hongming漫筆

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2006.12.18
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カテゴリ: その他の読書録
 「明星の章」「琴の章」「女怨の章」「落花の章」。長編小説もいよいよ終わる。
 三巻目でやっと気づいたが、「真埼東天」は「宮崎滔天」のもじりなのだろう。
 相思相愛であることに互いに気づいていながら、なかなか結ばれなかった二人だが……というメロドラマもあり、武術家としては三四郎をしのぐ相手との対戦も迫る。さらには、人間離れした相手まで登場。
 大衆小説にしては文章が硬いが「どうなるのだ」という興味を引っ張っていく技量で読ませる。
 武道家としての姿三四郎ではなく、一人の人間としての成長を描くものなのだが、最後は初心にかえって出直すことになる。もうこれ以上続けたくはなかったのだろう。
 さすがは大衆小説の講談社、巻末エッセイの野瀬光二「秘書の思い出」と笹川吉晴「人と作品 富田常雄」がすぐれている。
 作者の人となりや、「姿三四郎」が書かれた経緯がよくわかる。
 編集者が半ば強引に書かせたもので、さらに、「文章がぎこちなかったため」文芸部員が「原稿用紙が真っ赤になるほど手を入れたのだと言う」(p440)ということだ。

 気になった言葉。

 珍しい用例ではないが、「だんだんに」の意。
 今では「やっとのことで」という意味で、その実現が望ましいことである場合に限られるのではないか。

 「憧憬」に「どうけい」とルビ。(p217)
 正しくは「しょうけい」だが、慣用的な読みを採用している。

 人間離れした男を「山窩」と表現している。巻末の出版局による「おことわり」によると、この語は、「身分差別に関する、今日では差別表現として好ましくない用語」なのだそうだ。
 知らなかった。三角寛の本では表紙にも使われているのだが。

 何カ所か出てくるが、試合に出場するのは「選手」ではなく「選士」。

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Last updated  2006.12.19 07:40:30コメント(0) | コメントを書く


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