ばっか出て来る。 所謂、左翼な人々では決してこんな描き方なんぞしないのだ。 その癖、鍵作品の愛好家だという。 ううむ…大体分かって来たぞ…!? 電波系作家?の本田透もまた、鍵作品愛好家である。 この世を覆い尽さん体制的な価値に抗う姿は良もすれば左翼の如く映ろうが、然しこの人は学生時代の『平等』『自由』『人権』教育に倦んでいたようで、その気に染まらなかった。 不幸にも、本田の受けてきた教育とは紛れもなく、戦後民主主義教育である。 本田は斯様な教育でも結局、体制が覆る事はないと断言しているのである。 体制とは『モテ』である。 『モテ』にも多様な意味が含まれる事がある、らしい。 根本的な、払拭出来ない不幸が自身に有る限り、外面を変えた所でどうにもならない。 これが…原罪なのか…? 詰まり、割り切ってしまえば脳味噌で納得した方が幸せなのだ。 小乗佛教みたいな事を説いているのだろうか? 大乗は全員で。 それがイベントなんだろうか? 祭りだったりオフ会だったり。 ナショナリズムは引っ込んでしまったが、鍵作品が愛されることも人の心(精神)が内向きになった証か? 皆それぞれお母さんのお腹にいた方が遥かに心地よいのだ。 ナショナルは生まれたところと言う。 お母さんからしか生まれないのだから、鍵作品が家族を題材としてるから自然と引き寄せられてしまうのだろうか?
2008.03.25
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犯人は変装して犯行に及んだそうな。 それに、凶器を手作りの鞘に収めていたから、かなりの計画有りと見た。 当然、事件を起こした犯人の素性が即座に暴かれるのは至るところだろう。 マスコミは流石手が早い。 犯行に及ぶ迄の行動が精緻にも書き記され、まあ犯人の証言だろうが、次々と出て来る。 マスコミの独自調査と警察発表は同じメディアを通しての物だが、微かに違う。 皆も御存知の通り、最早マスコミ自体が命を賭けての調査を尻込みするようになっている。 第四の権力とは言え、それは虚仮威しであり、他の権力に乗っかっているだけである。 それは徳川幕府と同じだ。 警察こそが権力を表しており、常に暴力措置を備えているからだ。 だから怖いものはない。 マスコミにもあるだろう。 それは全国津々浦々普くテレビが世間を構成させ、人心を一面化させているからこそ、振り撒くイメージによってその対象となった人が善にも悪にもさせられるという、報道の暴力があるわけだ。 とどのつまり、マスコミも警察も世間に陰に陽にと支えられたシステムである。 前置きが長くなったが、踊り出るのは必ずと言って良い程、ヒキコモリであることと、ゲーム三昧は犯罪者予備群であると言う事。 又は酷いのになると犯罪者そのものに照らし合わされる事も。 こんなのは、自身のコミュニケーションにかかることなのに、全体はその一翼を担いたくはないから、無関係と思いたい側の物に悪徳を押し付けたがる傾向にある。 悪意や悪徳を追い出せば綺麗になるとでも思いたいのだろう。 所詮犯罪は生まれ育って社会と関わった形で築き上げられる。 何も全て犯罪者が端から無謬であるとは言わない。 似たような環境下でも慎ましく生きる人だっているのだ。 一概に社会や親や学校とか、政治の所為とか押し付けるのも、悪意を追い出す行為と似て不愉快である。 誰しもがその因子を持っているのだ。 自分は犯罪に無縁だと言うのは陶酔であり、驕りである。 またぞろ、どっかの弁護士が心神耗齢を理由に軽減しろとか言うんだろうなあ?
2008.03.24
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深夜34時放送のアニメ(笑)で結構好きだったのに、終わりか…。 丁度、一年三ヶ月ってとこか。 進級を目前にして終わらせるやり方は、その後どうなるかと言う波乱含みでいいけど。 唯ねえ…。 やっぱり冗長、退屈、マンネリ感は否めないなあ。 テンションが持続しないのかなあ? やはり、少年ジャンプ系やコナンの長期放映に較べりゃ体力持たないか。 昔はどのアニメも一年くらいだったが、何処も予算が逼迫している状況では三ヶ月が関の山だったりするな。 確か、ハヤテを描いているアニメスタジオは元々下請の様で(どのアニメスタジオも最初はそうだが)ある種の大仕事だったのかも知れない。(予断と偏見) アニメの粗製濫造時代ではあるが、ピークは外国に評価されて調子に乗っていた去年の夏頃(平成19年)迄だったんだろう。 然るに、安倍・麻生短命政権と重なる。 丁度その頃は政治や文化でもナショナリズムが最高潮でもあったが、安倍のヘタレで失速して福田になってから国粋主義もどっか行ってしまった。 これでも、アニメの製作本数は少ないのだそうな。 ハヤテも言っちゃあ悪いが段々と飽きて来るんだよなあ。 この作者、畑の師匠に当たる久米田の作品のアニメ絶望先生も流石に飽きて来る。 飽きさせない為にもいつの間にか三部構成というアクロバティックな戦法を採るようになった。 尤も、原作もページ数が少ないからむべなるものかな。 大変だなあ。
2008.03.23
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TVアニメの方は、最後までインパクトが弱かった…と感じたかなあ。 先程書き記した考察でも、ご飯に掛っているとしたが、こんなのは誰も考えやしないから、渚への告白に至る道筋がイマイチ見えて来ない。 原作そのまんま(?)だからなのか、説明臭い会話で展開を補強しなきゃならないとは、アニメとしては及第点では? さて、劇場版を買って観たが、映画で観たのと、部屋で観たのとでは印象が違う。 当然だ。 初めて観た印象と振り返って観た印象とでは、後者が矢張再確認と言う事になるので、気にならなかった荒が感じられるようになった。 どうしても京都アニメーションと比較され勝ちになる。 遜りなく言えば、京都アニメーションの方が質の高いアニメーションを作る。 今回の劇場版はキャラがぎこちなかったりするのも多少見受けられた。 予算はどうか判らんが(嘘だが)ほぼ外注だったり、時間も無かった様だからだろうか。 京アニはメジャーに踊り出てここ数年と言うこともあって、いわゆる構成が素人臭く感じるのだ。 悪く言えば、原作に頼り過ぎてちぐはぐしてしまっている。 Keyの作品をアニメ化してるのも東映が先んじていたりするしなあ。 翻って、東映は歴史が長いから(はっきり言ってほぼ全てのアニメスタジオの親)アニメ製作には慣れている感じなんだな。 映画を観た時、あの東映のダッパーン!…の波濤が岩に打ち付けられる…ってそんなのあったっけなあ? あったと思う。 TVアニメは一先ず『学園篇』が終わりなのだろう。 番外編で全て茶を濁すなよ? ギャルゲーは、ヒロインに告ってハッピーエンドなのだが、TVアニメもこのセオリーに則っていて円満に終幕しているようだが…。 劇場版はアフターを描いている。 寧ろアフターが基軸で学園の頃を思い出している形と言うか構成である。 渚が既に死んでいて、朋也が現在に向き合えずに過去に縛られているところから始まっているのだ。 朋也の年齢が26歳なのである。 キャラデザが高校の時と余り変わらないのがアレだが、微妙な変化を付けさせるのはアニメーター泣かせだからだろうか? ギャルゲーで成人ストーリーなんてそうそうにあるか!? 叶えられなかった青春時代を謳歌するために敢えて学園物にさせているのだが…Keyのはなんでかハッピーエンドを態と取り違えたような作品ばかりだ。 ギャルゲーじゃなくて、家族ゲーじゃん!? CLANNADは学園篇こそ序の口であってアフターが幕内だ。 果たして京アニは暗くなり勝ちのアフターを描き切れるか? トーンが変化する。 これを毎週繰り返す事になる。 AIRのような感じ…いや、更にそれを上回ってしまうのかもしれんのだぞ…?
2008.03.22
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目と鼻が治まっていた。 但し直前まで左目が異常であった。 白眼の特に左側が水脹れにあったかのように腫れてしまって開くにしても閉じるにしても違和感を感じ、痛かった。 それが夜の内に突如と治まったが今度は腹の調子が悪くなった。 拒絶反応のやり場のないエネルギーが腹に来てしまったんだろうか。 それもまた、時が経つとまた元に戻ってしまうのだが。
2008.03.21
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どうやらこの22話の『影二つ』で最終回のようだ。 但し、次回は番外編だと。 漸く、軌道修正した感じがあったなあ。 渚の衣裳がKanonの高校の女子制服みたいだ。 振り返って見れば、役目の終わったことみや椋や杏は解説&実況役に転じてしまっていたなあ…。 ことみがあらゆる知識や情報を引き出せる役割が恰かも魁!!男塾に出て来る雷電を髣髴とさせる。 「知っているのか…雷電!」 「ことみちゃん…知っているの?」 そんで藤林姉妹がその役回りこそが富樫&虎丸みたいだった。 少年漫画に有り勝ちな、連載回数が増えて行く度に古参のキャラが新キャラに押されてマイナーチェンジして行くパターンを継承しているんだわさ。 朋也と旧知の仲であった藤林姉妹に代わって登場したのが、渚と智代である。 藤林姉妹はずっと出ていたものの、贔屓目にされる渚と智代の影に隠れる形となってしまっていた。 役目を終えたことみに与えられたモノとは…解説役…。 ジャンプ黄金パターンじゃないか。 春原陽平は端から道化だったが、男塾ではあのファラオに擬えられる。 遊☆戯☆王では城之内と本田だなあ。 って、誰が? 決まってるじゃないか、藤林姉妹だよ。 如何せん、アイシールドには夫々役目があるから、キャラに於いて解説役が存在しないが。 北斗の拳では、レイやシャチ、リハク、サヴァ国のサトラだなあ。 もしも、次回があるとするならば、フェードアウトしてってしまう藤林姉妹とことみだからある程度は仕方ないかも。 朋也の卒業と共に、退場しちゃうもんなあ。 結果的に渚と、智代と有紀寧と町のみんな、芳野&公子(それはないか…)、父ちゃん、古河夫婦だろう。 てか、あるのか? 結果的に選んだのが渚にしても、流れとしては不自然のような気がしてならない。 杏が接近しようとしても、渚がちゃっかり近付いては頼りっ切りになっている。 これもまた、強引なのだが、渚の親の影響力が余りにも強いからだろう。 まともなご飯を朋也に食わせている方が勝ったのだ。 朋也は、渚の方を選んだ。 智代はどうだろうか? 渚が引っ込んでる時に朋也宅に上がり込んで飯の支度をしていたくらいだが、停学中だった為に期間は短い。 ことみはどうだ? 朋也の気が向いた時に寄ってはことみが作っていたからこれもまた、数回しかない。 まともな家庭生活をして来なかった朋也にとって、正に必要としているのは「母」なのである。 渚(正確には古河家)>智代>ことみ>有紀寧>>>(越えられない壁)>>>杏&椋 そいえば、有紀寧がちょくちょく出る様になっていたな。 終盤は止め絵のダイジェスト的展開が富みに目立っていた。
2008.03.20
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何故、こんな結論を? それは小島よしおの姿と行動を見れば解る。 成仏とは仏に成る、と言う事。 仏とはどんなものか。 阿弥陀如来や釈迦如来の具体的な存在ではない。 社長や大臣がその個人を特定している訳ではないように、仏はそれになっている人の事を言う。 今更説明する積もりは無いが、仏(ほとけ)とはBuddha(ブッダ)の音写である。 ダライ・ラマは観世音菩薩の化身である。 朝のアナウンサーがそういう但し書きをしたにも拘わらず、仏様の生まれ変わりと言ったから、何も解ってないなと思った。 観世音菩薩が降り立つ山をポータラカ山と言う。 チベットではポタラ宮があるが、さて同じく我が国にも観世音菩薩の降り立つ山がある。 日光である。 元々普陀落山と呼ばれたのが、二荒山(ふたら)、「ふたら」を「にこう」と呼ばせて、似た音で「日光」となった訳である。 菩薩はボーディサットゥヴァの音写で、ブッダの一歩手前である。 まだまだ成仏してない人なのだ。 さて件のダライ・ラマのダライは蒙古語で大洋、ラマはチベット語で大師である。 チベットではダレー・ラマ(taalai blama)と聞こえる。 さて、この大洋に見覚えはないか? オッパッピーであるぞ。 オッパッピーはOPaPiで、OceanPacificPeaceの略。 太平洋の様な平和…らしい。 正に、大いなる海ではないか。ダライもオッパッピーも。 ダライ・ラマも小島よしおも世界平和を願う。 もう一つ、何故小島よしおが仏なのか。 それは一糸纏わぬ姿、パンツ一丁の姿をしており、凡てを捨てて居るように見えるからだ。 菩薩はまだ飾りっ気がある。 仏は褸一つのみ。 袈裟も元々の意味はボロキレである。 釋迦牟尼も迦毘羅衞国(カピラヴァスト)の王子様であったが、それ総てを捨てて飛び出した。 小島よしおも学歴なんのそのである。藝の道はほぼ出家に近い。 極めつけは、 『そんなの関係ねえ!』 これこそが悟りの道である。 詰まり世界の凡てを理解しても世界は世界で自分は自分。 一切の関係を断ち切るのが、悟りの境地である。 しかし、何もニヒリスティックになることではない。 決して世界と己れが無関係ではないと言うことが悟りである。 生きる、老いる、病む、死ぬ、この世に生を享けた者はそれに無関係ではいられないからである。 実際に小島よしお仏は己れを一発キャラだと思っているからだ。 生老病死は人の悩み。 全て決まっていることで、ここから理解することが悟りの道である。 因みに、仏の語源であるブッダとは悟りを開いた者とされているが、印欧語では目覚めると言う意味だ。 そう言えば、覚悟なんて言葉もあるなあ。 眠りから目が覚める、それだけである。 啓蒙と言う意味にも似ている。 眠っている事は暗がりの中と言うことだ。 そこから目が覚めて全てを感じ取る意味にも通じる。 数千年よりも全く変わっていないな。 ロシア語では目覚めると言う意味が原形のブヂーチбудить(budit')だ。 Buddhaと瓜二つではないか。 それはさておき、小島よしおは既に活仏だ。 活仏はホトクト(フトゥクト)と言い蒙蔵の言葉のようだ。
2008.03.19
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以前は途中まで挫折したこの発汗シリーズだったが、どうやら続きを出す余裕が出て来たようだ。 さて、どうしようか。 自分の現在そうしたコレクションシリーズを『古代文明』と『歴史のミステリー』と今のところ二つである。 もしかしたらまた頓挫するかもしれない。 以前は買い続けていたけど最近はテンションが持続しない。 いいのか悪いのか判らん。
2008.03.18
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97円になったが、これ以上下がるかな? 嘗て70円台にまで突入した事あるが、今回もそれがあるだろうか? アメリカのドル安はサブプライムローンの影響もあってドルが手放されたようだが、下がり続けた所で急に買い漁って騰がるのを待つか? しかし、こう言う考え方するのは何処も一緒だ。 安易なマネーゲームに乗り出すのは危険だ。 それと、万が一にもドルが持ち直す事も無いかも知れない。 ドルがペソかリラかレアルになってるかも知れないのだ。 借金大国のアメリカなのにドルの推移にそう大差ないのは、強大な軍事力と各々の企業の力の賜なんだろう。 後は狡賢い交渉力だろう。 アメリカが崩壊することは容易に想像は出来ないが。 ソ連が崩壊して、清朝も中華民国(蒋帝国)も崩壊したのだから、アメリカが崩壊しないこともないのだ。 資本主義は動物の競争原理故永遠不滅と思っている奴は阿呆だが。 買うとしても皆が殺到するかも知れない。 考えることは皆同じだ。 同じ様な教育を受ければ同じ様な考え方をする。 ある意味、詐欺がなくならないのも頷ける。 同じ思考に支配されているから、同じ様なパターンに陥る。 持ち直す保証がないのだ。
2008.03.17
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さて、チベットが嘗て何処にも属さずに独立していた事を知っている日本人が何れだけいたであろうか? 今回の騒動でチベットの全貌が分かったかな? チベットの名が西の一角に位置する自治区(そんなものはない、実際は漢人支配)の名前で通っているようだが。 デモはその名前だけの自治区の他に青海(アムド、ココノール)、四川(カム)、甘粛、雲貴に拡がっていると云う。 それだけでなく亡命チベット人による世界各地のデモもあるのだ。 こうなると…嘗ての苗族や南越人のデモを思い出す。 因みに、苗族は「びょうぞく」と読み、他の読み方は「ミャオ」(漢音)「モン」(自称)「メオ」(蔑称)である。 苗族は1000万人以上いるのに、大陸チャイナでは少数民族扱いなのだ。 チベット人は全土合わせて600万人位であるが、入植して来た漢人は700万人にも上る。逆転してしまった。 外蒙古人も600万人位である。 それなのに独立国であったのには訳がある。 清朝時代でソ連に割譲されたからだ。 ただ独立とは名ばかりで実際はソビエト・ロシアの衛星国…属国であった。 蒙古伝統の縦書きパスパ文字は横書きキリル文字に取って代わられた。 蒙古からМонголへ。 チベットの場合は清朝の皇帝(ハーン)がそこの今で言う大旦那の立場であっただけなのだ。 今の赤色チャイナがそれだけでチベットを固有の領土とするのはおかしな話なのである。 辿って来た歴史が全く違う。 言語的にはチャイナの漢音みたいなカラカラした濁りのない発音をする。 支那チベット語系と類されるがちょっと違うんでねえの? チベット語はビルマ語(ミャンマー)やブータン語と似ていて、支那語の方が泰語(タイ)に近いのである。 蒙古語がアルタイ語系で、苗語がカンボジア語(クメール語)に近いのだと言われる。 滿洲語はツングース語とも言われるが、朝鮮語がこれに近いらしい。 日本語はさて、何でしょう? 実は日本語とは国家統一に向けて作られた人造語である。 近代のドイツ語やオランダ語みたいなものだ。 平安時代に一切の漢音系を排除して全て倭語っぽい言い回しにしているのである。 原始の日本語詰まり倭語とは、これも先に述べた様に時制の概念がなく、単音節系言語だったので、それこそ古代支那語とほぼそっくりであった。 二重子音は無いが。 井(ゐ)・絵・柄(ゑ、らしい)・餌・尾・緒(を)・男(を)・蚊・木・毛・子・粉・籠・巣・酢・背・瀬・田・血・乳・父・津・手・戸・外・名・菜・荷・丹・根・音・野・歯・葉・刃・羽・端・火・日・経・穂・間・実・目・芽・女・藻・屋・家・矢・輻・湯・夜・環・羽・我・・・ 以上並べたが、倭語には子音+母音の単音節系言語ばかりである。 勿論先にも言ったが、二重子音は無い。 支那語、チベット語には嘗て二重子音が存在していたが長い時を経て二三重子音が消滅してしまったようだ。 広東語は越南語にも似ていて子音で終わったりして俤(面影)は残る。 チベット語も現在に至っても尚、子音が連続したりする。 単純言語だった倭語がまともな言語体型(?)としての日本語になったのは、漢語の助詞の使い方や、朝鮮経由の祖先を遊牧帝国とする言語の文法が元になっている。 日本神話がギリシャ神話と似ているからなのだ。 朝鮮語も日本語もアイヌ語も何故か似ても似つかわしくないのは、支配する側の事情と状況と立場に因る。 マレーシア語とインドネシア語の違いに状況が似ている。 朝鮮語は元々極東の遊牧民の言語であったが、後から入って来たチャイナや滿蒙や近隣の日本語によって感化されて完成する。 話は逸れてしまったが、このチベットの話が尾を引きそうなので又の機会にする。
2008.03.16
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もうバッサリと切った。 これでもう、後半年は切りに行かなくて済む。 顔を剃って貰ったが畜生! 顔面切傷だらけじゃねえか! 右下顎と右こめかみを切った。 幸いにも床屋は空調が完備されていたのか、花粉は飛んでなかったので嚔(くしゃみ)は出なかった。 切り落とされる髪は先が薄く細くなっていた。 矢張粗末にしているとこんなになってしまうものか。 髪は硬いので、癖が直ぐについてしまう。
2008.03.15
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卒業式の後、二人捕まったと言うが、そこの中学ではかなりの問題校のようで、教師も手を付けられない程だったそうな。 校長も教頭も心労で倒れたらしいが、これは最早この中坊が悪いだけでなく、学校も社会もそれを許していると言う環境そのものが悪い。 薄いぼかしだが恰好が世界遺産に登録してもいいくらいの20年来の物だ。 こんなこっぱずかしい恰好は世界どこ探しても日本しかない。 取材陣に詰られても「見た目で判断するのか」「俺らじゃなかったらどうすんじゃ」等々。 あらゆる少年少女が吐く文言だ。 何故これらにぐうの音も出ないのだろう? 馬鹿にしているから? だからこそ相手にしないのか? それではなんの解決にもならない。 結局向き合わないからこそ、こういう悪徳や堕落が循環する。 自由と民主と平等の世の中だもんなあ。 人は生まれながらにして平等と教わりゃ、いやそういう空気で育ちゃ、とどのつまりそんなのが出来上がるわなあ。 頻りに良識派は自由の裏には責任が伴うと言う。 子供は保護される対象なのだが、如何せん保護者がそれを放棄してる気がする。 社会の縮図たる学校に明ら様に刃向かっていて、さてこれからの進路なんざ高が知れている。 どうせ極道だ。 構って欲しいのかも知れない裏返しだろうが、本人らも判っている。 システムがさっさと量産している。 役割分担と言う社会システムだから、幾ら排除しようがぐるぐる回るのだから手の施しようがない。 誰かが誰かに嫌なことを押し付けるのだから、それを撥ね返す力も作用するのだ。 各々がそう言うのを自覚しない限りこの世は地獄で有り続ける。 但し、幸か不幸かは各々の感じ方による。 市民社会の至上価値が席巻しておれば、それに近付くか目指し、手に入れるものだ。 この場合は快楽なんだろう。 極道に沿って歩くのかも知れないが、外道にはならんだろう。 外道は人倫に反れると言うことだ。 当然価値観も逆転する。 だからヤンキーボーイもそこは判っている。 ギリギリだからある意味卑怯なのだ。
2008.03.14
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皆ジャージ着込んで練習しとります。 朋也アンド陽平の自堕落コンビがよくもまあ熱心にやるもんだ。 藤林姉妹とて、振られていると実感しながらも演劇部の活動に付き合っている。 ことみは…渚の友達だから…いいか。 そして合唱部も。 乗り掛かった船だから皆で航海するのか。 渚の衣裳がKanonの制服みたくて意外ではあったが。 唯…やっぱりイマイチ盛り上がりに欠けるなあ。 緊張感が無いんだよなあ。 目標が演劇部再興ではあるものの、その間途中で中断して、忘れた頃に演劇部の事を再会させるから。 漸く渚は古河家の秘密を知ることとなるが、次回で最終回かあ。 確かに、劇を披露する事が一種の通過点であるものの、恰かも少年誌のような終らせ方だなと思う。 その次ってあるのかなあ? 芳野は最初の内でもう出ないのか…。 風子はウザい程出て来るが…。
2008.03.13
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これは死ぬ…。 溺れ死ぬ所では無い。 窒息して死ぬ所だ…。 そう言えば、「~するところだ」、も現在形の完了が無いから時制の位置を表すべく言葉として元々場所を特定していたフレーズの「ところ」で代用したんだろう。 て、こんな話はおいといて、兎に角息が出来ないのだ、口でしようものなら、忽ち喉が乾いて(敢えて渇く、じゃない)しまい咽頭炎になるところだ。 散り紙の量も半端じゃなく使う。 もう分毎に使う勢いだ。 地獄だ。
2008.03.12
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またもこんなワケノワカランことを書き列ねているが、思い立ったので、まあ何時もの事で我慢して下せえ。 客観って、人から見た目と言うことになっている。 そう言うのを前置きにして語られる事がある。 しかし、語る者自体こそが、主観の上で成り立っているのである。 そのことに屡々(しばしば)気付かず多用する事がある。 結局人は自分が見て聞いて感じたことを基にして主張しているのだ。 真の客観とは神様しか知らない。 真理の全てを御知りになられるからである。 若しも神様がいないのなら、客観は何処に有るかと言えば、普し記録であろう。 なんかどっかで聞いたことのあるアカシック・レコードみたいなものか? じゃあ、辞書とかだろうと言われればこれもまた、そうでない。 当たり前である。 抽出しているのだから矢張主観以外何者でもない。 記録を募れば神様にでも近付けるとは人の驕り。 近代合理主義の産物なのだろうがそれはまやかしである。 客観に近付けないのはとうに判っている。 それは地平線に追い付こうとする憐れな行為である。 主観の主と、客観の客、これは常に対立しているが、元々これも外来概念。 主はえーごでhost、客はえーごでguest、これが意外に語源が同じだと言うことに気付かれただろう。 hoもgueも元々は区別なく発音されていたようだ。使い分けによって分割されるようにはなったが。 見知らぬ人と言う意味だ。 主客転倒と言う言葉もある位だ。 人はどうせ他人にはなれないのだ。
2008.03.11
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やっと泰聖院と女神像が出て来たか。 泰聖院は北斗の拳で出て来る泰聖殿の事。 女神像の形が後の北斗の拳で出て来る女人像そのまんまだ。 あれから20年以上経っている。女神像が仏像らしく描かれているのが良い。 修羅の国の泰聖殿がケンシロウ達の生まれ育った所とあったが、霞拳志郎もまた、そこに縁のある所だという。 それで泰聖院が北斗劉家拳の菩提寺だと言う事で、正にビンゴだ。 劉家拳は琉拳とも呼ばれ、北斗宗家の修行の場でもあった。 原哲夫もこうした辻褄合わせするの大変だよなあ。 しかし、修羅の国はカイオウとハンとヒョウといい、ジュウケイといい、漢音系の名前で溢れているにも拘らず、公式文書の文字はチベット文字に似てる。 泰聖殿(泰聖院)の所在地は寧波とある。沿岸都市だから完全に中国である。 北斗の拳は核戦争後の世界だから地形も完全に変化している。 考えて見れば、核戦争である。 世界中の政府が崩壊しているから、周辺諸国が隆盛するのは当然だろう。 修羅の国は核戦争後に誕生した新興国だ。 漢字の権威が崩壊したからこそ周辺の抑圧された国々が巻き返すのは当たり前。 公式文書がチベット系文字なのもむべなるかな。 北斗宗家の拳が蒼天の拳では西斗月拳に類される様だ。ヤサカはその西斗月拳の使い手である。 そのルーツは月氏とある。 へー。 西からやって来たのか。宗家の拳は。 てことは、考えられることは西方系の怨念が息を吹き返したと言う事か。 ここまでの考察はこれにて。 段々と空欄部分が埋まって来たな。
2008.03.10
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文章や発言の端々に出て来るこの言葉「思う」を使い続けて違和感を感じるようになった。 前々からそうなのだが、これを気にして言葉を選んで来た。 頭に「思う」のだから、口にして或いは文に起こす必要は無いのだ。 「思う」と書いた、又は喋った途端に「思う」ではないのだ。 どういうことかと言えば、「思ったこと」を頭の外に出した訳だから、表現としては「思う」ではなく「思った」でないと駄目だ。 「思う」とは原形であり、現在形でもある。 唯、用法として「思う」ではわたしの感覚からして不自然だから、そこで完了形の「思った」であれば、「その時だけに於いて思っていること」と正確にではないが、限りなくその時の状況に近付けるのではないか。 末尾に「思う」を入れるのは、悪文教育の弊害だろう。 恐らくは英語のアイシンクソーザット(I think so that~)から来ているんじゃないのか? 得てして日本語は原形と完了しかない。 よく言われる未来形てのは、こんなのは日本語にない表現で、悉く「だろう」「つもり」と訳されているが、これは単に「意思」の用法で別に未来の事を考えて発明した訳じゃない。 そもそも過去形なんて無いのだ。 これは中国と同じで、北京語は取って付けたような過去形を表す字がある。 近代に突入してから外国語を手本にしたんだろう。 古文には過去完了を表す様な字は無い。 それで日本語にも過去形が無いと言ったのは、元々過去完了を表す「~だった」「~した」「~った」も嘗ては「~であり」「~してあり」「~ってあり」だ。 これを更に分解すると「~して、あり」なので、これは現在に至る完了の形であると、誰かが本で書いていた。 そう言う訳で、本来日本語を繰り出す話者にとって、時制を話す事には不向きみたいなのだ。 中国語を笑うことは出来ない。 日本語だって似たようなものだ。
2008.03.09
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たとえ遊パチとはいえ、リターンがなければ全く意味のないこと。 今日までに4000円をすってしまった。 金が無いのに何故無理してやるのかなあ。 金借りてまでも…は流石にしない。 こういう悪徳産業の癖して、のべつまくなしに散らし投函やゴールデンCMを流すから歯止めがかからない。 世界名作劇場がパチンコになってしまったか…。 そこが残念だあ。 さて、次は何処のアニメがパチンコになるんだろうか?
2008.03.08
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観返して、そしてよく考えてみることにする。 原作ギャルゲーだから一人攻略のあとにまた一人攻略と続く訳で、どうしても前後が不整合の切り貼りっぽく感じる。 脈絡と関連性がないので、違和感を感じてしまう。 そうそう、風子やことみに対してやる気を見せていたり、随分と協力的であったのだが、智代の生徒会会長選挙の為に惜しまなかった協力で突如としてやる気が削がれてしまうシーンがあった。 人の心は気紛れだからどうなるかは判らない。 原作ギャルゲーの悪弊をそのまま引き写すのではなく、同時進行であって欲しかった。 突然智代が朋也宅に上がり込んで通い妻宜しく世話するのが不自然なのだ。 ここは大目に見て、智代が朋也に票を買わせようとする行為なのか…? 同時進行もあったようだが、誰かに注目が寄せられると誰かが引っ込んでいると言うパターンだ。 智代に脚光が浴びると渚が引っ込む。 ことみの場合は春原と智代である。勿論風子の場合でも智代も引っ込んでいる。 不自然さを解消さすべく、朋也が解説や言い訳を繰り返す。 屋上屋なのだ。 どうせなら、渚の演劇部再興の手伝いと智代との懃(懇ろ)を同時に行なった方が流れとしては少なくとも違和感は無かっただろうと…思う…。 構成力ってこのことじゃないのかな? 創立者祭と学園祭を分けたのが頂けない。 作ってる人が個人的に風子肝煎りだからだろう。 本音ぶっちゃけてCLANNAD風の妖精とすればよかったのだ。
2008.03.07
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漸く、同棲に漕ぎ着けたなあ。 時間掛り過ぎ。 それにしても後四話だ。 『学園祭』での渚の発表までどうやるんだ? 今回ピクニックで締めたが、まあ最近の春原はいいことばっかり言うなあ。 全て正論なのだが。 但し、付け加えておくとやっぱり話の前後が繋がらないんだよねえ。 見ていて思うのだが、その要所要所と思われる箇所があちこちで鏤められていてそれを目で追っている感じだ。 違和感を覚えるのはそのためか。 DVDを買う積もりはないな。 ブルーレイが出れば考えるが、価値は今のところ無いと思う。 絵だけしか見てないもん。 某アマゾンみたいな評価を付けると、今のところ星の数は★★★☆☆だ。 絵だけで★★☆☆☆なので、 残りの星一つ★☆☆☆☆は原作に助けられていると言うお情けである。 アニメは何も絵だけじゃない。 演出や構成、展開に至るまで時系列と言うのがあるのだ。 前後を無かったことにしたりするんじゃない。 ジャンプアニメは連載中でもアニメをやり通して、原作に近付いたらオリジナルで引き延ばすこともやるが、そのオリジナル展開を無かったことにする作業も大変だからなあ。 冗長で飽きてしまうから見なくなってしまうことも。
2008.03.06
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目が溶ける。 そんな感じだったので、もう遮二無二に買った。 点眼したら、目がスッとするが矢張鼻の方はどうにもならない。 直ぐにチリ紙がなくなってしまう。 どうにかならんか…? アレルギー体質となってしまったからもうこれから、一生付き纏うのだろうか。 しかしまあ、今年は酷い。 いきなり面を食らってしまった。 危うく溺れ死ぬ所だった。 陸に上ってて溺死は無いだろう! 恐れることは、将来呼吸器官系の疾患で死ぬかも知れないと言うこと。 溺死詰まり窒息死はこの世で最も苦しみもがくもの、らしい。 老衰や炭素系の中毒死や餓死は然程苦しくない(?)らしいが、後者二つはこんなのは好き好んでやりたくない。 どんな臨終を迎えるかは判らない。 死ぬ事を前提と言うか自明の理として暮らさねば、生きることにはならないかも知れない。
2008.03.05
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何でかこんな事を急に書くか。 唯思い立ったからだ。 特に意味はない。 以前テレビで鎌倉時代成立年代が表記されていたからちょっと思い返してみて散らしの裏の如く書いて見よう。 そんな大それた事ではないが、気になっているから。 年代が確か“最近の調べで決まりつつある事では”1185年からになっている様だ。 わたしが学生の頃は、まだ1192年からだった。 しかし、高校に入ってからは成立年代論争があって矢張1185年からではないのか、と言うのも耳にした事があった。 高校日本史を必修にしてない者はこうした歴史的記述の書き換えに気付かないかも知れない。 何故こんな論争があるのかと言えば、頼朝の支配に関わる事である。 以前の成立は1192年詰まり、頼朝が征夷大将軍に任命されてから始まると言う説に因る。 幕府とは文字通り、戦闘における幕を張った前線基地なのである。 その時の指揮官が将軍である。 坂上田村麿も蝦夷討伐の折りの将軍であった。 その時の慣例から軈て天皇直伝で任命されるようになり権威が付いたことで、虎の威を借る狐宜しく権威と権力を纂奪して行くのが征夷大将軍なのであった。 だから、征夷大将軍じゃないと名実共に日本国統治の証しとならんのだ。 後白河上皇は最期まで頼朝の事を嫌っていた。 天皇の代わりに政治を取り持つ形としての最高権威征夷大将軍の名を与える訳には行かなかった。 既に天皇の政治的権力はそれよりも遙か古の内に失われており、藤家の摂関政治、上皇や法皇やの院政、平家の擡頭で畧、名前しか残らなくなっていたのだった。 それに貴族も力を失い、結局は武家、詰まりヤクザ者が日本を占める様になってしまった。 因みに今でも我が国はヤクザ国家である。 少し逸れたが、後白河上皇の狙いとして、武家の実力に伴う最高権威として箔が付いた征夷大将軍即ち国王にさせる訳には行かなかったのである。 そんな訳で征夷大将軍として任命された1192年の方が鎌倉時代の幕開けとしては相応しいのではないのか? 鎌倉時代よりも寧ろ源王朝。 そして最もらしく言えば前源王朝。 別な言い方をすれば源氏日本。 頼朝は鎌倉幕府とも鎌倉時代とも言った事なく、幕府のある所在地をずっと関東と呼んでいた。 頼朝の花押は【束月】で、頼の偏の部分と朝の旁の部分を合わせたものである。 手紙も頼朝は独特で自分が一番偉いのだと言う書き方をしていた。 1185年とする狙いは、平家を倒し、頼朝が追捕使や地頭を置いたからか? それじゃあ天皇が端から亡き者扱いじゃないか! 自分自身ここは納得が行かない。 現在で例えると、国会の召集解散、『大臣』の任命を行うのは天皇だけである!にも拘わらず勝手に議長や首相がそれらをやっているようなものである。 首相は飽くまでも、天皇より下賜された三権の内の一つの権力の頭、行政の長に過ぎない。 一つは両院夫々の議長であり、一つは最高裁判長である。 唯、天皇の条項はそれを更に覆う憲法があって、天皇よりも憲法が上なのだ。 日本国憲法は天皇の政治的関与を示すものだ。 皆で決めて作る、それが憲法なのだが、どうやらこれが不磨の大典になっている。 どうしてなのだろう? 何故日本国民が自分達の憲法を作れない様になっているのだろう? 実際改正手続きも煩雑過ぎるのだ。 もしかしたら、日本よりも天皇よりも上の存在がいるからなんだろうなあ。 物凄く話が逸れた。 当時こそ天皇を蔑ろにしようがその時の判子捺す人が最終的判断を下す。 江戸時代、徳川家が名実共に数多の藩を統ぶる日本国皇帝となろうとしていたが、黒船や外患で腰砕けとなり、結局朝廷に御膳立て御窺いをしなきゃならなくなっていった。 歴史の流れではこうなのだとしても、その当時の価値観だってあるのだ。 政治的力学で語ると平将門が新皇と名乗っていれば直ぐ様皇帝に成れるではないかと? 他にも教科書に突っ込んでいたいが時間と労力と書くスペースがない。 またの機会にするか…。
2008.03.04
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海を隔てた遥か去にし国より飛ぶ砂が日向かし国を覆う。 お陰様で髪がパサパサとなってしまう。 全く困ったもんだ。 花粉に黄砂にダブルパンチだ。 しかし、今日に限って症状は酷うない。 古の国が森を伐り拓き過ぎ、壤を乾かしてしまったのだ。 環境破壊は今でも進んでいるから大迷惑なのだ。 ゴミも散らかし放しだから海を漂い我が国へ流れ着く。 自覚ないんだもんなあ。
2008.03.03
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遅ればせながら、録ったものを漸く観終えた。 1.3倍速だが。 『今回の』特番は、ケネディを撃った犯人のことに就いてだった。 そこだけに絞って突き詰めた?のは偉い。 感心出来る。 本音を言えば、二時間掛けて複数犯の割り出をしたのは冗長過ぎないかと。 余計な物を入れてないだけでもいいか。 ついこの前、とは言っても以前今回の日テレではなくテレ朝でやっていたケネディ暗殺特集の方が面白かった。 テープは編集とカットさせられていて、狙撃犯も複数いて弾も数発撃ち込まれていた、と言うものだった。 ケネディの身辺は此れ迄やって来た事そのままなので割愛する。 それで今回は単独犯とされるオズワルドが犯人ではなく、なんかマイク真木みたいなおっさんがケネディを撃ったのだそうな。 狙撃銃もファイアボールとか言う速射式のもの、らしい。 狙撃班と言うのが確認出来た物の、矢張真相究明が欲しい。 頭からの銭形のとっつぁんは何の意味があったのだろう? アニメ惹き付け? そう言えば、ルパン三世テレビスペシャルでもケネディに纏わる話もやってたな。
2008.03.02
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北斗の拳とエヴァンゲリオンとアクエリオンだ。 どうせならもっと歌いたかった。 ルパンとか世界名作劇場とか倖田來未とかを。 しかしまあ、なんで世界名作劇場までもパチンコになったんだろう? 余りにも嫌らしい商売だ。 この次はアリコとかアフラックのパチンコが出たら面白い。 三浦和義のパチンコとか出たら面白いなあ。 サプリの絵が揃ったら大当たり。 あと羽賀研二のパチンコもあったらいいのになあ。 宝石の種類で当たりか確変が出る。 途中で渡辺二郎が出て来てパンチでスロットの内容が変化する。 羽賀がスト2のケンの恰好したり、アラジンの恰好したりバリエーション豊富な台も出る。 そういうの作ってくれないかなあ? CR織田無道とか、CR田代まさしとか。
2008.03.01
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