えがおの時間
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忙しさの中で1年近く描いていなかった日記をこんなことで再開することになるとは思わなかった。2週間前、10月15日の土曜日にそれは突然起きた。私は、大阪市内の学校で仕事をしていた午後3時、長女から電話が入った。ちょうど、ほかの電話に出ていた。娘からは「大至急電話してほしい」という伝言だった。家に電話してみると、夫が救急車で病院に向かうところだとのこと。えっ??? 今朝、自宅でバカな冗談を言い合って「行ってきます」と別れたところだった。夫は自宅で仕事をしていた。土曜日で試験前ということもあり、娘たちは、クラブもなく、長女も次女も自宅にいた。一番下の4歳の娘は保育園だった。長女によると、夫は激しい頭痛と吐き気があり、実際に嘔吐したとのこと、でも意識ははっきりしていて、しっかり話ができているらしい。頭に何か異変が起きたらしい、という可能性があるものの、意識がはっきりしている、と聞いて安心した。きっと、ここのところ仕事で遅くまで起きていたせいで、疲れがたまっているのだろう、と私は思った。とりあえず、長女がつきそって救急車にのって病院に行くので「また連絡して」と言っていったん、電話を切り、私も早く仕事を切り上げるために、やるべき仕事を急いでかたづけていた。自宅に電話すると、中学1年の次女が電話口で泣いていた。「お父さんは大丈夫だから、安心して待ってなさい。」次女は家に残り、保育園の三女のお迎えをまかされていた。それから1時間。午後4時に携帯電話が鳴る。救急隊員の方からだった。運ばれた病院でCTをとったところ、くも膜下出血だとわかったので、すぐに別のJ病院に搬送するという連絡だった。ドキドキして急激に頭から血がひいていくような感じだった。会社を飛び出て、駅につくまでの間に、夫の両親に電話をかけ、病名と今から病院に向かうことだけを告げて、また連絡します、と言って切り、地下鉄に駆け込んだ。午後5時過ぎ、病院についた。脳外科の集中治療病棟内の控え室に長女が一人ぽつんと座っていた。夫の運ばれるまでの様子を聞いた。とても、うちのお父さんらしい・・・。最初、突然の激しい頭痛を感じたのだろう、子供を呼んで家庭医学事典を開かせ、「くも膜下出血」のところを読ませたらしい。そのときに2度、嘔吐している。医学事典に載っていた症状と同じだったのだろう、娘に救急車を呼ぶように自分で指示した。救急隊員のかたがすぐに駆けつけてくれた。夫は症状を告げ、特定の病院の名前をあげて、そこに運んでほしい、と自分で言ったらしい。血圧を測ったが、深刻な数値ではなかったらしい。あまりにてきぱきと答える夫に、軽く見られたんじゃないか、と後で娘は思い起こす。夫が要請したJ病院とは違うところへ最初に運ばれ、結局、J病院に搬送されることになった。後から考えると、一刻を争う結果となったのだから、最初にJ病院に運んでもらっていたら・・と思うが、後で悔やんでもしかたがない。午後5時40分くも膜下出血の原因である動脈瘤がどこにあるのかを特定するために、カテーテル検査に入る。検査の説明は、長女がすでに受けて署名・拇印を押していたが、配偶者である私が到着したことで再度、説明していただき、すぐに署名。検査(手術)室に入る前に夫に面会。再出血を防ぐために脳を休める、ということで麻酔をすでにかけられていた夫の変わり果てた表情に、娘も私も息を呑んだ。手術室に入って行った後、娘と2人で抱き合って泣いた。午後6時40分検査の結果、動脈瘤の位置は分かったが、検査前に比べて大きく状況が変化していた。再出血し、レベル4のかなり重症な状態になってしまっていた。おそらく、J病院に運び込まれてからすぐのときだろう、と医師。一時、意識が遠のく状態があったらしい。一刻を争うので、すぐに手術。7時過ぎには再び手術室に入っていった。病棟の1つ上の階の家族待合室でそれから長女と二人、午前0時過ぎまで悶々としながら待つ。長女の気持ちを軽くするために、私のカバンに入っていたメンタルトレーニングの本を取り出し、性格と特徴、職業タイプなどのところを読んで聞かせ、娘や自分の性格診断などをしながら過ごした。10月16日(日)午前0時15分頃動脈瘤のクリッピング手術が無事終了し、NCU(脳神経外科集中治療病棟)で医師の説明を受けた。動脈瘤はもうしっかりクリップしたので破裂することはない。ただし、手術前の出血量が多く、脳圧から考えると、脳の損傷は免れない。最悪の場合を覚悟する必要はある、という話だった。脳のダメージは、損傷から6時間程度以上経過しないとCTには現れないそうだ。手術直後のCTでは、くも膜下に出血した血がきれいに抜き取られた写真だったが、脳の損傷は、当日の夜が明けてから、午前11時、そしてその翌日、と経過を見ることになる。手術という大きな山を越えたけれど、まだまだいくつもの山を越えていかなければならない。高校1年の長女には辛すぎる経験だ。ひとまずは家に帰って、また次の結果を待つことになった。家には、私の母が来てくれて、次女と三女を寝かしつけてくれていた。何と長い一日だったことか。
2005年10月30日
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