JINさんの陽蜂農遠日記

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2023.05.30
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カテゴリ: JINさんの農園
この日は5月21日(日)、前日に妻から、江ノ島で干潮時にしか現れない、江ノ島へ通じる
砂の道「トンボロ」が出現することを聞き、訪ねることに。
ネットにて、潮見表を。
5月21日(日)は大潮で11:33に干潮になり、潮位は-5cmとのこと
江の島は潮位が20cm以下になるとトンボロが現れ陸続きなるとのこと。
トンボロを日中歩いて渡れるのは、3月から9月(2022年)の新月または満月の干潮時のみ と。



自宅を10:15に出て、小田急線を利用して片瀬江ノ島駅に到着。
時間は10:47過ぎ。
改札口横には、新江ノ島水族館の協力で、クラゲが漂う常設の水槽があるのだ。




入っており、ゆっくり回転するように流れている。
二十匹ほどのミズクラゲがゆらゆら浮遊するしているのであった。



新江ノ島水族館によると、館外に水槽を常設するのは初めて。
少し離れた場所にろ過装置があり、地中を通した配水管でつなぎ、水温調節機能も備える。
異常が生じれば、近くの同館に警報が伝わり、対応する仕組みになっていると。



マリンブルーの神秘的な彩りの中をクラゲが回転しながらゆったりと浮遊しているのであった。







改札を出て、クラゲ水槽の裏側を見る。



小田急線の片瀬江ノ島駅を正面から。



駅舎は神社仏閣に用いられる「竜宮造り」 と呼ばれる技法を採用。
江の島の「五頭龍と天女の伝説」にちなんだ装飾も施されている。



1929(昭和4)年の開業時から「竜宮城スタイル」の駅舎で知られた片瀬江ノ島駅。

より「竜宮城らしい」駅に生まれ変わったのだ。



真っ赤な柱と緑の屋根、黄金に輝く竜の姿が。



楼門上層の窓ガラスには、江の島に伝わる「天女と五頭竜(ごずりゅう)」の伝説にちなんで
天女の絵が描かれていた。



別の場所からズームで「天女」を。



波間から立ち上がる黄金の龍の姿が。



屋根の上には 鯱ならぬイルカ が。



下層のアーチ部分の天井は神奈川県産のヒノキ仕上げで、竜宮城らしく四隅に カメの彫刻 が泳ぐ。



弁天橋 」を渡る。
路面には、陽光に輝く、江島神社の鳥居、藤沢市の花・フジそして江ノ島の姿が描かれた
パネルが埋め込まれていた。



「境川」には水上バイク)は走っていた。
運転手の背中には「試験中」と。特殊小型船舶操縦士の運転免許試験であったのだろうか。



弁天橋 」から 国道134号・「片瀬橋」その奥に江ノ島の姿 が。



「弁天橋」中央に置かれている像。
なめらかでふくよかなポーズが悩ましい。



雲の形 」と。



境川の上流側を見る。



そして「 片瀬東浜 」に到着。
時間は10:53 。干潮の時間は11:33とのことであった。
そして前方を見ると、 既に海が割れて砂の道が出来ていたの であった。



潮の引いた砂浜には多くの家族連れの姿が。
そいて沖には多くのヨットが。
熊手、バケツを持ち潮干狩りにTRYしている子供の姿も。



「湘南港」、「江の島ヨットハーバー」方向 を見る。



「腰越漁港」方向 を見る。



天童よしみの曲:「​ 珍島物語 ​」👈リンク を想い出したのであった。

海が割れるのよ道ができるのよ
島と島とがつながるの
こちら珍島(チンド)からあちら芽島里(モドリ)まで
海の神様カムサハムニダ
霊登(ヨンドン)サリの願いはひとつ
散り散りになった家族の出会い
ねえわたしここで祈っているの
あなたとの愛よふたたびと♫

♫遠くはなれてもこころあたたかく
あなた信じて暮らします
そうよいつの日かきっと会えますね
海の神様カムサハムニダ
ふたつの島をつないだ道よ
はるかに遠い北へとつづけ
ねえとても好きよ死ぬほど好きよ
あなたとの愛よとこしえに
霊登サリの願いはひとつ
散り散りになった家族の出会い
ねえわたしここで祈っているの
あなたとの愛よふたたびと♫



ズームして。
江の島の「 江島神社 瑞心門 」そして「 江の島シーキャンドル 」も見えた。



海が割れて生まれた砂の道 を進んで行った。



狭い場所でも10m以上の幅の砂の道が 出来ていたのであった。



「​ 【湘南】江ノ島 トンボロ現象(藤沢市) ​」👈リンク



江の島側には、平塚方面からの波が 「江ノ島大橋」下を通過して 押し寄せて来ていた。



普段なら、この場所は海の下。
「江ノ島大橋」の橋脚用の基礎も海面上に顕わに。
妻の話によると、昔は橋に下に砂の道「トンボロ」が出来たと。
時代とともに腰越方向に移動していると。



下部の円柱状の基礎の部分は海中にあるのだが、今日は!!



そして砂の道「トンボロ」の先には、護岸上に上る仮設の階段が設置されていたのであった。



仮設の階段前から、歩いて来た砂の道「トンボロ」を振り返る。



こちらが通常時の波の様子。
東からの波は「江の島大橋」の下を通過し、腰越方向からの波とぶつかるのだ。
このぶつかった場所が砂の道「トンボロ」となることが解るのであった。



護岸下の保護用の岩も完全に姿を現していた。



「江の島大橋」の橋脚用の基礎部を見る。



そして「砂の道「トンボロ」」の先にあった 仮設用階段 を見る。
この日の「砂の道「トンボロ」」の観光客用に藤沢市の観光協会が設置したものであった。
地元では知られた自然現象を観光コンテンツとして活用しようと、市観光協会が「トンボロ」を
渡って安全に江の島に上陸する手法を模索しているようであった。
「トンボロ」は長年にわたり江の島周辺地区の名物として知る人ぞ知る現象だった。
ただし、海の道が現れるのは3月から9月の新月または満月の干潮時のみで1時間ほど。
めったに起きないため、これまで同協会などが観光資源としてPRすることはほとんどなかった
とのこと。



護岸擁壁の保護用の岩が完全に現れて。



再び「砂の道「トンボロ」」を振り返る。



仮設階段を正面から。
安全管理のために観光協会の方も仮設階段の上で立ち会っておられた。



多くの方が私と同様に「砂の道「トンボロ」」を歩き、「片瀬東浜」からこちらに向かっていた。



私も仮設階段を上って護岸の上に。 最終段の踏み板と護岸擁壁の隙間が大きく
子供達の為には、 もう少し狭くする処置が必要 と感じたのであったが・・・。



                               ・・・​ もどる ​・・・



                 ・・・​ つづく ​・・・





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Last updated  2023.06.02 19:11:03
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