JINさんの陽蜂農遠日記

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オジン0523 @ Re:再び大涌谷へ(05/16) 朝食の食べそこないとは? 深酒? であれ…

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2018.12.20
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カテゴリ: 国内旅行
この日(11月25日)は『香嵐渓』の紅葉見物に3人で向かう。
『香嵐渓』は、愛知県豊田市足助町にある矢作川支流巴川がつくる渓谷。
ここ10年以上何故か?連続して訪ねている紅葉の名所。
名鉄・東岡崎駅前のホテルを5:40前に出発し、旅友Kさんのご自宅に5:50前に到着。
そして3人で香嵐渓の落部駐車場に1時間弱にて到着。時間は6:33。
紅葉渋滞に巻き込まれない為には、駐車場に早朝7:00前に到着しなければならないことは
長年の経験で学習済み。
しかし食堂『のんびり』の時計は今年も壊れたまま3:50なのであった。



今年の香嵐渓の『もみじまつり』のポスター。

100年前は1918年(大正7年)なのである。
1918年は第一次世界大戦終結、日本では米騒動で寺内内閣総辞職→原内閣成立
(日本最初の政党内閣)
そして政治家:田中角栄・中曽根康弘が生まれた年であると



7時前に車を離れ散策開始。
足助地区の汚水マンホール
「あすけ」と大きな文字が入っていて、中央に香嵐渓にかかる待月橋、紅葉があり、
左端には五平餅、右上には和紙と竹籠で作られた行灯のたんころりんが描かれていた。
足助の観光PR満載のマンホールなのであった。



まずは足助の町並みを散策。
足助町(あすけちょう)は、愛知県東加茂郡に属していた町。豊田市の東隣に位置し、

奥三河の拠点のひとつである。2005年(平成17年)4月1日に近隣町村
(藤岡町・小原村・旭町・稲武町・下山村)と共に豊田市へ編入された。
現在、旧足助町役場の場所には豊田市役所足助支所が設置されている。
『足助山 宗恩寺道』の<道標のところから奥に延びているのが『マリリン小路』。
入口にはマンリン書店が。新町の東端、本町との境界付近にある書店。屋号が「萬屋」で、

店内にはギャラリーやカフェも設けられており、足助観光の拠点にもなっている。



足助川沿いに続く旧道を歩く。
足助を貫く旧道は江戸時代まで伊那街道と呼ばれ、長野県の飯田へとつながる
「塩の道」だった。
別名は中馬街道。中馬とは荷物を背負う馬やその業者組織を意味すると。
電柱も電線も一切なし…、毎回思うのですが空が広いのです。



『地蔵堂』。
この堂は本来、紙屋鈴木家所有の堂であったが、昭和18年香積寺に寄贈されたと。
平成27年2月に伝統的建造物群の補助金で修復された。
堂守はいませんが、町の有志でお守りしているのだと。



ご本尊の地蔵菩薩はめずらしく座っていた。
ここには、願いを叶えてくださる「抱き地蔵」と、痛いところと同じ部分をさすると治ると
言われる「おびんずるさん」が安置。



問屋の町「足助」。
唯一残る塩問屋の店舗「莨屋(タバコヤ)」。
江戸時代から明治38年専売制度が開始するまでの間、足助には13件の塩問屋が並ぶ、
町を挙げての商いであった。莨屋はその中でも代表格であり、その作業場を塩座と
呼んでいた。莨屋の建物は文化財にも指定されていると。
混ぜ合わせた合わせ塩だと。この塩を合わせることを「塩直し」、「塩ふみ」と呼んでいた。
そして足助の塩として、足助直しとして信州は塩尻まで運んだと。
これが三河湾の塩も瀬戸内海の塩も信州に運んだ塩の道であったと。



『平入り型の商家』田口家。
平入(ひらいり)とは、日本の伝統建築において、建物屋根の「棟(むね)」に対して
直角に切り下ろした側を「妻(つま)」、棟と並行する側を「平(ひら)」とした場合、
平入とは建物の出入口がこの「平」にあるものをさす。




『三嶋館』
以前は旅籠を営んでおり、天保年間(1830-1844)に建てられた旧三嶋館(太田家住宅)。



右手に『シシコロッケ』の幟が。



『井筒亀』。
足助の古い町並み沿いにある老舗和食処。



店前の駐車場のフェンスに巨大なイノシシの毛皮!
シシ鍋が人気料理。



地面にも。



『えびフライ』??のポスター。
観光庁長官賞を受けた『レストラン旭へようこそ!!』

リスが松ぼっくりを食べると「えびフライ」になる!! そんな答えを探しに
旭へお越しくださいと。



『〆縄』。
これは足助祭りの山車を警護する火縄銃に付ける〆縄だそうで、
五穀豊穣と無病息災の意味が込められていると。



この鳥居は「お釜稲荷神社」の朱色、透き通る秋の空に映えていたのであった。



『稲荷大明神』の幟が並ぶ。



四季咲き桜も満開。



お釜稲荷神社のすぐ横に巨大なお釜が出現!なんとも見事な釜。



『お釜稲荷神社』。
釜稲荷は以下のような言い伝えがあるのだと。
『昔、700年前ほど前じゃがのう。一升釜を一つ下げた白髪の老人があらわれたのじゃ。
この老人、どういう力をもっていたのか、占いから予言まで、百発百中、あたらぬということは
なかったそうな。村人たちは、老人のところへ教えを請うては集まってきたのじゃ。
するとのう、老人はいつも一升釜でご飯を炊いて「サァサ、どんどん食べなされ」とふるまったが、
どれだけ食べても、お釜の中のご飯はなくならないのじゃ。不思議に思って聞いてみると、
「われは、これより三十里離れた山奥に住む平八稲荷であるぞよ」と言ったかと思うと、
どこへともなく立ち去ってしまったということじゃ。それから数百年。
足助の領主の本多淡路守様に、夢でこのことが告げられたので、淡路守様は、この釜をさ
がしだされ、陣屋の裏に祀られたということじゃ』

既に終わった『足助祭り 2018』のポスター。
「足助まつりは、足助八幡宮(白鳳2年創建)のお祭りです。 文正元年(1466年)再建の
本殿は国の重要文化財に指定されています。遺されている文化財も多く、特に慶長17年
(1611年)に奉納された「鉄砲的打図板額」(県文化財)は、東京オリンピックで
射撃競技のプログラムの表紙に使用されました。
1700年代中期以前より、現在に近いの形のお祭りが行われていた様です。
西町、新町、本町、田町の4台の山車が有り、町内を引き回します。
かつては、5日間かけて行われていましたが、現在は2日間に縮まり、土曜日を試楽祭、
日曜日を本楽祭と呼んでいます。
土曜の夜は御神輿渡行もあり、町内を御輿が巡行されます。」と。



明治期に作られた田町新道を進み 『観音山』の下に到着すると招き猫が迎えてくれた。
この観音山の紅葉は第二の香嵐渓とも呼ばれる、足助の隠れたもみじの名所なのである。
香嵐渓に陽光が射す前の7時過ぎから山頂付近から陽光が射しこむのである。
そして山頂付近には観音寺がある。木造天部立像は豊田市指定文化財。



『観音寺の由来』



大観音城は、城山城とは谷ひとつ隔てた東側の山に築かれた山城。
登城口から山の中腹にある観音寺まで遊歩道を登る。 
途中、曲輪と切岸、土塁が何ヶ所か見られる。 
この観音寺が建つ場所が、大観音城の城主居館があった曲輪で、城内で一番広いところ。



観音山入口の階段を上る。
少し登ったところにある、牛頭天王社(ごすてんのうしゃ)。
牛頭天王は日本における神仏習合の神。釈迦の生誕地に因む祇園精舎の守護神とされたと。



落ち葉に覆われた、そして小枝が至る所に横たわった観音寺の参道を上りながら
照紅葉(てりもみぢ/てりもみじ)を楽しむ。



早朝の陽光と紅葉と黄葉のコラボ。



大観音城の城主居館があった曲輪から足助の町並みが。



これぞ『燃える秋』。
この朝も我々3人以外に人の姿はなし。



竹林にも陽光が射しこむ。



観音寺。本堂は、かなり傷んでいて、「倒壊の恐れあり」の看板が。
しかし、ここはこの城の武将の居館があったらしいと。
本堂から山頂までの間に曲輪が続き、山頂の主曲輪から派生する東尾根と北尾根にも
曲輪を確認することができるようであるが、整備された道は無く素人には?



石仏も陽光を背に。



本堂正面右には、堂の中に多くの石仏が納められていた。



そして帰路も紅葉の輝きを見上げながら。
紅葉が美しく抜けるような秋の青空に映える様子は目に眩しいのであった。



紅葉のトンネルを下る。



紅葉に陽光はMUST。
見上げる顔が真っ赤に染まりそう。



『御獄大神』。



古い街並みを」再び歩く。
大きな立派な看板がある『丸一志賀商店』(酒屋)。
昨年は確か店頭に自販機が設置されていたので、「自販機が邪魔である」と
我が儘にも書き込んだ記憶があるが、今年は自販機は無くなっていたのであった。



『旅館 山城屋』。
毎年この山城屋の前を通ると「来年はこの旅館を予約して香嵐渓のライトアップを」と
旅友のSさんと語るのであるが・・・。



『酒とギフトのしばた(梅村商店)』。



『豊田市足助伝統的建築物保存地区』案内板。



先ほど訪ねた観音山の紅葉を振り返る。
今年も観音山の見事な紅葉に出会えたのであった。
下を流れる川が足助川。


『日月もなか總本舗  川村屋』に立ち寄る。
創業大正5年。南北朝時代の足助の大忠臣、足助重範公の旗印「日月」にちなんで
名付けられた「日月もなか」であると昨年?聞いたのであった。



お茶をご馳走になりながら、名物「日月もなか」を楽しみました。



『月ともみじ葉』、これぞ日本の秋の風景。



子供たちの折り紙も。






                               ・・・​ その13 ​・・・に戻る

                 ・・・​ つづく ​・・・





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Last updated  2018.12.20 21:41:27
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