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『旧東海道を歩く』ブログ 目次
途中、国道1号線・静清バイパスの丸子藁科トンネルを過ぎて静岡市駿河区丸子にある
『誓願寺』に立ち寄る。
『丸子城跡~歓昌院坂 ハイキングコース』」になっている誓願寺。
『戦国時代「今川」「武田」の山城、『丸子城跡(まりこじょうし)。』
「この丸子城は今川・武田戦国大名によって標高一三六米の三角山を中心に尾根沿に
南北五〇〇米にわたって多くの曲輪を階段状に築いてあります。
今川氏の時代に築いた山城を活用し、武田氏の国家的事業をもとに武田流山城を導入し
現在の丸子城を完成させたと言われています。
東海道の大動脈を抑え駿府方面が見通し駿府の防衛拠点としての要城でした。
自然を巧みに利用して築城された丸子城は当時の遺構がそのまま現存することでも有名です。
その存度は県内中の山城随一で全国的にもあまり例を見ない貴重な歴史的文化遺産です。
国の文化財に価する遺跡であると注目されています。
お城といえば天守閣を想像しますが、この城は中世の山城で「砦」としての防衛拠点でした。
遺構 本丸跡・木戸口・掘割・竪堀・曲輪・土塁」
丸子川に流れ込む小川に架かる木橋の先に誓願寺の山門が見えた。
『 大鑪山 誓願寺
』。
山門前の白線は、決してここに車を停駐車させないためか?
延命地蔵尊(右端)と太鼓坊地蔵堂(中央)。
小さな祠の中の太鼓坊地蔵は、高さ約75cm。
当時、誓願寺に太鼓を叩くのが得意な禅粛という修行僧がいた。だが、病弱で若くして
亡くなったため、不憫に思った師匠の同寺一三世達源和尚が、世の人々の無病息災と長寿を
願って祀ったのがこの地蔵である。
以前は村の入り口の丘の上に、この僧の故郷である尾張国(愛知県)の方向を向けて
置かれていたという。
8
年 (1788)
の建立なり。
誓願寺第十三世達源和尚の徒弟禅粛首厘は太鼓坊と云われる太鼓打ちの名主然し病弱で
若くして此の世を去った。
達源和尚は首厘を不憫に思い世の人々が三悪趣を離れ百病根を断ち長壽であるようにと
願いをこめて首厘の故郷の方向に向かって建立せしものなり」





























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