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2008.01.03
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カテゴリ: 欧米露の本
わたしが子どもだったころ。1962.8.18第1刷。1973.10.30第10刷。

 ケストナーが、両親の祖先のことから説き起こし、1914年8月、戦争が始まる「わたしの子ども時代《じだい》はおわった」(p238)というところまでの思い出がつづられている。
 楽しい思い出よりも、「子どもにも心痛《しんつう》があるという章のように、その内面に陰を残したできごとのほうが多い。
 両親は息子を愛している。父も母も、自分のプレゼントの方が息子を喜ばすに違いないと競い合う。しかし、その両親の中がどうだったのかについては触れていない。
 母が、結婚前に、姉たちに、「でもわたし、あの人はぜんぜん愛《あい》していないわ!」(p52)と語ったということが述べられているだけだ。
 母は一人息子にすべてを注ぎ込む。教師にするために。もちろん本人も教師になることを望んでいる。しかしこれでは、 斉藤学の問題にする母親像 そのものだ。
 その母に向かって、「ぼくは教師《きょうし》にはなりません!」(p93)と宣言することは、ケストナーにとっては必要なことだったのだろう。それがなければ母親におしつぶされていたのかもしれない。(しかし、その宣言も受け入れられてしまうのだから逃げようがない)

 「おわりにひとこと あとがき」で、書いたものの削った章があることが述べられている。

思い出を書き記《しる》すには二つの法則《ほうそく》がある。第《だい》一の法則《ほうそく》は、たくさんのことをはぶくことができいる、いや、はぶかなくてはならない、というのである。(p244)

と述べている。わざと書かなかったことがたくさんあるはずだ。(第二の法則は、何も付け加えてはならない、ということ)
 たとえば、衛生参事官チンマーマン先生が、何の説明もなく唐突に登場する感じがするが、この人物についてはいろいろとはぶいてあるのだろう。

 表紙に、三歳の時の写真が載っている。その写真の中で履いているのが「編み上げ靴」。「紐付きブーツ」とでも言った方がわかりやすいだろうか。

(12月24日読了)

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Last updated  2008.01.03 10:06:25コメント(0) | コメントを書く


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