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今日は実家からです。茨城の、2人のひきこもり男性の家族惨殺事件を見聞きしてからは特に、私も兄に殺されるかもしれない。と思うのです。2つの家族の状況と私の家の状況はかなり似通ってるし。兄に殺されるかもしれないと思うのは別に今に始まったことではないですし。物心ついたときから、ずっと。個人的には、母は兄に殺されたようなものだとも思います。次は私なのかな。できれば死にたくないのだけれど。・・・。そんな私でも、大好きだよって言ってくれる彼がいて。もし私があの人に殺されたとしても。もしくは他の要因でこの世からいなくなっても。彼には幸せでいて欲しい。そう願うのです。ありがたいことに、彼は私を(今のところ(^_^;))好き好きって言ってくれて。もし私が突然いなくなったら、多分どうしようもなく途方にくれてしまうかもしれない。でも、彼には幸せでいて欲しい。私のことをほんのちょっとでも覚えていてはほしいけど。彼が幸せになれるのなら、他の女性と恋愛することに良心の呵責とか覚えないでほしい。私は、あなたと出会えただけでも、この人生良かったと思う。生まれてはじめての長いラブレターです(笑)今日はネガティブかつ、ちょっとキャラ違いでしたね(笑)
2004.11.27
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これ鉄則。だと思った。最近、主に研究室内でいろいろな人とぶつかって、ひそやかにむかついたり、机を叩き割りたくなったこともありましたが(笑)これって、相手に期待してるからなんだよね。って思った。相手に期待してるから、期待通りにいかなかったらむかつく。だから期待しない方がいいと思った。そもそも期待してなかったら、ネガティブなことがあっても「そういうひともいるのねぇ」で終わるし、起こることはいいことばかり。___________後、私自身、不健全なプライドがあることに気が付いた。過去の成功体験に裏打ちされた自惚れとでもいうか。過去になまじ成功体験があると、それに固執してしまいがちなのよね。これはまだ漠然としているけれど、気が向いたら書きます。
2004.11.26
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自分に実害が降りかかってくるから、客観的になれない。けれど、考えてみれば自分に実害が降りかかってこないことは、簡単に客観的になれる。自分に実害が降りかかってくることに客観的になれてこそ、価値がある。自分に害が降りかかることにどこまで客観的になれるか。それでいろんなことが左右される気がする。
2004.11.25
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もしかしたら、すごくやばいのかもしれない。木曜日にゼミ発表。そしてその時に配布する資料は、原版は今日イントラネット上にアップしろという決まりだった。アップしてません。月曜日までにアップする、という決まりを守らない人もいるから、結構なぁなぁ的に私もしてなかったんだけど。きちんと自分のレジュメをアップしてるT先輩、あなたのすごさをひしひしと感じます。その前に、ネタがない。とある企業データベースを作って発表してこれからの展望を述べる。って感じでいいと思うんだけど、データベースまだ作り終えてません。まだまだやることはたくさんあります。けれど、火曜日にはバイトと教習。水曜日には就活セミナーで大阪へ。結構細切れ時間しか利用できない。やばい。ってか、火曜日中にはデータベースを作り終えてたい。そのためにやることを整理するとネット上で企業を調べる廃棄物学会のデータベースCDを調べるN先輩の遺産を調べる食品リサイクルハンドブックを調べるJSTで調べるLCAのMOを参考に考えるM先輩のアンケートフォーマットを参考にアンケートを考える。・・・できるのか?少なくとも研究室に泊り込みだな。でも今日はもう帰ろう。MBEのBeverage戦略作りもあるし。
2004.11.22
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奈良の小学生が殺された事件。彼女が見つかった場所は、私の地元なんです。正確に言うとちょっと離れているけれど、それでも何回か通ったことがあります。富雄の方も、平群も、治安は京都や大阪に比べたらずっと良いはず。そんなことは関係ないのかな。大阪で殺された戸田竜秀さん。彼は、直接的には私と知り合いじゃないけれど、知人の知人って感じで、訃報を聞いた時は愕然としました。今私が思うのは、楓さんのお母さんの気持ち。戸田さんの婚約者さんの気持ち。どうして悲しみは連鎖するのだろうか。どうして皆幸せに生きられないのか。私は幸せボケしてるから分からない、と言われればそうなのだけれど。それでも人生は素晴らしいのだろうか。私も自分自身に降りかかってきた苦しみに対して、渦中に居た時は人生は素晴らしいとは思えなかった。PositiveThinkingはどこまで通用するのだろう。
2004.11.19
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何かの流行なのかしらん、と思うときもある。「自分の成長のために会社に入り、キャリアを積んでいく」とか「外資系コンサルや金融に入り、マネジメント能力をつけていく」とか「将来の夢は起業です」とか確かに自分の能力を試して成長を感じることができて、しかもそれでお金もらえるのはとても喜ばしいことだけど、それだけじゃないだろ、人生は。と思う。私的には、もっと大切なことがある。でも、そういうキャリア人生を歩んで、それはそれなりに幸せな人もいるんだろうけど。素直に「キャリアアップ」を信じているひとから見たら私は落伍者のようですね。(爆)文系の友達は、まっきんぜーだのぼすこんだのごーるどまんさっくすだのいわゆる、今の時代の勝ち組系会社に内定が出てる人が多いので、そういう人の中にいると、時々「俺はお前に勝ったぜ(?)」みたいな視線を受けることがあります。昔は、本当にバリキャリ予備軍だったんですよ、私。論理力とプレゼン力と英語力を駆使して(学生レベルから抜け出せませんでしたが)、議論して相手をいかに説得するかに重点を置いていた。その頃は、あの人たちも私を一目置いていた。でも今は、のほほんとしているように見えるんでしょうね。普通の大学生に成り下がってしまったと。しかも、私は院進学だから、すぐに実社会に出る彼らから見れば「どんどん差は開いていくだろう」と思えるんでしょうね。もう使えないやつになってしまったと。私的には、そういう世界の外の世界があることを知ってよかったと思えるんですけどね。視野が広がって、もっと多角的な面からいろんなことを考えるようになった。けれど、彼らは私のそういう思考を知ることもなく。そして、私は人から見下されるのはやっぱり気にくわない(笑)本題はこれだったりするんですが(笑)これは人間が生来的に持つ反応ですかね。プライドとばやっかいなものだ。
2004.11.18
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表題はCharaの歌の歌詞だった気がするのですが、あんまりはっきりと覚えてません。一番最後にCharaの歌を聞いたのは中学の時だったと思うので(笑)明日ね、母の四十九日なので、今日実家に帰ったのです。父が私の小さい頃(3歳~7歳ぐらいまで)のビデオを見てました。何かあるたびに、父はひとりで、私の小さい頃のビデオを見ているそうです。私にとっては、父がただ古き良き過去へ執着しているばかりだと思うし、過去に執着することは好みませんが、そうしないと生きていけない人も確かにいるわけで。ビデオの中の小さい子どもの画像を見て思いました。今の私はこの子どもと確かに別人だと。(笑)当たり前なんですけどね。7歳の子供と21の女が同一人物なはずがない(笑)遺伝子的には一緒なんだろうけど。最近ようやく「バカの壁」を読んで、影響されている部分もあると思いますが、刻一刻と私は別人になっている。昨日の私は今日の私とは別人である。明日もまた今日とは違う人間になっているだろう。そして死へ近づく。・・・今、「死の壁」読んでるんですよ(笑)結構流行り物好きな面もあるので。。「死の壁」も、1年前の私なら読もうとは思わなかったはず。今なら死を身近に感じるので読もうと思うのですが。過去に執着するのは、やっぱり好まない。過去から学べることはあると思うけど、それを抽出したら、もう振り返らないほうがいい気がする。本を読んだ時に考えたことなどもUPする予定です。その思考を字面にしないと、読み終えた気にならないから(笑)字面で羅列したら、本を読むモチベーションもあがるし。もちょっと読書量増やさないといけないしね。賢い人は大体、豊富な読書量とその本への深い考察を重ねてきていることが多いし。とりあえず、今読み終わったのはバカの壁だけなので(爆)それを字面にしようと思います。いかに私の読書量が少ないかを物語ってるわ・・・。
2004.11.13
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今私が卒論でやっていることを一言で言うと、LCA(ライフサイクルアセスメント) といいます。今ここで詳細は述べませんが、とにかく現地データを集めることが必要な作業です。論文などの書類からデータを拾うことも主要な作業なので、研究室の私の机の周りには書類が山となっておいてあります。この書類を処理していく上で、ちょっと気分転換したいなぁと思うときにはよくフレーバーティを飲みます。前まで市販のコーヒー牛乳だったんですけど、出費がかさむし、最近太ってきたので(爆)無糖のフレーバーティが最近のお気に入りです。今は、ベタにアップルティーを飲んでおります。でも、これから卒論が進むにつれて研究室滞在時間も多くなるだろうし、もっとフレーバーティを開拓して行こうと思っております。この日記を見ている皆様、オススメのがあれば是非教えてくださいね。___________最近、暖かいですよね。少なくとも京都市内は暖かいです。やっぱり温暖化が進んでいるんだなぁ、と思ったり。就活をやっていると、「20年後の自分の理想像を想像して、今の道を決めよう」的な考え方をよく聞きますが、ぶっちゃけ、20年後は私はこの世にいないと思う(爆)温暖化による異常気象や天変地異もそうだし、その他の環境問題ももっとひどくなる。環境問題だけでなく、いろいろな社会問題と呼ばれるものもひどくなって、これから私の生きている世界はもっともっと生きにくくなると思う。私はあと何年生きられるのだろう。私の母は59で亡くなって、私もそれなりに悲しんだし、色々な方が悲しんでくれたけれど、私はもっと若くして死ぬような気がする。少なくとも59まで生きられるとは思わない。あと10年かそこらかな。30代くらい。それぐらいが私の寿命であり、同時に、今、未来への希望あふれる多くの若者が10年後にはいなくなってると思う。イースター島の物語の結末のようなイメージが多分10年後ぐらいには繰り広げられるのだろう。そんな気がする。
2004.11.12
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に行って来ました。大阪城ホールでやってました。ほとんど遊びに行って来ました(笑)結構真剣な人もいたようですが。まぁそうだろうね3回生は。来年の今頃はベトナムにいるだろうから、就職活動やっとかないとねぇー☆とかなんとか言いながら、企業のブースをぐるぐる回ってました。楽しかったですよ。日本経済を支える皆様方の汗と涙と笑いが垣間見れて。帰って日経を見たら、いつもより、紙面に「人々の汗と涙」を感じましたね(笑)日経が前と違って見えます。面白い。日本経済もゲーム感覚でとらえようと思えばできるのね。まぁ、それは私が学生だから実際の苦労を知らないから言える勝手な話だろうけど。自分が今まで知らなかった企業が、日本経済を支えてることも多いんだろうなぁと思ったり。この業界の人々は、自分達の業界や会社をこんな風に見てるのねーとか。もちろん、企業の方々の言い分に突っ込みたいところはいっぱいあったけど(笑)別にそれを突っ込んでも問題は解決されるわけじゃない。むしろ、その方たちがそう「考えが偏ってしまった理由」を探した方がいい。企業風土だったり、職種だったり、これまでの経験だったりが影響因子になるのかなと。自分が、その方の考え方に納得できないときは、憤るよりも、彼らの人間性を作ったであろう影響因子に思いをはせる方が面白いし、生産的だと思った。いろいろな人間に触れられた。そんなに奥深く触れたわけじゃないけど、それで満足です。人ごみがいやだなーっていう人もいるみたいですが私は気にならなかったですね。「自分の道は自分で切り開く」事をモットーとしてるので(笑)人ごみで自分が動けない時は「はい、ちょっとごめんなさいねー」とかいってずかずか行きます(笑)最近ものすごく幸せです。卒論はなんとかぼちぼち、教官を怒らせない程度には進んでるみたいだし(笑 七転び八起きだけど)衣食住はそろってて、一応お金の心配は今のところないし下宿もできてるし、(これが一番大きい!!嬉しい!!)就職博いって、一応私なりに日本経済に思いをはせたりして面白かったし、優しい恋人はいてくれるし、幸せだな、って思う。いつかこの幸せな状態が壊れる日が来る、というか何かしら変化する日は来るのだろうと思う。何か悪いことや不幸が突然襲い掛かってくるのかもしれない。私はその襲い掛かってくるものを受け入れる懐の大きさと言うか自分の芯の強さだけは忘れないでおこうと思う。幸せだと、なんとなく忘れてしまうような気がするから。___________にしてもさぁ、同じ業界でも、会社が違うと全然雰囲気が違うねー。よく言われてることだけど。製薬業界の話を聞いてて。万有製薬の人事の人達は、風貌や挙動が、いかにも外資って感じだったけど、(メルクの子会社だから)ファイザーの人事の人達は、ホステスかと思った(笑)まぁ、その会社でも個人によって違うんだろうけど。私が見た4,5人に限って言うと。人事の人は大体MR上がりって聞いて、なんというか、ファイザーの人々がホステスっぽいのはプロ意識の現われかしら??とも思ったわ(笑)。MRの仕事って医者の接待が結構重要らしいから。。うちの研究室の助教授が言ってたことなんだけど。
2004.11.08
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やっと、ひらめきました。。。今日のお昼、ゼミ発表なんです。でも今まで全然何も、発表における結論というか着地点が見えなくて。(表現がわかりづらいかも・・でも今ちょっと急いでるのでごめんなさい)大体いつもコンスタントにそういうひらめきは降臨してきてくれるから、まぁ、今回もなんとかなるかなとは思ってたんだけど、論文読んで、理解を文字にして、うんうんうなって、やっとひらめいたのが、今。発表当日の朝3時です。。ぶっちゃけ、何でもっと早くひらめかないんだろう。単に準備不足だってこと。自分に一定以上のインプットがあれば、あとはそれらを頭の中でごちゃごちゃかき混ぜてれば、自然にひらめきは出る。そんなこと知ってたはずだったけど。自分の頭にインプットを入れるのを怠ってたから、こんなに遅くなってしまったんだ。もちょっと前から着実に準備しておけば、あらかじめもっとインプットを頭にいれておいて頭の中でかき混ぜてればもっと焦らず確実にゼミ発表を迎えることが出来たのに。反省です。とりあえず、ひらめきを形にします。発表はパワーポイントと文章が両方いるので、これから自分を追い込んで仕上げたいと思います。
2004.11.03
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のっけからヘビーなテーマですみません。あのですね、私そういえば生協の共済に入ってたんですよ。3年の終わりぐらいに。通学で自転車使うので、自転車の事故で加害者や被害者になったとき用に、と思って。実際、自転車の事故で加害者にも被害者にもなったことありましたし(爆)用途といえばそれぐらいで、特にほっといてたんですけど、この前見たら、父母死亡見舞金というがあって、おそらく申請すればちょっとお金をもらえるみたいなんです。で、申請しようと思って、書類を集めてたんです。必要な書類の中に「死体火・埋葬許可証」ってのがあったんです。市町村の役場からもらえるやつ。なんか、ちょっと遺族の心をゆさぶるデザインでしたね。白と黒の殺風景。無駄なし。完全にひとつのデータというか、「死体」という物で扱われている。ま、行政の立場から考えれば当たり前なんだろうけど。地方自治体の財政事情から言って、カラフルにしたり人間味を持たせるのは無理なんだろうけど(爆)。ってかでも死体って言う響きがちょっと嫌かな、みたいな・・・。「死亡者の氏名:○○佳子」「表書の死体は平成十六年十月三日午後六時葬執行しました」「嫌ならこんなところにわざわざ書くなよ」ってか(爆)ごもっとも。でもなんとなく見直してみたかったんだ。母は「死体」になっちゃったのね、とか。私も死ねばこんな風にデータ化されるのね、とか。ここらへん1ヶ月以上繰り返し頭をかすめてきたことをまたちょっと思い出しただけなんですけどね。他の方たちが思うほど、そんなに激情は伴いません。ただ、淡々と。
2004.11.02
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