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【追記】No.3おお、晴れた、晴れた!初夏みたいな日ざしです。お天気屋なんで実に気分がいいです。後で散歩に出よう。【追記】No.2じゃんばらやさんの書き込みで思い出した。1978年3月26日、成田空港の開港が延期された。その後、国会で暴力反対決議が行なわれた。全会一致で賛成……かと思ったら、一人だけ反対投票をした。青島幸男議員である。あの人も都知事なんてやらなければ名議員になれたのに。挑発的言動を繰り返す極右都知事が誕生したのにも、責任があるだろう。テレビでは東京都教育委員会臨時会の映像が流れていた。米長邦雄さんや内館牧子さんが教育委員だというのも、よくわからない。この人たちが教職員の処分を決定したのだな?東京都教育委員会委員長 清水司委員 國分正明 鳥海巖 米長邦雄 内館牧子 横山洋吉東京都教育委員会ホームページ異様な監視下で卒業式が行なわれているなんてのは、初めて知った。だいたい私は式典が嫌いなので、卒業式なんて中学の時に出て終わりにしたのであります。小学生の時は一番最初に卒業証書を受け取る役でした。中学生の時は、日の丸に向かって礼をしない唯一の生徒でした。後で友達に「お辞儀しなかったね」と言われました。不思議なのは、成人式みたいに暴れる若者がいないことです。どうしてやらないの?【追記】No.1「全国ネットお花見会」開催中!東京は桜が見頃のようですね。Mドングリさんが井の頭公園の桜を撮影してくださいました。京都名菓さんから桜風味の生麩饅頭もアップされています。私は雨降りで桜の探索ができませんでした。画像は昨日浅間神社で見つけた桜の花です。会場はこちら。「花より団子板」週刊文春の出版差し止め命令に関しては、ばかばかしくてあまり発言するつもりはなかったのだが、もう一度だけ書いておこう。文春側の反論に関しては、一切読むつもりはありません。私は文春支持ではありません。裁判所の命令が暴挙であると思うだけです。記事がどれだけ扇情的なものであれ、また「ぬるい」ものであれ、裁判所の命令は理不尽であった。それだけのことである。戦争に反対するのに論理が不要であるのと同様、自称言論人はこの命令に賛成すべきではない。出版の是非にかかわる価値基準を国家にゆだねてはならない。裁判所の命令を支持する者が、問題の記事を入手して読むなどというのは矛盾している。自分で判断できるのなら、国家に任せるべきではなかろう。それとも、自分だけは一般大衆ではないと思い込んでいるのだろうか。さて、らいばあさんは野田秀樹さんの演劇を観に行ったそうですが、私の場合は学生時代につかこうへいさんのお芝居を観に行きました。紀伊國屋ホールはちょっと気取った感じの場所で落ち着かなかったけど、根岸季枝さんがもぎりに出てきてくれたのがとても嬉しかったです。戦争に行けないで肩身を狭くして戦後30年を生きて来たお父さんに届く召集令状。そこで「さあ今こそ」と出で立つお父さん。つかさんのお芝居は必ず劇中劇という構造をしていたなあ。劇中人物が一所懸命演じるところがおかしいのであります。白系ロシアの混血ディープ山崎という人物が実にインチキ臭くて良かった。三浦洋一さんも似合うけど、やっぱりそのインチキ臭さは風間杜夫さんがはまり役ではあるまいか。つかさんの稽古では、灰皿のようなものを机の上に投げるために置いてあったそうです。傘を投げてしまったので本人も「これはヤバイ」と思ったけど、三浦洋一さんがうまく逃げたなんて伝説もありました。三浦洋一さん、亡くなったんだよな。2000年5月14日、享年46。もう四年も経ってしまった。1954年生まれなんで、思っていたより年が近いわ。宇津宮雅代さんは6歳年上だったんだ。離婚しましたけどね。
2004.03.31
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【追記】No.3幻泉館サーバのログファイルを見ると、2ちゃんねるから飛んできていた。どうやら「季刊フォークリポート」の発禁号の表紙画像なんぞを見にきているらしい。幻泉館はリンクフリーです。というより、WWWはその仕様上リンクフリーが前提の世界だと思う。それでも、自分たちにとっておいしいところだけこそこそとお持ち帰りになる2ちゃんねら~は気持ち悪い。匿名で揚げ足取りをする他は能のない連中である。いや、ファシズムの露払いでもあった。【追記】No.2バッテリーの蓋が壊れて修理に出していたコンパクトカメラが返ってきた。一眼レフだと嵩ばるので、これが散歩にはいいのだ。今日も桜探索に出ようかと思っていたが、雨が振り出してしまった。残念。画像は日曜日に大菜園で撮ったブロッコリです。【追記】No.1「全国ネットお花見会」開催中!今日の散歩は旧繁華街から浜の松原まで足を伸ばす。もうすぐ、もうすぐ。松林の中で桜が少し咲き始めました。会場はこちら。「花より団子板」今日の午後ものんびり市の繁華街を散歩。元繁華街と言うべきか。アーケード名店街はずいぶん悲惨なことになっていた。私が小さなころは松菱デパートがあった。衣料品売り場では、洋服の糊で目が痛かったのを覚えている。いくつもの店が消え、残った店もガランとしている。新仲見世は昼なのに暗く、たぶん一人で歩くのは恐く感じるような物騒な雰囲気もある。川寄りの「さんさん通り」だけが、きれいな舗道が整備されて、明るい。ただ、人はいない。高校時代に行ったジャズ喫茶を探してみる。建物が変わっていたようだが、「JAZZ レストラン Early Times」というきれいな看板が掛かっている。おお、ライブスポットになったのか!と思ったら、ドアに貼り紙がしてあり、店主の健康状態がすぐれないために閉店する由書かれていた。あらまあと驚いて横を見たら、ちゃんと喫茶店は残っていました。しかし、この雰囲気では中に入れないなあ。中心繁華街と言える仲見世商店街も、ケンタッキー・フライド・チキンKFCがなくなっていた。レコードや楽器を扱っていた「すみや」の仲見世店も閉店していた。「すみや」はうちの近所が拠点店。つまり、自動車で乗りつける郊外型店舗は元気がいいのだが、駅前はさびれる一方なのだ。マルサンに寄って、噂の真相休刊記念別冊『追悼!噂の真相』を購入する。なんだか、今日の散歩のテーマは滅び、なのか?お、今夜の「NEWS23」には岡留安則編集長が出演!雑誌がなくなっても岡留さんはモノ書いて忙しそうだけど、やっぱりニュース・ステーションと噂の真相がいっぺんになくなるのは痛いわ。タイトルは戦後のカストリ雑誌『真相』を彷彿とさせるが、実際の誌面作りも、反権力と風俗が混在する不思議な雑誌だった。本多勝一氏が似たような雑誌を始めたが、あっという間に消えてしまった。こんな雑誌を四半世紀も出し続けたというのは奇跡みたいなものだが、また奇跡の復活をしてもらいたいものだ。
2004.03.30
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【追記】No.5目を覚ましちゃいましたけど、こういうことですな。本日のヒナのひるね。【追記】No.4好天が続いたおかげで、たまっていた洗濯物がきれいにかたづきました。やっぱり外で干さないと気持ち悪い。気持ちよく乾いた洗濯物をただんでおいたら、その上でヒナが寝ておりました。やられた。干した布団の上でも必ず昼寝してくれるもんなあ。実にすばやいです。【追記】No.3いやあ、不覚。つまらん映画観てしまった。テレビで流してたやつ。『パールハーバー』。論外。それにも増して、ヒロインのアテレコやってた人がひどかった。私は「洋画」はよくできた吹き替えで観るべきだと思っているのですが、こういうものを流されては、まったく説得力がないよなあ。調べれば簡単に誰なのかわかるけど、調べませんよ。そういえば、このごろは字幕の形が「ヒカリミミズ」じゃなくなってしまったなあ。銀幕に輝くヒカリミミズの怪,再び【追記】No.2昨日のヒナ画像と同じ時に撮ったものです。こちらの方が先に撮りました。回り込んで撮っていったら、鬼ごっこをして遊んでもらえると思って逃げていったのです。【追記】No.1「全国ネットお花見会」開催中!島根から、京都から、桜便りが届いています。bonbeiさん、名菓さん、ありがとう!皆さんも桜の花や宴会の画像をアップしてください♪下の画像は幻泉館大菜園の菜の花。桜はまだなんです~。会場はこちら。「花より団子板」今日(日曜日)は霊園に出かけた。墓参りではない。出骨のためである。といっても、遺骨はない。墓の中にあるのは、故人が生前使っていた剃刀などの遺品である。台湾で亡くなった、幻子心母の祖父たちのものだ。家から40kmほどなので、事務所に言われた一時間前に車で出発する。天気が良いので、隣町に入ると富士山の広い裾野がきれいに広がって見える。晴れて良かった。途中で異様な光景を目にする。モノリスのような板が立ち並んでいる。第二東名だ。本当にそんなもの必要なんだろうか。高速道路を無料にするという話がウソ八百だったのだから、必要だという話もウソ八百かもしれない。快適に走って、金太郎町に到着。以前はトヨタ・スプリンター、日産セレナで走ったのだが、圧倒的にこのトラヴィックが楽チン。まったく違う乗り物だ。金太郎の里からは、実に大きく富士山が見える。写真を撮っているヒマがないのが残念。別荘地のような土地を通って、霊園に到着。今は梅の花が盛りだ。霊園の中に入ると、富士山が少し山に隠れてしまった。墓に着いてから私がトイレに行っている間に、遺品が取り出されていた。手際がよすぎるわい。中を開けるところを見たかったのに。仏教、神道、キリスト教、無宗教、なんでもありの墓地なのが気持ちいい。知り合いの大学教授の墓碑銘に「哲」を提案したことがあったなあ。採用された墓はこの霊園の、ずっと奥の方にある。定刻に坊さんがやってきて、おなじみの読経。はい、これで終了。さっぱりしたものだ。寺の墓より、ここの方が良かったのになあ。帰りに虎屋によって、お土産に「夜の梅」を買った。行き帰りの車では、オートチェンジャーに入れたCDをそのまま聴いていた。6枚しか入らないので、選ぶのが難しいのだよ。今はジャクソン・ブラウンが4枚、五つの赤い風船とSIONが一枚ずつ入っている。「風船」は『西岡たかし 五つの赤い風船 CD BOX』の1枚目のもの。西岡さんの自選集。おお、という曲が入っている。そんな一つが「てるてる坊主」。元々『巫OLK脱出計画』(1970年)に入ってた。 ♪ てるてる坊主 てる坊主 ♪ あした天気にしておくれおなじみの歌の後、一番では「泣いているあの子の明日のために」「暗い心の私のために」、「あした 天気になっておくれ」と歌う。この歌詞は他の人でも作れたかもしれない。その後が、今ではちょっと考えられない歌詞だ。 ♪ 世の中はかなみ なやむ人に ♪ 毎日ツルハシ 握る人に ♪ あしたはきっと 晴れておくれツルハシを握る人のために歌うことのできる、祈ることのできる人はもういないと思う。日本人はとても偉くなってしまったんだろう。自分たちが戦争をやったことも忘れてしまったようだ。そしてまるで戦争で被害を受けただけであるかのように記憶をねじまげる。 ♪ どこかで戦争 死んだ人に ♪ この世の暗い世界のために ♪ ギラギラ太陽見せておくれああ、晴れて良かった。明日も晴れますように。
2004.03.29
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【追記】No.4ひさしぶりに夕陽画像をアップしました。今日はすごい人出でした。天気の良い、暖かい日曜日。デートに、犬の散歩に、夕陽の撮影に。最初にシルエットを撮った二人は、フランス語で語り合う紅毛碧眼のお嬢さんたちでした。夕陽が好き![I Love Sunset!]【追記】No.3畑にも浜にも行って参りました。今日は夜なべ仕事もあるのです。妙に忙しい一日です。畑に行く準備をしていると、駐車場に猫が集まっていた。おなじみの茶トラ君の他に、小柄なキジトラ、チビ君のそっくりな黒トラもいる。どれもうちが餌付けしてしまったノラ君たちらしい。以前はネコ社会になじめなかったヒナも、一緒にひなたぼっこしている。年をとって社交性を身につけたらしい。写真を撮ろうとすると、ヒナは鬼ごっこのつもりではしゃいで走り回ってしまう。それで起きている写真が少ないのです。今日もこの後、ドタバタ走り回っていました。【追記】No.2珍しく午前中から活動を開始して、県境まで行ってきました。金太郎の里から山奥に入ったところにある巨大霊園です。スピードウェイも近くにありました。途中で見る富士山は裾野も見える、大きな姿をしていました。これからちょいと畑仕事。浜に夕陽も見に行けるかしら。【追記】No.1「全国ネットお花見会」開催中!幻泉館地方では桜はまだなんですが、東京ではいよいよお花見が始まったようですね。花の画像や宴会画像をアップしてください♪下の画像は事務所近くの街路樹。桜でないのが残念です。会場はこちら。「花より団子板」 ♪ セブンイレブン ♪ いい気分 このCMソング、やらなくなっちゃったねえ。韻を踏んでて好きだったんだけど、これはアメリカのCMそのままだったんですね。 「開いてて良かった~!」 1981年のCMOh Thank Heaven For Seven-Eleven向こうのをそのまま使っていたころは今ひとつだったんじゃないかと思います。そこから脱皮して、独自のPOSシステムやお弁当の商品開発なんかのおかげで、急成長を遂げたのでしょう。70年代がテーマなのに……いや、これも70年代なんですわ。鶴巻町に引っ越すと、すぐそばに7-11ができました。今と違ってお弁当はしょぼかったので、あまり買いませんでした。銭湯帰りに立ち寄ると、酔っ払いがからんできました。近くへ来てじろじろ眺めてから、「男かよ~」とか言うんですわ。不愉快でした。夜中に開いてるのは便利だけど、それほどありがたいとは思わなかったなあ。これが70年代後半なんです。それでまた吉祥寺の方へ引っ越してから、アルバイトをするようになりました。年末年始の夜中、当時としてはやけに時給が良かったからです。東大卒で脱サラしたというオーナーは、「他人に頭下げたことないでしょ」というようなことを言いましたが、わりとシンパシーを抱いてくれたようでした。愛想ないけど、ちゃんと仕事しそうだということね。当時は脱サラで7-11を開店するなんて、まだあまり考えられないことだったと思います。レジは手打ちでした。3斤の食パンをその場で注文に応じてスライスするというサービスもありました。というか、ヤマザキの食パンは我々がスライスして袋に詰めていたのです。4枚切りは楽でしたが、8枚切りあたりになるとかなり微妙。やけに枚数が多くなったり、少なすぎたり。多少の練習が必要でした。コーヒーも入れてましたね。サーバに入れたまま温めておくので、すぐにまずくなってしまいます。それでも明け方にそれを楽しみにしている運転手さんがいました。本屋さんの店番でもそうですが、一度でも来たお客さんの顔はすぐわかりました。人の名前を覚えるのは苦手なんですが、見たことのある顔というのは、わかるのです。酔っ払いは苦手でしたね。私より年下の学生のはずなんですが、名札で名前を覚えてしまい、「幻ちゃん、がんばってね」なんて声をかけてくお客さん。パンの耳をもらいに来る牛乳配達の学生さん。高校の同級生だった女の子が男連れで来た時にはちょっとドキドキしましたが、こちらには気づかなかったようです。この人は秋葉原でキャンペーンガールをやってるのも見かけました。明け方やってきてぶつぶつ話をしていくお爺さんには閉口しました。僕が辞めた後、「幻ちゃんに」と言って、古い歴史雑誌をたくさん置いていきました。これが本当に黴だらけで、仕方がないので捨てました。そういえば辞める時には、高校生のバイトの女の子が、コーヒーカップをプレゼントしてくれました。マジメに就職活動をしなかったので今で言うフリーターだったのですが、知人の紹介で小さな出版社に勤めることになったのです。その7-11、今もあります。オーナー、元気かな。
2004.03.28
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【追記】No.6珍しく幻子心母が歌番組を見ていた。NHK BS2で、流行歌ベスト10みたいなやつ。「亡くなった人が歌う時は白黒にしてあるわ」それは違うと思う。酔っ払って「俺様はNHKだ!」みたいな事件を起こしたことのあるアナウンサーが司会をしていたので見たくなかったのだが、洗い物をしながら最後だけ見てしまう。ベスト2が坂本九「上を向いて歩こう」。ベスト1が中島みゆき「地上の星」。それは変だ。結局、自局の番組宣伝なのか?【追記】No.5夕暮れの中、のんびり市の駅前商店街を歩く。本当は川や浜で夕陽を撮ろうと出たのだが、西の空を雲が覆ってしまったので、おぼろ夕陽。それで街を撮ってみた。上から2番目は東急ホテル横から見た御成橋。きれいになったけど、植え込みには「スケボー禁止」みたいな看板が立っていて不愉快。だいたい、人通りなんてない。上から3番目は西武デパート新館前。サッカーのオリンピック代表監督山本昌邦さんが御当地出身なので、商店街の垂れ幕が掛かっていた。西武デパートは営業努力を怠ってきたので、かなりヤバイだろう。地元の年寄りには高級イメージがあるのだが、もう若者は「MUJI」以外訪れない。一番下が、西武デパートの少し南側。角の店が「ドルセ」で、その隣が「幅田屋」さん。私の幸せポイントです♪土曜の夕方、駅前商店街に人通りはない。【追記】No.4街中に桜の花はないものかとカメラをぶら下げて散歩するが、桜の花はまだだった。ここ数日寒かったんだよなあ。明日も晴れてれば、だいぶ開くんじゃないだろうか。土曜日の午後だというのに、人通りが少なかった。地方都市の繁華街ってこんなものなんだろうか。うちの近所が周囲は水田しかなかったのに、今は郊外型の大型店舗ができてとても便利になっている。クルマ社会になってしまったので、駅前はさびれる一方なんだろう。中央公園はハズレ。そこから川の対岸に、歩行者専用橋ができている。もちろんほとんど人がいない。天下り土建屋行政の象徴みたいな橋だ。「あゆみ橋」という名前である。川を歩いて渡るのはひさしぶりだった。いいな。やっぱり川のある土地で暮らしたいものだ。三月散歩道だが、桜は抜き。高校のボート部が練習しているかと思ったが、独りでカヌー漕いでいる人がいるだけだった。【追記】No.3今日のタイトルが何のことかわからない方が多そうなので、補足しておきましょう。クロたぬさんがレスで書いてくださった歌詞は、1972年にフジカラーのテレビCMで流れた曲なんです。拓郎さんがブレイク中で、とにかく明るくて楽しい時代です。このソノシートは1973年に制作したものです。それでも1972年だなあと思い出すのは、高校1年生の時に海浜教室で、帯銀君(仮名♂四十代)が私の格好を見て「若干気取った田舎っぺちゃん」と言ったのを覚えているからなのです。 「Have A Nice Day」 「気ままに写そう編」 作詞・作曲・唄 よしだたくろうクロたぬさんが書いてくださった歌詞の続きはこうなってますす。 ♪ じゃっかん気どった 田舎っぺちゃん ♪ たまには まぬけな ♪ ボンボン野郎 ほいでも ♪ 何とか絵にはなりますぞい!実は歌詞も曲も違う「天然色写真編」というのもあるのです。 ♪ 色っぽいということは ♪ エーことなんよ エーことは ♪ すすんで やってみるもんよ ♪ 天然色写真を写してみんさい ♪ 僕らはもっともっと色っぽいはずよいやあ、ノーテンキでよろしいなあ。これは中古でソノシートを買ったのですが、あともう一曲入ってます。 「いま、このときめきを」 作詞・作曲 よしだたくろう 唄 沢田研二非売品のソノシートですが、かなりの数が作られたようですから、それほど珍しいものではないようです。時々ものすごい値付けをしている中古屋さんがいますが、ぼられないようにお気をつけあれ。【追記】No.2「全国ネットお花見会」開催中!幻泉館地方では曇か雨ばかりで、お花見会の宣伝をすっかり忘れていました。お花見ができる地方の方、詳報をお願いします~!画像はは曇天下の葉桜。もう一週間近く前に撮ったものです。会場はこちら。「花より団子板」【追記】No.1「ニュース・ステーション」最終回。久米宏さんの番組終了挨拶、「国民を戦争にミスリードした過去」というNHK批判が光ってました。過去を反省せず保身に汲々とするNHKは、izumatsu氏が言うとおり、確かに「やっぱNHK」なんでしょう。仕事で撮った写真をDPEに出した。ふと「雨の日サービス」に目が止まる。例によっておばちゃん体質である。ネガフィルムをスキャンしてJPG画像に落とし、CD-ROMを焼いてくれるというものだ。フィルム一本350円ナリ。36枚撮りだったので、さらにお買い得感が増す。またまたおばちゃん体質である。紙焼きのプリントとCD-ROMが2時間後にはできあがっている。すごいもんだなあ。私がヤシカ・エレクトロ35を振り回していたころとは大違いだ。たくろうさんのフジカラーCM「Have A Nice Day」など思い出す。出来てきたCD-ROMをPCのCDドライブに入れると、ソフトのインストールをするか聞かれました。簡易閲覧ソフトが付いているのですね。Photoware/EZ Version 3.00お買い得感マスマス?さらにさらにおばちゃん体質。でも、私の場合、このソフトは不要です。閲覧だけならフリーウェアのSusieなんかの方が使いやすい。ファイルを見ると、画像サイズは[1840*1232]。うちにあるフィルムスキャナーで落とした方が解像度は上がるだろうが、30枚以上スキャンするのなら、350円払うわ、こりゃ。ただ、数枚だったらフラットベッド型のスキャナーでスキャンします。しかし、デジカメもいよいよ本格的なカメラとして熟成してきて、普通に紙焼きを作ってもらえるようになった。35ミリも簡単にデジタル化してもらえるようになった。写真を撮りたい人には選択肢が増えてきて、困るほどだ。ありゃ?APSという半端なシステムは生きているのかしら?仕事と関係ない写真が一枚あったのでアップしておきます。ああ、青空はどこへ行ってしまったのだろう。原寸だと山肌がもっとはっきり見えます。
2004.03.27
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【追記】No.4お、今日は久米さん、最終回だな。でかい最後っ屁など期待して、のんびり見ることにしよう。【追記】No.3幻子心母よりSOS(死語)が出ていたので、夕方どたばたと灯油を買いに出る。まだ必要です。のんびり市なのに。以前はコーヒーの豆を買ってきて、自分でゴリゴリと挽いておりました。手回しのミルがよろしい。それが一昨年あたりからレギュラー・コーヒー、つまりあらかじめ挽いてあるパッケージを買うようになってしまった。レギュラー・コーヒーもおいしくなったなあと思ったこともある。価格が安いこともある。お試しセールとか、在庫整理品とか、安くなってると買ってしまうのであります。(例によっておばちゃん体質)コーヒーを飲まないと一日が始まらないのである。一人暮らしの時の朝飯は、トースト&コーヒーでありましたっけ。今は御飯と味噌汁なので、その後コーヒーを飲みます。事務所に行ってコーヒーを飲みます。休憩の時にコーヒーを飲みます。で、喫茶店に行かなくなってしまいました。時間のゆとりがないのかな。【追記】No.2今日の日記の題はもちろん我が心の師匠高田渡大人の「コーヒー・ブルース」に由来するものであります。2004年春の新作ケーキが気になります。イノダコーヒ【追記】No.1明けて3月26日、そうか3.26だ。1978年3月26日、成田空港の開港が延期された日です。三里塚芝山連合空港反対同盟委員長戸村一作さんは、その翌年に亡くなりました。戸村さんは日本基督教団三里塚教会の牧師さんだった方ですが、教団が戸村さんを除名した……のかな。2002年に「三里塚教会問題」という記述をしているサイトを見つけましたが、なんだかよくわかりません。http://www004.upp.so-net.ne.jp/msaka/tkf8.htm今日はせっかくカメラを持って散歩に出たのに、すぐに雨が降り始めたので、公園までたどりつけなかった。駅前の雑居ビルに避難。そこで神戸屋パンがやっている喫茶店を見つけた。いつできたのかしら。ヤマザキがやっている「ヴィ・ド・フランス」の喫茶店はよく利用したので、あの感じなのかな。喫茶店ほど高くなくて、ドトールあたりよりゆったりとした座席。アタリだな。パンも安くておいしいし。1972年、つまり私が高校一年生の時はコーヒー専門店を名乗る喫茶店が急激に増えた時期だと思う。本やレコードだけでもうアップアップなのだが、お小遣いをやりくりして、なんとかコーヒー専門店にでかけたものだ。当時はのんびり駅北口はまったくさびれていて、すぐに住宅地になっていた。そんなところに珈琲館という喫茶店があった。あの専大前に本店があるチェーン店とは関係のないところです。ゆったりと広い店内は少し暗いのだが、濃い目のコーヒーはおいしいし、静かで、それに空いていた。ブラジルやコロンビア、マンデリンといったストレートコーヒーがメインなのだが、少し高い。それが日替わりで「サービスコーヒー」といって出された。ソーサーの上にはコーヒーの名前をスタンプで「マンデリン」なんて印字したコースターが載っていた。今日はこういうコーヒーを飲んだぞということで、コースターを記念に持って帰るのだ。幻のフォークソング同好会事件によって学校とは早い時期に疎遠になったので、コーヒー代があればこの喫茶店に行って、本を読んでいた。一杯150円程度だったと思う。懐が温かい時には、チーズトーストも注文した。当時はいくらでもモノが食えたのだ。ある日曜の午後に、なんだか見たようなカップルが入ってきた。男の子は高校の同級生、女の子は中学の同級生。二人とも私服なのだが、女の子はずいぶん変わったように見えた。彼氏がコーヒーに関してあやしげな蘊蓄を傾ける。いけないと思いながらも、それは聞いてしまうよなあ。のんびり市の珈琲館、場所が移ったのだが今でも健在である。ただ、最近はマスターの顔を見かけないので、代が変わったのだろう。あの頃から数えて、僕はいったい何杯のコーヒーを飲んだのだろう。画像は本日ののんびり駅ビル。神戸屋さんでコーヒーを飲みながら撮りました。ちょうど駅ビルのコーヒー屋さんが写ってるのかな。
2004.03.26
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【追記】No.4忙中閑ありで、ちょいと桜など探しに行こうと思い立つ。のんびり市には「中央公園」というのがあって、スケボー少年が集まったり、フリーマーケットが開催されたりする。そこに桜があるとの情報が寄せられた。デジカメと交換レンズを担いで散歩に出ました。するといきなり雨が。あらま、葛切り、違う、春雨じゃ.でも濡れたくない。で、コーヒー飲んで帰ってきました。残念。そういえば、もう長いこと夕陽を見ていないようだな。【追記】No.3私が今までで一番寒い思いをしたのは、真夏のことではないかしら。90年代のことです。某野外コンサートで雨に遭い、帰りの新幹線で身体が芯まで冷えました。家でお風呂に入った時に、思わず声を挙げました。あれは寒かったわ。Jリーグの試合が雨で中止になった日の出来事です。【追記】No.2四畳半で思い出したんですが、昨日の日録で出てきた「フォージョーハーフ」は、四畳半のもじりです。全然四畳半フォークではない小坂忠さんがそんなふうに名乗ってるのがおかしいです。ついでに触れておくと青木ともこさんは、今五つの赤い風船に参加している方。朝比奈逸人さんは今は画家という肩書きになるのでしょう。渡さんがこの人の作った「ウィスキーの唄」や「トンネルの唄」を歌ってます。お髭が印象的だった俳優の朝比奈尚行さんは逸人さんのお兄さんです。【追記】No.1BGMは「ビター・スウィート・サンバ」か「シバの女王」で。今は昔のことじゃった。のんびり市の高校生二人が、東京にでかけたんじゃ。竜ちゃんの大学合格発表に幻ちゃんがつきあった。竜ちゃんは見事に「桜散る」だったので、二人で残念会を開いた。合格者の受験番号、竜ちゃんの前後はあったのに。「惜しかったねえ」まったく惜しくなんかないのである。それで国分寺の飲み屋さんに行った。北の誉れだか美少年だか忘れたが、日本酒をしこたま飲んで、とってもいい気分。どうして国分寺だったかというと、既に進学先の決まった友人の下宿があったから。四畳半でトイレ共同という、当時の標準的な学生アパート。もちろん風呂やエアコンなんて付いてない。まだ何もないよと聞いていたが、いい気分で木造モルタルアパートを見つけ、借りた合い鍵で部屋に入る。本当に何もない部屋で、二人はあやしげな人生論など語り合っていたのである。で、酔いがさめてきて気づいた。寒い。そりゃ寒いわ。天気が良かったので、また夜中にどんどん冷えてきた。寝ちゃいかんぞぉ!とにかく何か話さなければということで、深夜放送のリクエストカードにこの体験を書こうじゃないかと、その草稿を二人で考えた。「国分寺越冬記」なんてタイトルがいいね。ちょっと脚色しようよ。バカである。3月なのに、その夜は特に冷え込んだのである。本当はすぐに帰るつもりだったので、軽装。のんびり市は東京に近いけど、暖かいところなのよ。歯の根が合わずガチガチ鳴った。朝日が嬉しかったなあ。空いている下りの電車に乗って、そのまま眠り込みました。一旦豊田あたりまで行って、それからそのまま東京駅へ折り返したのでしょう。ぐっすり寝たので、よくわかっていません。もしかしたら2往復したのかもしれない。竜ちゃんは今高校で数学を、というよりテニスを教えています。春の長雨嫌ですね。花見も夕陽もアウトです。寂しいものです。夜なべ仕事をためてしまったので、まだ日記を書けません。春の雨、春の嵐、う~ん。寒かった、国分寺の一夜のことでも書きましょうか。仕事の合間、というか逃避に、少しずつ書きます~。
2004.03.25
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Dr.悠々さんが春一番コンサートについて書いている。春一番コンサート以前私が日記タイトルだけ「春一番」にしてしまったもので、延期なさっていたテーマです。すんません、私めはタイトルだけでした。「オリジナルアルバムを年代順に出演者と曲を書いてくれ」というリクエストにお答えしたいのですが、今ちょっと無理なので、とりあえず『五月の風に出会ったら』だけ。といっても、過去日録からの蔵出しなのでございます。重ねて申し訳ございません。[2003年3月30日付日録]【五月の風に出会ったら】あがた森魚さんが歌う「冬のサナトリウム」が聴きたくなって、枕許にある箱から春一番のセレクション・アルバム『五月の風に出会ったら』を発掘する。1972年のライブ録音で、バックは「はちみつぱい」。歌詞の最後の方にある「ベッドで千代紙も涕泣いた 」が「ベッドでサルビアも涕泣いた 」と変えられ、そのまま「サルビアの花」を歌うというメドレー・バージョン。あがたさん、メロメロです。この人は当時、本当に泣きながら歌ってました。サナトリウムだよって歌ってるのに、なんだかいつも函館ラサール高校の寮(そんなのあるのか?)の窓からあがたさんが家出するといったような映像を思い浮かべてしまいます。春一番コンサートのライブ盤はいろいろあるのですが、私はこの98年に出た4枚のシリーズが好きです。朝野由彦「旅の途中」からあがた森魚「冬のサナトリウム」あたりの流れがよろしい。72年の音源と76年の音源を並べるなどという乱暴な編集がいいのです。そうか、私にとって92年と96年なんてのは、ほとんど同じ年にしか感じられないのに、72年と76年はひと時代違うという感じがします。その頃の私の時間が濃かったんですね。北村和哉さんの解説が単なる回想で、ちゃんとした解説になっていないのが惜しまれる。松村正秀「坂道」を名曲だと持ち上げるのなら、この人がゴンチチのチチ松村さんだという解説が必要だろう。だって内田勘太郎さんのことは「憂歌団の内田勘太郎」って書いてるんだよ。で、ダッチャの「26号線」のことがだらだら書いてあるんだけど、このシリーズにその曲は入ってません。北村和哉さんってどんな人なんだろうと思ってgoogleしたら、おもしろいものを見つけました。Tom Petty and the Heartbreakersのファンが、 『ザ・ラスト・DJ』日本盤アルバムの解説に怒りまくって抗議しているページです。解説は日本盤の付加価値であるはずで、それで輸入盤より値段を高くして売っているのに、事実誤認が多すぎ、なおかつ読む者を不快にさせるという抗議です。*http://www.wind.sannet.ne.jp/mayu-a/tldj_ln/djln_w.htm*[リンク切れてます。残念。]うんうん、気持ちはよくわかる。がんばってください!『五月の風に出会ったら 春一番スペシャル・セレクション』1.プカプカ(西岡恭蔵 1973)2.田中さんとぼく(友部正人 1978)3.心のままに(青木ともこ 1977)4.わたしの自転車(jam 1974)5.庭はぽかぽか(小坂忠+フォージョーハーフ 1972)6.旅の途中(朝野由彦 1976)7.冬のサナトリウム~サルビアの花(あがた森魚+はちみつばい 1972)8.雪の月光写真師(若林純夫 1973)9.ローリング・メニュー(中川イサト 1979)10.もう終わりさ(朝比奈逸人 1976)11.ガムをかんで(ディランII 1973)12.ホーボーの子守歌(古川豪 1975)13.坂道(松村正秀 1977)14.オレンジ・キャラバン(加川良 1979)
2004.03.24
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【追記】No.4広辞苑から引用しておきます。もちろん川本さんや滝田さんは赤衛軍事件の犯人ではありません。これがフレームアップというものです。----------------------------フレーム‐アップ【frame-up】無実の者を罪に陥れること。多くは政治・治安・イデオロギー上の理由から、事実を曲げたり事件を捏造したりして犯罪者を仕立てあげ、世論の攻撃を誘導する政治的詐術。でっちあげ。----------------------------ついでに、過去の日録で「朝日ジャーナル」に触れたもの。朝日ジャーナル 1971年3月19日号[1977-1970 > 2003-1996]【追記】No.3じゃんばらやさんの書き込みで思いだしたのだが、評論家の川本三郎さんは「朝日ジャーナル」の記者でした。1972年に朝日新聞社を退社したのですが、そのきっかけは日記本文に出てくる菊井良治による赤衛軍事件です。この事件は当時日大生だった菊井良治らが朝霞駐屯地に侵入して自衛官をナイフで殺害し、武器を奪ったというもの。彼は赤衛軍という幻の党派をでっちあげて自白します。そして、指示を出したのは滝田修氏だと供述しました。取材で接触していた川本さんが共犯容疑で逮捕され、滝田さんが指名手配されたのです。この大迷惑な人物、今はどこで何をしているのでしょうか?というようなことを書くと、個人情報保護法違反なのかな。【追記】No.2「週刊文春」に対する出版差し止め命令に関しておもしろいのは、今まで「人権屋」などという言葉を遣っていた連中が突然人権意識にめざめたかのような発言を繰り返していることである。これを御都合主義と言う。「エセ人権屋」などという非常に屈折した罵倒語を遣いたくもなるものである。楽天広場内の自称ライター諸氏に関しては、どの程度信頼できるライターさんなのか、いまのところ便利な基準ができたとも言える。一見論理的な人物が、意外に権威やノイズに弱いということも思い知りました。論理の前提となる情報や知識がまっとうなものでなければ、御本人の意志に反してファシズムの推進役を演じることになってしまうものです。【追記】No.1「全国ネットお花見会」開催中!冷たい雨が降っていて、花撮影の散歩ができず。一昨日撮った別のパンジーです。会場はこちら。「花より団子板」日本の民主主義は脆弱だなあと思う。獄中何年の非転向は立派だが、戦時中の前衛党はついに反ファシズム闘争を組織することができなかった。パルチザンの伝統を持たないということが、後々大きく響いているのだろう。「週刊文春」という非常に低俗な雑誌がターゲットになったために論点が見えない方がいるようだ。事情のよくわからない人は仕方がないかもしれない。しかし、少なくとも雑誌に原稿を書いて暮らしているプロのモノ書きさんが、事前検閲に賛成しているのにはあきれた。あなたの書いている原稿がどれだけ御立派なものなのか存じませんが、筆を折った方がよろしいのではないでしょうか。少なくともライターという看板は下ろしたらいかがか。もうこれからは権力の提灯記事を書いて暮らしていくことになります。提灯持ちとか露払いという言葉があるので、そちらの方がよろしいと思います。あ、既にそういう原稿しか書いてないのか。今日までそして明日から?一年前にLycos日記がそうであったように、楽天広場でもファシズムの露払いどもが元気になるのだろうか。昨年の国際反戦デーにアビー・ホフマン『この本を盗め』(1972年)のことをぐじゃぐじゃ書いた時、パリのレジスタンスが火炎瓶を武器にナチスと戦ったということに触れた。もちろん今の私はすべての武器を花に変えるべきだと考えているのだが、火炎瓶を非常に魅力的に感じた映画があった。土本典昭監督のドキュメンタリー映画、『パルチザン前史』(1969年)である。予備校の授業で熱く世直しを語る滝田修さん(竹本信弘京都大学助手)は、ノンセクトのパルチザンを組織しようと軍事訓練をする。これがなんとものどかでおかしい。まるで「いしいひさいち」さんが描く貧民共闘会議のようだ。菊井良治という人物が脳内に作り上げた赤衛軍という、これまたマンガのような物語によって滝田修氏は9年間の潜行生活を送ることになる。国家権力をなめたらいかんがな。
2004.03.23
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【追記】No.5う~、さびーね、さびーね、サビーネ金子。隣町では雪が降っているんじゃないかしら。のんびり市は雨です。でも、冷たい雨。私も動きが鈍っております。今日も忙中閑ありで散歩しようと思ってたけど、だめだ、こりゃ。【追記】No.4いや~、すごい人がいるものですな。「NHK少年ドラマシリーズ」のファンサイト。この情熱は尋常ではありませんぞ。もちろんほめているのです。☆☆☆少年ドラマ伝説☆☆☆【追記】No.3それで、「なぞの転校生」は総集編を延々と流してくれたので、つきあって見てしまいました。演じている中学生たちが懐かしいのですよ。私よりほんの少し年下の俳優さんたち。高野さんの他に星野利晴さん、伊豆田依子さんも番組に登場してくれました。30年近く経った中学生たちの姿が一番良かったです。【追記】No.2「全国ネットお花見会」開催中!昼間散歩に出かけた浅間神社の桜なのだが、実はもう葉桜でした。他の桜はまだ咲いていないのに、この神社だけ妙に早く咲いてしまいました。不思議です。会場はこちら。「花より団子板」【追記】No.1う~ん、「なぞの転校生」(1975年)は、こりゃ見てないな。原作が眉村卓さん。DVDが出てますな。大林宣彦監督の『ねらわれた学園』(1981年)と混乱してるかも。これも原作は眉村卓さんですね。おお、高野浩幸さんが出てる。さすがにおじさんになってますな。(他人様のことは言えない)この人、寺山修司さんの『田園に死す』(1974年)に主演してましたね。帰宅してテレビをつけると年金問題が云々という番組。う~ん、途中からだから何がなんだかわからない。そうそう、今日は地方発ドキュメンタリーを一本録画するのであった。新聞を見ると、NHKアーカイブスが少年ドラマ「なぞの転校生」。う~ん、どんなのだっけな。とりあえず録画……あ、ぶつかってるじゃん。普段あまりテレビを見ないのに、録画したい時は不思議にぶるかる。そこで、PCに録画できるのを思い出した。テレ朝系「テレメンタリー」は普通にビデオ録画して、「なぞの転校生」はPCに録画しておこう。ずいぶんひさしぶりなので、うまくいかないかもしれないぞ。デスクトップ機とは言わないか。タワー型の母艦機。もうスペックが古くなってしまった。CPU AMD Athlon 1.4GHz512MB RAMHDD 120GB, 80GBハードディスクに余裕があるのが取り柄。ずいぶん電源を入れていなかったわ。かわいそうに。ということで、とりあえず録画予約。さて。帰宅した時のヒナのよるね。幻子心母のベッドの上で天下泰平していました。
2004.03.22
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【追記】No.5今日から仕事が忙しいはずなのであった。しかし、忙中閑あり。午後事務所を抜け出して、浜へ行く途中にある神社に桜の花を撮りにいった。その成果は花見会場にてご覧ください。途中の歩道で、何枚か花の写真を撮る。パンジーなんて何年ぶりに見たんだろう。本当は毎年いろいろな花が咲いていたのだ。要するに、その神社までの道を歩くのがひさしぶりなのだった。【追記】No.4本日のヒナのひるね……じゃなくて、みづくろい。今日は天気が好いので2階の廊下、ヒナのサンルームでお昼寝してました。撮ろうとしたら起き上がり、寝ぼけてぐりぐりやってました。【追記】No.3桜花は元々飛行機として開発されたものではない。誘導装置として人間を用いる爆弾、最初から自殺兵器なのである。一式陸攻の胴体下部に、本来吊るすはずの爆弾や魚雷の代わりに桜花を吊るす。敵艦に近づいたら切り離して、敵艦に桜花のみが突っ込んでいく。実際はほとんどが途中で一式陸攻もろともに撃墜されてしまったようだ。若者たちが犬死にするように作られた、この人間爆弾を、米軍はBAKA BOMBと呼んだそうだ。そんな特攻を推進した人物は、それほど多人数ではない。満州事変にしてもそうだが、実はほんのひとにぎりの者が非常に重要な決定を行なっている。桜花このページでは特攻推進論者の一人として源田実の名が挙げられている。航空自衛隊航空幕僚長という肩書きで終わっているが、もちろんその後参議院議員となった源田実と同一人物だ。【追記】No.2「ネットお花見会」を始める時に「あれ?」と思ったのだ。桜の花になにかひっかかることがあったような。思い出せずにいたのだが、さっき「執事」さんの日記を見てわかった。桜はかつて大和魂の象徴とされていたのであった。巨人本居宣長の歌が根拠ということになっている。 敷島の大和心を人問はば朝日に匂ふ山桜花平田派の歪曲がなくても、同じようなことになっていたのだろうか。それはわからないのだが、菊の紋章を付けた皇軍は常に桜とともにあった。特攻という人殺しを若者に強いたのは、菊と桜だった。人間魚雷「回天」の時代、ロケット型特攻機が開発された。その名も「桜花」。人間爆弾だ。桜って、花と散ってこいという散華思想の象徴だったんだ。思い出したのだが、気分はすっきりしない。【追記】No.1あ、いかりや長介さん、亡くなりました。のんびり市の隣町、竹取物語の地御出身なんですよ。合掌。「全国ネットお花見会」開催中!さっきニュース映像でアーモンドの花を見ましたが、桜によく似ていました。冬が戻ったみたいな感じですが、もうすぐ桜は本格的開花のはず。お花見の時は、デジカメをお忘れなく。会場はこちら。「花より団子板」雨が降って寒いので、もうまるで動く気がしない。必要最低限の用事を済ませて、あとは寝たきり中年。冗談にならない。枕元のラジカセでは比較的元気の良いアルバムがかかっているのだが、これはCDを取り替えるのが面倒なだけ。いかんじゃあ。寝床の周りもまたヒナのワンダーランドなのであるが、本の山を見て捨てなければならないなあなどと思う。UNIX系のリファレンスはもう要らないだろ。本物のUNIXなんぞ触ったことがない。本を読んでLinuxをいじっていただけ。サーバが安定したら、熱が冷めてしまった。ただ、できればWindowなんぞとおさらばしたいと考えているので、LinuxやFreeBSDで統一したらまた必要になるのかも。なんて思ってるから捨てられない。今はインターネットで検索すればいいのだから、こういう本は不要なんだよね。雑誌はどうする。「噂の真相」「週刊金曜日」このあたりが嵩ばってる。やっぱりばっさり捨てるべきだろうなあ。これをいかんせん、これをいかんせん。昨年の11月に買った『がんばれ!! タブチくん!!』など眺める。本当は買った日などまるで覚えていないのだが、楽天日記のおかげで日付がわかった。11月17日に買ったのだ。日記の日付は11月18日。『がんばれ!! タブチくん!! 阪神死闘篇』 双葉社 文庫判 571円+悪税帯がおかしいね。「夢と希望とひさいち文庫 タブチくんは永遠に仏滅です」そのままではわかりにくかろうと、選手の解説が付いている。「タブチくんとその時代:選手名鑑」登場人物は以下のとおり。【田淵幸一】【安田猛】【古沢憲司】【後藤次男】【広岡達郎】【大矢明彦】【鈴木康二郎】【チャーリー・マニエル】【松岡弘】阪神がクマさんこと後藤監督、ヤクルトが広岡監督の時代なんですな。もちろんマンガには王さんや長島さんも出てくるが、名鑑には載っていない。解説不要ということもあろうが、タブチくんの世界では脇役。なんといっても、ヤスダ君やヒロオカ監督が最重用人物なのであります。誤解してほしくないのだが、実際の田淵さんは安田さんはすごい選手だったのですよ。まだ屋根のなかったころの後楽園球場へ日本ハムvs西武戦など見に行きましたが、高く上がる滞空時間の長い田淵さんのホームランはとてもきれいでした。ああ、ソレイタなんて選手がいたなあ。外野で見ているとフリーバッティングが恐いんです。近くの吉野家で牛丼弁当など買って、のんびりと見てました。わあわあ応援しなきゃいけない昨今のプロ野球は苦手。のんびり観戦したいんですわ。安田投手も、連続して防御率一位になったような選手なんですよ。ノンプロ時代のグラウンドが当時はのんびり市にあったので、おなじみの選手です。従姉の亭主が80年代に入ってすぐ亡くなったんだけど、野球が大好きな人で、安田はダチだぜみたいなことを言いたがりました。
2004.03.21
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【追記】No.7幻子心母の誕生日は、米英軍によるイラク侵略の記念日になってしまいました。asahi.comによれば、小泉首相は「正しい戦争だったと思っている」と改めて強調。また、スペイン列車爆破テロ後の犯行声明に関しては、「そのテロの脅しに屈してはいけない。テロとの戦いは長い。覚悟しなきゃいけないと思う」と発言している。さらに、日本国民にテロと戦う覚悟が「あると思う。だからこそ、小泉内閣を支持してくれていると思うし、イラクの今の自衛隊の活躍に理解を示してくれているんじゃないか」と言ったそうな。[ 小泉内閣支持=テロとの戦い ]なんですよ。[ イラク戦争=テロとの戦い ]でもあるそうな。それは違う。小泉内閣は倒さなければならん。という結論が出ました。小泉さん、早く辞めてください。【追記】No.6ぼぉ~っと、横浜と市原の試合など見ておるのだが。日本平のエスパルスはアントラーズに負けてしまったのだな。しょぼん。【追記】No.5結局冷たい雨の一日で、まったく活動できず。今日は幻子心母の誕生日。喜寿である。本来は港のうまい寿司屋に連れて行かねばならんのだが、事情によりお持ち帰り寿司。親父様は年金など受け取る前に逝ってしまったので、完全に掛け捨て。その分余計に貰わないとね。本人も米寿までは頑張ると言ってます。もっと頑張ってください。【追記】No.4本日のヒナのひるね。寒いので階下のテレビの上で、丸くなってました。音には敏感なのに、なぜかテレビの音は平気なようです。この直後起き上がって大あくびをして、それから体の向きを変えてまた眠ってしまいました。寝返りみたいなものかね。 【追記】No.3「Jeannie」という名前は本当はジニーというより、ジーニーの方が良さそうだ。Jean, Jane, Joan, Johnと同根の名前なのだが、日記本文中にリンクを貼ったサイトで指摘してるような、「genie」との掛詞には気づかなかった。これがイスラム教文化圏では「jinn」になる。つまり、ジニーちゃんは本当は魔女ではなくて、精霊、妖精なのであります。厳密な一神教とは矛盾するように思うが、なに、一神教の「よそよそしい神」はなかなか信仰の対象として存在しにくいのである。実際は、彼らが野蛮だと軽蔑している多神教の要素がいろいろ生き残って、あるいは復活しているのだ。【追記】No.2「全国ネットお花見会」開催中!なかなか桜の写真を撮れないでいますが、やっと桜開花本番ですね。お近くの桜、宴会などの画像をアップしてくださいな。ネット花見しましょ♪団子板ではございません。お酒や料理もよろしく♪会場はこちら。「花より団子板」【追記】No.1昼間本屋さんに寄ったら、ドラえもんやキティちゃんの雑誌が出ているので驚いた。もうソフトウェア危機が現実となっているのではないかしら。一つは内容の枯渇。新しいものを創造する力がなくなって、古いものを使い回すことが増えている。これは音楽業界では特に顕著だと思う。もう一つは検閲や自主規制。今、すごい勢いで自由から逃走しつつあるように思う。「週刊文春」の記事を読んだが、確かに報道する価値のない内容である。だが、それはお上が事前に決めることではない。この事件でプライバシー論争は意味がない。結婚報道があった時点で抗議していないのだから。問題は出版前の検閲、それが是か非かということだ。僕は国家に倫理を求めない。疲れていると、月並みな定形句が増える。無口で渋かったはずのキャラはどこへ行ってしまったやら、ひたすら駄洒落好きのおやじである。反射的に出るのね。ただ、前提となる共通知識がないと、冗談というのはただただ滑りまくるだけだ。お得意の「別人28号」や「いたれりつくせり石川セリ」なんてのは、若者の前で言ってしまうと、みんなすっと50cmほど離れていってしまう。ところが、意外に通じてしまったのが「ハクション大魔王」。アニメはリピートが多いので、世代が離れていても意外によく見ているらしい。ふと思いついてgoogleしてみた。これが驚き。「ハクション大魔王」はオフィシャルサイトがある?と思ったら、ゲーム機のサイトですな。*リンク切りました~「ハクション大魔王」というTVアニメは、フジTV系列で1969年10月から1970年9月まで、一年間放映されました。意外に古いです。でも、私はこれを見ていた記憶があるので、確かにそれぐらいのはずです。中学生だったんですな。中学生が見るか?すんません、見てました。私が小学生の時、のどかな県ではテレビ放送が3つのチャンネルしかありませんでした。NHK, NHK教育, のどかな放送, の3つです。最初のうちは東京の放送が全部見えたのです。ところが、周囲に建物が増えると視聴できなくなりました。それで、いわゆる民放は1局だけ。TBS系列なのですが、他のネットの番組も混ざっていました。それが中学生の時に、UHF放送でフジ系列の局ができたのです。テレビのどかな。「お昼のゴールデンショー」や「コント55の世界は笑う」という人気番組を見ることができるようになって、とても嬉しかったです。「サスケ」「カムイ外伝」「ハクション大魔王」なんてアニメも、それで喜んで見ていたのですな。ああ、思い出した。のんびり市のJR駅前は今とてもさびれてしまったのですが、当時はその局のサテライトスタジオがありました。高校生の時、友達に誘われて公開中継を見にいきました。小林麻美さんやリリーズを間近に見て、ちょっと嬉しかったです。ところでこのアクビちゃんを見ると、私は「かわいい魔女ジニー」を思い出すのであります。「奥様は魔女」ほどの知名度はないみたいですが、ちょっとセクシーなジニーが巻き起こすドタバタが好きでした。原案・制作・脚本は、あのシドニー・シェルダンです。かわいい魔女ジニーお、ビデオ出てたんだ。見たいな。かわいい魔女ジニー スペシャル・セレクションアメリカにもヲタ……いや、ファンがいるようで、ジニーのツボの通信販売まであります。「I DREAM OF JEANNIE」でgoogleすると、いろいろひっかかります。amazonでは"Dreaming of Jeannie"という本がヒットしました。60年代のアメリカのホーム・ドラマのことがいろいろ書いてあるのだと思います。吹き替えがとてもよくできていたと思います。ジニーの声は歌手の中村晃子さん。鼻にかかったような声で、「殿~!」と甘えたように言うのです。なんだか無性にエッチっぽいのですよね。ジニーは、中村晃子さんの声とセットなんです。
2004.03.20
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【追記】No.4ということで、買ってきてしまいました。のんびり市JR駅北口より歩いて5分。清光堂の牡丹餅です。ただし、「おはぎ」でした。つぶしあんとこしあん、共に110円ナリ。事務所のお茶は、抹茶入り玄米茶でございます。会場はこちら。「花より団子板」【追記】No.3今にも雨が降りそうな曇天で、寒い。午後イチで近所の寺に行くことになった。彼岸か。あ、牡丹餅!【追記】No.2元楽天広場住民、末期癌患者の「桜葉」さんは、桜の花が咲くまで生きていることができないという話だった。今年は開花が少し早くなったので、もしかしたら見ることができたのだろうか。時が流れるというのはこういうことなんだ。「桜葉」さんは、ここの掲示板に少しだけ足跡を残していってくれた。2003/10/04 ♪満鉄の金ポタンのパカヤロウ♪2003/10/12 井上陽水「桜三月散歩道」(1973年)2003/10/31 岡林信康「山谷ブルース」(1969年)結局「頑張れ」って言えませんでした。ごめんなさい。【追記】No.1今日の午後は駅の近くの商店街をぶらぶらしてから幅田屋さんで蕎麦でも食べようと思っていたのだが、冷たい雨にめげて簡単に路線を変更。車でヨーカドー&IPへ行った。4割引きという冷凍食品、スパゲッティをミートソースとナポリタンを4つずつ購入。事務所の冷凍庫はこれぐらいが限界だろう。本屋さんで立ち読みをして、雑誌と文庫本を購入。「季刊サッカーマガジン issue 22」(双葉社)歴史を旅する会編『幕末テロリスト列伝』(講談社文庫)立石勝規『田中角栄・真紀子の「税金逃走」』(講談社文庫)「季刊サッカーマガジン」は次号で誌面を刷新するのだそうな。デザイナー氏ひそかに応援しているのだが、外されたりするのかしらと、ちょい心配。今年も桜が咲く。人が去り、人と出会い、人は変わっていくのに、桜は変わらない。いつも静かに立っている桜が、毎年この時期だけ狂ったように輝くのだ。同じ仕事を十年以上続けることになるとは思わなかった。時間の密度が薄くなっているのだ。「うかつな十年ひと昔」こんなフレーズをよく思い出す。中山ラビさんの曲の歌詞。アルバム『ひらひら』に入っている「人は少しずつ変わる」。安田裕美さんのスリーフィンガー奏法が心地好い。 ♪ ひとつの時代が ♪ やがてすぎるよに ♪ とりのこしの年令 ♪ 刻告げる一番どり ♪ 一夜の夢さめやらず ♪ うかつな10年一昔「変わらない」と言われたことがあった。非難されたのだ。もちろん外見ではなくて、中身の話。本当はそう言いたかったのではないのだろう。私の小さな変化を感じて、そのことを責めていたのだ。人は少しずつ変わる私も変わる。だから去年、今までで一番静かな夏を過ごした後に、鎧を脱いだのだ。変わるのが悪いこととはかぎらない。中島みゆきさんの歌、あれは何だっただろう。「変われ、もっと好きになれ」と歌っていたのは。
2004.03.19
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【追記】No.4asahi.comによれば、日本を名指しにしたテロ表明の報道に対する小泉首相のコメントはこう。「いろいろ情報が錯綜(さくそう)している。真偽のほどはわからないが、ともかく混乱させよう、多くの国民に不安を与えたいというのがテロ組織の目的。これに惑わされてはいけない。惑わされてはだめ」福田官房長官はこう言ってるそうだ。「暴力に屈すると社会の秩序を崩す。応じるわけにはいかない。この際、国際社会が一致してテロと戦う姿勢を示すことだ」これ、日本の安全を宣言しているわけではありません。「テロと戦う」と言ってるのです。わたしゃいやです。ブッシュの戦争に大義はありませんでした。つまり侵略です。あれもまた暴力です。で、福田さんは、ブッシュと戦う姿勢を示してくれるのかしら?【追記】No.3「週刊文春」がころがっていたのでぱらぱらっと眺めたが、件の記事は特におもしろいものでもない。どうでもいい。ただ、出版前の差し止め決定、つまり出版禁止はまさに暴挙だ。明らかに「プラバシー保護」を前面に押し出したマスコミ狩りである。他のマスコミをびびって動けないようにさせるのだから、白色テロみたいなものだ。法実態としては、バイアスがかかっているということになる。派手に結婚が報道されるような人物は私人ではない。当然離婚も報道されるものだろう。文春は大嫌いだし、そんなものが報道だとは思わないのだが、それでもメチャクチャな仮処分命令だ。【追記】No.2今日は雨降り。風も強くて、春の嵐ですわ。早目に咲いた桜はもうこれで散ってしまうわ。夕陽もダメだよなあ。出かけたくないなあ。【追記】No.1「全国ネットお花見会」開催中!いよいよ桜開花本番ですね。お近くの桜、宴会などの画像をアップしてくださいな。ネット花見しましょ♪会場はこちら。「花より団子板」ところで、「板」と「坂」って、PCだと見分けにくいですね。「団子板」って「団子坂」に見えます。江戸川乱歩「D坂の殺人事件」の、あのD坂って団子坂ですよね。よく知りませんが、「桜坂」って歌もありました。「桜板」と区別がつかない。そういえば、高田みずえさんの「硝子坂」(1977年)を「しょうじいた」と読んだ友人がおりました。amazonからCDが届きました。"LOS INCAS en concert"昔のベスト盤と同様のCDは前に千円程度で見かけたのですが、なくなっていました。それで、コンサートのライブ盤を注文しました。1999年のコンサートということなので、わりと新しいですね。ジャケットを見ると、チャランゴを弾いてるじっさまがかっこいいです。「花祭り」「泣き女」といった曲が入っていないのが残念。あれ、ウルバンバという名前に変わったんじゃなかったっけ?楽器の音は素朴だけど洗練されていて、とてもいいです。でも、かえって寂しいかな。ああ、歌が入ってないんだ。chappiさんのような「内気でお上品」な感じが足りないです。やっぱり安いベスト盤を探そう。Los Incas en Concert [FROM US] [IMPORT] [LIVE]U.S.: $15.98価格: 1,773円+悪税 1. Huayno y Tundiqui2. Abra la Puerta (Ouvrez la Porte!)3. Urubamba4. El Duende (Le Lutin)5. Soldadito de Plomo (Petit Soldat de Plomb)6. Caballo de Madera (Cheval de Bois)7. Cronopios8. Buena Nueva (Bonne Nouvelle)9. El Condor Pasa10. Sikuris11. Achachau12. Milonga D. 13. Mas Vale Trocar14. Tusuy15. Bolero16. Sinergia
2004.03.18
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【追記】No.5夕方浜に出るが、太陽は完全に雲に隠れていてアウト。空も染まらない。夕陽目当てにやってきたカップルががっかりしていた。残念。【追記】No.4さきほどいただいたチーズケーキ、プチ・フロマージュ(Petti Fromage)。のんびり市では南口ドルセ(dolce)のケーキがおいしいのよ。お上品です。花見板というより、今のところ団子板にもアップしました。【追記】No.3注文しておいたCDが届いたので聴いていると、ふとラス・カサスが読みたくなった。学生時代に買った岩波文庫で『インディアスの破壊についての簡潔な報告』。う~ん、見つからない。また買って、出てくると悔しいし。調べてみると現代企画室から「インディアス群書」というシリーズが出ていて、『インディアス破壊を弾劾する簡略なる陳述』というのがたぶん同じ本。エンツェンスベルガーの論文が付いていて2800円+悪税。う、ちょと高い。岩波文庫(560円+悪税)を買いなおすか、大掃除をするか。ちょっと時間がないなあ。【追記】No.2「全国ネットお花見会」開催中!会場はこちら。「花より団子板」これは近くの公園の桜です。なぜか一本だけ咲いていました。【追記】No.1夕方浜に出ました。静かで良い日だったのですが、雲が多くて日没のだいぶ前に日が見えなくなりました。残念。パトカーが停まっていました。暗くなると物騒なところなので安心ですが、もしかしたらただ夕陽の好きなおまわりさんだったかも。更新しました♪夕陽が好き![I Love Sunset!]昨日に引き続き、「ヤング・ギター」です。1972年6月号。ね、この手の雑誌の表紙の感じが一斉に変わったころです。吉田拓郎さんですよぉ。譜面台に載っているのは、スヌーピーのノートです。こうしてみると、やっぱり拓郎さんはかわいかったですな。プロだったら楽譜(歌詞)なんか見るなと、どこぞの歌い手さんに批判されてましたっけ。このころになると、別冊付録でも楽譜が付くようになります。これが惜しまれる。何冊かあったのに、学校に持っていって紛失してしまったのですな。のんびり東高は校舎から少し離れたところに剣道と柔道の道場がありました。その前の通路をさらに進んで行って曲がると、プールです。水泳部の部室もそこにありました。私、水泳部でもなんでもありません。ただ、校舎から離れているとたまりやすいんですな。ギターを持って行って、歌を歌ってました。そして、楽譜の載った雑誌をおきっぱなしにしておいたら、だいぶなくしてしまったのです。そうそう、ギター用のアンプにベースをつないだら、いきなりヒューズが飛んでしまいました。針金を繋いで鳴らしていましたが、それはいかんよなあ。「豪華特別附録:68P楽譜集」のほか、表紙に書いてあるのは、こんな文字。「友部正人の世界」「五輪まゆみ60分インタビュー」「異色対談=山平和彦×泉谷しげる」「マスコミ・フォークはどこへ:三橋一夫」「特別特集:ニール・ヤングのうたと詩」「今月のシンガー・ソング・ライター ディランII, 古井戸, シバ, チューリップ」おお、書き写していて、すごく居心地がいいわ。なんとなく1970年というのが原点かと思っていたけど、実は1972年というのが私の原点らしいです。新譜紹介ページの「邦楽」がすごい。『放送禁止歌/山平和彦』ベルウッド『高田渡セカンドアルバム/系図』ベルウッド『青い空の日/シバ』URC『ひらく夢などあるじゃなし/三上寛』URC『春夏秋冬/泉谷しげる』ELEC『万年床/なぎらけんいち参上』日本ビクター高校生が全部買えるわけがないわな。結局トシくってから全部買いましたが。そう、ベルウッドができたのです。1ページ広告が載っていて、「新レーベル登場!★ 4月25日スタート!!」と書いてあります。渡さんの『ごあいさつ』はベルウッド以前のキングレコードから出たので、セカンドからスタート。六文銭『キングサーモンのいる島』も、この第一回リリースです。シングルは、あがた森魚さんの「赤色エレジー/ハートのクイーン」と、友部正人さんの「一本道/街は裸ですわり込んでいる」です。「洋楽」の新譜紹介は数が多いのですが、ちょっとだけ。『リンダ・ロンシュタット』 デビュー・アルバムですね。 「26才になる女のコ」と書いてあります。『永遠のミシシッピ・ジョン・ハート』 これは「高田渡さんがこの人をお手本にギターと歌をならった」という説明が付いています。記事の中では、「GAROの日高くんがコーチするC.S.N&Yの変則チューニング」が充実。「青い目のジュディ」「4+20」「YOU DON'T HAVE TO CRY」「DON'T LET IT BRING YOU DOWN」「自由の値」「グヌービア」「島の女」「Wounded Bird」こんな曲のチューニングをTAB譜で解説している。そしてガロの「一人でゆくさ」「小さな恋」も同様に解説。ああ、トミーはギターが好きだったんだなあ。あっちの世界でもマーチン弾いてるんでしょうか。合掌。ガロはD-45を何本も抱えて出てきましたが、マーチンというギターを意識したのはこのころですな。小室等さんが「マーチンD-28Sの魅力」という文章を書いてます。見開き2ページ、楽器の写真入りです。しかし、Sモデルと言われても、なにがなんだかわかりませんでしたぞ。
2004.03.17
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【追記】No.3今日は少し畑仕事をしたのだが、暑かったです。初夏みたい。おなじみナズナやオオイヌノフグリの花を撮ったのだけど、花見板にアップして良いものかどうか。駐車場でヒナが仰向けぐりんぐりんしていたので撮ろうと思ったが、逃げられてしまった。仕方がないので、うちで餌付けしてしまった野良猫を撮る。外猫というのかな。【追記】No.2「全国ネットお花見会」開催中!会場はこちら。「花より団子板」桜にはまだ早いところが多いので、とりあえず桜以外の花見もOKね。お酒は何にします?画像は近くのお寺でございます。【追記】No.1忘れていたのだが、日曜日も少しだけ夕陽画像を撮ったのでありました。この日は風も少しあり、波も高かったのです。それでも波打ち際近くに座って夕陽を見ている人がいました。座禅のようだと思っていたら、どうも小さな子を抱えているようです。ところがさらに見ていると、小柄な女性であることが判明。つまり、単なるアベック(死語じゃあ!)、ごほっ、仲の良いカップルでした。更新しました♪夕陽が好き![I Love Sunset!]「新譜ジャーナル」に寄り道してしまったのだが、やっと発掘いたしました。「ヤング・ギター」です。メラニーが表紙の1971年5月号。これは後から古本で買ったのではなく、当時私が自分で買ったものです。う~ん、中学2年生になったばかりのころですね。中学一年生の時に数千円のガットギターを買ってもらって、NHK教育テレビでギター教室を見て練習しました。クラシックですね。それからアルペジオでPP&Mを練習したのかな。「花はどこへ行った」 ♪ Where have all the flowers gone? ♪ Long time passingその後、この「ヤング・ギター」でギターコードを学んだのだ。この号では超初心者向けのコード練習として、二つのコードで弾けるようにした楽譜が載せてある。「雪山讃歌」D, A7「はるけき谷間に」G, D7「漕げよマイケル」E, B7「ハッシュ・リトル・ベイビー」A7, D「スキップ・トゥー・マイ・ルー」G, D7これで6ページも費やしているので、「新譜ジャーナル」と比べると、ずいぶんゆったりとしたレイアウトになってます。「完全マスター曲 知床旅情」5コード。C, F, G7, C7, Dmちゃんと3段階でストロークからアルペジオの練習になっている、丁寧な教則です。表紙はメラニー(Melanie)の『レフト・オーバー(Left Over)』というレコードのジャケット。特集「飛べ! 我らのニュー・フォーク」の中で、メラニーが新時代の旗手としてプッシュされてます。表紙に書いてある「ニュー・フォーク」の「ソロ・アーチスト」は、ボブ・ディラン、メラニー、ジェイムス・テーラー、ジョニ・ミッチェル、アーロ・ガスリー、アル・スチュアート。お、ジェイムズ・テイラーは「ファイアー・アンド・レイン」のイントロの楽譜が載ってる。そうか、これを見て練習したんだ。ジョージ・ハリソンが「マイ・スイート・ロード」の楽譜。新譜の紹介ページには、ピンク・フロイド「モア」、ジャニス・ジョプリン「パール」、「シカゴ III(ローマ数字の3が機種依存文字で蹴られました)」、バフィー・セントメリー「サークル・ゲーム」なんてのが出てます。記事はどちらかというと洋モノが中心なんですが、楽譜は歌謡曲も載っています。お、北原ミレイ「ざんげの値打ちもない」。赤い鳥「竹田の子守唄」、ジローズ「戦争を知らない子供たち」。これが僕の中学2年生。
2004.03.16
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【追記】No.2「全国ネットお花見会」開催中!ひさびさの宴会企画「全国ネットお花見会」です。今年は例年より桜の開花が早いそうですね。全国の皆様、桜・お花見会・宴会料理の画像を持ち寄って、時間差攻撃で各地のお花見を楽しみませんか?私めは団子画像、昨日撮った公園の桜などをアップしてみましたよ~。会場はこちら。「花より団子板」【追記】No.1夕方浜に行ってきました。風も波もない、静かな春の海。アベックが多かったです。でも、寂しそうな人もいました。画像のアップは夜中になると思います。昨日の日録にアップした画像は「新譜ジャーナル」の1971年8月号の表紙です。中津川で最後のフォークジャンボリーが開かれた年。僕はまだ中学生で、隣町に来た六文銭とよしだたくろうさんを見に行きました。翌1972年は札幌オリンピックの年。連合赤軍事件があって、沖縄が日本に「復帰」して、おそらく日本の大衆文化が大きな転換点を越えた年です。僕は高校生になりました。学校の文化祭では赤い鳥の曲を歌い、そして仲間と作ろうとした「フォークソング同好会」を、生徒課の教師につぶされました。井上陽水さんやRCサクセション、武蔵野タンポポ団を見に行きました。 この画像はさらにその翌年、「新譜ジャーナル」1973年8月号の表紙です。明らかに表紙の雰囲気が変わりました。この雑誌だけでなく、「ヤングギター」も、同じようなシンガー&ソングライターの写真に変わっています。僕は高校2年生で、高原教室の帰りのバスで風邪をひき、そして海辺のバンガローで女の子に片思いの恋をしました。1973年の「新譜ジャーナル」の誌面では、もう歌謡曲はまったく姿を消してしまいました。たくろうさんや陽水さんはテレビに出ないスターでした。ラジオの深夜放送でパーソナリティを務め、生でギターを弾き、歌を歌ってくれました。第1特集は「よしだ・たくろうの新しい世界」。アルバム『伽草子』の全曲楽譜が掲載されています。岡本おさみさんの作詞による曲が5曲入っています。ファンには評価が低いようですが、僕はこのアルバムが好きです。「ビートルズが教えてくれた」も岡本さんの作詞。 ♪ 髪と髭を伸ばして ボロを着ることは簡単だ ♪ うじうじと吹き溜まりのスナックで 腕を組みながら ♪ 考え深そうな顔をするのも 楽にできる既にブレイクしていたよしだたくろうさんは、金沢で事件にまきこまれました。それから活動を再開したのが、6月に行なわれた「よしだ・たくろうコンサート=神田共立講堂」。『ライブ'73』で「魔の神田共立講堂」と言っているコンサートですね。あやしげな音源で聴いたことがありますが、たくろうさんが非常に緊張した様子で登場しています。「よしだ・たくろうの金沢事件周辺の小さなメモ」という記事が掲載されています。兄貴分である小室等さんや友人山本コータローさんの他に、岡本おさみさんががんばったということが書かれているのが意外です。「よしだたくろう事件を考える会」といったファンの活動が書かれていたり、「吉田拓郎をマスコミから守る会を」という長文の投書も掲載されている。テレビに出ないよしだたくろうさんを、雑誌メディアとファンが必死に守ろうとしています。芸能プロダクションが御用マスコミに圧力をかける現在とは、だいぶ雰囲気が違いますな。第2特集は「井上陽水絶唱集」で、「断絶」「東へ西へ」といった楽譜が載っています。それとは別に「溝淵和雄のONE POINT GUITAR」ということで、「夢の中へ」の楽譜もギターの弾き方付きで出ています。今と違い、TAB譜ではなくて五線譜です。巻頭特別インタビューは「ジョルジュ・ムスタキと三橋一夫の対話」。いわゆる洋楽の記事や広告も多いです。サイモン・バタフライ(Simon Butterfly)の「レイン・レイン(RAIN RAIN)」を、フランス語版でマリー・ラフォレ(Marie Laforet)が「ヴィアン・ヴィアン(VIENS VIENS)」というタイトルで歌っているのですね。今は亡き木田高介さんの「ハイ・テクニック・シリーズ」では、「ロギンス&メッシーナのウエスト・コースト・サウンドに挑戦」しています。これは珍しくバンド・スコア。おお、すごい連載があるぞ。ぐゎらん堂主人村瀬春樹さんの「ぐゎらん堂日記」。ただし最終回。高田渡さんの「ワタルの雑記帖」。「アルコホウルに飲まれて」というタイトルです。アルバム『石』のころで、「火吹き竹」の歌詞を載せています。「泉谷しげるの放談室」は「なんでそうなるの?」。完全な言文一致体です、あはは。「中川五郎のフォーク&トーク」は「ぼくの初体験」。ここで言う初体験とは、大阪地方裁判所での「わいせつ裁判」のこと。もちろん御自身が編集長であった「フォーク・リポート」に掲載した「二人のラブ・ジュース」に関する裁判です。
2004.03.15
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【追記】No.2このごろまたサーバに対する攻撃が増えています。大量にデータを送りつけてエラーを起こさせようというものが多いようです。攻撃元はいわゆるウィルスに汚染したPCだと思います。もしかしたら管理者が悪意を持って攻撃しているのかもしれませんが、おそらく攻撃の踏み台にされているずぼらな、あるいは無能な管理者であるということです。幻泉館サーバはそれぐらいの攻撃ではなんともないのですが、ログ・ビューアが飛んでしまって、面倒なのですよ。実に腹立たしいので、時々攻撃元のIPを晒すことにします。本日の攻撃は↓ここからです。[218.29.245.175]【追記】No.1「全国ネットお花見会」開催中!ひさびさの宴会企画「全国ネットお花見会」です。今年は例年より桜の開花が早いそうですね。全国の皆様、桜・お花見会・宴会料理の画像を持ち寄って、時間差攻撃で各地のお花見を楽しみませんか?会場はこちら。 花より団子板古雑誌一冊でずいぶん楽しめるもので、昨日の「新譜ジャーナル」の続きです。読み物の連載では「小室等のギター・エッセイ」や「早川義夫のかたわなる音楽論」が載っています。「新譜ジャーナル」がイラスト表紙だったころの、いわゆる第一世代ですな。「ヤングギター」だったら、ギターやレコードジャケットが表紙のころでしょう。早川義夫さんのエッセイはタイトルそのものが今だったらヤバイものでしょう。1971年8月号で第19回。歌仲間と離れて本屋さんでアルバイトしてるんだよと書いてます。 > 履歴書の志望動機のところには、5年先 > 本屋を開きたいなどと、さも数年勤める > ようなことを書いたけれど、僕は案外本 > 気である。早川さん、本気でしたね。で、この回のお題が「棄てるものがあるうちはいい」です。「棄てるものがあるうちはいい」(1971年) 作詞: 阿久悠 作曲: 村井邦彦 ♪ 死ぬことはない 泣くことはない ♪ 棄てるものがあるうちはいいなんともすごい歌ですね。歌っていたのはあの北原ミレイさん。私はこの歌を通しで歌うことはできませんが、このキメのところはなぜか知っています。ラジオのスポットで流れていたのかな。中学生のころ、ラジオを聞いていると新曲のスポットCMが繰り返し流れていました。「あ! ダイヤモンドが落ちている! ニール・ダイヤモンドだ!」他愛のないものですが、これが耳に残るんですよね。「石狩挽歌」の作曲者浜圭介さんが歌手だった時もスポットが流れてました。北原ミレイさんは演歌歌手なんでしょうが、その歌う歌にカルトな雰囲気を感じて、妙に気になりました。異形という言葉は外見を指すだけですが、その歌に異形を感じるのです。「ざんげの値打ちもない」(1970年) 作詞: 阿久悠 作曲: 村井邦彦 ♪ あれは二月の 寒い夜 ♪ やっと十四に なった頃 ♪ 窓にちらちら 雪が降り ♪ 部屋はひえびえ 暗かった 「石狩挽歌」(1975年) 作詞: なかにし礼 作曲: 浜圭介 ♪ 海猫(ごめ)が鳴くから ニシンが来ると ♪ 赤い筒袖(つっぽ)の やん衆がさわぐといっても、この3曲ぐらいしか知らないのですが、異様な光を放っていたように思います。村井邦彦さん、こんな仕事をしてたんですね。googleしてみたら、北原さんは今も活躍なさっているようです。公式サイトがあります。昔の北原ミレイさんならわかるけど、今の北原ミレイさんをご存知ない方、驚かないでください。私には天童よしみさんと区別がつきません。http://www.tkma.co.jp/tjc/enka/kitahara/
2004.03.14
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【追記】No.4J1開幕。ひさびさにテレビ観戦しています。今、ジュビロ磐田が東京ヴェルディのディフェンスを揺さぶって、藤田俊哉選手がゴールを決めました。ニンマリ。で、肝心のエスパルスはどうなっとるんじゃい?あ、広島と引き分けで終了してる。う~ん。【追記】No.3あ、開会宣言出ましたね。お花見会の会場開きました。のどかな県も山間部では4月末に開花したりするので、長丁場になりそうですな。おいしいお酒や料理の画像もよろしく♪「ネットお花見会」会場【追記】No.2久しぶりの宴会企画です。[全国ネット花見大会!]桜の花と一緒に日本を縦断しましょうよ♪言い出しっぺ=主催者はひねもす庵の庵主夏見還さん。たぶん今日の夜中に会場URLを発表してくださると思います。ひねもす庵えっと、桜の花、宴会風景、花見料理……。画像をアップして、そのスレッドに感想を書いてねという、お馴染み画像掲示板形式でしょうか。【追記】No.1今日は早目に帰れたので、NHK BS11で小津安二郎監督の『早春』を観た。私の生まれた年の映画なのだが、とにかく描かれる風俗が何もかも懐かしい。親父の若い頃を見ているよう。池部良さん演じる若いサラリーマンが、岸恵子さん演じる通勤仲間と浮気してしまいます。淡島千景さん演じる妻が問い詰めるシーンが恐い……のかな。うしろめたいところのある人は、とても恐いことでしょう。私?まったくうしろめたいところなんぞないのですが、ちょっと恐かったです。あら~、大榎さんは早稲田大学ア式蹴球部の監督になったんだ。Dr.悠々さんの日記で雑誌「ヤングギター」の名を見かけて、ちょっと発掘しようかという気になった。これは当時買ったものが数冊残っているはず。メラニーやCCRのレコードが表紙になっているころ、最も一所懸命読んだと思う。その前の時期は、ギターを配した写真が表紙になっていた。クラシックギター用の楽譜が載っていたころだ。もう少し新しくなると、泉谷さんやケメが表紙になって、楽譜集の別冊付録が付いていた。で、発掘していたのだが、「ヤングギター」に達する前に「新譜ジャーナル」でひっかかってしまった。これは当時あまり買っていない。古本屋さんなんかで後から捨て値で買ったもの。ついつい記事を読んだりすると、あっという間に朝になってしまうのであります。「新譜ジャーナル」も時期によって表紙のデザインが大きく違う。岡林信康さんが大活躍していたころは、イラストの表紙だった。拓郎さんのブレイク以降は、「ヤングギター」と同様に、陽水さんなんかの写真が表紙を飾ることになる。うちには、中川五郎さんが表紙の号もあります。とりあえず昨夜は1971年8月号を読みふけってしまった。岡林さんの『俺らいちぬけた』が第一特集。全曲楽譜やインタビューが載っている。おお、「狂い咲きコンサート」の告知記事がありますわ。最もひっかかったのは読み物ページ、連載ものです。江波戸昭さんの「世界の民謡めぐり」がペルー編。「コンドルは飛んで行く(El Condor Pasa)」と「太陽の処女(Virgines Del Sol)」の楽譜と、曲の説明が出ています。トゥパク・アマルの反乱のことが書いてあります。部下に裏切られてスペイン軍に捕らえられたトゥパク・アマルは、コンドルに化身して、今もアンデスの山脈に弧を描いています。フジモリ大統領が鎮圧した武装グループも、この英雄から名前を採っていました。銃殺されてしまった彼らも、小さなコンドルになってアンデスの空を舞っているのでしょうか。「コンドルは飛んで行く」ということでちょいと蔵出し。楽天に検索機能を付けないと、何が何だかわからなくなってしまうなあ。あ、本館に楽天サーチ用窓を付ければいいのか。-------------------------------------[2003年6月14日付日録より]今日はヤフオクで落としたソングブックが届いた。SIMON & GARFUNKELのベストもので、1973年発行の本。シンコーミュージックから出ていた「20 BEST」というシリーズで、高校生の私は欲しかったけど買えなかったのではなかろうか。巻末にシリーズの宣伝が出ていておもしろい。「20ベスト コンポーザーズ シリーズ」というのが正式なシリーズ名。AB判で定価が500円。シリーズに入っているのは サイモン&ガーファンクル 解説/鈴木道子 レノン&マッカートニー 解説/星加ルミ子 サルバトーレ・アダモ 解説/永田文夫 ボブ・ディラン 解説/三橋一夫 バート・バカラック 解説/由井正一 ジャガー&リチャード 解説/亀淵昭信 ジミー・ウェッブ 解説/青木啓 ヘンリー・マンシーニ 解説/野口久光意外に変化に富んでますな。解説者が時代を感じさせておもしろいです。なぜ由井さんがバート・バカラック?マニアが乗るととんでもない値段になってしまうんですが、スタート価格の300円で落札。もっとも、タブ譜ではない普通の五線譜なので、今のギター小僧たちは買おうと思わないでしょうね。私はこの表紙が嬉しいです。お、本文イラストが松山猛さんだ???昨日届いたS&Gのベスト盤も20曲入り。多少曲が異なるのですが、まあ、このために買ったCDなんですよ。やろうと思えば本に合わせた手製CDも作れるんですが、ちょっと時間がもったいない。このあたりの有名曲は若者たちも知っているようなので、「コンドルは飛んでいく」や「サウンド・オブ・サイレンス」なんぞを直訳で歌ってあげると喜ばれます。 ♪かたつむりになるより雀になりたい♪ ♪そうだとも できるなら そうだとも♪ところでこの「コンドルは飛んでいく」は原題が「El Condor Pasa」、タイトルはまんまなんですが、歌詞はめちゃくちゃです。私は昔ペルーの地震の様子を撮ったドキュメンタリーをテレビで見た覚えがあるのですが、その番組ではバックにフォルクローレが流れていました。ポール・サイモンさんも同じ番組を見てフォルクローレを耳にして、この曲に不思議な歌詞を付けてしまったのだそうです。同じ番組で同じ音楽が気になったというのを後から知って、ちょっと嬉しかったです。ロス・インカスというフォルクローレのグループがバックでチャランゴやケーナを演奏してますが、この人達はウルバンバと名前を変えて活躍しました。アート・ガーファンクルがソロとなって出したヒット「ひとりぼっちのメリー」も、ウルバンバの曲ですね。で、私はこのフォルクローレが大層気に入りまして、ロス・インカスの2枚組みアルバムをかなり無理して買いました。当時の高校生が3千円もする2枚組みアルバムを買うのは、かなり大変なことだったんですよ。「花祭り」「ラ・バンバ」といった有名曲が入っていて楽しいアルバムでした。ん、ロス・インカスやウルバンバはCD出てるのかな?調べてみよう。20 BESTSIMON & GARFUNKEL20ベストサイモン&ガーファンクルシンコーミュージック1973年8月発行定価:500円(悪税なし)
2004.03.13
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【追記】No.5下の「芥川賞を受賞した金原ひとみの知られざる”家庭の事情”」の感想。父親が『蛇にピアス』を初めて読んだ時に娘に言った言葉が凄まじい。「もっと恥ずかしいものを、親が地元に住めなくなるくらいのものを書け」凄まじいものではあるが、記事にあるようにこれが自らの体験に基づいた表現欲求を指しているのなら、やはり日本の「純文学」はダメだと思う。それは小説ではない。芥川賞よりも、直木賞の方がまだマシな作家を生み出すことになる。もっとも直木賞の方は実績がないと受賞できないようだ。新人作家の登竜門ではないわな。【追記】No.4雑誌『噂の真相』休刊号を購入。表紙には > 『噂の真相』は休刊すれど、 > 『噂真』イズムは永遠に不滅なり!と、最後のメッセージが刷り込まれている。ま、本当は3月25日に別冊終刊号『追悼! 噂の真相』が出るのだそうな。「原田明夫検事総長の犯罪的利権行使」や、スクープの「”イラク派兵”小泉内閣と三菱グループの”密談”」が重要記事。だが、やはり「芥川賞を受賞した金原ひとみの知られざる”家庭の事情”」に目が行ってしまう。このあたりが「噂の真相」を買っていた所以だよなあ。岡留編集長が『マスコミ評論』→『噂の真相』と動いたのは70年代末のことだったと思います。当初はそのスキャンダリズムがちょいと鼻についたのですが、貴重な雑誌でした。このごろマジメに読んでなかったのですが、痛いなあ。【追記】No.3キング牧師の演説の試訳も載せておきます。原文はこちらの方が読みやすいかな。http://www.freemaninstitute.com/Dream.htm-----------------------------------------私には夢がある。いつの日にか、ジョージアの赤土の丘の上で、かつて奴隷であった者の子たちと、かつて奴隷所有者であった者の子どもたちが、兄弟として同じ一つのテーブルに付く時が来るという夢が。-----------------------------------------【追記】No.2昨日の浜なのであるが、強風の中、カラスが力なくへろへろ飛んでいた。箱型の凧のような不思議な動き。心の中で声援を送ってしまいました。更新しました♪夕陽が好き![I Love Sunset!] 【追記】No.1ラングストン・ヒューズはアメリカの黒人詩人です。1902年に生まれ、コロンビア大学に学びますが、卒業はリンカン大学。その間に、「ハーレム・ルネサンス」という芸術運動に加わり、詩の朗読会のために南部を回ったりしたそうです。ハーレムに暮らし、1967年ニューヨークで死去。Martin Luther King Jr.の「I Have a Dream」という有名な演説に、こんな言葉があります。I have a dream that one day on the red hills of Georgia the sons of former slaves and the sons of former slaveowners will be able to sit down together at a table of brotherhood.「兄弟として同じ一つのテーブルに付く」というのは、先ほど引用したヒューズさんの詩を思い出します。その詩を訳してみましたので、ご覧くださいませ。-----------------------------------僕もまたアメリカを歌う僕は肌の黒い兄弟だお客があれば台所で飯を食わされるでも僕は笑ってちゃんと食べて強くなる明日になればお客があっても僕はテーブルに付くその時は誰にも「台所で食え」なんて僕に言わせないそれに僕がどれだけきれいなのかわかるだろうそして恥ずかしく思うだろう僕だってアメリカなんだ-----------------------------------amazonからラングストン・ヒューズのCDが届く。なにはともあれ、詩人の朗読を聞く。いい声です。I, too, sing America.I am the darker brother.They send me to eat in the kitchen.When company comes,But I laugh,And eat well,And grow strong.Tommorow,I'll be at the tableWhen company comes.Nobody'll dareSay to me,"Eat in the kitchen,"Then.Besides,They'll see how beautiful I amAnd be ashamed --I, too, am America.まるでアナウンサーがゆっくりと読み上げるような朗読だ。思い入れたっぷりに感情を込めて読んでいるというふうではない。えてしてそういうものですわね。あ、次からは音楽的に読んでるわ。それでも、絶叫歌人に慣れてしまった耳には、非常に抑制した朗読に聞こえます。本当に音楽がかぶさる朗読もあります。これは古いジャズだな。Rhythms of the Worldでは、説明的に楽器の音や声が入ってきます。ゴスペルやブルーズもちょこっとだけ入ってます。易しい言葉遣いが多いので、翻訳よりもなるべく原詩を味わった方が良いと思うのだが、日本では翻訳しか出版されてないのかな。The Voice of Langston Hughes [FROM US] [IMPORT]US $16.98価格1887円+悪税1. Negro Speaks of Rivers2. I, Too3. Weary Blues4. Homesick Blues5. Story of the Blues6. Night and Morn7. Breath of a Spiritual8. Prayer9. Prayer Meeting10. Ma Lord11. I'm Gonna Testify12. Albert13. Mother to Son14. Dreams15. Youth16. Struggle17. Rhythms of the World18. Simple-Intro19. Feet Live Their Own Life20. Simple Prays a Prayer21. As I Go本もペーパーバックが2冊、selected poemsとcollected poemsが届いています。このcollected poemsはお勧め。一巻本の全詩集ということになりますね。紙も印刷もきれいで、700ページを超えるA6判の本がこれは安いです。The Collected Poems of Langston Hughes (Vintage Classics)U.S. 定価: $18.00価格:1678円+悪税(amazon.co.jp)
2004.03.12
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【追記】No.4背中に冷たい視線を浴びつつ、夕方仕事を抜け出して浜へ。これがまたすごい強風波浪。浜の砂や石ころは濡れてびしょびしょ。堤防もびしょびしょ。ああ、目が見えない、私も脳溢血かしらと思ったら、メガネのレンズがびしょびしょになっていたのでした。他に人はいません。苦労して撮ったのに、写真はいつもとあんまり変わらないのね。夜中にアップします。【追記】No.3本日のヒナのひるね。今日は眠りが深いようで、昼飯でドタバタしていても目を覚まさない。お、爪が立ってるぞ。何の夢を見ているのやら。【追記】No.2この「ぴあ」には、万年筆とラインマーカーでチェックが入ってます。映画を見に行こうと、私がチェックしたものですね。もちろん名画座中心で、ロードショーなんぞには行きません。早稲田鶴巻町に下宿していた時なので、活動範囲はこんなものだったようです。高田馬場パール座や飯田橋ギンレイホールには、歩いてでかけるわけです。銀座並木座 1/18~1/24 学生350円 「津軽じょんがら節」 「竹山ひとり旅」池袋文芸地下 1/18~1/24 300円 「太陽の墓場」 「青春残酷物語」高田馬場パール座 1/24~1/30 300円 「獄門島」 「悪魔の手鞠歌」飯田橋ギンレイホール 1/17~1/23 350円 「フェリーニの道化師」 「トリュフォーの思春期」千石三百人劇場 1/5~1/29 学生1000円 「白痴」自主上映のページが懐かしいですね。友人に誘われて「特攻任侠自衛隊」を見に行ってます。以前書いた四谷公会堂での「大地の砦」も、このころ見たんですな。「詩雨おばさん」「春男の翔んだ空」もこの時期。北朝鮮の映画のポスターをよく見掛けましたが、一度も行ったことがありません。最後に必ず「金日成万歳!」って言うんだよと聞いて、いやだったんです。どんなものか見ておけば良かったな。【追記】No.1さて、1977年の末に買ったはずの『月刊ぴあ』ですが、やっぱり広告がおもしろい。 > ロン・カーター・カルテット新春早々来日。 > 「ピッコロ」の感銘を日本のステージに再現!1977年に出た2枚組みのアルバム「ピッコロ」は、文字どおりピッコロ・ベースという小さなベースでロン・カーターが演奏しているものですね。すっかり忘れていました。このアルバムは定価が3600円です。次のページが昨日書いたキャニオンの三人娘(?)。LPが2400円、シングルが600円という時代です。洋画ロードショーのラインナップはこんな感じ。「007/私を愛したスパイ」「ジョーイ」「ガントレット」「オルカ」「カプリコン1」「がんばれ! ベアーズ特訓中」 あ、これは試写会の券をもらって行きました。「さよならエマニエル夫人」「放浪紳士チャーリー」なんとなく小粒ですね。ATGの新作が洋画系に入ってます。「-北村透谷- わが冬の歌」「星空のマリオネット」昨日の日記に書いた映画青年君は橋浦方人監督の「星空のマリオネット」に感動して涙を流したそうです。私はやたらに自殺の多い自主制作映画みたいで、あまり好きではありませんでした。邦画は東宝が「惑星大戦争」。これは「スター・ウォーズ」人気に便乗した企画ですな。だめだ、こりゃ。東映は「トラック野郎・男と一匹桃次郎」の併映が「こちら葛飾区亀有・公園前派出所」。原作者がまだ「山止たつひこ」になってます。しかし、映画化されてたのはしらなかった。両さんを演じているのは「せんだみつお」さん?一月下旬には、あの「柳生一族の陰謀」です。松竹は年末が「八つ墓村」。金田一耕助役は渥美清さんです。お正月は「男はつらいよ・寅次郎頑張れ!」で、マドンナ役は藤村志保さん。20作目だそうです。今夜は夜なべ仕事。ちょっと忙しくて日記が書けないので、昨夜発掘した『月刊ぴあ』1978年1月号の記事や広告を拾ってちょこちょこ付け足していきます。お仕事の休憩、というより逃避ですな。とりあえず表紙。昨日の日記を御参照くださいませ。及川正通さんの描く表紙は、人物があまり似ていないので何の映画なのかさっぱりわかりません。1枚めくって表2広告は資生堂ブラバスのスキンクリーム。草刈正雄さん、若いです。かっこいいですなあ。表3はPIONEERのポータブルコンポ。ラジカセを中心としたセットで約10万円。高いんでないかい。表4広告が、「ビクタービデオカセッター」。VHSビデオデッキです。お値段がですね、なんと25万6千円ナリ。専用ビデオタイマーは別売りで1万円だそうです。この手の機器は20万円を切らないと普及しません。いまだとハイビジョンに匹敵する値段かな。以上が4色カラーのページ。まあ、包み紙みたいなものですね。後はオール単色です。追記の時にスキャンできたらします~。さて、この年のお正月映画は、何だったでしょうか。
2004.03.11
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【追記】No.2とても良い天気なのだが、風が強い。今物干し台で竿が落ちる音がした。ヒナが驚いて目を覚ますが、まだ寝ぼけている。その少し前。本日のヒナのひるね。【追記】No.1それで、早速発掘しました。「月刊ぴあ」1978年1月号です。そう、当時「ぴあ」は月刊だったんです。本文98ページ、定価150円(悪税なし)。これで一か月もつんだから安いものでした。表4ページに、サークル名と自分の名前が書いてあります。あんまり「ぴあ」に名前を書く人はいなかったと思います。天下の回り物で、部室に転がっていたのね。こういう雑誌はほいほい捨ててしまうものですが、これはわざと残しておいたのですね。記事も広告も、とても懐かしいものです。1977年制作のお正月映画が中心かな。キャニオン・レコードの宣伝は1ページ使って「'78年も、わたしはわたしの世界を歌う。」中島みゆき『ありがとう』山崎ハコ『ファーストライブ』谷山浩子『ねこの森には帰れない』いやあ、お三方ともかわいいです。infoseek(isweb)が使えないので、開店休業状態だった幻泉館@和塩に画像を置いてみました。今夜はのんびりとテレビを見た。ひさしぶり。20:00~21:55 NHK衛星第二『保存版「小津百科」』生誕百周年で小津安二郎監督の映画を放映した時に流した3分間の「小津百科」を37本まとめてやってくれた。語りは大杉漣さん。実に楽しい。燻製の鮭を炙って、焼きすぎないうちにお茶漬けにして食べる。うまそう!大隈講堂が出てきた時には、なんだかジーンと来てしまった。「小津の赤」は初耳。考えてみれば、傑作とされる作品は白黒の映画が多かった。フレームを多重構造にしたがるのは、よくわかる。画面を一枚絵にしたくないのだ。学生時代に小津安二郎監督の映画を見ようとすると大変だった。まだ月刊誌だった『ぴあ』や『シティロード』で上映館をチェックしておいてあちこちに出かけなければならない。そうそう、当時はメモを取りながら映画を見ている映画青年がいたのだよ。どこかに当時の『ぴあ』が残っているはずだ。後で発掘しよう。「小津百科」1.「スポーツ」(学生ロマンス 若き日)2.「幻のフィルム」(和製喧嘩友達)3.「就職」(大学は出たけれど)4.「蒲田ナンセンス」(突貫小僧)5.「ファッション」(朗らかに歩め)6.「学生もの」(落第はしたけれど)7.「ハリウッド映画」(その夜の妻)8.「モダン」(淑女と髯)9.「サラリーマン」(東京の合唱)10.「こども」(生れてはみたけれど)11.「斎藤達雄」(青春の夢いまいづこ)12.「検閲」(東京の女)13.「カメラ」(非常線の女)14.「深川」(出来ごころ)15.「母」(母を恋はずや)16.「ペンネーム」(浮草物語)17.「蒲田撮影所」(東京の宿)18.「和の舞台」(鏡獅子)19.「友情」(一人息子)20.「小物」(淑女は何を忘れたか)21.「父」(戸田家の兄妹)22.「笠智衆」(父ありき)23.「人情もの」(長屋紳士録)24.「戦争」(風の中の牝鶏)25.「映画女優」(晩春)26.「茅ヶ崎館」(宗方姉妹)27.「鎌倉」(麦秋)28.「ごちそう」(お茶漬の味)29.「大都会」(東京物語)30.「ロケ地」(早春)31.「音楽」(東京暮色)32.「カラー」(彼岸花)33.「空間演出」(お早よう)34.「リメイク」(浮草)35.「鎌倉文化人」(秋日和)36.「着物」(小早川家の秋)37.「ひとりぼっち」(秋刀魚の味) NHK 小津安二郎特集
2004.03.10
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【追記】No.4infoseek(isweb)のftpは、まだ繋がりません。まあ、サンプルはいいですね。本日の夕陽画像、アップしました。更新しました♪夕陽が好き![I Love Sunset!] 【追記】No.3楽天広場の「画像の倉庫」がもう一枚入るので、ひさびさにそちらにアップ。iswebはやっぱり繋がらないなあ。なんのことはない、自前の幻泉館サーバに画像ファイルを置けば良いのですが、ルータの仕様で、LANから外を経由して表示の確認をすることができないのです。早く復旧していただきたいものです。あ、GeoCitiesを使う手もありました。しかし、「画像の倉庫」はhtmlのタグを吐き出してくれるので、とても楽チンですなあ。 【追記】No.2今日は寝だめ日。本当によく眠りました。ほぼ寝たきり中年。これでしっかり食事してるのだから、いけませんなあ。はっと目を覚ますと、午後5時。あわてて浜へ車を走らせました。日没に間に合いました。日が長くなったなあ。わあ、なぜか今日はアベック(死語?)が多いです。なんだか恥ずかしくなって、日没後即車へ。堤防の階段を降りるとき、最後にコケました。カメラをかばっているので、さらにすべって転んだりしてます。後ろのアベックが声をかけてくれました。「大丈夫ですか?」「あ、はい、大丈夫です」かっこわる。捻挫とか骨折とかしなくて良かったわ。咄嗟の時の判断が遅れるというのは、これは年齢のせいなのか。ま、もともとぼぉっとしているので、よくわかりません。で、さきほど1枚だけinfoseek(isweb)に画像ファイルを転送しようとしたのですが、ftpが繋がりません。サーバの調子悪いのかな。【追記】No.1チケットの値段ですが、前売り1300円。当日 一般:1800円 学生:1500円 シニア:1000円毎週水曜日はサービスデー 1000円だそうです。映画のオフィシャルサイトがありますね。http://www.takadawataru.com/おお、CDも出るんだ。もしかして、下記収録曲がそのままCDになるのでしょうか。いよいよ我が心の師匠高田渡大人の映画が公開されます。来月、4月。残念ながら幻泉館地方では観ることができず、テアトル新宿での単館ロードショ……あれ、レイトショーです。つまり、通常の上映を終えた後の上映。とほほ。連日21:20~だそうです。え~、チラシをいただきました。くしゃくしゃになってしまいました。いささか行っちゃった目つきの渡さん。後ろの小窓からにこにこ覗いているのは、柄本明さんですな。制作・配給はアルタミラピクチャーズ。よくわかりません。企画は東京乾電池オフィス。これはなんとなくわかります。それで、「高田渡にハマった俳優・柄本明がナビゲーターとして登場」するのですね。昔からのライブ映像とドキュメンタリー……なのかな。チラシによると、1970年<中津川フォークジャンボリー>。これは見たことあります。岡林信康さんと吉田日出子さんがレポーターのように出てくるやつですね。1971年の映像が欲しい!それから2003年春東京下北沢<ザ・スズナリ>、京都<拾得>、大阪<春一番コンサート>などで「ワタル的音楽ライブが炸裂!」だそうです。タナダユキ監督もまったく存じません。チラシによれば、「突如現われた映画界の異端児。2001年PFFで監督・主演・を兼ねた初作品『モル』で見事グランプリを受賞」したんだそうです。PFFって、「ぴあ・フィルム・フェスティバル」だったっけ?収録曲が書いてありますね。 ♪ ごあいさつ ♪ 仕事さがし ♪ ねこのねごと ♪ 鎮静剤 ♪ 酒心 ♪ 値上げ ♪ 魚つりブルース ♪ 69 ♪ 生活の柄 ♪ ブラザー軒 ♪ 私の青空お、毎夜マル秘ゲスト・ミニライブ付きだそうですぞ!
2004.03.09
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【追記】No.42月の下旬から「メールで保存」「日記を自分宛にメールで保存しておきます」のメールが届かず困っていたのですが、私のところは直ったようです。先ほど一気に空アップをして更新しました。メールがたくさん届いて、一安心。でも、内容を書き換えずに空アップした日記には、New!というマークが付いていません。これで正しいのですが、動作が変わったのかな。【追記】No.3更新しました♪ [I Love Sunset!] 夕陽が好き!【追記】No.2夕方浜へ夕陽を見に行く。風もなく、よく晴れていたので、平日だが何人も夕陽を見にきていた。コンパクトデジカメを修理に出したので、デジタル一眼レフ。せっかくだから28mm、50mm、85mmのレンズをとっかえひっかえしてみるが、忙しい。この青年は日が沈むのを待って文庫本を読んでいた。学生ふうではない。月曜がお休みの仕事なのかな。【追記】No.1真っ昼間の電車で酔っ払いを見掛けた。「このぶらさがり野郎!」車中の注目を浴びたことを確認してから本論に入る。「このぶらさがり野郎たちめ、誰のおかげでお前ら生きてられるんだ。」戦争で亡くなった方たちのことを思えという主旨らしい。乗客の皆さんは関わり合いになるのがいやなので、その周辺だけ空間が広く空く。シルバーシートを一人占め。向かい側に、小さな娘さんをしっかり抱きしめた若い父親が座っていて、よっぱ爺さんが近づかないようににらみつける。よっぱ爺さんの話は結構おもしろいのである。英語まで混ぜている。「しゃらっぷ、すたんだっぷ、げらうと!」くすぐりも忘れない。「げらうぇい、すてぃーぶ・まっきん、たわーりんぐ・いんふぇるの!」あれ、ちょいと古くないか。美男タレントの名前が「加勢大周、キムタク!」そして、戦後「五十年」などと言い出す。残念、十年前に作ったネタだね、右翼のよっぱ爺さん。5分ほどしたら、また最初に戻った。「このぶらさがり野郎!」去年の3月初めに髪を切ったのはすぐにわかるのだが、次にいつ行ったのだろう?あるいは行っていないのだろうか?本館は検索機能を付けたので、「床屋」で検索してみる。む、あんまりヒットしない。どうやらお盆休みの間に2度床屋さんを覗いて、2度とも閉まっていたらしい。そして、8月の末に切ったようなのだ。え?それから行ってませんよ。[8月29日付日録]「私髪を切りました」8/28(木)の夜です。NHK BS-2で「世紀を刻んだ歌」というシリーズをやっているのだが、9月にその第三シリーズを流してくれるらしい。忘れないようにメモです。「音楽」じゃなくて「カルチャー」という分類らしい???22:45~24:00 NHK BS-29/7(日)風に吹かれて その時ベルリン・ソウルに吹いた風9/14(日)オーバー・ザ・レインボウ「虹の彼方」に浮かぶアメリカの夢と闇9/21(日)人生よありがとう 亡命者が広めた自由への賛歌9/28(日)輝く星座 戦場の街サラエボに輝いた水瓶座昨夜は日録を書かなかったのだが、それは延々とWinXPのインストールなどしていたからです。注文したハードディスクはすぐに届いていたので、日付が変わるころから作業開始。80GB→120GBなので一応アップグレード。昇天したデータは、まあ簡単にあきらめる。今の高校生が生まれる前からPCをいじっているので、それぐらいの悟りは開いているのだ。ハードディスク自体は何の問題もなく認識。すっかり忘れていたのだが、HTFSフォーマットにえらい時間がかかるのである。その間にいろいろと忘れていたことを思い出す。すごくきれいな画像のビデオキャプチャー・ボードを外していたのだが、クリーンなXPなら使えるのではないかと、作戦を練る。で、試してみると画像がきれいにキャプチャーできるようになったのだが、チューナーが融通がきかず、結局は外す。残念。今は使えるように環境を整えているところです。CPUはAMD Athlon 1.4GHzRAM 512MBHD 120GB+80GBこれが今のXP母艦です。ちょっと非力になってきたが、まだまだ元気。今日はひとつ大仕事を片付けた。床屋さんに行ってきたのである。3月に行った床屋さんが実にやる気のない感じで良かったので、そこに行ったのです。私の夏休みに何回か覗いたけど、ずっと閉まってたお店ね。今日もおばちゃんが一人でぼぉっとテレビを見ていた。「いいですか?」と聞くと、はいはいとどこかに行ってしまう。「終業」の垂れ幕など提げている。本当はもう終わったつもりだったらしい。「今日は顔剃りできないんですけど」などと言われる。実はその方がありがたい。床屋さんでマッサージされたり、苦手なのです。さっさと髪だけ切って解放してもらいたい。若者が多いヘアーサロンだと、話し掛けられるのがつらいし、大抵は肝心のカットが下手クソなのだ。十年以上前だが、西武池袋線桜台駅の近くに「赤い鳥」というヘアサロンがあって、そこにいたO田さん(だったと思う)というお姉さんが良かったなあ。カットがうまいし、話が必要十分条件をきっちり満たしている。人気があるので、店長が嫉妬しているほど。だと思っていたら、いつのままにかいなくなってしまった。引き抜かれたのか、独立したのか、退職したのか。O田さん、どうしてらっしゃいます?で、やる気のないおばちゃんなのだが、サッサと終わらせてくれるところがいいのだ。今回は初期ビートルズのマッシュルームカットが少し伸びたくらい。それじゃ今までどうだったかというと、もう1ヵ月近く前になりますが、8/1付け日録にサービス画像があります。これだと半年はもたないなあ。年内、暮れにもう一度行くのかも。
2004.03.08
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【追記】No.1更新しました♪ [I Love Sunset!] 夕陽が好き!CDを衝動買いしました。なぎら健壱さんの『下町のこころ 東京のこっち側』。最初は東京の下町限定発売だったというCD。まあ、田舎者をばかにしてくれたわね。私はNHKの朝の連続テレビ小説というのを見ないのですが、「こころ」というドラマをやっていたのですか?それになぎらさん出てました?その時に企画されたアルバムなんだそうです。なぎら健壱さんはハンク・ウィリアムズに曲を捧げたりしている人なんですが、下町キッズでもありまして、東京の下町を歌った曲がいくつかあります。それを集めて新曲「祭りの季節だ」を付け加えたのが、このアルバム。「下町(まち)」という曲は好きなんだけど、この盤ではちょっと感情こめすぎて歌がべたべたしているような気がします。オリジナルの方が好きだな。でも、楽器の音はいい感じです。 ♪ ここは下町向島 白鬚橋のあたり ♪ 明けゆく水面に聞いていた ♪ しじみ売りの声を早慶レガッタが開かれる、あの辺りだ。隅田川の桜もいいね。 ♪ 浅草羽子板市の 余韻を朝に残す ♪ エノケン ロッパのいない町 ♪ 静かに眠る町続けて勝鬨橋、月島と、東京の下町を歌う。下町はなぎらさんが育ったところ、育ててくれた町なのだ。「上野パラダイス」の作詞者はルンペン大将、林光一さんだ。「スカラー・ソング」は滝廉太郎「箱根の山」の古い替え歌。大学生の時に生協で買った手帳に載っていた替え歌と雰囲気がよく似ている。下町とかいて「まち」、上野が「のがみ」、詩が「うた」、こんな読み方が多いのはちょっと閉口です。「のがみ」は許せるか。詩と書いて「うた」は、手垢が付きすぎてると思います。デン助さんなんて、今の若者は知らないよね。エノケンは歴史に残る映画に出たけど、デン助さんはあくまでも浅草デン助劇団の人。記憶に残るのは、1973年に市川崑監督の『股旅』に出ていたぐらいだろうか。デン助劇団の最後の日を歌った曲が「四月十日の詩(うた)」。副題が「-昭和四十八年 デン助劇団最後の日-」となってます。昭和四十八年、つまり1973年4月10日の歌です。歌の前に、デン助さんの娘、寿美ちゃんの語りが入ります。寿美子こと、宮田圭子さんです。 「デン助さん、おとっつぁん、娘の寿美子、寿美ちゃんよ。おとっつぁんがそちらに行ってから、もう三十年。私もおとっつぁんより年をとってしまいました。」寿美ちゃんによれば、きっと今もデン助さんは涙と人情のお芝居でみんなを笑わせている。 ♪ 階段を一歩一歩あがる ♪ それも今日で終る ♪ ああ浅草の灯火が消える ♪ 今日ですべてが終るその芝居が終わりを告げたのが、1973年なのである。数年後に上京して、何度も浅草に行った。どちらかというと仕事で出かけたことの方が多いだろうか。毎年大晦日に国際劇場でやってたロックンロール・フェスティバルなんてのにも、バック・ステージ・パスをもらって行ったことがある。ミチロウがサイレンを鳴らしたりしてた。浅草に下町情緒はあったのだが、たとえばもう毎週日曜日に若者が遊びに行くというような場所ではなくなっていた。七十年代、浅草は斜陽という言葉が似合う町になっていた。おそらく1972年の転回点を体現した町の一つなのではないだろうか。急速に日本が豊かになり、そして人情が失われていったのだ。なぎら健壱『下町のこころ 東京のこっち側』 1. 下町(まち) 2. 神田橋 3. 上野(のがみ)パラダイス 4. スカラーソング 5. 四月十日の詩 6. 休日・夢の中 7. 下町(まち)2 8. 祭りの季節だ EMSEMBLE定価:2000円+悪税
2004.03.07
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【追記】No.4夕方浜へ出ました。強風波浪。顔がぐちゃぐちゃになり、堤防の上に立っているのが大変です。でも、暖かくなったものです。帰りがけに、愛用しているデジカメを修理に出しました。事務所の駐車場で、ケースに入れる前に落としたのです。電池ボックスのカバーが欠けてしまいました。普通に使えるのですが、かわいそうなので修理することにしました。早く帰っておいで。夕陽画像、枚数はあまり多くありませんが、後でアップします。【追記】No.3夜半の雨も上がり、春らしい好天。のように見えたのですが、めちゃくちゃ風が強いです。その強風の中、大菜園へ生ゴミの処理に。ポリバケツ2つに収まりきらない大量の生ゴミとだしかす。軽く汗をかきました。もうすっかり春になってました。隣の谷に降りる坂が梅園。その梅や、大菜園で生垣にしている椿、ナズナやオオイヌノフグリをちょっと撮影しました。【追記】No.2朝刊で昨夜のサッカーの記事を読みたかったのですが、早刷りなので間に合わず。残念。うるうるで思い出すのは、1994年アメリカW杯の予選、その前年のドーハの悲劇というやつです。NHKのスタジオで解説を担当していたのが、あの岡田武史さん。試合の後にコメントを求められても、泣いてしまって一言も出てきませんでした。解説者失格なんですが、それを責める人は誰もいなかったと思います。【追記】No.1いや~、サッカー見ちゃいましたよ。UAEに勝ちました。それも2-0。途中まではこんな結果になるとは思いませんでした。山本監督、インタビューに答えながら、最後はうるうるしてましたね、かわいい♪のんびり市で一番大きな書店に行って、いろいろ買い込む。文庫本は2冊。講談社文芸文庫「埴谷雄高評論選書1埴谷雄高政治論集」定価:1400円+悪税創元ライブラリ「帰ってきた『大問題』'01~'03」いしいひさいち(漫画)+峯正澄(文)定価:640円+悪税なんだ、この既視感は。いつかどこかで見たような組合せであります。去年の今頃、講談社文芸文庫で埴谷雄高さんの「死霊」が出たのだった。それで、NHK教育テレビ「ETV特集 死霊」を録画したビデオテープを発掘して見始めたのだ。そのまま妙な回想談を書き始めた。そうか、あれから一年か。埴谷さんの方は1973年に講談社が出したシリーズの、文庫判による復刊。この『埴谷雄高政治論集』に続き、『埴谷雄高思想論集』『埴谷雄高文学論集』が出るようだ。70年代に読んだ文章が多いのだが、講談社から出た版で読んだのではない。未来社から出ていた本。なぜかというと、未来社はおそらく資金繰りのためだろうが、古書流通に出版物を流していたので、古本屋さんにきれいな本が揃っていたからだ。永井書店といっただろうか、出版社から仕入れている古本屋さんがあった。小売ではなくて古書店に売る、問屋のような役割を果たしていたのだろう。だから早稲田や神田の古本屋さんで未来社から出ている埴谷雄高さんの評論集を何冊か買った。『幻視のなかの政治』が政治評論集で、この『埴谷雄高政治論集』の第一章はほぼその内容と同じである。埴谷さんの『死霊』を最初に読んだのも、古本だった。学芸書林の「現代文学の発見」というシリーズもよく古書店に揃っていて、一章から三章までの『死霊』が入った巻で読んだのだ。ちょっと気になったのでamazonで検索して驚きました。学芸書林の「現代文学の発見」、新装版になって今も出ているのですね。定価4500円+悪税というものすごい値段になっちゃってます。このシリーズは便利なんで、図書館でリクエストしましょうね。ちなみに『死霊』が入っていた巻は『存在の探求〈上巻〉』で、amazonさんによれば次のような作品が収まっています。 桜の木の下には(梶井基次郎) 闇の絵巻(梶井基次郎) いのちの初夜(北条民雄) 悟浄出世(中島敦) 悟浄歎異(中島敦) 弥勒(稲垣足穂) 深夜の酒宴(椎名麟三) 死霊(埴谷雄高) ひかりごけ(武田泰淳) スタヴローギンの現代性(椎名麟三) 存在と非在ののっぺらぼう(埴谷雄高) 夢について(埴谷雄高) 可能性の作家(埴谷雄高) 不可能性の作家(埴谷雄高) 滅亡について(武田泰淳)悟浄出世と悟浄歎異をこのシリーズで読んでいたのは意外。70年代の古書店では、粟津潔さん装丁の新装版と、もっと地味なデザインの古い版がありました。『存在の探求〈上巻〉』は古い版で買ったので、300円ぐらいだったと思います。これは当時でも安かったです。
2004.03.06
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【追記】No.5先日楽天広場のシステム改変がありましたね。掲示板の動作などが少し変わりましたが、さきほど気づいた変化。私書箱へのメッセージ、消えたと思った古いものがすべて復活しています。すごいもんですな。【追記】No.4むぅ~。今夜は珍しく見たい番組がいろいろ。どれも重なってるじゃん。う~みゅ。NHK BS2 19:55~ 「ウエスト・サイド物語」NTV系列 21:03~ 「たそがれ清兵衛」 NHK BS1 22:00~ サッカー・アテネ五輪アジア地区最終予選「日本×UAE」 【追記】No.3本日のヒナのひるね。もうすぐ起きるところです。でも、まだ目が開かない。手がグーになってますな。この後、廊下に敷いた茣蓙でバリバリ爪を研いでくれたのでございます。(茣蓙といっても畳を張り替えた後の廃物で、昨日の画像にちらりと見えます。)【追記】No.2天竜に行った方からお土産に葛湯をいただく。小分けの袋に入った懐中汁粉みたいなやつ。小さなころの思い出があるので、山村に心惹かれる。あの平和な村をいきなりめちゃくちゃにしてしまうのが侵略。霧社は比べ物にならないほど奥深くの村なんだろうなあ。好天。本当は生ごみなどを大菜園に埋めに行かなければならなかったのだが、自動車の定期点検をお願いしてあったので、明日に延期。明日晴れますように。【追記】No.13月4日の夕陽、撮影しました。空はとても晴れていたのですが、風と波が強いこと。人はほとんどいませんでした。更新しました♪ [I Love Sunset!] 夕陽が好き!枕許の本の山が崩れて、『霧社の反乱・民衆側の証言』という本が出てきました。夏見還さんの台湾旅行記を読んだ後だったので驚きました。昨年の一月に買った本です。幻泉館主人の母は植民地時代の台湾で生まれました。そんなに長いこといたわけではないそうだが、それでも台湾時代のことも記憶にあり、「生蕃」などという言葉も教えてもらったことがある。「蕃」は野蛮人の意味で、明らかに差別的に用いられた。「生」の方は文明化されていないという意味らしい。漢族化されていない高地原住民が「生蕃」と呼ばれたわけだ。その後日本人は彼らを「高砂族」と改称したが、中華民国政府は「山地同胞」「高山族」と呼んでいるらしい。もちろんすべて支配者側の都合で呼んでいるだけだ。「生蕃」とはつまり見方を変えれば、侵略者に屈していない台湾先住民たちのことである。日本史で習いました、「霧社事件」?ワタクシ、学校では習っていませんが、良い子だったので言葉だけは覚えました。言葉だけ覚えて、なんだかよくわかっていないことが多かったですね。ノモンハン事件なんてのもなんだかよくわかりませんでした。霧社事件というのも、そう。なんとなく結社名みたいだけど、違います。霧社(むしゃ)は台湾中部の山岳地帯にある山里。文字どおり霧に覆われた深山幽谷の地であるらしい。そこに暮らすタイヤル族により「日本人134名が殺害され、軍隊・警察により武力鎮圧。鎮圧後の報復によるものも含め、約1千名の高山族住民が死亡」(広辞苑)した事件である。武力鎮圧は飛行機からの爆撃もあり、かなりの毒ガス兵器が使われたらしい。毒ガス兵器の効果を確かめるための生体解剖まで行なわれたそうだ。彼らは蕃刀を武器に、日本の近代兵器と戦って敗れたのである。詳細な部分は、日本で読むことができる記録の間にかなり食い違いがあるようだ。現地での証言を集めた証言集が本書。1930年の事件なので、直接に経験した人の証言を集めるのはほぼ限界に近い時期だろう。現地の言葉をカナ文字で書き残した事件の手記など、実に涙を誘う。日本史の教科書に、荘園領主に宛てて地頭の横暴を訴える「アテガワ荘民の訴状」というのがありました。「メコトモヲヲイコメ、ミミヲキリ、ハナヲソキ……」(女子どもを追い込め、耳を切り、鼻を削ぎ……)あれを思い出しました。定価が高いので、図書館でリクエストなどしてご覧になってください。 林えいだい著 『台湾秘話 霧社の反乱・民衆側の証言』 新評論刊 四六並製 定価3000円+悪税
2004.03.05
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【追記】No.4本日のヒナのひる……あれ、起きてるじゃん。この後ねぼけたまま「なんかくれよぉ」と騒いでました。今日はちょっと寒いけど、やっぱり春ですなあ。【追記】No.3<サッカー・アテネ五輪最終アジア予選B組:UAE 3-0 バーレーン>アウェーなので引き分けでOKということだったが、日本代表がUAEと引き分けでは、勝ち点で差をつけられてしまう。やはり明日のUAE戦は勝っておきたいところですな。実はオリンピックの中継などあまり見る気がしないのだが、サッカーだけはちょと見たいのです。【追記】No.2ずいぶんひさしぶりに田川建三さんのサイトを覗いたら、これまたずいぶんひさしぶりに新刊が出るらしい。ところが、amazonでも、bk1でも、見当たらないのだなあ。近刊『キリスト教思想への招待』だけでなく、名著と言っていい『書物としての新約聖書』もヒットしない。「田川健三」という著者名そのものがどちらのショップでももヒットしない。 [ 「建三」じゃん。字違ってたのね。申し訳ない ]お~い、勁草書房さん、大丈夫かしらん。【追記】No.1湯上がりでございます。サッカーは4-0で終わり、普通なら大勝と言っていい得点差。でも、UAE対バーレーンの結果がわからないとね。まあ、日本ラウンドもあるからそんなに悲観的になることもないんです。山本昌邦監督は神様ジーコより監督として有能に見えるけど、どうなんでしょう。この人、隣町高校の出身なんですよ。その高校では、高原選手のお父さんが体育の先生をしているそうです。忙しいので、まだ日記書いておりません。と言いながらも、サッカー代表オリンピック最終予選を観戦中。前半、日本が得点するまではレバノンの側にブレイブハートを感じた。UAEあたりとは違い、かなり厳しい条件で試合に臨んでいるのではないだろうか。思わずレバノンの必死のディフェンスを応援してしまった。点を取って勝たなければオリンピック出場が厳しくなるので、ニッポンは得点差をつけて勝たないといけないのじゃが。70年代に入ってまもなく、私は友人たちと新宿で豚カツを食べておりました。テレビを見ると、ベッケンバウアーが映っています。70年のワールドカップ、イタリアとの準決勝で右肩を脱臼しながらも、その腕を身体に固定して出場した、あの皇帝ベッケンバウアーです。すると気のよさそうなおっさんが入ってきて、テレビの画面を見て言いました。「お、ペッケンパウダー!」ま、ありがちなことです。いいと思います。とりあえず蔵出し。現在の私は時々髪をリングゴムで縛っております。これは昨年の今頃の話です。[2003年3月2日付日録]「春の嵐の中、髪を切る」3/1(土)です。え~、直接お見知りの皆さんはご存知なんですが、ワタクシは床屋の天敵のような人間です。そんなものは年に一度行けばいいやと思っているのですが、実際には二度も行くことになります。今回は、明日の葬式のために行くことになりました。ま、しょうがないわな。嵐のような天候になったのに、今日はなぜかどこも混雑してました。いつもなら「混んでるからやめよう」になるのですが、今回ばかりはそうもいきません。空いているヘアーサロンやら床屋さんやらを求めて、町中を歩いておりました。で、見つけたですねえ、誰もいない床屋さん。かなりにぎやかなところなのに、地下に入ると誰もいない。まるっきりエンプティなラーメン屋さんと床屋さんが並んでいます。恐い!床屋さんのドアを開けると、物陰からおばさんが現われました。なんだ、普通じゃん。土曜ワイド劇場の再放送の音声など聴きながら、ごく普通に終了してしまいました。いえ、目を開けてれば裏返しの画面も見えたんですが、ワタクシ散髪中は目を閉じているのです。まあ、ワタクシの頭なんぞで皆さんとても面白がっていただけたので、大満足です。トホホ。いろんなことを言われますが、おばさんっぽくはなくなったようですよ。深夜になってから礼服を引っ張り出す。入らなかったらどうしよう、虫食いあったらどうしよう、なのであえて着てみたりはしない。白いシャツは……ボタンダウンだけど、ま、いいか。黒いネクタイは、礼服のハンガーに掛けてあった。これがいい歳してノットが作ってあるやつ。首にかけて紐をひっぱるだけのやつね。シャツがボタンダウンだと、ちょと面倒。うん、余計なところに気をつかわなくていいから、これでいいのだ。靴と靴下は明日でよかろう。おばあさん、堪忍ね。ということで、今日3/2(日)は隣町でお葬式。うちと同じ宗派(浄土真宗)なので油断していったら、少し失敗。道に迷って葬式の開始時刻に遅れたのだが、本堂で女性のグループに入ってしまったのだ。どうも周りがおばちゃんばっかりだとは思ったんすよ。ま、私だけじゃなくておばちゃんしびれきれてひっくりかえったり、坊さんが勝手につけた戒名を忘れたり、みんないろいろやらかしてくれました。偈文、正信偈、御文章白骨の章なんぞはおなじみのやつだが、かなり簡素化。坊さんNo.2せがれがロンゲの茶髪であった。ふっふっふ、私の方が常識人。もう人付き合いもなくなったおばあさんの葬式なので、簡素で良かったのであるが、驚いたのは地元老人会の詩吟。 ♪人生百歳を全うせず~みたいなことをみんなで吟じてました。地元で年寄りが亡くなる度に吟じてるんでしょうなあ。昨日の嵐と違って、実に好天の春日となり、よかった、よかった。寒いと年寄りが倒れるですもの。閏年でなくてよかったねと、マシンガントークの叔母さん。命日が2月29日はちょっとねえ、だそうです。
2004.03.04
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【追記】No.3今日は変則的に外で少しお仕事。晴れていたのに暗雲たちこめ、ひやひやしました。寒かったっす。でも、桜が咲いているところがありましたぞ。「ROOTS MUSIC DVD COLLECTION」は一つだけ遅れていた「Vol.7 なぎら健壱」が届きました。まだ「Vol.9 ROOTS MUSIC 音楽祭1 中川五郎・高田渡・遠藤賢司」以外は全然見ていません。ちょっと忙しいのよ。【追記】No.2今日は雛祭りなんですね。昨年は3月1日に隣町のお婆さんがなくなったんで、どたばたしてました。「ヒナの由来」についてはもう書いてしまったので、昨年タイトルだけ雛祭りだった日録を蔵出ししてみます。------------------------------------------[2003年3月3日付日録]「お、ヒナのお祭り」葬式の行き帰りは年寄りの送り迎え込みだったりするので、いつもより車を運転している時間が長かった。普通に通勤するような距離なんですけどね。のどかな春の日になったので、去年作ったマイMD。70年代ゆったり系邦楽。おっ母さんがはっぴいえんどの「風をあつめて」を聴きながら指でリズムとったりしてました。叔母さんのマシンガントーク、誰も聞いてないの。しかしまあ、20年前のはっぴいえんどの音が心地好いこと。(追記:間違えました。30年前です。とほほ。)大編成のアレンジって古びた感じがするけど、コンボだとあんまり古く感じないのね。ただ、前にも書いたけど若者が騙されてる「はっぴいえんど史観」ってのは事実じゃないからね。松本隆、細野晴臣、大瀧詠一、鈴木茂、メンバーはすごいし、その後大活躍している人達だけど、一世を風靡したわけではなかったのですよ。「カノッサの屈辱」と言ったら言い過ぎだけど、冗談入ってますから。どうしてこんなこと言ってるかというと、君らのせいで岡林のアナログ盤が異様に高騰してたからなんだよ!苦労したんすから、ホントに。どうしようもない曲もあるんだけど、はっぴいえんどと岡林信康がじわっと緊張関係を保ちながら演奏してる曲はすごいです。「愛する人へ」「自由への長い旅」「私たちの望むものは」いい音ですなあ。「私たちの望むものは」は、前半と後半で歌詞の内容がひっくり返してある逆説ソングです。同じはっぴいえんどの演奏でも、アコースティック音に近いバージョンと、エレキ音バージョンがあります。片方は銃声が入っていて、片方はギターで銃声を模写してます。というようなことより、当時は歌詞の内容の方が語られたものです。「私たち」という一人称に対する反発も強かったと思います。中山ラビさんの1stアルバム『私ってこんな』には、この曲へのアンサーソングが入ってます。「私が望むのは」で、一人称は単数、独りの私です。思えば岡林信康さんが失踪して、はっぴえんどをバックに引き連れて再登場するといった行動をとった時。それはもちろんBob Dylan様の真似だったのですが、運動の象徴とされ、「みんな」を背負わされるのに疲れていたのですね。部落差別をストレートに歌った「手紙」や「チューリップのアップリケ」は、封印したというよりも、本当に歌うのがつらくなっていたのでしょう。「私たちの望むものは」の歌詞が後半逆転するのは、それは「WE」を拒否した「I」の宣言であります。Lycos日記をしばらく観察していると、アクティブな人の名前はすぐに覚えます。実に楽しい人もいますし、いやだなあという人もいます。その中ですごくいやだなあと思う日記タイトルが「ぼくらは戦争を待っている。」です。このタイトルは80年代サブカルチャーの影響で浮かんだものでしょう。反語だか逆説だかわかりませんが、挑発的な言葉遣いでアクセス数を増やしたいのだと思います。まあ何書いてもご自由になんですが、少なくとも「ぼくら」はやめてもらいたいなと思うのです。同じ趣味の人が楽しく「ぼくら」と言うのはいいですが、「日記」で「社会問題」を「ぼくら」で語ってほしくないです。そういえば、当時「ぼくら」文体を駆使して雑誌のお仕事をしていたのは、たぶんこの人が嫌いな平和勢力の方に入る人たち、たとえば室謙二さんだったりしますな。陰口になっちゃいましたが、Profileすべて非公開という関わりたくない人なんで、ここにこっそり書いておきます。NHKスペシャル「アメリカとイラク・蜜月と敵対の20年」。イラン革命以降のイラクと合州国の関係をコンパクトにまとめてくれている。これはこの局でないと作れないな。イラク原油の最大の顧客がアメリカ。ロシアの国営企業を経由して購入しているのがおかしい。それでサダムが豊かになるのは、Jr.大統領には許せないのだね。イラン・イラク戦争を実に苦々しい思いで聞いたのを思い出します。80年代にヨーロッパで反核運動が盛り上がったのは、アメリカが核配備を行なおうとしたためである。1万人を超える規模の集会が各地で行なわれた。それはもちろんヨーロッパが直接に攻撃対象となり、戦場となることを意味していたからだ。同じ時期に盛り上がった日本の反核運動が、そこまでせっぱつまったものではなかったのも、否定しがたい事実である。デッカイ話になるときは現実逃避したいとき。(c)マエさん大統領があんな人だから、いかにも実直そうなパウエルさん、得してます。------------------------------------------【追記】No.13月2日の夕陽画像、更新しました。[I Love Sunset!] 夕陽が好き!ROOTS MUSICのサイトに、「ROOTS MUSIC音楽祭」のライブレポートが掲載されています。今回買ったDVDは、このライブのものが2枚。特にその1は、私が大喜びしております。余計なインタビューとか入ってないのがいいです。淡々と3人のライブ映像が続きます。ええど、ええど!このごろは音楽評論家になってしまった感のある中川五郎さんのライブ映像は貴重ですなあ。「自分の感受性くらい」はもちろん茨木のり子さんの詩に曲を付けたものです。「ミスターボージャングル」もDVDに入れてほしかったけどな。 ♪ 駄目なことの一切を ♪ 時代のせいにはするな ♪ わずかに光る尊厳の放棄 ♪ 自分の感受性くらい ♪ 自分で守れ ♪ ばかものよ茨木のり子さんの「わたしが一番きれいだったとき」は林亭が歌っていることを三十年かかって発見したり、ピート・シーガーさんの楽譜を見つけたり、いろいろ苦労しました。でも、「自分の感受性くらい」は中川五郎さんだと知っていました。他にも誰か歌ってるかしら。中川五郎 1. 90センチ 2. 自分の感受性くらい 3. 30才の子供 4. ボクの遺書高田渡 1. 仕事さがし 2. コーヒー・ブルース 3. 鎮静剤 4. トンネルの唄 5. ブラザー軒 6. 生活の柄遠藤賢司 1. 満足できるかな 2. 歯のないうさぎの口 3. またいつか会いましょう 4. 夜汽車のブルース
2004.03.03
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【追記】No.4そういえば、今日はコンビニで髪留め用のリングゴムを買ってきました。さすがに髪が伸びてちょっと鬱陶しい(読めるけど書けない)ので、後ろで縛りました。「おお!」と喜んでくれる人と、見て見ぬふりをする人に分かれました。メガネが色付きなので、かぎりなく中島らもさんのお仲間のようです。けっして美しくはありません。ただ、あの髪をひっつめた時のきりっとした感じは好きです。中島みゆきさんの歌で「パウダールームの自己暗示」という言葉を聞いたことがありますが、その感じに合ってると思います。【追記】No.3夕方実は忙しかったのだが、晴れたので嬉しくなって姿をくらます。大ヒンシュク。毎度おなじみ千本浜である。平日なのにたくさん人が出ていた。春なんだわ。やはり水平線近くには雲が出ていました。そういうものなのかしらん。【追記】No.2晴れましたわ、よかった、よかった。雨上がりにそよ風が吹くと私は気持ちいいんですが、花粉症の方は大変なんでしょうね。十年以上前に専門家の話を聞いて回ったところによると、寄生虫がいると花粉症などのアレルギーにならないということでした。免疫機能というのは不思議だと思いました。さらに、中国におでぶが少ないのは寄生虫が余分な栄養を吸収してくれるからだということで。ところがさきほど[寄生虫][中国]をgoogleで検索してみると、それを否定するサイトがありました。http://www.3443.or.jp/esse/h02_bien08.htmこの方々の調査が統計的に有意なものなのかよくわかりませんが、話としては寄生虫学者たちの話の方がずっとおもしろかったと思います。【追記】No.1あら、雨だわ~。生ごみがポリバケツからあふれそうだ、幻子心母がどうにかしろと言う。「燃やすゴミ」で出したくないなあ。そして、医療控除がどうのこうので市役所に連れていかなきゃならん。どうも税務署でいいかげんなアドバイスをされたのではないかな。ちょっと寒いです。ヒナはストーブ周りでお昼寝。あ、雛祭りで使える蔵出しはもう済ませてしまっていたわ。すっかり忘れてた。センター試験とやらのせいなのか、ちかごろの高校の卒業式は私のころよりだいぶ早いようだ。制服で花を持って歩いているのは、今卒業式終えた連中だろう。FMの番組で卒業をテーマにした曲をまとめて流すなんてのは、今でもやっているのでしょうか。安直な企画だけど、確実に需要がありますね。私の場合、このあたりの曲はどうも80年代が中心になるようだ。そして、そこで止まってしまっている。今はどんな曲があるのかな。荒井由実「卒業写真」尾崎豊「卒業」斉藤由貴「卒業」菊池桃子「卒業」 柏原芳恵「春なのに」渡辺美里「さくらの花の咲くころに」海援隊「贈る言葉」映画だと、大林宣彦監督の『青春デンデケデケデケ』(1992年)がそんな雰囲気の映画である。けっして卒業がテーマではないのだが、この映画の最後に蛇足のように付いている部分が、やけに長い。別れが苦手な私にその心情がよくわかる「卒業」だ。地方都市から大学に進学しようとすると、ああいう感じになる。ジョージ・ルーカス監督の『アメリカン・グラフィティ(AMERICAN GRAFFITI)』(1973年)も、そんな映画。大学進学を選び、友人たちと別れることを決定する一夜のできごと。これも旅立ちの映画なのである。必ずしも青雲の志を抱いてというわけでもないが、今年もまた数多くの若者たちが大都会に出る。「東京へ行くな!」と詩人が叫んだころとはもう時代が違う。それでも、たとえば東京だったら東京駅に降り立つ者よりも上野駅に降り立つ若者の方が、背負ったものが大きいように見える。ま、私の場合は、大昔になってしまいましたが、その気になれば通学できるような場所からなので、やっぱりへなちょこな上京でございました。
2004.03.02
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【追記】No.2「ROOTS MUSIC DVD COLLECTION」の第二弾が出ていたの少し前に注文しました。今日届きました。あ、なぎらさんだけまだだ。CSで放映した番組ね。内容の報告は追い追い。「ROOTS MUSIC DVD COLLECTION」Vol.6 遠藤賢司Vol.7 なぎら健壱Vol.8 レイニーズ・バンド Vol.9 ROOTS MUSIC 音楽祭1 中川五郎・高田渡・遠藤賢司Vol.10 ROOTS MUSIC 音楽祭2 三浦和人・パンタ・早川義夫・五つの赤い風船いずれも定価2000円+悪税。【追記】No.1簡単にベストは「雨はいつか」なんて書いちゃいましたけど、ラストの「あなたに捧げる歌」もほろっと来ます。 ♪ とどかぬ愛の激しさゆえに ♪ ゆれるこの胸に ♪ 今夜ここで遭えたうれしさ ♪ 忘れずにいたいもちろんコンサートのシメになる静かな曲です。 ♪ 今夜ここで遭えたうれしさ ♪ 忘れずにいたいこの部分の歌詞をふと思いますことがあります。80年代前半、私はとにかく貧乏でございました。ははは、笑っちゃうほどお金ないんですよ。ほとんどネコマンマみたいなお弁当を作っていって、公園で食べたりしてました。それでも、苦しい中で毎月給料を出してくれた社長殿(故人)には感謝しております。レコードなんぞもなかなか買えない。それでよく図書館で借りました。無料というのは嬉しかったなあ。のんびり市の図書館ではまだそんなものを貸し出していなかったので、さすが帝都は違うわいと感心しました。本郷にある会社からの帰りに真砂町の図書館に寄って、適当に借りるわけです。それから坂を下って後楽園の裏を通り、別の零細出版社にある雑誌の編集部でごろごろしました。吉田拓郎さんの『無人島で…。』(1981年)や『王様たちのハイキング・イン・武道館』(1982年)はそうやって聴いたものです。松本隆さんの作詞が多かったころですね。加藤登紀子さんというのは、それほど熱心に聴いていたわけではないのです。でも、図書館でなんとなく借りてきたレコードがとても良かったんですね。1971年から続いているお登紀さんの「ほろ酔いコンサート」。その1979年12月23日と24日の、日劇ミュージック・ホールでのライブです。実はバックを担当しているセンチメンタル・シティ・ロマンスが良かったんだと思います。だから、このアルバムの中のベストはセンチの曲「雨はいつか」。 ♪ 雨はいつか 上がるもの ♪ 雲はいつか 晴れるもの ♪ ゆれる心の 果てるまで恥ずかしい話ですが、絶望的状況の中で本当に人生の応援歌として素直に聴けてしまいました。数年前、急にこのアルバムが聴きたくなったのは、やっぱり応援を求めていたのでしょうか。品切れ再プレス未定だったのですが、しつこく注文を出していたら届きました。廉価版の復刻CDで、1456円+悪税。今も同じ品切れ状態のようです。加藤登紀子『ほろ酔いコンサート・ライヴ』(1980年) 1. フリーダム 2. 色即是空 3. 酒は大関 4. 私のブギウギ 5. 酔えば 6. 鳳仙花 7. ANAK〈息子〉 8. 踊れ時を忘れて 9. 大脱走10. 仮面の騎士11. 雨はいつか12. この空を飛べたら13. あなたに捧げる歌
2004.03.01
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