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前回の日記は、自分でもそれなりに考えながら書いたものだったけれど、予想外に反響が大きくてびっくりしてしまった。書いてから、あんな日記を書いて公開してよかったのかなとちょっと後悔したけれど、共感してくれた方もいらしたようで、私の感じてきたことは、意外とほかの人にも当てはまっていたのだと改めて知ることができたし、文字にすることで自分の頭の中も整理できて、私にとってもよかったのかもしれない。もちろんあそこに書いたことがすべてではないし、そういうことが全く問題にならない人も大勢いると思う。ただ、国際結婚を考えている人には、こういうこともあるのだということだけ知っておいてほしかった。読んでくれた人の何かのお役に立てればうれしいデス。―――――この3日間は、時間がなくて日記更新どころか楽天めぐりもできなかった。水曜日に、ダンディのおじいさまのチェサ(祭祀)があったので、子どもたちも連れて日帰りの強行軍で光州まで行ってきた。ついてみると、所狭しと親戚一同が狭いリビングに集合していて圧巻だった。でも数年前とは違って、話している内容もある程度理解できたし、いとこのジョークなんかにも(ワンテンポ遅れるけど)ついていけて、帰るときまで晴れやか気分で過ごせた自分にちょっとびっくり。こうやってだんだん馴染んでいくんだろうなあ。また、水曜日に子どもたちの通う施設の終了式があったので、木金と久しぶりにユウと二人で過ごした。(アイのほうは今週いっぱいは通常通りだった)せっかくなので、木曜日、初めて二人で市内バスに乗って図書館へ行ってみた。いつもはアイと二人でじゃれあって喧嘩と泣き声が絶えないのでとんでもない腕白坊主の兄ちゃんやと思っていたけれど、こうしてアイ抜きでユウと二人で過ごしてみると、争う相手がいないからか終始ご機嫌で、舌足らずなおしゃべりでバスに乗った興奮なんかを私に一生懸命はなしてくれて、とってもキュート!肩も小さくて、まだたった3歳なんだなと実感できた。兄弟いつも一緒だったけれど、たまには一人ずつと向き合ってみると新鮮でいいな、と思った。金曜日にはくるみさんのうちにおじゃまして、おいしいちらし寿司をおよばれした。しかも去年に続いて2度目!韓国まで来てもこういう季節の料理が食べられるのは本当にうれしいもの。ユウも最初こそ目新しいおもちゃに目を奪われてなかなか落ち着いて食べてくれなかったものの、おいしさには勝てないのか最後には完食!くるみさん、ごちそうさまでした~!土曜日には初めてヌンソルメジャン(雪ぞり場)へ行ってきた。最初近所のクムドリランド内のヌンソルメジャンに行こうとしたら、うちの子たち、小さすぎて乗れなかった。でも駐車場の料金所のお兄さんがとても良心的な人で、駐車料金をまるまる全部返してくれた!!こういう人間味のある対応ができる韓国、天晴れ!最近の日本ではこういう対応はあまり見かけなくなったから、なんだかとてもうれしかった。でも、ユウは雪がみたいというのでうちから一番近いムジュのスキー場まで行ってきた。ダンナは私の帰省中によくスキーに行っていたけれど、私はスキー場に行くの自体5年ぶりくらいで、スキー場独特の華やいだ雰囲気についうっとり・・・。でもきょうは子どもたちにそりを体験させに来たのだ!楽しそうなスキーヤーたちのそばを横切って、奥のヌンソルメジャンに直行した。ヌンソルメジャンの近くには室内ゴーカートやポニー乗馬体験などもあって、ユウとアイはそちらにもかなり興味津々だったが、手を引いてヌンソルメジャンへ。大人一人8000ウォンと、リフトもないのにちょっと高めだったが、人工雪代と思って仕方なく払い、いざソルメ!試した結果、結構スリルある!!!ユウ、大喜び!!!大人もそれなりにおもしろい。でもアイは・・・恐怖に顔引きつってました・・・。結局アイは2回しか乗せられず、(頑として乗そり拒否した)ほとんど私と見学。寒かった~!!ラーミョンやタッコチ(焼き鳥)やトースト&ホットチョコで少しはあったまったけれど、氷点下10度はやはりつらい・・・。遅く来たこともあって、日もとっぷり暮れてから帰途についた。車に乗るや、アイは熟睡。ユウは「今度もまたここ来ようね!」ばかり繰り返しておりましたとさ。
2005.02.26
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(昨日からの続きです)習慣や風土の違いも、避けて通れない大きな問題です。特に習慣は、どんな環境で何が起こっても気にしないおおらかさと逆境を楽しめるような適応性がないと無理だと思います。たとえば、ひとつの器の水キムチを複数の人がスプーンですくって飲むのは嫌とか、トイレで使った紙を流さずにくずかごに入れるのは嫌とか、そういう細かい習慣の違いでも許せないようなら、国際結婚はあきらめたほうがいいです。(私は今でも嫌なんですけどね・・・。)でも、もっと根本的に問題になりそうなのは、家族との付き合い方でしょう。特に韓国の場合は、家族や親戚の結びつきが非常に強いので、「彼と結婚する」というよりは、「彼の家に嫁ぐ」といったほうがいいぐらい、家族の存在は大きいのです。彼と二人の生活なら、少なくとも家の中では「小さな日本」をある程度作り出すことはできます。でも、ソル(正月)やチュソク(お盆)、チェサ(法事)、義父母の誕生日、などなど、家族の行事は目白押し。1年に何度も親戚一同と顔を合わせる機会はやってきます。顔を合わせるだけならまだいいのですが、そのたびに韓国のばかげた男尊女卑の伝統に付きあわなければなりません。正月やお盆の前日は、女は早朝から深夜まで大量の料理作りに明け暮れます。男どもがごろごろテレビを見ながら「おーい、果物もってこい!」といえば、その合間を縫って果物をむいて運びます。食事時はといえば、男と女のテーブルは別、男のテーブルには料理のいいところが並びます。場合によっては、女のテーブルは台所の床に置かれ、男の食べた残り物が並ぶこともあります。運が悪いとハエもいたりします・・・。初めてのチュソクの時には、親戚の女の人たちが楽しそうに世間話をするのを聞きながら、涙があふれてとまらなくなってしまいました。風土や気候については、当初は全く考慮に入れていませんでした。でも、気づくと、日本では超健康体で病院なんてほとんどいったことがなかったのに、韓国ではすっかり病院とお友達になった自分がいます。まず、ひどい手あれを起こすようになりました。主婦湿疹です。主婦になったからかと思っていたのですが、日本に行くとすぐ治ります。次に、まぶたががさがさになって痒くなり、皮がむけてきました。アイ・クリームを買ってみましたが、ひりひりするばかりです。これまた、日本に行ったら治りました。そして、全身が痒くなってきました。韓国で育っていないから、韓国の乾燥した気候が肌に合っていないからだろうとお医者さんに言われました。オンドルも、今でこそなれましたが、最初は曲者でした。夜、暑くて眠れないだけでなく、汗びっしょりになって風邪を引くこともありました。そしてオンドルによるさらなる乾燥。今でも朝方になるとのどがからからになってひりひりします。(ダンナはすやすや寝ています。)風邪も、引きやすく、治りにくくなりました。乾燥のせいなのか、はたまた免疫のない風邪ウイルスが多いのか、単に私の体力が落ちたのか、原因は分かりませんが。日本人だということで差別を受けるかときかれましたが、差別に関しては、付き合う相手を選べば、ほとんど感じずに済みます(mesaさんも言っていましたが)。遠距離恋愛をしていたころ、ある田舎町で一人でタクシーに乗ったら、その運転手が日本にひどく偏見を持った人で、竹島問題について論議を吹っかけられ、困ったことはありましたが、そういうことはその後一度もありません。ちゃんとした教養のある人なら、国籍は関係なくきちんと一人の人間として丁寧に対応してくれます。まあ、たまに万国旗が並んでいる中で日の丸だけが落書きされてたりするのを見ることはありますが、その程度です。私が心配なのは、子どものことです。私は好きで結婚したのだからいいのですが、子どもは親を選べない。(選んでるという説もありますが。)だから、そのせいで、これから学校に入っていじめられたり、偏見をもたれたりすることがあったらどうしたらいいのかと思うのです。そして、将来的には子どもは日本か韓国の国籍のどちらかを捨てなければならない。そんな重大な選択を18(日本では22だけど、多分韓国では18だったような?)やそこらでしなければならないのもむごい話です。二重の背景を持った子が二重国籍のままでいて何が悪いのでしょう。これから年老いていく一方の両親のことも心配です。うちは男兄弟がおらず、しかも私は長女です。一方彼も長男です。今はまだ両親が元気だからいいのですが、この先もし病気になったら看病はどうしたらいいのか、もし父か母のうち一人が先立ってしまったら先立たれたほうの親の面倒はどうしたらいいのか、また、うちのお墓の管理はどうするのか、いまだ答えの出ない問題です。そして、私自身の問題もあります。ロマンチストで夢見がちな韓国人男性といえば素敵ですが、裏を返せばそれは大嘘つきにもなります。うちのダンディは恋人時代、将来のことを心配するうちの両親の前で堂々と、こういいました。「伯母のいるオーストラリアに住んでもいいし、日本に住んでもいいです。両親?私の弟がいるから大丈夫です!」これを信じてのこのこついてきた私があほでした。今の彼は海外に行く気はほぼゼロに等しいようです。でも、私は死ぬまで韓国で暮らしたくはないのです。この先この気持ちが変わるのか、ダンディが約束を守ってくれるのか、まだわかりません。ここまで、国際結婚のマイナス面ばかり書いてきてしまいました。もちろんいい面もありました。新しい言語を多少なりとも習得できたし、異文化で生活することで、日本や日本人についての見方も変わりました。自分も変わったし、視野も広がったと思います。でも、やっぱりプラスよりもマイナスのほうがうんと多いと思います。細かいことを言えば、日本までの旅費だって、子どもができて人数が増えれば馬鹿になりませんし、子供づれの旅はものすごいエネルギーも必要です。病気のときやつわりのときに、日本の食べ物が食べたくたって、簡単には食べられません。日本の本が読みたくなっても、ソウルまで行って割り増しの値段で買うか、日本から高い送料をかけて送ってもらうしかありません。もし日本で親しい方が亡くなっても、すぐに駆けつけることもできません。(私は祖母を亡くしたときそのせいで悲しい思いをしました。)言い出したら切りがありませんね。だからこそ、国際結婚には慎重になってください。頭を冷やして、将来のことまでよくシミュレートしてみてください。そして、それでも彼と一緒なら、どんな苦難も乗り越えられると思った方なら、きっとうまくいくと思います。そんなあなたは、ぜひ、彼と一緒に新しい道を切り開いてください!(注)これは私の個人的体験に基づく個人的な意見です。
2005.02.23
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現在、国際恋愛中の人から、国際結婚について相談を受けたので、私の個人的な体験ですが、ここに書いてみようかと思います。もう国際結婚してしまった私の立場から言えば、これから国際結婚する人たちが増えるのはとてもうれしいことです。なぜなら、人数が増えれば増えるほど、国民年金の振り替えや2重国籍を認めるかどうかなどの国際結婚家庭が抱える問題の解決に、有利に働くからです。でもだからといって、手放しで勧めることができないのが国際結婚です。自分でも国際結婚に対する迷いが大きいと思うなら、むしろやめておいたほうがいいと言わざるを得ません。好きな人と暮らす代わりに支払うべき代償があまりにも大きいからです。日本以外の国で暮らすならなおさらです。私の場合をお話しましょう。うちもこの結婚には両親ともに猛反対でした。当時はまだ韓国ブームでもなく、今よりもっと差別的な雰囲気が漂っていましたから、両親もそれはそれは心配していたようです。北朝鮮と戦争になったらどうするんだとか、そんな話まで出ていました。でも、両親とは4年かけて話し合いと説得を繰り返し、しぶしぶ結婚を承諾してもらいました。その間に、私も両親もどれだけの涙を流したか分かりません。自分は本当に親不孝者だと思いました。結婚に踏み切って一年後には、父が脳出血で倒れ、生死の境をさまよいました。半分は私のせいではないかと思っています。やっとのことで願いかなって結婚して韓国に来たからには、その後は熱々の新婚生活かというと、全く違いました。初めて親元を離れて、結婚して慣れない専業主婦で、知り合いもいない、言葉も分からない異国で暮らす、というのが私にとってはものすごいストレスで、精神的に不安定だったのだと思います。ずっと一緒にいられると思っていた彼は、当然ながら毎日土曜まで仕事で、一緒にいられるのは夜と日曜だけ。残りの時間を家で一人で過ごす孤独。当時うちにはパソコンもなかったのでインターネットもできませでした。もちろんテレビをつけてもさっぱり分かりません。子どもみたいにしょっちゅう駄々をこねて彼を困らせて泣いて暮らしていました。自分で選んだ道なのに、恥ずかしい話ですね。当初の予定では、結婚したら韓国語を習いに行くことにしていたのに、当時のテジョンでは、学期途中から受け入れてくれるところがどこもなくて、習いにいけなかったことも大きいと思います。(明日に続く)
2005.02.22
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ユウには妙な癖がある。それは怒られたときに現れる。今夜は外食だった。トゥエジトゥルチギという真っ赤で甘辛い豚肉と野菜の炒め物。辛いものが苦手なのでこれまで未体験。今夜は初のトライ。それはいいとして、食堂はよくある広々としたオンドルに座卓。我が家の腕白坊主二人は、ついたとたんに店の中を走り回り始めた。何とか捕まえて拘束しても、走り回りたくて走り回りたくて、隙を見て逃げだす。食べている間中こんな調子で何度言って聞かせても言うことを聞かないので、ついこんなことを口走ってしまった。「そんなにいうことを聞かないともう自転車買ってあげないよ」こんな餌で釣るようなやり方はしたくなかったのだが、あんまり言う事を聞かないので口をついて出てしまったのだ。自転車は今ユウが一番ほしいもの。買ってもらえなくなるのはユウにとっては悲劇的だ。でもこういう時決まってユウは心と反対のことを言うのだ。「ユウもう自転車要らない」こうなるとこっちが困ってしまう。あんなにほしがっているものを親が買ってあげたくないわけがない。まるでこんな親の心を見透かしているようだ。幼いからといって侮れない。こんなやり取りの後もやっぱり走り回るのをやめず(ああいうしかり方はやっぱりよくないのね)、とうとう店の人からも注意され、それでもやめないものだから、今度は店の人があめを持って来てくれた。すると、まだご飯をほとんど食べていないのにユウは飴の包み紙をさっさととって口に放り込んでしまった。でも、それではご飯が食べられなくなってしまうので、皿に吐き出させて、逃げ回る小童どもをダンディと一人ずつ拘束しては何とか食べさせた。やっとの思いで全部食べさせて、最後にさっき出した飴を食べてもいいよとユウの前に差し出したら、これまた「いらない。ユウもう飴食べない」と、のたまった。またですか・・・。もう。これを聞いたアッパが、「そう、分かった。もう食べないんだね」とあっさり引っ込めようとすると、ユウ、「ねえ、アッパ。飴がもったいないじゃん、て言ってみ」(爆)ときた。これにはダンディと顔を見合わせておなかを捩じらせて笑ってしまった。ひとしきり笑ってから、ダンディが「飴がもったいないじゃん、食べて」と飴を口に入れようとしたら、最初は嫌がるそぶりをしたものの、すぐ口を開けていた。もらったときのうれしそうな顔といったら。以上、天邪鬼なユウの話でした。ちなみにトゥェジトゥルチギ、真っ赤な色のわりには思ったほど辛くなく、結構食べられた。おいしかったほうだと思う。(でも、今夜はゆっくり味わう余裕がなかったけど。)
2005.02.19
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先日はうちのダンナ・ダンディーさんの誕生日でござりました。で、うちの近くにケーキと花束を買いに出かけました。まず、パン屋さんに行きました。ケーキはチョコやモカや抹茶ばかりでフルーツのがありませんでした。子供がいるので困ったなと思い、店の人に話してみたら、今焼けたのですぐ作ってあげるということでしたので、お願いして待つことにしました。昔の私だったら、きっとがっかりしてある中から何か選んで帰っただろうと思うとすごい進歩したなあと、感慨にふけりながら。つぎは花屋です。でも、いってみるとなんと無くなっていました。韓国では店舗の入れ替わりが本当に早い・・・。T-T少しはなれたところにも花屋はありましたが、バスに乗っていったところに流行ってそうな花屋があったのを思い出し、そこに行ってみることにしました。バス停で待っていたら、見知らぬおばあさんに宗教の勧誘を受けてしまいました。逃げるところも無く、苦笑いで後ずさりするよりほか無くて困ったのですが、おばあさん、私のことを「イップンアガッシネ~」と言ってくれたので、まあ、それに免じて我慢してあげました。(←ただのバカ)ついた先はエキスポコア。やっぱり流行ってて花も新鮮です。せっかく来たから店をみてから帰ろうと思い、買う前に店内をぐるっと回りました。ここは輸入雑貨を扱う店が多くて見るだけでも楽しいのですが、値段もお高い・・・。結局何も買わずに戻ってきました。ふとみると、花屋とは反対の一角にも、花屋があるではありませんか。なぜか6,7人のおばさんが取り囲んでいて見にくいのですが、何とか中を見てみると、なんといろいろな花をアレンジした可愛い花束がいくつもある!!!ソウルではどうか知りませんが、テジョンでは、花束といったら赤いバラ10本!とか、ピンクのチューリップ10本!とか、とにかく同じ花だけ(しかもバラが圧倒的)というのが当たり前だったのです。せいぜいそこにカスミソウが入るくらい。ドラマティックかもしれないけれど、はっきり言って可愛くない・・・。早速その花束の値段を聞くと、一番小さいので2万ウォン!(2000円)やっぱり高いわね。もう一度先の花屋に戻って、黄色いチューリップ(ユウの推薦)はいくらか聞いてみた。1本1200ウォン。10本で12000ウォン。それにカスミソウ(4500ウォン。高い!!)も入れると16500ウォン。迷ったけれど20000ウォンの花束を買うことにした。こんなかんじ。 韓国の花屋さん、今みたいな画一的な品揃えとつまらないブーケ一辺倒じゃなくて、頑張っていろいろなアレンジの花束を作ってくれるようになってください!!!(追伸:せっかく奮発して買った花束なのに、ダンディは言うまでいつもとの違いに気づいてくれなかった・・・。しかもケーキも会社でも食べたからあまり食べたくないって・・・。ショック。しかし会社でケーキかってお誕生日会するなんて、いったいどういう会社だ?!)
2005.02.17
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今日は書きそびれていたけど気になることをひとつ書こうと思う。少し前の話になるが、1月末に両親と市内バスに乗ったときのこと。私も両親も、韓国のバスに乗るのになれておらず、バス停でうかうかしていたらバスに停止してもらえず乗りそびれてしまうという、お決まりの失敗を犯し、またひどい運転のせいで肘掛の無いつるつるシートの座席から振り落とされるんじゃないかという恐怖も味わいつつ、それでも何とか帰りのバスがうちの近くまで来たときのことだった。バス停で停車しようとしたら急にバスのエンジンから変な音がして、エンジンが止まってしまった。その後、運転手がエンジンをかけようとしても一向にかからなくなってしまった。運転手は、一人ドアを開け、外に降りていって、またしばらくすると戻ってきてエンジンを始動させようとするが、かからない。そうこうするうち、同じ番号のバスが後ろからやってきた。運転席の窓を開けて運転手同士なにやらしゃべっている。向こうのバスに乗せ変えてくれるのか、と思っていたら、なんと信じられないことに、そのバスはそのまま行ってしまった。運転手は、携帯電話を取り出してなにやらしゃべった後で、やっと乗客に向かって口を開いた。「少し待っていただかないといけません。エンジンが止まってしまって、かからないんです。どうしようもありませんね。」これだけ言うと、またバスの外に出て行って、たばこをふかし始めた。おーーーーい。なんやの、それ。それだけかよ。さらに待つこと十数分。2台目の同じ番号のバスが来た。今度は乗せてくれるのかと思いきや、またしてもそのバスは無情に走り去っていった。なんでやねん。両親と私はこのざまにかなりいらだっていた。母は、私が韓国語ができたら、何であっちのバスに乗せないのか文句言ってやるのに!とひそひそ声で話し、うちまでちょっと遠いけれど歩けない距離でもないから、もう降りて歩いて帰ろう、とまで言い出した。私もそうしたい気もしたけれど、私は元来好奇心旺盛なので、ことの顛末がどうなるのか知りたくて、もう少し待ってみることにしてもらった。運転手の対応もさることながら、バスの乗客たちの静けさも私の興味を掻き立てた。そのとき、バスの中には十数人の人が乗っていた。でも、バスが止まってからずいぶん経っているのに、誰一人、文句ひとつ言わず、静かに席に座って待っているのだ。ちょっとしたことでもワーワーギャーギャー言ったもん勝ちみたいに言うのが韓国人じゃなかったっけか?だのになんなんだ?このおとなしさは?結局、3台目のバスにやっと乗り換えさせてもらって、事なきを得た。止まったバスの中で40分くらい待っていただろうか。その間、誰一人、運転手に話しかけた人はいなかったのだ。驚異的だ。文句は言わなくても、後何分くらい待てばいいんですか、とか、次のバスには乗せてほしいんですけど、とか、何か言ってよさそうなものなのに。私なりに分析してみた。まず、乗客の中にいかにも口うるさそうなおばさんが乗っていなかったこと。おばあさんや子連れのお母さんやサラリーマン風の男性や学生はいたが、アジュンマアジュンマしている人はいなかった。それから、チュンチョンド、テジョンのあたりが、ヤンバンの土地柄といわれ、性質がおとなしいといわれる地方であること。それから、これは推測だけれど、こういう事態に慣れているのではないかということ。日本では考えられないけれど、こちらの運転手さんが毎朝バスの点検をしっかり行っているとはあまり想像できないから。(間違ってたらごめんなさい)そして、最後に考えられるのは、韓国の人って、意外と許容量が大きいのかもしれない、ということ。日本人は小さいときから人に迷惑をかけることは一番悪いことだと教えられて育てられるから、常識的な人であまり人に迷惑をかける人はいない。でもだからこそ、逆に迷惑をかけられた場合、少しのことでも腹を立てる傾向にあると思う。幼い子が店など公共の場所でちょっと騒いでも嫌がられるのがいい例だと思う。その点、韓国は大違いだ。幼い子どもたちはどこでも自由奔放に振舞っているが、注意する人はあまりいない。露天商が歩道を占拠して物を売っていて、ベビーカーをひいたお母さんが通れなくてやむなく車道にベビーカーを下ろしているのもみたが、嫌な顔はしていなかった。狭い路地に両側駐車して車がすれ違えなくなってしまっていて、片方の車は延々バックしなければならなくても、何年経っても状況が変わらないのは、しかるべきところに文句を言う人があまりいないからだろう。意外と懐が深いのか?韓国人。(単に外の世界を知らないだけ?)
2005.02.14
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ソルヨンヒュはソル(正月)ヨンヒュ(連休)、韓国2大名節のひとつでミョヌリ(嫁)の敵!毎年この季節になると女たちはみな朝から晩まで働き通し、ぼろ雑巾のようにくたびれ果てる。今年もそうなる・・・はずだった。が、そうならなかったのだ!世の中のミョヌリの皆さん、ごめんなさい!今年私はとても楽をしました~!!まず、いつもは何週間も泊まりで来るダンディのおばあさん(つまり、ユウとアイの曾おばあさん)が、来なかった!それに、今まで近くに住んでて食事ごとに来ていたチャグンチプ(叔父一家)が引っ越したので、これまた来なかった!さらに、もう一人の叔父も来なかった!そして、なぜか墓参りも行かなかった!本家にもお邪魔しなかった!クリスチャンだから、お供えも必要なし!先に来た義妹と義母で料理はみんな作ってくれていた!つまり、普通の連休のように、義父母とその兄弟の家族だけが集まって、うちでまったり過ごすことができたのだ!し、か、も。毎年大渋滞に巻き込まれ、8時間9時間車に閉じ込められていた教訓から、今年はKTXの切符を予約してゲット!ゆったり高速鉄道の旅!!うほほ~極楽極楽。あんまり楽なんで食後の皿洗いも楽しく感じられましたわ。さらに、テジョンに帰ってからはくるみさんとさせちんさんご一家ともお会いできて楽しい時間まで過ごせた!(ありがとうございました!!!)ま、名節恒例のシデク便秘(だんなの実家に行くと便秘になるのだ)と寝不足は避けられなかったけれど、そんなのはご愛嬌。大変だった皆様、お疲れ様でした。チムジルパンでもいってゆっくり休んでください!
2005.02.12
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韓国で子育てを初めて以来、もうずいぶん前から気になっていたこの言葉。「ヌガ、ヌガ、ヌガ」。泣いている子をあやすときによく使われる。意味は、「誰が、誰が、誰が」。後ろは省略されることが多いが、言う時もある。「ヌガ、ヌガ、ヌガ、ヌガクレッソ、ヌガ( 誰が、誰が、誰が、誰がやったの、誰が)」つまり、「誰が○○ちゃんを泣かせたの?」ぐらいの意味なんだろう。転んで泣いているときなら、十分分かる慰め方だと思う。「このつくえの角に頭ぶつけちゃった?この机悪いやつね、メンメしようね、メンメ!」なんて、日本語でも似たようなやり取りが想像できる。でも、私が気になるのは、しかられて泣いてるときにもこの言葉で慰めることだ。今朝の朝食の席でのこと。ちょっとしたことで私がしかった。というか、注意した程度だったと思う。(何でだったかな?たぶんご飯も食べないでお菓子をほしがったかなんかだったかな?もう忘れてる・・・。まだボケたくないよう~ (>_
2005.02.05
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昨晩、突然ボイラーが故障した。お湯が全く出ない。そればかりでなく、お湯の混じった水をだそうとすると、オンドル(床暖房)が切れてしまう。原因はさっぱり不明。で、ダンディーが説明書片手に寒いボイラー室で格闘したが、努力むなしく終わった。当然お風呂は中止。そういうわけで今日、修理に来てもらった。私がちょっとしゃべったら、その人、笑ってる・・・。何で笑ってるんですか?っていってみたら、「言葉が・・・」ですって。失礼しちゃうわね。外国人なんだから仕方ないじゃない。でも、あとで韓国語上手ですねって一応フォローしてくれたから、まあいいわ。で、修理は3,40分で終わったんだけれど、ちょっとした異文化ギャップ、今日も感じてしまいました。その一。まず、玄関を開けるなり、挨拶もそこそこにつかつかボイラー室まで突進して行った事。日本だったら、ちょっと見させていただきます。ボイラー室はどちらですかとか何とか、言うよね?その二。我が家のボイラーは昔からあまり調子がよくない。一度新しいのに取り替えたけれど、その後も床に茶色い水がたまることが多い。今日もたまっていた。それを見た彼、うわ、なんだこりゃ?!というなり、手近にかけてあったお部屋掃除用のちりとりを引っつかんでそれで水をざばさば掻き出してしまった・・・。一言断ってほしかった・・・。使い終わってその辺に放置されたちりとりを、私がすぐ洗っておいたのは言うまでもありません。その三。韓国のボイラーの仕組みはよく分からないんだけれど、今まで見ていた経験からすると、ふたをあけると普通水が出てくるようだ。彼は、以前オムツ捨て用に買ったバケツがおいてあるのを見つけて、それを水受けにしてふたを開けていた。これまた断りなし。て言うか、必要な道具なら持参すべきなのでは?もしうちにバケツが無かったらどうしたんでしょうか?彼が帰ったあと、見ると、バケツには茶色くて生臭い水がいっぱいたまったままにしておいてあった・・・。その四。風邪薬を飲まなきゃいけないので水をいっぱいくれといわれた・・・。彼が非常識なのではないことは、もうこれまでの経験で分かった。これが韓国式のやり方なのだ。いつもそうなのだ。こうしてみると、日本のサービスってすばらしい!!!外から見ると、日本のいいところが(悪いところも)いっぱい見えてくる。韓国に来て、私は日本が確かに好きになった。
2005.02.04
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日本から節分用の豆を持ってきたので、初めて豆まきをした!!!ユウにとってもアイにとっても初めての体験。私がボール紙に鬼の顔を書いて、ユウに色を塗らせ、切り抜いて輪ゴムを漬けて、鬼の面、完成~!!本当はダンディに鬼役をさせようと思っていたのだけれど、ダンディは夕飯を食べてすぐ会社に戻ってしまったので、仕方なく私が鬼役。豆も木の升に入れてみた。うんうん、いい感じ。ユウとアイに「鬼は外!福は内!」っていいながら、鬼に豆を投げるんだよ、と教えたのに、ユウは最初っから「鬼はうち!」って言っちゃった。アイは黙々と食べるほうに走ってた・・・。部屋に食べ物をまくという、いつもなら怒られる行為にびびっているのか、ユウは1粒2粒ずつ投げては拾って食べていた。しかも、4,5回投げたら、鬼、外へ行って~!と言い出したので、私は玄関に逃げて鬼役終了。今度はユウが鬼やるというので、ユウにお面をかぶらせて鬼はー外!でも、アイは相変わらず食べ続けていたわ・・・。(しかも、あとで全部吐き出しました・・・。アイにはまだ硬すぎたのかな?もったいないことした!(私は無類の豆好き))楽しかったようで、ユウは、残った豆をみて、明日もやろうね!といっていた。いや、節分は今日だけなんだけど・・・。
2005.02.03
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アイ、実は韓国に戻ってからオリニチプで本格的にトイレトレをスタートした。こちらでは排便訓練という。物々しい・・・。なぜこの寒い時期に?!とも思ったが、オリニチプはあったかいし、ほかにもう一人トレーニングを始めたばかりの子もいるし、年齢的にもう20ヶ月で遅いくらいだから(!)とのこと。さすが韓国、オムツはずし早いなあ。日本では3歳になってもオムツしてる子もいるなんていったら先生卒倒しそうだわ。で、うちでもオムツをはずして生活してくださいといわれた。オムツをせずに綿のズボンをはかせてくれとのこと。で、そうしたら、早速ウンチをした。T0T気づかずにズボンを脱がせたら足にウンチのあとがだらっとついている。んん?と思って下を見たら、ブツが足首の絞りの中に落ちてた・・・。それからは、日本で買ったトレーニングパンツを中にはかせたが、まあよくおしっこすること。すぐ4枚のパンツはなくなってしまった。そんななか、昨日、お兄ちゃんがおしっこするのをアイが見に来たので、アイもする?ときいてみたら、考えてからこくっとうなずいた。しめしめ。そろそろする時間だしうまく行くかも?!と思って座らせて、近くに座ってシーシーといってみたが、出ない・・・。ま、そうすぐには無理かな。そう思ってお兄ちゃんのズボンを上げていたら、後ろからチョロチョロと水の音が・・・!振り返るときょとんとアイが便座からこちらを見ている。やったあ!おしっこトイレでできたね!といってキスをして抱きしめてあげた。アイもとてもうれしそうに笑って、便座の中を覗いて指差していた。お兄ちゃんも、「ユウのおしっことアイのおしっこが混ざった!」と、わけの分からないことに喜んで興奮していた・・・。これはまだ偶然だろうけれど、成功するとやっぱりうれしい。先生によれば、1,2ヶ月かかるということだったけど、早くできるようになるといいね、アイ!ただ、最近アイについてはちょっと心配なことがある。韓国に戻って最初の2日間ぐらいはオリニチプに行くとき泣かずに行っていたのに、最近ひどく嫌がっておお泣きするのだ。もう、うちを出るときから。コートを着せるのも靴を履かせるのも一苦労。それに夜中にも突然起きて泣いたりする。やっぱり環境が変わったことでストレスを受けているのかしら・・・。先生と相談したけれど、とりあえず1週間様子を見ようということになった。アイ、ごめんね。強くなってね。
2005.02.02
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