歌 と こころ と 心 の さんぽ

歌 と こころ と 心 の さんぽ

2025.08.21
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 午後1時を回って、やはり風が冷たくなってきた。天気は良いが少しづつ雲も出て来て、太陽を遮ると途端にひんやりしてTシャツのままではいられなくなってきた。ここで仮にも夜を過ごすことなどとうてい無理な、嫌―な感じの冷たさだ。山の夜はかなり冷えるのだろう。セーターを持っているわけでもないし、あまりゆっくりはしていられない。20分ほど休んだだろうか。最後の力を振り絞って小屋まで登ることにする。
 小屋に泊まることに決めてからは随分と気が楽になった。この出鱈目にキツイ登山道を今日は下らなくてもいいと思うだけで、逆に登るためのエネルギーが湧いてくるというもの。確かに登る方が楽だ。下るには登る力の数倍の力が必要だ。今の疲れ具合では、滝一つ分も下りられそうにない。最後の意地で登ってやる。やっつけてやる。

 一つの稜線を越えて沢へ下り、河原の石だらけの道を登る。この石の道を歩くのが思ったよりキツイ。足が痛くなってくる。なるべく石の上に乗らず砂の部分を歩くようにするがどうしても石の上を歩かねばならず、膝から下が棒の様になってくる。石の河原も過ぎ、平坦な川沿いの道を暫らく行くと小屋が見えた。随分、時間がかかった様に思う。
 見えたが、屋根のほんの一部が見えただけということもあって、あまり立派な小屋には見えない。一瞬、目的の鳳凰小屋ではないのかとガッカリしたが、近づくと小屋はまともになり、小屋の前にヒゲ面の青年が立っていて「お疲れ様」と言ってくれた。やっと着いた。やったぞ。しかし、疲れた・・・。
 時計は3時を指していた。一体何時間かかったのだろう。6時半に登り始めたわけだから、8時間半。うへー、普通の足で5時間のコースを幾らゆっくりしていたからと言っても8時間はかかり過ぎだ。自分の能力の無さを思い知らされた。この程度なのだ。41歳のおっさんなのだ。気が若くても体力は年相応なのだ。自分を過信して日帰りも考えていたなんて・・・。
 缶ビールを飲む。600円也。ぐったりと足を投げ出して休む。数人の人が何やら食事でもしているのか、ゴソゴソと動いている。ヒゲのお兄ちゃんは無口だけど優しそうないかにも山の男という感じ。こいつが山の主人かな、いやに若いが。しばらくするとどこかで昼寝でもしていたらしく「寒くなってきた」とか言いながらオヤジが起きて来た。こっちが小屋の主人らしい。宿泊手続きをする。
 このオヤジがまたぶっきら棒な奴。一々言うことに愛想というものがない。必要な事を羅列するだけ。まるで思いやりとか気遣いというものがない。素泊まり?食事付き?なら5000円。それだけ。おしまい。取り付く島もない。山の男ってみんなこんな感じかしら。ヒゲの兄ちゃんは「お疲れさん」「泊まりますか?」とかけっこう愛想が良かったのに。

 「山と渓谷」9月号に山小屋の特集があり、アンケートで人気の山小屋一覧があった。南アルプスでは圧倒的に「北岳山荘」と「北岳肩ノ小屋」が人気の小屋だ。特に展望や立地がダントツの高得点。このアンケートの中に「ふとんが気持ちいい」というところに、こ鳳凰小屋が6位にランクされている。その他のアンケートには名がなく、ふとんのところだけに登場するというところを見ても、あまり特徴のある小屋という訳でもないみたいだ。事実、眺望が良いわけでもないし「主人の人柄に触れられる感じ」でもない。「プラスアルファの魅力がある」というのでもないし、「食時がおいしい」というのでもなさそうである。ま、山小屋というところに泊まるのは初めてなので、すべてが物珍しく、新鮮な体験ばかりでだ。
 食事の時間までは間があるし、他にすることもない。小屋の中は暗いし、本が読めそうな感じでもない。小屋の正面に地蔵岳が岩を露出した一風変わった姿をみせている。聞くと、1キロほどで1時間で登れるという。明日はあの地獄のような下りが待っている。あす頂上に登ってから下山という力は残っていない。ならば今日中に登らないと登り損ねてしまう。せっかくここまで来て一泊するのだし、登らずに帰る手はない。疲れているが荷物は置いていけるし、1時間程なら登れるんじゃないか。ゆっくり登ればいいことだ。缶ビールの勢いも手伝って、登れそうな気がして来た。
 よし、行こう。上まで行かなきゃ登山して来たとは言えないぞ。

 標高差約300m。さすがにキツイ。頂上直下だから一番きついのは当たり前だ。小屋までの途中の岩だらけの道とは違って、木の根と土のアスレチック・コースの様だ。根っ子をつかみよじ登るように登って行く。小一時間かかって頂上直前まで来ると、ここからが亦大変だった。砂地になっていて、靴が滑ってやけに疲れる。まるで富士山の砂走を踏み固めた様なところを登っていく様だ。空気も薄いのだろう、息が切れる。しかし、大きな石の山とも呼べる頂上が目の前に迫っている。大きな石が聳え立ち、こんな山は見たことがない。雄大な姿。どうしてこんな石が頂上に残ったんだろう。転げ落ちもせず、ちょうど米粒をタテに重ねた様な形で安定している。あそこまで行けば四方の山々を眺められる。富士山も見える。ガンバッテ登ろう。
 頂上はまるっきり石の山だ。ケルンの様に石を上へ上へと重ねて、その真上に当たるところに最も大きな岩をタテに突き刺したような感じ。かなりの高さがあり、とてもその岩のてっぺんまでは登れない。ハーケンとザイルでもなければ不可能だ。フリークライミングのプロなら登っても登れない事はないかも知れないが、登ったとしても下りることができそうにない。つるんとした角のない岩で、北アルプスなどの山で見かけるゴツゴツした角のある岩ではなく、川原にある様な表面が丸くなったツルツルの岩である。いったいどうしてこんな丸みを帯びた岩がこの山の頂上にあるのだろう。日本昔話の様に、だれかがどこかから運んできて、おむすび山のてっぺんに積み上げたという感じ。自然の不思議さを思う。
 北アルプスの風情とは全く違う南アルプスの山々。岩肌がむき出しの処はあまり無く、樹木が茂って優しく包み込んでくれる。険しいと言っても刺々しさはなく、自然の溢れた土の香りのする山という感じ。

 6へ続く
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最終更新日  2025.08.21 11:13:53
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◆2006年5月8日よりスタートした「日歌」が千首を超えたのを機に、「游歌」とタイトルを変えて、2009年2月中旬より再スタートしました。
◆2011年1月2日からは、楽歌「TNK31」と改題しました。
◆2014年10月23日から「一日一首」と改題しました。
◆2016年5月8日より「気まぐれ短歌」と改題しました。
◆2017年10月10日より つれずれにつづる「みそひともじ」と心のさんぽに改題しました。
◆2019年6月6日より 「歌とこころと心のさんぽ」に改題しました。
「ジグソーパズル」  自作短歌百選(2006年5月~2009年2月)

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