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ラスベガスはおまわりさんもファッショナブルだ。サイクリングパンツ+ヘルメットという本格的サイクリストのいでたちで、マウンテンバイクでパトロールし、事件があったら駆けつける。MGMの横で出あったこのおまわりさんに、モノレール駅の場所を尋ねてみた。「まずそこの入り口から入ってカジノをロビーに向かって通り抜け、その奥にある、ちょっとカゲなんだけどエレベーターに乗って上に上がると、駅に通じる通路があるから、突き当りのドアの手前で切符を買って、中に入るんだ」喋る言葉が英語だったことも手伝って、その煩雑さに申し訳なさそうな顔をしながら、一生懸命教えてくれた。マッチョな感じのおまわりさんだったが、とてもやさしいジェントルマンだった。
2007年03月31日
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今回旅行先にラスベガスを選んだのは、息子にビッグショットを体験させたかったことでもある。飛行機が13:00に着いて、ホテルには15:00前にチェックインできたから、すぐに行動を開始した。タクシーに乗って、ダウンタウンにあるプレミアム・アウトレットへ、そしてフリーモント・ストリートのライト・ショーに。これは商店街のアーケードの屋根が巨大なスクリーンになっていて、夜になると、巨大なイルミネーションのショーが始まるのだ。カジノやトップレスショーのネオンサインの中で、地べたに座り込んでライトショーを楽しみ、ふたたびタクシーに乗ってストラトスフィアタワーに向かった。歩けない距離ではないのだけれど、繁華街でないところは、きわめて治安が悪いそうだ。ストラトスフィアタワーは280m。全米で3位の高さを誇るビル(タワー)である。そのてっぺんから、さらに49m上の329mまで、カタパルトに乗って打ち上げられるのだ。7年前に乗って、胃袋が飛び出すような体験をしたから、これをぜひ息子に味合わせたかった。今回はさらに2つのアトラクションが加わっていた。280mのタワーのヘリに付けられた回転マシーンがビルの外側まで飛び出してすごいスピードでまわるマシンだ。(インサニティ)もうひとつがビルのてっぺんから、ビルの外部に向かって急降下する一直線のジェットコースターのようなエクススクリームだ。展望台まで昇るのに9.95ドル(シニア割引はあるけど障害者割引はない)、3つのアトラクションを全部遊ぶと24.95ドル。すべてを遊び終わった息子に「おもしろかったか?」と尋ねたら、予想通りの返事「気持ち悪い、吐きそうだ」。日本だったら、おそらく営業が許可されないようなオモチャであろう。ただ、このタワーから見下ろすベガスの夜景は、息を飲むような美しさだった。
2007年03月30日
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写真はありません。(場所が場所だけに)ラスベガスへ行ったときに、固いクッションの車いすを使って出かけたせいだろう。帰りの国内線を降りるとき、なぜか湿っぽいお尻を感じた。そのときは大雨の中を自宅までチェアウォークせねばならぬことが優先してあまり気にならなかったのだが、家に帰ってズボンを脱いでビックリ。膿でビッショリなのである。チェアウォーカーにとって褥瘡は致命的であるから、翌日医者に駆け込んだ。医師いわく「問答無用で言うこと聞いてください。このままじゃエライことになる」と。早速抗生物質の点滴を受け、入浴を禁止された。「もしシャワーぐらいしたいんだったら、朝病院に来る前にシャワーしてきてください」。冗談じゃない。午前中なんて足が立たない。つまり治るまでシャワーもできないってことじゃないか。医師の話によれば「最低でも10日間」。10日間はたまきふーが「臭い!」ってことだ。近寄らないほうがいい。
2007年03月29日
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今回のラスベガスツアーはJTBのe-ticketを利用した。航空券とホテルだけがセットされ、乗り継ぎポイントでの世話やホテル送迎がつくシンプルなものだったから、やかましくなく快適な旅だった。ホテルチェックインからチェックアウトまでは、まったく干渉されないのだから、きわめて自由に遊びまわれる。食事もついていないから、自分で組み立てる必要があるのだが、STRIP沿いのホテルには、ほとんどすべてにバフェがある。(バフェ=buffet)モーニンゲ、ランチ、ディナーそれぞれにメニューや献立が設定されており、値段もそれぞれに異なり、ホテルごとの特色も活かされている。だから朝昼晩すべてをバフェで食べるにしても、ホテルさえハシゴすれば、かなりバラエティーが楽しめる。こうした中で、一軒おもしろいバフェを見つけた。ホテル・アラジンにある「TODAI」という名の日本食バフェである。基本は寿司だ。さまざまな握りずし、巻き寿司、和惣菜などが数十種類あり、ほかに味噌汁、うどんなどがある。これは安くてうまかった。寿司は健康食だということで、アメリカ人にもものすごい人気だ。「ヘルシー!」といって喜んでいるのだが、その食べ方を見ていると、とてもヘルシーだとは思えない。なにしろ大皿に寿司を山盛り積んできて、それをすべてたいらげるのだ。肉やチキンも山盛り召し上がる人たちなのだから、それに比べればヘルシーなのかも知れない。ちなみにTODAIにはビールも日本のビールがそろっている。(写真はサーカス・サーカスのランチ・バフェ)
2007年03月29日
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ラスベガスのフリーモントストリートでタクシーを降りると、目の前で任天堂のゲームマシン「Wii」のデモをやっていた。早速息子が目をつけ、「ワシWiiはやったことないねんな。まさかアメリカでWiiの初体験するとはおもわなかったわ」と、ラインの最後尾に並んでいた。順番がまわってきて、息子の相手は小学生、ゲームはボクシング。小学生相手に必死に(?)楽しんでいたが、KOひとつは奪ったものの、TKOを食らって敗退。「やーい、小学生に負けてやんの」というヤジに負けず、「あきらかにあの子のほうが体重ランクも上や」と。ゲームに体重は関係ないだろうけれど、直接対戦すれば息子のほうが負けそうなくらいの体格の持ち主だった。彼と並ぶと、うちの息子などチョコレートポッキーみたいなものだ。
2007年03月28日
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ラスベガスの話はちょっとお休みして、「別れ」について。昨夜わが愛息が八王子市にある大学の寮へ旅立ちました。同じ大学に行く同級生のお父さんが「車で行くから」ということで、同乗させてもらったのだけれど、昨夜は夕食にお酒をたしなまず、深夜に友人との待ち合わせ場所である環状線の駅前に向かったのです。息子は私が寝たきりであったときに、まさに私と異体同心で戦ってくれた戦友のようなものです。男2人女2人の家族の中にあって、いわゆる男同士通い合うものを持ちながら、18年間をともに暮らしてきました。男同士ですから、別れに涙があったり、手を握り合ったりのシーンがあったわけではありません。約束の駅前で「ありがとう」と車を降りる息子に、「がんばれよ」と声をかけました。返事は「おぅ」だけです。私にも息子にも、喋りたいことはたくさんあったはずなのですが、この言葉数の少なさの中に父子の固い心の通じ合いがあったように思います。駅前まで迎えに来た友人のチャリンコの後ろに立ち乗りし、右手にスーツの入ったガーメントバッグと友人父へのお土産、左手にキャリーバッグをぶら下げて行くあたり、まさに大阪的光景。真っ暗な住宅街に消えていく姿を、いつまでも見送っていました。単に大学へ行っただけじゃありません。青年海外協力隊員として世界を走り回るつもりだそうですし、大学を卒業すれば東京で仕事を始め、東京で家庭を作ることになるでしょう。一年に一日二日帰ってくることはあるでしょうが、もう一緒に暮らすことはないでしょう。昨夜が「息子の旅立ちの日」だと認識しています。もう決して「また寝たきりになった」とか、息子の気持ちを煩わせるようなことがあってはいけないと思います。息子にも、きちんと人生目標を定めて自らを確立する戦いに取り組んで欲しいと願います。空っぽになった息子の部屋ですが、もうすぐ昼だというのにガーガー寝ている息子がまだいるような気がしてなりません。寝ぼけまなこで起きてきて、「お父、昼飯なに?」と問いかける息子が本当に近くにいるような気がします。(写真はLos Angelsのホテルでのbreakfastのヒトコマです)
2007年03月28日
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7年前ラスベガスを訪れたときは公共交通機関はといえばバスしかなかったラスベガスであるが、今回はモノレールができていた。サハラホテル - ラスベガスヒルトン - コンベンションセンター - ハラーズ/インペリアルパレス - フラミンゴ/シーザーズパレス - バリ-ズ - MGMと、全長約6kmを結ぶ路線だ。このほかにもミラージュ ー トレジャーアイランド、マンダレイベイ - エクスカリバーを結ぶ路線もあるのだが、こちらはトラムと呼ばれ、運賃はフリーだ。モノレール運賃は1回乗車が5ドル、2回乗車が9ドル、1日券が17ドルだ。なぜこのような運賃かといえば、全駅が自動改札なので、駅から降りなければ何往復乗ろうとも1回乗車とカウントされるからだ。だから片道、往復といった表現はしていない。途中にあるコンベンションセンターは大変巨大な施設で、ここでなにかの会議があるときなどはモノレールが大変混雑するという。もともと切符の自動販売機など見たこともない人たちが作ったモノレールだから、日本の駅のように販売機が何台も置かれているわけではない。多分「ikoca」などを見たらひっくり返るのではないだろうか。だからコンベンションセンターへ行く人ぐらいが「2回乗車券=往復に匹敵」を買うのではないだろうか。それにしても5ドルというのは、きわめて高い。この区間をタクシーに乗ってもチップ込みで7ドルぐらいしかかからないのだから、家族4人でモノレールに乗るなど大名旅行である。しかしこのモノレールは「後付け」だ。ストリップから少し離れたホテル裏のようなわかりづらい場所に駅があり、駅に行く道はカジノをすり抜けすり抜けた迷路の先のような場所にある。だから「やーめた」と帰ろうとしても、迷子の危険性があるのだ。バリアフリー設備は整っているものの、このモノレールはすごく揺れる。手すりなどにしっかりつかまっていないと、車いすは車内で翻弄されてしまうだろう。現在の料金のままでは、もう二度と利用したいとは思わないが、おそらく世界で一番二酸化炭素を排出しているであろうラスベガスの不夜城ぶりを見ていると、モノレールの路線整備と運賃ダウンが急がれて当然であろう。個人的にはストリップの下、空港からマンダレイベイ、ストラトスフィアタワーを経てフリーモントストリートまでの地下鉄が、まず必要なんじゃないかと思う。
2007年03月27日
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ラスベガスというのは小さな町だ。上の写真を見てほしいのだが、左上に飛行場が見える。マッキャラン空港というのだが、町に隣接している。(この飛行場は深夜でも飛行機がガンガン離発着している)。タクシーに乗っても、どのホテルまででも1000円ぐらいでいけそうな近さだ。滑走路が仮に4000mだとして、南北(左右)に広がる大通りの長さは5-6km程度ではないだろうか。散歩気分なら端から端まで歩ける距離だ。この大通りの名前がlasvegas blvd.別名STRIPというナマメカシイ名前が付いている。右端(南)からマンダレイベイ、ルクソール、エクスカリバー、ニューヨークニューヨーク、モンテカルロ、ベラージオ、シーザーズパレス、ミラージュ、トレジャーアイランド、サーカスサーカス、道路の反対側にMGM、パリス、バリーズ、ベネチアン、ウィン、ヒルトン、サハラと並ぶホテルはすべて3000室クラス。これだけで50000人の旅行客(カジノ客)を飲み込む。ほかにも中小のホテルがたくさん。しかもSTRIPをはずれたところまで、建設ラッシュだ。私たちの旅行2日目に、小雨が降った。砂漠の中にできた都市だけあって、雨が降っているのに砂煙がすごかった。信じられない現象だ。雨に濡れながら、目を半分つぶって歩いた。それにしても、工事中の仮通路でさえも、きちんとバリアフリーになっていたのには感動した。ラスベガスは町のどこを歩いても楽しい。STRIPを歩くだけで楽しく、また絵になるのだ。ところで町のコーヒー屋さんはスターバックスの寡占状態だ。1軒のホテルに3箇所ぐらいのスターバックスがあり、ときどき(本当にときどき)サブウェイがあるくらいだ。コーヒー好きな私たち夫婦であるから、帰ってレシートを整理していたらスターバックスのレシートだけで20枚近くあった。
2007年03月26日
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ラスベガスといえば「カジノの街」だ。年間4000万人が訪れるという。アメリカで最大の観光都市だというから、なんの観光資源のない街としては特筆モノである。多くのホテルがエントランスを入るとすぐにカジノで、カジノを通らなければホテルのフロントに行くことはできず、ホテルの部屋から外へ出るにもカジノを通らないと出ることすらできない。ちなみに多くのカジノが立ち止まり禁止。立ち止まったらカジノをやらないといけない。写真撮影も禁止、21歳以下の少年少女もカジノ参加は禁じられている。上の写真は「禁止されているのをいいこと」に、息子をモデルに撮影したものだ。大体博打などというのが夜も更けてからでないとやる気にならないものだが、ほとんどのカジノが早朝から大入り満員だ。さすがにカード、ルーレットとなると夜が中心になるのだが(おそらく「親」が勤務時間外?)、マシンカジノに取り付いている人は多い。ロスへ行く飛行機の中で映画を見た。007の「カジノロワイヤル」。これを見てカジノの怖さを痛感していたものだから、私たち家族はカジノの通行人で終わった。さらに私たちの宿泊したモンテカルロ・リゾート&カジノは、ラスベガスで唯一、カジノを通らずに車寄せからフロントに行けるホテルだったことも幸いした。それにしてもカジノのシンボルであるサイコロって、日本の賭場でもお馴染みだが、一体サイコロのルーツって、どこの国なのだろう?
2007年03月26日
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ラスベガスはネバダの砂漠の中のオアシスにできた町である。スティーヴ・ウィンやトランプ、MGMといった財閥が築き上げ、M&Aを繰り返しながら現在の繁栄を競い合っている。カジノの街だ。どこへ行くのにもカジノを通らないと、どこへも行かれない。そのかわり州税はすべてカジノ持ちであって、200万一般市民は州税の支払いがない。しかも仕事はたくさんある。だからラスベガスへの移民がすごく多い。街全体が7年前に訪れたときの4倍くらいに膨らんでいる。ロスアンジェルスを出ると、飛行機はずっとネバダの砂漠の上を飛ぶ。まさに月の表面のような荒れ果てた砂漠だ。その砂漠の上に、どんどんラスベガスの町が広がっている。カジノでスッカラカンになっても、まわりが砂漠では逃げたくても逃げられない。こんな街だからこそ、人々は好んで訪れるのかも知れない。観光客年間4000万人。アメリカ最大の観光都市だという。
2007年03月25日
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月曜日からラスベガスに出かけておりました。現在、関空ーロスアンジェルス間は、いかなる航空会社も飛行機を飛ばしていないので、羽田、成田経由で飛びました。ただでさえ遠回りですのに、帰りは早朝出発のラスベガス発の飛行機が1時間半も遅れ、国際線の飛行機に置いてけぼりにされた私たちは、ロスでさらに一泊することになってしまった。あげく成田ー伊丹間の飛行機が満席でとれず、ふたたび成田ー羽田間をリムジンバス移動。これが大渋滞にまきこまれてしまって、羽田発の伊丹行きに乗り遅れ。なんとか次の便に押し込んでもらって、(こともあろうか土砂降りの中を歩いて)帰ってきたってワケ。 ラスベガスは報告事項がたくさんあるので、今日から数日間分割払いをします。まずラスベガスって町に一番目立つのは、アメリカの田舎町から上ってきたお金持ちのオジサンやオバサン。ニューヨークやロスアンジェルスを超えるほどのデブのムレ、ムレ、ムレ・・・あげくデブイために歩けなくなった連中が車いすに乗ってる。それもたくさん。だから街は完全にバリアフリーだ。歩道に付けられたスロープにさえ、1cmの段差すらない。ただ、あのデブたちはカジノやバーに行くと、自分の足で歩いている。言葉は悪いけれど「勝手ビッコ」だ。こういう連中にADAの貴重な原資を使うのはもったいないと思うけれど、ほんまもんのチェアウォーカーもいることはいて、これは東洋西洋のわけ隔てなく「ハロー」って、すぐに友だちになれちゃった。最近やや肥え気味のわがバディーが気になっていたのだが、ラスベガスに行けば「たまきふーは小太りの範疇?」・・・喜んでちゃいけないか?(笑)
2007年03月24日
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明日から最後の家族旅行に出ますので、金曜日までブログをお休みさせていただきます。
2007年03月18日
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東京のパレスサイドビルに用事があって出かけてきた。本来だったら東京駅から大手町ー竹橋と地下鉄を乗り継いでいくのだろうが、ひと駅毎の乗換えなど面倒この上ないから、東京駅から皇居のお堀端をチェアウォークしてきた。週末ということもあって、お堀端はウィークエンドジョガーで埋め尽くされていた。サイクリング組もいる。写真に写っている人たちはそうでもないが、結構みんな、さすが東京だけあって、ビシッとキメている。普段着なら「俺だって」と一緒にチェアウォーク参加したいところだけれど、残念ながら今日はダークスーツ姿。指をくわえて見ていた。
2007年03月17日
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少し寒かったけれど、雨の予報がはずれて、素晴らしい卒業式が行なわれた。わが息子も壇上で清々しい返事をして、卒業証書を受け取っていた。娘の在学中から数えて、12年間、交野への道にもすっかり馴染んでしまった。(これからは7月の同窓の集いのたびに通うぐらいか) 創立者の卒業式でのスピーチは一貫している。「親孝行」息子も今日帰るなり、「お父さん、6年間ありがとうございました」と。まだまだ大学の4年間が待っている。どれだけ大きな男に成長できるか、楽しみだ。 卒業式終了後に、国語の先生と図書館の先生に「玉木さんですね」と声をかけられた。学校の図書館に寄贈した拙著「父からの伝言」と「遊々・車いす」を国語の先生が発見し、呼んで感動したものだから、授業でしゃべりまくったらしいのだ。おかげで生徒に火がついて、「図書館で眠っている日」がないそうだ。「だから、もう一冊ずつ買い増した」とのこと。うれしい悲鳴だそうだ。これらの本が、未来を担う高校生に読まれるなんて、とてもうれしい。5月に出る3冊目も寄贈する約束をしてきた。
2007年03月16日
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息子が昨日着て、今朝洗ったワイシャツのアイロンかけをした。明日が卒業式だから、これが最後のアイロンかけということになる。小学生時代の制服のシャツのアイロンかけに始まり12年間、アイロンをかけるたびに息子の成長を目の当たりにしてきた。格別チビだったから、中学生以降どんどん大きくなるシャツに、目を細めていた時間かも知れない。そもそも足が悪くてできることが少ないから、座って可能なアイロンかけと料理を私の仕事とした。アイロンかけなど、そう格好良いものではないが、ある日HABITAT(ハビタ=コンランのインテリアショップ)のポスターを見てひらめいた。ポスターの中では白髪白ヒゲのオジサンがデスクでペンを走らせているのだが、このペンをアイロンに変えれば「なかなかのもんじゃん」と思っただけなのだけど、以来アイロンかけが楽しみになった。息子もしばらくは、もうスーツなど着ることもないのだろうけれど、もしまた帰ってくるようなことがあったら、またオヤジのアイロンかけてくれたシャツを着せてやろうかと思ってる。
2007年03月15日
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「僕なら治せますよ」。こう豪語した医師がいた。今まで私にこうのたまわって、成果の出せなかった人は多い。難病なのであるから、さすがに医師はいなかったのだけれど、多くのヒーラーや代替療法士が尻尾を巻いて、何人私の前から消えていっただろう。さいわい市内にある医院であったから、先月から都合6回通院した。1回目、2回目、なんの効果も感じられない。3回目で医師に尋ねてみた。「何回治療を受ければ、少しは成果が感じられるだろうか?」。彼は答えた。「6回来て下さい」4回目、5回目。「わからん、どうなっているんだ?」そう叫ぶ医師から冷静さと自信の消え行くのがわかった。ものすごい不思議な治療をするのだ。まさに5次元治療。保険の効かない治療であるから、支払いもものすごく多い。なのに押すな押すなと大繁盛の医院である。言ってわかるものじゃないから言わないのだろうけれど、彼の欠点は医療方針を述べないことだ。インフォームドコンセントってやつがない。だから河岸のマグロのように、ゴロンと横になって、なされるがままなのだ。アンドリューワイル博士、東条百合子さん、甲田光男さん・・・何人もの専門家の述べることを実際にやってきた。だから言われれば、少しは私もなにか協力できたかも知れないのに残念だ。今日の診察を終えて医師が言った。「前回まででやれることは全部やらせてもらいました。今日、その成果がなにも表れていないことを確認しました。考えられる応用問題にもトライさせてもらいましたが、もうできることは何もありません。なんとか歩かせたかったけど、やはり私には何もできなかったようです。申し訳ない」お高くとまっている医師が多い中で、この素直な詫びの言葉を聞いて、私は右手を医師に差し出した。「一生懸命やってくれて、ありがとう。また別の機会に、ムー大陸の話でもしませんか」私の手を力強く握り返した彼はこう言った。「それでも玉木さんの回復を祈り続けます」と。成果こそ出なかったけど、素晴らしい友人が一人できたようで、とてもうれしく思えた。保険頼みではない彼のような医師が増えることを祈っている。彼にはもう少し患者とのコミュニケーションを増やしてほしいと願うが。
2007年03月14日
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午前中、区役所に息子の転出届をもらいに行ったとき、ロビーのテレビがボンバルディア機の胴体着陸のもようを映していた。前輪が出ないということで、どう考えても大変なシーンだ。しかしパイロットの操縦はみごとだった。水平姿勢を保ったままスピードを落とし、静かに機種を地面に下ろした。区役所の中が拍手の渦に包まれた。ボンバルディア機の不具合、これを見過ごした全日空社の責任は免れるものではないが、こうしたときに落ち着いて、最高の操縦ができるパイロットの腕には敬服する。客室乗務員の誘導もたいしたものだったようだ。しかし、こうしたとき私たちが乗っていたらどうなるのだろう。みんなピョンピョン飛び降りていたが、私たちにこれは真似できない。しかも車いすは床下のコンテナルームに格納したままだ。火災が起きなかったからよかったものの、ちょっと背筋がぞっとした。
2007年03月13日
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夕刊で見たのだけれど、リハビリの保険適用日数制限が見直されるらしい。最長180日ということになっており、回復期の患者さんがリハビリを途中で打ち切られるという悲惨な現実があった。私の母も脳梗塞のリハビリが途中で打ち切られて家に帰らされ、結局自力で生活ができないために転んで骨折をして、手術を受ける羽目になった。医師の「治った」という判断が客観的かつ適切なものかどうか。これは簡単に答の出る問題ではないだろうが、、慎重に検討してほしいと願う。
2007年03月12日
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福岡の的野さんの出版記念パーティーに参加させていただいたときの写真が送られてきた。この日の筑豊は暑かった。寒いといけないと思って、Tシャツの上に綿のタートルを着て、その上にシャツとカーディガンを羽織り、コーデュロイのジャケットを着ていた。ガラス張りの会場には陽光がふりそそぎ、もちろん風など吹き込まない。挨拶を承ったのだが、暑くて暑くて、なにを喋ったのだか全然憶えていない。この日に比べて、したたか寒い今日、3人ほどのご無沙汰気味の方から「最近お元気?」と、声がかかった。死んじゃってても不思議のない病人であるわけだから「元気?」と尋ねられてもなんの不思議もないのだが、今日ばかりはちょびっと傷ついた。毎日を真剣勝負で生きているのだから、妙な感情が私の命の根底にあったのだろう。英語で言えば「Houw are you?」程度の問いかけなのだから、いちいちカリカリしたんじゃ人間の器の小ささを喧伝しているようなものだ。やや反省モードである。
2007年03月12日
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今日、家の前にできたショッピングセンターに行ってみた。もう開店のドサクサが過ぎ去って、ゆっくり店内をみてまわることができた。大型店に比べれば品揃えボリュームがもうひとつのジョーシン電器も、これだけの店が近くにあるのは便利だと思えた。それと・・・液晶テレビがひところは1インチ1万円したものが、もう32インチだと7万円以下で手に入ることにビックリ。コーナンは、いわばわが家の物置みたいなものだ。あらゆる家庭用品、文房具、それこそトイレットペーパーまで、もう買い置きの必要がない。なくなったらちょっと買いに行けば済むのだから便利なんてものじゃない。あと願わくは、食品スーパーだ。できたら映画館も・・・これだけできれば、もう引越しの必要はないな。
2007年03月11日
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大阪・南港のインテックス大阪で開催されている「癒しフェア」に行ってきた。女性を中心とした「癒しに興味ある女性」をターゲットとしている催し物で、オーガニック、ビューティー、ヘルシー、スピリチュアルを柱立てにしていた。各ブースは結構来場者がてんこ盛りで、コンサルティングを受けたり、ヒーラーに体を委ねたり、化粧法を習ったり、血管年齢を測ったり(このブースには長蛇の行列)、オーラの写真撮影をしたり・・・このカテゴリーも、興味のある人は多いのだなと感心した。そもそもこの催し物には、ブログでおなじみのtoshi3788さんが「日本一の朝を迎えるプロジェクト」の代表で参加している連絡があったので、ブログというバーチャルな世界を飛び出して、実物に会いたかったからだ。いやぁ素敵な男性だった。まさに八ヶ岳という癒しの郷から降ってきたような、すがすがしい男性だった。マクロビオテックの全粒粉のうどん(美々卯)などご馳走になりながらの短時間デートだったのだけれども、すっかり良い気持ちになれた(癒された?)。妻がカメラを持って出かけてしまったので、toshiさんのカメラで記念写真を撮った。きっと今晩の彼のブログに載せてもらえるのではないだろうか。彼とのそもそもの出会いは、映画「不都合な真実」だった。だから使命感は一緒である。同じ地球の未来像を心に描いているから、初対面なのに、ハナから打ち解けた話ができたのだろうと思う。「人と地球よ、蘇れ!」の音読CDと、パイロゲン2本と、「父からの伝言」をプレゼントした。地球の未来のために、手をたずさえて戦う同志となることを祈っている。
2007年03月10日
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昨日届いた校正をひと通りやり終わって、紙をトントンと整理したら、ヒラリと一枚のお手紙が床に落ちた。見ると一枚の紙どころか、編集者からのお手紙=指図書である。本文をもう少し書き加えたらどうでしょう。あっさり終わりすぎている部分が多い。タイトルはこのままではいかがかと思います。長いし、響きが良くない。なんで、今日はせっかくお天気がいいのに、すっかり机にかじりつきっぱなしである。書き足すのって、むずかしいんですよね。蛇足にならないよう、書き足さないと、ただの資源の無駄遣いになっちゃうから。
2007年03月09日
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拙著「車いすで恋をしよう」の初校が届いた。3冊目・・・ワクワクである。「恋なんて縁遠い」と思っている障害者はいないだろうか。いや、障害者に限らないのだけれど、この本の中で私は「盛って盛って色気づいて・・・」なんてことをお勧めしているわけじゃない。すでに恋をした人、している人、結婚した人ならおわかりいただけると思うのだが、人間って恋をすると変わることが多い。どういう風に変わるのか、ここらへんをこの本の中で、自らの体験をベースに語っている。もちろん私の今に至るオハナシなどにも多くのページをさかせてもらった。恋の話なんて「秘すべし秘すべし」の人が多いのだけれど、きっとこの本が世の中に出れば、反対、賛成が吹き出すと思うのね。なによりも「恋なんて」あきらめていた人の気持ちに、ほのかな火がつくことを願っている。発売は5月になるんじゃないかな。
2007年03月08日
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わが家から狭い道路2本隔てたところで工事していたショッピングセンターがオープンして、今日内見会をしている。ご招待状をいただいていたのだが、あんまり行こうという気にならない。入っているお店はコーナンとジョーシン電器と、あとスポーツデポと、おもちゃの宝島。あれば便利なお店ではあるけれど、このクソ寒いのに、混んでるであろう内見会なんかに行く気にはならない。いろんな特典や、本日限りの特売品とかあるようだけれど、こーゆーのに感動できないのを、今はやりの「ドンカンリョク」って言うのかな?開店の混雑がおさまったころに、ブラインドでも見に行ってみようかと思ってる。毎年夏になると、直射日光を浴びるパソコンがおかしくなるから。電気屋のほうは、今あんまりほしいものもないからな・・・やっぱり空いてから、VISTA関係のリサーチにでも行ってみようかな。どちらかといえば、食品スーパーに入ってほしかった。
2007年03月07日
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暖かくて南風の強かった昨日に比べて、なんとなく曇り空で北風ビュンビュンの今日は、とても寒かった。明日はもっと寒くなるという。地球温暖化に慣れた体には、ちとこの寒さはつらい。で、今日明日は寒いんだろうけれど、昨日まではめっちゃ暖かかったもんで、近所の花が狂い咲き(?)している。街路樹のモクレンは、もう真っ白な花をいっぱいにつけているし、淡路の阪急線路脇の桜(ソメイヨシノではないようだが、よく似ている)が1本だけ満開になっていて絢爛豪華。ふと、夏がどうなるのか不安になる。
2007年03月06日
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中谷さんは1949年の生まれ。私より10歳若いから47歳だ。彼の書く本は私のあこがれでもある。スパッスパッと世相を切り裂くようなフレーズが小気味良い。そんな珠玉のようなフレーズをまとめた本が出た。ずばり「中谷彰宏名言集」。名言集なんかが出ると、なんだか人生の酸いも甘いも味わいつくした年寄りが書きそうなものだけれど、見た目もとってもヴィジュアル系の知的で行動力のある彼が書いたものは、この私(オヤジ)さえもうならせる。たとえば・・・「ある大物俳優は、無名時代からこう書いていた『職業・スター』これについてのコメントは、わずか7行。どこから読んで、どこで読み終わっても問題ナイ、とっても読みやすい本だ。
2007年03月05日
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FFCテクノロジーが主催者から企画展示を求められている3月31日からOBP(大阪ビジネスパーク)で開催される第27回日本医学会総会への準備が始まった。どのように参加するか、参加したついでに大阪をどう楽しむかといった、あまり学術的じゃない準備であるが、準備してる人は真剣そのものだ。参加するにあたっては時間もお金も必要だから、どういうプログラムを組み立てるかはとても大切なものだ。泊まるホテル、交通機関、観覧順序・・・中心者は頭が痛いことだろう。今日も来阪した方は、経費節減のために東京から夜行バスで来て、心斎橋で朝風呂に入ってから行動を開始していた。夜はホテルまで送ったのだが、つい先ほどメールが来た。「いや、天神橋筋商店街って長いですね。今飲んでるんですけど、大阪の奥の深さにまいってるところです」だそうだ。花のきれいな季節ではあるし、皆さんに楽しんでもらいたいと願う。
2007年03月03日
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息子の学校帰りに大阪駅で待ち合わせをして、妻と娘と息子が3人揃って、大学入学式用のスーツを買いに行っている。はたして大学在学中に、何度スーツを着る機会があるのかわからないが、なにしろ一着買うらしい。最近の高校生はズボンをズルッとずり下げて履くから、またそれがカッコイイと思っているからどうなんでしょう?スーツ屋さんで「スーツはそんな着方をするもんじゃない」とかって、ご指導いただけるのでしょうか。親が言っても言うこと聞かないけれど、カッコイイお兄ちゃんが言えば「そんなもんかな」とおもうのでしょうかね?あのずり下げでパンツ丈をあわせたら、もう普通には履けないですものね。私は高校を卒業して就職するとき、親がいるわけじゃないから「ボーナス払い」でスーツを買いました。まさに秋になって次のスーツを買うまでは「いっちょうら」です。汚さないように、傷つけないように必死でした。最近の子供には、こういう必死さがないよな。
2007年03月02日
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確定申告の締め切りが3月15日だからと、私の周囲でも申告に汗してる人が多い・・・ってわけでもないのだが、これを機会にお帳簿の整理をしてみることにした。うちは6月決算なので、まだあせる必要はないのだけれど、7月1日からのお帳簿がまだまったく未整理状態だ。エンマ箱(?)を開けたら、ドドドッと領収証がこぼれて山のようになった。さてこれをどうするか?思案のしどころと言いたいところだけれど、思案するより体を動かさなくてはならない。領収証を仕訳して帳面に書き、これを税理士から与えられたパソコンソフトに打ち込まなくちゃいけない。決算前には目鼻をつけておきたいからやるしかないのだが、とりあえずため息ばかりが出てくる。お仲間全員が今は申告モードで深刻ムードなんだから(こないだ誰かが書いてたな、こんなこと)、同じモード&ムードでおつきあいするっきゃないか。
2007年03月01日
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