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私信、インターネットが繋がりませんえーんで、プロバイダのサービス窓口に電話したのですが、こういうオペレーターって、「パソコンしたい」というような初心者から上級者までを相手にしないといけないわけで、しかもPCの画面も見ないで声だけで応対しなきゃいけないって、大変だなあと思った次第というわけで更新頻度が下がります道草、壁から蛇口in堀切界隈壁から蛇口がにょっきり生えています色も壁と同じです
2014.10.31
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♪花咲き花散る宵も銀座の柳の下で先ごろ、江戸東京博物館の企画展「東京オリンピックと新幹線」を見まして、展覧会の構成は1.太平洋戦争後の生活2.新幹線ができるまで3.東京オリンピックが開催されるまでみたいな感じでしたが、一言いいたいことがありますそれは1.のコーナーに三洋の噴流式洗濯機(1953年発売)がなかったことです戦後の三種の神器ってあるじゃないですか・洗濯機・白黒テレビ・冷蔵庫ですが、戦後の生活を変えたのはボクは洗濯機、それもそれまでの約半分の価格で市井に広まった三洋の噴流式洗濯機(1953年発売)だと思いますボクは長期のキャンプツーリングなどをしたときには、洗濯物を手洗いというか足踏み洗いするんですが、3人日分をやっつけるのに小一時間かかります当時の家族は三世代同居が当たり前でしたから、家族全員分の選択ともなれば、主婦にとってこれは大変な労働ですこの重労働から主婦を解放したことで、次のような変化があったと推測します1.洗濯機で主婦の可処分時間が増える2.主婦がパートタイマーで副収入を得る3.生活に余剰のお金が生まれる4.冷蔵庫を買う、ビールがうまい5.テレビを買う、オリンピックに夢中スーパーのハシリ「主婦の店ダイエー」の開店は1957年で、スーパー誕生によりパートタイマーという働き方が生まれたのだと思いますそれが生まれるまで、主婦が収入を得る手段は、知り合いのつてを頼った仕事か、でなければ内職くらいしかなかったんじゃないかと思いますつまり戦後日本の生活を大きく変えた、その画期的な製品がこの洗濯機だと思いますそれは置いといて、同時開催の写真展モダン都市 銀座の記憶も見物しましたこういう定点観測、好きです今はありませんが、昔銀座の通りには銀座が植えられていたそうです柳、その理由は、銀座は地下水位が高く、水に強い柳が選ばれたらしいですそういえば、時代劇の水路の周りに植えられているのも柳です柳に風ではなく、水には柳です話は変わって上野なんですが、上野公園にはソメイヨシノが植えられ、春には花見の名所になっていますその一角には不忍池がありまして、そちらにはソメイヨシノはありませんそして点々と切り株がありますなぜ?とは思わず、特には気にしていませんでしたしかし先日、不忍池のほとりを歩いていると、その切り株の撤去工事のための目印と思われる紙が張られていまして、そこには「ソメイヨシノ」と書かれていますあー、ここにもソメイヨシノが植えられていたんですねきっと、不忍池のほとりも花見の名所だったのだと思いますでもきっと、池の水分が原因で、みな、枯れてしまったのでしょう不忍池のほとりには、ソメイヨシノではなく柳を植えるべきだったんですねとはいえ柳は花見には向きませんむしろ幽霊の名所です花見ではなく怪談です稲川淳二さんを呼びたいです道草、豪華な踏み切りin堀切なんだか豪華な踏み切りですフミキリinホリキリ韻も踏んでいます
2014.10.21
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「なぜ人を殺してはいけないか」「なぜ人の物を盗んではいけないか」を自然淘汰説で説明します自然淘汰説とは、チャールズ・ダーウィンの進化論の肝です生物は突然変異を起こし、そのうち繁栄に有利な変異をした種は生き延び、不利な変異をした種は滅ぶというあれですある集団を、たとえば「くに」を種の一つと見立ててみます仮に、人を殺しても物を盗んでもいいクニがあったとします漫画「北斗の拳」の世界ですねそういうクニでどうでしょう国民は真面目に働いても、殺されたり盗まれたりしたら、意味がありませんどころか、働くより盗んだ方が楽ですし、相手が抵抗するなら殺せばいいのですこんなクニでは、誰も真面目に働こうとはしませんところで、「銃・病原菌・鉄」という本を読みましたまあ長い本でしたが、その論旨をまとめますと・ユーラシア大陸は東西に長く、アメリカ・アフリカ大陸は南北に長い、オーストラリア大陸は砂漠・東西に長い大陸では、同じくらいの緯度に似た気候の地域が連続し、その一部で作られた家畜・作物が東西に伝播する・それに対して南北に長い大陸では、それが起こらない・砂漠は無理・家畜・作物を得た地域は、生産性が高まり、多くの人口を養える・人口が増えれば、科学技術も進み、鉄を発見し、鉄砲を発明する・と共に、病原菌も繁栄し、それに対抗して人の免疫力も高くなる・その結果、ユーラシア人(というかヨーロッパ人)が世界を席巻したという内容ですなるほどなあと思う反面、じゃあなぜそれがヨーロッパ人であって、アラブ人や漢人ではなかったのかということに対しては言及がなかったのが残念ですアラブ人に対する仮説アラブ人は砂漠を渡りますそれに対してヨーロッパ人は地中海、海を渡りますヨーロッパ人が船を発達させたのに対して、アラブ人はラクダですラクダでは大西洋を渡って、アメリカ大陸に行くわけにはいきませんだからアラブ人は世界を席巻しなかったのでhないかと漢人に対する仮説中華思想とは、漢帝国の領土あたりが世界の中心で、そこが雅であり都であって、そこから離れた場所は鄙(ひな)であるという感覚だと思いますだから漢人たちは、その領土を鄙に広げることには興味を示さず、むしろ中華に侵入しようとする野蛮人たちを懐柔することに腐心をしたのだと思います脱線を続けます中華から見た野蛮人の呼び方は・北狄(ほくてき)・東夷(とうい) ・南蛮(なんばん)・西戎(せいじゅう)この文字が面白いです「狄」は火を使う獣「夷」は弓を射る人「蛮」は二本足の虫「戎」は戈(鎌丈の武器)を使う人なんじゃないかと思います漢人にとって、中華の外はそういう野蛮人が住む世界で、そんな僻地を支配してもしょうがないという感覚だったと思います従って彼らも、海を渡るための船を発達させなかったのではないかとついでながらに「倭」ですが、字面からは「米好きで女が威張っている人びと」とも読めますが、康煕字典には「貌」に同じとの記載がありますこの字の字面をから感じるのは、「二本足で立つ豸」なんじゃということです「豸(ち・じ)」は「足のない虫」の意味で、ナメクジやミミズのことを指しますひどい言われようですえー、話を戻しますと、北斗の拳のクニでは、生産性が低いですそのクニの中では、力があるものが得をして繁栄するでしょう力がない者は淘汰され、ケンシロウやラオウばかりのクニですこのクニは、生産性は低いですこの暴力が秩序で生産性の低いクニが、法や倫理が秩序の生産性の高いクニと出会ったらどうなるでしょうか法や倫理のクニが、暴力のクニに勝つでしょう生産力の低いクニは、高いクニに淘汰されます現在、国際社会の中にある種=クニで、生き残っているのは全て法や倫理を秩序とするクニですその中で、暴力が力として使う、つまり「人を殺す」「物を盗む」ことをすれば、それはその社会を弱体化させる個体であり、そのクニから排除されるべき存在ですまとめますと・日本(やその他の国際社会にあるクニ)は、法や倫理によって生産性を高めることで、生き残っているクニである・それに対して有害な行動を行う(人を殺す・物を盗む)ものは、クニから排除される・従って、このクニの中で生きていくには、それらの行動を慎むべきである殺しや盗みをすれば、クニがあなたを殺しにきますよ、とだから「人を殺してはいけない」のです余談ながら、戦争について戦争では人殺しを認めてどころか奨励しているじゃないか、という意見に対する反論です戦争は、いわば種と種との争いで、他の種を滅ぼすことに対しては、クニは積極的です在来のザリガニの一部がアメリカザリガニを攻め滅ぼしても、彼らは在来ザリガニからは賞賛はあっても、排除はされないです異なるクニの間では、暴力が生産性を高めることもありますとはいえボクは、戦争を望みませんだってねあなた、どこの誰だか分からんやつを殺すのに、自分や家族友人の命を危険にさらすなんて、そんな馬鹿げたことはないと思いますどこの誰だか分からんやつの命と、自分や家族友人の命と、絶対割りに合わないじゃないですか相手にとっても同じですいやですよ、戦争みんな、仲良く道草、堀切橋という主張電車に車窓から見えました「堀切橋」の文字しかし電車からは90度、横を向いています誰に向けて、何のための主張でしょうか
2014.10.13
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カルピスの旧マークはジョセフィン・ベーカー子供心にアレは、黒い帽子をかぶった犬かなんかだと思っていましたそれがね、黒人だと聞いて、色は確かに黒いけど、人なの?あれが人?ずっと謎だったのですアレhttp://nakaco.sblo.jp/article/46059528.htmlその謎を胸に大人(おっさん)になりましたで先日、怪人・荒俣宏さんの「広告図像の伝説―フクスケもカルピスも名作!」を読みまして、氷解しましたところで荒俣宏さんについて、あの養老猛さんが確か「化け物」と呼んで(書いて)ましたが、ボクはむしろ怪人とか妖怪の方がぴったりだと思いますで、アレはジョセフィン・ベーカーさんという、アメリカのジャズ歌手で女優の人がモデルですジョセフィン・ベーカーさんhttp://equals.youplusme.com/josephine-baker-dancer-spy-subverter-of-racial-assumptions/カルピスのアレ=ジョセフィン・ベーカーで間違いないと思います別名・黒いビーナスだそうですで余談ながら、彼女がブレイクした1920年代、欧米人の間で色黒もはやったらしいです肌を好んで焼く白人もいたそうです1920年代といえばその最後の年である1929年は、世界恐慌ですよく調べずに書きますが1920年代、世界はバブル景気みたいな感じだったのではないかと思いますそこで思い出されるのは、日本の1985~90年頃、まさにバブル時代ですあの頃って、ヤマンバギャルがはやってませんでした?好景気と色黒、何か関係があるのかもしれませnついでながら焼きすぎ黒すぎで知られる「たいめいけん」三代目の茂出木浩司さんですが、彼が生まれたのは1967年です1985年は18歳、1990年は23歳です彼の青春時代はバブル景気と重なります何か関係あるのでしょうか道草、建物日焼け跡in堀切界隈赤瀬川原平さん主催の路上観察学会でいうところの「原爆」タイプなんですが、そのネーミングはなんとかならんのかと思います思いましたので、ここでは日焼け跡と呼びますかなり立派な日焼け跡です
2014.10.06
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今NHKの大河ドラマでは「軍師官兵衛」をやってて、面白く見ています秀吉の家来におけるおね党と茶々党に関する考察です加藤清正や福島正則は、秀吉が若い頃から仕えた子飼いの家臣です美濃生まれが多いですたぶん、彼の正室おねが実の母のように彼らの面倒をみたのでしょう彼らは戦争の現場で勢いをつくって、配下の勇気を鼓舞しその勢いに乗って相手に襲いかかる猛将タイプです猛将タイプの武将はおね派です一方で、石田三成や長束正家は、秀吉が出世してからの家臣です近江生まれが多いです近江といえば浅野長政ですが、彼は織田信長に討たれますしかし彼には遺児がいましたその一人が秀吉の側室の茶々です彼らには茶々に対して、近江の殿様のご息女という親しみがあったかもしれませんさらに、近江は交通の要所で、ソロバンを得意とする人が多いですって、司馬遼太郎さんの受け売りですが彼らは戦場で敵に対峙する前に、勝つための兵力、それを維持できるだけの兵站を確保する知将タイプです知将タイプの武将は茶々派ですしして子飼いで信用が置ける猛将には、遠い大国=大戦力を与え、地方の反乱を抑えさせるにわか雇いで信用が薄い知将には、機内に近い小国=小戦力を与え、ソロバンをさせるというのが、秀吉の統治の仕組みです司馬さんの(略)で、この勝ちゃいいんだろ、という猛将と計画と規則を重んじる知将と相性が合うはずがないんですね調べないで書くんですが、朝鮮出兵全体の計画を立てた三成それを無視して、行け行けGoGo!で前進する清正あいやお待ちくだされ、それは計画に御座らん、という小西行長(堺出身、ソロバン派)飢える清正、勝手に講和する清正それを三成にチクる行長、そして秀吉にチクる三成うまくいくはずがありませんそういう人間関係が当時、あったのではないかと思います秀吉は、その出世の道中にあっては、とにかく実を上げることができる猛将を必要とし、天下を取ってからは、行政まで含めた算段ができる知将を必要としたのだと思いますこの二者のあつれきを解消できなかったのが、豊臣家滅亡の原因だったのだと思います猛将vs知将というのが、秀吉配下の武将の仲たがいの原因だったのではないか、その決着をつけたのが関が原だったのではないかとと以下、余談です中仙道を米原から彦根に向けて歩いたことがありまして佐和山城跡の周りに田んぼが広がっていますその中に、みっちりと民家が集まっている一角がありますしかも道は狭く、家々は古いですあの田んぼは、元は佐和山城の城下町で、あの家々は、三成が廃されたあとも彼を慕って残った家々の子孫の方々ものではないかと思います三成って、今回の大河ドラマでもそうですが、とにかくイヤなヤツとして描かれがちじゃないですか彼は堅苦しい融通の利かない、冗談をいったら、「それで?」とかっていう人だったかもしれませんが、ボクはそれだけじゃなかったんじゃないかと思うんです元佐和山城下町(推定)のすぐ近くには、彦根城があります彦根藩といえば、徳川四天王の一人、井伊掃部守(いいかもんのかみ)の居城です徳川家重臣中の重臣が、この辺りを治めていたんですそういう環境の中で、あそこにい続けるというのは、相当に石田家を慕う気持ちがある人たちだったと思いますそれも、家の規模からすると町人か農民です三成って、その多くは「イヤなヤツ」として描写されるじゃないですかでもね、堅苦しくって融通が利かないというのは、いいかえると理不尽なことはしない人だと思いますしかも、庶民思いの人だったんじゃないかと思いますボクはね、三成を支持したいです案外ね、付き合ってみるといいヤツだったんじゃないかと思います余談2映画「のぼうの城」三成が格好よく描かれていて、嬉しいです三成ファンにお勧めです余談3井伊直弼あの人も悪人に描かれがちですよね直弼はしかし開国派で、日本の将来を憂えた人ですボクは彼も支持したいですただ彼は、尊王の思想がなく、それがために戦前日本において、悪人にされたのではないかと思いますたぶん直弼は、家康さまはなんで朝廷と天皇を排除していかなかったのかと、そんなことを思っていたんじゃないかと思いますそれが、徳川光圀の「大日本史」の感覚もあって、後日、彼が悪人と思われた原因じゃないかと思います石田三成と井伊直弼、捨てたもんじゃないです明智光秀は・・・よく分かりません道草、鳩マンションin堀切界隈堀切界隈のほんとに細い路地を歩いていたら、ところでほんとに細い路地って、怖くないですかボクの場合は人さらいや痴漢は怖くないんですが、犬がね、怖いですいきなり、ワウワウと吼えられやせんかとで、いきなり出会ったのがこれですワウワウではなく、クルックークルックー鳩のマンションですそういえば、伝書鳩という競技があると聞いたことがありますそういうお家でしょうか
2014.10.01
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