2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全7件 (7件中 1-7件目)
1
しばらく振りの日記ですが、みなさんいかがお過ごしでしょうか~~~?ってことで、店じまいをした以前の事務所の機材を、今日一気に引き上げました。とりあえず音作りの機材が多く、どれも取り扱い要注意の物が多かったので、きっちりと梱包しておいた。幸い多くの物は購入時の箱が取ってあったので、搬送時の心配もなく、スムースに終えられたのでホッとしている。が、、、、、今日の引っ越し屋のチーム、おもしろい事実をみてしまったので、ちょいと報告をば、、実は彼は、引っ越しの専門とはいえ、一般住宅の引っ越しには手慣れているものの、機材の扱いは素人だというのを知ってしまった。というのも、彼等は体力に物言わせて、全て手持ちで運ぼうとするあまり、台車等を使った業務を前提にしたチームワークが、まるでダメだったのだ。台車を使った機材の移動は、それなりのノウハウがいるので、結局僕がリーダーを勤めるはめになった。(実質上彼等にお手本を見せる結果となったのだ。)例えば空いた台車を一台づづ運ぶのじゃなく、2台、3台重ねて移動すれば、作業工数が減る。台車に荷物の積み方を工夫すれば、往復回数を激減させる事が出来る。重量バランスを考えて乗せれば、荷崩れを防ぐことができる。バケツリレー式で運ぶが、その場合の人工の配分を工夫すると、「待つ」人間が出なくなる。などなど。ま、今回は初心者のバイト君もいたので、ある程度は仕方ないが、でもこの辺りの要領の良さは、ミュージシャンに軍配が上がった。実際にツアーなんかにアテンドしてくれるローディーさんは、もっと厳しい条件で、なんなく仕事をこなしてくれる。それにしても、感じたのは、自分達が知っている行程においては、そつなく作業をするが、体験していない状況下において、まったく気が効かなくなるっていうのを見て、「なんだかな~」という気分になった。ツアーでは、絶対に怒鳴られる。そんな中にも独りだけ使えそうなやつがいた。ガンバレ!
2003.07.30
コメント(2)
今日は、とある用事で往復約600キロの道のりを運転して横浜まで行って来た。ほとんど東名高速を使用して車を走らせていたが、その運転マナーの悪さに、本当にうんざりした。もちろん乗用車族にも危険な運転をする輩もいるが、なんと言っても危険なのは、大型車の連中だ。例えば今日でも、なんと観光バスが僕の車までの車間を、たったの2mしか取らない。乗客を載せているのに、いったいどういう事なのか。誰か同乗者がいたら、社名と車番を控えて、抗議の電話を入れるところだが、残念ながら今回は出来なかった。それにしても、いつになったら彼等は学ぶのだろうか。昨今の凄惨な追突事故のほとんどは、大形車の車間が原因になっているのに、まるでGTレースのように運転している。こっちは自発的に車間を取るようにしているのに、そこにまた割り込んで来る。こんな状況では、いくらこちらが防衛運転を心掛けたとしても、自分の身の安全を確保することなど、出きるわけがない。だいたい「事故」というのは、英語でもアクシデントと言い、予期せぬ事態によることが原因となり起こるものだと思う。しかし、最近の追突事故は、わざと事故を起こすような運転をして、結果的に死亡事故に発展しているではないか。これは事故ではなく、明らかな「犯罪」だと思う。故意に事故を起こしているのだから、これはもう立派な殺人ではないだろうか。日本の警察も、速度の取り締まりより、ドイツ警察みたいに、車間の取り締まりをやってもらいたいものだ。また、違反車には厳しい罰則を設けるべきだろう。こうなれば、業界団体の意見なぞ、糞食らえでやってもらいたい。なぜなら、トラックに挟まれて死ぬのは、我々乗用車族なのだからだ。
2003.07.22
コメント(6)
あ~~、最近僕の住む街にも変質者が現れるそうです。昔は神社の影から、モロだしの人が突然出没したりして、半分は夏の風物詩的にみんなで話していたのを思い出すな~。何度か、モロだしの人を見てやろうとたくらみ、同級生の女の子におとりを頼んだこともあったな~。(中学生の時ね。)さすがに後から野郎どもが着いて来ちゃ、誰かさんもちじこまっちゃったみたいだけど。。。。しかし、どうして暑くなるとこういうことが多くなるのだろうか?なんとなく気持ちはわからんでもないが、(実際に昔、ヌーディストビーチとか行った事もあるので、全裸の快感は知ってるけど。)なにも人に見せるほどの事じゃないしな~~。でもこれは人間の習性なのかもしれないと、最近思う。ま、こういうのを英語でFlasherと言うのだが、まったくその通りだな~なんて妙に納得してる。ともあれ、子供に危害を加えることが無いようにと、祈りたいものだ。?だれかが、「じゃ、お前はどうなんだ?」って言ったような言わないような。僕はやってない。^_^;
2003.07.17
コメント(13)
去年までは蝉を羽化を自宅で観察することが多かったが、今年はトンボの羽化の観察に挑戦してみた。蝉はだいたい羽化する時間がわかるし、のこのこ穴からはって出て来るが、トンボの場合はまったく見当がつかずちょっと困った。ともあれ、ちょうど6月に息子が学校のプール掃除をすませた時、ヤゴを4尾持って帰って来た。空いた水槽があったので、玉砂利を敷いた上に10cm程の水を入れ、枝だをさして数日放置しておいた。ある朝ウスバキトンボが羽化してカーテンにしがみついていた。その数日後、今度はシオカラトンボが羽化して、水に落ちていたので、救出して元気に飛んで行った。気をよくした僕は、羽化の瞬間をみたいと思い、カワトンボ、イトトンボ、コヤマトンボのヤゴたちを捕獲して、同じ水槽にいれた。2ひきいたカワトンボの内、いっぴきはコヤマトンボの餌食になったが、一匹は生き残った。先々週の明け方に羽化が始まったので、息子を叩きおこした。枝を登ったヤゴの背中が、パキッといって割れ、そこから徐々に頭が出て来た。体をゆすりながら羽を抜き、しっぽを抜き出し、柔らかい足のまま必死に枝にしがみついていた。ところが、羽の一枚がどうしても殻から抜けない。手を出さないようにしていたが、このままだと羽化は失敗すると思い、殻を押さえてみた。(引っ張ったわけじゃない)すると残念なことに、枝だにはひっかかりが少ないこともあり、自分から水の上に落下してしまった。羽化途中の昆虫が落下するということは、その場で死を意味する。トンボの場合も例外ではなく、そのまま他のヤゴの餌食になった。よかれと思いやってはみたものの、結局は余計な行いだったことに、とても反省した。息子もちょっとがっかりさせてしまい、残念だった。(羽化のほぼ全行程を見る事は出来た。)その数日後、今度はイトトンボが、羽化に成功したが、結局落下してしまい、水上で息耐えているのを息子が発見した。残念な事が続いたが、自然のルールと厳しさを体験させてやれた事には満足している。★トンボの羽化は結構簡単に観察することが出来ますよ。ヤゴを捕獲する時に、出来るだけ大きなもので、背中の羽が目立つものを持ち帰り、水槽をセットすればいいです。出来ればヤゴの生息する場所の草、蘆等を切って持って来ると良いでしょう。これからはアキアカネ、ナツアカネのヤゴが育ってきます。
2003.07.13
コメント(10)
随分以前から気になる事に、日本人が歌う日本の歌の発音がある。これは80年代から崩れ始めて、90年代はピーク、最近は若干戻りつつあるように思われるが、気にした事の無い人も多いだろう。僕の記憶によれば、最初に始めたのはサザンオールスターズの某氏だと思うが、これには自信が無い。例えば、僕が~ → 僕ぎゃ~それを~ → そrayを~他にも山程あるが、日本語では表記できないのも多い。加えて子音と母音のバランスが悪く、やたらと子音が強調される発音が多い。(余談ではあるが、日本語の歌の中で使用される英語の発音にいたっては、もう大変だ。英語に聞こえない物が多い。)相当前になるが言語は生き物で、常に変化をしているという内容の日記を書いた事があるが、それを踏まえたとしても、あまりにも崩れているような気がする。しかし、問題は何故ゆえに、これほどまでに発音の無頓着なのだろうか。激しく歌ったり、優しく歌ったりと、歌に表情をつける場合は、ぜひとも歌唱力でカバーしてもらいたいな、と僕は思う。言葉の発音でメリハリを付けたりするのは、筋が違うと思うのは僕だけだろうか?せっかく良い詩なのに、あの発音のおかげで聴く気が失せてしまう。(発音を変えるということが、全て悪だというわけはなく、ケース・バイ・ケースなのが、また不思議なのだが。)ともあれ、僕の好きなフォークシンガーが、アメリカツアーに出かける前に、「日本の歌を、正しい発音で歌って来ます。」というコメントに、僕は拍手を送りたいと思う。
2003.07.10
コメント(4)
さてさて、やっと日記らしい日記を書こうかと、、、、もう知っている人も多いとおもうけど、僕はつい先日まで、ある音楽家の伝記の翻訳をしていた。生まれて始めて、こんなに長い文章と格闘することになり、家族や回りに人間に多大な迷惑をおよぼしてしまった。まあ、原因のすべては僕の考えの甘さにあったのだが。しかし、翻訳という作業は、かなり一般の読書とは違うところがあり、自分なりにはとても有益な経験だった。(なかなか仕上がらないので苦しいことは苦しいが)それは通常の読書とは、読み手の密度が違うということなんだよね。ま、冷静に考えれば、当たり前のことなんだが、今回は身を持ってそれを感じた。文学ファン達にとってはありふれた話かもしれないが、今回ばかりは自分が話しの中にのめり込んで行くのを本当に実感した。それは翻訳という作業によるところが多いと思う。なぜなら、翻訳は一語づつ正確に訳せばそれで良いというものではないということが前提になる。そこで翻訳を実践するプロセスにおいて、一般的な読書に比べると、文章の理解度をより深める必要があるからなんだ。すると主人公の感情や、その瞬間というのをしっかり思い描くようになる。結果、つの間にか自分が話の中に入ってしまってるんだな~。僕は、どちらかといえば大雑把な性格なので、読書する時は、いつもそこそこの理解でも、話を先へ勧めてしまうのが癖だった。過去にも、多少の純文学や歴史小節、探偵物、それにSFなどを読んではいたものの、今回ほどのめり込む事は初めてだった。また、ある所では、意識的に音読もしてみた。どうしても良い訳が浮かばない時、その文章の前から音読をしてみた。案外と良い解決に繋がるのが不思議だ。一般に読書といっても、読み方によっては、読み手の理解にいろいろなバリエーションを作ることが出来るという事に気が付いた。なんだか得をした気分だ。それにしも今頃気が付いている僕にも問題ありかもしれないが。
2003.07.09
コメント(8)
いやはや、翻訳ってのは本当に大変な仕事だった。実は以前より、僕の時間を大いに食いつぶしてくれていたのは、こういう仕事をしていたからなんだよね。長篇の翻訳に、生まれて初めて挑戦したが、いろいろと勉強になったな~。ま、英語から日本語なので、もっとも簡単な部類なんだが、それでも素人のぎぐにとっては、まじで大変でしたわ。ってなことで、以前ほどのアクセスは無理だけど、ぼちぼちネット復活。でも本当にぼちぼち。みんなよろしくね~~~。
2003.07.08
コメント(8)
全7件 (7件中 1-7件目)
1